天国への怪談

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1:祭り1:2012/04/21(土) 21:04 ID:N6c



「東雲くーん、今って暇かなー。もし暇だったらこれからデートに行かない? いいもん見せてあげるからさあ」
 先生がそう言っておれの部屋を訪ねて来たのは、日中のクソ暑さもやんわりと落ち着いてきた、夏の夕方のことだった。
 そのときおれは扇風機の前でパンツ一丁になって寝転がり、ヘッドフォンをつけて好きなバンドの曲に耳を浸していたので、ついに先生が部屋に上がりこんでくるまで、その訪問に気付くことができなかった。
 痛快なギターソロが終わったあたりでふと視線を感じたのでそっちを見ると、浴衣を着た先生が幽霊のように突っ立っておれを無表情に見下ろしていた。
 あまりのことに思考がフリーズしたおれは、驚くでもなく、恥じるでもなく、ただ体を起こしながらヘッドフォンを外して、その目を真っ向から見返すだけだった。
 シャカシャカというヘッドフォンからの音漏れが、この場の空恐ろしい沈黙をさらに際立たせている。
 見上げるおれと、見下ろす先生。
 先に視線を切ったのは先生だった。
 おれのパンツ、部屋全体、最後にまたおれのパンツ、という風に先生の目線が動く。
 最後に「いやん」とわざとらしく顔を両手で覆うふり。でもまだ指の隙間からめっちゃ見てる。
 ようやく状況の把握ができたおれは慌てて手近にあったスウェットに下半身を通した。
「いつからいたんですか!」
 そんなおれを見て先生は体を怪しくクネクネさせながら、いやらしく笑う。
「東雲くん顔真っ赤ー」
「だれのせいだよ!」
 照れ隠しにブチ切れたおれが五分くらい先生に説教を浴びせても、彼女はまったく悪びれもせず、馬耳東風に聞き流すばかりだった。
 これ以上は無駄だと悟ったおれは、改めて用件を聞いてやることにする。
「……で、なんですか急に」
「だからね、暇だったらね、デートに行きませんかーてね。いいもん見せてあげるからさあ」
 先生の言っている“いいもん”とは、おそらく今夜7時から始まるお祭り――海水浴場を舞台に町中総出で行われる、とてつもなく大きい規模のお祭りだ――に併行して行われる、花火の打ち上げのことだろう。
 時計を見ると現在時刻は6時30分。会場までの移動時間を考えると、今すぐにでも出発しないとお祭りの開始に間に合わない。
 ばっちりと着込んできた紅葉柄の浴衣。
 そしてわざわざこの一刻を争うようなぎりぎりの時間を狙っての訪問。
 ……どうやらおれに拒否権はないらしい。
「わかりました、ちょっと待っててください」
 観念したおれはそう言って先生を外に追いやると、スウェットを脱いで手早く着替える。
 人ごみが嫌いだから部屋でのんびりしようと毎年決めてるんだけどなあ。
 しかし先生からのお誘いとなれば実際悪い気はしない。誘い方をもう少し改めてほしいけど。
 Tシャツとジーンズに着替えてきたおれを見て、先生は不満そうに唇を尖らせた。
「えええ。浴衣じゃない。せめて甚平とかさあ」
「これが一番楽なんで」
 思わず苦笑いしながらヘコヘコと頭を下げてしまう。
 どうも、あの浴衣を着た時の肌がスースーする感じが好きになれないんだよな。いちいちタンスの奥から引っ張り出してくるのも面倒だし。

2:お祭り2:2012/04/21(土) 21:07 ID:N6c

 
 徐々に近づいてくる祭囃子の音を聞いてると、ほんとうに今日は祭りなんだということを改めて再認識させられる。
 祭りのある日は基本的に、一歩も外に出ることなく引きこもってるせいか、どうもまだ気持ちが切り替えられてないみたいだ。小学校低学年のころなんかは進んで参加してたらしいけど、そのころの記憶なんてもうほとんどない。
 ふと、となりを歩く先生を横目で盗み見る。
 おれが先生に合わせずラフな格好で来たことをまだ根に持っているみたいで、つまらなさそうな顔をしていた。
「いやあ、なにを見せてくれるんだろうなあ。すっごい楽しみだなあ」
「…………」
 無視された。
 しかしおれはめげずにご機嫌取りを続ける。
「先生その浴衣にあっ……」
「うるせー」
 取り付く島もない。
 これは、多少面倒でも浴衣を着てくるべきだったかもしれない。後悔先に立たず。
 それから互いに一言も発さないまま、海水浴場にたどり着いた。
 浜辺に隣接して作られた広大な駐車場にはたくさんの出店や屋台が敷き詰められていて、その隙間を人の群れが蠢いている。
「おお、いーいにおい! たこ焼き! いか焼き! りんご焼き!」
 どこかの屋台から漂ってくるにおいを嗅ぎ取ったらしい先生が、目を輝かせながらからんころんと下駄を鳴らしてスキップする。単純なひとだ。
 でも、あちらこちらから漂ってくる食欲をそそる美味しそうなにおいを嗅いでいると、先生でなくとも浮き足立ってしまう。先生が部屋をたずねて来る前に夕飯を食べたというのに、お腹が空いてきた。
 花火の打ち上げが行われるのは7時30分から。まだ少し時間もあるし、軽く出店を見て回るのもいいかもしれない。
 そう提案しようとしたところで、先生がおれの肩をグっと掴んだ。
「しののめくぅん?」
 わざとらしすぎるくらいの棒読みで、猫撫で声を発する先生。
「わたしは今、猛烈にお腹が空いています」
 なんだ急に。
「わたしは今、猛烈に懐が寂しいです」
 そうですか。
「もしかして:給料日前」
 そうですか。
「おごれ」
 おれの前を塞ぐように仁王立ちをして、先生はニッコリと笑う。
 まあ、いつものことだ。なにかにつけてこのひとは「金がない」とおれに食事を奢らせようとするのだ。 拒否したところでけっきょくは押しに負けておごるはめになる。
 どうせ、早いか遅いかの違いだ。それに、こんなことで先生の機嫌を直せるなら安いものだ。
 そう自分に言い聞かせて、ため息をつきながら「わかりましたよ」とポケットから財布を取り出した。

3:祭り3:2012/04/21(土) 21:09 ID:N6c

 
 微塵の遠慮もなく次々と屋台をはしごする先生のあとをついて歩いていると、不意に花火の打ち上げを告げるアナウンスが鳴り響いた。
 もうそんなに時間が経ってたのか。まだ10分くらいあると思いこんでいたおれは、あわててお面屋のおっちゃんと談笑している先生を屋台から引っぺがす。
 「ちょ、ちょっと待って!」と先生が喚く。そんなにお面が欲しいのか。二十歳を過ぎたいい大人が。
 おれは適当なお面を選んでおっちゃんにちょうど金額分の小銭を渡して、そのまま先生を引きずってその場を離れた。
 人ごみを掻き分けながら花火を見るのに都合のいい場所を探していると、会場全体を包んでいた喧騒がほんの一瞬だけ途切れた。そのぽっかりと空いたわずかな沈黙の隙間に、甲高い笛のような音が差し込まれる。
 次の瞬間、心臓を太鼓のばちで直接叩かれたような衝撃に体が打たれた。それと同時に、頬をびりびりと震わせるほどの轟音と、夜空を爛と照らす光が降り注いでくる。
 花火の打ち上げが始まったのだ。
 打ち上げは沖合いに停泊させた船の上から行われるため、必然的に間近で花火を見ることになる。
 その迫力はやっぱり圧巻で、見物に集まった人々はみんなそれぞれ感心したり、携帯で花火の弾ける瞬間を撮影していたりしている。
「もう始まっちゃったか」
 いくつもの光と音の花がひっきりなしに咲き続ける空を見上げながら、先生が言う。
「やばいなあ。間に合うといいんだけど」
 周りの人たちの歓声と花火の音のせいでまったく声を聞き取れないけど、口の動きでそう言ってるのがわかった。
 間に合う? 
 なににだろう。花火にはちゃんと間に合ってるのに。
 不思議に思っているおれの耳を掴み、先生が耳元で花火の音に負けないくらいの声で叫ぶ。
「ほら行くよ!」
「行くってどこに……いでででで!」
 いまいち要領が得られずにまごついているおれの耳をそのままぐいぐいと引っ張って、先生は会場の出口を目指す。
「ちょ、ちょっと先生! もう帰るんですか!? まだ来たばっかりじゃないですか! つーか、そっちは来た道とは反対方向……」
 開始に間に合わなかったのだろう、あわてて会場へと駆け込んでくるひと達とすれ違う中で、耳を引っ張られながら必死に抗議する。
 しかし、ピタリと立ち止まって振り返る先生の表情に面食らったおれは、それ以上なにも言えなくなってしまった。
「なに言ってんの、東雲くん?」
 その瞬間、おれの頭の中で稲妻にも似た予感が走った。まさか。
 そうか。
 そういうことか。
 この人は。
「言ったでしょ?」
 この人は、最初からお祭りに来るつもりなんてなかったんだ。
「“いいもん”見せてあげる、ってさ」
 子供みたいに無邪気な、先生の笑み。
 その瞳の奥に、薄暗い色の火が灯っているのがわかる。
 背筋をゾクゾクと怖気が走っていく。この人が時折見せるこの笑みが、おれはどうしようもなく恐い。
「置いてくよ」
 そう言って再び先を歩き始めた先生の背中を呆然と眺めるだけで、しばらく立ち尽くすだけだったおれを、どぉんという花火の音が突き動かした。
 早く行け。
 そう言われてるみたいだった。
 

4:祭り4:2012/04/21(土) 21:13 ID:N6c

 
 遠くに聞こえる祭囃子と花火の音を背にしながら、おれと先生はひとの気配のしない夜の町を歩く。
 からんころんという先生の下駄の音が、より一層強く響いている。ような気がする。
 普段はどこのお店も、この時間でもそれなりに客が入っているはずなんだけど、今日はどこも閉まっていた。みんな、花火を見に出かけているのだろう。ご苦労なことだ。
 だから、町を照らすのは、街路灯の頼りない光と、空に浮かぶ月の薄い明かりだけだ。
「お祭りに行くなんて、だれも言ってないでしょ」
 隣を歩く先生が、呆れ顔になっておれを見上げる。その頭に、さっきおれがお面屋で買った、デフォルメされた蛙のお面をずらして被らせていた。
 たしかにそうだ。先生はいいものを見せてあげると言っただけであって、お祭りや花火なんて単語は一言も用いていない。
 先生の指す“いいもん”とは花火とは別にあって、たまたまそれがある場所に向かうのに祭りの会場を通る必要があるだけだったのだ。
「じゃあなんでわざわざ浴衣で来たんですか。そりゃあ勘違いもしますよ」
「だって、夏と言えば浴衣じゃないか。……ほらほらもっと見てもいいんだよ。滅多に見れないよわたしの浴衣姿なんて」
「あーはいはい」
 裾を広げて纏わりついてくる先生を適当にあしらっていると、不意に彼女が「おっ」と声を上げる。
 その視線の先にあるのは、橋だった。
 この町は中央を流れる巨大な河に真っ二つに分断されていて、その切り離されたふたつのブロックを繋ぐようにいくつかの橋が架けられている。ここもそのうちのひとつだ。
 おれは息を呑んだ。
 異世界にでも踏み込んでしまったのかと錯覚してしまうくらいに、空気が淀んでいる。首筋の辺りを冷たいものがゾクゾクと走た。寒気と震えが止まらない。
「ほら、着いたよ」
 先生が得意げな顔をしておれに振り向く。秘密基地に友達を招待してあげた子供のようだ。
 でも、こっちはほんとうにそれどころじゃない。
 なんだ、これ。
 この橋は何回も通ったことがあるけど、今まで一度だってこんなことはなかった。
 からん、と先生が構わず歩みを進めた。その下駄の音にすらおれはすくみあがってしまう。
 先生もとっくにこの異様な空気を感じとっているはずだ。なのに、まったく怖じ気づくことなく平気な顔をしてずんずんと進んでいく。この状況で先生と距離を取るのも怖いので、おれはその斜め後ろをついていくしかない。
 先生はなにも喋らない。だから、おれもなにも喋れなかった。
 不自然な沈黙の帳が降りるこの橋の上で、先生の下駄の音だけが、無機質に響くだけだ。
 ……不自然な沈黙?
 

5:祭り5:2012/04/21(土) 21:16 ID:N6c


 そこでおれはやっと気付いた。
 さっきまで聞こえていたはずの、祭囃子と花火の音がいつの間にか聞こえなくなっている。
 とっさにおれはポケットから携帯電話を取り出して時間を確認しようとする。でもだめだった。部屋を出る前に充電しきっていたはずなのに、バッテリーが切れている。くそ、なんでだ。
 いや、確認しなくたって、まだお祭りも花火の打ち上げも終わる時間ではないことなんて、わかりきっている。会場を出てからまだ20分と経っていないはずだ。
 諦めて携帯をたたんでポケットにしまい直す。
 と、突然先生が歩みを止めた。つられて、おれも先生の隣で立ち止まる。
「東雲くん」
「……なんですか」
「ジっとしてて。声も出すな」
 先生の視線は、今立っている場所より三歩くらい進んだところにある手すりに向けられている。
 ……そこに、浴衣を着た小さな女の子がうずくまっていた。
 先生はおれの肩をぽんと叩くと、その女の子の傍らまで歩み寄り、腰を下ろして目線を合わせた。
「どうしたの?」
 優しい口調で、先生が話しかける。
 すると。
『おめん……』
 声。
 声がした。
 おれのすぐ耳元で。まるですぐ後ろから囁きかけるように。
 小さな女の子の、蚊の泣くようなか細い声。
 とたんに、全身からいやな汗が噴き出るのを感じた。
「お面が、どうしたの?」
『かぜ ね、びゅう  って  とば れちゃっ  。』
「そっかあ」 
 “それ”がなにを言っているのかははっきりとは聞き取れない。
 壊れかけのラジオのように、ところどころで声がぶつ切れになっている。
 でも、先生はしっかりと聞き取れているようで、声に合わせて「うん、うん」と何度も相槌を打って見せている。
「そうだ。ねえ」
『な ニ』
「この蛙さんのお面じゃ、だめかな」
『蛙 ん?』
 頭につけていたお面を外した先生が、ゆっくりと立ち上がる。
「そう、蛙さん。可愛いでしょ。これでいいならあげるけど?」
『                』
 しばらく、沈黙があった。

6:祭り6:2012/04/21(土) 21:20 ID:N6c


『ほンとォォォォォォォぉぉぉぉ……?』
 血も凍りつくようなおぞましい声がした。
 一瞬、恐怖のあまり目の前が真っ暗になりかけた。
 ワンワンと響く声を掻き消すように、ただ頭の中で必死に「早くなんとかしてくれ」と念じることだけしか出来なかった。
「うん、ほんと。大事にしてね」
『    う』
 手すりの向こう側に、お面を持った手を伸ばす。そしてなんの躊躇もなく、先生はお面を手放した。
 お面はすぐに闇に紛れて見えなくなったけど、たぶん、川に落ちて、そのまま流れていっただろう。
 すると、耳元で聞こえていた声が徐々に小さくなっていって、……そして、消えた。
 あとに聞こえるのは、自分の荒い息遣いと、こっちに戻ってくる先生のからんころんという下駄の音と、祭囃子。
 そして、空で弾ける花火の音。
「もう大丈夫だよ、東雲くぅん」
 なんでもなかったかのように、先生はおれの前に立ってゆるく笑う。
 さっきまで先生がいた場所には、女の子の姿はなかった。最初から誰もいなかったかのように。
「なん、だったんですか。あれ」
 掠れた声しか出てこなかったけど、なんとか言葉にした。
 先生は、おれが予想した通りの答えを返してくれた。
「ん? ……いいもん、だよ」


 先生――折原京子は、おれが中学生のころに三年間連続で担任を受け持ってくれた教師だった。
 身もふたもない言い方をするならば、彼女はいわゆる霊媒体質というものであるらしい。それも、ただ単に見えるだけではない。霊に対して自ら干渉できるほどの力を持っている。
 それだけならまだ「ただの霊感の強い人」で納まるのだが、先生は霊をはじめ、オカルトに対して異常な執着心を持っている。
 都市伝説、七不思議、怪談話と言ったオカルトじみたものを見つけては東奔西走し、喜喜としてそれらに自ら観照し、干渉しにいくのだ。そしてそうやって蒐集した体験談や、いわくつきのアイテムを持ち帰っては、それを周囲にバラ撒く悪癖まで備えている。そのため、中学時代は一部のオカルト信者を除き、他の教師や生徒達によく煙たがられていたものだ。(ひょっとすると今もかもしれない)
 閑話休題。
 そして、先生ほどではないとはいえ、生まれつき人並み以上に霊感を持っていたおれはひょんなことから彼女に目をつけられ、それ以来こうしてつるんでは、よく霊的な場所へと連れていかれるようになった。
 中学を卒業し、大学生になった今でも、その関係は続いている。
 

7:祭り1-7:2012/04/21(土) 21:22 ID:N6c


「わたしも人づてに聞いただけだから詳しく知らないんだけどね。あの子、ここで亡くなったみたいなんだよ」
 詳しく聞いてみると、今から十年前にここで女の子が川に落ちて溺死する事件があったらしい。
 先生が当時の目撃者から聞き出した話によると、お祭りの帰りに通ったこの橋の上で、買ってもらったお面が風に飛ばされてしまったそうだ。そしてそれを追いかけようとして手すりを乗り越え……。
 自分の耳に手を当てる。
 まだ鮮明に耳に残っているあの声は、たしかに小さな女の子のものだった。
「ちなみに今日がその十回忌。だからあんなに色濃く影響が出たんだろうね。だからこそ来たんだけど。きみも聞いたでしょう、声」
 先生の問いに、おれはがくがくと頭を振ってうなずく。
「それで、あの、さっきのはどうなったんですか。先生が川に捨てたお面を……追いかけていった感じがしましたけど」
「……あの子の遺体はきちんと回収されて、お墓も作ったそうだよ。でも、意識だけはこの橋に強くこびりついて残ってしまった」
「地縛霊ってやつですか」
 自分が死んだことを受け入れられなかったり、自分が死んだことを理解できなかったり、あるいは、なにかそこに特別な理由があって、死んだ時にいた場所から離れずにいるとされる霊のことだ。
「うん。お面への未練や執着が強すぎたんだろうね。だからああして、お面と一緒に“流して”あげたの。お面を追いかけて川を流れて、海に還って、きれいに洗い流されて。……いずれはお家に帰れるんじゃないかな」
 そう言って、先生は手すりに肘をついて、川の下流を――その先に広がる真っ黒い海を望んだ。
 どぉん。ばらばらばらばら。
 そう遠くない夜空でナイアガラが流れ落ちる。
 光の奔流を反射して、刹那的に極彩色に彩られる海を見ながら、先生がつぶやく。
「これだけきれいで明るい光があれば、迷わないで帰れるよね」
「締めには大量の花火を一斉に打ち上げるらしいですからね。眩しいくらいだと思いますよ」
「そっか」
 それきり、先生は黙り込んでしまった。
 そんな先生の横顔を見ながら、おれは有史以来何回も繰り返してきた疑問を、また頭の中で思い浮かべた。
 さっき、会場で狂気を感じるほどの無邪気な笑みを覗かせた先生。
 そして、今おれの隣でこうして女の子の死を悼む先生。
 どっちがほんとうの先生なのか。
 あるいはどっちもほんとうの先生なのかもしれない。
 終幕を告げる六色のスターマインが煌く。
 ほどなくして最大火力の花火が次々と打ちあがり、火薬のにおいを残して煙と消えていった。
 
 了


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