人間の生まれ持った本性で
人類が滅亡するか精神構造を根本から変えない限りはなくすのは不可能だと
私は思うのですがどうお考えでしょうか?
社会が発展するための必要悪という気もします
戦争も人類の発展に貢献してる部分もあるしなぁ( ´・ω・)
3:DOG ★:2008/09/04(木) 13:21 ID:
あばばばばいぁ全然必要じゃないぞ・・・
4:匿名さん:2008/09/04(木) 20:12 ID:ez-752 >>1
それは自分に被害が及んでいないから言える事では…。
原爆で被爆した人のようになっても同じ事言えるのかな。
戦争は「自分だけは大丈夫」なんてのは無い。
多くの犠牲者の中に、>>1が数えられる事もあるのだから。
必要性はないと思いますが、>>1に共感できることもあります。
今の世界でそれらをなくすためには、曖昧に世の中を形成するしかないと思います。また、いわゆる発展の行きつく先も崩壊だと思うので、人間が在りながらなくすにはそれしかないかと。わかりにくくて申し訳ない
人類が滅亡するか精神構造を根本から変えない限りなくすのは不可能。
というのは、
人類が滅亡する線。精神構造を根本から変える線。
のうちのいずれか、または双方から考えたとき、
いじめ・差別・戦争は無くなる。またはその可能性がある。ということでしょうか。
それとも社会が発展するために必要な考えの線ってことでしょうか。
それであれば、フィクション製作の世界や、実際の世界においても日夜続けられている努力でもありますよね。
>>1は、いじめ・差別・戦争と社会の発展の望みは同じ方向を向いている。
という事でしょうか?
いじめ・差別・戦争と社会の発展とは真逆のベクトルを含みつつも、
重ね合わせると単一の向きを持つベクトルになる。と捉えてもいいのかな…
仮にそう捉えると、好奇心だとか、興味関心だとかの子供っぽいって形容される事の多く思える感情で同じ方向を得るでしょう。
これが正しければ、どこに向ければ安全かって線で考えるのが解決策の一つとして浮かび上がりますよね。
こっちは実際の対策の一つとして試行されているんじゃないでしょか。
また、曲解になる恐れがありますが、その辺のところを受けての>>5の、
今の世界でそれらをなくすためには、曖昧に世の中を形成するしかないと思います。
ではないかと思っております。
理由は、個人的な興味関心を持つことは、決められた単一の方向を持つべきではなく、
たえず様々な方向を持つのが自然である。当たり前である。等と思うからです。
もっとも、個々人の今現在の生活の指針を失わずに持つことは、それとは別にしても必要な事だと思いますので、
興味関心と生活の指針との一致をなされている方は、必要と生活に十分な条件との一致を果たした優秀で幸福な方なのでしょう。
と、おどけるのはいいとして。
人類滅亡=精神構造の根本が変わる。
である場合の人々が間違いなく居ると思ってます。
フィクションとかノンフィクション物でも、物語は結構読める昨今ですよね。
そんなん読んでると、どこまでを精神構造の根本とするかにもよるんだな。と考えたりする事もあります。
個人にとっての危機的重要度が、
人類滅亡>=精神構造の根本の変化
であるか、
人類滅亡=<精神構造の根本の変化
であるかでも変わってきてしまいますよね。
たぶん、精神構造の根本とか、人類の根本をドコに見出しているかによっての変動もあると思うのですが、それよりも。
個人の変化をどこに置くか。によって、天秤の見え方は大分変わって来ますよね。
思うんだけどいじめ差別戦争の根本的なものって「利益」じゃないかと思うんだ。
戦争をなくすなら徹底的に戦争に絡んだ全ての人が不利益を被る制度が必要じゃないかと思うんだ。
戦争は莫大な金が動く、今儲かっているのを突然止めろと言ったところで聞くはずもない。
戦争が素手の殴りあいならまだ殺傷力も知れてるし、銃弾丸による利益も生まないから大きくならないのに…
いじめや差別もしなければ自分に不利益が生じるからするのであって進んでしたい人はそうはいないのではないかな。
不利益は金銭だけでなく精神面も含む。
虐めの要因はメディアの悪影響であり、人権擁護法を早期に制定すべし。
メディアの悪影響は虐めの増悪化の遠因であるから要因であるということが分かり難い部分もあると思う。
親は子の全てを束縛できるわけではないから親だけでは子供の非行をとめることはできない。
周りの環境すなわち社会が悪くなっているから子供達も悪くなる。
「利益」の問題は結局のところ、時間と労力の問題に変換できると思う。
時間と労力はそれぞれ有限だから、
体調管理と趣儀主向に合わせた職業選択なり余暇の過ごし方を選択する事が現実的な自衛策だと思う。
それに実際それがうまくいかなかったりいってなかったりするのがストレスなりなんなりになって、
そのダメージからまともな判断が取りにくくなっていってんだと思う。
今の世の中、微妙な主義主張の包囲網に囲まれて、明け透けの刑法にしがみついてるだけじゃやっていけないから。
社会の変化と周囲の変化と個人の変化。
大きく分けるとこんなところ。
社会の変化に敏感な人ほど周囲の変化に情熱を傾け、個人の変化は御座なりやすい。
周囲の変化に敏感な人ほど個人の変化に興味関心を向け、社会の変化を見落としやすい。
個人の変化に敏感な人ほど社会の変化に注意を向け、周囲の変化を見過ごしやすい。
だから、
社会の変化に敏感な人は、周囲の変化から学んだ事を、個人の変化に。
周囲の変化に敏感な人は、個人の変化から得た情報を、社会の変化に。
個人の変化に敏感な人は、社会の変化から感じた事を、周囲の変化に。
それぞれ向けると成功しやすい。
と、個人的には思う。どっかで見た気もするけど。ふぁいあーえむぶれむとか雑誌で…
>>9
社会、周囲、個人の変化のあたりをもう少し詳しく、根拠を明らかにしながら、御説明願います
>>10
6つの文がありますが、3つの文を繋げています。
個人を自分自身の事に置き換えれば、
どれも反省しろ。というような意味の文になります。
社会の変化に敏感な人ほど周囲の変化に情熱を傾け自分自身の変化は御座なりになりやすいから、
社会の変化に敏感なら周囲の変化から学んだ事を自分自身の変化に向けよ。
残り2つも同様。
個人を他人のこととも自分のことともしないで読めば、ループにはまりますが、
秘めたる意味は、
社会の変化は一意的に定められない事を知れ。
周囲の変化は一意的に定められない事を知れ。
個人の変化は一意的に定められない事を知れ。
という事。
これは、何度も何度も読み返してれば判る事だと思います。
根拠は個人の持つ認識とはその個人の思想そのものである事から。
一つだけ強引な手段としては、
社会・周囲・個人を全て自分の事とし、
自分ほど情熱を持ち興味関心を向け注意を注ぎ学んだ事を得た情報として感じ取る人間は他には居ない。
そう思え。
伝えたい意味としてはこれでも良い。
ポイントは、認識は個人にとっての世界観そのもの。
であることと、認識の破綻は世界観の破綻であって、死ではない。
というところ。
人を大事にせーよ。大切にせーよ。
という事をまどろっこしい表現を避けようとした結果が、
まどろっこしい表現になった。
という笑い話。
一応別バージョンもあるにはありますが、
言いたい事は変わりません。
なるほど。ありがとうございました。
13:無:2008/09/21(日) 22:33 ID:51A 常識を全部すてる。
とにかく地球がなくならない限り
差別はなくならないだろう。
喫煙は生きて行く上で全く必要の無い行為だ!ただ無垢の人々を闇雲に傷付け苦しめているだけだ!そんなに吸いたきゃ海中でタバコを吸ってみやがれ!地上で吸うな!地上で吸った馬鹿は香田証生を殺害したテロリストに首切りの刑を笑顔でやってもらえ!
15:si:2008/10/13(月) 19:35 ID:I5w感情が消えれば関係ないだろうに・・・・・
16:なの:2008/12/20(土) 04:10 ID:qA6 >>14
死者を冒涜するクズはクズらしく振舞えよ。リアルでもな。
…それにオマエが書いている程度のことは大体思いついたことがある事なんだよ。
少しは楽しませろよ。
マジレスすると、
いじめ産業こと、偏見創出業者を徹底的に叩けばいいんだよ。
いじめも戦争も差別も根底から無くなる。
ついでに法律も規則も規範も行き着くところに行き着かざるを得ないだろう。
権力バイアス。
集団による暴力。憐れみ。
食う為の仕事。カネのための生活。
全部…ウソだろ?
ある価値観の創出。植え付け。誘導。尋問。査問。
ある定義の基の想像。思い込み。勘違い。筋違い。見込み違いに間違いだらけ。
どれもこれも道具を造り出すのには役に立つかもしれないが、
生きることそのものにはクソほどの役にも立たないものばかり。
集団性のジレンマからいい加減に脱却しろ。
さもなくば呪え。
自分を騙した自分を呪え。
そして事無き事に朽ち果てろ。