悪食娘コンチータ

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1:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:27

前に別の掲示板で書いた作品です。

ボーカロイドの『悪食娘コンチータ』の二次創作ですので、知らない方は聞いてみて下さい。
キャラの口調が変わっていたりしますが、それは小説仕様ということでご勘弁を。

2:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:28



第一話『背徳の館』

3:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:31


 腐臭漂う背徳の館。
 この館を抽象的に、あるいは比喩的に表現しようとすれば、きっとそんな風に書かれるのだろう。
 朽ちた古城を思わせる佇まいは、あるいは吸血鬼の住処とでも表されるかもしれないが。

「ねえ、レン。ソニー・ビーンという人間を知っているかしら?」

 そんな屋敷のとある一室にて。
 カタンッ、と。
 上質なアールグレイが入ったティーカップを受け皿の上に置いて、女は形のいい唇をと吊り上げた。
 その声に反応し、焼きたてのビスケットを皿に並べていた金髪の少年が振り返る。

「……いえ。その手の話がしたいのであれば、リン姉様とどうぞ。僕に雑学や豆知識はございませんので」
「あらそう。なら、私が勝手に話させて貰うわ」

 レンと呼ばれた少年のそっけない一言に対し、女は気分を害する様子もなくアールグレイを再び飲んだ。
 そして華奢な顎の下でその両手の指を組む。貴婦人を思わせるしなやかな手は、上質な絹の手袋に包まれていた。

「ソニー・ビーンというのはね。十五世紀から十六世紀のスコットランドに実際にいたとされる、食人一族を率いた人間なの。
 洞窟の中に住み、妻や娘と近親相姦を繰り返して家族を五十人まで増やしたそうよ。
 収入源は洞窟の前を通る人を殺して奪い取った金品、主食は殺した人間の肉。殺した人間の数は、一説によると三百以上だったとか」
「計算すると一人あたり六人、殺したわけですね。ビスケットをどうぞ」

 レンは女の話に対する感想もおざなりに、皿に並べ終わったビスケットを女に手渡す。
 赤い手袋に覆われた手が、スッと皿の上に伸びた。
 パキッと軽快な音をたてて、女の口内で噛み砕かれるビスケット。
 僅かにほろ苦い味がするそれは、どうやら純ココアを使っているようだった。

「相変わらず、貴方の返答はつまらないわね……リンならここで、興味深い答えの一つや二つは返ってくるのに」
「性悪なリン姉様と無学な僕を一緒になさらないで下さい。生憎、僕が得意なのは家事全般だけですよ。……それで貴方様は、結局なにを仰りたかったのですか?」

 女は、少年レンの問いかけに面白そうに笑い、こう答えた。

「いえ――――三百の他人を殺した彼らと八の家族を愛した私なら、一体どちらが罪深いのかと思って」

4:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:32



     *     *     *


 バニカ・コンチータ。
 今年で二十六の誕生日を迎える彼女は、かつてこの世の美食を極めたとされる美食家だった。
 肉を、魚を、野菜を、果物を、穀物を、麺類を、飲料水を、甘味を、調味料を、珍味を――――喰らいに喰らい尽くして、ついには未知の食物がなくなってしまった彼女。
 その果てに彼女が求めたのは、究極にして至高の悪食。
 人の肉を貪り流れる血を啜る、そんな怖ましい行為だった。

「ううん、別にそこまで怖ましい行為ってわけじゃないと思うよ? アメリカのリチャード・トレントン・チェイス、ジェフリー・ダーマー・それにアルバート・フィッシュ。挙げていけばきりが無いけど、共食いする人間なんて全世界に沢山いるもの」

 そのバニカ・コンチータの屋敷で執事をしているレンの双子の姉、メイドのリン。
 黄金の髪を白いリボンで結った彼女は、顔にかかってくる前髪を鬱陶しそうに払いながら弟に言った。
 その手に握られているのは洗剤を含んだスポンジと、さきほどコンチータが使用したティーカップ。
 レンも似たような状態だから、どうやら二人は皿洗いをしているらしい。
 それなりに広い厨房では、カチャカチャと皿を洗う音が静かに反響していた。

「でもソイツらは、コンチータ様のような美しい方でもなければ、リン姉様のように愛らしい方でもないですよね? 美しい食人鬼というのは、きっと世界でコンチータ様ただお一人ではないでしょうか」
「私が愛らしいなんて、レンは嬉しいことを言ってくれるね。というか、美しい食人鬼か……血の風呂に入る女帝とかなら聞いたことあるけど、さすがに食人鬼は聞いたことないや。美しい食人鬼は、確かにコンチータ様だけかもね」
「その手の話に詳しい性悪なメイドも、きっと世界でリン姉様だけですよ」
「黙れ、家事だけ得意な頭の悪い執事」
「僕は無学なだけです。そして家事を馬鹿にしないで下さい」

 お互いに無駄口を叩きつつも、皿を洗う手は休まることを知らない。
 まったく同じ顔と背丈の二人がまったく同じ動作をするのは、見ていてとても不気味に感じてくる。
 リンが着ているのがメイド服で、レンは燕尾服という違いこそはあったが。
 因みにレンが燕尾服と合わせているのが正式な白いタイではないのは、それによって自分が執事という立場であると周りに知らせる役目を果たしているからだ。
 ここで正式な装いをするのは、むしろ執事的に考えて正式ではない。
 正式でないことが正式なのだ。

「でも、もう私達がコンチータ様に雇われて一年が経過してると思うと感慨深いよね。まだ昨日のことのように鮮明に覚えてるもん」

 ふいに、リンが呟いた。
 皿を洗う手を止めず、レンも「ですね」と同意する。

5:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:34


 まだ十四歳の二人がバニカ・コンチータの屋敷で働くことになったのは、今から一年前のこと。
 お互いに罵りあう不仲な両親に怯え、二人一緒に部屋の隅で震えて夜を明かした頃。
 生まれてから一度も、両親が仲良くしている光景など見たことがない。
 当時のリンとレンは中流貴族で、招かれたのは上流貴族の娘の誕生パーティー。
 誕生パーティーといっても規模はかなりのもので、庶民の家が五十軒は収まりそうな広大な会場の中央に、絢爛なシャンデリア。
 大理石のテーブルに並べられた料理は一流シェフのお手製ばかりで、自分達は甘いものばかり狙っていた記憶がある。
 数々の淑女や紳士達が正装で着飾り目立ちたがる煌びやかな空間。
 そんな空間の中で、最も異彩を放っていたのが彼女だった。

 ――――「残すなんて、可哀そうじゃない。捨てようとしている料理を全て持ってきなさい」

 騒がしい空間に静かに響き渡る、メッゾアルトの美声。
 流血のように禍々しく赤いドレスが翻り、艶やかなブラウンの髪が揺れる。
 この場において唯一貴族ではない、主催者がファンだという理由で呼ばれた彼女。
 究極の美食家、バニカ・コンチータ。
 それが彼女を見た、最初の瞬間だった。

 貴族達に残され廃棄されそうになっていた大量の料理を前に、静かに手を合わせたコンチータ。
 周りの貴族達はざわめきながらコンチータと料理を取り囲み、彼女が料理を食い進める様を見守っていた。
 残った料理を、ましてや人が口をつけて戻された料理を食べるなど、貴族にとっては考えられないほど卑しいこと。
 それでも彼女が肉を切る様は美しく、スープを飲む姿は麗しく、野菜を噛む時は淑やかだった。
 常識を超えたところにある、根源的な気品を、彼女は持っていたのだ。
 それは何かを極めた者だけが湛えることを許される、圧倒的な気高さ。
 バニカ・コンチータは、どんな場所でも気高く上品だった。

 そしてそれを見たリンとレンは、思わず彼女に問い掛ける。

「貴方は、食べ物を愛してるんですか?」

 「ええ、愛してるわよ」と、彼女は純白のハンカチで口についたソースを拭いながら微笑む。
 「じゃあ――――」と、レンはさらに続けた。

「貴方なら、僕達のことも愛してくれますか?」

 冗談だと思ったのか、周りで聞いていた貴族達の間からはドッと笑い声が上がる。
 それでも、リンとレンは真剣だった。
 直感していた。この人が愛してくれないようなら、きっと自分達はこれからも誰にも愛されないと。
 何故そう思ったのかはわからない。だが、確かに自分の体がそう告げている。
 この人はきっと僕らを愛してくれる。
 そんな思いが伝わったのか否か。彼女、バニカ・コンチータはテーブルの上にハンカチを置き、うっとりするような慈愛に満ちた笑みで答えた。

「ええ。勿論よ――――髪の一本も残さず、熱烈に愛してあげる」

 ――――その言葉を聞いた次の日から、自分達はバニカ・コンチータの下で働く者になった。
 彼女がどうしようもない食人鬼で、自分以外の人間のことは食べ物としか思えない。
 そんな人間でも、食べ物として愛してくれるならそれで良い。
 だからリンとレンは、バニカ・コンチータの為に人を殺し、バニカ・コンチータの為に人を調理し、バニカ・コンチータに愛されたい自分達の為に、バニカ・コンチータを敬い湛えた。
 我らが偉大なコンチータ。この世界の食物は、全てが貴方の為にある、と。

6:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:35


「鮮明に覚えてはいますが、やはり懐かしくはありますよ。初めて人を調理した時は、さすがに手が震えました」
「私がチェーンソー使えって言ったのに、レンが果物ナイフなんて使うからじゃん。解体するのに三時間もかけるから吐くの!」
「いや、僕の場合は三分でも吐きますが」
「何それ、レン打たれ弱すぎ」
「リン姉様が性悪すぎるんです」

 ジャー、と、またしても二人同時に水道の蛇口を捻り、泡に塗れた手を洗う。
 洗い物は完了したらしい。
 柔軟材使用の柔らかなハンドタオルで手の平の水分を几帳面にふき取り、壁のタオルかけに戻す。
 ふと時計に視線をやれば、時刻は午後四時。
 さきほどのおやつの時間から、もう一時間も経過してしまっていた。
 そろそろ夕食の準備をしなければならない。
 今年に入って十五人目だったコックは、三日前に死んでしまったから。
 キッチン下の収納スペースから果物ナイフを取り出し、丁寧にタオルで包みながら、レンはリンに声をかけた。

「リン姉様、そろそろ夕食用の食材を調達しに行きましょう」
「そうだね、時間間違えると怒られちゃうし」

 そう言って、リンは同じく収納スペースに入れてあったチェーンソーを取り出す。
 工事現場で使われていそうな物と比較しても見劣りしない、巨大な手動発電式チェーンソー。
 コンセントを刺さなくても使えるタイプだ。

「コンチータ様の好物、たしか成人女性の胸部でしたっけ?」
「幼児の肝臓だった気もするけど。まあ、とりあえず歯で噛み砕ける部位なら何でも良いんじゃない? あの人、好き嫌いしないもん」

 タオルに巻かれた果物ナイフを手にした執事と、チェーンソーを両手で抱きしめたメイドは廊下を歩く。
 ――――目指すはこの屋敷の外、付近の森に迷い込んだ人間の獲得。
 屋敷から仲良く出て行く双子を、コンチータはテラスから見下ろしていた。
 その顔に浮かぶのは、一年前と変わらぬ慈愛の笑み。

 悪徳の双子と究極の美食家の姿を、ただ夕暮れだけが鮮やかに彩っていた。

7:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:36



第二話『罪深な愛』

8:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:38

 バニカ・コンチータにとって、“食べる”という行為は“愛する”という行為そのものだ。
 
 彼女は愛する。
 肉を、魚を、野菜を、果物を、穀物を、麺類を、飲料水を、甘味を、調味料を、珍味を、人間を。
 まずは見た目を堪能する。
 良い肉なら霜降りの美しさを眺め、魚なら新鮮なうちに鱗の鮮やかさを楽しむ。
 それは人間でも同じ事。
 余す所などないほどに人間の見た目を堪能しきって、触れきって、戯れきって。
 そうしてやっと、彼女は人間を美味しく愛する。
 口にできる物なら彼女は何でも愛した。
これからも愛し続けるつもりだ。
 だから金髪の双子に聞かれた時、彼女は二人のことを愛すると答えた。
 この世界の食物は、全てが彼女の為にある。
 彼女に愛される為に、存在している。

「だから私は、家族も愛したのよ。お爺様もお婆様もお父様もお母様もお兄様もお姉様も弟も妹も。
 大好きな家族を愛するのは、私じゃなくちゃいけないもの」
「でも、人を殺すことは罪悪の一部として数えられてるよ? 私はそう思わないけど」
「当たり前じゃない。愛とは罪深いことだわ。いいえ、罪深ければ愛じゃないの。罪深ければ罪深いほど、私の愛はより素晴らしいものになる」

 慣れた手つきで鮭のムニエルを食べながら、バニカ・コンチータはうっそりと微笑む。
 彼女の流儀に則って言えば、鮭のムニエルを愛しながら、だろうか。

 背徳の館の一室は、今日もむせ返りそうなほど濃厚な料理の香りに包まれていた。
 コンチータの体の面積を明らかに超えた料理がテーブルに並べられ、それを彼女は至極嬉しそうな顔で貪っていく。
 そこに使われている食材の大半が人肉だと、誰が想像するだろうか。

「じゃあコンチータ様、私達のことはいつ愛してくれるの? 貴方に仕えてから一年経過してるけど、まだ私もレンも愛してくれないじゃん」

 コンチータの“愛する”の意味を知りながら、傍らでダージリンを淹れていたリンは、ぷくーと拗ねたように頬を膨らませて、コンチータの前にティーカップを置いた。
 そんな愛らしい様子のリンの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でながらコンチータは苦笑した。

「だから言ったじゃない。リンもレンも、愛するにはまだ見た目を堪能しきってないの。その清らかな肌も、綺麗な髪も、愛らしい瞳も、透通る声も、幼い体も。貴方たち双子は人間の平均以上に整った造形をしているから、私も愛するまでに時間がかかるのよ」
「じゃあ、手っ取り早く私とレンを抱いてよ。そしたら一気に堪能できるじゃん」
「こら、簡単に処女を捨てるんじゃありません」

 人を喰う人間には似合わない、モラルに満ち溢れた言葉を返された。
 そしてポンッ、と頭に軽いチョップが入る。
 地味に痛いそれに、リンは頭のてっぺんを押さえた。

「うー……コンチータ様の意地悪」
「そんなリンは?」
「性悪! ……って、何この無意味なコント」
「無意味って、ひらがなで『むいみ』って書けば名前っぽいわよね」
「果てしなくどうでもいいよ! というかコンチータ様。もっかい聞くけど、いつになったら私とレンの見た目を堪能し終わって愛してくれるわけ?」

 どうやらリンはコンチータの言葉に納得していないらしく、一年前から数えて千度目くらいになる質問を再び投げかけた。
 このやりとりは、はたして今日何回やっただろうか。

「そうねえ……今年に入って十五人目のコックさんを四日前に愛しちゃったし、昨日は貴方とレンが持ってきた農村の女の子を愛しちゃったから。今日は無理よ」
「じゃあ明日はOKなの?」
「うふふっ、気が向いたらね」
「ケチ」

 ぷんすかという効果音を背負って、再び頬を膨らませズカズカと出て行いくリン。
 それを見送るコンチータは笑顔。
 その唇の赤さは、血か、それともルージュか。

 今日も背徳の館は、身の毛もよだつ料理の数々と、それを一人食い漁る女の笑顔と、愛らしいメイドの憤慨で溢れかえっていた。
 それはまるで、罪深な愛のような有様で。

9:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:39



第三話『愛情の謎』

10:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:39

 バニカ・コンチータの夢は、この世の全てを喰らい尽くす、もとい愛し尽くすことだ。
 舌先を駆け巡る至福は、究極の愛の形。
 彼女がわずか十五歳の時に食べたお母様がそう言っていた。
 この口も、舌も、喉も、歯も、胃も、腸も、全ては確かな愛を感じ取るための器官でしかない。
 世界中の食材を全て愛しきることが、彼女が美食家になった理由だった。

(だから――――何であの子たちのことは愛したいと思わないのか、私自身が一番わからないのよね)

 砂糖の大量に入ったアッサムをティースプーンで掻き混ぜながら、バニカ・コンチータは静かに溜息を吐く。

(生まれて初めての好き嫌い、ってやつなのかしら? いえ、あの子たちのことは大好きよ。だから何よりも早く愛してあげるべきなのに)

 料理を食べることは相手への何よりの感謝と愛情の表現になると、自分と同じ美食家だったお父様に教わった。
 全世界の生物を広く美しく平等に愛しなさいと、よくわからない宗教にはまっていたお母様に躾けられた。
 だから自分は両親の言いつけを守ろうと、全世界の生物を料理して愛してきたのに。

(リンは決して良い性格じゃないけど、よく働いてくれる可愛い子。レンは知識量なんて少ししかないけど、やっぱり私のために働いてくれる優しい子。それに二人とも綺麗だわ。……これだけ愛すべき条件が揃ってるのに、何で私は愛せないのかしら)

 何で愛せないのかしら。何で愛せないのかしら。何で愛せないのかしら。何で愛せないのかしら。
 コンチータは蚊が飛ぶような小さな声で呟き続ける。
 掻き混ぜすぎたアッサムは、もう水のように冷たくなっていた。

11:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:40



     *     *     *


「リン姉様、コンチータ様ってどのような人生を送ってきたんでしょうね?」

 ぐしゃり、と。
 刃の回転していないチェーンソーで死体を解体していたリンが、返り血まみれの姿でくるりと振り向いた。

「その質問、今する意味あるの? というかレンも手伝ってよ! 女の子の細腕でチェーンソー振り上げるのって、意外に大変なんだから」

 死体を解体する手を一旦休め、ふぅ、と息を漏らしながら壁にもたれかかるリン。
 壁にかかっている純白のタオルで顔の返り血だけを乱雑に拭って、彼女は林檎の皮むきをしていたレンに視線を合わせた。

「だって気になりませんか? どうすればあんなに素晴らしく美しい女性が美食家になって、遂には食人鬼にまで堕ちたかなんて」
「下手な好奇心は身を滅ぼすよ。……ん、でもコンチータ様に愛されるって意味で滅ぶなら良いかも。やっぱり人生の最後くらい、誰かに愛されて死にたいよね」
「それには心底同意です。コンチータ様、早く僕とリン姉様を愛して下さると良いんですけどね……」

 はぁ……、と、美しい双子の口から同時に溜息が漏れる。
 今日も双子たちの朝は、バニカ・コンチータに愛されず、彼女が愛するための食材を調理することから始まるのだ。

12:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:41



     *     *     *


 気付いたら、朝食の時間になっていた。

「あら、もう八時なのね……気付かなかったわ」

 早朝五時に起床してからずっと紅茶をかき混ぜ続けていたコンチータは、そう呟いて木組みの椅子から立ち上がる。
 テーブルの上には、かき混ぜすぎて底が傷ついたティーカップと、中身のまったく減っていないアッサム。
 溶けきれなかった砂糖が大量に残ったそれを、コンチータは一気飲み。
 ざらざらと砂糖特有の不快な舌触りがしたが、好き嫌いのない彼女は気にしなかった。

「結局、三時間も考えたのにわからなかったわ……思考するって大変。リンと話している時に意見や反論を考えるのは好きなのに」

 まったくとかしていないのに寝癖が一切ついていない髪をクシャクシャと掻き毟って、彼女は赤いドレスを纏った体をゆっくりと動かす。
 彼女は赤という色を愛していた。
 情熱的で鮮烈、何より愛する食物たちの体に絶対流れている色だから。
 赤を纏うというのは愛を纏うということで、食物を食べるというのは愛するということ。
 バニカ・コンチータの存在は、見た目からその思想や行動まで、全てが愛で出来上がっている。
 愛に生きる女。
 この称号が彼女以上に相応しい人間は、そうそういまい。
 そんな存在という存在を愛で固めた彼女だから、愛に飢えた双子はきっと魅了されてしまったのだろう。
 愛そのものとでも言うべきバニカ・コンチータに。

「コンチータ様、朝食をお持ち致しました。中に入ってもよろしいですか?」

 コンコン、という短めのノック音と共に聞こえてくる声。
 口調から察するにレンの方だろう。
 これがリンだったなら彼女は敬語を使わないし、そもそもノックなんて行動をとらない。

「ええ、入って良いわよ。ついでに今日の朝食メニューを教えて頂戴」
「前菜、パリジェンヌの眼球。スープ、大和撫子の鮮血。魚料理、人喰い鮫の丸揚げ。肉料理、嬰児の煮付け。サラダ、インディアンの毛髪。デザート、四十二カ国分の人種による肝臓の盛り合わせ唾液がけ。ドリンク、老婆の脳漿」

 およそ人間の食べ物とは思えない料理名を淡々と読み上げながら、レンが扉を開けて入ってくる。
 押しているのは、大量の皿が乗ったカート。
 いま読み上げた料理は、全てその上に収められているのだろう。

「大和撫子の鮮血ね……私は好き嫌いしないけど、それでもお国柄なのかしら。血はヨーロッパの女の子の方が好きだわ。日本女子の血はまろやかすぎてスープというよりドリンク向きなの」
「僕からしてみれば、どれも同じ血液にしか感じられませんけどね。どれを飲んでも吐く自信がございます」
「当たり前よ、血液にはそもそも嘔吐を促す成分が含まれているんだから。私の食道が特別なのよ。ああ……でも慣れてなかった若い頃は、さすがに戻しちゃってたわね」

 呟き、まだテーブルの上に並べられていない前菜をひょいと手でつまむコンチータ。
 行儀の悪いことこの上ない仕草だが、彼女がやると何故か下品さは感じられなかった。
 “若い頃”というそのキーワードに反応して、テーブルに皿を並べながらレンが口を開く。

「そういえば、コンチータ様の若い頃って何をしてらしたんですか? 僕とリン姉様が貴方に仕えはじめた時には、もう今のコンチータ様が完成されていましたから」
「そうねえ……美食家のお父様と宗教家のお母様の間で、それなりに裕福に暮らしてたわ。十歳くらいまでは」

 前菜であるパリジェンヌの眼球をころころと舌の上で転がしながら、コンチータが答える。
 「十歳くらいまで?」というレンの疑問符まじりの一声を浴びて、彼女は眼球をごくりと丸呑みにし、さらに続けた。

13:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:43


「家に強盗が入ってきてね。私はたまたま屋根裏部屋で遊んでたから助かったんだけど、他の家族は殺されちゃったのよ。後から下に降りたらビックリしたわ。やけに叫び声が聞こえてくるとは思ってたけど、まさか全員死んでるとは思わないもの」
「……それで、コンチータ様はどうなさったんですか?」
「まず放心。後からパニック、そして悲しみ。
 ……でもね。血の海の中で大好きな家族との思い出を振り返っている内、死んでるなんて大したことじゃないって気付いたの。だって死んでるってことは愛してもいいってことじゃない。食べるのは究極の愛情表現なの。大好きな家族を好きなだけ愛せるって、それは最高に素晴らしい幸福だと思わない?」

 うっとりと恍惚するように目を細め、彼女は二つめの眼球に手をつける。
 口内で力強く噛み砕けば、プチッ、という、カエルの卵が割れたような音がした。

「だから私は愛したわ。刺されたお爺様の顔を。撃たれたお婆様の胸を。殴られたお父様の頭を。折られたお母様の骨を。破かれた弟の腹を。裂かれた妹の喉を。
 途中で何度も吐いたけど、でもせっかくの愛を零しちゃ悪いと思って、吐いた愛も再び口に入れた。
 筋っぽいくせにブヨブヨしてて生臭くて。はっきり言って不味かったけど、でも家族の体だと思うと愛せたことが嬉しすぎて涙が止まらなかった。笑い声も止まらなかった。感激に泣きながら恍惚に笑える愛なんて、そんな素敵なものを初めて知った瞬間よ」

 つまり、強盗に殺された家族の死体を食べたということか。
 そうレンは納得して、底に大量の砂糖が残っているティーカップにアッサムを追加した。
 どうやったらこんな人が食人鬼になるのかと疑問だったが、その昔話を聞いて理解できた。
 きっとショックで頭のネジが外れて、超えてはならない境界線を越えてしまったのだ。
 七つの大罪の一つ、暴食へ続く境界線を。

(でもそう考えると……やっぱり、何で僕とリン姉様のことは愛して下さらないんだろうって不思議になりますね。生きたまま腸を食べられたって、それが愛なら僕もリン姉様も喜んで愛されるのに)

 それが真っ当な意見のようにそう考えるレンの頭も、だいぶ終わっている。
 この少年もこの少年で、きっと何らかの境界線を越えてしまっているのだろう。
 それは彼の双子の姉も同じ。
 この背徳の館には、境界線を越えてしまった異端者しか住んでいなかった。

 全ての生物を愛そうとするバニカ・コンチータ。
 そんな自分が唯一愛せない双子のリンとレン。

 好きなのに愛せない、二人を愛することを考えるだけで、なにか大切なものを失ったような気分になる。
 わかりやすい矛盾に彼女が気付くのは、果たしていつの日か。
 愛情の謎は、一年前から彼女を苛み続けていた。

14:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:43



第四話『依存の罪』

15:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:45


「なあ、バニカ。お前はレン君とリンちゃんに依存してるんじゃないのか?」

 ルビーレッドの髪を揺らして、テトはゆっくりとマフィンを口に放り込んだ。
 彼女のとろけるようなハスキーボイスは、オレンジピールの入ったマフィンよりも甘ったるい。

 主人であるバニカ・コンチータ。
 メイドのリンに、執事のレン。
 この三人しか住んでいないはずの背徳の館に、今日はいつもと違う人物が訪れていた。
 それが彼女、テト。
 数少ない……いや。この世に一人と称しても過言ではない、バニカ・コンチータ唯一の友人だ。
 ドリルのような螺旋状の髪をツインテールに結い上げているのは、ビロードのリボン。
 チェシャ猫を思わせる女性的な笑顔を浮かべ、かつ男性的な口調で彼女は問うた。
 目の前にいる、バニカ・コンチータに。

「……急に訪ねてきたと思ったら、また随分と唐突な質問ね。相変わらず私、貴方の事だけは愛せそうにないわ」
「今更だろ、そんなこと。お前は俺が嫌いで、俺はお前に愛されたくない。
 この溝を埋められる気もしないし、頼まれたところで埋めようとも思わない。……それでも俺達は互いを友人と呼び合っているのだから、中々に面白い関係だとは思わないか?」
「話を戻すわね、何でそんな質問をする必要があるのかしら?」

 コンチータに無視されたことを面白がるように、テトは口紅が必要ないほどに潤った唇からククッと笑い声を漏らす。
 いつもは翻弄する側であるコンチータが、この女を前にしては翻弄される側だった。
 応接間のテーブルにはティーカップ、毛皮のソファーに座って向かい合う二人。
 クラシックな雰囲気の室内はディンブラから漂う薔薇に似た香りで満たされ、そこを一種の幻想的な空気で包み込んでいた。

「だってバニカ、よく考えてみろよ。全てを愛すると宣うお前が、なんであの二人の事だけは愛せない?
 いや、愛せないだけなら俺と一緒だな……言い方を変えよう。
 なんで大好きなあの二人を愛せない? 大嫌いな俺を愛せないのは理解できるが、お前はリンちゃんとレン君が嫌いなわけじゃないだろう」
「それは、あの二人の声や顔をまだ堪能しきってないからで……」
「前に聞いたときもお前はそう言っていた。だからさ、俺は思うわけだよ。『バニカ・コンチータは、リンとレンに依存しているのではないか?』――――ってな」

 かたりと、ディンブラの入ったティーカップを受け皿に置く。
 テトとコンチータ。
 二人の視線が、甘やかな空間の中で熱を帯びて交差した。
 片や聖書の矛盾を指摘する研究者のような優越で、片や矛盾を指摘された信仰者のような剣呑で。

「そもそもお前は根本から矛盾している。どうしてそこまで中途半端な狂い方ができるんだ?
 お前の両親の教えを忠実に守ってるお前は良い狂いっぷりだが、リンちゃんとレン君と触れ合っているお前はただのつまらない女だ。
 腐りかけで止まってんじゃねーよ、地面に還るまで腐れ。悪臭を放つ程度で満足するな。
 狂うなら完璧に狂えよ。普通の感性を惜しむな。人としての底辺まで堕落しろ」

 コンチータを睨みつけて、テトは言う。

「腐ったふりで自分を誤魔化すなよ、バニカ・コンチータ」

 その悪辣な声に、コンチータは恨みがましげな視線を投げ掛けた。

「貴方、リンなんかよりよっぽど性悪だわ」
「違うね、俺は邪悪なのさ」

 吐き捨てられた言葉を、テトは至極楽しそうな笑顔で受け入れた。
 お気に入りの玩具でも眺めるように。

16:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:46



     *     *     *


「テトの奴、何であそこまで性格が悪いのかしら……本人に言わせれば性悪じゃなく邪悪みたいだけど」

 呟き、赤いドレスを身に纏ったままのバニカ・コンチータは自室のベッドに倒れこんだ。
 あれからテトは、言いたい事だけ言っておいて「じゃあ、俺はリンちゃんとレン君にぶっ殺されない内に帰るとするよ。あの二人お前が好きすぎる」などと帰ってしまった。
 何をしに来たのだろうか。あの暇人は。
 キングサイズのベッドに付いた天蓋を見上げ、シルクのシーツの上で寝そべりながら彼女は考える。

「私がリンとレンに依存してるなんて……あるわけ無いじゃない、そんな事」

 自分にとってあの二人は、あくまで愛すべき対象――――食べるべき食物でしかない。
 食べ物に依存する人間など何処にいる。いや、それを言ったらデブと呼ばれる人種がそうなのかもしれないが。

「あー、くそっ。 やっぱりテトとは迂闊に会話するべきじゃないわね。 アイツは頭がゴチャゴチャになる話しかしないのよ、昔っから相も変わらず飽きもせずに抜けぬけと!」

 彼女らしからぬ大声で叫び、手足を思いっきり広げて大の字になる。
 静かに目を瞑って、シーツのシワに指を這わせながらコンチータは考えを続けた。

 確かに自分は、あの二人に特別な感情を抱いているのかもしれない。
 しかしそれはあくまで愛情の範疇だ。依存などしていない。決して。

 ――――本当に? 素直になれよバニカ、お前の今までの行動を振り返ってみろよ。

 ついにあの女は人の想像にまでちょっかいを出してきやがった。
 と軽く舌打ちをするコンチータ。
 目を開ければ、そこに飄々と笑うテトが待ち構えているような感覚さえした。

17:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:49


「――――振り返ったところで、何の意味もないわ。私は絶対に依存なんてしていない」
 ――――ふふっ。“絶対”なんて、そんな便利で都合の良い概念が人間に通用すると、お前は本気で思っているのかよ。
「消しゴムは使うと絶対に減るし、人間は絶対に死ぬじゃない」
 ――――それは消しゴムを使ったという“原因”によって、消しゴムが減るという“結果”が生まれただけさ。
 そんなものを絶対とは呼ばない。人間だって同じだぜ? 生きるから死ぬ。だがそれはただの原因と結果。絶対なんて壮大かつ摩訶不思議なものじゃないんだよ。
「……じゃあ、貴方にとっての絶対って何なのよ」

 コンチータの問い掛けに、頭の中のテトは薄気味悪くぼんやりと笑った。

 ――――俺がこの世で成した悪事。それだけが絶対だ。
 ……お前も自分が絶対に依存していないと語るなら、成してみろよ、その証拠を、行動として。
 二人を食べてしまえばいい。いや、お前風に言えば愛してしまえばいい、か? 二人(食物)を愛する(食べる)なんて、悪食に魅入られたお前になら容易い事だろう。
「…………」
 ――――おいおい、その顔はなんだ? まるであの子たちを愛することを拒否しているみたいじゃないか。
 それじゃ駄目だ、それじゃ狂いきっても腐りきってもいない。奇人にはなれても狂人にはなれないぜ?
「…………」
 ――――それとも認めるかい? バニカ・コンチータはリンとレンに依存していると。
 認めたらどうなるかはお前が一番よくわかっているだろう。お前が今まで積み上げてきた罪深い愛の歴史は、ただの罪の歴史にしかならなくなる。
 今までギリギリのところで保たれてきたお前の自我が崩壊して、お前の愛も失われて、お前はただの気が触れた罪人だ。
「…………」
 ――――失いたくないだろう? 積み上げてきた愛を。
 気付きたくないだろう? 自分が悲劇に耐えられなかっただけだと。亡くしたくないだろう? 悪食娘である自分を。
「…………」
 ――――だったら食べろよ、リンちゃんとレン君を。たったのそれだけだ。ただそれだけの行動で、お前の愛の歴史は守られる。
 ――――お前はまだ悪食娘と名乗ることが出来る。

 そう耳元で囁く幻影を許容するように、ゆっくりとコンチータは目を開く。
 目を開いても、やはりテトの姿はない。
 右を向けば、鏡に写るのは青白い自分の顔。
 駄目だ、こんなのは私じゃない。
 常に慈愛に満ちた微笑を湛え、その行動と精神を以って愛の素晴らしさを語る。
 それが悪食娘、バニカ・コンチータだ。それが私だ。
 早くいつもの自分に戻らないと。
 何かを失ってしまう、その前に。

「……いいわよ、テト。貴女の言う通りにしてあげる」

 ベッドから立ち上がり、ガチャリと扉を開ける。
 窓から吹き込む冷風が、血のように赤いスカートを翻らせた。

「悪食娘、バニカ・コンチータ。愛なき依存の罪なんて絶対にないと証明して、私はその名を貴女の前で再び名乗ってあげる」

「――――リンとレンを、愛し尽くして」

 こうして悪食娘は、双子を愛する為に――――依存の罪を否定する為に。
 ドレスから取り出した短剣を右手に携え、幽鬼のように廊下を歩いた。

18:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:50



最終話『悪食の娘』

19:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:51


 バニカ・コンチータとは、果たしてどんな女だったのか。

 この世の美食を極めた美食家。
 悪食の限りを尽くした悪食娘。

 合切総じて、彼女は罪人だった。

 悲劇から逃げ続けた逃亡者。
 偽りの愛を求め彷徨う探求者。

 合切総じて、彼女は不幸だった。

 美食を極めようと褒めてくれる家族はおらず、悪食をしようと咎めてくれる隣人もおらず、悲劇から逃げようと逃げ切れず、偽りの愛を求め彷徨っても見付からない。

 だからきっと、この物語は狂いきった女の物語などではない。

 ただ現実に耐え切れなくて、支えてくれる人がいないから一人で生きられるふりをして、それでも強がりを貫き通せず、狂気に縋うとろも甘い一言に誘惑され、残された大切な者達まで、自らの手で屠ってしまった。

 罪を愛で飾り、悲哀を狂気で塗り潰す。
 そんな惨めで情けない可哀想な女が、それでも必死に幸せになろうとした、悪足掻きの物語だ。

20:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:52



     *     *     *


「ちょっとそこの召使さん。貴方はどんな味がするかしら?」

 一年前まで、バニカ・コンチータの所有する館には十数人の召使とメイドがいた。
 館の主である彼女にその言葉を囁かれることは、つまり囁かれた側にとって死を意味する。
 顔を真っ青にして逃げ惑う召使やメイドを捕獲して殺しながら、リンとレンは常に考えていた。

 嗚呼、なんで愛される事をそんなに嫌がるのだろう、と。

 愛されるなんて贅沢な事なのに、何を思って彼らはそれを拒否するのか。
 愛される事の素晴らしさ、嬉しさを、きっと彼らは理解していないのだ。
 羨ましい。妬ましい。
 コンチータ様にそっと囁かれたのが僕達なら、きっと逃げ惑うなんてせず喜んで自分の体を切り刻むのに。
 生きながら彼女に愛されるのは、きっと痛いのだろうけれど。
 それでもリンとレンは、いつかバニカ・コンチータの美しい指と口で愛されることを願っていた。

 だからその囁きが自分達に向けられた者だと気付いた時、二人の心を包んだのは、純粋な喜びだった。


「コンチータ様、本当に僕達を愛して下さるんですか!?」
「やったぁ! コンチータ様、大好き!」

 耳元で囁かれた甘やかな死の宣告に、金髪の双子は揃って嬉しそうに飛び跳ねる。
 嬉しそうに、本当に嬉しそうに。
 だからこそバニカ・コンチータは、その光景を見て己の胸に走った痛みを理解できなかった。
 大好きな二人が嬉しいなら、私も嬉しいはずなのに。
 嬉しくないのは、どうしてなのだろう。
 どうしてこうも泣きたくなるのだろう。

(……でも大丈夫。二人を愛してしまえば、きっとこの胸の痛みからも解放される)

 言い聞かせるようにしてそう思い、赤いドレスを揺らして二人に一歩近付く。
 手遅れになるの間違いだろうと、誰かが囁いたような気もした。

21:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:53


「ねえねえ、どっちからコンチータ様に愛して貰う? やっぱり二人一緒に?」
「リン姉様。同時になんて、コンチータ様の口はそんなに大きくありませんよ」
「じゃあ私からでいい?」
「そこだけは譲れませんっ!」

 お気に入りのゲームをどちらが先にやるかを取り合うように、双子はぎゃあぎゃあと言い合う。
 ないのだろうか、死への恐怖は。
 死への絶望よりも、愛への渇望を目的として生きる双子。
 リンとレン。
 この二人もまたバニカ・コンチータと同じくらいに……ある意味ではそれ以上に終わりきった存在であると、コンチータは理解していなかった。
 自分の心を護るために狂わなければならなかった彼女は、自分以上に狂った人間の存在など認めてはならない。自分が狂いきれていないことも認めてはならない。
 だからそれはある種の生存本能であり防衛本能だ。
 狂うことが生存条件である彼女が、その生存条件を脅かす事実を受け入れられるはずもない。

「どちらでもいいわ……早く愛させて、胸が張り裂けそうなの」

 故に、彼女は双子を喰らう。
 彼らより自分の方が終わっていると、そう己に言い聞かせる為に。
 故に、彼女は双子を好く。
 彼らのひたむきな愛情が、自分の狂気を深めてくれる気がして。
 あるいは、普通の人間に戻してくれる気がして。

 流血よりもなお紅いドレスに包まれた体を躍らせ、バニカ・コンチータは右手に握った短剣を振り上げた。

 そして視界を包む、鮮血。


     *     *     *


「――――俺はね、バニカ。お前のことが嫌いじゃなかったんだぜ? いや、過去形にするのは間違ってるな。今でも嫌いじゃない」

 不意にそんな言葉が聞こえて、コンチータは下げていた視線をゆっくりと上げた。
 錆びた鉄の臭いが溢れ返る室内、真紅に染め上げられた空間。
 散乱する血と骨。
 自分が愛した、二人の死体。
 それは包丁かナイフか――――あるいは短剣でも使って切り刻まれたようにバラバラで、原型を留めているパーツは一つもない。
 腕にも足にも腹にも頭にも肉はついておらず、まるでしゃぶり尽くされたような白骨と化している。
 本来ならば頭蓋骨の中に納まっているべき脳までもが存在していない。
 当たり前だ、さっき愛し尽くしたばかりなのだから。

22:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:54


「俺が好きなのは、堕ちきって、狂いきって、終わりきって、もうどうしようもないほどに手遅れになって、それでも自分が不幸だと気付いていない。そういう奴なんだ。……傷の舐め合いとでもいうのかな。俺と同じような奴を見ると、そいつが好きで好きで堪らなくなってしまう」

 何かを喋ろうとした途端、どぷり、と口から血が漏れ出した。
 一瞬吐血したのかと思ったが、どうやら無理な食事で顎が砕けていたらしい。
 少し力を込めるたびに激痛がはしる。
 この部屋を染め上げる血液には、大好きな二人の他に自分のものも混じっているのかもしれなかった。

「だから俺は、もう少しで俺と同じになってくれそうな奴を無視できない。あと僅かにでも堕ちてくれれば、俺と同じ悪夢に溺れてくれるだろう人間を引き摺り下ろさずにはいられない。そうして俺はお前を引き摺り下ろしたんだよ」

 真っ赤なドレスは血に浸りドス黒く変色していた。
 せっかく二人にプレゼントして貰ったお気に入りのドレスだったのに、これでは洗濯しても落ちないだろう。
 勿体無いが、あとで二人の骨と一緒に燃やしてしまおう。

「今のお前は俺と同じさ。だから俺はお前が嫌いじゃない。お前はこれから生き延びたところで人生に希望は見出せないし、絶望するにはお前も俺も罪深すぎる。だからこれからは俺と一緒に堕ちていかないかと……そう、お前に言うつもりだったんだがな」

 ああ、でも二人の骨まで愛してしまわないと勿体無い。
 二人分の血と肉で満腹感は充分にあるのだが、それでも胃に入らないというわけではない。
 散らばる二人の骨に手を伸ばす。
 軽く口に含んでみれば、なんだか粉っぽい味がした。
 そのままボリボリと歯で骨を噛み砕いていく。
 歯が硬くて良かったと、そんな呑気なことを考えてみた。

「でも、お前を道連れにするのは止めることにした。果ての無い堕落は地獄だ。お前をそれに巻き込むには、俺はお前のことが好きすぎる。……だから俺は、お前の地獄を、ただ終わらせよう」

 するりと、シルクの手袋に包まれた腕が首に回った。
 誰かが私を抱きしめているらしい。
 息をすることもなく無心で愛していたせいか、骨はもう私の口の中にすら残っていない。
 愛すものがなくなってしまった。
 誰かを愛さないと、私は生きていけないのに。
 一人は嫌だ。お願い、誰か愛させて。
 そのまま耳元に唇を寄せられて、そして、彼女は囁いた。

「なあ、バニカ。――――『まだ食べるものあるじゃない』」

 血に濡れたバニカの右手を自らの腕で掲げて、彼女は静かに微笑んだ。

 ああ、そうだ。
 私にはまだ愛せるものがあるじゃないか。
 私はまだ、私という存在を愛していなかった。
 全ての食物を愛し尽くした、私という存在を。

 血に染まった右手を、ルージュに濡れた唇で食む。
 指先の神経が肉ごと引き裂かれる音がして、口の中に血の味が広がった。
 じわじわと痛む指先をさらに舌で舐め、そのまま第二関節まで一気に噛み砕く。
 ごきゅり、びちゃり、がりがり。
 人間の体から生じるべきではない効果音が発せられて、肉片と化した指たちはコンチータの喉に嚥下される。
 これが愛される痛みか。
 そう考えると、嬉しくて嬉しくて、涙が出てきた。
 頬を伝って流れた涙が、床にできた血溜りに落ちる。
 無理に動かした顎がさらに砕け、迸る激痛。
 むせ返るような血の味。
 舌の上を通る血と肉は、今まで愛してきたどんな食材よりも美味だと感じる。

 ばりばり、がりがり、ぼりぼり、ぽりぽり、ぱりぱり、ぐちゅっ、ぬちゅっ、ぼきっ。

 人体が奏でる不協和音は、血濡れの部屋を虚ろに満たした。

23:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:55



     *     *     *


「……お疲れ、バニカ・コンチータ。お前の地獄はこれでお仕舞いさ」

 錆びついたドレスを纏い、血塗れの床に倒れ付す女を見下ろし、テトは艶然と微笑んだ。
 女の均整のとれた、本来ならば美しいと賞賛するに相応しいはずの体には、右腕が欠如していた。
 肩から先を手負いの獣が食い荒したような造形。
 赤いドレスを纏った女にすでに息はなく、しかしその涙と血に濡れた顔は、どこか吹っ切れたように微笑んでいた。
 自らの纏うドレスが血に浸ることも意に介さず、テトは死体の前にしゃがみこみ、そのまだ暖かい頬に触れた。
 労うように、慈しむように。

「でも罪を背負ったお前じゃ、死んでもまた地獄行きかもしれないな。……しかし安心しろ。お前の地獄は終わらせても、お前の罪は終わらせない。俺が背負って歩いてやる」

 未だ肩から溢れる死体の血を、バニカの血を指ですくって、テトは誓うように呟く。

「お前の罪を俺に寄越せ。悪食娘は俺が引き継ごう」

 バニカ・コンチータの血が付着した指先を舐め取り、テトは纏うドレスの裾を翻す。
 悪食娘の名を継いで、彼女はこれからも嗤って地獄を生き続けるのだろう。

「晩餐は――――」

 ――――まだまだ、終わらない。

24:天照 ◆2u7.:2011/08/29(月) 12:56



はい、これで『悪食娘コンチータ』、終了となります。

25:理沙 ◆ZO7.:2011/09/01(木) 15:41

私のこと誰かわかりますか?

あっちの掲示板でもファンの者です!

26:天照 ◆2u7.:2011/09/25(日) 21:48

あばば、コメント遅れてすいません!←

理沙様……あの理沙様ですか?
ピコ森でお世話になってます!

27:にゃす。:2012/01/05(木) 21:48

すごい・・・  
コンチータ様にはテトという友達がいたのですねぇええぇぇx((((

28:匿名さん:2012/01/06(金) 19:03

いや、別に実際にいたわけじゃないと思うぞ
天照さんの自己解釈なので。


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