群星伝

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1:全自動不良品:2011/07/27(水) 23:03

アメ氏と不良品による半リレー形式スレッドです。

互いに厨2病を患っていますが、気合いをいれて張っていこうと思います。
それでは、よーいどん。

2:不良品:2011/07/27(水) 23:32

さあ、と夜風が草原を滑るように抜けていく。その風に髪をあおられた少女は、視界を塞ぐ前髪を鬱陶しそうにかきわけて、顔をあげた。
視界を埋めつくす、無数の瞬き。宝石箱をひっくり返したかのような、満天の空。小さな咳を吐き出しながら、少女は肩に担いだ天体望遠鏡をその場に下ろし、三脚を開いた。

折り畳み式の椅子に腰掛けてレンズのピントを合わせている彼女の耳を、虫の音がくすぐる。
足下からわきあがってくるオーケストラのような響きが、体を足から侵食していくような感覚が、彼女は存外に好きだった。

「さてと」

全ての調整を終えた彼女の顔は、餌を前にしておあずけをされている犬のようにだらしなく歪んでいた。もう我慢できない、という風に鼻を鳴らして、そっと望遠鏡を覗きこむ。

天体観測。それが生まれつき体の弱い彼女を支える、より所の一つだった。絶え間なく輝き続ける星の光は、病に苛まれて弱気に生きる彼女を病的なまでに魅了し、普段あまり笑みを他人に見せることのない彼女が、自然に笑みを浮かべられる数少ない場所となった。

だが、この日彼女は初めて困惑の表情を浮かべることになる。

「なに、あれ」

彼女の目と望遠鏡のレンズが捉えたのは、まがまがしいまでに鈍い赤色にぎらつく星。長いこと星を眺め続けてきた彼女でさえも、初めて見る星だった。

「……こわい」

寒気が足元からはい上がってくる。
何故だろうか、あの星を見ていると、とてつもない不安が押し寄せてくる。きっと、なにかよくないことが起きる。
少女は、なんの根拠もない予感を抱く。だが、その予感は最悪の形で的中することになる。
それも、そう遠くない未来に。

3:不良品:2011/07/28(木) 00:32

異様な緊迫感に静まり帰った部屋の中で、一人の少女が窓から覗ける眼下の光景をじっと眺めていた。

「……なんてこと」

マイラ・アドニクル。
十四歳という、デネブ公国史上でも異例の若さで王女の席へと座することを許された、規格外の存在。
その彼女の幼さの抜け切らぬ顔つきに似合わぬ、醒めた瞳が映すのは、公都に次々と流れこんでくる黒の濁流。そして、城をぐるりと完全に包囲する、黒装束に身を包んだ敵兵の姿。
敵兵が掲げたるは、髑髏の紋章。領内で起きた反乱に寄って、他国侵略を断念した筈のベガ帝国軍の戦旗であった。


ベガ帝国――
大陸東部の大半を勢力下に置くこの大国は、新しき皇帝ガマリス・ゲーティアの即位と共にそれまでの古き皮を脱ぎ捨てて、その有り余る力を外部に向けようとしていた。

すなわち、侵略である。

これを憂慮したデネブ公国は国境地帯に自衛軍隊を配備。長年に渡り、一進一退の睨み合いを続けてきた。しかし相手は大陸のおよそ半分を支配する大国。一見拮抗状態に見える戦況も、いつ瓦解するかもわからない。……まさに予断を許さない状況であった。

しかし数ヶ月前、帝国領内で駆逐したはずの旧貴族階級や豪族による反乱が各地で勃発したとの報せが飛び交った。これにより帝国内部に不穏な空気が蔓延するようになる。
そしてガマリス・ゲーティアが内情の安定を優先し、他国侵略を見送るという情報が届くと共に、国境付近に展開していた帝国軍もその姿を消した。
これにより、デネブ公国内に安堵の空気が流れ、長年続いてきた戦時体制も解除することになった。

帝国によるデネブ公国侵攻が開始したのは、まさにその直後だった。

帝国軍の電撃侵攻は戦時体制を解除したばかりで弛緩しきっていたデネブ公国の国境警備隊を粉砕し、一気に公国領内へと侵入。完全に不意をつかれたデネブ公国は、帝国軍特殊快速部隊による公都包囲を許していた。

「……わたくしの責任ですね」

嘆きを孕んだ声音。唇を噛み締めるようにして、マイラは悔恨の表情を作っていた。


4:アメ ◆kvG6:2011/07/29(金) 16:50

マイラは部屋を飛び出し、急いで城の門へと向かった。
たどり着くとそこには重傷を負った国境警備隊の者達の姿、
自分が戦時体制を解除しなければこんなことにはならなかったと責めたくなるマイラであったが、
今はそれどころではない。

デネブ公国の王女として、この緊急事態を収捨しなければならない。

「マイラ様!?」

突然背後から声をかけられ振り向くマイラ。
声の主は美青年と呼ぶに相応しい容姿の、
魔法騎士団の隊長であるシェリエル・ファルミーであった。

王女であるマイラが何故こんなところにいるのか不思議に思うシェリエル。
そんなシェリエルの思考を読み取ったのか、マイラが口を開いた。

「今回の件は全てわたくしに責任があるというのに黙って見ている訳にはいきません。
シェリエル。今の状況を教えてください。」

全て王女に責任があるわけではないと思いつつも、
シェリエルは姿勢を正し現状をマイラに説明する。

「現在べガ帝国からの進撃を食い止めるために魔法騎士団ー番隊とニ番隊、
そして幻術騎士団が応戦しております。
しかし相手の兵士があまりにも多いため、かなり危機的状況です。」

“危機的状況“

その言葉を聞きマイラは顔をしかめた。
城に残っている兵士をべガ帝国との応戦に向かわせようと思ったが、
ふと国民達のことが頭によぎった。

きっと怯えているだろう。

そう思ったマイラはまず国民の安全を優先することにした。
深呼吸をし、心を落ち着かせ、シェリエルに指示を出す。

「もしもの時のために国民を城へ避難させましょう。
三番隊は城で待機させ、他の兵は国民を城へと誘導させて下さい。」

「了解いたしました。」

シェリエルはマイラに敬礼し、兵士達の元へと急いだ。

@

5:不良品:2011/07/29(金) 18:29


「国民の避難誘導……か」

絹のようにさらりと流れるブロンドの髪を掻き乱して、シェリエル・ファルミーは唇を強く噛み締めた。

国境警備隊を根こそぎ蹴散らし疾風のごとくデネブ公国領内を駆け抜け、瞬く間に公都制圧を果たした帝国軍特殊快速先遣部隊、その数――約四○○○。
彼らは今まさにこの瞬間にも、城門を突破しようと猛威を奮っている。

対して、長期に渡って維持すると、なにかと経済的に不都合の生まれる戦時体制を解除したばかりであったデネブ国内には、一時的にだが兵力が存在していなかったのだ。公都を守護するべきはずの存在である、シェリエル・ファルミー率いる魔法騎士団もその半数以上が公都を離れており、包囲されている城内には約一○○○の兵がいるのみであった。

絶対的な兵力差に加え、不意をつかれたことによる士気の差。
こうして城門を維持するだけで精一杯なのだ。正直なところ、民草の避難誘導にまで人員を割いている余裕などない。

シェリエルは、先ほどのマイラの悔恨に満ちた表情を脳裏に浮かべ、拳を握り締めた。
元々、軍事情報を統括しているのは自分だ。その自分が帝国の流した内情不安の情報を鵜呑みにし、その真偽も確かめることなく戦時体制解除の申請を提示したゆえに、今の状況がある。

女王陛下は自らに責があるとおっしゃられたが、それは違う。すべての責任はこの僕にある。……ならば。

とある決意を固めたシェリエルは握り締めた拳を壁に叩きつけると、城門へと向かった。
辿り着くと、そこには押し寄せる黒い濁流を決死の覚悟で食い止めている公国兵の姿があった。

「みな、前を開けいッ!!」

怒号や剣戟の音が奏でる戦場音楽を切り裂いて、シェリエルの声がびりびりと響く。兵たちが振り替えると、シェリエルが両手に魔力を集中させ、今まさに魔術を発動させようとしていた。

幕を引くようにして、城門を塞いでいた公国兵の人海が二つに割れる。その瞬間、城門から傾れ込んでくる帝国兵。彼らは手柄を手にせんと、剣を構えて一斉にシェリエルへと無策にも飛び掛かり――

「――愚かな」

シェリエルが前にかざした両手から瀑布のごとく溢れだした水の波に飲み込まれ、そのまま城の外へと押し流されていった。
一時的に帝国兵の勢いが止まる。その怯みを見逃さず、第二の術を起動させながらシェリエルが叫んだ。

「閉門! ぐずぐずするな、急げ!」

閉まりゆく門を見て慌てて飛び掛かってくる帝国兵を再び術で押し流し……腹に響くような重たい音と共に、門は閉ざされた。

深――と満ちた静寂の中、一人の女性がシェリエルに駆け寄る。魔法騎士団副隊長を務めるユイ・マルリエトであった。

「よろしいのですか?」

「女王陛下が失われることだけはあってはならない。責任はすべて僕が持つ。……陛下のところへ向かおう」

「……わかりました」

震える肩。握り締められた拳。そしてその形相をみて、これが苦渋の決断であること悟ったユイは、それ以上なにも言わずに兵を率いて引き上げていった。

6:不良品:2011/07/29(金) 19:57


「――陛下」

自室にてシェリエルの報告を待っていたマイラは、その声に伏せていた顔をぱっと上げた。ドアの前に佇むシェリエルへと駆け寄ろうとするが、彼の表情に不穏な気配を感じ取り、足を止める。

「どうしたのです、シェリエル。避難誘導は終わったのですか?」

「……陛下、ついてきてください」

マイラの質問に答えず、シェリエルは踵を返した。彼のその背中に、口答えを許さない鬼気迫るものを覚えたマイラは、黙って彼の後を追った。

通されたのは、巨大な円卓が一つ置かれているだけの、質素ではあるがやけにだだっ広い会議室。そこにいる面々を見て、マイラは息を呑んだ。

幻術騎士団隊長兼、魔術軍隊戦術指導委員会代表――コウ・メリハトス。

公国魔法技術開発局長――ミオラ・シャルレット。

魔法騎士団副隊長――ユイ・マルリエト。

魔法騎士団上級兵長――サリー・メイプル。

魔法騎士団隊長兼、公国軍務統合最高司令官――シェリエル・ファルミー。

それぞれが公国に根をはる各部所を纏める重役にして、公国を支えている生命線。その面々が集められていることの意味。それをなんとなく把握したマイラは、恐る恐るシェリエルに声をかける。

「シェリエル……あなた、まさか……」

「――ええ。もうじき帝国兵もここまで傾れ込んでくる。さっさと逃げましょう。座して死を待つなんて、ぼくは御免です」

シェリエルの代わりに、壁にもたれかかって腕を組んでいたコウ・メリハトスが無尊な態度で答えた。その眼鏡のレンズの奥で針のように細められた目は、諦めと呆れを宿していた。
その言葉を聞いた瞬間、マイラの顔がかあっと激情の色に染まる。

「国民を捨てて、私達だけで逃げおおせようと言うのですかッ!?」

普段の彼女からは想像もつかないような、怒りを孕んだ声が会議室に響いた。

「シェリエル……! 貴方、これはどういうことですか……!」

「なれば、お訊ねします、陛下」

有史以来、マイラ・アドニクルが初めて見せる明らかな怒りの形相にも怯まずに、シェリエルは一歩前に出る。

「国民を助けた結果、陛下が討ち取られるようなことがあれば、この国は終わりです」

「だからと言って――」

「――陛下!!」

更になにかを喚きたてようとしたマイラの体を、シェリエルの一喝が叩いた。びくり、とマイラの体が跳ね上がる。

「国民を助けたとして、そこに陛下がいなければ意味がないのです。どうか、ご理解ください」

シェリエルの噛み締められた唇から一筋の血が流れているのを見て、マイラははっとした。
シェリエル・ファルミーという男は、この決断を安易に下したわけではない。悩み、悔やみ、迷い……そして誰よりも彼自身が、己が下した決断に憤りを覚えているのだ。

激情に染まった頭がすっと醒めていくのを感じながら、マイラは感情にとらわれた自分を恥じるように目を伏せた。

「……それで、これからどうするのです」

7:不良品:2011/07/29(金) 21:32


逃げの一手を打つとはいえ、帝国との戦いを諦めたわけではない。ならば、彼女ら女王一行はどこかに身を置き、態勢を整える必要がある。

「――シャルレット公爵家を頼りましょう」

シェリエルの傍らで直立不動の姿勢を保っていたユイ・マルリエトが淡々と口を開いた。

「シャルレット公爵家ですか……確かに、ほかに道はありませんね」

マイラは納得したように頷いて見せる。
シャルレット公爵家――ただの一貴族でありながら大規模の私設軍隊を有し、先代デネブ国王と古くから交友関係を築いてきた名家である。
現在でも、ミオラ・シャルレットの父親であり現当主であるキオラ・シャルレットとの個人的な繋がりがあり、幼いマイラはよく氏からの援助を受けていた。

「これまで世話になったキオラさんにご迷惑をかけるなど、ほんとうはあってはならないのですが……」

「大丈夫ですよ。お父さんはそんな小さなこと、気にしません」

己の不甲斐なさに肩を震わせるマイラの手を取ったミオラ・シャルレットは、優しく諭すように言った。キオラ・シャルレットの娘である彼女は、誰よりも自分の父親が大きく、そして立派な人物であることを知っている。
その自信に満ちた声音に、マイラの表情が安らぎに満ち、長いまつ毛が伏せられる。
そして次に目を開けたとき、彼女の瞳は強い決意の火を宿していた。

「……城の裏手の森に出る抜け道があります。そこから逃げましょう」

「待って。ただ逃げても、すぐに帝国兵に追い付かれちゃうよ」

それまで押し黙り、事態のなりゆきを見守っていたサリー・メイプルが口を挟んだ。

「ならば誰かがここに残り、敵を足止めするしかないだろう」

きっとサリーの吊り上がった目がコウ・メリハトスを睨む。有能であるがゆえに性格がねじまがっているコウのことを毛嫌いする人間は多く、サリーもまたその一人であった。

「じゃあ、誰が残るっていうのよ?」

「僕が残ろう」

サリーのコウに向ける刺々しい視線を遮るように、シェリエルが前に立った。

「元はと言えば僕の不手際が起こしたことだ。僕が残るのが当然だ――」

そこまで言って、突然シェリエルの目が白目を向き、そのまま膝から床に倒れこんだ。
突然の事態に唖然としていたマイラたちだったが、すぐに倒れこむ彼に駆け寄った。

「シェリエル! どうしたのです!」

「――軍の最高司令官である貴様が残ってどうする。誰が軍を立て直すと思ってるんだ」

コウの切り付けるようなするどい声が、既に完全に意識を失っているシェリエルに降り注ぐ。彼の手にはまだ魔術起動の余韻が残っており、どうやら彼が得意とする幻術によって、シェリエルの意識が奪われたことが見て取れた。

「あんた……」

「さっさとそいつを連れて行け」

なにか信じられないものを見るようなサリーの視線から露骨に目を背け、コウは淡々と続ける。

8:不良品:2011/07/29(金) 22:08

「この城にはこういう事態を見越して、そこのミオラ局長に大量のトラップを作らせてある……その全てが僕の意のままになるようにな。わかったらさっさと行け」

未だ困惑を隠せないでいたサリーも、ついにはコウの剣幕に押されて、シェリエルを肩に担いで、マイラと共に部屋を出ていった。
最後に残ったミオラがなにか言いたげにこちらを見ている。相手をするのが面倒なので無視していると、

「……絶対、あとで合流してくださいね」

それだけ言い残して、ぱたぱたとサリーたちの後を追って部屋を出ていった。
誰もいなくなった会議室に一人取り残されたコウ・メリハトスは、憂鬱そうにため息をつき、天井を仰いだ。

まったく、こんなのガラじゃないんだがな。

彼が自嘲の笑みを浮かべていると、部屋の向こうから慌ただしい足音と共に、複数の怒号が響いてきた。どうやら城門が突破されたらしい。
黒装束の帝国兵はこちらを見つけるや否や、武器を手にして躍りかかってきた。

「その首、貰い受け……ッ!?」

から竹に振り落とされた長剣の一撃。しかしそれはコウの体を擦り抜けて、ただ床を抉っただけだった。
驚愕に見開かれる瞳。返す刀で剣を逆袈裟に振り上げるが、それもコウの体を切り裂くことはできない。

「……ふん、馬鹿どもめ」

なんの感情も籠もってない、淡々としたコウの声。それと共に、彼の体が透明味を帯びて煙のごとく消えていく。
まるで、幻でもみていたかのように。

その次の瞬間、会議室全体を炎が包んだ。目の前の不可思議な現象に困惑する暇もなく、コウに群がっていた帝国兵十数人が壁に叩きつけられ絶命した。
手始めにコウが起動したのは、床下に埋め込まれた魔術式トラップだった。起動と共に魔力を詰め込んだ球体が床から打ち出され、中空で爆発を起こす代物である。

そしてその爆発が惨劇の号令だったとでも言うように、城中で一斉に炸裂音が響いた。その音に交わる、帝国兵の悲鳴。

「……ここはもうぼくの掌の上だ。この『霞』、そう易々と捕えられるなどと、ゆめゆめ思わぬことだな」

再びコウが姿を現した時、その顔には玩具を与えられた幼児のような無邪気な笑みが浮かべられていた。

コウ・メリハトス――『霞』の異名を持ち、野戦・籠城戦など、不正規戦のエキスパートである彼の実力の程を、帝国兵はこの城内で嫌と言うほど思い知らされることになる。

9:アメ ◆kvG6:2011/08/01(月) 22:26

コウが帝国兵の足止めをしている頃、
マイラ達はシャルレット公爵家へと向かうべく森の中を走っていた。
時折城から爆発音や微かな悲鳴が聴こえる度に
マイラやミオラは城の方を振り返り心配そうな顔をする。

コウの実力がどれほど凄いのかは知っている。
しかし、あれほどの数の兵をー人で相手をするのは、
たとえ「霞」の異名を持つコウであっても厳しい筈だ。
だが今は進むしかない。
コウを信じて。

10:アメ ◆kvG6:2011/08/01(月) 23:04

「ハァ…ッ……ハァ……ッ」

森の中を半分ほど進んだくらいだろうか、
一番後ろを走っているミオラの息が激しく乱れてきていることにサリーは気付いた。
ミオラに体力がないということは、
幼なじみであるサリーがこの中で一番よく知っている。
サリーはミオラの体を気遣い、皆に声をかけた。

「少し休憩しない?」

足をピタリと止め、マイラとユイはニ人の方へと振り返る。
息一つ乱していないユイは、ミオラの苦しそうな表情を見る。

「そうですね…少し休みましょう。」

「ありがとうございます…っ」

息を切らしながらもミオラは三人にお礼を言い、座るくらいに丁度いい大きさの岩に腰を降ろす。

「ミオちゃん大丈夫…?」

生れつき体の弱い彼女にとって、ここまでの距離は相当辛かった筈だ。
よく耐えたと思いながらサリーは
呼吸が不安定なミオラの背中をさすってあげる。

「はい…少し苦しいですけどなんともありません。
それより………」

サリーから、今だに気を失っているシェリエルヘと視線を移すミオラ。
どうやらかなり強めの術をかけられたようで、ピクリとも動かない。
少しやり過ぎなのではと思ったが、
もしシェリエルがここで目を覚ましたら城へ戻ると言いだしかねない。
ある意味強めの術をかけて正しかったのかもしれないとミオラは思った。

「……ったく…もっとまともに出来ないのかしらね……。
こんな強引に術をかけるなんて……」

サリーが呆れたようにそう呟く。

       ガ  サ ッ…

「!!?」

突然背後の林から何かが動く音が聴こえ、咄嗟に見構える。
恐る恐る音がした方へ近づくサリー。
しかしそこにいたのは………

「あれ?サリー?」

キョトンとした表情でこちらを見ながらサリーの名を口にする銀髪の青年。

「り………リオ………?」

見覚えのある顔に呆然とするサリー。
そう、彼はサリーの幼なじみでありミオラ・シャルレットの兄でもある……

リオラ・シャルレットであった。

@

11:不良品:2011/08/02(火) 13:49


なによりサリーが驚いたことは、リオラ・シャルレットの出現そのものではなく、彼の取っていた姿勢にあった。樹の枝に膝を引っ掛けてぶら下がり、逆さ釣りになっていたのだ。なんともシュールな光景である。

「なにしてるんだよ、こんなところで」

「いや……あんたこそなにやってんの……?」

あまりの目を疑うような光景に、サリーの肩が疲れ果てたようにがっくりと落ちる。

「決まってるだろ、トレーニングだよ。ほらこうやって」

リオラはそう言うと、短い呼気と共に釣り下がった上体を腹筋運動で持ち上げ始める。それを見たサリーは立ちくらみのようなもの覚え、頭を抱えて隣の樹に寄り添った。
この幼なじみは身体を鍛えることをなによりの趣味としており、彼女もそれを十分に承知している。してはいるのだが、時と場合を考えろというのが正直な感想だった。

「この国家の存亡がかかった緊急事態に、リオ……あんたってやつは……」

「……緊急事態ってなんだそれ。どういうことだよ?」

リオラが帝国による公国侵攻の報を知らぬのも無理はなかった。公都への侵入を許してしまった時点で、初めて帝国の侵攻開始に気付いたのだ。とても領内に遣いを出せるような状況ではなく、またリオラ自身が戦時体制解除に伴い、公爵家へと一時的に帰還していたことも起因する。

サリーからこれまでの経緯を聞かされたリオラの顔が、蒼白に染まった。

「オレがいない間に、そんなことになってたなんてな。トレーニングに励んでる間にお国は滅亡寸前でした……笑えねえ」

枝にぶら下がった状態から一回転して飛び降り、険しい面差しを持ち上げる。なるほど確かにサリーの顔には、これまで見たことがないほどの悲壮感と疲労が浮かんでいる。どうやら質の悪い冗談の類などではないらしい。

「それで、うちを頼ろうってわけか」

「そうね。悔しいけど、今のあたし達にはシャルレット公爵家を……キオラおじさんを頼る以外に道がないの……」

「親父は伊達や酔狂で公国家を支援してるわけじゃないんだ。喜んで助けてくれるさ」

リオラのその、なんの保証もない無責任なまでに自信たっぷりの口振り。普段なら呆れて軽く聞き流すサリーだが、この状況下ではそれがなによりも頼りに感じられた。

「……そうね。ありがと、リオ」

「おうよ。……それで、他の奴らは? おまえ一人ってわけじゃないんだろ?」

「もちろんよ。こっち、ついてきて」

踵を返したサリーは、ふと歩きながらなにかを思い出す。はて、このリオラ・シャルレットという男にはなにか危惧せねばならないものがあったような気がする。
それは普段ならば真っ先に辿り着く答えなのだが、今の彼女は自分が思う以上にパニックに陥っていた。
帝国侵攻、抜け道からの脱出劇、森の中で筋トレをしていた幼なじみ。これらが断続的に訪れたとあれば、またそれも仕方ないことだといえよう。

12:不良品:2011/08/02(火) 14:58


「サリーさん! 大丈夫でしたか!」

茂みをかきわけて戻ってきたサリーに、安堵の表情を浮かべたマイラがしがみつくようにして抱きついた。そのマイラの薄紫の長髪を梳かすようにサリーの手が愛撫する。

「平気よ、マイラちゃん。……すみません、副隊長。指示も仰がずに勝手に動いて」

「問題ありません。あなたが誰よリも慎重であることは理解しています。そこのお馬鹿さんとは違い、ね」

サリーの萎縮するような眼差しに優しげな微笑みを返したユイ・マルリエトは、皮肉たっぷりにサリーの背後に立っていたリオラに向かって言ってやる。

「相変わらず手厳しいっすね……副隊長は」

ぬい、とサリーの背後から前に出てきたリオラは、ばつの悪そうな笑みを浮かべた。
彼の存在に気付いたマイラが、驚いたように彼の顔を見上げる。

「リオラさん! どうしてあなたがここに……?」

「この馬鹿、茂みの向こうで筋トレしてやがったのよ……気楽なもんよね」リオラの代わりにサリーが呆れたようにため息をつく。

「それほどでもないぞ」

「褒めてないわよ、馬鹿ね」

誇らしげにふんぞり返る馬鹿に、刺すようなジト目を容赦なく向けるサリー。しかしリオラはそんなものなどまるで意に介さず、キョロキョロと辺りを見回し始めた。まるでなにかを探すように……

それを見た瞬間、サリーの脳裏に落雷の如き予感が降りてきた。
リオラの視線が、先ほど彼女が感じた“危惧せねばならないもの”を探していたからだ。

「お兄ちゃん」

ぽつり、と漏らされる少女の声。ユイの傍らで石に腰掛けていたミオラ・シャルレットの小さな呟きは、確かにリオラの耳に届き――

「ミオ」

「……お兄ちゃんだ!」

二人の兄妹の視線は交錯する。そしてわなわなと震えるリオラの肩。
それを傍から見ていたサリーは、ようやくなにもかもを思い出して、次に行われるであろうことを予測し、それにいつでも対処できるように身構えた。

一度伏せられたリオラの面差しが再び上げられた時、その顔には喜色満面の笑みが浮かべられていた。

「ミ、ミッ……ミオラちゃあああぁあぁあ――――ぶふ」

猛禽が獲物に飛び掛かる様を彷彿とさせる勢いでミオラに飛び付こうとしたリオラは、すぐさまサリーが繰り出した芸術的とも言えるしなやかな上段回し蹴りに迎撃され、そのまま地面へとたたき落とされた。
「お見事」とユイが感嘆のため息を漏らした。

「大声出すな、馬鹿。仮にも逃亡中なのよ今は」

顔面から地面に突き刺さるようにして撃沈しているリオラに、触れるだけで凍りついてしまいそうなほどに冷ややかなサリーの声が降り注いだ。

リオラ・シャルレット――シャルレット公爵家の跡取り息子でありながら、デネブ公国が誇る魔法騎士団<ウィズダム・ナイツ>の上級兵長を務めるという大層な肩書きを持つその彼の実態は、ただの(病的なまでに重度の)シスコンであった。

13:不良品:2011/08/04(木) 18:37


圧倒的なまでの戦力差を持って公国城内へと突入した帝国軍特殊快速先遣部隊<凩>は、古代遺跡を彷彿とさせる数々のトラップ群により恐怖のどん底にたたき込まれていた。

重臣を捕えて武勲を手にせんと躍起になって先走った者が火に焼かれ、血に酔い痴れて目についた人間を皆殺しにせんと剣を振りかざす者が崩れ落ちた城壁の下敷きになり圧死する。

蹂躙すべき対象に、逆に蹂躙されているのだと理解した帝国兵は次々に混乱を引き起こし、加速度的に被害を増加させていった。

だが、膨大なまでの兵力を逐次投入する帝国軍を前にそのトラップは徐々に数を減らしていき、城の中枢へて到達する者が現れはじめ、トラップの管制操作を行っていたコウ・メリハトスの下にも戦闘が及び始めていた。

「……ふん」

辺り一帯に立ち込める土煙を払いのけたコウの足下には、たった今息耐えたと思われる帝国兵十数人が転がっていた。
幻術で攪乱したところに、天井を崩落させて纏めて一網打尽にしてやったのだ。
「ようやく一段落ついたか」

額に浮かんだ汗を拭い、壁にもたれかかった彼は今のうちに一息つくことにした。

元より死ぬつもりなどこれっぽっちもなかった。己の幻術と城中のトラップを駆使して、帝国軍の足が止まったところで抜け道から脱出してやろうと考えていたし、それを実行できる自信が彼にはあった。

しかし、やはり数が違う。更に敵の兵はよく訓練されており、一度はパニックに陥ったものの、突破の糸口が見えるや否や不屈の精神でトラップを乗り越えてきた。伊達に先陣を任されているわけではないようだ。

魔術の使用は幻術による攪乱の際など最小限に抑え、攻撃に転ずる時にはトラップの起動や、公国魔法技術開発局が開発した魔術式手榴弾に頼りきっていたので、まだまだ魔力の残量には余裕がある。
しかし、トラップも残り僅かとなり、手榴弾の数も底を見せ始めている。

このままでは攻撃の際にも魔術を使用せざるを得なくなり、そうなればあとはジリ貧になることは目に見えて解る。

どうする?
このまま継続して戦い続けたとして、いざ脱出を図る時に体力や魔力が残ってなければ話にならない。ならば、まだ余裕のある今のうちに脱出すべきではないか。
だが、女王一向がまだそれほど遠くまで逃げることが出来ていなかった場合を考慮――

「おい! こっちに誰かいるぞ!」

思考のパズルをこねていた手が、不意に聞こえてきた帝国兵の声に強制的に止められる。
コウは苛立ちのこもった視線をそちらに向け、いつでも幻術を起動できるように魔力を集中させた。
とにもかくにも、まずは目の前の敵を片付けてからだ。
だが――

「……なんだおまえ……がッ!?」

なにかを殴打するような鈍い音が響いたかと思うと、帝国兵の悲鳴が聞こえてきた。
そして訪れる静寂。その静寂を踏み割る足音がコウへと近づいてくる。
警戒し、身構えるコウの瞳が驚愕に見開かれた。

「貴様……リオラ・シャルレット!?」

14:不良品:2011/08/04(木) 19:35


少し前――


「城に残った? それも一人で?」

「え、ええ……そうよ」

サリーの蹴りで正気に戻ったリオラは、未だ痛みに軋む首を押さえながら声を荒げた。幼なじみが珍しく見せる真剣な雰囲気に、サリーの声が上ずる。

コウ・メリハトスがたった一人で城に残り、今この瞬間にも女王一行を逃がすための時間稼ぎに奮闘している。それも、何千を越す帝国軍を相手に、だ。
その事実に戦慄を覚えたリオラは、城のある方角を睨みつけた。

「あンの根暗眼鏡、カッコつけやがって」

「……リオ?」

手近にあった樹の幹を殴り付けたリオラは、サリーの声も無視して立ち上がる。その行く手を遮るように、彼の前にユイ・マルリエトが立ちふさがった。

「どこへ行くのです、リオラ上級兵長」

「……あいつを迎えに行きます」

「許可できません、と言ったら?」

「…………」

しばしの間、無言で互いを睨み合うリオラとユイ。その二人を、マイラとミオラが不安げに遠巻きから眺める。

先に沈黙を解いたのはリオラの方だった。ふっと、その眼差しが柔和に溶ける。

「ただ、迎えに行くだけっす。ほら、あいつ、貧弱ですしね。どっち道オレが迎えに行かないと、追いついてこれないっすよ」

だから、心配してないでください。
そう言うリオラの目には確かな意思が宿っていて、決して感情にとらわれているわけではないのが判った。ユイは諦めたようにため息をもらし、道を開けた。


「……三十分で戻ってくること。いいですね?」

「すんません。すぐに戻ってきますんで」

ぺこりと頭を下げたリオラは、額にまいていた大型のゴーグルのレンズを目に被せて、魔力を集中させた。
その瞬間、彼の周囲で風が吹き起こる。木の葉が舞い上がり、枝が揺れ、風に押し上げられた彼の体がゆっくりと宙に浮かんでいく。

「お兄ちゃん!」

ふわりふわりと中空に浮遊しているリオラに、ミオラが駆け寄った。

「あの人を……メリハトスさんをお願いします」

懇願するような、震える声音。リオラはその声に、親指を立てて満面の笑みで応えた。

「兄ちゃんに任せとけ」

そして音もなく、彼の体は浮遊したまま弾かれたように走りだした。
木々の隙間を縫うようにして遠ざかっていくその背中を、サリーはなにも言わずに見つめていた。

「心配ですか?」

背後からの声に彼女が振り向くと、ユイが意地悪そうな笑みを浮かべていた。

「……いえ。それより、あの馬鹿が戻ってくるまでしっかり休んでおきましょう。ここも安全とは言えませんから」

15:不良品:2011/08/04(木) 21:01


――そして現在。


「貴様……リオラ・シャルレット!?」

現れた人物に、驚愕の声をあげるコウ。その手に籠められた魔力が霧散していく。

「おう、まだまだ元気ありそうじゃん」

コウの眼前には、手首をぶらぶらさせながらこちらを窺うような視線を向けてくるリオラの姿があった。

「何故、貴様がここに……」

リオラ・シャルレットは戦時体制の解除に伴い公爵家に一時的に帰還しており、公都にはいないはず。
その彼が既に逃亡中の女王一行と接触していることを知らないコウにとっては、この状況下での彼の出現は完全に予想外であった。

「城からうちに通じる森で、逃げてきてる途中のマイラたちに偶然逢ったんだよ。聞いたぜ? 公国存亡の危機だってな」

「ふん。それで、ぼくを助けに来たと。たった一人で。……馬鹿か貴様は。自殺行為だぞ」

「そのたった一人でこうやって時間稼ぎしてる奴が言えるせりふじゃねえよ」

「むう……」

普段は「馬鹿」の一文字でその全てを言い表わせるリオラに、まさか正論で返されるとは思っておらず、コウは言葉につまる。
そこにリオラは更に畳み掛ける。

「それに、ミオにも頼まれたんでね。おまえを頼むって」

「…………」

ミオラの名前を出した途端に息を呑んで完全に沈黙してしまったコウを見て、リオラは内心で笑った。この男はミオラ相手にはどうしても萎縮してしまうのだ。それがどういった感情故になのかは、鈍感なリオラには理解できるわけもないが。
ようやく観念したのか、ずれた眼鏡を直すコウの目には、いつも通りの冷徹なまでに冴えた光が戻っていた。

「……ふん。これからぼくは大規模の幻術を城内全体に仕掛ける。少しでも帝国の追撃を遅延させなければならないからな」

「ふうん。それで? 何分保たせりゃいい?」

リオラの不敵な笑みに、コウは忌々しげに鼻を鳴らした。

普段からこうやって察しが良ければいいんだがな。

普段は完全にリオラのことを馬鹿にして見下しているコウではあるが、彼が戦闘時に見せる頭の回転の良さについては目を見張るものがあり、コウ自身もそれを良く評価していた。それと同時に、見下している相手を評価することに対しての苛立ちも感じているのだが。

「……五分だ。その間ぼくは完全に無防備になる。せいぜい守りぬくんだな」

「了解。へへっ、久しぶりに暴れられるぜ」

掌に拳を打ち付けながら、リオラの口が狂暴な笑みに引き裂かれる。それが合図だったかのように、遠くの方から複数の人の気配が近づいてきた。

壁に寄りかかって複雑な術式の組み上げに集中しはじめたコウを尻目に、リオラは両手を構えて獣の如く吠えた。

「さあて、楽しい楽しいパーティーの始まりだあッ!」


16:アメ ◆kvG6:2011/08/10(水) 04:05

微かに聴こえてくる足音は少しずつ近づいてくる。
今か今かと帝国兵を待つリオラの表情はまるで獲物を待つ野獣のようだった。
そしてようやく十人程度の帝国兵が視界に現れ、
待ってましたとばかりに笑みを浮かべると、
足に風の魔力を集中させ一気に帝国兵との距離を縮めたリオラは拳に力を入れた。

「なっ…!?」

リオラに気付いた帝国兵のー人は咄嗟に剣を振り下ろしたが、
振り下ろした剣は片手で止められ、さらにパリンッと音を立てながら砕け散った。

「そんなばかな………っぐあっ!!?」

剣が砕け散り驚いている帝国兵の腹部に拳を叩き込むリオラ。
白目をむきその場に倒れた仲間の姿を見た残りの帝国兵は一斉にリオラへと襲いかかる。
しかし、リオラは全ての攻撃を回避し、そして恐ろしい速さで全ての帝国兵に攻撃を加えた。
次の瞬間、残りの帝国兵は先ほどの兵と同じように自目をむきその場に倒れ込んだ。

「ふぁあ…………さてと…。」

リオラは大きなあくびをしたのち、呼吸を整え両手に魔力を集中させた。
もうすぐ来るであろう数十人、いやそれ以上の人数の帝国兵のために。

@

17:不良品:2011/08/10(水) 23:36

突出してきた帝国兵を全て無力化したリオラは、背後で術式の組み上げに専念しているコウに振り返って「どうだ?」と得意気な視線で問うた。
すると「よそ見をするな」と言いたげなコウの険しい眼差しが帰ってきて、リオラは首筋の辺りに氷の針を射し込まれたような冷たい戦慄を感じた。

「――――」

脳が命令を下すよりも早く、身体は動いた。振り返りもせずに這いつくばるように身を伏せると、頭上をなにかが唸りをあげて通り過ぎていくのが解った。

誰かが後ろからリオラの首を獲らんと狂気を振りかざしたのだ。誰かとは誰だなどと、問うまでもない。敵だ。

更にリオラの身体は意識と乖離したかのように勝手に動く。伏せた姿勢から身をねじらせながら一気に伸び上がったと思うと、未だ後方に感じる気配に向けて踵が跳ね上がる。

虚空に描かれる鋭い弧。

しかしその流麗とも言える後ろ回し蹴りが捕らえたのは、断絶の堅さだった。同時に、金属が割れる甲高い音が響いた。
鈍い手応えに震える足を引き戻すリオラの目に映ったのは、刀身が真ん中でへし折れた長剣を顔前にかざした男が、今まさに石畳の上に着地する瞬間であった。

「完全に虚をついたと思ったんだがなあ」

男はリオラの蹴りによって砕けた長剣に視線を落とし、感心したように口笛を吹き鳴らす。その傍らに、遅れて落ちてきた長剣の切っ先が突き刺さった。

「まさか反撃までしてくるとは思わなかったぜえ、おぉい」

「なんだおまえ」

体勢を整えなおしたリオラは、男を睨み付けながら構えを取る。
男は勿体ぶったように「俺か?」と言うと、

「帝国軍特殊快速先遣部隊<凩>が第四分隊長、ジェット・コースター様だ!」

高らかに名乗りを上げ、ぱきんと指を鳴らした。
その音に呼応したように大気が蠢いたかと思うと、周囲に点在する陰という陰から黒装束が生まれ出ずるようにして現れ、あっという間にリオラとコウを取り囲んでしまった。

「さっきの動き、ただの兵士じゃねえな、あんた。不安の芽は早々に摘み取るのが俺様の主義なんでね。……ここで死ね」

男――ジェット・コースターはそう言うと薄い笑みを浮かべて暗がりへと消えていく。それと入れ替わるようにして黒装束の集団が次々と抜剣し、ぎらりと鈍く光る長剣を構えた。

ちいーっとばかし、まずいかなこれは。

じりじりと包囲の幅が狭まってくるのを見ながら、リオラは冷静に状況を分析していた。
この集団、少なくともさっきまでの有象無象とはわけが違う。動きが完全に統率されている上に、間合いの取り方も慎重だ。
普段ならこちらから打ってでるのだが、後ろにコウが控えているこの状況ではそれもできない。

ぐるり、とリオラの視線が周囲を巡る。その一瞬で最善手を導き出した彼は、いきなり驚くべき行動に出た。

18:不良品:2011/08/11(木) 00:34


彼は握りこんでいた拳を解いて、いきなりその両手に魔力を集中させ始めたのだ。その様子を見た黒装束達に、驚愕の波紋が広がる。

この時リオラが計ったのは、大規模な魔術による一網打尽であった。一人一人を律儀に相手にしていては、後ろのコウまでもをカバーしきれないと判断したからだ。
此処が城内の一角という閉塞された空間であることを考えると、彼の採った行動はこの上なく合理的だった。逃げ場がないのだ。こんな場所で大規模な魔術を使われては。

しかしそれは、あくまでも無事に魔術を起動することができた場合の話であり、そして彼を囲む黒装束達は、敵の目前で魔術を起動させようとしている阿呆を見逃す程、愚かではない。

「狂ったか!? 殺せえええ!!」

ジェット・コースターの怒号が響く。姿こそ見えはしないが、暗がりに紛れて様子を伺っているのだろう。黒装束達は彼の怒号を聞くまでもなく、一斉にリオラめがけて躍りかかった。

どれほど熟達した魔術師であろうと、魔術の起動には最低でも五秒以上の時間を要する。リオラのように、足を止めねばならないほどの規模のものとなれば、更に多くの時間が加算される。

どうやったところで、リオラが魔術を起動させるだけの時間は今この瞬間にはない。
間に合わないのだ。

しかし――

「……馬鹿め」

彼のその嘲笑うかのような呟きを、果たして聞き届けた者はいただろうか。
遠巻きから様子を伺っていたジェットの目が、霞のような薄い笑みを捉えた。

そしてリオラの後方で、術式の組み上げに専念しているはずのコウ・メリハトスの足が石畳を軽く叩いた瞬間、ぽん、とひどく間抜けな音がして、彼の後ろの壁から小さな球体が飛び出し、飛び掛かってくる黒装束達の前へと転がった。誰の目にもそれとわかる、明らかなトラップ。

「しまっ、」

誰かの声が響いた瞬間、球体は真っ白な煙を吹き出した。一瞬にして煙は辺りを包み込み、彼らはリオラの姿を見失ってしまう。
わずか数秒にも満たない攻撃の断絶。だがその数秒こそが、リオラが待ち望んでいたものである。

「塵を纏いて吹き荒ぶ 渦巻く風こそ我が牙であると識れ!」

煙を切り裂くような呪唱が耳を打つ。黒装束達は慌てて声のする方へと長剣を振りかぶった。
彼らの反応は正しく、そして遅かった。

「『竜牙』!!」

呪唱完了を告げるリオラの烈哮を聞いた瞬間、彼らは腹の底を殴りつけるような風圧を感じた。そして足下からすすり泣きのような轟音と共に吹き上がる風に、為す術なく身体が舞い上げられる。

「うそだろ」

部下の兵が紙のように宙を舞い、荒れ狂う風の刃に切り刻まれながら天井へと叩きつけられる様を呆然と眺めていたジェットの口から、抑揚のない呟きが漏れた。

……やがて、煙が一陣の風に切り払われる。

そこにあったのは、石畳に積み重ねるようにして倒れ伏す部下達を、悠然と見下ろすリオラ・シャルレットの姿だった。

19:不良品:2011/08/17(水) 01:07


――シャルレット邸



「来たか」

簡易な執務室で書類と向かいあっていたキオラ・シャルレットは手にしていた筆を置くと、いつの間にか音もなく部屋の中へと入り込んでいた来訪者――フードを深く被りこみ、顔を覗くことのできない黒装束――に目を向けた。

「遅くなってごめんねえ。これでも急いだ方なのよ」

誠意など微塵も込めていない謝罪の言葉と共に、黒装束はフードから覗くウェーブがかった淡い紫の長髪を指にくるくると巻き付けた。キオラはその態度に特に気を悪くした様子もなく、腰掛けていた椅子の背もたれに体重を預けて顎髭を愛撫する。

「構わんよ。無理に呼び付けたのはワシだし。……それで、今の公都の状態は?」

「んーと……<凩>にほとんど占拠されつつあるわねえ。公城への突入にも成功しているけど、城内に設置されたトラップの山に四苦八苦してるみたい。まあ、時間稼ぎにしかならないと思うけどね」

淡々と現在のデネブ公国の置かれている状況を説明していく黒装束。だが、絶望的と言ってもいいほど凄惨な状況だというのにも関わらず、キオラは膝を叩いて快活に笑うだけだ。

「ミオも良い仕事をする。流石はワシの娘だ」

「……そのミオちゃん達だけど、抜け道を使って公城からの脱出に成功。ここに向かってきてるわ」

「まあ、そうだろうな。帝国側はそれを察知しとるのか?」

「うーん、まだ誰も気付いてないんじゃないかしら。報告によると、眼鏡をかけた魔術師からの妨害とやらにずいぶん手を焼いてるみたいだし」

「ふむ。メリハトスくんか。彼も相変わらずだ」

我が子の善行に感心する親の如く、キオラの目が優しげに溶ける。

「で、どうするの?」

「もちろん迎えに行くさ」

黒装束の問いに即答したキオラは、「だが」と渋るように眉を曲げる。

「問題はその後だな。占拠した公都を拠点にして、帝国はすぐにこちらに攻め込んでくるだろう。うちの魔導<ソーサリー>がいるとはいえ、やはり兵力に差がありすぎる」

「それでアタシを呼んだってわけね」

黒装束は呆れたように苦笑を滲ませる。

「うむ。お互いに利害は一致しとると思うんだが」

「……まあ、ね。それじゃあ時間もないし、ちゃっちゃと行ってくるとしますか。あんまり持ち場を離れるのもまずいし」

「ああ、うむ。無理言ってすまんかったな」

「うちとしても願ったり叶ったりだし、別にいいよ。それに、文句言える立場でもないし」

それじゃあね、と手を一振りし、黒装束は扉の向こうへと音もなく消えていく。それを見送ったキオラは椅子から立ち上がると、使用人を呼び付けた。

「今すぐ動かせる魔導<ソーサリー>を全て集めてくれ。ああ、そうだ。なるべく急いでな。頼むぞ」

手早く指示を出した後で、キオラは執務室の窓から雲一つない青空を見上げた。

「そういえばリオは何処をほっつき歩いとるんだか」

20:不良品:2011/08/18(木) 21:24


――デネブ公城 城内


「やるじゃねえか、あんた。流石の俺様も驚いたぜ」

ぬらりと陰から身を覗かせながら、ジェット・コースターは引きつった笑みを浮かべた。目前に佇むリオラ・シャルレットにより、彼が指揮していた分隊は壊滅。最早この場に残るのは己のみだ。

だがな、とジェットは両腕を顔の前で交差させるようにして構えて嘯く。

「このジェット・コースター様はただの兵卒とは違うってこと、その身にたたき込んでやるよ! 俺様一人で十分だ……後ろの眼鏡共々、ここで死ねぇえええ!!」

咆哮。そして暗がりに金色の瞳を燗と輝かせ、ジェットの身体が沈み――

文字通り、瞬き一つの間に懐に潜り込んでいたリオラと目があった。

「へ?」

ジェットの間抜けな声が空気を震わせるのと同時に、その視界が強制的に天井へとブレる。顎から頭へと一直線に突き抜けるような鈍痛が走り、彼は自分が顎を強打されたのだと理解した。

リオラが繰り出した掌底の一撃はジェットの脳を見事に揺らし、彼の意識は混濁に陥る。そして続け様に腹部に放たれた拳に意識が完全に途切れ、彼は通路の奥に広がる暗がりへと、まるで投じられた毬のように吹っ飛んでいった。

己の拳と遠い彼方に転がるをジェットを交互に見比べたリオラは、拍子抜けしたように呟く。

「……もう終わり?」

答えは帰ってこない。敵の気配も完全に消え去っている。
もう少し暴れられるかと思ったのにな。構えを解いて不満げに足下に転がっている瓦礫の欠片を蹴飛ばし、後ろを振り返ると、ちょうどコウ・メリハトスがそれまで組み上げていた術式を完成させているところだった。

「貴様にしてはよくやった方だな」

手の内に複雑に描かれた紋様を睨みながら、コウは一瞥もくれずにはき捨てる。これが彼なりの労いの言葉であることを理解しているリオラは、顔色一つ変えずに親指を立てて得意げに笑ってみせた。
それを横目に、コウは紋様の描かれた掌を壁にゆっくりと押しつけた。掌を中心に染みが広がるように、紋様がゆっくりと壁に描かれていく。
やがて人の大きさほどにまで拡大されたそれを見たリオラが、感心したように「ほお」とため息を漏らした。

不意に、城内から一斉に響き渡ってくるつんざくような悲鳴。それらは紛れもなく帝国兵のものであり、城内に点在している彼らはコウがたった今起動した幻術に例外なく惑わされているのだと、リオラも咄嗟に理解した。

「……術を維持できる時間は長めにみても二時間が限界だ。さっさと陛下達と合流して、シャルレット公爵の下へ向かうぞ」

「おう」

今の術で魔力を残らず振り絞ったのだろう。蒼白に顔を染めてふらふらとしているコウに、リオラは肩を貸してやる。

「……礼は言わんぞ」

「舌噛むから口閉じてろって」

リオラが額のゴーグルを目に被せてそう言った途端に、重なった二人の身体がふわりと宙に浮かぶ。

21:不良品:2011/08/18(木) 22:10

「一ついいか」

「なんだよ」

「安全運転で頼めるか」

「……三十分で戻ってこいって副団長に言われてるからな。そいつは聞けない相談だ」

それを聞いたコウが苦悶の表情を浮かべて押し黙る。
確かに自分はもうロクに動けない。ならばリオラに肩を貸して貰う以外にないのだが、それでも彼はリオラが<ハイウェイ>と名付けるこの長距離航行があまり好きではなかった。

足下で渦巻く風によって身体は宙に浮かび、更に背中に絶え間なく追い風を浴びせることで高速での長距離航行を可能にさせるという、一見理に適っているがなんともリオラらしい力技である。

だが理に適っていようがなんだろうが、この地に足のついてない感覚が苦手であることに変わりはない。ましてや、その状態のまま高速で動くのだ。しかも自分の意思とは関係なしに。

「短い人生だったな、くそ……」

がっくりと観念したかのようにうなだれたコウを見たリオラは、声高に「それじゃあ出発進行ー!」と叫び、その残像を残して抜け道へと飛んでいった。


一方その頃。

22:匿名さん:2011/08/18(木) 23:24

>>21

23:不良品:2011/08/25(木) 11:58

「む、うう」

長い夢を見ていた気がする。それも飛びきりの悪夢を。頭の中に、直接鉛を入れられたような鈍い重みと痛みを感じる。身体を起き上がらせるのも億劫だ。
しかしいつまでも眠ってはいられない。シェリエル・ファルミーは重い目蓋を開いた。


「起きましたね」

真っ先に視界に入ったのは、自分を覗き込んでいるユイ・マルリエトの顔だった。その隣にはマイラ・アドニクルの心配そうな顔が並んでいる。

「気分はどうですか、シェリエル?」

「……陛下。僕は一体……」

上体を起こして、シェリエルは熱に浮かされたようにぼやいた。ひどく記憶が曖昧で、ここがどこで、今までなにをしていたのかもうまく思い出せない。

そんなシェリエルの様子を見て、サリー・メイプルは頭痛を堪えるようにこめかみに指を押しつけてため息をついた。

「一体どれだけ強力な幻術をかけたのよ、あの陰険眼鏡」

24:不良品は帰ってきた!:2011/10/06(木) 13:27

「ファルミーさんほどの魔術抵抗を持つ方には、生半可な術では効き目がないですから……。メリハトスさんも、そこまで考慮にいれての……」

「あんなやつ庇わなくてもいいのよ、ミオ」

控えめにコウのフォローに入るミオラ・シャルレットに、すかさずサリーが睨みを利かせた。ミオラはたまらずしゅんとした顔になって、目を伏せて押し黙った。
それをみたサリーの良心にとげが刺さる。そんな小動物みたいな顔をされたら、もうなにも言えなくなってさまう。

「……はいはい。ごめんね、ミオ」

「うん、おねえちゃん……」

ぱあ、とミオラの顔が明るくなる。それを見て衝動を抑えきれなくなったサリーは、自分をおねえちゃんと呼び親しむこの幼なじみをぎゅっと抱き締めた。もう可愛くて仕方がないのだ。

そんな風にしていちゃつき始めた二人を横目に、ユイはシェリエルにこれまでの経緯を説明していく。それを聞いたシェリエルの顔は、どんどん蒼白に染まっていく。

「僕が至らぬせいで、コウやリオラくんまで危険な目に……!」

震える拳が地面に叩きつけられる。その手に、マイラの白い指がそっと触れた。

「あなたはなにも悪くありません。戦時体制解除の許可を下したのは私です。女王たる私の責任なのです」

「それは違います、陛下! そもそも、僕が帝国の意図に気付いていれば……」

「それを言うならば……」

「ですから陛下はなにも……」

徐々にヒートアップしていく女王と配下の口論。二人の口が止まったタイミングを見計らって、傍からそれを見ていたユイが間に割り込んだ。

「そこまでです。今は責任の被り合いよりも、これからどうするかを考える方がより建設的です。……違いますか?」

25:不良品:2011/10/29(土) 23:20

シェリエルもマイラも、まったくの正論にぐうの音も出ずに押し黙った。

「ほら、ちょうど彼らも帰って来たようですし」

「……え?」

ユイが立ち上がって城のある方角へと視線を向けて、サリーもそれにつられて立ち上がる。
ユイの視線の先、木々のむこうから、こちらに向かってゆっくりと近付いてくる二つの人影が見えた。

「お兄ちゃん! メリハトスさん!」

いち早く人影の正体に気付いたミオラが駆け寄っていくと、人影――リオラは手を上げて「おう」と返事をした。

「心配かけたな、ミオラ。でもこのとおり、オレもコウも無事だぜ」

「……とてもそうは見えないよ、お兄ちゃん。メリハトスさん、大丈夫ですか?」

ミオラが、リオラに肩を貸して貰って青ざめた顔をしているコウを心配そうに見上げた。

「ああ、これ? 大丈夫だよ。こいつ、オレが<ハイウェイ>で運んでやってるのにいきなり『気分が悪い』とか言いだしてさあ。しかたねーから歩いてきたんだけど、途中でいきなり吐……」

「だまれこのばかが」

コウが途中で言葉を遮って、ぎろりと凄まじい剣幕でリオラを睨み付けた。「離せ、ひとりで歩ける」とリオラを突き放すが、三半規管を完全にやられてしまっているらしく、千鳥足で何歩が歩いたかと思えばすぐに樹にぐにゃりと寄りかかって動かなくなった。

「完全に酔ってるわね……」

ここぞとばかりに動かないコウの頭を無造作に叩きながら、サリーがさもありなんといった様子で呟いた。地に足をつけないで宙に浮いたままの高速移動を行うリオラの<ハイウェイ>は、常人にはとても耐えきれないのだ。
そんな有様のコウを無視して、リオラは露骨に自分から目をそらしているシェリエルに気が付いた。

「オス、隊長。やっと目ェ醒めました?」

「リオラくん……ありがとう、そしてすまない。本来ならコウを連れ戻すのは僕がすべきことだったのに……自分が情けないよ、僕は」

はっ、とシェリエルは俯いたまま自嘲の笑みを浮かべる。

「まあまあ、無事にすんだことだし、結果オーライでいいじゃないすか」

「なにが結果オーライなものか。きみとコウは無事に帰ってきてくれたが、依然デネブは滅亡の危機に曝されている。それもこれも、僕が……」

「それは違います。責められるべきは女王たるこの私なのです」

「うお、マイラちゃんっ?」

ぬい、とリオラの後ろから出てきたマイラはシェリエルの前に立つと、きっとシェリエルの顔を下から見上げる。
それを傍らから見ていたユイが、「もう好きにしてください」と額に手を当てて嘆息を漏らした。

26:不良品:2011/11/02(水) 10:33

「……もしかして、ずっとこの調子なんですか?」

「ふたりとも、自分の非を絶対に人に譲らない性分ですからね」

堂々巡りを続けるマイラとシェリエルを見て、肩を寄せて小言で訊ねるリオラにユイがうんざりした様子で答える。
リオラは特に興味もなさそうに「ふーん」とだけ言うと、おもむろにマイラのところまで行って、ひょいっと彼女をお姫様抱っこで持ち上げた。

「え……え、え、リリ、リオラさんっ?」

突然のことにリオラの腕の内であたふたとするマイラ。シェリエルも目を丸くするだけで、言葉も出てこない。
リオラはそのままくるりとシェリエルに背を向けると、ユイ・サリー・ミオラに「行くぞ」と声をかけた。

「リオラくん!?」

シェリエルが泡を食ってリオラの背中に声をかける。肩越しに振り返るリオラの顔は呆れ返っていた。

「悪いけどもたもた言い争ってる時間も惜しいんで。たいちょーどのは、そこの根暗眼鏡をよろしくお願いします」

それだけ言うと、リオラはさっさと先に行ってしまう。ユイとサリーとミオラの三人も互いに頷き合って、リオラの後を追った。

あまりのことに咄嗟には動き出せなかったシェリエルも、リオラ達の背中を見失いそうになれば未だに屍と化しているコウの体を引っ張りあげて、黙ってその後を追うしかない。

「おいやめ、ゆらす、な……うぷ」

コウのうめき声は、誰の耳にも届くことはなかった。

27:不良品:2011/11/07(月) 20:39

「城内の状況は?」

「はっ。依然、女王は見つかっておらず……」

「そうか、ならいい。引き続き、兵達の動揺を鎮めてくれ」

帝国軍特殊快速先遣隊<凩>を束ねるニシキ・トモエ将軍は、うんざりした様子で側近をねめつけた。
煤けた紅色の具足の上から陣羽織を重ねたその風貌は、周囲に威圧感を撒き散らしている。切れ長の瞳も、髪を後ろに結わえているせいでより一層鋭く見える。


<凩>による公都の制圧は滞りなく完了しており、残すは女王の身柄を確保するのみなのだが、その肝心の女王が一向に見つからない。それどころか城内に投入した兵達が少し前に一斉に原因不明の大パニックを起こしてしまい、それらの沈静化に多くの時間を割かれてしまっているのが現状だった。
コウ・メリハトスが置き土産に残した広域幻覚術式は、彼の予想を大きく上回る遅滞効果を帝国軍に与えていた。

配下の将であるジェット・コースターからの定時連絡も途絶えており、トモエは城内の状況を正確に把握できずにいる。側近が持ってくる報告もひどく曖昧なものばかりで、その上どれもが損害を告げるものばかりだ。
そのことが彼女を苛立たせていた。

しかし、城門を突破してからすでに半日が経過しようとしている。なのに女王はおろか、重臣らの目撃情報すら上がってこない。いくらなんでも不自然に過ぎる。
そこでトモエは、一つの可能性を導きだしていた。

「……やはり、もう、城内にはいないのでは?」

側近が、顎に手を当てていたトモエの思案を代弁する。
そんなことはわかっている。大事なのは、どこにいるかだ。

内心毒づきながら彼女は頷いた。

「一応、市街地の方にもう一度捜索隊を出してくれ。どこかに潜んでいる可能性も捨てきれない。……城の裏の森に配置した兵から、なにか連絡はあるか?」

「いえ、まだなにも」

「なにかあるならそこだと思ったんだがな」

なにか発見があれば報告が入るだろう。そう考えたトモエは、その時点で公城裏の森に対する懸念を完全に捨ててしまっていた。既に女王一行が抜け道を使って城を脱出しているとも知らずに。

「……よし、動かせる兵をすべて出せ。市街地をしらみつぶしに捜索するぞ」

「はっ」

この後、彼女達が家臣を尋問した末に城の抜け道のことを察知するのはこれから更に半日後のことである。

28:不良品:2011/11/21(月) 21:57

百花ヶ原。

デネブ公国北北東部に広がる平野は、春になると満開の花で埋めつくされることからそう呼ばれていた。視界を遮るものはなにもなく、まさに絶景を望めることから、観光名所としても公国に広く知れ渡っていた。

しかし、帝国軍に追われながらキオラ・シャルレットの元へ向かわなければならない女王一行にとっては、この遮るものはなにもない地形はこのうえなく悪条件となる。



「ようやく見つけたぞ」

忌々しげに、しかしどこか愉しそうに、ニシキ・トモエは薄く笑みを浮かべた。

捕えた家臣達を尋問し、公城の裏手に通じる抜け道のことを聞き出したトモエは女王一行が辿るであろうルートを割り出すと、僅か三○○○の兵を率いて即座に先回りを図った。
城を奪われ、国を追われたマイラ・アドニクルが頼れる先はひとつ――キオラ・シャルレット侯爵の元しかない。
ならば、女王がシャルレット侯爵との合流を果たす前に捕えてしまえばいい。そう判断したからだ。

事実、女王一行はすでに百花ヶ原の半分を渡り終えようとしており、呑気に軍勢を整えていればシャルレット侯爵との合流を許してしまうことになっていただろう。


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