不良品製造工場

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1:おさなななみ:2011/12/12(月) 00:32

まだ寒い冬の朝、眠気がとれないまま天気予報を見ていた。今日は一日通してずっと快晴が続くらしい。
風を通すために部屋の窓はわずかに開かれていて、そこから入る冷たい空気がぼくの寝呆けた頭を醒ましていく。
りん、とトースターが鳴いた。
かりかりに焼けた食パンにマヨネーズをかけてチーズを乗せる簡単な朝食を摂った時には、もう家を出る時間になっていて、ぼくは慌てて身仕度をすませると無人の家を出た。

ぼくの両親はふたりとも公務員という安定した高収入のある職に就いており、それに加えて倹約家なのでかなりの量の貯金を溜め込んでいる。そして一年に数回、長い有給休暇を取っては貯金を切り崩して外国へと旅立っていくのだ。
ぼくはと言うと、高所恐怖症で飛行機がだめなのと、学校があるのでそのたびに置いていかれてしまう。生活費は出してくれるとはいえ、(当たり前の話だが)ほんとうに人の親なのかと常々思う。
しかしそのおかげで生活能力は人並み以上に身につき、今では家事全般をひとりで完璧にこなせるようになっていた。まったくもって素直に喜べない話だけれど、自分で自分の世話を焼けるのに越したことはない。……と、そう考えるようにしている。

そんなぼくを見て、生まれたときからの幼なじみである七瀬七海は、ことあるごとに目を輝かせてこう言うのだ。

「あたし、将来あんたと結婚して家事も仕事もぜーんぶ任せて遊び惚けるのが夢なの!」

だからぼくはそのたびに、この狂った思考回路を正してやろうと、高校デビューによって茶色く染まった頭をひっぱたいてやることにしている。野たれ死ねビッ○。

「おはよ、みこ。今日も寒いねー」

家を出て少し歩くと、後ろから肩を叩かれた。七海だ。
朝陽に映える茶髪をポニーテールにして纏めていて、惜しみなくうなじを曝け出している。今朝の気温は10℃を下回ってるんだけど、首、寒くないの?
ちなみにみこと言うのはもちろん名前ではなく愛称である。本名は神野みことで、両親や七海からは下を端折って「みこ」と呼ばれている。女の子みたいだから辞めてほしいのだけれど、最近はもう慣れてきた。

「ねー聞いてよみこ。今日の英語さー」

「見せないよ」

七海の言葉を遮り、先手を打って釘を刺しておく。どうせ、課題があるのをすっかり忘れてたからノートを写させろとでも言いたいんだろう。そしてその予想は的中していたらしく、ぼくの隣に並んで歩く七海の笑顔が固まった。相変わらずわかりやすいやつだ。

「……えへへ、へへ」

媚びるような笑い声をあげながら、七海はするすると後ろに下がって行く。そして、再び後ろからぼくの肩を叩いた。

「おはよ、みこ。英語のノート写させてー」

いっそ清々しいほどのテイク2に、もはやつっこむことさえもできない。どうやらぬかに釘だったようだ。

2:不良品:2011/12/13(火) 20:20

幼なじみとしての長年の経験からすると、ここで拒否すれば次は武力行使で無理矢理にでも承諾させようとしてくるだろう。
中学生のころに空手黒帯を獲得し、全国大会優勝候補と謳われた七海の武力行使はちょっとしゃれにならないくらいに痛いので(主にローキック)、ぼくは渋々頷いてやる。でも、ただでは見せてやらない。

「……わかったよ。でもそのかわり、昼飯、七海のおごりだからね」

「あれ、お弁当作ってきてないの? 今日もみこのおかずを楽しみにしてたのに」

「今日はなかなか布団から這い出せなくて、弁当作る時間がなかった」

っていうか人の弁当のおかずを楽しみにするなよ。自分で作ってこい。

「そっかあ。ちぇっ、そういうことならしかたない。この七海さんがおごってやるよ」

どん、とない胸を叩いて七海が偉ぶる。

「なんで七海の方が上の立場みたいになってんだよ。ノート見せてあげないよ?」

「はあ?」

ぬい、と七海の手が伸びてきて、避ける間もなくぼくの顔を掴んだ。次の瞬間、万力に挟まれたみたいな激痛がぼくの頭を支配する。

「いだだだだだいたいいたいいたい!」

「いつからナマ言うようになったのかしらこの口はぁー?」

「わかったわかったやめろいたい離せ!」

「なぁにぃ、聞こえんなぁ〜?」

「ごめんなさい離してください!」

握力60キロを誇る七海のアイアンクローにぼくは為す術なく屈服してしまう。久しぶりに食らったけど相変わらず痛い!

「よろしい。……ってちょっと、もう時間ぜんぜんないじゃんばか、どうしてくれんの!」

ぼくの頭を解放した七海が腕時計に視線を落として青ざめる。いや、おまえのせいだろ、どうみても。
七海の手が再びぬい、と伸びてきて、さっきのアイアンクローの恐怖により反射的にぼくは飛び退いてしまう。

3:おさなななみ3:2011/12/14(水) 11:51

しかし七海はそんなことなどお構いなしにぼくの腕を掴むと、ぼくを引っ張って「ほら走るよみこ!」と走りだした。

肌を刺すような冬の冷たい空気をふたりで切って走りながら、ぼくは前を走る七海の後ろ姿を見る。
七海はいつもこんな感じだ。暴力的で自由奔放。おしとやかの、おの字も見当たらない。そのくせ困ったことがあればなにかとぼくを頼ってくるのだから、たちが悪い。
そしてそのせいで周りからは夫婦認定をされていて、やんややんやとよくやり玉にあげられる。
そう、こんな風にだ。

「あ、七海おはよー。遅刻ぎりぎりだけど、ナニしてて遅くなったのよ?」
「ふたりともめっちゃ息切れしてんじゃん。朝からはやっぱまずいって」
「おいみこ、シャツのボタンちゃんと上まで止めとけよ。キスマーク見えるぞ」「朝から夫婦の営みとか羨ましい。みこ死ね」
「七瀬、ちゃんと避妊させなきゃだめだからね」
「俺も彼女欲しいーっ」

息を切らしてぜえぜえと肩を上下させながら教室に入ってきたぼくらを見て、クラスメイトたちは好き勝手に囃し立てる。ひとりひとりの頭をひっぱたいて黙らせてやりたいけれど、今は喋ることさえもできない。両手に膝をついて、とにかく息を整えることに専念した。

「あんたらねえ、ひとんちに口出す暇があるなら彼氏もしくは彼女でも作んなさいよ。ひがみ?」

ぼくより一足先に回復した七海が、クラスの面々に向かって指をさした。っておい、なに逆に煽り返してるんだおまえ。

「七瀬おまえ、ちょっといい嫁さん貰ったからって!」
「そうよ七海、世の中言っていいことと悪いことがあんのよ!」
「おい、今の七瀬の発言で佐藤が昏倒したぞ!」
「こっちは泡を吹いて痙攣してる! 保険委員ー!」

「俺らに付き合ってる人がいないのを知ってて……なんて残酷なんだ」
「私もみこくんみたいなお嫁さんが欲しい。七瀬さんみこくんちょうだい!」

七海の一声で、色めき立っていた教室が一気に阿鼻叫喚に転じた。そういえばこのクラスになってからもうすぐ一年経つけれど、浮いた話の類はまったく耳に届いて来たことがない。っていうかだれが嫁だ。

4:おさなななみ4:2011/12/21(水) 12:45

少し遅れてなんとか喋れそうなくらいに回復したぼくも、七海に倣ってなにか言ってやろうとしたところで予鈴が鳴った。「おーい席つけよおめーら」と先生が入ってきたので、みんなそれぞれほうほうのていで席へと戻っていった。




「みこって卒業したらどうすんの」

七海がそう訊いてきたのは、昼休みのことだ。
今日は三年生が模試で揃って学校にいないので、学食にはいつもの賑やかさはなく、生徒の入りもまばらだった。おかげで空いている席を探して延々と構内をうろつくはめにもならず、日当たりのいい冬場の人気スポットを難なく確保することができた。

七海の向かいに座ってカツカレーを食べていたぼくは、口の中のものを飲み込んでから顔を上げた。

「どうって、まだなにも考えてないけど」

本音だった。だって今のぼくはまだ高校一年生で、日々を生きるので精一杯だ。選択肢は多い方がいいと思って勉強だけは真面目にしているけれど、それでも、将来に目を向けることなんてまだまだできやしない。

頬杖つきながら、七海はさらに訊いてくる。

「ふうん。親の後を継いだりしないんだ」

「公務員に後を継ぐもくそもないんじゃないの」

「えーほら、よくあるじゃん。コネを使って入社みたいな。そういうのないの」

「知らない。仮にそういうのができたとしても、なんかヤだな。どうせなら自分の力で入りたい」

「え、じゃあ公務員になるのは確定なの?」

「いやだからなにも考えてないんだって、まだ」

人の話聞けよ。ていうか、なんでそんなにぐいぐい訊いてくんの?

「だってほら、将来の嫁のことはなんでも知っておきたいじゃん」

七海が笑いながらそんなことを言ってきたので、ぼくはスプーンをテーブルの上に落としてしまった。お前までなに言ってんだ。

「……七海はどうすんの、卒業してから」

「お、気になる? そんなにあたしの将来が気になるか?」

「いや社交辞令」

話題逸らし、ともいう。

「えーとねえー」構わず七海は続ける。「あたし、将来あんたと結婚して家事も仕事もぜーんぶ任せて遊び惚けるのが夢なの!」

ぼくは自分の定めた法に則って、身を乗り出して七海の頭をひっぱたいた。わりと強めに。

「ちょっとなにすんのよ痛いわね!」

「幼なじみのとち狂った思考回路を直してやろうというぼくなりの思いやりだよ」

この一連のやりとりも、もう何回目になるかもわからない。もはやお約束の域だ。だというのに七海は、ぼくに頭を叩かれるだけとわかっていながらも、ことあるごとにそうほざくのだからたちが悪い。

「なによもー」頭を抱えて机に突っ伏した七海が、ぽつりと呟いた。「……だからあんたも、好きなことをやればいいのよ?」

ぼくはなにも答えずに、スプーンを拾って残ったカツカレーを腹におさめた。

5:おさなななみ5:2011/12/26(月) 15:20

その日の夜、家に帰ったぼくは階段を上がってすぐに部屋に引っ込んだ。
部屋の奥にはエレクトリックギターがスタンドに立て掛けられていて、ぼくはそれを手に取る。
シールドコードをアンプに接続した瞬間、ぼくの体に電流が通ったような錯覚を覚えた。
ちりちりとノイズを吐き出すアンプ。つまみを回して近所迷惑にならない程度に音量を調節してから、ピックを持った手を降り下ろした。

30Wのアンプから迸るクリーン・トーン。GAINを目一杯まであげてキレのあるディストーションを作り上げたぼくは、両の手とギターが生み出すサウンドに耳を済ませた。

このギターは去年死んだ祖父さんから貰ったものだった。
若い頃の祖父さんはそれなりに名が知られていたバンドマンだったらしく、よく当時の武勇伝を聞かせてもらっていた。

6:& ◆HEdI:2012/01/19(木) 00:44 ID:1Qs

 そんな祖父さんに影響を受けたぼくは、たちまちロックというものに魅了されてしまった。祖父さんのコレクションであるビートルズのライブ音源も、もうテープが焼けつくくらいに聞いたし、こうしてギターも譲り受けて人並みに弾けるようになっている。
 でも、父さんは、それを快く思っていない。
 いくらそれなりに顔が知られていたとはいえ、当時の日本はバンドひとつで食っていけるような時代ではなかったらしい。
 しかしそれでも祖父さんはバンドのみを続け、ろくな定職にも就くことはなかったという。そのせいで金銭的な苦労を強いられてきた父さんは、公務員という安定した職へと進んだ。
 そしてそんな祖父さんと同じようにロックにのめり込みつつあるぼくが、祖父さんと同じ轍を踏んでしまわないかと危惧しているのだ。
 
 でも、そんなこと言われたって。

「バンドはやりたい」

 全開放弦の残響と一緒に、呟いてみる。
 すでに一度、学校の文化祭で有志を募って(もちろん父さんには秘密で)ライブ活動を行ったぼくの心には完全に火が点いてしまっている。

 なのに、父さんの気持ちも汲んであげたいと思っている自分も確かにいるということだ。

「どうすりゃいいんだか」

 そんなぼくの葛藤を、七海だけが知っている。
 だから、さっきあいつはあんなことを言ったのだ。好きなことをやればいいと。



 


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