SS置き場。

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1:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/17(木) 20:21

・完成次第SSを投下するだけの機械。
・不良品なのでとても拙い。
・機械は何を言われても平気。

2:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/17(木) 20:22

快晴の真っ青な空を、散り散りになった雲たちが泳いでいる。
雲の切れ間から射す太陽の光は、今、シューティングゲームに出てくるようなビーム兵器となって地上へとジリジリと降り注いでいる。
もうどれほど登ったのだろうか。未だてっ辺は無数の枝と葉に遮られ、見ることが出来ない。
適当な枝に足を引っ掛けて一休み。そのまま後ろを振り返り、地上を見下ろした。見事なまでに誰もいない。そりゃあそうだろう。真昼間にこんな灼熱地獄の中を好き好んで歩く人間なんて、そうそう居るはずが無い。
ましてや今は夏休み。インドア志向の人は、家や図書館のような冷房の効いた室内でのんびりと過ごしているに違いない。アウトドア志向の人は、海やプールに出かけて太陽も裸足で逃げ出すほどの熱いラブロマンスを繰り広げているのだろう(私の勝手な想像だが)。
不意に、額から垂れてきた汗が最終防衛ラインである瞼を乗り越え、私の眼へと奇襲をかけてきた。やべえ、染みる、痛い。反射的に、思い切り眼を瞑りながら、枝から両手を離して眼を擦る。

「って、あっ」

支えを失った身体がゆっくりと地上に向かって傾いていく。慌てて手を伸ばして枝を引っ掴み、地上への落下を免れることが出来た。ドクンドクンと心臓が大きな鼓動を打つ。汗だくになるほどの暑さにも関わらず、腹の底に氷をぶち込まれたような冷たい感覚が滲んだ。
危ない、危ない。危うく落ちてしまう所だった。視線だけを動かし、眼下に見える地上を除く。もう既に、私、4人分くらいの高さはあるだろう。そんな高さから落ちたらとても痛いでは済まない。頭から落ちたら最悪の事態もあり得る。
今だ落ち着かずに鼓動を打つ胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸。額に滲む汗を片手で拭う。ふとなにやら腰に違和感を感じて手を当ててみると、着ているワンピースの腰の部分に小さな穴が空いてしまっていた。

「…………」

思わず涙目になりながら、穴の空いた箇所を眺める。真っ白で無地という何の面白みも無いワンピースだが、逆にそこが好みのお気に入りだったのだ。こんな事なら、もっと機動性を重視してジャージでも着てくれば良かったか。
いや、それではいけない。それでは、私の当初の目標が達成されない。白いワンピースに、麦藁帽子に、素朴なサンダル。そして小さなポーチ。どうしても、今のこの格好でないとダメなのだ。
これが終わったら、また同じものを買おう。そう心に決めて、私は腕を、足を、次の枝へと移動させていく。
ところでで何故私が、夏休みの真昼間、それも灼熱地獄のような炎天下の中で木登りをしているかというと、それはとても簡単なことだ。とてもとても簡単で、幼稚で、くだらない目的の為だ。恐らく、私以外の誰にでも、一度は襲いくるであろう猛烈な欲求。そしてもう一つ、私のちっぽけな意地の為に。
それにしても今回の”ミッション”は中々に過酷である。今私が登っているこの樹は、この町に唯一ある神社にドッシリとその御身を構えていて、樹齢は200 歳を超える程のものらしい。高さは、2階建ての家屋を二つほど縦に重ねた位のものか。
御神木だ、と地域の爺さん婆さんからは拝まれているが、私が幼少の頃に大きな落雷を登頂に受け、その部分だけ葉っぱが無い事から、子供達からは”ハゲタカノッポ”と呼ばれている。”ハゲタカノッポ”と呼ばれるようになってから十年程経った今となっても、名づけ親(子供なのに親と言っていいものか)は良いセンスを持っていると、私はそう思う。
突如、四方八方で蝉の声が鳴り響いた。驚きの余り手を離しそうになり、決して離すものか!と、枝を強く握りこんだ。
畜生。さっきまでは不気味なくらいに静かだったのに。”警告”のつもりなのだろうか。睨みを利かせた視線をぐるりと周囲に送り、構わず私は上を目指す。
と、ふとそこで、それを、見つけてしまった。

3:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/17(木) 20:22

根元からへし折れた枝。
横目で視線を送り、数秒ほどその場に留まる。
眼を瞑ると、蝉達の声がより一層大きくなった気がした。
足がガクガクと震える。
今すぐ引き返したくなる衝動に駆られそうになる。
でも、だけど。

「ん、っしょ」

私は、上を、目指す。
こちとら”ミッション”があるのだ。今更引き返すことなんて最早出来はしない。友達からのプールのお誘いを断ってまでここまでしてるんだ。絶対に後には退かない。退いてやるもんか。葉っぱがワンピースに付こうが、新たに穴が空こうが、擦り傷や切り傷が出来ようが関係ない。
半ばヤケになりつつも、必死で上を目指していると、ようやく無数の葉と枝の合間から差し込む光が見えた。
登頂は、近い。
胸の中で希望の灯が点り、疲労困憊の体に更に鞭を打つ。汗で髪がべったりと、額や、頬や、うなじに張り付いてきて気持ち悪い。あと少しの我慢だ。もうすぐなんだ。
そして、ついに。
……視界が開けた。
快晴の真っ青な空を、散り散りになった雲たちが泳いでいる。
やった、やったぞ。ついに私はやったのだ。喜びで胸が躍る。とてつもない高揚感が全身に、髪の毛一本一本にまで満ち満ちていく。
”ハゲタカノッポ”と呼ばれるようになった所以である、枝も葉っぱもない焦げた幹。そこはまるで、どうぞお座りください、と言わんばかりに大きく平らな面積を持っていた。
遠慮なくそこに腰かける。驚いたことに、私が腰掛けても尚、あと二人はそこに腰掛けられるほどのスペースがまだある。腕を後ろについて、上体を支える。
正直、助かった、とてつもなく身体は参っている。もしただ単に枝に腰掛けるだけだったならば、身体を支えきれずに落ちるハメになっていたかもしれない。
周囲に眼を向けると、絶景としか言い表しようのない景色が広がっている。普段見ている町並みを上から客観的に見ると、なんだか全く見知らぬ町に見えた。とても面白くて、とても愉快な気分になった、
そよそよと髪とワンピースの裾を揺らす風がとてつもなく気持ちいい。

「ああ、いけない、いけない」

危うく当初の目的を忘れる所だった。
ポーチのチャックを開き、中からクシャクシャになった一枚の紙を取り出す。
そこに描かれている一枚のイラスト。
真っ白なワンピースを身に纏い、腰にポーチバッグを提げ、麦藁帽子を被った少女が、ぷらぷらと足を揺らしながら大木の枝に腰掛け、紙ヒコーキを今にも飛ばそうとしているイラスト。
背景には真っ青な空、そして薄く広がる雲。
そう、これだ。
これなんだ。
私はこれを再現したかった。
小さな男の子が正義の剣を高らかに掲げ上げるように、小さな女の子が可愛らしい人形を使いおままごとをするように。
誰もが一度は、自分が思い描く空想の世界にその身を置きたいと心の中で思う。
そして私は、その空想の世界に入り込みたいという欲求が人一倍強かった。
だから私は、私が思い描いた空想の世界へと、この身で入り込むことにした。
これが私の”ミッション”。
このイラストのような、幻想的な世界を実現するため。
この青い世界に入り込みたいが為に、私はただひたすらにこの木を登り続けたのだ。
……そして、くだらない意地がもう一つ。

4:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/17(木) 20:23

「よーし」

ポーチにもう一度手を突っ込み、そこから空色の折り紙を折って作った紙ヒコーキを手に取る。その羽の部分には、”リベンジ完了”と白い文字が書かれている。その文字を眺め、ゆっくりと瞼を閉じる。
かつて、沢山の子供達が度胸試しと称してこの木に登った。
今も昔も、自他共に認める負けず嫌いである私も、当然の如くその度胸試しに参加していた。
そして、そして、

遠ざかる視界と、暗転する世界と、言い表しようのない鈍痛。

そこで記憶を遡ることをやめ、静かに瞼を開く。
どうだ、10年も間を空けてしまったけど、ようやく登ってやったぞ”ハゲタカノッポ”!
にんまりと満面の笑みを浮かべながら、私は追い風が吹く瞬間を狙い――

「ミッション、完了!」

――紙ヒコーキを、風に乗せた。

5:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/17(木) 20:24





生い茂る木々の向こうへと消えていった紙ヒコーキを見送り、満足感に浸っていた私はふと現実に帰る。
……ああ、私の馬鹿馬鹿。
空想を実現するのもいいけど、なんで、どうして、こんなにも私は後先を考えていないんだろう!
本当に馬鹿!
登ったはいいけど、登ったはいいけど!!








「降りなきゃ、いけないのか」

地上を見下ろし、私は無感動に呟いた。

6:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/17(木) 20:25

題して「空想少女」
おしまい、おしまい

7:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/22(火) 19:24

「ここが美術室」

 まずは、油の臭い。そして次に、むせ返るような熱気が感覚として飛び込んでくる。
 僕の前に立ち、美術室の引き戸を開けた女教師が軽く呻き声を上げながら鼻を手で覆う。確かにこの臭いは、慣れた人でも嫌悪を感じることもあったりする。因みに僕は大好きだ。
 女教師が鬱陶しそうにセミロングの髪を掻き揚げながら薄暗い教室の中へと入っていき、奥にあるカーテンを、更に続けて窓を思い切り開け放った。
 途端に、部屋中に光と共に風が入ってくる。突然入ってきた強い風に、床中に散乱していた画用紙が一気に舞い上がり、それらが窓から射す光に照らされて、なんだかとても幻想的な光景に見えた。

「ぅえほっ! げほっ! うぼへっ!」

 恥も外聞も無いのか、女性らしからぬ声を発しながら女教師が咳き込み始めた。
 聞いた話によると数年間も閉めっぱなしのまま放置されていた教室らしく、そりゃあ埃が積もりに積もっていてもなんらおかしくは無い。光が差し込んでいる場所に目を凝らすと、それはそれは大量の埃が見て取れた。もう暫く教室に入るのはやめておこう。
 女教師――鳴海先生がこっちを振り向き、先ほどの凄絶な咳は無かったことにして下さいと言わんばかりの穏やかな微笑を浮かべた。口角にでっかい泡ついてますよ、と突っ込みを入れようかと思ったが、気付かせないままの方が面白そうなので放置しておくことにした。

「改めて……ここが美術室。ある時を境に部員がてんで集まらず、そしてその存在すら忘れ去られてしまった教室さ。どうだい、汚いだろう?」
「いや、凄く良い部屋だと思います」
 
 決して教室には足を踏み入れず、視線だけを教室中に巡らせて答える。
 床中に散乱した画用紙、スケッチブック、絵の具、筆、パレット、その他諸々の教材。綺麗に整理整頓されているよりは、こっちの方が……なんと言えばいいか、より”美術室らしさ”を感じる。そもそも綺麗な部屋はあまり好きではない。汚すことを躊躇われてしまうし、息が詰まってしまう。
 目を輝かせながら教室中に視線を巡らせていると、鳴海先生が軽く拭き出した。見ると、口元を手で隠しながらクスクスと静かに笑っている。

「君のこと、まずは一つ解った。変わり者だ」

 そう言いながら、窓に取り付けられた、窓の大きさに対して半分程の長さの格子にもたれかかる鳴海先生。大層な美貌を備えている鳴海先生が背後から陽光に照らされると、とても絵になる。年上に興味はないが、思わず視線が釘付けになってしまった。
 
「私の美貌に見とれてしまったか。こりゃ失敬」

 すかさず食いついてきた。元から少し細い猫目を更に細め、ニヤニヤと口元を歪めている。うぬぬ。困った顔をしながら「何をじっと見ているんだ?」という天然リアクションを期待していたのだけど。どうやら自分の美貌に対する自覚は十二分にあるらしい。
 取り合えず鳴海先生から視線を外し、別の視線の置き所を探していると、教室の隅に置いてある、黒い布で覆われた一枚のキャンバスが目に止まる。なんだろう、凄く気になる。
 

8:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/22(火) 19:24


「まあ、私はこれからすぐに職員会議があるからね。鍵は預けるから、使い終わったら職員室に返しにくるように。失くした時の責任が取れるなら自分で管理してもいい」
「あ、はい。わざわざありがとうございました」
「なあに、構わんよ」
 
 鳴海先生が格子から体を離し、こっちに向かって歩いてくる。
 ……さっきからずっと思っていたんだけど、どうしてこの人はスーツの胸元を大きく開いているのだろうか。たわわに実った二つのメロンがより激しく強調され、正直目のやり場に困ってしまう。もし普段からこうなら、男性教職員や男子生徒達は大層お困りだろう。目の保養ってレベルじゃねぇぞ。

「鍵はどこへやったかな……おお、ここだここだ」

 困ったような顔をしながら(今頃するなよ)自らの全身を弄っていた鳴海先生だったが……あろうことか、いきなり谷間へと手を突っ込み始めた。え? 何? 何これ。
 突然の事態に、クエスチョンマークとエクスクラメーションマークの両方を頭に浮かべ、唖然としている僕の目の前で、鳴海先生は胸の谷間から鍵を取り出した。

「ほら、失くすなよ」
「あ、は、はあ……」

 恐る恐る差し出した僕の手の上に、ぽとりと鍵を落とす。人肌が残っている為に妙に生暖かく、手のひらに乗せたままどうすることも出来ない。なんだかドキドキする。っていうか狙ってるのか? 全て狙ってやってるのかこの人は?
 軽くパニック状態に陥っている僕の肩を叩きながら、鳴海先生が美術室を出て行く。何か声をかけようとしたが、特に何も思い浮かばずに、そのまま遠ざかっていく鳴海先生の背中を無言で見送ることしか出来なかった。
 と、鳴海先生が廊下を曲がる直前にこっちに振り返り、声を張り上げた。

「君の名前! なんだったかな! 転校生くん!!」

 そして、すかさず耳に手を当ててこっちに身を乗り出してくる。もう夏休みに入っているとは言え、文化系の部活に勤しんでいる生徒なんかが校舎内に居たりするだろうに。
 鳴海先生のように大きな声を出すことに少し躊躇いを覚えたが、そういえば彼女はこの後すぐに職員会議があることを思い出す。時間は取らせられないし、しょうがない。
 観念した僕は両手で口の周りを覆ってメガホン代わりにし、大きな声で、僕の名前を、宣告した。
 
「徳堂! 真! でうす!!!!」

 噛んだ。
 鳴海先生が腹を抱えて僕を指さして爆笑しながら、曲がり角を曲がっていた。

9:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/22(火) 19:25

 教室に入ってみると、廊下で感じていたのよりも更に酷い熱気が体中に纏わり付いてくる。不快だ。
 学校に来る前に、携帯電話で今日の天候を調べてみると、どうやら今日は今年一番に暑い日になるとかなんとか。よりにもよってこんな日に来てしまうとは……。
 床中に散乱する教材を避けて足を踏み出し、窓へと歩み寄る。窓から入ってくる風を浴びれば、少しはこの暑さも和らぐはずだろう。

「ふう」

 途中で危うく転びそうになったが、なんとか無事窓へと辿り着くことが出来た。格子に手をつき、顔を出して外を覗く。そして、顔を引っ込める。その場にうずくまり、直射日光に当てられてしまった目を押さえて悶絶する。くそ、なんだ今のは。不意打ちにも程があるだろう?
 どうやらこの教室、コの字型の校舎の東側に位置しているらしい。しかも、教室と太陽の間には遮蔽物が無い。つまり午後からは、一身に直射日光を受けることになるということだ。なんてこった。これじゃあ、疲れた時なんかに窓によりかかり”ふう”と一息を付くことが出来ないじゃないか。
 落胆しながら窓に背中を向け、先ほどの鳴海先生のように格子にもたれかかる。首筋や腋から服の中へと風が入り込んでくる。これはこれで中々いい感じだ。冬場は冬場で、この直射日光を利用してお手軽に暖を取れそうである。
 何気なく視線を横――教室の隅に向けると、先ほどの黒い布をかけられたキャンバスが再び目に入った。そういえば、さっきからあれが凄く気になっていたんだった。格子から体を離し、キャンバスに向かって歩こうとすると、ギシっと床板が大きく軋む。もしもこの部屋に、何かの間違いで火気が放り込まれたらあっという間に大火事になるだろうな。油に、紙に、木造部屋。最悪の組み合わせだ。
 横断歩道の白い部分だけを歩けば幸せになれる、なんてジンクスが昔あったことを思い出しつつ、僅かな足の踏み場を大またで渡り歩ていく。……まずは、簡単に教室を掃除しないといけないな。
 キャンバスの目前まで辿り着いた。逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと黒い布を外していく。
 何故か、懐かしさのようなものを憶えた。

「なんだこりゃ?」

 出てきたのは、青い空と、白い雲と、大きな空白。
 空と雲を背景に、何か被写体がある絵らしいのだが、その被写体があるであろう部分だけが何故か不自然な程に真っ白く塗りつぶされている。背景からして、鳥か何かだろう。
 この教室が数年間も放置されていたことを考えると、この絵も何年も前に描かれたものということだろう。この教室が閉鎖されるよりも前に誰かが描いて、そして途中で挫折したのだろうか。
 僕だって、そりゃあ何枚もの絵を完成させられないまま途中で挫折し、悪戯に塗りつぶしたことがある。今さっき感じた懐かしさは恐らく、単なる共感だったのかもしれない。
 
「…………」
 
 うん、掃除はまた今度でいいや。
 彼か、はたまた彼女か。
 誰がこれを描いて、そして挫折したのかはわからないけれど。
 一体どんな絵を描こうとしたのかはわからないけれど。
 何故だか、この絵の続きを描いてみようと思った。
 この空白を、何かで埋めてみようと思った。
 そうと決まれば、さっさと家に帰って新しいキャンバスと、それと道具一式を持ってこよう。思い立ったが吉日って奴だ。今日中に配色や構図、被写体を考えるぞ。
 高鳴る鼓動をどこか他人事のように聞きながら、僕は急いで教室を出た。扉を閉めて、施錠もせずに廊下を駆け出す。どうせ放置されている教室だ。わざわざ入ろうと試みる人間なんて居やしないだろう。
 昇降口を降りて外靴に履き替え、初夏の日差しが降り注ぐ校庭を駆け抜けていく。
 校門を出る時に、真っ白な無地のワンピースを着た女の子とすれ違った。この学校の生徒だろうか? いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。一瞥を向け、すぐさま僕は前へと足を踏み出した。

10:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/22(火) 19:26

「誰だったんだろ、今の」

 たった今、私の横を通り過ぎていった男の子。この学校の制服には無い、赤と黒のストライプのネクタイをつけたYシャツを身にまとっていた。まさか、転校生かな?
 転校生、嗚呼、なんと空想感溢れる素敵ワードだろう。胸が期待で大きく膨らむ。脳内で転校生とのアレやコレやなイベントを空想し……すぐさま我に帰る。
 いかんいかん。こんな暑い中で空想している場合じゃない。鳴海先生から、学校に置き忘れた課題を受け取る為にわざわざ学校まで来たんだった。さっさと受け取って、帰るとしよう。
 ……ん? ふと、視界の端で揺れるカーテンを捕らえた。視線を向けると、どこかの教室の窓が開いており、そこから風が入ってカーテンが揺れている。文化部の生徒が使っているのだろうか?
 いや、でも、あそこは確か。

11:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/22(火) 19:27

空想少女、そのに。
前回で文頭にスペース入れてないことに、今更ながら気付きました。
さすが不良品は格が違った。

12:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/06/27(日) 18:38

息を切らしながら僕は我が家へと辿り着いた。この暑い日照りの中、全力疾走をしたもんだから全身から滝のような汗があふれ出てきている。餃子っていつもこんな思いをしながら蒸されているのか。なんてことを考えながら、シャツの裾をつまんでパタパタと前後させ、服の中から熱気を追い出す。
 呼吸をするたびに下腹部がとんでもなく痛む。腹の底からこみ上げてくる何かを堪え、玄関を押し開けると、途端に冷たい空気が僕の体を包んだ。急激な温度の変化に思わず身震いをしてしまう。父さんめ、引越しが終わってひと段落ついたからって…………いや、今は放って置こう。
 靴を脱ぎ散らかすことも厭わず、リビングの前を素通りして2階への階段を駆け上る。自室のドアを壊れんばかりに開け放って、ベッドの上に投げ出してあった鞄を引っ掴んでUターンし、部屋を出た。
 
「真」
「うわ!」

 階段の踊り場で、目を吊り上げた父さんが腕を組んで仁王立ちしていた。危うくぶつりかりそうになってたたらを踏む。リビングに居たんじゃなかったのか……!?
 不機嫌そうな顔で僕のことをじっと睨んでいたが、やがて口を開いた。

「帰ってきたら、まずはなんて言うんだ?」

 その表情とは裏腹に、大変もの悲しそうな口調。何を言ってるんだこのヒゲ親父は……なんて戸惑いはしない。いつものことだ。
 僕もいつものように、焦らずに返す。

「うん、ただいま」
「おう、おかえり」

 途端に、その釣りあがっていた目尻がだらしなく垂れ下がっていく。顎鬚を生やした強面のオッサンが、こんなにもだらしなく表情を変化させる様を真正面から見る機会なんて人生にそうそう……いや、僕の場合いくらでもあるんだけどね。何せこのヒゲ親父、

「そんな汗だくになって帰ってきてどうしたんだ息子よぉおぉおお」
「ああー! 引っ付くな!」

 そう、このヒゲ親父はバカの上に、更にドが付くほどの親バカなのだ。むしろバカ親。ていうかバカだ。
 ただでさえ長大な体躯。更に両腕を広げてハグをせんと迫ってこられると、まるで大鷲が獲物に狙いをつけて躍りかかる様を彷彿とさせる。しかし僕も随分と慣れてしまったもので、身を屈んで開いた脇の下を掻い潜り、ステップを踏みながら階段を降りていく。「真ぉー! また出かけるのかー!?」二階から父さんの声が響いてくる。あえて応えずに、そそくさと玄関へと向かった。
 本当なら夏休みが明けてから持っていこうと思い、靴箱の横に立てかけておいたキャンバス。それを梱包している紐を肩に引っ掛けて、玄関のドアを開ける。背中をユルユルと擦っていた冷たい空気を、後ろ髪を引かれる思いで振り切って外に出た。

「学校に行くのか?」
「うええええええ!?」

 腕を組みながらニヤニヤと口元を歪ませていた父さんが立っていた。どっから出てきたんだこのヒゲ親父は!

13:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge-:2010/06/27(日) 18:40

「こんなこともあろうかと2階の窓から梯子を垂らしておいてな」

 舞台は車内へと移動する。
 人気の無い一本道から交差点に出て、ハンドルを右へと切りながら父さんがとても愉快そうな調子で言った。一体このヒゲ親父は普段何を考えて生きてるんだ。
 助手席のシートベルトを脇の下に通して座席へと固定して、そのままシートにもたれかかって嘆息する。父さんのこの調子は今に始まったことじゃない。まともに取り合っても損をするだけだ。主に磨り減る精神とかが。呆けた面持ちを窓へと向けて、空を眺める。ゴウ、っと大型のトラックと高速ですれ違った。反射的に体が竦む。
 この車は今、学校へと向かっている。玄関で父さんに再び遭遇した後、強制的に車内へと押し込まれる。有無を言わさず発進する。交差点を右に曲がる。←今ここ、という訳だ。
 でも正直、助かった。またこの日照りの中を、今度は鞄とキャンバスを背負って走るだなんて。一体どんだけ興奮してたんだか。
 父さんが車のオーディオに手を伸ばしてスイッチを入れる。続けて、オーディオの下に設けてある引き出しケースから一枚のディスクを取り出し、ディスク挿入口へと押し入れる。ヴォリュームのつまみを回して音量を調節し、再生ボタンを押した。
 一瞬の間。そしてスピーカーから流れ出てくる、どこか清涼感のある軽やかなエレキギターの音色。流れるようなアルペジオの後に、ドラムとベースが肩を並べる。そして、緩急。少し透明感のある涼やかなヴォーカルの声と共に、それぞれの楽器の音が一気にクールダウン。歌声が、囁かれていく。
 People In The Boxの「ペーパートリップ」だ。
 信号に引っかかった。両腕をハンドルに乗せて、父さんが口を開く。

「しかし、よかったよ」

 再び、緩急。それまで緩やかなペースで囁かれていたヴォーカルの声が、一泊の間を置いてペースを上げた。
 
「……何が?」

 すっとぼけてみた。

「お前、こっちに来てから、なんかノリ気じゃなかっただろ」

 構わず、父さんは続ける。少しくらい空気を読んでくれたっていいだろうに。僕は後部座席に積んである鞄とキャンバスに気を配りつつ、シートを倒した。
 
「そうかな」
 
 とんでもない棒読みで、更にとぼけてみる。父さんが、鼻で笑った。バレバレだ、とでも言いたいのだろう。うるせー。
 ぼんやりとした間奏が終わり、イントロで流れたアルペジオが、今度はヴォーカルと共にかき鳴らされる。同時に、信号が青に変わった。ハンドルを握った父さんがアクセルを踏みしめる。徐々に車はスピードを上げていき、僕は、窓の向こう側で後方へと流れていく雲と空に目をやる。
 ……まあ、父さんの言う通りなんだけどね。

14:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x36x221.ap118.gyao.ne.jp:2010/06/27(日) 18:41

「生まれ故郷なのに、何も覚えてないからか?」

 、スピーカーから流れる曲が、最後のサビへと差し掛かる。
 窓から見える景色の向こうで、頭頂部が切り落とされたように無くなっている大きな木が見えたような気がした。
 ……。
 …………。

「今日さ、あの学校の美術室に行ってさ」
「うん」

 元々、あの美術室を使わせて貰えるからといって、本当に絵が描けるのかすらもわからなかった。

「凄い暑くて、ゴチャゴチャとした部屋だったんだよ」
「うん」

 父さんは僕が生まれる前から絵を描く仕事をしていて、僕は生まれたその時から、父さんの影響で絵に触れていたらしい。そして、絵を描き始めたらしい。
 ”らしい”というのは、僕には生まれてからの7年間、この町ですごした7年間の何一つをも覚えていないからだ。聞かされた話でしかない。
 だから、父さんの仕事の都合でこの町に引っ越すと聞かされた時。この町にくれば、この町でのことを何か思い出せるんじゃないかと期待を胸に抱いていた。でも、この町に来ても何一つ思い出すことは無かった。漫画やアニメでよくみる、”頭痛がして記憶がよみがえる”なんて素敵な展開は何一つ訪れやしなかった。
 
「父さんのアトリエみたいでさ」
「なんだと」

 胸の中に満ちていた期待は、上手く言えないけど、多分「虚しさ」ってやつなんだろう。あっという間にその虚しさってやつに染まっていってしまった。喪失感。いや、この場合は空虚感か。初めから覚えてないんだし。
 それからだ。それまで確かに燃え滾っていた、絵を描くことに対するモチベーションが、どうしても保てなくなっていたのは。
 そして。

「教室の隅に、キャンバスが置いてあってさ」
「キャンバス」

 今日、あの絵を見つけた。
 
「雲と空が描いてあって、でも被写体はなんでか白く塗りつぶされててさ」
「…………」

 特別、何か色使いが綺麗なわけじゃない。むしろ、小さな子供でも簡単に作れてしまうような、水色と白色だけで作ったような、そんな空だった。
 でも、そんな空に、僕の心は確かに打ち震えたんだ。
 
「最初は変な絵だな、って思ったんだけど。なんか、モチベーションっていうかさ。その絵の続きを描いてやろう、って思って」
「……そうか」

 車が停止する。シートの横にあるレバーを引き上げて、シートを起き上がらせる。体を起こして外を見ると、車は校門の前に停まっていた。シートベルトを外して、ドアを開けて外に出た。うわあ、これまた凄い暑さだなあ。
 後部座席のドアを開けて、キャンバスと鞄を引っ張り出した。

「父さん、ありがとね」
「おう。帰りも迎えに来るか?」
「仕事はどうしたんだよ」
「まだ、もう暫くは暇なんだよ」
「そっか。んじゃ帰りも迎えに来てくれる?」
「任せろ、愛する息子よ」
「気持ち悪い」

 バッサリと切り捨てて、僕は後部座席のドアを閉める。車内から父さんが手を振ってきたので、こちらも振り返す。遠ざかってく車が見えなくなるまで見送って、僕は校門をくぐった。
 ポケットに詰めた携帯電話を取り出して、今の時間を確認する。15時2分。休日の学校は確か6時まで校舎を解放してくれるらしいから、3時間弱は居ることが出来る。今日中にどこまで描けるだろうか。いや、コンクールみたいに期限がある訳じゃないんだ。じっくりいこう。
 外靴を来客用のスリッパに履き替えて、昇降口を抜ける。美術室のある3階までの階段を上がり、廊下に出た。1度、2度と角を曲がった所で、気付いた。
 

15:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x36x221.ap118.gyao.ne.jp:2010/06/27(日) 18:42

「あれ」

 美術室のドアが開いている。鳴海先生が様子を見に来たんだろうか? だとしたらまずいなあ。普通に鍵開けっ放しのままにしちゃったし……
 恐る恐る近づいて、ドアの横に張り付く。どう言い訳しようか。いや、どんな言い訳をしたところで、鳴海先生に通じるか怪しい。今日初めて会った先生だけど、なんとなくそんな気がする。
 しょうがない、とりあえず、開口一番「ごめんなさい」と謝って、素直に頭を下げることにしよう。悪いのは僕なんだし。
 意を決して、足を踏み入れた。
 言うぞ、「鳴海先生、ごめんなさい!」だ。

「鳴海せんせ、……」
 
 言葉が途切れた。
 真っ先に目に入ったのは、フワリと風に浮かぶ、白いワンピースの裾。そして、薄茶色の髪を抑える細い手。
 そこに居たのは、鳴海先生じゃなかった。薄茶色の髪を首まで伸ばした、白いワンピースを身に纏った女の子が、教室の奥にある窓から身を乗り出して、風をその身に受け止めていた。
 白いワンピース……そういえば、さっきすれ違った娘も白いワンピースを着ていた気がする。となると、さっきの娘はやっぱりこの学校の生徒で、なんらかの事情で学校に私服姿で訪れていたってことなんだろうか。
 い、いや、そうじゃない。今大事なのはそこじゃない。
 どうして、この学校の生徒には閉鎖されていると伝えられているはずのこの教室に居るんだ?

「……ん?」

 僕の気配に気付いたのか、女の子がこっちにゆっくりと振り返る。サングラスをかけていた。そして、ポカンとした表情を浮かべる。薄茶色の光が陽の光に照らされ、まるで金色の如く輝いて見えた。
 何故か、こめかみの部分が疼いた気がした。
 数秒の間お互いを見つめ合っていた僕ら。先に口を開いたのは女の子の方だった。

「明けましておでめとうございます」

 言ってすぐに、彼女の顔がトマトの如く真っ赤に染まった。
 いや、今まだ7月だし。しかも噛んでるし。
 というか、なんでこの娘はサングラスなんかかけてるんだ?

16:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/27(日) 18:43

うわあ、ここってこんな所だったんだ。
 記憶を頼りに辿り着いた美術室は、まさに見知らぬ世界だった。
 教材や、私には判らないけれど恐らく画材の数々が床に散乱している。足の踏み場が殆どない。
 唐突に、一枚の画用紙が舞い上がった。なんだ? 教室の奥を見ると、一つだけ開いている窓を見つけた。薄汚れたカーテンが風に揺られている。
 やっぱり、さっき私が外から見たのはこの教室だったんだ。でもおかしい。もう随分と前から封鎖されているって聞いた筈なのに……
 疑問に思いながらも、教室の奥にある窓へと歩み寄った。ごう、と風が私の体をすり抜けていった。うひゃー、気持ちいい。なにここ。
 窓の半分ほどの長さしかない格子に腕をかけてもたれかかり、私は窓の外に顔を出した。そして、顔を引っ込めた。その場にうずくまり、直射日光に当てられてしまった目を押さえて悶絶する。うう、なんなの今のは。不意打ちにも程があるじゃんかー。
 どうやらここは太陽の光を直に浴びるらしい……なんてことだ。とても空想感溢れる(私の造語だ)場所だというのに!
 私ががっくりと肩を落としていると、ふと窓の横にあった棚が目に入った。そして棚の上に置かれている、サングラス。
 そうだ! これさえあれば、あの憎たらしい太陽の奴なんかちっとも怖くない!
 意気揚々と私はそのサングラスを手に取り、顔にかけた。
 そして窓の外に顔を出した時、教室の方から誰かの声が聞こえたような気がした。
 振り返ると、ネクタイをつけたYシャツを身に纏った男の子が呆けたような顔をして立っていた。って、ひょっとしてさっきすれ違った人じゃないのか、この人。見たこともない校章を胸に刺繍してあるし、やっぱりこの人は転校生なんだろうか。
 まるで作り話のような、運命の出会い。足元から鳥肌が一気に登ってくる。や、やばい。私、今、確かに空想の中にいるよ!
 なんて声をかけよう、なんて言えばいいんだろう。うわあああああ嬉しさとか色々な感情が混じって頭があああああああ。

「開けましておでめとうございます」

 気付けば、勝手に口が動いていた。
 とても場違いな台詞を口にしてしまったことと、そして誰が聞いてもわかるくらいにハッキリと噛んでしまったことを理解するのに、1秒もかからなかった。
 は、恥ずかしい!

17:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/06/27(日) 18:48

全自動SS〜とか名乗ってる割に話が続いてます。
というのもSSを単品ずつあげようかと思って書いてみたら、何故かその後の展開を考え始めるもう一人の不良品が登場してしまって。
基本的に時間が出来た時に、数時間かけて一発書きで書かせて貰ってます。
なので見直しなんかがとても甘いので、誤字脱字、間違った日本語などが沢山出てくると思います。
”しょうがねえなあこのポンコツ”というお広い心で、ご指摘してもらえれば幸いです。

18:ぽち ◆gk9M:2010/06/30(水) 21:37

どうも初めまして
女の子が可愛いですね
あけましておでめとう
ございますとか。
上手いですね!
次も楽しみにしています

19:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:35

 目の前にいる女の子が盛大に噛んでしまってからの数秒間。まるで空間そのものが凍ってしまったかのような、寒い沈黙が訪れた。女の子は顔を真っ赤にさせたまま、身を小刻みに震わせたり、口をパクパクと開いたり閉じたりしている。なんというか、居た堪れない。むしろ僕の方が今すぐ走って逃げ出したい気分に陥ってしまう。
 さて、ここからどうしようか。女の子はもう悲惨としか言い様のない状態に陥っているし、やはりここは僕から何か声をかけたりしなきゃいけないんだろうか。でも、なんて? こんな極度の緊張状態に陥ってる女の子にかける言葉なんて、僕ではとてもじゃないが思い浮かばない。

「あー」

 とりあえず適当に場を取り繕おうと、間延びした声を漏らす。と、女の子の体が、まるで電気ショック療法を受けた人間のように大きく跳ねた。こっちまで驚いて、思わず後ずさりしてしまう。それを見て、何やら女の子が今度はショックを受けたかのように、声にならない声をあげるように口をパクパクとさせた。
 ……一旦、ここは丁寧に状況を説明して、落ち着いてもらうのが最善かもしれない。とは言っても、何から説明したものか。後頭部を掻き毟りながら、思案を巡らせる。何しろこんなシチュエーション、今まで生きてきた中で一度も体験したことなんてないんだ。むしろこれから先もこんなこと起こりえないだろう。
 ずっとこうしていても埒があかない。ええい、なんでもいいからまずは声をかけてみよう。

「あの、僕は徳堂真、だ……です」

 危うく噛み掛けた。危ない危ない。相手が上級生なのか下級生なのかもわからないので、敬語で話しかけてみる。自己紹介は、コミュニケーションの基本だよね。
 すると、女の子の「緊張ここに極まれり!」と言わんばかりの固まった表情が微妙に和らいだ。気がした。顔の半分がサングラスで隠れているのでよくわからない。ずっと気になってるけど、なんでサングラスなんだろう。ファッションにしては、あまりにもレンズの黒味が強すぎる。そのサングラスをかけたままにっこりと笑われれば、恐らく井上陽水にしか見えないだろう。
 慎重に、僕は言葉を選んで、それをゆっくりと口にしていく。

「ええと。僕は、この夏休みが明けてから、ここに転校してくる予定の生徒で」
「……やっぱり」

 女の子がぽつりと言葉を返す。

「やっぱり?」
「えっ? いや、さっき、校門、で、すれ違った……よね?」

 どこぞを指差しながら――恐らく校門の方角を指差しているんだろう――彼女が区切り区切りに言う。ああ、さっきすれ違った娘は、やっぱりこの女の子で間違いないんだ。
 僕が小さく頷くと、女の子は顔を嬉しそうに輝かせながら、手を合わせる。
 
「良かった。もし転校生じゃなかったら、ガッカリだもん」
「ん、何が?」

 いまいち要領を得ない女の子の言葉に首をかしげて問いかけてみると、漏らしてはいけない秘密を漏らしてしまったような、「しまった!」という表情を浮かべて、大きく開いた口に手を当てる。なんだか面白いな、この娘。

「え? あ、いやー、うん、なんでもないっす! こっちの話、こっちの話……えへへ」

 いや、なんでもなくはないでござろう? と更に詰問したくなるような、見るからに慌てた調子で弁解しつつ、誤魔化すようにヘラヘラと笑う女の子。その後すぐに小さな声で「私のバカ」と呟いた声も聞き取れたが、女の子相手に深入りするのはあんまり気分がよろしくない。流すことにしよう。
 ようやく落ち着きを取り戻した女の子を見て、ホっとする僕。……いや、何か忘れてないか?
 そうだ、そういえば何故この女の子はここに?

「えっと、あの、…………」

 何故この教室にいるのか尋ねてみようかと思ったが、何か変だ。どう言えばいいんだろう。何故か、上手く声をかけることが出来ない。
 声をかけようとするたび、「あー」だの「んー」だの小さく呟きながら戸惑う僕。そんな僕の様子を困惑した様子でじっと見ていた女の子だったが、やがて何かに気付いたように間の抜けた声を出した。

20:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:35

「あっ。私は、風見……智恵理、です」

 胸に手を当てて、やや照れくさそうに言う女の子。そうか、名前が判らなかったから、上手く声をかけることが出来なかったんだな。名前が判らないだけで、こうも話しかけることに不自由をする。不思議なもんだ、名前って。名前なんて固体を班別するための記号に過ぎない、という台詞を何かの漫画で見たけど、決してそんなことは無いだろう。
 それにしても……かざみちえりさん、か。僕もあまり人のことを言える立場じゃないけど、珍しい名前だなあ。
 無性に痒くなってきたこめかみの辺りを指で掻きながら、改まって話しかけた。

「えっと、それじゃあ、風見さん」
「あ、はい」
「なんで、この教室に? 聞いた話じゃ、この学校の生徒には閉鎖されてるって伝えられてるはずじゃ……」
「ええと、外からこの教室の窓が開いてるのが見えて……えと、徳堂……くんと、さっきすれ違った時に」
「あっ」
 
 豆鉄砲を食らった鳩のように、目を見開いて呆けた声を出す僕をみて、女の子――風見さんが口に手を当てておかしそうに笑う。
 そういえば、さっきは興奮してて、施錠どころか窓の戸締りすらしていなかったような気がする。なるほど、それで、閉鎖されてるはずの教室の窓が開いてるのが気になって、この教室に訪れたというわけか。我ながらどこまでも間が抜けている。
 僕がバツが悪そうに苦笑を浮かべながら視線を背けていると、今度は風見さんから話しかけてきた。

「えっと、じゃあ、徳堂くんはなんでここに?」

 心底不思議そうに、首を傾げる風見さん。確かに、閉鎖されているはずの教室に、転校生の僕という組み合わせ。彼女の方がより強く疑問に思ったことだろう。
 さて、何から説明したものか。僕が一旦頭の中で情報を整理しようとしていると、突然風見さんが目を丸くしてこっちを……いや、僕の後ろの方を見ている。なんだろう、と疑問に思い後ろを振り返ろうとした瞬間、背後から誰かに肩を叩かれた。
 振り返ると、鳴海先生が僕の肩を掴んでいた。

「話は全て聞かせてもらった!」
「?!」

 突然の事態に開いたが口が塞がらない。
 父さんといい鳴海先生といい、どうしてこう、僕周りの大人はみんな唐突に現れるんだ!?

21:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:37

給湯ポットから湯のみにお茶が注がれる音が、静かに部屋に浸透していく。
 立ち話もなんだし、と言うことで、鳴海先生の計らいで応接室に通された僕と風見さんは、来客用のソファに座らされていた。因みに、家から持ってきたキャンバスと鞄は美術室に置いてきてある。
 鳴海先生は、部屋に入ってすぐ右手の棚の上に置かれている給湯ポットでお茶を淹れてくれている。夏休みとは言え、生徒を無断で応接室に入れていいものだろうか? ということを風見さんに聞いてみると、どうやらこの学校の職員の殆どは鳴海先生になんらかの弱味を握られているらしく、あまり強く物を言えないらしい。どこのアメフト漫画の部長さんだよ。でも鳴海先生のあの狙いつくしたようなキャラなら、なんとなく納得できるような気もする。
 ふと隣の風見さんを横目で見ると、ソファの反発力が楽しいのか、ソファの手すりに手を添えて体を支えて、何度も尻で跳ねていた。その度にボスン、ボスンとソファの気の抜けた悲鳴を上げる。いや、なんというか、愉快な人だなあ。
 鳴海先生がお茶を入れに席を立った際に指摘され、既に風見さんはサングラスを外している。彼女の素顔は化粧がとても薄く、あまり特徴のない、平々凡々なもんだった。強いて言うなら、まつ毛がとても長い。とはいえ、近頃の女の子の殆どが似たような化粧をしていることを考えると、彼女の顔は逆に個性的なのかもしれない。
 暫く無言のまま、風見さんの様子を観察していると、僕の視線に気付いたのか照れくさそうに顔を赤らめてはにかんだ。いかん、まずい、可愛い。なんのラブコメだよ、これ。

「いやいや、正に青春だねえ」

 鳴海先生が、3つの湯のみを乗せたお盆を持って僕に向かって言った。僕と風見さんが慌てて鳴海先生の方へと向き直る。そ、そんなんじゃないんだからね! ちょっと可愛いって思っちゃっただけなんだからね!
 それぞれの席の前に湯のみをゆっくりと置き、鳴海先生もソファへと座った。……あのですね、僕の真正面に座られると、なんというか、胸元とか、我が目を疑うほどに短いスカートとか、とにかく目のやり場にとても困る。
 
「…………」
「うん? どうしたんだいデウス閣下」
「いや、あの。ていうかデウス閣下て」
 
 閣下言うな。鳴海先生が歯を見せてニシシと笑う。
 恐らく、さっきの、彼女が職員会議に行く前の、大声でのやり取りの時のことを弄っているんだろう。でうす! って思いっきり噛んじゃったもんなあ。隣で風見さんが怪訝な顔で僕らのやり取りを見ている。

「で、まあさっきも言った通りだけど」

 鳴海先生が湯のみに口をつけながら言う。

「徳堂くんはなんでも、絵を描くそうでね。それで、この学校の美術室を借りたいが為に、私を訪ねて来たそうだ」
「絵を……ですか」

 風見さんの視線が僕へと向けられる。心なしか、彼女の瞳が輝いているように見えるけど……別に絵を描く人なんて、それほど珍しくもないだろうに。あ、いや、美術室が長いこと閉鎖されていたことを考えると、物珍しい存在なのかな?
 彼女の好奇の視線を受けつつ、僕は鳴海先生に尋ねてみた。

「でも、僕一人なんかの頼みのために、よく美術室を開ける気になってくれましたね。長いこと、閉鎖されていたんですよね?」
「なあに。昔は私も美術部に所属していたんだ」
「はあ」
「今の私は教師だが、かつては君と同じ道を歩んでいたのでね。それで、君に協力しようと思ったのさ」

 鳴海先生の物言いに違和感を感じた。なんだろう、言ってること自体に嘘はないんだろうけど、もっと別の理由がありそうな気がしてならない。あくまでもこれは僕のただの勘であって、勿論、言及するつもりもサラサラないんだけど。

「鳴海先生も、絵を描くんですか?」

 両手で包むように持った湯のみを膝に置いた風見さんが、興味津々な様子で話題に乗ってきた。やはり、この町では絵を描くということ自体が珍しいのだろうか。
 やや気恥ずかしそうに苦笑を浮かべた鳴海先生が、空になった湯のみをテーブルの上に静かに置きながら言う。
 
「恥ずかしい話だが、油絵のような本格的な絵画ではないんだけどね。イラストだよ、私が描くのは」
「ほえー。イラスト、ですか」

22:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:39

 間の抜けた声を出しながら、とりあえず、といった感じに頷いてみせる風見さん。恐らく、油絵とイラストの違いについてよく解ってないんだろう。確かに、この辺りの区別については僕も明確には示すことができず、なんとなくでしか区別することが出来ない。何せ、イラストのような油絵や、油絵のようなイラストだって世には溢れかえっている。
 ただ言えることは、僕は芸術性や美術性に主眼を置いて絵を描いてる訳じゃなく、単純に題材の視覚具現化を目的として描いている。だから、恐らく僕と先生の間に違いなんて無いのかもしれない。

「そういえば」

 ふと、鳴海先生が何かを思い出したかのように風見さんに視線を向ける。

「風見さんは忘れた宿題を受け取りに来たんだっけね。すっかり忘れていたよ」
「あ、そういえば」

 ぽん、と広げた手のひらの上に、もう片方の拳を乗せる仕草をする風見さん。
 さっきから気になってたんだけど、風見さんのこの、なにかと芝居がかったような仕草。普通、日常生活の中でこんな”らしい”仕草をする人なんて滅多に居ない。居たとしても、存在が周囲から浮き彫りになるはずだ。
 だけど風見さんはこの”らしい”仕草を、さもそれをするのが当然のように極自然に行う。恐らくキャラ付けのために意識的にやってる訳じゃなく、本当に無意識の内にやっているんだろう。余りにも、一つ一つの仕草が自然すぎる。なんの不自然さもなく、日常の中に溶け込んでいる。まるで、漫画やアニメの中にのみ存在するキャラが、空想の世界からそのまま飛び出してきたかのような。そんな感覚さえ覚えてしまう。

「すまないが、今は持っていなくてね。職員室にまで取りに来てもらってもいいかな?」
「わかりました」

 頷きあった二人が、それぞれソファから腰を上げる。あれ、僕はこの場合、どうしたらいいんだろう。

「徳堂くんはどうする? 君も知ってると思うが、この学校は休みの日は18時までしか校舎を解放していなくてな……」

 立ち上がった鳴海先生が、天井近くの壁に取り付けられていた時計に目をやって、僕の視線を促す。なんやかんやで既に時間は16時半を回っていた。今から美術室に向かっても、もう1時間半も時間がない。うーん、どうしたもんか。
 腕を組み、眉に皺を寄せて悩んでいると、風見さんが僕に声をかけてきた。

23:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:40


「あの、今夏休みだし、明日も来るんだよね? なら、別に今日はもう帰ってもいいんじゃないですかね」

 確かに時間はまだたっぷりある。
 それに、立て続けに色々なことが起こって、いつの間にか興奮も冷めてしまっていた。それと同時に、何故か満たされたような感覚さえ覚えている。多分、今、作業に取り掛かっても集中してやれる自信がない。

「それもそうだね。荷物も美術室に置いてきたし、今日はもう帰ろうかな」
「そ、それじゃ、途中まで一緒に帰りませんか? これも何かの縁ってことで」
  
 僕が頷きながら立ち上がると、風見さんが少し興奮した様子で目を輝かせた。”転校生”がそんなに気になるんだろうか。

「そうだね。特に断る理由もないし」

 何より、僕にだって多少の下心があるというか。やはり、男の子なのである。女の子から一緒に帰ろうと誘われればホイホイついていかざるを得ない。

「じゃ、先に校門まで行っててくれますかね? 私は鳴海先生から宿題を受け取らなきゃいけないから」
「うん、わかった。待ってる」
「おうい、早く行くぞ。あまり長居すると、流石に私も怒られてしまう」
 
 応接室のドアの前で僕らの様子を眺めていた鳴海先生が、少し焦りの混じった声で僕らに呼びかけた。いくら全職員の弱味を握ってるからといって、なんでもかんでも好きな通りに出来るという訳ではないならしい。ま、そりゃそうか。というか弱みを握っている云々の話は、本当に本当なんだろうか。今度訊いてみるとしよう。
 応接室を出て、昇降口へと向かう途中、鳴海先生が大変愉快そうに口元を歪に歪ませながら僕に視線を送ってきた。なんなんだ、一体。

「なにか面白いものでも顔についてますか? そんな愉快そうな顔して」
「目の前でこんなラブコメを繰り広げられたら、誰だってこんな顔になってしまうよ。いやあ、今日ほど教師をやってて良かったと思う日はないだろうね」
「…………」
  
 このよこしま教師め。
 ご満悦、と言った様子で鳴海先生と、露骨に嫌そうな顔をする僕の顔を、怪訝な顔で交互に見比べる風見さん。なんでもないから、お願いだから気にしないでくれ。

24:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:41

「凄い先生だよね、鳴海先生って」

 あれから昇降口でそれぞれ下駄箱と職員室で分かれた僕らは、校門で再び落ち合った。
 陽が傾いてきたとはいえ、空はまだまだ朱に染まっていて、夜の気配を感じられない。川沿いに伸びる長い砂利道を、僕らは並んで歩いていた。夏、帰り道、一組の男女。今の状況を形作っていう単語だけを並べてみると、確かにこりゃあラブコメだと思わざるを得ない。
 
「でしょ? 生徒からも人気抜群だよ、あの先生」

 屈託なく笑いながら風見さんが答える。主に男性生徒から、それも視覚的な意味でですねわかります。
 なんて邪推をしてみたりしたが、流石にあれはいきすぎな気がする。僕らみたいな健全な男子高校生が面と向かって直視出来るレベルじゃない、あの人は。規格外すぎるだろ。
 ……ん? 生徒”からも”って?

「生徒だけじゃなくて、他の先生達の相談に乗ったりもしてて。あと、この地区の人全体にも良くしてくれてるらしいし」
「へえ、なんだか、想像つかないな」
「あの風貌だしね。初めて会った人はビックリだよね……そこがいいんだけど。空想的に考えて」
「えっ」
「いやなんでもないです」

 慌てて視線を前に向ける風見さん。なんだろう? まあ、拾って欲しくなさそうなネタだし気にしないでおこう。
 そこから暫く、無言が続いた。砂利を踏みしめる音と、川のせせらぎと、虫の泣く音だけが聞こえてくる。ふと横目で風見さんを見ると、なんだか気まずそうな顔をしていた。そんな顔をされるとこっちまで気まずくなってきてしまう。何か話しかけるべきだろうか? いや、でも特に話しかけるようなことは何もないし。どうしたもんだろうか。
 とりあえず辺りをキョロキョロと見回して、何か話題になるようなものがないか探してみることにした。しかし見事なまでに興味を惹くようなものが何もない。僕はすぐさま視線を前に戻した。
 それにしても、本当に何も思い出せない。確か父さんの話じゃ、僕は絵を描くために、良く外に出かける子だったらしいから、外を歩いてれば何か些細なことでも思い出せるかとも思ったんだけどなあ。ああ、また虚しさが胸をえぐるような感覚が蘇ってきた。さっきはあんなに興奮してたのに……そんな不安定な自分に辟易し、ため息をついて空を見上げる。

25:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:41

「あの、どうしたんですか?」

 風見さんが、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。いかん、顔に出しすぎたか。

「ううん、なんでもないよ」

 今日会ったばかりの、それもただの”転校生”にいきなり「僕はこの町に住んでたころのことを思い出せない記憶障害なんだ」なーんて打ち明けられても困るだろう。正直、人に言ってどうこうなるなら苦労はしない。
 
「そう、ですか」

 あからさまに肩を落として落ち込む風見さん。いや、そこまで落ち込まれるとこっちまで気が重くなる、というか罪悪感に打ちひしがれそう。
 うーん、女の子にこんな顔をさせたまま一日を終えるっていうのも気が引けるし、何より寝覚めが悪い。まあ、知らない人だからこそ、ってこともあるだろうし、ここは一つ打ち明けるのも一つのテだろうか。

「うーん、ちょっと長い話になるから、さ。明日もし時間があって暇なら、学校で話すよ」
「明日……」

 途端に、風見さんの目に輝きが戻った。なんだなんだ、人の悩みを聞くということに何か存在意義でも感じているのだろうか、この人は。
 何かを考えるような仕草をしてウンウンと唸り始めた。何か、予定でも入ってるんだろうか。だとしたら別に無理強いをするわけでもないし、そこまで悩まなくてもいいんだけど……

「いや、何か予定があるなら別に」
「え、あ、やや、大丈夫です!」

 凄い剣幕で顔を近づけてきた。び、びっくりするなあ。まあ大丈夫なら別にいいんだけど……
 思い切り仰け反った僕を見て、風見さんがはっと我に帰る。顔を真っ赤に赤らめ、萎縮しながら小さな声で謝る風見さん。ううん、なんかこういう仕草の一つ一つが妙に僕のツボだ。多分、他の女の人がやってもこれっぽっちも心動かされないだろうけど。
 ってこれじゃなんか、一目ぼれみたいじゃないか? まるで。いや、まさかね。
 
「あ、私こっちだけど……」

 砂利道を抜けたところで、T字路にぶつかる。そこで、風見さんが左手の道を指差した。僕はというと、勿論右手側の道だ。そろそろ空も紫色になり始めたし、一人で帰らすのもどうかと思ったが、むしろ初対面の人間に家まで付いてこられては彼女も迷惑だろうな。
 
「そうなんだ。僕はこっちだから、それじゃあ、気をつけてね」
「うん、徳堂くんも。じゃあ、また明日」

 互いに手を振り合って、そこで僕らは分かれた。

26:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:42

 今日のことを振り返りながら、一人の道を歩く。一度夜の気配を滲ませた空は、あっという間に暗くなっていった。僅かに青みを残した空を眺め、住宅街へと入っていく。後はもう5分も掛からない道のりだ。
 それにしても、なんだろう? 何かが引っかかる。何か大事なことを忘れているような……
 ふとポケットの中の携帯電話を取り出して、画面を開く。着信履歴? いつか掛かってきたんだろう。気付かなかったけど、一体誰が……
 あ。

「父さん」

 この後、忘れ去られた悲しみを背負った父さんに延々と纏わり疲れる光景を思い浮かべ、僕は額を押さえて嘆息した。

27:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 118x238x4x71.ap118.gyao.ne.jp:2010/07/04(日) 20:42

 よかった。ああ、よかった。こんな偶然があるなんて、こんなご都合主義の、運命のような出会いがあるなんて!
 歓喜とも狂気とも言えぬ、或いはその両方が混じった炎のような感情が胸の中で爆発を繰り返している。
 今は、今だけは神様というものを私は信じよう。
 ありがとう、ありがとう、神様!
 これまでの私の行いは、決して無駄じゃなかった。
 いつか、いつかこの日が来ると信じていた。
 絶対に、必ず、ここに帰ってくると思っていた。
 その日を信じて、この時の為に、これまでの私があった!
 演じて、隠して、欺いて! 守ってきた!!
 後は、もう待てばいいだけ。
 彼はあれを見つけた。
 だから、私はもう待てばいい。
 楽しみで、楽しみで、とてもとても楽しみで、しょうがない。
 
「本当に、楽しみ」

28:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/07/04(日) 20:48

>>19-27
を使っての更新になりました。我ながら無駄な描写が多いと言わざるを得ない。
胃もたれに悩まされつつの作業だったので、いつもより更におかしな部分が多いと思います。胃もたれしね。
加えてこの不良品は、こういう会話が続く”日常”の描写がとても苦手なんですよね。
あまり会話を続けさせるのもアレだし、かと言って一回一回描写を挟むのはなんだか見苦しい。
その辺の配分に毎度毎度悩まされています……

>>18
こんな誰得な長ったらしいスレに良くいらっしゃってくれますた。
これからもこんな感じで、だらだらと長ったらしく続いていくと思います。
それでもよければ、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

29:ぽち ◆gk9M:2010/07/05(月) 07:45

是非、完結して下さい
続きが気になるので(^^)

30:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/08/05(木) 22:03

 午前八時三十分。昨日の件で夜中の遅くにまで酒に溺れていた父さんがまだ起きてきていないので、一人だけ先に朝食を摂った僕は、父さんの分の朝食をラップで包んで「温めるように」と書置きを残して家を出た。
 父さんは家事については全くのずぼらであるため、基本的に僕がほぼ全ての家事を受け持っている。勿論炊事も例外ではない。
 仕事場以外の部屋はあまり汚さないし(本人曰く「片付けられないなら出さなければいい」だそうだ)、脱いだものはきちんと洗濯籠に纏めて入れてくれるからそれほど手はかからないんだけど、せめて味噌汁くらいは自分でも作って貰いたいもんだ。最早慣れてしまっているとはいえ、毎日の食事を担当するのは流石に面倒くさいものがある。その内教えてみようかな?
 家を出た僕は今、学校へと向かっている。今日は昨日のように律儀に制服を着ておらず、白地に襟元から胸にかけてヘッドフォンの絵がプリントされた奇抜な絵柄のTシャツに、膝下までの丈の赤いパンツにサンダルというラフな姿だ。昨日の風見さんも私服だったし、僕も私服で行ったって特に問題はないだろうという魂胆である。
 民家や植木によって出来た影を渡り歩いて住宅街を抜けて、大通りへと出た。すると、そこには2車線の車道を挟むように歩道が設けられ、その歩道沿いにいくつも店の建った広い商店街がある。しかし、やっぱりこの暑さのせいもあってか人影は疎らだ。ざっと大雑把に視線を巡らせると、打ち水を行っている人を多く見かけた。ある人はバケツから柄杓で水を汲み上げて、またある人はホースから直接水を撒いている。都会に暮らしていた時には、あまり目にすることの無かった光景だ。なんというか、少し新鮮。
 物珍しそうな顔で僕がそれらを見ながら歩いていると、誰もが嫌な顔一つせずに僕に笑顔を向けてくる。ある人には挨拶までされた。社交辞令とは言え、中々気分がいい。
 何やら爽快感に満ちた気分で大通りから脇に反れて、少し細い路を抜けていくと、昨日風見さんと別れたT字路に出た。このまま真っ直ぐ行くと風見さんの家の方向で(昨日は気付かなかったけど、川を渡す橋が架かっている)、左に行けば学校の方向だ。そういえば、いつの時間に学校に集合するかどうかは伝えてなかった気がする。まあ、別に構わないだろう。どうせ今日は一日中いるつもりだし、いずれは合流出来るはずだ。
 学校の方向の道へと曲がり、川沿いの砂利道を歩く。川が近くにあるせいか、この砂利道を歩く時だけは暑さによる不快感をあまり感じなくなる。地形のお陰か、涼しい風が吹き抜けることも多い。ごお、と後方からの追い風に、今にも体が浮いてしまいそうな錯覚を覚える。

31:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/08/05(木) 22:03

「うひ、すっごいな」

 思い切り風に煽られて、思わずたたらを踏む。かき乱された髪の毛を手櫛で整えて顔を上げると、川の向こうに聳える山の上から、一つだけ大きな樹が突き出ているのが見えた。
 そしてその木は、まるで真一文字に切り取られてしまったかのように、とある部分から上が綺麗に無くなってしまっている。なんだ? 樹って、あんな所だけ綺麗に無くなるものなんだろうか?
 
「あれは10年ほど前に落ちた大きな落雷が原因なんだ」

 不思議に思って、じっとその樹を眺めていた僕の横で鳴海先生がしみじみと語りだした。

「へえ」
「あの山の上に古くからある神社に御身を構えている、樹齢二百歳を超える大きな樹でな。元々、あまり存在の知られてなかった樹なんだが、今じゃ落雷を一身に受けてくれた御神木だと……神様だと、この町の人たち……特に、爺さん婆さんたちからは崇められているのさ」
「そんな大層なものなんですか、あれは」

 それは単にこの町にあるものの中で一番高かったから、避雷針代わりになっただけの話なんじゃないんだろうか。なんて無粋な突っ込みは胸の中に閉まっておく。
 
「そう、そんな大層なものなんだよ、あれは」

 鳴海先生がシニカルに笑ってみせて、僕の言葉に頷く。その笑いの意味する所を察して、僕も深く突っ込まずに「そうですか」と頷き返す。まあ、見るからに神様とか信じる人じゃなさそうだよなあ。
 暫し、お互いに無言になってその”御神木”を眺める。まるで波の音のような木々のさざめきが心地よく耳朶を打った。隣の鳴海先生を横目で見てみると、気持ち良さそうに目を瞑って、この雰囲気に浸っている。黒いセミロングの艶やかな髪が、さらりと風に流れて……
 …………。

「ところでいつから居たんですか?」
「おいおい、もう少しくらい浸らせてくれたっていいじゃないのよ」

32:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/08/05(木) 22:04

 ツマンナーイ、と鳴海先生が不満げに鼻息を吹いた。恐らく、僕があまり驚かなかったのも含めての、この不満げな顔なんだろう。でも短い期間にこう何度も突然現れられては、流石に僕だって慣れてしまう。
 改めて鳴海先生に向き直ると、昨日と同じく胸の大きく開いたスーツ姿。だと言うのにも関わらず、汗一つかかずとても涼しげな顔をしている。一体どうなっているんだ。
 僕が不可解なものを見るような目で鳴海先生を見ていると、傍にいるだけで芯まで凍り付いてしまいそうな、冷たい笑みを浮かべた。

「実は私は常にテンションを上げていないと体温が絶対零度にまで下が、」
「やめてください」

 僕か、テンション下げてないと体が燃え尽きるのは僕なのか? なんとまあ認知度の広いか狭いかよくわからない曖昧な所からネタを引っ張ってこれるな、この人は。
 
「それで、まこっちゃんは今日も学校かい?」

 何やらとても嬉しそうな顔の鳴海先生。というか、まこっちゃんて。

「徳堂くん、では何か親しみ難いというか、呼び難いからな。良い名前なのに、そこだけが勿体無いよ」
「そりゃあ申し訳ないです」

 そういえば都会での学校の友達からも、呼び難いからという理由で下の名前か、下の名前をもじったあだ名で呼ばれていたっけ。
 とくどうくん。うーん、確かに語呂が悪いというか、気軽に呼び難い響きだ。同じ4文字でも、きのしたさん、とかきたがわくん、とかなら気軽に呼べるというのに。おかしな話だ。

「それじゃあ逆に、鳴海先生は何をしてるんですか?」

 いくら夏休みとは言え、鳴海先生にだって教師としての仕事があるはずだろう。なのに外を出歩いているなんて、一体どういうつもりだ。
 とぼけたように自分を指差して、”私のことか?”と目で語る鳴海先生。
 
「いや、なに。鳴海先生には鳴海先生の仕事があったのさ、まこっちゃん。……そろそろ私は行かなければならないから、また後にでも会おうね」

 意味深長な笑みを浮かべて答えた鳴海先生が、僕が来た道へと向かって歩き出した。最早僕のことなど意識に入っていないかのように、背中越しに手だけを振って振り返りもせずに遠ざかっていく。一体、何だったんだろう。仕事が”あった”? 過去形、ということは既に仕事を終わらせてしまったということだろうか。
 それを考える暇もなく、あっという間に鳴海先生は僕の視界から消えていってしまった。経つ鳥跡を濁さず、という諺を思い出してしまう程に、さっきまで横に居たという余韻すらも残っていない。
 
「……別にいいか。学校、行こ」

 真面目に考えたところで、その真面目に考えるということに使う労力の無駄。ある意味、父さんみたいな人だ。そういえば、鳴海先生と父さんはどこか似ているような気がする。なんでだろう、父さんは鳴海先生のような優雅の優の字もないし、また鳴海先生も、父さんみたいにガサツというわけでは無い。
 
「変な先生だな」

 もう見えない鳴海先生の背中向けて呟いて、僕は再び学校に向かって歩き出した。

33:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/08/05(木) 22:05

あ、遅かったね」

 教室の戸を開けると、既に風見さんはそこに居た。昨日よりも床に散乱している画用紙や画材が少なくなっていて、その空いたスペースに椅子を置いて座っている。因みに、今日も彼女は真っ白い無地の清潔なワンピース。お気に入りなんだろうか。

「片付けてくれたんだ?」
「うん、まあ、ちょっとだけなんだけどね。暇だったし」

 僕が感心して教室中を見回すと、風見さんが嬉しそうにニコニコと笑った。この笑顔は少し反則なんじゃないかと思う。思わず胸がときめいてしまう。まさか、これが、恋……!?
 
「ところで、よく僕がこの時間に来るってわかったね」

 お馬鹿な考えはさっさと放棄して、生産性のある話題を繰り返す僕かこいい。
 
「昨日、待ち合わせる時間を決めてないのを朝になって思い出して。それなら朝からずっと居ればいいかなって思ってね?」
「…………」
「……徳堂くん?」
「いえ、なんでもナイデス」
「そっか」
「うん」

 まさか僕と同じようなことを考えていたとは、風見さん侮りがたし。
 そして生産性のある話題はたった数秒で終わってしまった。特にお互い何を言うでもなく、気まずそうな沈黙が流れ始める。これはいけない。
 そもそも僕は女の子に対する免疫は持ってないのである。何故か女の子相手だと、いつものように喋ることが出来ない。鳴海先生は勿論例外。
 
「そ、それじゃ、そろそろ描こっかな」

 そうぎこちなく言って、僕は教室の後ろの方に置いてあったイーゼルを抱え上げた。振り返ると、風見さんが目を丸くして、小さく拍手をしながら「力持ちー」。いや、モノによるけど、重そうなのは見た目だけなんだけどね、イーゼルって。これは多分、一キログラムも無いんじゃないだろうか。
 取りあえずイーゼルを抱えたまま歩き、窓から少し離れた位置へと置く。そこに、教室の壁に立てかけてあったキャンバスの梱包を解いて、イーゼルの上に置く。高さを調節してる間に、いつの間にか風見さんが用意してくれていた椅子に座って準備は完了。
 ”あの絵”を描く前に、リハビリ代わりに何か適当に描いてみようと思う。でも、その為にはお題を決めないとな。
 僕が風見さんに視線を向けると、風見さんはきょとんと首を傾げる。

「ねえ、風見さん。何か、お題を言って貰ってもいいかな?」

 僕の言葉に、動きを止めた風見さん。恐らく言葉の意味を考えてるんだろう。なんとも判りやすい。
 少し経ってから、風見さんが口を開いた。

「す、水中!」
「水中、ね。了解。季節感を感じるいいお題です」
「それほどでも〜」 
 
 体をクネクネとくねらせて、照れたように笑う風見さん。それを横目に、僕は鉛筆での下書きを静かに始める。
 程よく筆先を丸めた鉛筆がキャンパスに触れた瞬間、教室の窓から風が吹き込んで来た。
 体の隅々まで巡る、清々しい気分。海の底というお題に対する明確なイメージが、僕の中で浮かび上がる。後は、暫く何も描いて来なかった僕のこの手が、そのイメージ通りに筆を動かせるかどうか。
 手早く下書きを進めていた僕に、風見さんが恐る恐る話しかけてきた。

「あ、あ、あの。空気読まなくて悪いんだけど……その、”話”って?」

 話。恐らく、昨日、僕が言った悩み事についてのことだろう。そういえば、すっかり忘れていた。
 どう切り出そうかと頭の中で考えていても、手は勝手に動く。
 この調子なら、描きながら話しても大丈夫そうかもしれない。

「ああ、そうだね……。あのですね、僕は、実は」
「実は?」
「記憶喪失なんです」
「えっ」

 風見さんの、間の抜けたような声。まあ、いきなりこんなこと言われたらこうなるよね。
 風見さんの反応が何故か可笑しくて可笑しくて堪らない、なんてことを考えている時には、もう下書きは終わろうとしていた。

34:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/08/05(木) 22:05

「それほどでも〜」

 思わず、自分でも不気味なほどに体をくねくねとさせてしまった。
 突然お題を挙げる係に任命されてしまい、ほぼ思考停止しかけた頭が咄嗟にひねり出したのが”水中”だった。
 いくらなんでも抽象的過ぎやしないかと不安になってると、彼は褒めてくれた。やった、嬉しい。
 ”転校生”と過ごす、休日の美術室。嗚呼、これってすごく、凄いことだと思う。
 今まで空想を求めて、それでも平凡に過ごすしか無かった私。なのに、今私は正に空想の真っ只中にいる。すごい、すごい、すごい!
 でも、同時に不安になる。もし、もしも”これ”がこれからもずっと続いてくれるなら、いつしか”これ”も日常になるではないだろうか。空想ではなくなってしまうのではないだろうか。
 それが、少し、怖い。
 ……?
 彼が、くねくねしつつもこんなアホらしいことを考えている私を横目に、静かに鉛筆をキャンパスの上に走らせ始めた。
 その横顔に”素敵かもしれない”という感情を抱く前に、教室の窓から風が吹き込んできた。髪の毛を盛大に煽られながらも、顔色一つ変えずに手を動かす彼の横顔は、私にはより”素敵”なものに見えた。
 思わず、顔が熱くなった。次の瞬間、それを悟られたくない一心で、私の口は勝手に動いた。

「あ、あ、あの。空気読まなくて悪いんだけど……その、”話”って?」

 ばかばか! 私のばか! ほんとに空気読め!
 ところが、彼は気分を害した様子もなく、手を動かしたまま軽がると答えてくれた。「ああ、そうだね……。あのですね、僕は、実は」「実は?」「記憶喪失なんです」へえ、記憶喪失なんだあ。”転校生”と”記憶喪失”が合わさり最強に見える。なーんちってね。

「えっ」

 えっ?
 記憶喪失?
 ギャグ? 笑うところ? 突っ込むところ? 真剣な話?
 困惑しながらも彼の表情を伺うと、なんでもない世間話をするかのような、そんな表情。
 それが、逆に、”記憶喪失”という重たい言葉に真実味を乗せた。
 え。ええ。ええー!?

35:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/08/05(木) 22:08

>>30-34を使っての更新になりました。※>>30は自慰みたいなもんなので飛ばして貰っても構いません。
時間が空いた割に文章量は少ないです。話もあんまり進んでません。反省は、してる、のよ?
今後もこんなペースで進んでいくかと思われます。
ダラダラとした展開が苦手な方は、読まないことをオススメしまうま。

36:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/08/05(木) 22:13

書き忘れましたが夏補正ということもあっていつも以上に文章がおかしいです。
でも文章がおかしいのがデフォルトなので、実はそんなに深刻な事態なわけではないのかもしれない。

なんてことはなかった。ごめんなさい。

37:ぽち ◆gk9M:2010/08/05(木) 23:07

お久しぶりです(*゚ー゚)v
次も、楽しみに
しておきますね(*´∀`*)

38:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/08/08(日) 22:17

>>37
毎度毎度楽しみにしていただいて恐縮です。
重ねて言います、恐縮デス!

まだまだグダグダと続きますがお付き合い頂ければ幸い。

39:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 ONIGIRI:2010/08/26(木) 00:17


 僕の記憶が無くなるよりも前。
 つまり今から十年前の、更にそれよりも前の僕。
 その頃の僕はどうやら、絵を描く事に関しては天才の域にある、なんてことを言われていたらしい。勿論、当時の年齢を鑑みればの話だが。
 そして、記憶を失くしてからもその才能は失われることなく、僕の手の内に確かにあった。
 だから僕は絵を描いて生きてきた。
 ”知らない人達”に囲まれても、自分が誰だか判らなくても、ただひたすらに絵を描いて、絵を描いた。
 そうすることで新しい僕が描けそうだったから、なんて格好いいものじゃない。
 何も知らない僕が、唯一知っていることだったから。
 「僕には絵の才能があるんだ」と、確かに解ることだったから。
 だから僕は、縋るように、縋りついた。
 そうすることで、絵を描くことで、僕は僕であることが出来た。
 僕という、固形物であることが出来た。
 もしも僕から絵の才能までもが抜け落ちていたら、きっと僕は固形物でも液体でもなんでもない、ドロドロとして、有耶無耶として、あべこべとした何かになっていただろう。
 ”僕”でもない、”誰か”でもない、”何か”ですらない、■かになっていただろう。



「記憶、喪失、なんだ」
 
 一つ一つ、言葉を確かめるような風見さんの声。僕の言葉の真偽を計りかねているんだろう。
 或いは、普通に引いてる。

「うん。ここで生まれて、ここで育った七年間。その間の記憶がすっぽり抜け落ちちゃってるんだ。なんか凄い事故があったらしくて」

 下書きが終わった。下書きとは言っても、大まかな配色のアタリをつけて、被写体を一つ描いたなんだけど。
 用済みになった鉛筆を、僕のすぐ横にある机の上に転がす。机の横のフックに引っ掛けていた鞄を手に取って、中味を思い切り机の上にぶちまけた。
 キャップで筆に封をした筆と、折りたたんだ真っ黒いパレット。そして僕の宝物の一つである、集めすぎて今となっては何色あるか自分でも判らないほどの膨大な量となった、透明水彩の絵の具を詰めたケース。
 ケースの蓋を引っぺがして、そこから青系列のチューブを複数手に取り、開いたパレットの上に次々とチューブを捻り、それぞれ微妙に違う青色を出していく。
 そこに少量の水を足して、パレットの上でぐしゃぐしゃに溶いていく。

「まあいきなり言われても困るよね」
「正直、半信半疑かなあ」

 半分だけでも信じてくれてるってことか。
 僕は申し訳無さそうに肩を縮こまらせる風見さんを横目に、被写体の入る中央部分を除き、キャンパス全体に青色を塗りたくっていく。
 最初は薄く、薄く。その上にもう一度重ねて塗り、目的の濃さになるまで何度も何度もそれを繰り返す。
 ウルトラマリンのチューブに蓋をして、思い切って筆に纏わせたそれをキャンパスに押し付けた。その名の通り、深い海の中の様な青色。初めから、これを使えば良かったかな。
 水を得た魚のように、筆が、腕が、思い通りに動く。
 否、”思う”ことすらなく、意志でも芽生えたかのように、僕の思考とは切り離されて勝手に動いている。
 僕という命の一部であるこの腕に、確固たる新しい命が、宿ったような気がした。

「って、徳堂くんってここの生まれだったのっ?」

 風見さんがそれはもう凄い身を乗り出してきた。吃驚して筆があらぬ方向へと走りそうになる。

「私もここの生まれなんだけど、徳堂くんのこと知らない」
「記憶を失う事故があってから、すぐに都会の病院に運ばれたらしいからね。その時僕は七歳だし、覚えてないだけじゃないかな」
「そう、かなあ。私、昔から記憶力は凄くいいんだ。十年前にあったこと――あ、徳堂くんは知らないかもだけど、落雷があったんだよね――それもちゃんと鮮明に覚えてるんだけど」

 十年前。落雷。
 さっき、鳴海先生が言っていた、”御神木”に直撃したという大きな雷。
 一頻り得意げにその時のことを語り終えた風見さんは、納得のいかないような表情のまま、顎に人差し指を当てて首を傾げる。

「それでも、徳堂くんのことは知らないや」

40:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/08/26(木) 00:23

これまでは「大体この辺で着地させりゃいいか」っていうくらいまで書いて、纏めて投稿するようにしてたんですが……
暑さのせいか、長い文章を書こうとすると頭の働きがストップするようになってしまって。
これじゃ着地点探すどころじゃない……ということで、暑さが収まって、身の回りが落ち着くまでは小出しにして書こうと思います。
文字通り苦肉の策!

41:ぽち ◆gk9M:2010/08/26(木) 11:17

熱中症にはお気を
つけて〜(・ω・)/

42:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/08/29(日) 00:55


 結局、僕が絵を描き終えるまで風見さんはずっと納得のいかないような顔をしていた。
 記憶喪失のことについてはどう思ってるんだろうか。「信じてくれましたか?」なんて馬鹿な質問が出来る訳も無いので、これ以上僕の方から記憶喪失の話題を出すことはやめておくことにした。
 最後の一筆を入れ終えて、水で満たされたバケツに筆を放り込む。全身に訪れる疲労感に、額に手を添えて椅子の背もたれに身体を預けた。
 首と肩が凝り固まって痛い。

「終わったの?」

 疲弊しきった僕に気付いた風見さんがぱっと顔を上げた。

「うん、出来ました。今、何時?」
「ええと……もう一時過ぎてる」

 携帯電話を開いて画面の方を僕に向ける風見さん。待ち受け画面には、凶悪な笑みを浮かべながら、ネックを掴んでベースを振り回しているヘルメットを被ったお姉さんの姿が。見覚えがあるぞ、この人。ハルなんとかさんって言ったっけ。
 デジタル時計が示す13:30の表示を見て、僕は皮肉げに笑って嘆息を零す。一ヶ月も離れてた所為か、感じる疲労が物凄く重いものに思える。前はもっと、清々しい気分で絵の完成を迎えられたはずなんだけどな。

「えっと……あの……」

 風見さんが、期待に満ち溢れた目でソワソワとせわしなく、僕とキャンバスとを交互に見やる。

「あ、どうぞどうぞ。減るもんじゃないし」
「そそそれじゃ失礼します」

 椅子から腰を上げた風見さんは、僕に深々と一礼をした後に背筋を伸ばしたままこっちに向かって歩いてくる。見られる僕ならともかく、何故風見さんが緊張するんだろう。
 僕の横に立って、沈黙すること数秒。誰かに自分の描いた絵を見られるこの瞬間に訪れる緊張は、いつまで経っても慣れる気がしない。むしろ、心地よくさえ感じてしまう。
 風見さんは息を呑んで、小さく「凄い」と声を漏らした。

「これ、海だよね?」

 キャンバスの上に僕が描いたのは、太陽の光を背景に、イルカと共に海面を泳いでいる人のシルエットを海の中から見上げている視点の絵。
 昔、とある外国の海でイルカと共に泳ぐことの出来る少女を、海の子と称してドキュメンタリー番組が持ち上げていたのを思い出して描いた絵。”水中”と聞いて、真っ先にこれが思いついた。

「凄い、凄い、凄い、凄い。徳堂くん、凄いよ!」
「いやいや、そんな大層なものでもないんだけどね」

 風見さんは手をスカートの前で組んで、ピョンピョンと小刻みに跳ね始める。更に手放しで僕のことを褒めちぎるもんだから、もう照れくさくて苦笑いするしかない。
 とは言え、ここまで大げさに褒められたことは今までに無かったので、決して悪い気はしない。けれども居心地がいいものでもない。おなかの上がフワフワとして、なんだかくすぐったい。
 携帯電話のカメラ機能を使って僕の絵を撮影している風見さんを横目に、僕はバケツとパレットを持って、廊下側の壁にある流し台へと持っていく。
 
「付き合わせちゃったみたいでごめんね。何時間も暇だっただろうに」

 幸い、風が絶え間なく吹いていたのでそれほど暑くはなかったのだけれど。それでも、途中から風見さんはひたすら僕の絵が完成するのを黙って待っていてくれたのだ。描き始めたのが大体九時くらいだったから、時間にして約五時間。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。
 しかし風見さんは全く気にした様子もなく、むしろ僕の言葉も聞こえてないようで、一心不乱に携帯電話を構えて写真を撮っている。

「これならデジカメも持ってきた方が良かったかなあ……」
「…………ま、いいか」

 一通り片づけが終わった所で僕のお腹が盛大に鳴き声を上げた。風見さんにもバッチリ聞こえてしまっていたようで、大変可笑しそうに笑われてしまった。

「お昼、どうしようか」
「僕はお弁当持ってきてるんだけど……風見さんはどうする?」
「私も一応マクドナルドで色々買ってきてあるよ」

 僕はお弁当箱を、風見さんはマクドナルドの紙袋を掲げ合う。
 目線が交差して、暫しの沈黙の後に聞こえてくる、二人分のお腹の鳴る音。同時に笑みが零れた。

「ここじゃちょっとあれだし、どっか別の所で食べよっか?」

 立ち上がった風見さんの提案に、僕はホイホイついていくのであった。
 まだ、美術室は清潔とは言えない有様なのだ。

43:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/09/18(土) 22:29


 昨今のマンガやアニメの世界に出てくる学校と言うのは、屋上は解放されて然るべき、というのが暗黙の了解となりつつある。
 しかし現実と言うのは冷酷なもので、実際には殆どの学校が”危険防止”の名を掲げて、みな一様に屋上を閉鎖しているものだ。
 勿論この学校も例外では無いはずなのだが、今僕の目の前に広がっているのは、視界一杯に広がる青々とした空と、そこに漂う千切れ雲。絶えず吹き付ける風が間断なく僕の体をすり抜けるように吹き抜けていく。
 階段室と屋上を隔てる出入り口の扉を潜り、一面がタイル張りの地面に足を一歩踏み出して、僕は感嘆の息を漏らした。
 僕の前を歩く風見さんがこっちに振り返って、「どや?」という顔で嬉しそうに笑う。その風見さんの後方――屋上の中央には、二つのベンチが背中合わせに置かれている。風見さんはくるっと再び僕に背を向けて、ベンチに向かって駆け出していった。
 僕もその後を追い、風見さんが座ったベンチとは反対側のベンチへと腰を下ろす。背中合わせの形になって、僕は弁当箱を包む風呂敷を、風見さんはマクドナルドの紙袋を広げたところで、風見さんが「え?」と不思議そうな声を上げた。

「なに? 徳堂くんは食べるところ見られたくない人? クチャラーなの?」
「え、いや、そんなことは無いけど」
「だったらなんでわざわざそっちのベンチに座るのさー。私の隣いやだった?」
「うーん、なんでと言われても。なんかこう、二つのベンチを両方埋めなければいけない衝動に駆られた。いやってわけじゃないよ」
「なにそれ。いやでも、なんとなく判るかもしれない、その気持ち」

 どうやら納得してくれたらしく、そのまま風見さんは「いただきまーす」とチーズバーガーにかぶりついた。
 
「いただきます」

 僕も手を合わせて弁当箱の蓋を開けて、アルミホイルで包んだ卵焼きを箸で掴んで口に放り込む。すると、風見さんが僕の肩口からいきなり顔を突き出してきた。びっくりして、思わずベンチの上から転げ落ちそうになる。

「えっ! 徳堂くんのお弁当美味しそう!」

 僕の弁当箱の中味を、興奮した様子で睨みつける風見さん。

「そ、そう? 今回のはちょっと失敗したかなって思ってるんだけど」
「…………」
「……風見さん? ってうわ!」
 
 いきなり沈黙し始めたので、何事かと振り返ると、風見さんは目を見開いてわなわなと肩を震わせていた。
 ゆっくりとした動作で人差し指を弁当箱に突きつけ、信じられないといった様子で口を開いた。

「これ、手作り、徳堂くん?」弁当箱に向けられた指先が僕に向く。
「えっ? あ、ああ、うん。そうだけど。なんでカタコト」
「そんなことはどうでもいいのよ。それよりも、徳堂くん?」
「あ、はい。なんでしょうか」

 何故かいきなり風見さんの声音と口調が上品なものになった。心なしか、その横顔もなにやら大人びた雰囲気を持ったように見える錯覚に陥る。思わず、姿勢を正して敬語で対応した。なんだ、これ?

「貴方、これ、私のチキンナゲットと交換してくださらない?」

 まだ続くのかその口調。風見さんの指が、アルミホイルで包んだ鶏のから揚げを指す。

「……いや、うん、いいけど」
「そう、礼を言うわ。ありがとう」

 本当になんなんだ、これ。風見さんが鶏のから揚げを指で摘まみ、一口で口の中へと入れる。モグモグと口を動かして咀嚼しながら、さっきまで鶏のから揚げがあった場所に、ケチャップをつけたチキンナゲットを置いた。
 そんな風見さんを見ながら、僕もチキンナゲットを摘まんで口の中へと入れる。それぞれ同時に口の中のものを飲み込むと、急に風見さんの目がクワと見開かれる。

「このから揚げを作ったのは誰だー!」

 今度は突然、ベンチの背をバシンと平手で叩きながら、ベンチの上に膝立ちで立ち上がった。なんなんだ、このテンションは。というか、口に合わなかったのか、ひょっとして。
 僕はベンチの端までめいっぱい避難して、恐る恐る手を挙げた。

「ぼ、僕ですが。美味しくなかった?」
「んなこたーない! びゅーてぃふぉー! 毎日味噌汁とか作ってください!」

 さらりとプロポーズされた。

44:ぽち ◆gk9M:2010/09/18(土) 23:05

プロポーズwww

45:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/09/27(月) 13:06

以下、試験的に描写とカギカッコの間のスペースをなくしてみます。
見難いな、と思ったら直します。
 

46:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/09/27(月) 13:16

 結局、なんだかんだで風見さんが僕の弁当のおかずを全て平らげてしまった。
 お腹を擦りながら「お美事にござりまする」とコメントを残したその数秒後に我に返り、それはそれは顔を赤くして文字通りベンチの上で横になってのたうち回り、終いにはベンチから転げ落ちてしまう始末。芸人かなんかなの?
 その後、圧倒的謝罪の嵐と共にマクドナルドの袋を差し出された僕は今こうして、少し冷めたフライドポテトをかじっていると言う訳だ。風見さんは今も地面の上に膝をついて悶えている。
 というか、どんどん風見さんのキャラがぶっ壊れてる気がするなあ。むしろこっちが素なのか?
 そんな僕の視線に気付いた風見さんが、両頬を手で隠して恥ずかしそうに背を向ける。
「あの、違うんです」と風見さん。「私ってこう気が昂るとさ、つい、なんか自分でもわけわかんないテンションになっちゃって……引いた?」
「すこぶる」
「うわー!!」頭を抱えて絶叫しながら悶絶し始めた。「いーちゃんとせりりんの所為だ……」誰?
「ううう……辱められちゃった」
「その言い方には激しい語弊があるよ」
「私の恥ずかしい所まで見ておいて!」
「何も見てねーよ!?」
 思わず手近にあったベンチの背を引っ叩くと、風見さんが目を丸くした。それを見て僕も今の自分の言動に気付いて、思わず顔を両手で塞ぎこんでしまう。
「あれれー? 徳堂くんって可愛い顔して突っ込み属性だったんだ」
 いじりがいのある愉快なオモチャを見つけた時の子供のような、風見さんの声。くそ、全然平気そうな顔してるじゃないか。さっきまでの取り乱しようはなんだったんだ。
 どうやら僕は普段あの父親と暮らす内に突っ込みの才能というものが開花してしまったらしく、ついついおかしな発言や非常識な発言に対して反射的に突っ込みを入れてしまったりするのだ。さっきの風見さんのように、つい。
 付け加えるなら最近は鳴海先生の存在も大きい。
「そもそも、いーちゃんとせりりんって誰なの?」
 いきなり名も知らぬ人たちのあだ名を出されても、僕や読者は困惑するだけな訳で。
「今なんか危ないことモノローグしてなかった?」すかさず風見さんが反応してきた。末恐ろしい子である。「いやまったく」 
「……まあいーや。えっと、いーちゃんとせりりんって言うのは――」
「それは俺から説明しよう!」
 僕の隣に風見さんが座って答えようとした時に、不意に男の声が上から降り注いできた。
「だ、だれだ!?」
 風見さんが大仰に驚きを体で表しながら四方八方に首を向ける。ヤケに口元が「先の展開がわかってて笑いを堪えるのが我慢出来ない」という風ににやけてるのは多分気のせいだろう。
 とりあえず僕も風見さんを見習って驚いた振りをしてみる。なんだろう、超展開な筈なのにもうそれほど驚いていない自分を褒め称えたくなってしまう。
 というか、上から声がしたってことは声の主がいる場所は一つしか無い訳で。
「俺はここだぜ、オーディエンスどもー!」
 声と共に、アンプに通していないエレキギターの音色がしゃらんと響く。
 僕と風見さんの視線が、上へと昇る。屋上と校舎内とを隔てている階段室の、その更に上。寸胴な給水タンクが二つ並べられたスペースに、その男は居た。
 サンバーストカラーのフェンダーストラトキャスターを肩から引っさげた、僕とそう変わらない体格の男。薄い茶髪は根元から毛先に向かうにつれて、グラデーション状に濃い色になっている。なんだあれ、ギターの色に合わせてあんな色に染めてるのか?
 一頻りしゃらんしゃらんとエレキギターをかき鳴らしたその男は、次の瞬間「とう!」という掛け声と共に、エレキギターを背中に回して階段室の外壁に埋め込まれた梯子をゆっくりと降りていく。
 隣で風見さんが「お、おまえわー!」とドッキリに対するリアクションがわざとらしい若手芸人のような声を上げている。僕はもうなんだか突っ込むのも疲れたので、男が梯子を降りてくるのをただ黙って眺めていた。
「どっこいしょ」 
 さっきのテンションは何処へやら。男はやけにトーンの低い声を漏らして屋上の地面に着地して、こっちに振り向いて静かに口を開いた。
「私だ」
「お前だったのか」と風見さん。
「誰だよ!」
 思わず突っ込んじゃったよ!

47:あげ:2010/10/01(金) 01:12

がんばれー!

48:亜沙:2010/10/04(月) 20:38

審査終了いたしました事を報告いたします。

49:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/10/11(月) 01:34


 肩からエレキギターを提げた、髪の色どころか頭の中味までサンバーストしてそうなその男は、やはり風見さんと顔見知りだった。彼こそが「いーちゃん」なる人物で、風見さんとは幼馴染の関係らしい。
 根元から毛先に向かってグラデーション状に濃くなるように染められた髪の色もそうだけど、頭の上で風に振られてフワフワと踊る、アンテナのようなアホ毛がやたらと目を引く。凄く掴んで引っ張りたい。
「俺は北川樹くん、ってんだ。そこのチエちゃんは……下の名前をいじっていーちゃんって呼んでる」と彼が風見さんを指差す。いつきだから、いーちゃん。なるほど。
 自己紹介を終えた彼――北川くんが愛想よく笑いながら僕に手を差し伸べてきた。その手を取って僕も名乗り返すと、彼はヤケに嬉しそうにして、握手した手をぶんぶんと上下に振る。やめろ肩が痛い。
「あっと、わりィね。こんな田舎に転校してくる奴なんて滅多に居ないからさあ、なんか嬉しくなっちまった。……よろしく、トクちゃん」
「トクちゃっ?」
 初対面であだ名呼びですか? 僕が北川くんの遠慮のない態度に困惑して言葉に詰まっていると、風見さんが横から「こういう人なの」と申し訳無さそうにしながら彼へのフォローを挟む。
「徳堂くんだから、トクちゃん。北川くんのことも、遠慮しないであだ名で呼んでくれていいんだぜ?」
 北川くんは自分のことなのに、どこか他人事のように言いながら己を指差す。ううん、そんなこと言われてもなあ。他人のことをあだ名で呼んだことのない僕には、そんなすぐに思いつくことなんて出来やしない。
「もうちょっと慣れてからでもいいかな……」
「おうおう、トクちゃんはお堅い人なんだな」
「いーちゃんがちょっと慣れ慣れし過ぎるんだよ、ねえ、徳堂くん?」
 風見さんが呆れた様子で僕に同意を求めてくる。確かにその通りだけど、素直に首を縦に振るわけにもいかず、僕はただ苦笑して誤魔化すばかり。北川くんは心外だと言わんばかりに肩を竦めている。
「人類皆兄弟が北川くんのモットーなんだよ」
 北川くんが愉快そうに口角を歪ませ、白い歯を見せてシシシと笑みを浮かべた。
「つまりもう既にトクちゃんと北川くんは兄弟なのさ。親しみを込めて何が悪い」
「親しき仲にも礼儀あり、やろがー」
 風見さんが関西弁で突っ込みながら「なんでやねん」の手を北川くんの胸に叩き込む。意表を突かれたように目を丸くした北川くんは、すぐさま頬を緩ませる。
「こりゃ一本取られましたな!」
 ぺちん、と己の額を叩いて高笑いする北川くんと、それを満足そうにウンウンと頷きながら見ている風見さん。二人の息の合ったやり取りを見て、僕は思わず感心してしまう。流石は幼馴染、といったところなのだろうか。
 暫く二人の漫才じみたやり取りを眺めていると、ふと二人の関係が、幼馴染以上のものであるんじゃないかと気になり始めてきた。いや、だって、あまりにも息が合ってるし……傍目からみて、恋人同士に見えなくもないし。
 そんなことを考えながら二人の様子を食い入るように眺めていると、風見さんが僕の視線に気付いて首を傾げる。
「どうしたの、徳堂くん? 私といーちゃんがどーかした?」
「いや、ううん」
「歯切れ悪ィぞトクちゃん。男ならハッキリしろい」
「じゃあ……北川くんと風見さんって、付き合ってるの?」
「んなこたぁない」「何言ってるの」即答された。北川くんと風見さんが同時に目を合わせる。「これって私達両思い?」「やったねチエちゃん!」イェーイ! とハイタッチする二人。
「違うよ徳堂くん。いーちゃんにはね、もう心に決めた人が居るんだよ?」
「ばっか何言ってんだチエちゃんテメーフザケンナコノヤローバーカバーカ。先輩はアレだぞ、別にそういうんじゃなくて」
「私、せりりんだなんて一言も言ってないよ?」
「…………」北川くんが頭を抱えてうずくまった。せりりんが誰かはわからないけど、どうやら風見さんの誘導尋問に見事に引っかかってしまったらしい。「どしたのー? 耳まで真っ赤ですよー?」風見さんが勝ち誇ったような笑みを浮かべて北川くんに追い討ちをかけている。うわあ、居た堪れない。

50:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/10/23(土) 11:41


「……ところで、色々と聞きたいんだけどよう」

 北川くんが顔を上げて、僕を、そして風見さんを順番に指差す。まだ耳まで赤くなってるけど、そこにはつっこまないでおこう。

「お前ら二人はどうやって知り合ったんだ?」
「ああ、それはね――」

 風見さんが、僕とのぎこちない始まりを説明しはじめる。校門ですれ違って、美術室でまた遭遇して。風見さんはサングラスをかけたまま凄く緊張してて、僕はそれを見て戸惑っていて。そこに、鳴海先生が入ってきて。
 それを聞いて北川くんは終始手を叩きながら笑っていて、風見さんが「――ってことなんだ」と区切りをつけた頃には抱腹絶倒していた。

「チエちゃんは人見知りだからなあ……一回馴染んだら最後だけど。さっきのお前らの様子、上から見てたんだけど。トクちゃんも初めて会った時との違いにビックリしただろ?」
「否定は出来ないかな」ていうか見てたのかよ。
「そんなことないよ。それより覗きなんて趣味が悪いよ」と風見さん。
「チエちゃんだけなら声かけたんだけどな。しかし見知らぬ男の子を引き連れてるじゃないか。こりゃあ空気読んで様子見するしかねえな、って思ってさ」
「やっぱり趣味が悪い。そんなんじゃせりりんに嫌われちゃうよ」

 風見さんがむっとした顔になって北川くんを咎める。北川くんは初めはヘラヘラとそれを受け流していたが、”せりりん”の単語が出るや否や、突然顔をしかめて押し黙る。

「……なんでそこで先輩が出てくるんだよ」
「え?」

 判らないの? とでも言いだけな風見さんの顔。
 それを見て北川くんの顔に更に皺が生まれて、まるで干柿のようになっていく。やがてぐうの音すら上げることも出来ずに、完全に沈黙した。さっきの顔を赤くしてうろたえていた様子といい、どうやら北川くんはその”せりりん”という人物には頭が上がらないようだ。

「あの、さっきからその名前出てるけど、せりりんって誰?」

 僕が手を挙げて尋ねてみると、北川くんが「余計なことを」という目つきで僕を睨んでくる。しかし風見さんはそんな北川くんのこともお構い無しに、楽しそうに”せりりん”について説明しはじめるのだ。もう北川くんは「どうにでもしてくれ」と言わんばかりに清々しい顔で空を眺めている。哀れだ。
 風見さんの話によると、その”せりりん”もまた風見さんと幼馴染で、二人より一つ上の学年らしい。因みに”せりりん”と北川くんの接点はこの高校に入ってから生まれたので、だから北川くんは”せりりん”ではなく先輩と呼んでいるそうだ。幼馴染の幼馴染もまた、必ずしも幼馴染ではないということだ。

「これがなんていうか、鳴海先生みたいな面白い人なんだ」と風見さん。その時点で僕はもう苦笑することしか出来なくなる。あんなのが二人も居るのか、この学校には?
「まあ、愉快な人だよな、あの先輩は」

 北川くんも、なんとも言えないような顔で”せりりん”への印象を口にする。
 二人の情報を纏めると、つまり面白くて愉快な人ということになる。一体どんな人物像を頭に浮かべろっていうんだ。しかも面白くて愉快な人なら、もう既に僕の目の前に二人ほど居るのだけど。更に言うなら鳴海先生もその部類に入るのだけど。この学校には面白くて愉快な人しか居ないのか?

「うちの学校、っていうか。この町の人って大体みんなこんな感じだよね?」
「まあ、な。トクちゃんみたいな普通の感じの人の方が少ないくらいだぜ」
「田舎っていう閉塞的な空間だから、みんなのノリが似通っちゃうのかもね」
「なー」

 二人が顔を見合わせてそんなことを言うもんだから、僕はこれからのこの町での生活に不安を覚えてしまう。
 冗談じゃない。家にも父さんみたいな一緒にいるだけで疲れてしまうようなのがいるのに、外に出てもそんなのがひしめき合ってるっていうのか。
 
「でも私も最初は普通の子だったのに、いーちゃんとせりりんの影響でさあ」
「伝染病みたいに言うなよ。チエちゃんにも素養が元からあったんだよ」

 僕はそんな二人のやり取りをみながら、いかにこれからの生活を難なくこなすことが出来るだろうか、と考えを巡らせていた。
 

51:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/10/27(水) 21:53

 陽が大分傾いてきたので、三人で途中まで一緒に帰ることになった。
 川沿いの砂利道を抜けた先のT字路で先に風見さんと別れ、今は北川くんと二人で暗い路を歩いている。どうやら北川くんと僕は同じ住宅街に家がある、所謂ご近所さんらしい。

「この狭い町じゃ、大体どこでもご近所さんだけどな……っと、北川くんはこっちだ」

 横に入っていく路を指差して、北川くんは「それじゃあ」と手を振りながらそこへと歩いていく。が、ピタリと動きを止めてこっちに振り返った。

「忘れてた。あの、屋上のことさ、誰にも言わないようにしてくれ。ほんとなら解放されてないはずの場所なんだわ」
「あ、やっぱりそうなんだ。今時屋上を開放してる学校なんて、ないもんね」
「この町にはあそこしか学校がないから、他所がどうかはわからんけどね。うちの学校の屋上はさ……鳴海先生って知ってるだろ? あの人がこっそり開けたんだ」

 詳しく話を聞いてみると、屋上の出入り口の鍵が開いていることを知った北川くんと風見さんが秘密裏に通いつめていたところ、ある日職員会議をサボっていた鳴海先生に遭遇。てっきり叱られるものと思っていたら、それどころか出入り口の鍵を開けたのは自分だと暴露したらしい。
 
「屋上を使えることを知っているのは自分ひとりっていう優越感に浸るのも最初の一週間くらいで飽きて、秘密を共有できる仲間が欲しかったんだとさ」

 肩を竦めながら嘆息交じりにそう語る北川くんの表情は呆れ返っている。
 恐らく僕も全く同じ気持ちだ。教師のすることじゃねえ。
 
「そんな訳だ、他言無用があそこを使っていい条件になってるから、秘密で頼むよ。じゃあな」
「うん、また」

 僕に背を向けて颯爽と走り去っていく北川くんの背中を見送って、僕も我が家へと足を運びながら今日のことを整理する。
 鳴海先生から御神木のことを聞いて、美術室で絵を描いて、屋上で、風見さんとお弁当を食べた。
 そして北川くんとの出会い。
 彼の風貌と勢いに初めは抵抗を覚えたが、今では微塵もそんなの残ってない。少なくとも彼は、初対面の僕と仲良くしようとしてくれていた。
 なら、それだけでいいじゃないか。
 これからの生活に危機感を持っていたけど、どうやらそんなに気にする必要もなく過ごせそうだ。

52:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/10/27(水) 21:54

 ところがそうもいかなかった。
 学校に行っては、風見さんと北川くんのやり取りを見ながら絵を描く。そこにたまに鳴海先生も加わって、混沌とした空間が出来上がったりもする。
 ……そんなことを繰り返しているうちに、あっという間に夏休みが終わってしまった。
 夏休みの間に描いた絵は、殆どが美術準備室に押し込められている。時折、風見さんが僕の絵を写真に撮ってはふらりと姿を消すことがあって、北川くんの話によるといつものことだから、気にしない方がいいらしい。

「人間、誰しも”ミッション”を抱えて生きてるもんだ」

 北川くんはそうも言っていたけど、一体なんのこっちゃ。
 そして、迎える登校日。ホームルームが始まって少し経ってから、僕は教室の中から溢れるざわめきを聞きながら、廊下で待たされていた。
 自己紹介で何を言おうか考えていると、鳴海先生(なんと僕が入るクラスの担任だったのだ)が「今日はとってもとっても綺麗な子が転校生としてきています。期待するように」なんてことを言い出した。おいちょっと待て!
 教室は騒然。男子たちの熱狂的な雄叫びが聞こえてきた。その次の瞬間には突然教室のドアが開けられて、鳴海先生の手が伸びてくる。僕の腕を引っ掴んで、抵抗する間もなく教室の中へと引きずり込まれた。

「――もちろん嘘だけどね」

 今度は僕を見て黙然としている生徒の面々を前に、鳴海先生は僕の腕を掴んだまま教卓の前に立って、満面の笑みを浮かべながら言った。
 二秒ほどの時を置いてから、教室全体が沸きあがる。

「男かよ!」「確かに綺麗な顔してるけどよ!」「このクラスにもようやく華が咲くと思ったのに!」「やっと青春を送れると期待した俺がバカだった」「おい聞き捨てならねーぞ男子!」「でもあれはあれで……」「ヒャッハー! 美少年だー!」

 なんだよこれ。どうしろっていうんだよ。僕はいつから世紀末に迷い込んでしまったんだ。生徒たちのテンションに完全に呑まれてしまった僕は、今すぐ教室を出てトイレにでも引きこもってしまおうかとさえ考えてしまう。
 各々色んな意味で盛り上がっている生徒を横目に、鳴海先生が僕の手にチョークを持たせて黒板を指で叩いた。

「ほら、黒板に名前書いて。自己紹介の言葉は考えた?」
「……みんなは放っといていいんですか」
「いいの。面白い奴らでしょ」
 
 こんな人たちと残りの一年と半年を一緒に過ごすことを考えると、今から頭が痛くなってくる。黒板に自分の名前を書き終えた僕が生徒の方に向き直ると、今にも殴り合いを始めてしまいそうなほどにヒートアップしていた。一部の男子と女子は襟をつかみ合っている。
 教室の後ろの方に視線を向けると、風見さんと北川くんが巻き込まれないように端の席に座っていて、僕に手を振っていた。二人とも、同じクラスだったのか。ご都合主義にも程がある。
 もう何をすればいいのかもわからなくて立ち尽くしている僕を見かねた鳴海先生が、教卓の下から拡声器を取り出した。スイッチを入れて、マイクロホンを口に当てる。

『転校生のありがたい自己紹介のお言葉だー。みんな、心して聞くように』

 拡声器で増幅された鳴海先生の声が教室に響き渡った途端、それまでの騒ぎが嘘のように静まり返って、各々手近にあった席に着いた。立ち上がってつかみ合いをしていた生徒たちはその場に正座している。どうやら一見無法地帯に見えるこのクラスは完全に鳴海先生に統率されているようだ。
 クラス中の視線の前に晒された僕は、言葉に詰まりながらも自己紹介を始める。事前に考えていた言葉は全て吹き飛んでしまっていたので、名前しか言えなかったのだけど。その後、数々の質問攻めを受けたあとに拍手で歓迎された僕は、快く空いた席へと通された。
 登校日はホームルームしか授業が無かったので、ホームルームが終わってからはクラス総出で校内の案内をしてもらうことになった。クラスメイト数十人に取り囲まれて校内を練り歩くなんて、きっと一生できない体験だろう。
 大体、夏休みの間に何回も学校に来てたから、もう殆ど把握してるんだけど。なんてことは当然言えなかった。
 本当に大丈夫なんだろうか、これから。

53:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/10/27(水) 21:56

「ね、みんな面白いでしょ?」

 次の日の放課後。そう言って笑う風見さんに、僕は苦笑しながら頷くことしか出来なかった。
 美術室には僕と、風見さんと、北川くん、そして鳴海先生が集まってそれぞれ椅子に座っている。
 屋上での一件以来、北川くんと風見さんはよく美術室に訪れるようになり、自然に憩いの場と化してしまったのだ。その際、埃に塗れた美術室を見て「これはひどい」とコメントした北川くんの案で、三人で一日かけて掃除をすることになった。そのお陰で、今の美術室はそれなりに清潔さを保つことが出来ている。
 そして何故鳴海先生がいるのかというと。

「人間は常に刺激のある方へと向かって生きてるの。光に群がる蛾みたいに」

 要するに暇だったらしい。仕事しろ。

「そういや鳴海先生」

 エレキギターのボディをクロスで拭くことに専念していた北川くんが、思い出したように顔を上げた。

「うん? 何?」
「美術室って、ずっと使われてなかったんだろ? 今更だけど、勝手に入り浸っちまって大丈夫なんすか?」

 それは僕も気になっていたところだ。そもそも、僕一人のわがままで開けてもらったようなものだし。
 鳴海先生は足を組み替えながら、一つ指を立てて笑う。

「ああ、それね。綺麗に掃除もしてくれたし、他の先生方も黙認してくれているよ。とはいっても、それは真くんだけの話なんだけど」
「僕だけ、ですか?」
「うん。真くんはともかく、風見さんや北川くんがここに足を運ぶことを、快く思ってない先生もいて」
「まじかよ」北川くんが顔をしかめる。
「でもしょうがないよ。徳堂くんと違って、私といーちゃんにはここを使っていい理由なんて一つもないし」

 そういう風見さんもまた、残念そうに顔を伏せている。

「ないなら、作ってしまえばいいんじゃない?」

 風見さんの頭の上に鳴海先生の手が乗せられて、風見さんがはっと顔を上げた。

「どういう、ことですか」
「言葉の通り。要はここに公然と立ち入っていい理由をでっちあげればいいんだから……北川くん」
「な、なんすか?」
「ここは何の教室?」
「はあ?」北川くんが素っ頓狂な声を上げる。「なんのって、美術室じゃないすか」
「正解。次に、美術室はなんのために使う教室?」
「そりゃ、絵を描いたり……美術活動をするための教室」
「なら、美術室で美術活動をするのは、本来どういった人間かな」

 北川くんの眉間に寄せられた皺がますます深くなっていく。なるほど、つまりそういうことか。鳴海先生の言いたいことが大体わかってきた。
 風見さんも北川くんと同じようにうんうんうなって考えていたが、二人が先生の質問の意図に気付くのに、時計の秒針が半周するほどの時間しか掛からなかった。

「美術部員!」
「私達に美術部に入れってことっ?」

 そう。北川くんと風見さんが公然と美術室に立ち入るには、それが一番手っ取り早い。
 どこの世界に、美術部の生徒が美術室に入ることを咎める先生がいるだろうか。
 
「おーっと、少し違うのよ、これが」鳴海先生の手が、身を乗り出しそうになっていた二人を手で制する。「生憎この学校に美術部はないのは知ってるね? だから、”同好会を作る”が正しい答え」

 しかし同好会を作るには、定められた数以上の希望者と顧問になってくれる先生が必要なのが一般的な条件とされているはずだ。

「言いだしっぺの法則だからね。顧問は私が務めよう。面白そうだし。それで希望者なんだけど」
「確か、四人必要なんでしたよね?」と風見さん。「私と、いーちゃんと、そんで徳堂くん」指折り数えるけれど、あと一人、足りない。僕らは揃って顔を見合わせた。
「まあ残りの一人はぶっちゃけ誰でもいいんだけど、誰か入ってくれそうな人はいない?」

 鳴海先生の視線が、風見さんと北川くんに向けられる。二人はそれぞれ考えた後、視線を交わして頷きあってから同時に答えた。

「せりりん」「先輩」

54:ぽち ◆gk9M:2010/10/29(金) 22:41

更新、いつも
ご苦労様です(*^ω^*)

55:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/09(火) 21:49


「美術同好会? うん、別にいいぞぅ」
 
 屋上でサボテンの鉢植えに如雨露で水を与えていた”せりりん”を発見した北川くんと風見さんは、出会い頭に同好会への勧誘を切り出した。
 具体的に何をするかもまだきちんと決まっていないのに、突然の勧誘にそう簡単に首を縦に振ってくれるだろうかと不安に思ってもいたのだけど、なんと彼女は二つ返事で了承してくれた。
 ……ように見えた。

「ただし」

 ぴん、と”せりりん”の人差し指が立てられる。

「確か、今月末に体育祭があるだろう? あれで私のクラスに勝てたら入ってあげようじゃないかぅ」

 吸い込まれそうなほどに黒くて長い髪を束ねたポニーテールを揺らしながら、”せりりん”はやる気の無さそうな、だるそうな、ぼんやりとした瞳を細めてはくくっと肩を揺らして笑ってみせる。
 その瞬間、北川くんや風見さんが、”せりりん”を鳴海先生みたいな人だと評価した理由がよくわかった気がした。だって、その言葉の端々から「その方が面白そうだし」という声音が見え隠れしている。
 って、体育祭っ? そういえば、たしかにそんな話があった気がするけど。転校して間もないので、学校行事についてはほとんど何もわからない。

「それで? せりりんが勝ったら何を要求するつもりなの?」と風見さん。うわあ、こっちもそいつは面白そうだぜって顔してるよ。
「そうだな。三日ほど、うちのお店のお手伝いをしてもらおうかな?」

 お店? なんのこと?
 小首をかしげる僕を見て、”せりりん”は「よくぞ訊いてくれました!」と人差し指を僕めがけて突きつける。

「うちは両親がファミレスを経営してるんだ。だから、そこでウェイトレスさんをやって貰おうかとね」
「へえ、ファミレスですか。…………ウェイトレス? ウェイターじゃなくて?」
「ぬっふっふっふ。そう、ウェイトレスだよ、転校生くん」

 目を伏せて妖しく肩を上下させて笑う”せりりん”。そのままこちらに背を向けたかと思えば、次の瞬間にはヒラヒラのフリル装飾を豪勢に施された、俗にいうゴスロリ衣装を両手に振り向いた。
 高校の屋上で、女子高生が、両手にゴスロリ。そのあまりにもシュールな組み合わせを前に、思わず僕は瞬きすることさえ忘れて”せりりん”の掲げるゴスロリ衣装に視線が釘付けになってしまう。

56:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/09(火) 21:50


「チエりんだけじゃなく、北川くんと転校生くんにもこれを着てウェイトレスとして手伝って貰います」
「いや待ってくださいよ!? どっからその服を……いや、もうっ。あああ、もう! そもそも、なんでそんなの持ってるんですか!」
「徳堂くんが凄いことになってる! 頑張れ!」

 だったら風見さんが代わってよ! 最早どこからつっこめばいいのかわからない僕は、今すぐ頭を掻き毟って全力で家まで走って逃げ帰りたくなってしまう。

「ふっ、そんなの決まってるじゃん転校生くーん。……こんなこともあろうかと。そう、こんなこともあろうかとだぅ!」
「うわ、二回言った。二回言ったぞこの人。つーか先輩、ウェイトレスならゴスロリよりメイド服じゃねーの?」と北川くんが一見まともにみえる議論を唱える。違う、問題はそこじゃないんだ。
「おっとそれもそうだな。それじゃ、ううんと」

 再びこちらに背を向けて屈んでゴソゴソし始めたかと思うと、また次の瞬間にはその両手にメイド服を持って振り返る。とはいっても、さっきのゴスロリ衣装との違いがほとんど見て取ることができない。むしろフリル装飾が増えているような気さえもする。

「このフリフリがポイントだからね」

 可愛らしくウィンクをしながらそう言う”せりりん”に、僕はもう完全に言葉を失ってしまった。
 しかし北川くんと風見さんの二人はというと、

「さすがわかってるな、先輩は」
「これはもえるね、色んな意味で」

 とノリノリな様子なのだ。四面楚歌、いや、三面か? この際どっちでもいい。なんでこの二人は”せりりん”の条件になんの異議も唱えないんだ。

「まあ落ち着けトクちゃん。世の中、何事も楽しんで取り組むべきだぜ。この条件がつくことで、北川くんたちは絶対に負けることが出来なくなった。せっかくの学校行事だし、全力でやらないとツマんないだろ?」

 突然北川くんが妙に真面目な声音で、大変まともな意見を用いながら僕の肩に手を置いて諭してくる。いや、それはその通りだけど、でも。

「負けちゃったらどうするんだよ……僕はやだよ、女装なんて」
「オーイ、トクちゃんはやる前から負けた時のことを考えるのか?」

 呆れ気味にそういった後に”せりりん”へと挑戦的な視線を向けて、北川くんは、自信満々に嘯いてみせるのだ。

「勝てばいいんだよ、勝てば」

 だから、どこからその自信がわいてくるんだ。
 兎にも角にも、これが”せりりん”――木下芹菜との記念すべき初エンカウント。
 まだ装備も揃ってないのに、うっかり魔王と遭遇してしまった気分だ。

57:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/10(水) 18:29


 我が家の大黒柱である父さんは売れっ子画家で、業界の中では世界的に名も通っているらしい。
 基本的に他の職業との兼業でしかまともな収入を得られない画家ではあるが、こうして僕を養ってくれるくらいには稼いでるところを見ると、やはりもの凄い存在なんだろう。
 でも、常に身近にいる僕にとっては身の回りのこともままならない、親ばかで甲斐性なしのヒゲ親父というイメージばかりが先行してしまう。この日の出来事が、そこにさらに拍車をかける。
 ”せりりん”――木下先輩と遭遇した日の夕方、やや早めに家に着いた僕を待ち受けていたのは、居間のソファにくたびれた洗濯物のように張り付いてる父さんと、部屋中に漂う焦げくさい臭いだった。

「……どう、したの」

 僕の声に反応して父さんの肩がピクンと震えて、その腕がぷるぷると震えながら台所の方を指差す。大体予想はつくけど、とてもじゃないが行きたくない。
 
「なにこれこわい」

 恐る恐る台所に向かうと、扉のガラス窓にひびの入った電子レンジとキッチン中に飛び散った卵の欠片が目に飛び込んできた。
 暫し立ち尽くしていた僕は、無言のまま居間に戻ってソファにへばりついている父さんの尻に蹴りを入れて、事の経緯を説明させた。

「いやな、小腹が減ったもんだから何か作ろうと思ったんだよ。飯はなんとか炊けたから、おかずに玉子焼きでも作ろうかなと」
「だからってなんで電子レンジに卵を入れるわけっ?」
「まさかあんなことになるとはな……レンジの扉を開けた途端にボーンだ。最近の卵って怖いんだな」
「怖いのは父さんの常識だよっ。大体なんで玉子”焼き”なのに、レンジで温めようって発想が出てくるの!? フライパンを使おうって気はなかったのか!」
「真くん、おまえ、俺にそんなフライパンとかもたせたら、家が火事になってたかもしれないぞ?」
「クッキングヒーターでどうやったら火事になるんだよ!」

 一頻り父さんに罵倒の言葉を投げつけた僕は、再び台所に向かって渋々と掃除を始める。「俺も手伝おうか?」と父さんが顔を覗かせてくるけど、しっしと手で追い払う。余計に面倒が重なる。
 床や壁にこびりついた卵の黄身を雑巾で拭っていると、不意に炊飯器の中味も心配になってきた。米を炊くだけのことに、なにか不手際が起こるはずもない。そう自分に言い聞かせながら、一応、念のため、万が一のことを考えて、僕はそっと炊飯器の蓋を開けた。
 
「どうだ、ちゃんと炊けてるだろ? いやー、必死におまえがやってるの思い出して頑張ったんだよ。えらいだろ? ママレモンでいいんだよな、確か」

 柑橘系の洗剤の香りのする白米を見下ろして怒りに身を震わせていた僕の後ろで、父さんが「褒めて褒めて」などとほざきながら落ち着き無くぴょんぴょん飛び跳ね始めた。
 
「今日は俺頑張ったし、ちょっと豪勢なものが食いたいなあ。ハンバーグとかさ、な、いいだろ?」
「これでも食ってろ!」

 最早咎める言葉すら思いつかなくなった僕は、冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出して父さんの顔めがけて思い切りぶつけてやった。
 どこの世界に米を洗剤で洗う子持ちの男がいるか!
 

58:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/10(水) 18:30


 居間に父さんを追い返して、洗剤でダメになった米を捨てて新しく炊き直していると父さんのすすり泣くような声が聞こえてきた。

「母さん、俺達が今生の別れをしてから随分経つが……いつから真はあんな乱暴な子になったんだ?」
「まだ母さんは死んでねえよ勝手に殺すな!」

 魚肉ソーセージを片手に、テーブルの上に立てたピースサインをしている母さんの写真に向かって涙を流しながら語りかけていた父さんに濡らした布巾を投げつける。共働きで自分の仕事があるから、こっちについて来られなかっただけだろうが!
 
「そもそもまだこっちにきてから二ヶ月しか経ってないじゃん……」
「二ヶ月って俺にしてみれば長い時間なんだよ。それより真、おまえ、学校の方はどうなんだ? 父さん、息子の新しい学校での話が聞きたいなー。友達とか出来たか? まさかいじめられたりなんか……」
「してないっての。いいから座っててよ」

 一人で勝手に盛り上がって、テーブルに手をついて立ち上がりかけた父さんの目の前に鍋をどんと置いてやる。ぐつぐつと煮えている鍋を見た途端に、大人しくなって礼儀正しく座りなおした。
 
「うひょー! 今日は鍋だー! 真の愛に父さん感涙!」
「気持ち悪いこと言うな!」
 
 大体、鍋といっても刻んだ肉と野菜に豆腐を加えてすき焼きのタレで煮込んだだけの簡単なものである。もっとも、料理に疎い父さんはこれで喜んでくれのだけど。単純なやつだ。
 
「それで、実際どうなのよ? 楽しくやれてんのか?」
「まだその話を引っ張るか」
「だってお前、気になるだろ普通。息子の学校生活」

 そういって父さんは大量の肉を頬に詰め込みながら、箸を僕に向かって突きつけてくる。行儀が悪いからやめろと言ってるのに、この男のテーブルマナーは一向に直る兆しがみえやしない。
 
「まあ、退屈はしないよ。それが楽しいかどうかは別として」
「どうせ、オモシロおかしー輩に絡まれてんだろ? 俺ン代のときもそうだったからなあ、あの学校は」

 父さんもあの学校に通ってたのか? って、元々ここは父さんの故郷なんだから当然か。記憶のない僕にとっては、いま母さんが一人で暮らしているあの家が故郷みたいなもんなんだけど。

「で、ええと、誰だっけ。夏休みに仲良くなった子がいただろ? 名前は聞いてねえけど」
「ああ、北川くんと風見さんのこと?」

 思えば二人とも凄いインパクトのある出会いだったな。夏休み、あの二人に出会った日のことを思い出して、僕は苦笑しながら豆腐を口へと運ぶ。
 すると、父さんが間違って核ミサイルの発射ボタンでも押してしまったときのような顔をするのだ。

「な、なに」
「風見……?」
「うん。風見、知恵理さん。どうかしたの」
「……いや、なんでもね。珍しい苗字だなと思って」

 確かに珍しい苗字ではあるけれど、僕らだって人のことは言えないんじゃないだろうか。
 そういうと、父さんは「そりゃそうだ」と笑ってコップに残ったビールを飲み干した。
 それから、酔いのまわった父さんに、同好会を作らなければいけなくなったことと、同好会の入部をかけて木下先輩と体育祭で勝負をすることになったところまで喋らされた。
 体育祭か。運動は苦手っていうわけでもないけど、僕らのクラスそのものが勝たなければ意味がない。 
 今日の帰り道、北川くんも風見さんも勝つ気満々でいたけど、ひょっとするとうちのクラスには運動神経抜群の人が集まったりでもしているんだろうか。それならあの二人のあの自信も、得心がいくものに変わってくる。
 酔いつぶれてぐーぐーいびきを立てている父さんをソファに転がして、僕は使い物にならなくなった電子レンジを廃品回収用のビニール袋に詰め込んでから眠りについた。

59:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/10(水) 18:37

>>54
亀レスですが、応援いつも有難う御座います。
どこまで続くかわからないお話ですが、付き合っていただけるなら幸いです。

60:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/30(火) 20:01


 週明けの授業は、体育祭の参加種目を決めるためのロングホームルームから始まった。
 
「とくどーくんは知らないだろうけど、うちの学校の体育祭には球技の種目も含まれるんだ」
「要するに球技大会とゴッチャになってるんだね!」
「そう、とはいってもあまり種目の数を増やす訳にもいかないから、球技の種目は一つとされてる」
「今年の球技はズバリ……私の大好きなバスケットボールだね!」
「わかった?」

 このクラスに編入されてからまだ僅かしか経ってないけど、それでもすぐにわかったことがある。どうでもいいような僅かな火種で男女間での対立が起こり、そのつど世紀末のような争いが勃発し始めるということだ。
 しかしクラス委員であるこの男女のコンビは例外で、争うどころか驚くほどに仲が良い。クラス全体を巻き込んだ争いが起きようとも、この二人だけは何事もなく世間話をしていたりするのだ。
 そのたいへん仲睦まじい二人からピッタリと息の合った説明を受けた僕は、とりあえず頷いておいた。要するに、球技の種目が一つ追加されてること以外は、普通の体育祭となんら変わりはないってことか。
 でも、気になることが一つある。

「”今年の”……ってことは、毎年違う種目なの?」
「それねえ。うちの校長が気まぐれな人なんだよ。毎年違う種目を指定してくるみたいで」クラス委員の片割れの男があきれたように苦笑いする。
「因みに去年はゲートボールだったね!」
「うん。びっくりするほど盛り上がらなかったね、あれは」

 そりゃそうだ。一体どこの世界に好きこのんでゲートボールに精を出せる高校生がいるというのか。しかもあれ、簡単なように見えて実は変に複雑なルール設定があったりする。
 それから程なくして全ての競技の出場枠が埋まり、放課後には鳴海先生の指示でクラス対抗リレーの練習をすることになった。なんでも余所のクラスの先生と賭け事をしていて、負けた方が焼肉を奢らなきゃいけないらしい。本当にこの人は教師なんだろうか?
 でも、走る順番を決める際、足の速い人と遅い人のどっちを先に出していくかということで男女間に溝が生まれてそのまま対立。結局練習どころではなくなってしまった。
 挙句の果てにはドッヂボールでどちらが正しいかを競うことになった。何故かは僕にもわからない。
 その際、狙い済ましたかのように唸りをあげて顔面に飛んでくるボールにより、男子の半数が保健室へと運ばれていったのはまた別の話。

61:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/30(火) 20:03

「くっそ、まだ痛い」

 血で血を洗うようなドッヂボールが終わってからの帰り道。北川くんと二人で寄り道したファミレスで、ティッシュを鼻に詰め込んだ彼が怒りを露にしながらメロンソーダのストローに口をつけた。
 終末の夕方時ということもあってか、店内は学生たちでたいへん賑わっている。

「見たかよトクちゃん。チエちゃんが俺にボールをぶつけるときの、あの目!」
「人を殺すときの顔だったよね」
「マジ許さんぞチエちゃん」

 外野とのパスワークに翻弄され、尻餅をついてしまった北川くんの顔面に渾身の力でボールをぶつけたのは、他ならぬ風見さんだった。盛大に綺麗な血の花を顔に咲かせた北川くんは、そのまま保健室送りにされてしまったのだ。
 よく見れば、ボールの後がまだうっすらと彼の頬に残っているのがわかる。
 
「嗚呼、体育祭までもうそんなに時間ないのに、何やってんだろ」
「言うなトクちゃん。これはうちのクラスの宿命なんだ。どんな些細なことであろうと決着は絶対につけなきゃいけない」
「なにそのこだわり。木下先輩との勝負もあるんだから、クラス内でもめあってる場合じゃないじゃん……」

 そう僕が呆れ気味に呟いたところでウェイトレスがやってきて、注文しておいたポテトとケチャップを乗せたお皿をテーブルの上に置いた。
 腰を折って、僕の顔を覗き込んでくる。

「お待たせいたしました〜。私のことをお呼びか、転校生くん」

 ウェイトレスは木下先輩だった。

「えええええええっ?」

 驚きのあまり思わず大声を上げて立ち上がってしまった。
 北川くんは動じた様子もなく、ヒラヒラと木下先輩に向かって手を振っている。
 
「おう、先輩。今日も手伝い?」
「うん。ほんとはオフのはずだったんだけど、今日客多いじゃん? だからしょうがなくさあ」

 テーブルに備え付けられている伝票ホルダーに丸めた伝票を詰め込んで、木下先輩は物憂げにため息をつく。

「ご苦労さんだなあ。……どうした、トクちゃん。なに突っ立ってんだ」
「え、だって、えええ? あの、木下先輩の両親が経営してるファミレスっていうのはひょっとして」
「そうだよ、ここが私のお店」にこりと木下先輩が胸に手を当てて微笑む。
「いや先輩のではねえだろ」
「将来私が後を継げば、私のものになるんだ。間違ってはいない」
「なに、先輩ここ継ぐの? 卒業してからどっか出て行ったりしないんだ」
「そうだよ、この町好きだもん。北川くんも好きだろぅ?」
「フツー」

62:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/30(火) 20:04

 木下先輩と北川くんの二人が暢気に世間話をしているのをみて段々と冷静になってきた僕は、漸く店中の客から奇異の視線を向けられていることに気付いた。ごめんなさい、マナー違反でしたね。
 席に座りなおして木下先輩の方を見ると、以前屋上で見せて貰ったフリル仕立てのウェイトレス姿だった。うわあ、実際に人が着てるところを見ると、周囲の空気から凄く浮くのがわかる。負けたらこれを着て接客しなきゃいけないのか……。
 僕の視線に気付いた木下先輩が、スカートの裾をつまんでその場でくるりと一回りする。

「可愛いだろぅ?」
「はあ」
「楽しみだなあ。転校生くんと北川くんがこれを着るところを想像すると、ニヤけてしまうよ。二人とも私と同じくらいの身長だし、きっと似合うだろうね」

 目を瞑って僕と北川くんのウェイトレス姿を妄想したのか、頬に手を当てて一人でいやんいやんと体をくねらせて珍妙な動きをし始める木下先輩。
 北川くんはそれを見て、自信満々な様子でフンと鼻を鳴らした。

「ま、どうせ勝つのは俺達のクラスだけどな」
「ほう? 大層な自信だね北川くん」

 二人の視線が交わる。その真ん中で今にも火花が飛び散りそうだ。
 しかしそこで木下先輩の後ろからしかめっ面をしたコック姿の男がやってきて、彼女のポニーテールを後ろから思い切り引っ掴んだ。
 グキっと嫌な音がして木下先輩の体が後ろに反り返る。

「ぐえ。なーにすんのさ!」
「うるせえばかやろう、ダラダラ喋ってんじゃねえ。さっさと仕事しろ注文溜まってんだよ」
「あ、ちょおまってまってそこは駄目、そこ引っ張るの駄目イタタタタタはげるはげちゃう」

 涙目になっている木下先輩の抗議の言葉にもコックは一切聞く耳持たず、そのままポニーテールを引っ張ってあっという間に店の奥へと彼女を連行していった。
 暫し呆気に取られて沈黙する僕と北川くん。
 少ししてから、ポテトをケチャップにつけて口に咥えながら北川くんがポツりと呟いた。

「……あれ先輩のお父さんな」
「怖そうな人だね」

 それから二人でポテトを平らげて解散した。途中で北川くんと別れる頃には、もうすっかり空は暗くなってしまっていた。
 そういえば、今日の晩御飯はどうしようか。っていうか、父さんがまた余計なことをしていないか心配だ。一応、目に付く位置にカップラーメンを複数置いてから家を出たけど、それでも不安である。
 なるべく急いで帰ろうと僕が歩く足を早めて角を曲がると、そこで立ち尽くしていた人の背中に思い切りぶつかってしまった。

63:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/30(火) 20:05

「いヤーっ!?」
「わわわごめんなさい大丈夫ですか……って、風見さん?」

 叫び声をあげたかと思うと、次の瞬間にはヘナヘナと道路の上に崩れたその人は風見さんだった。街路灯に照らし出されていて、まるで舞台上でスポットライトを当てられた悲劇のヒロインみたいだ。

「びっくりしたよぉぉぉ」
「ごめん……立てる?」

 顔面蒼白になって震え上がっている風見さんに手を差し伸ばす。その手を取って立ち上がると、スカートについた土ぼこりを手で払うと何事も無かったかのように振舞い始めた。

「とくどうくんじゃんこんばんわー!」
「棒読みになってるよ風見さん」
「…………」黙ってしまった。
「それで、どうしたの?」
「……徳堂くんの家探してたら迷っちゃってさー」
「え、何かうちに用があったの?」
「あのね。これ、鳴海先生から渡すように言われてて」 

 そういって風見さんが差し出してきたのは一枚のプリントだった。

「なんのプリント?」
「十月に文化祭があるから、そのお知らせ。みんなはもう夏休み前に貰ってるんだけど、徳堂くんが来たのは八月からじゃん?」
「ああそっかなるほど。ありがとうね、家の方向違うのにわざわざ」
「いえいえ。お気にせず。そういえば、真くんの家ってこの近くなんだよね?」
「うん、ていうかここから見えるよ。ええとね、この道を真っ直ぐいったところに、茶色い屋根の家があって…………ん?」
 
 僕が自宅の方に向けてゆびを指し示していると、僕の家の前に人影が佇んでいるのが見えた。その人影が蠢いてこちらに振り向いたかと思うと、一直線に駆けてくる。
 近づいてくるにつれて、段々と人影の正体がわかってくる。今にもコロリと死んでしまいそうな程に、やつれた顔のヒゲ親父だった。
 ていうか父さんだ。

「まぁこぉとぉぉぉ」
「ぎゃあー! 不審者だー!」風見さんの体がビクリと跳ね上がる。
「違うよ風見さん、どこからどうみても不審者だけど、かすってるけど不審者ではないんだよアレは」

 僕らのところに駆け寄ってくる父さんから隠れるように、風見さんが僕の背後へと回る。何しにきたんだよ、風見さんがビックリしてるだろ。

「おまえが帰って来るのを外で待ってたんだよ。そしたらおまえがその子と仲良くしてるのが見えたもんだから思わず走ってきちまった。俺は腹空かして死んじまいそうなのによ。早く飯作ってくれよ」
「死ぬなら僕が一人で生きていけるほど貯蓄してからにしてよね」
「つめてっ! 真くんつめてえなあおーい!!」
「ちょ、ごめん、静かにしてくれない? 近所迷惑だし風見さんが怖がってる」

64:全自動SS投下機械 ◆Z0k2:2010/11/30(火) 20:05

僕の肩越しに、僕と父さんのやり取りを見ていた風見さんは今にもどこかに走って逃げていってしまいそうである。
 そりゃそうだよね。夜道にこんな人相の見知らぬオッサンが駆け寄ってきたら誰だって怖がっちゃうよね。身内である僕ですら逃げようかと思ったもん。

「おい真すげー失礼なこと考えてるだろ、今」
「うるさいなあ。で、どうしたの。わざわざ走ってきたりしてさ」
「話聞けよお! 早く飯作ってくださいよお!」

 夜の道端で涙目になりながら地団駄を踏む子持ちのヒゲ親父って、赤の他人の目には一体どんな風に映るんだろうか。人通りが無くて本当に良かった。
 
「あ、あ、あのおー」僕の後ろで震えていた風見さんが、ようやく声を発した。
「んんん。……可愛いじゃねえかオイいつから真くんはこんな可愛い女子高生の友達を持つようになったんだよ!」
「共学だし別に女子高生の友達がいたって不思議じゃないだろ!」

 父さんの戯言につっこんでいると、背中をくいくいと風見さんに引っ張られた。それから僕の背中から出てきて、父さんに向かって軽く会釈。

「こ、こんばんは、初めまして。徳堂くんのクラスメイトの風見です。お父さんですか?」
「…………ああ、はじめまして。真の夫ですヨロシク」
「何いってんのこのヒゲ親父」
「いやだってもうおまえ俺の妻みたいなもんだろ。飯から掃除から洗濯からモーニングコールまでしてくれてさあ」
「え……徳堂くん……?」
「うわあああああああ色々と誤解だからね風見さん!」

 だからそんな顔しないで! 女子の引いた顔こわい!
 それから風見さんにこれが僕の父さんであることと、都合によって母さんが現在家にいないので僕が家事全般を引き受けてることを必死に説明して、なんとか納得してもらうのに随分と時間を浪費してしまった。話の合間合間に父さんが更なる誤解を生むような茶々を入れてくるからだ。飯抜きにしてやろうか。
 
「ええと、風見さん時間大丈夫? 流石にもう帰らないとまずいんじゃないの?」

 もう既に時計の針は二十時を少し過ぎている。いくらなんでも、年頃の娘がこの時間まで帰ってこなければ親御さんも心配するんじゃないだろうか。

「うわ本当だ。もっとはやめ帰るつもりだったのに」
「おう真、送っていってあげなさい」
「ええっ。やだ、悪いですよそんな」チラと風見さんが僕の方を見てくる。
「いや、事情は知らんがわざわざここまで来て貰った上に、こんな遅くまで引き止めちまったんだ。頼りないけどボディガード代わりに使ってやってくれ」
「頼りない言うな。そもそも引き止める原因を作ったのは父さんだからな。……まあでも、本当、送ってくよ? 父さんの言う通り、ここまで来てもらった上に夜道を一人で帰らせるのは気が引けるし」

 ていうかここで送っていかなかったら普通に駄目だろ、人として。

「うーん。それじゃ、お願いしてもいいですか」
「ああ。気をつけて帰りなさい。ほら真さっさと送ってあげなさい」
「なんでそんな上から目線なんだこのヒゲは。ほらいこ、風見さん」
「あ、うん。それじゃ、失礼します、おじさん」
「俺……可愛い女子高生におじさんって言われるの夢だったんだよね」
「ほら早く行くよ風見さん!!」

 感無量といった様子で目頭を押さえている父さんから逃げるように、僕は風見さんの背中を押してさっさとその場を離れた。
 ――いや、事情は知らんがわざわざここまで来て貰った上に、こんな遅くまで引き止めちまったんだ。
 ……あれ? 父さん、風見さんの家知ってたっけ。僕も大体の場所しか知らないのに。
 ここのところ、家では風見さんの話題で持ちきりだったから、僕が覚えてないだけで話してたのかな。
 風見さんの背中を押しながらそんなことを考えていると、風見さんが途中から体重を僕に預けて楽をしているということに中々気付けないでいた。
 

65:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/11/30(火) 20:08

>>61-64
になります。
会話分が増えて改行が目立つようになってきました。
描写と会話のバランスって大変ですね。

66:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/11/30(火) 20:11

劇中に風見さんが徳堂くんのことを「真くん」って呼んでる部分が一箇所あります。
どこかわかるかな!      ごめんなさい普通にミスです。

67:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/11/30(火) 20:15

うわああああ更にミスが重なったあああ。
>>65>>61-64とありますが正確には

>>60-64
になります。
人間寒いと駄目になるんです。本当だよ。

68:全自動SS投下機械 ◆Z0k2 hoge:2010/11/30(火) 20:24

本文と関係ない文章でレスを埋めるのは本来好きではありませんが……
今回本当に色々と矛盾していたり支離滅裂な文章や、誤字脱字が多いです。
見ている方もそんなに居ないでしょうが、なるべく広い目で見てもらえると幸いです。


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