派生小話

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1:匿名のおっさん:2014/06/21(土) 18:21 ID:O06

小話です。小説ではありません。
適当かつ疲れてない時に更新となります。
あしからず

2:匿名のおっさん:2014/06/21(土) 18:40 ID:ql6

トラックに乗り込み、再びゆっくりと走り出す。
オレンジのフォグランプの光が沸き立つような霧を照らしそれを眺めていると、瞳孔がカメラの絞りボケのようになり焦点が合わなくなってきていた。
「本当に大丈夫なのか?」「あ…ああ」
酒を飲んだ挙げ句、後頭部を殴られれば気分も悪くなって当然だ。
「あまり稼ぎが良さそうではないな。あの家売っちまったのか?」
私の風体を見てだろうか?
思わずサイドミラーに映る自分の顔を確かめる。顔面蒼白、ひどい無精髭だ。
まあ図星だった。
離婚前までは役所勤めだったが、小さなイザコザだったか??
(ナルコレプシーに似た症状を併発していた時期の記憶がやはりはっきりとはしない。)
で辞めてしまっていた。
この二年ほどは、大学時代を通じて親しかった講師のツテで、大学内非正規職員としてを食い繋いでいる。家賃や養育費で経済的にも逼迫していた。

月に一度、調停で合意した養育費の請求が書面で届き、それには娘の近況を報せるべく、ポラロイドが数枚同封されいた。

!?…そうださっきの違和感。私も妻もクラシック音楽に興味は無かったが、何かのキッカケで愛聴盤となった。理由が思い出せない…わからない。
そもそも作曲家の名を思い付かず、チェロ奏者の名で思い出すのも不可思議だ…。

「さーて到着だ。じゃあな」
「ハッ、ああ」
「どうした?顔がまだ青いぞ。本当に大丈夫か?あーんた」
「すまない。助かったよ」腕時計に目をやると午前1時を過ぎている。
礼を言って店の駐車場前で別れた。
テールランプを見送り、街灯の薄明かりとしぐれ雨の中、一息をつく。
「彼女に一応連絡をしてみるか」

3:匿名のおっさん:2014/06/23(月) 23:02 ID:ZZ6

知り合った当時、彼女は大学講師のアシスタントをしていた。
どんな出逢いだったかなどヤボなことは忘れてしまったが、初めて会話した時、ひと際印象的な不思議な声に聞き惚れたこと、声質というよりその声域が魅力的だったことは覚えている。

昼食を何度か共にしたことはあったが、一回りも年下の彼女を意識したことはなかった。として置こう。

当初彼女には別に男がいて、住居は同性友人とのフラットシェアをしていたらしいが、守りきれないルールな小さな衝突が重なり契約を協議の末に解除したが、男と揉めていたことで行き場を無くし、知り合いの所を点々とした末に、大胆にも私のアパートに数日間転がり込んだのが始まりだった。

願望として刹那的な寂しさから彼女のような存在を欲していたのは確かだが、結果彼女にとっても好都合だったのだろう。
彼女との生活は振り回され戸惑いも多かったが一緒に過ごす時間は楽しさが勝っていた。

だが、ズルズルと七ヶ月が経った今、関係は多少ぎこちなくなっていた。

それは私の留守の間に、別れた妻と娘との思い出の写真を偶然だったとは言っていたが勝手に処分され、それに私が怒り口喧嘩になったことが始まりだった。

同一性の意識だかなんだか知らないが、少なくとも過去を切り離そうなんて思うはずがない。

「クッ」
数回、自宅に電話してみるが彼女は出ない。
こんな時間に何処へ行ったのだろうか?
とやかく言えた状況ではないが…。管理人に確認して貰おうにもこの時間ではどうしようもない。
雨脚は少し強くなってきていた。

この時刻に地下鉄が運行してるはずも無いが、タクシーを拾えることを見込んで駅方面へと歩み出していた。

4:匿名のおっさん:2014/06/23(月) 23:38 ID:Cvc

店の軒先で雨露をしのぐ。

霧が晴れてきたはいいが、横殴りに降り込む雨粒にゴミ箱に棄てられていた雑誌を頭に乗せ、首を竦める。
店舗のウィンドウガラスに映る私の表情は、水飛沫を避けるように眼を細め意味もなく口角をあげ不吉に笑みを浮かべているかのように見えた。

雨は一時止み間に入った。

街並みは静まりかえりトタン屋根を滴る水音や、路上駐車されている車の下で対峙した猫の威嚇し合う鳴き声、近くの工場でボイラーが稼働する音が聞こえる。

しかし、あの雑居ビルでバーに誘い込んだ女とは何処かで以前にあったような気がする。
そして何故公園に運ばれたのだろうか?
フォードの男の幻覚、あのコート、イースターのチラシと走り書き。
悲嘆がどうのと書かれていたな。
私を気絶させたエドワードグリーンの男。

これが今夜、現時点における私の総決算だとでもいうのか?
「フッ」

奇妙な出来事の連鎖を振り返っているとタクシーを見つける。

5:匿名のおっさん hoge:2014/06/28(土) 23:28 ID:08o

跨道橋があり立体交差している下側の道にハザードを焚いて駐車していた。
此処からは多少距離があるが…。
水溜まりを避けながら車道を横断し、跨道橋下へと続く橋脚へりに付いた急な階段を下る。
銀色のアルミ合板の階段は、踏む度に危なげな軋みを立てていた。
土手を躓きよろめきながら道路へ走り込み上体を起こす。

キギーー「!?」
上目遣いにタクシーに視線を伸ばした瞬間、後ろからの光に振り返るとコチラ側車道を、タイヤを鳴らしながら猛スピードで私に向かってくる一台の車があった。
危うく轢かれそうになり土手に飛び退く。

急ブレーキで私の右斜め前を頭に後ろ向きに停車した黒い車。

フォードコンチネンタル。「コイツは」
あの時の男なのか?誰が運転してるんだ?


思わず息を深く吸い、アイドリングで停車した運転席窓に近づき確かめようと歩み寄る。


「ガクッ」
ギヤを入れ換えた音がした直後、バックランプが点灯した

「は!?」突っ込んでくる

ドスッガシャーン
キギーー!カランカラン
間一髪、土手に乗り上げ跨道橋の脚部に車両はブツかり助けられた。

が、左足に違和感がある。
避けたさまに泥濘踏ん張り挫いたか?
黒いフォードは金属のバンパーが外れながらも猛スピードで走り去ってしまった。
「うっ…」
気分が急にぐらついてヘタリ込む。両手の指先に痺れが走り、微かな震えと悪寒、呼吸の乱れ
「くっ…またか」

私は二年近く飲んでいた精神薬を止め、酒に切り替えていた。
発作症状がひどい時期は酒など一滴も口にできなかったのだから、飲酒が可能になったこと事態は医師にも歓迎された。アルコール依存の危険性も指摘された上で、薬を絶っていた。
不安を紛らわすために無性に酒が飲みたくなる。

6:匿名のおっさん hoge:2014/06/28(土) 23:55 ID:Wxo

まだ完全に立ち直れてはいない。ちょっとした記憶違い、物忘れ、微かな綻びから小さな発作が予期不安を呼び込みその時点までの回復の自信を根こそぎ奪ってゆくのだった。

道の先を見通して私を取り巻く世界の若干のブレを整えてゆく。
「またヤツなのか…」

昨日のいや一昨日の出来事は曖昧だったが夢ではなかったようだ。
何故私を狙う?自宅近くの路地裏では単なる偶然とも考えられなくはないが、今回は明らかに轢き殺しに襲いかかってきた。

暫くして立ち上がり
そういえば黒のフォードが、橋脚にぶつかった際にトランクが歪みトランク内あった何かを落としたのが見えた。
金属性の外れたバンパーの残骸横、
これか?なんだコレは??

金属製のひどく錆びた小さなジョウロ。蓮口を鼻に見立てた子象の形をしているが、上部の水を汲む大きな穴が無い。
振るとカラカラと何かが入っているようたが蓮口を取り外そうにも錆びてビクともしない。
「あ!」注意を奪われている隙に駐車していたはずのタクシーが走り去っていた。
先程の出来事に加え、濡れて身体が冷えきっている。
早く自宅でシャワーを浴びてベッドに入りたい。

とにかく駅に向かうしかないのだろう。

しかし、こんなものに思いあたるフシは全く無いがフォードの男の手掛かりになるのだろうか?
両手は空いている考えても無駄だ。
ジョウロを持ったまま駅方面へとフラフラ歩き出す。
「左足が痛むな。あークソッ!タバコでも吸うか」
いつ黒のフォードが戻ってきやしないか内心怯えていたが、
くわえタバコで足を引き摺り、夜中に子象のジョウロを持った、びしょ濡れの怪しい男と考えた途端、急にふと可笑しくなった。

7:匿名のおっさん hoge:2014/07/05(土) 15:52 ID:nR.

痛む左足を庇いながら土手を登り、跨道橋のもと居た道を進む。
駅方面から逆へ向かう車が数台通ったがタクシーは見当たらない。
途中、ガソリンスタンドの屋根下に腰を下ろす。
文字を型どったネオン管の照明に蛾が鱗粉を散らしていた。
「しかし、腹が減ったな」

タバコをくわえ、先程拾ったジョウロをマジマジと見詰め、カラカラと音をさせていたモノを取り出そうと試みる。
「ん?石か?」
蓮口の小さな穴から何か白いモノが見え、手の平で受けてみると白い粉がこぼれ落ちた。
何かは解らないが、元は粉末だったものが湿気などで固形物になったようだ。
成分を調べる手立てもないが……。


階下へ下りる際に声が聞こえる。

妻が深鍋の中の大麦粥を慌ただしく混ぜながら娘になにやら促している。
「パパに訊いてみて」

クレヨンの散らばるダイニングテーブルを背に私を待ち構えていた娘は
「ねぇパパ、見て」
粉末ジュースの入ったコップを持って舌を出す。
「ベロが緑色になってるね」

「ねーどうして緑色になるの?」
上着に袖を通し
「うーんどうしてかな」

「パパもなる?」
私は指を粉末が入った瓶につけて舐め
「甘い」と舌を出すと
娘に棒付きのサワーボールキャンディを口に押し込まれた。

そんなある日の日常を思い返していた。
止めておこう。舌が緑色になるだけじゃ済まないかもな。

拾ったもののどのみちこんなモノは必要ない。ジョウロの蓮口を排水路に当てがいテコにしてへし折る。

取り出してどうなるモノでもないだろうが、
中の謎の固形物をタバコの外包装でくるみポケットに入れた。
「?」
仄暗い街路をコツコツと男かが横切って行く。

暫くして私も駅方面へと歩き出した。

8:匿名のおっさん hoge:2014/07/05(土) 16:13 ID:SIY

左足の痛みは酷くなるばかりだ。
道中にある東屋風のバス停留所のベンチにくたくたの革帽子を被った作業ツナギを着た男が、腰を下ろしていた。
コチラに顔を向けている。

さっき通り過ぎたのはこの男だろうか。
「兄さん。時計持ってるか?」
私は立ち止まり突然話かけてきたことに驚きながらも腕時計を確認し答えた
「ああ、今2時を少し廻ったところだ」

男は腿の上に肘をつき、四角い顎を擦りながら佇んでいる。

先程からまた降り始めた時雨に構わず、私が男の前から立ち去ろうとすると
「兄さん、火を持ってたら貸してくれないか」
と紙巻き煙草を一本抜き、コチラに目配せし
男は「飯の後の一服は格別だよな」と脈略なく言った。
男の傍らには紙袋と魔法瓶の上に本を乗せ置いてあった。

私は男を一瞥し、
真夜中のバス停で食事をしていた妙な男の要求に応えポケットを探る。

屋根下の固い木製のベンチの端に左足を伸ばした儘、浅く腰掛け、上着のポケットからマッチを取り出し渡すと同時に本の背表紙をチラリと見た。
「審判」失礼だがこの男が読んでいるのだろうか。

返されたマッチを受け取る。
「??」
ライターの他にマッチを持っていたことに今、気付いた。

マッチ箱には「ホリデーイン」と小さく店の名がある。
たしかこの地域でチェーン展開している高級モーテルの名前だが、利用したことなどあっただろうか?
記憶を辿ってみるが、結局思い出せずに物思いの穴に落ちていると、
煙草を手の甲にトントンと衝いて男は諦めた様子だ。

マッチは湿気り火がつかなかったらしい。
ライターを渡すと、人が悪いとばかりに男は苦笑いを浮かべ、
「世の中、不条理なことばかりさ」と言って火をつけた。

9:匿名のおっさん hoge:2014/07/05(土) 16:43 ID:cog

なんとか無事駅へと辿り着いた。
上着もズボンも雨を吸って重たるくなっている。
「おかしいな。地下鉄はまだ運行してるのか?」
夜中の2時半も近い。
タクシーも数台路上には止まっていたが、道中で財布から紙幣が抜き盗られ無くなっていたことに今頃気が付いた。


取り敢えず駅内に足を踏み入れてみることにした。
左足の激痛に手すりに掴まりながら階段を下る。
「あぁー畜生…」

駅構内は静まりかえっていたが、誰かの話し声が聞こえていた。
声の主は駅員であり、机に向かって電話で何かの対応に追われているようだ。

この時刻まで運行してるとなると?事故でもあったのだろうか?

ん?シメた!少々年代物だが飲み物の自販機がある。投入口へ小銭を入れボタンが光るのを待つ。
「??」
反応がない。何度かボタンを押したり、釣り銭口を確かめてみたが駄目だ。
自販機のメーカーの注意書きには
「お金は自己責任で投入して下さい」
と小さく書かれていた。

「クッ…」
空腹と落胆と疲れで文句も出て来ない。
駅員に文句つけても無駄だろう。
まさか券売機まで私をコケにしないだろうな。
切符券売機に金を入れ赤いランプが薄く点灯した途端ホッと安堵する。
切符券売機は普通に使えるようだ。
ボタンを押し、切符を手に入れ、ふと視線を脇に向ける。
「??」
なんだろう?壁に張ってある広告の女優の顔が歪み崩れているように見える。
なんと言えばいいか…瞳から下、鼻と口がボヤけたように。
ただの印刷ミスだろうか?
近づいて確かめようとした時、くり貫いた空き缶に靴先が当たった。
ポスターの下で横になって踞るホームレスに気付いて思わず後退る。
「邪魔しちゃ悪いな」

紳士ぶってはみたが、正直今の私はこのホームレスより余裕はない。
自動改札に切符を通し、狭い通路間のレバーを押し退け濡れた床に注意をはらいながらホームに向かう。

通路壁の繋ぎ目から雨水が微かに染みだしたいる。
天井はやけに低い。奥に向かうほどに低くなり、
歩けば歩くほど私の身長が縮むような錯覚に陥った。

ホームには私以外誰も居ない。
ようやく家路につける。
列車にさえ乗ってしまえばこの奇妙で厄日としか思えない一日も一区切りつくのだ。
そんな思いで腕時計を確認し、時刻表に目を向けると数字が歪んで視認すら出来ない。
「ん?まだ目が霞んでるのか」
ポスターを見た時もそうだが、きっとトラックの時に起きた絞りボケだろう。明るい場所に目が追いつけていないに違いない。
だが視野まで狭く感じ、再び腕時計を確認する。
おかしい。時計の数字はハッキリと見える。
「相当疲れが溜まってる」目頭を押さえベンチに腰を降ろした。

10:匿名のおっさん hoge:2014/07/06(日) 16:16 ID:Y8M

先程のバス停で話した男の一言に疑念をもった。
男は煙草を吸い終えるまで少し話しを聞いて欲しいと見ず知らずの私に懇願した。
男は私が了承するでもなくあくびをしていると勝手に話し始め、その辺り少し前からある異音に気を捕われそして掻き消された。

ぶしつけに風を切る蚊の羽音のようなソレは高くなり低くなり律動を繰り返し、時折、砂を降らせたような音と混ざる。

内耳に軟骨が塗られたようなベタつきを覚え、それが止んだ時、男は
「何にも…そ………だったんだ。
俺が失ったモノがようやく俺を解放してくれる」
男は伏し目がちにコクリ頷いた。
聞き取れたのはそれだけだった。
煙草を根元まで吸い終えると
「じゃあな」と一言残し、
それを最後に荷物を抱え路地に消えたのだった。

仮眠を充分な時間していたような心地にくるまれて、ようやっとの思いで言葉が出た。
「おかしいな」

列車は来ない。
一体いつになったら列車が来るんだろうか?やはり事故でもあったのだろうか?
駅員に訊ねに行こうか迷ったが、立ち上がり改札口まで戻る気さえ失せていた。

暗闇のトンネルを薄目で眺めていると、轟音と共にようやく列車のライトがみえた。
「フー」安堵のため息と共に列車のドアが開く。


こんな時刻にしてはイヤに乗客が多いな。やはり事故があってダイヤに遅れがあったのはほぼ違いない。
右側に体重をのせ重い足取りで
列車に乗り込むと左足を気にしながら扉に近く、人と対面しないような席に座る。
「フー」
自分の居た駅が遠くなってゆくのを見送り、座り心地はけっして良くはない座席に体を預け再び安堵のため息が漏れ目を閉じる。
車内の暖かさに、ズボンの袖口が濡れて足首に貼りつく不快感に苛立った。

11:匿名のおっさん hoge:2014/07/09(水) 00:26 ID:19.

瞬時に眠りに落ちていた。

銀器を数える妻は眉間に深い縦皺を寄せ、それを終えるでもなく台所のシンクを暫く見つめていた。

夕日は丘に沈みかけていた頃、
つかず離れず妻を追う私。随分と歩いていた。
住宅地を過ぎ去り造成地の外れ、中途半端に手が加えられ荒廃し調和を失った自然の姿に影は伸びてゆく。

その辺りでは一番背の高い木々の梢をじっと妻と私は距離を置き見つめていた。

妻の赤く透けた黒髪の一房が風に流されていた。
あの家を買って間もない頃だったと思う。
何を話したのたったろうか。
暗闇のトンネルに鉄製のアーチが一瞬見える。
高速で過ぎ去る景色を鮮明に捉えることは叶わないのと同じなのだろうか。
ゴム床の上に私のまだ乾ききらない靴跡が残されている。
座面の奥行きが狭いこの座席のおかげで深く眠り込むことはなかったようだ。

私は同じ夜を何度も繰り返すような毎日に参っていた。

そして今日のような厄日に限ってスキットルに酒を入れて持ち歩いていなかったことに後悔した。


伸びをしようとした時、
斜め向かいのアーミーパンツを履いた若い男の様子に胸がざわついた。
まるで身動きせず心ここに在らずの様相でコチラをみている。
そして、気付いた。
車両内の人達が皆、私を見ている。いや凝視している………瞬きもせずに。
座る乗客も同じだった。

私の風体に注目してるのだろうか。
確かに革靴やズボンの裾は泥汚れがついて、みっともない。
フォードに襲われた際、土手に飛び退いた時の汚れだろう。

横へ視線をずらし、隣の車両への通路窓を見る。
「!?」
隣の車両の連中も反対側車両の連中も此方を向いている。

12:匿名のおっさん hoge:2014/07/19(土) 14:23 ID:5XE


目のやり場を失い慄然とする。
閉じてしまえばいいものを、手すりを掴み思わず立ち上がってしまい、乗り込んだ扉を向いて彼らに背を向けた。
どういうことなんだ。

真横にいる灰色のストールを首に巻いた花束を持つ老女の顔が嫌でも視界の端に入る。
列車窓ガラスに映る数人の視線が、私の背中に向けられ薄気味悪い。

心音は徐々に高鳴り、腋の下にじっとりと汗が滲むのがわかる。
空調は作動してるのか?

時間が経過する共に身体は鉄筋が入ったように硬直し、口内は渇き唾も呑み込めず喉元に鈍い痛みを感じるくらいだ。

誰一人口を開かない。

長い沈黙の後、咳払いをし思い切って真横の老女に話しかけた

「あのダイヤに遅れが出てるようですが、何か…あ」

老女は真っ直ぐ此方を凝視したまま乾燥した唇を真一文字に結んでいる。
そればかりか塗りつぶしたような黒い瞳は見開き、縦に小刻みに揺れて見えた。

この形相…
路地裏で遭遇したフォードの男と重なった。
老女の顎や頬はやや弛みがあり深い皺が刻まれているが、あの男と同質の面持ちなのだ。

発作の恐怖に怯える。

過去に爆発的なパニック発作に見舞われた時の精神的外傷が未だに私を拘束し続けていた。
ただでさえこのような閉鎖空間に身を置くこと事態危うかった。
何処かにこの不安を吐き出すしかない。

「ななんだ!あんた゛達」振り返り声をあげたがうまく声が出ない。
「何とか゛言え…」

かすれ声が車内に響く。

逃げ出したい焦燥に駆られ後退りし、背後のドアにへばりついた。
もう限界だ。
その時、車両は減速し次の駅がみえた。
取り敢えず此処に降りてしまおう。
いやこの先をやり過ごす自信などない、降りるほかにとる道はない。

ドアが開くと同時に、左足を引き摺りながら振り返りざまヘタリ込むようにホームに降りた。
その時、目の前に立つ老女が口がおもむろに開き
「この澱みに留まりなさい」

そう呟くと花束を私の足下に放り投げた。
ドアは閉まり、過ぎ去る車両を見ると乗客の全てが私を視線で追ってくる。
最後尾の車掌までもが立ち上がりコチラを凝視していた。

「い、一体な、何なんた゛、あ゛いつら………おいおぃ!冗談じない…」
「もう゛二区間先だぞ…」
脂汗を手の甲で拭って立ち上がる。
未だ震えが治まらない足元には、深い青紫色のリンドウの花束が残された。

「澱み…」

吐息を押し込めるように呟いてみた。
一体あの老女は何を云わんとしたのか。

落ち着きを取り戻した途端、ひんやりとした夜気が首筋を撫で、不意に視界が途切れたのち、

光源が抑えられたダウンライトの明かりが点り、薄暗いホームが左右に広がった。

今の列車が最終だったのか…。

13:匿名のおっさん hoge:2014/09/13(土) 15:44 ID:9mc

どうしてこんな目に会っているのだろうか。

カルテをペンで叩く音が聞こえ
「さぁリラックスして」
カウンセラーの声だ。ゆっくりと諭すように語りかけてくる。
「常識的な状態を無理にでも保とうとする意識を働かせ、
いいですか?心の中の不安を無意識に抑えちゃいけない」
「あぁ…」

「自分で自分に嘘をついているのと同じですよ…」
再び蚊の羽音のような律動と砂を降らせたようなノイズ音が始まる。
先程よりややくぐもった調子に。

この時、私の中に朧げだか薄膜の向こうにあるかのような胎動する存在の温もりを感じとっていた。すぐ近くに心音が聴こえるが如く、それでいてとてつもない彼方にそれは存在するように。

なんだ…この感覚」

ノイズ止み、思考を集中するとコツンと意識の底で突き当たる。
「…ッ」
「どんな心の動きにも、人にはそれぞれ根拠や由来があるに違いないのです」
「あ…ああ」

病からくる単なる健忘などではなく記憶の中に断片的に抜け落ちいる重要な鍵があり、今夜起こっている様々な出来事の起因があるはずなのだと妙な確信があった。

フォードの男の幻覚を見てコートを掴んだあの瞬時から、まるで何かのスイッチが入力方向に切り替わるように。

はたと我にに還り、目の前の下り線ホームに視線は向く。

下りに人影はない。こちら側にも誰も降りてはいない。
改札へ向う登り階段入口にはチェーンが掛けられてしまっている。

跨いでしまってもいいものか?駅員はいないか?

「あれは…」
視界の端、斜め向かいに女性と少女の親子が手を繋ぎポツンと立っている。
先程は下り線ホームに人影は無かったと思うのだが…。

親子だろうか?
しかもこんな時刻に?
女性はベージュの厚手セーターに黒のロングスカート。
少女はノースリーブの白いワンピース。
この季節にしては妙に薄着だ。
「ガアアーーーー」


突然ライトも点いていない真っ暗な回送列車が上り下り線共に通過し、ホーム内に突風が吹き荒れた。
ネクタイが風に揺れ、いつの間にか乾いたスーツの襟が立ち上がる。

車内の明かりで照され向こうの景色が駒送りに映しだされる。

少女は女性と靡き顔で何かを話しているようだ。

少女は此方に何度か顔を向け、おもむろに私の足元を指差した。
花束?
それより?
ん?どこか別れた妻と娘に面影が似ていた。
が、娘は今年で九歳になる。
どうみても体躯が幼すぎるし、女性は妻より随分老けて見えた。

「気のせいか?」

そうだ。
こんな場所に居る筈はない。
妻と娘はここからはかなり遠方の妻の実家近くに居る筈だ。

「ガタッファーァァーン」

突然に不協和音が響く。駅構内アナウンスのノイズ。
目線をスピーカーに向けたその時、列車は過ぎ去り

「は??…消えた…」
目線を外した隙に足元の花束も親子も忽然と姿を消していた。

もう訳が解らない。
おかしいな出来事の連続に不安感は再びピークに達した。
先ほどのスピーカーノイズ、改札近くに誰か駅員がいるのは確かだ。
構わずチェーンを跨ぎ、改札への登り階段を必死で駆け上がる。
最早、左足の痛みも忘れていた。
誰でもいいマトモな人間はいないのか?

誰か…誰か…誰か

改札に辿り着くと改札横の駅員室の小窓にしがみつく。
「ハアハアハァ」
息をととのえ顔を上げる。

誰もいない。
正面の壁に設置された構内アナウンス用の受話器が外れてぶら下がっていた。

14:匿名のおっさん:2014/09/23(火) 19:00 ID:ZjM

ワールド映画死にたいのなら世界。

15:匿名のおっさん hoge:2014/10/12(日) 00:29 ID:W9A

駅構内を出て路上を彷徨くのはいいが、この辺りは表通りを一本入ると移民街であり治安が良くないことで知られている。

低賃金労働者が大半で、その上見知らぬ者同士が住む街となれば自ずとそうなるのも当然だろう。
不法就労を当てにした低賃金労働維持が階級社会を支えている。

まだ歴然と工業化の痕跡が残っており、それが、歴史を感じさせるのだった。
近代の産物だった鉄道や工場の痕跡が歴史を感じさせるということは、今の時代が近代からはるか遠くに来ていることを物語る。
さもなければ、歴史を掴むことができなかったのだ。

プルタブと吸殻だらけの路肩に年老いて毛の抜け落ちた老犬が踞っている。

雨は止み間に入りアスファルトは乾きかけていた、ココからまた歩きになるのか?
タクシーは見当たらない。と云うかこの辺りでタクシーも商売したがらないだろう。

放置されたボロ車の後ろに一台のパトカーが駐車しているのが見えた。
一人の警官は、真っ暗な店舗をシャッターの隙間から懐中電灯で照らし店内を確認している。
車両に待機していた小太りの中年警官がコチラに気付いて降りて来た。

ライトで照され眩しさに光を手で遮るとパチンと音がする。
警官が拳銃のホルダーフックを外した音だ。
「そこの壁に手を付いて!」
「あっ、ああ」
正直、マトモな人間に会えてホッとしていた。
まあこの時間に彷徨いていれば無理もない。
職務質問程度のことだ。
タカをくくって素直に従う。
「足を開いて!」

中年の警官は警棒で私の足を小突き、下から上へとボディチェックしパトカーに乗せようとする。
先ほど店舗を覗き込んでいた警官が運転席に乗り込み無線で短い会話をした。

「最近この付近で不審火が頻発している。2、3訊かせて貰おう」
不審者に見えたのは無理もないが、調べれば疑う要素がないことははっきりする。
パトカーの後部座席に誰かが押し込まれたのが見えた。

立ち尽くしたまま所持品検査を私から押収したのは、財布、免許証、タバコ、ライターと
「あっ!」
中年警官は訝しげに「どうした?」と覗き込んだ後
「この包み紙のコレは何だね?」と続けた。

16:匿名のおっさん hoge:2014/11/26(水) 23:07 ID:W9A

アウトだ。あの黒のフォードが落としていったジョウロに入っていたモノ。
きっとイカれた薬か何かに違いない。

中年警官は再度凄むように訊ねる「こ・れ・は何だ?」
もう一人の若い警官が車の窓越しに声をあげた
「署に引き上げますよ!」

完全なアウトいや、私自身は潔白なのだが、どう説明したものかと悩む。
まるでモノポリーで仮破産に追い込まれ抵当を処分する算段をつける時のような困りきった表情に

「署まで来てもらおう」の一言は必然であり、
当然の話、警察署で朝まで明かすことにはなるのだろう。
手錠をかけられ腑抜けた足取りで後部座席に押し込められた先には肌着に厚手のジャケットのみを羽織った明らかに不審な男が隣に座っていた。

彼はちびた鉛筆で手帳に他人には判読不能のミミズが這ったような文字でなにやら記している。

「絨緞の下に隠すのも、この記憶強迫症のあらわれだろう。
大切なものを脱いだ靴下に入れ、ズボンのなか(ポケットではなく)にしまう。ポケットよりも奥の収納ボックスなのかもな?」

カウンセラーの声だ。

なんだ??なんの話だ?
「ボン!」

中年警官が助手席に乗り込みドアを閉めた音に肝を冷やす。
「安心しな!隣の奴は今夜病院を抜け出したイカれた奴だがひどくおとなしい」
若い警官はからかうような台詞を吐いてパトカーを発車させた。

17:匿名のおっさん hoge:2014/11/26(水) 23:37 ID:9bI

「がっ…ああ゛っブクッ」何処だ?ここは、暗い!
手足が何かに当たる。狭い!息が…息が…

「オィ……オイ!」
「オイ!起きろ!コラ!」「グッ…ブハッッーー」
「呑気に寝てるんじゃない!署に到着したぞ」
中年警官はしかめっ面でパトカーを降りるよう促す。車を降りると目の前には重厚な木製の両開きの扉の片側が開かれ、4階建ての白い外壁に小さな小窓が幾つもある警察署が眼前に現れた。
「君の住所や氏名、前科の有無も確認済みだ。大人しく来て貰おう」
パトカーは建物奥の駐車場へ移動し、
中年警官は手錠を外しその握った手で私の腰の後ろベルトをグイと掴んだまま扉をくぐった。
「あの…隣の」
「ああ彼は病院へ送り届けた。君の眠ってる間にね」
署に入ると長いカウンターの向こう側で、内勤の職員数名が業務をこなし、その向かいにある幾つかの小部屋の明かりは全て消灯していた。
奥へ進み小さな会議室のような場所に通される。

「返答次第では調べがつくまで留置場に入って貰うぞ」
部屋の開かれた扉横には、すりガラス越しに他の警官がむこう向きに仁王立ちし鍵の束をじゃらじゃらと鳴らしている。

ソファに座らされ氏名と住所に間違いないか確認された後、中年警官は私の後ろをコツコツと靴音をさせ歩みながら訊ねた
「本題だ。先程も質問したがアレは何だ?」
白い固形物のことだ。手に入れた経緯を話したとして通じるはずもない。
「いいか?鑑識に調べさせればすぐに解る。手錠をかけず取調室以外で対応してやっていることの意味は分かるな?」
「ああ」
「じゃあ話しなさい」

「……拾ったんだ」
「拾った?何処で」
「車が落としていった」
中年警察はソファの背もたれに両手をつき
「ふーん……話しにならんな。私も時間がない」
中年警官は扉そばまで歩き、外に居た警官に私を連れて出るよう合図した。
「夜が明けてしまう。朝には鑑識から答えがあるだろう。おやすみ」
中年警官は部屋に残り、私はもう一人の警官に連れられ、カウンター突き当たりの鉄の扉奥へと向かった。

18:匿名のおっさん hoge:2014/11/26(水) 23:52 ID:V.6


翌朝の10時まで留置場に拘留され、鉄の扉をくぐるとひっきりなしに鳴る電話の音と慌ただしく行き来する職員たちの靴音、扉が開いたままで怒鳴り散らす刑官の怒声が一度に耳に入ってきた。
カウンターを横切り会議室で中年警官から取り上げられた携帯品を返される。
「無罪放免だ」
それだけ言って部屋を出て行こうとする。
「アレは…」
足を止め警官は振り向きもせずに
「炭酸水素ナトリウムだそうだ。シャレにもならん!」
と一言告げ、朝刊を片手に部屋から立ち去ってしまった。
炭酸水素ナトリウム?
つまり重曹??料理や掃除に使うアレか?
フォードのトランクから落ちたジョウロの中に重曹?
「クッ…フハハハハハ」
昨日の夜の出来事はやはり夢物語なのかも知れない。が、正体不明のフォードの男に二度も轢き殺されかけたことは事実だ。
この足首の腫れが証拠だ。
そう考えながら警察署を後にした。

19:匿名のおっさん hoge:2014/11/27(木) 00:05 ID:pl2

アパートにようやく帰って来られた。
途中、警察署近くの喫茶店により職場に連絡を入れ今日は欠勤としてもらった。
築半世紀は経っているだろうこの3階建てアパートに、不動産業をしている叔父の紹介で入居したのは二年前、
精神的にも過敏になっていたこともあり騒音の問題を一番に重要視し最上階の角部屋を借りている。
当初は私の部屋に電話すら設置できなかった。
コール音がけたたましく鳴っただけで身が縮むほどだったことを考えれば、随分と病状は良くなっていた。
良くも悪くも現にこうして記憶を反芻できること事態が当時とは決定的な違いなのだと思う。

途中、三階住人の男性に出会し挨拶をして通りすぎた。
このアパートは10年以上住み続けている老人達が大半で若手は彼と私くらいのものだ。
階段を登りながら昨夜と朝の二度、自宅に電話をしたが彼女が出なかったことが気になっていた。

20:匿名のおっさん hoge:2014/11/30(日) 17:41 ID:HL2


扉の前に立ち鍵を開ける。チェーンがかかってない。彼女が家に居るときは十中八九チェーンロックがされている。
ここ約二週間は私の部屋に入り浸っていた。

21:匿名のおっさん hoge:2014/11/30(日) 17:49 ID:MDM

大学時代に彼女は、老夫婦の屋敷のウォークインクローゼットを間借りし生活したことがあると以前に話していたほど、他人の部屋に住み着くのが巧みなのだ。

扉を開き、入り口傍のキッチンのテーブルに鍵束と財布を置く。

部屋の状況を確認するが、カーテンは開いたまま、昨日私が部屋を出たままの状態だった。
ベッドルームやバスルームにもいない。
「何処へ行ったんだ」
居間のテレビをつけ、戸棚から救急箱を取り出し、ソファに腰掛けた後、湿布を左足首に貼り付ける。
彼女の現在の仕事は夕方から出掛ける為、昼間は眠っていることが多い。
私が不在の場合や遠方へ出掛ける際、
書き置きメモを郵便受けに入れることがしばしばあった。

すぐさま鍵束を手に、一階フロアにある自分の部屋301の郵便受けを確かめることにした。

郵便受けに向かおうと部屋から出た途端、扉の前で先程出会した三階住人である男性が歩いてきた。
彼は路上などで行き交う人々の似顔絵を描いたり、街中の風景画を売って生計を建てている。
私も以前に彼女と二人の似顔絵を描いてもらった経緯があり見知った仲だった。
「彼女を見掛けなかったかな?」
三階住人の彼に訊ねる。彼はジーンズにボーダーの薄いセーター姿でビニール袋をぶら下げている。このアパートに住む老人たちの買い物代行も彼の仕事の一部だ。

「あれ?君と出掛けた姿を昨日夕方見かけたよ。一緒じゃなかったのかい?」
「??」
どういうことだ?「いいや…」
三階住人の彼は続けて
「二階の踊り場に鍵が落ちてたよ。ほら」
彼はニコニコと笑みを浮かべ言った。
「…あ、ありがとう」
受け取り確認するとウサギの人形のキーホルダーが着いた301の部屋番号が刻印された鍵。
これは彼女に渡していたモノだ。


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