あぁ、とうとう連休が終わってしまう。
明日からまた仕事か…。会社行きたくないなぁ…。
憂鬱だよ。会社辞めたい。
そう言えば、連休中に携帯に仕事のメール入ってたけど、無視しちゃったんだよね。
明日また例によって尋問されるのかな。嫌だなぁ…。行きたくないよぉ。
大体、休み中くらい休ませてくれよな。仕事よりも私生活の方が大事に決まってるんだから。
はぁ…、世の中絶対おかしいよ。
就職できても地獄、できなくても地獄って感じだもんね。
なんかもう末期状態だよ、この社会。みんなこんな社会に生きてて楽しいか?
僕ははっきり言ってうんざりだよ。
うぅ、もっと休みたい…。明日という日なんか来なくていいよ。
会社は嫌で嫌でしょうがないけど、とりあえず辞めるまでの辛抱ね。
仕事終わんねー。
結局明日に持ち越しかぁ。
そして持ち越された仕事の一部はいつの間にか忘れ去られる…。
いつものことだけどね。
ふぅ、僕みたいに仕事できない人にとっては、この世の中は疲れるよ。
今日は一日中尋問されてたよ。そりゃ、僕は全然仕事出来ないけどさ。憂鬱だねぇ。
まぁ、そもそも僕は会社というか組織に合わないんだよね。自分でもよくわかるよ。
僕は組織の中に身を置くことが出来ない人間なんだ。
組織の中では、個人は束縛されて個性を奪われ、抽象的ないち構成員として飼いならされる。
そしてしばしば、組織は「仲間」なんていう響きの良い言葉に置き換えられることで、組織への一体化が「正当に」迫られる。
しかも、組織への一体化の手続きは、当人が自発的に(!)行うことが無言のうちに要求され、実際にそう装われる。
そんなの嫌だよねぇ。それがいびつだって思わなきゃ変だよ。
僕にとってその嫌悪と疑問は普通の感覚だけど、世間では逆に組織に馴染むことの方が普通だとされているみたいだね。
嬉々として組織に染まるヤツは決して少なくないからね。何も見えないのかねぇ。
僕には到底理解の及ばない感性だよ。
あ〜あ、早く会社辞めたいなぁ。うん、辞めるよ。それはもう決まってる。
その方が絶対自分のためになるからね。我ながらここまでよく頑張ったよ。
下らない学校にも我慢して通ったし、会社にも入って一年は働いた。
本当はもっと早くこの旧態依然としたレールから離脱してもおかしくはなかったと思うよ。
僕の持ってる価値観からして、絶対に馴染めるものではないから。
でも、この錆び付いたライフコースとはもうおさらばだ。絶対今年で会社辞めてやる。
そしてそこから、僕の本当の人生は始まるんだ。
月曜日嫌だなぁ。早く会社辞めたいよぉ。
会社に適応できる人って何かおかしいと思う。
何も見えないんだろうな。
彼らは僕とは違うんだよ、きっと。いつも感じてたことだけどさ。
今の場所が僕の居場所でないなら、ふさわしい場所を探すか、あるいは自分で作るしかないよね。
必要なのは踏ん切りだけ。
はぁ、疲れるなぁ。
会社に入って働いてみて、実感を伴って見えてきたことがある。
この社会はポスト近代社会に突入しているということ。
そしてこんな社会を維持するために働くのはバカバカしいってこと。
近代化の進展の結果出現した資本主義の極地、それがポスト近代社会。
この社会においては、生活に必要だから需要が生まれ市場が形成されるのではない。
資本が自ら需要を掘り起こし、市場のないところに市場を作り出す。無理にでも。
消費者の「ニーズ」をフィードバックさせたり、イベントを仕掛けて消費を演出したり…。
現代の商品は多かれ少なかれ生活上の必需性から離陸している。
なにせ、普通のことをしていたのではモノは売れないのだから。
それだから手を変え品を変え常にテコ入れが繰り返される。それこそあの手この手。
利益を上げるため。より大きな利益を上げ続けるため。
永久にそれが繰り返され、貨幣だけが勝手に増殖し続ける。
人々の手を離れたところで、人々の幸福とは無関係に貨幣は膨張して行く。
それを止めることは、もう誰にも出来ない。歯車があまりに大きく速く複雑に回るから。
おれもそれに加担している。嫌悪感。
でも、おれは機を見てここから離脱するよ。
こんな社会は嫌だから。こんな社会を維持するために労働力を提供するのは嫌だから。
いよいよ次のステップに向けた行動を開始するときだ。
あまりぐずぐずしてると、機を逃してしまう。
まぁ、とにかく頑張ろう。
資料間違えちゃった。
で、会議で笑われた。
でも、不思議とあまり悔しくも恥ずかしくもなかった。
もう気持ちが会社を辞める方に向かっているからだろうね。
いくら笑われても、いくらバカにされても、僕は自分の道を信じて進めばいいんだ。
周りの雑音は気にするな。僕は正しい道を歩んでいる。そのまままっすぐ行けば良い。
また鬱に陥る前に自ら環境を変えた方が良いよね。
転職活動を始めた。
始めてみると、思いのほかあっさりとしている。
自分の将来を決定付けるかもしれない重大な岐路に立っているっていうのに、あまりその実感がない。
この乾き具合は何なんだろうね。全然特別さがないんだよ。
まるで毎朝コーヒーを一杯飲むのと同じくらい決まりきった日常的な作業って感じだ。
あるいは事前にプログラムされていた通りに物語が進んでいるって感じだよ。
(「実感がないだと?辞められる側の会社の身になって、自分の引き起こす迷惑を自覚しろ」なんていう説教はこの際なしね。
僕はそういう世間の側にのみ一方的に都合の良い理屈をこねまわす人を信用するつもりはないから)
まぁ、何にせよ、僕の居場所探しにはまだまだ長い時間がかかるだろうね。
そんなに簡単には収まらないはずだよ。
だって、僕には普通のライフモデルは合わないんだ。だから自分で全部作るしかない。
これから先、幾多の紆余曲折があるはずだけど、それでも自信を失わないことが大事だよ。
ホントに憂鬱だよ。
これから先もずっとこの下らない社会に付き合って行かなきゃならないのかと思うと絶望する。
このゲームから降りようとすると、生活を人質に取ったり「3年は我慢しろ」とか言って説教して引きとめる。
このゲームから降りたら、ただちに「フリーター」や「ニート」といった社会的に不名誉なレッテルを貼り付けて、
「カウンセリング」の対象に格下げし、ゲームに連れ戻すようあらゆる手立てが施される。
ゲームが稼動し続けていることが重要なのであって、そのために個人がいかに犠牲になろうと問題とはならない。
したがって、個人には常にゲームに参加していること(しかも主体的に!)が要求される。
「人間的な成長」、「自己実現」、「やりがい」といったポジティブな言葉による演出がゲームへの参加を強要する。
同時に、それ以外の価値観は排除され、ゲームの外の世界の存在は隠蔽される。
ここでは、もはや僕はゲームが存続するための歯車に過ぎない。
よくもまぁ、大人たちはこんなろくでもない社会をつくってくれたもんだな。
正直、もうこんな下らないゲームには付き合ってられない。
僕はこのゲームから降りて生きる方法を探るよ。
社会の歯車ですか・・・
お気持ち痛い程に分かります
横槍失礼致しました
>>9
失礼します。<(_ _)>
人生ゲームの主人公は自分自身です。主人公のいないゲームは有り得ません。
あなたは自分自身の人生を歩んでいるのですから、
プレイヤーである自分を大切にして下さい。体力0になってしまったら、
ゲームオーバーになってしまいますよ。
良いじゃないですか。時にはpauseボタンを押したって。
>>10,11
ありがとね。
やさしさに感謝。
明日からまた会社だ。嫌だなぁ。
幾度となく繰り返してきた、そしてこれからも繰り返して行くこの気分の落ち込み。
ストレスたまるよ。僕は全然仕事できないからねぇ。遅いし、よく間違えるし、よく忘れるし。
次々と豪雨のように降りつけてくる膨大で細々とした仕事に僕はもうついていけないんだ。
明らかに会社が求める能力水準に達していないのに、なぜ会社は僕を解雇しないのか不思議だよ。
ひたひたと近付いてくる鬱をどうにかこうにかやり過ごしている毎日。
こりゃキツイよ。どうしようかねぇ。何とかなるのかなぁ。
もうダメだって。
こんなことやってられないよ。なんでこうなるんだ?
ムチャクチャだよ。
仕事なんか嫌いだ。
こんなに僕を追い込んで何がしたいっていうんだ?
何でもかんでも合理化すればいいってもんじゃないだろうに。
おかげで余裕がどんどん削られて常にギリギリの状態だ。
しかも「常に」ってのはホントに「常に」ってことを意味する。
携帯電話や電子メールのせいで24時間365日仕事に追い回されるから。
余計なものを作ってくれたもんだな。
僕にはもうついて行けないよ。