花火

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1:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:35 ID:Fsc

貴方は、花火の様な人だった。

2:(某スレから移動したので暫く文章は同じです) ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:37 ID:t3g

 その日は雨が降っていた。
 うわ、運悪ィな。俺は溜め息を吐いた。薄暗い空が自分の心を映し出している様で鬱陶しい。ビニール傘に叩き付けられる雨の音が五月蝿い。
 足取りが遅くなる。なんとなく、家には帰りたくない。

「……あ」
 無意識に辿り着いた場所は、公園だった。

3:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:38 ID:BlI

 その公園には先客が居た。
 ベンチに座り、長い髪を垂らして俯いている。白いワンピースには雨の染みが出来ている。
 
「あの、風邪引きますよ……?」
 お節介にも俺は‘先客’に声を掛けた。
 彼女はそこで俺の存在に気付いたのか、ハッと顔を上げた。なんとなく、目尻が赤い気もする。
「……お気遣いありがとう。でも、私傘を持ってないの」
「それなら帰った方が良いんじゃないですか……」
 呆れた様に俺が言うと、彼女は目を伏せて俯いてしまった。この時俺は彼女の睫毛が長い事に気付いた。
 
 少しの間沈黙が続く。静かな公園では雨の音が余計に五月蝿く感じた。

「……帰りたくない」
 だけど、俺には彼女の呟いた一言は確実に聞こえた。

4:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:40 ID:tzs

「え……」
 思わず立ち竦む俺。何故か彼女の言葉が重々しく感じる。
「あら、帰りたくないのは君も一緒でしょう?……じゃなきゃ、こんな雨の日に公園なんか来ないはずだわ」
 そんな俺に彼女はクスリと笑う。なんとなく見透かされた気がして怖かった。
「…隣り、座らない?」
 彼女が雨でベトベトになったベンチをポンポンと叩く。
「お尻が雨で濡れちゃうじゃないですか」
「……あ、それもそうね。ごめんなさい」

5:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:41 ID:wnw

「いえ、俺の事はお気になさらず」

 俺が彼女にもう少し傘を近付けると、彼女は軽く会釈をした。
 代わりに俺の肩が少し濡れる。あ、これじゃあどっちにしろ濡れるじゃないか。
 第一、俺は此処で何をどうするのだろうか。親は怒るだろうか、彼女はどうするのだろうか。

 俺がぐるぐると悩んでいると、彼女が口を開けた。

「少し…お話しましょう?」
 先程とは違う軽やかな声。彼女がふわりと微笑む。

 どうせ暇だから、と俺の何かが割り切ったのか、それとも彼女の微笑みに釣られたのかは分からない。だが、此処から俺と彼女の静かな雑談が始まった。

6:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:42 ID:t3g

 話していくうちに、彼女の名前が栞という事が分かった。
 名字を聞くと「それじゃあ君は私を名字でさん付けするでしょう?堅苦しいのは嫌いなのよ」との事。だから俺は彼女を栞さんと呼ぶ事にした。

 栞さんの年齢は「大学に入れるくらい」らしい。だが、理由があって大学には行っていないらしい。とりあえず、俺より背の低い栞さんは俺より歳上というワケらしい。


 そして、栞さんはとても真っ直ぐな人だ。

「ねえ、純也君はどうして此処に来たの?」

 真っ直ぐに俺を見つめる栞さんは俺の核心であろう部分を突いてきた。

「え、俺ですか?…えっと、何となくですね…」
 俺は曖昧な返答しか出来なかった。どう考えても答えは「分からない」のだ。

7:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:45 ID:Pc.

 俺の曖昧な返答を聞くと、栞さんはふわりと微笑んだ。

「ココ、の問題じゃない?」

 そう言って、栞さんは俺の胸に指を差す。何の事か分からなかった。

「相談というほど打ち明けられる様なものじゃない。だからと言って、平気な情態でも無い……」

「……」


「純也君、泣きたいから此処に来たんじゃない?」

 俺の中で渦巻く黒い霧が晴れた様だった。ぷつんと緊張の糸が切れたかの様に、俺はその場で泣いてしまった。

8:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:46 ID:wnw

(か、格好悪ィ…)
 泣きながらそんな事を考えていると、栞さんがクスリと微笑。何が可笑しいのだろうか。

「本当、格好悪いね」
「……」
「だから、今はぼろぼろになって良いと思うよ」

 ぐし、と鼻を啜る。痛い処を突かれた様な、だけど傷には成らない様な。そんな感覚だった。
 

「っ…栞さん、ひっぐ、俺の話……聞いてぐれまずか?」

 栞さんは黙って頷いた。それから俺は吐き出す様に自分の事を話した。
 心の霧が晴れ、自分の全てが見えたのだろうか。俺はもう止まらなかった。

9:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:46 ID:t3g

「俺ッ……頭も性格も悪いから…成績とかドン底で……ッ」

「うん」

「兄貴達は国公立の大学に入るくらい賢いのに……俺だけこんなんでッ…」
「うん」

「周りが楽しそうにすればするほど、なんか俺だけ不幸な気がして……そんな自分に嫌気が差すんですッ……!」

 栞さんはただ、俺の話に相槌を打つだけだった。
 こんなヘタレに失望してしまったのだろうか。少し不安になる。

「純也君は、正直だね」

 ふと、傘を持つ手に温かい感触がした。栞さんが手を伸ばして俺の手に重ねていた。
 栞さんの手は温かくて優しくて。俺はその手を振り払う事を拒んだ。
 出来れば、ずっとこの温もりを感じていたいと思った。

10:(ここから普通に書き始めます) ◆Cb.I:2012/06/09(土) 22:57 ID:Fsc

「……あ、晴れてきた」

 空を見上げると、これまでの曇り空が嘘の様に明るくなった。

「まるで、純也君の心の様ね」

「栞さん、それ臭いです」

「ふふ、ごめんなさいね」

 多少表現は臭いものの、栞さんの言葉通りだった。雲一つない空は澄みきっていて、爽やかだった。

「栞さん、俺家に帰ります。もう一度自分について考えてみたい」

 今なら出来そうな気がするのだ。俺は変われる、そう背中を押された気分なのだ。

 栞さんが手を離す。

「そっか。純也君、頑張ってね」

 俺は、ありがとうございます、と栞さんに会釈して家路を急いだ。手は、まだ温かいままだった。


 帰る途中で虹が見えた。

11:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 23:08 ID:Pc.

 家に帰ると、まず罵声が飛んできた。
『こんな雨の中、何故早く帰って来ない、これだからお前は兄さん達と違い゛出来損ない”なのだ』と。

 親父が俺を睨む、俺が親父を睨む。母さんが兄達に何か小声で話しかけ、兄達が小声で返答する。
 当たり前の殺風景な家庭だった。

 正直、悔しかった。どうして俺だけこんなに怒られるのか、俺だけ出来損ないなのか。
 少し前ならば、俺を出来損ないに生んだ両親を怨んでいた事だろう。だけど、俺は意識を変える事にした。


『純也君は、正直だね』

 何時までも悔しい気持ちから逃げ、憎しみに変えていてはいけないのだ。

「…すいません」

 俺は謝罪だけすると自室に入り勉強を始めた。

(絶対に、出来損ないから這い上がってやる)

 もし、栞さんにまた逢えるなら、次は笑顔で逢いたいから。

12:KING:2012/06/09(土) 23:09 ID:ZH6

最初、この二人いい感じだなぁ〜とニヤニヤしてました。

続き楽しみにしてます!

13:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 23:30 ID:wnw

>>12
ニヤニヤですか(*´∇`*)w
ありがとうございます。頑張ります!
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 数日後、奇跡が起こった。
「……98点!?」
 数学の週テストでクラス一位になった。周りがざわざわと騒がしくなる。失敬な。
 だが、素直に嬉しかった。栞さんに一歩近付けた気がした。

 るんたるんた、と鼻歌を唄いながら下校中に公園に寄り道する。栞さんと出逢ったこの場所で、自分の変化を感じたかった。

「…やっぱり、居ない…か」
 栞さんは居なかった。当たり前の事だ、そう何時でも公園に居る物好きなどそう居ないだろう。
 不覚にも、少し残念に思った自分が居た。


 俺はベンチに座り、鞄からテスト用紙を取り出す。バツが少なくマルの多い回答、98という文字を見ると自然と頬が緩む。

「ふふ、何ニヤニヤしてるの」

 その時、後ろから声がした。

14:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 23:45 ID:t3g

「…栞さん!」

「数日ぶりだね、純也君」

 栞さんが居た。栞さんはヤッホー、と手をヒラヒラさせて俺の隣に座った。
 俺は真っ先に栞さんにこのテストを見せたくなった。

「ね、ね、栞さん。見てくださいよ」

 俺は栞さんに98点のテストを見せつける。栞さんは二、三度目をパチクリしてから、ふんわり笑った。

「やったね純也君、おめでとう」

 心臓が爆発するくらい嬉しかった。
 俺は何度も何度もありがとうございます、と栞さんに言った。栞さんは「え、私何かしたかな」と終始キョトンとしていた。

15:きなこ ◆Cb.I:2012/06/09(土) 23:54 ID:AgE

「栞さん、俺このまま変わりたいです。自分が幸せと思える様な奴になりたい」

 これが、栞さんと出逢った日に考え出した、俺の答えです。そう言うと栞さんは悪戯っぽく笑った。

「ふふ、純也君も結構臭い事言うよね」

「う、五月蝿いです」

 栞さんの笑顔が、なんだか幼く感じた。

「と、とにかく!俺はこの現状維持の為に勉強するので、帰ります!」

 あまり遅く帰るとまた父に怒られるだろうから。名残惜しい気もするが俺は帰る事にした。
 バイバイ、と栞さんは手を振ってくれた。



「大丈夫、純也君は絶対変われるよ」

16:KING:2012/06/10(日) 07:20 ID:ZH6

98点!?す…すごい。
やりましたね純也くん!
栞さん、純也くんの名前、
覚えてくれてたんだ〜

17:きなこ ◆Cb.I:2012/06/10(日) 11:39 ID:Fsc

>>16
ありがとうございます。
98点は私には到底無理な点数です〜(´ω`)←

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 その日から、俺は毎日公園に行く様になった。そして、毎日栞さんはそこに居た。
 俺の方が早く来る時もあるし、栞さんが先に来て居眠りをしている事もあった。
 日に日に公園への足取りが軽くなる。いつの間にか、俺は公園で栞さんと話すのを楽しみにしていた。

「今日は調理実習でマドレーヌ作ったんです。栞さんもどうぞ」

「ふふふ、ありがとう。なんだか純也君、女の子みたいね」

 栞さんはマドレーヌのアルミカップを剥ぐと、早速口に入れた。班で作ったから味の保証はあるはずなのに変に緊張する。

「バターの味。美味しい」

「そりゃあ、マドレーヌにバター使いますからね」

 そっか、と栞さんは笑った。美味しいと言われ、嬉しかった。休日にマドレーヌでも作ろうか、と思った。
(あ、でもお菓子作りなんて女の子っぽいな)
 栞さんに女の子みたいと言われそうなので、止めておく事にした。

18:きなこ ◆Cb.I:2012/06/10(日) 12:14 ID:Lmc

「栞さんはお菓子作り…とかしますか?」

「私は不器用だからしないな……あは、残念だった?」

 残念と言うより、意外だった。歳上という概念から栞さんは器用だと思っていた。

 そういえば、俺は栞さんの事を何も知らない。
 名字も、普段何をしているのかも、何故毎日此所へ来るのかも。
 何故、あの日泣いていたのかも。

 話す時は何時も俺の事を話して、栞さんは笑っていた。


「あの、栞さ」「純也君、今日は私帰るね」

 言葉が重なった。栞さんは小走りで駆けて行った。結局、聞けずじまいである。
 俺は、もっと栞さんの事が知りたくなった。確実に彼女の事が気になっていた。

19:きなこ ◆Cb.I:2012/06/10(日) 12:32 ID:AgE

 次の日、栞さんはかなり遅れて公園へ来た。俺が今日は居ないのかとベンチから立ち上がった時だった。
 栞さんは、息を切らして走ってきた。

「大丈夫ですか、そんなに息を切らして……」

「大丈夫。それより純也君っ」

 はい、これっ!と栞さんに小さな袋を手渡された。手渡した栞さんの指には絆創膏が沢山貼られていた。

「な、なんですか…?これ」

「マドレーヌ。純也君が残念がっていたから作ってみました!」

 にこにこと笑う栞さん。まさか俺の為に不器用な栞さんが頑張ってくれるとは思わなかった。しばし感動。
 もしかして、絆創膏の怪我はこれの所為だろうか。自然と指に目が行く。

「ん、ああこの傷?あはは、チョコを刻む時にやってしまったの。そうそう、マドレーヌはチョコ味ね」

「栞さん……ありがとうございます。嬉しい」


 今食べても良いか聞くと、座って食べなさいと言われた。
 袋から取り出すと、焦げ茶色の物体が出てきた。俺はそれを口に運ぶ。

「バターの味がして美味しいです」

 チョコレートが、甘くて少し苦かった。

20:きなこ ◆Cb.I:2012/06/10(日) 13:20 ID:j66

 その日も結局、何も聞けずじまいで終わった。元々逢えた時間も既に遅かったので早々に別れた。
 少し名残惜しい気もした。

 しかし、今日分かった事もある。
栞さんの作るマドレーヌは俺以上にバター臭い事、栞さんの指が細い事。

(って俺は何考えてんだ……ストーカーかよ)

 激しく頭をブンブンと振る。俺はさっきから栞さんの事ばかり考えているじゃないか!勉強に集中せねば。

「純也、ちょっと良いか」

 俺がノートにシャーペンを走らせた時に、コンコンとノックの音がした。親父の声だ。

「…何ですか」

 親父は相変わらず固い顔で俺を見る。

「純也、お前最近変わってきたな。何かあったのか」

「……」

 何かあったのか、と言われれば、栞さんの事しか無いのだが。こんな事親に言える筈がない。

「まァ良い。お前が変わって来たのにはお前なりの理由があるのだろう。

……純也、今を大切にな」

 親父がうっすらと微笑む。話はそれだけだと言って親父は部屋を出ていった。唐突すぎる出来事に、俺は思考回路が動かなかった。

 今を大切に、という言葉の意味を知るのは、二日後、親父が死んでからだった。

21:きなこ ◆Cb.I:2012/06/12(火) 22:51 ID:Lmc

 葬儀の記憶があまり無い。ただ、白骨化した親父を見て涙が出た事だけ覚えている。
 俺は頭の中がぐしゃぐしゃになっていた。
(なんで突然死んだんだよ、何があったんだよ、
今を大切に、って何だよ) 疑問と疑問が絡まり心を縛り付けて行く。圧迫されて思考回路が回らない。

 葬式が終わり親父が墓に埋められると、いよいよ感情が高ぶって来たので俺は公園へ向かった。家では泣きたくなかった。

「あ……久しぶり、純也君」

 其処には、何時もと変わらない栞さんが居た。

22:きなこ ◆Cb.I:2012/06/12(火) 23:50 ID:AgE

 栞さんが手招きするので俺は栞さんの前に立った。初めて栞さんと出逢い、その日の晩親父に罵られた、同じシュチュエーションだ。

「…ッ、う、うわあああッ!」

 俺はスイッチが入ったかの様に泣いてしまった。これ程泣いたのは初めて栞さんに逢った日以来だ。嗚咽が止まらない。

「……純也君」
 身体に暖かい感触がある。気付けば俺は、いつの間にかベンチから立った栞さんに抱き締められていた。
 暖かい。優しいお日様の匂いがする。ずっと抱き締めていたいと思うが、栞さんは少しするとパッと身体を離してしまった。

「やっぱり抱擁は少し恥ずかしいものね」

 そう悪戯っぽく笑うと栞さんは帰っていった。ひとり、取り残された俺。何時かは消えてしまうお日様の匂いはまだ残っていて。

(人は、永遠では無いんだ)

23:苺:2012/06/13(水) 15:56 ID:wRQ

初めまして。
はじめから読ませていただきました。
とっても美しいお話ですね!
これからも読もうと思っています。

24:きなこ ◆Cb.I:2012/06/13(水) 22:59 ID:IWo

>>23
ありがとうございます!
綺麗な話が書きたいな〜と思って書き始めたので、そう言っていただけると凄く嬉しいです(*´∇`*)!!


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 その日、不思議な夢を見た。

 真っ暗な夜、あの公園に俺と栞さんは居た。暫く他愛も無い話が続いていたが、少しすると俺が黙って立ち上がる。
 なあに?と首を傾げる栞さん。そんな彼女に“夢の中の俺”は言った。

『栞さんが好きです』


「……ッッ!?」
 此処で目が覚めた。残念ながら栞さんの返答は分からなかった。

25:きなこ ◆Cb.I:2012/06/14(木) 23:04 ID:AgE

 頭が痛い。明日は週テストだと云うのに身体がだるい。
“栞さんが好きです”

“好きです”
 夢で言った言葉が脳内で繰り返される。
 勿論栞さんは俺にとって大切な存在だ。だけど、俺の栞さんに対する感情は本当に純粋に“友達”として“好き”なのだろうかもしかして、“恋愛”としての“好き”なのだろうか。

 なんとなく、栞さんを変な目で見てしまいそうで不安だ。

「……ああああ、分からない」
「純也君、さっきからどうしたの?」

26:きなこ ◆Cb.I:2012/06/14(木) 23:13 ID:t3g

「しッ…栞さん居たんですかッッ!」
「む、失敬な。純也君が難しい顔してる時からずっと居たのに」

 栞さんが此処に居るのは別に驚く事では無いが、今まさに考えていた人物に話しかけられて驚くのは当たり前だろう。
 ましてや、恋愛だなんて。


「純也君、何かあったの?」

(貴女の事です、なんて言える筈が無い)

 平然と俺の隣りに座る栞さん。ふわりと香るお日様の匂いも、俺の名前を呼ぶ声も。全てに胸が高鳴る。

「栞さん、恋って何だと思いますか?」

 …何言ってるんだ俺!

27:きなこ ◆Cb.I:2012/06/16(土) 00:51 ID:t3g

(ああもう恥ずかしい絶対栞さんからかうだろ…ッ!)
 やっぱり今のナシでと言おうとすると、栞さんと言葉が重なった。

「……貴方といると、悲しい事を全部忘れちゃうくらい幸せ」

 栞さんの声は小さく震えていた。

「永遠に貴方との時間が続けば良いのに」

「……」

「なのに…神様は意地悪で、もうすぐ終わってしまう。…まるで花火の様に、輝くのはきっと一瞬だけ」

 俺はギョッとした。栞さんの声が小さくなっていくと共に、彼女の眼からは涙が零れていたのだ。
 初めて出逢った時も栞さんはきっと泣いていた。なんとなく、今の栞さんとあの日の栞さんを重ねてしまった。


「…これが、私なりに考えた恋、かな」

28:きなこ ◆Cb.I:2012/06/16(土) 01:06 ID:Fsc

 栞さんは目をコシコシと擦った。目尻が少し赤くなる。

(神様は意地悪だから、この時間は永遠では無い)

 俺と栞さんのこの時間も何時かは終末を遂げてしまうのだろうか。我儘だが、そんな事は嫌だった。

「俺、栞さんとずっと過ごしていたいです」

「ふふ、ありがとう純也君。すっごく嬉しい。
…だけど、私にはもう時間が無いの」

 栞さんが切なそうに笑う。
 栞さんの笑顔は、やっぱり綺麗だ。栞さんの全てが知りたい。

「栞さん、俺に全部話してくれませんか?…どうしてあの日貴方は泣いていたのか、どうして貴方には時間が無いのか……」

 俺はいつの間にか、意地悪な神様が栞さんに残した時間を共有したいと思うようになっていた。

29:きなこ ◆Cb.I:2012/06/16(土) 22:51 ID:qWY

 栞さんは、俯いてしまった。本当にあの日に似ている。
 そのまま、小さな声で栞さんは話し始めた。


「純也君。君と始めて出逢った日にね、私のお母さんは死んだの。ずっと患っていた病気でね。
……辛かったなあ。びっくりした。なんか、受け入れられなかった」

 此処で栞さんが一息吐く。ふぅう、と長い息。

「……私の家はね、代々治らない持病を患っているの。心臓が弱いのかな、詳しい事は面倒臭いから聞いてないや。
 だからさ、長生きが出来ないの。だから私、おばあちゃんもおじいちゃんも見た事無いんだよね」

 俺は適当な相槌しか打てなかっただろう。あの日栞さんがどれだけ辛かったか、どんな思いで公園に来たのかを考えると胸が痛む。

「…それで、私は去年から入院してるの。発症が早かったんだって。
 まだお母さんよりも若いのに、神様はこういう処まで意地悪だよね」

30:きなこ ◆Cb.I:2012/06/16(土) 23:02 ID:t3g

「……栞さん」

 無意識に俺は栞さんの手を引っ張り、彼女の身体を抱き締めていた。強く抱き締めたので、栞さんが俺にした優しい抱擁は残念ながら出来なかった。

 栞さんは俺の胸に顔を埋め黙って泣いた。栞さんの肩が震える。
 彼女はどれだけ苦しみを抱えていたのだろう。俺には解らなかった。否、栞さんが解らない様に隠していたのかもしれない。だって彼女の笑顔は素敵だから。
 だから零れそうになる涙を必死に抑えた。栞さんが泣くなら、俺は笑顔で彼女を受け入れようと思った。

31:きなこ ◆Cb.I:2012/06/16(土) 23:23 ID:Pc.

「話して下さってありがとうございます。その…辛い事思い出させてしまってすいません」

「大丈夫。……私も、いつか純也君には話したかったから」



「え、俺にですか……?どうしてですか?」

 まったく純也君は鈍感だなぁ、そう言って栞さんが顔を上げてくしゃりと笑った。本当にこの人は綺麗だ。
 綺麗で、とても儚い。これ以上強く抱き締めると泡沫の様に消えてしまうのではないか。


「私ね、純也君が好きだよ」

 

32:きなこ ◆Cb.I:2012/06/18(月) 23:21 ID:Lmc

 暫しの沈黙

 まるで静かな深海に沈んだかの様だった。鼓動の音がやたらと五月蝿い。

 栞さんを抱き締める力が緩まるが彼女を離したくはなかった。

 此処まで来るともう自分の気持ちは解っていた。

 栞さんと居ると心が軽くなる。悲しい事を全部忘れられる。出来ればずっと栞さんを抱き締めていたい。

「……栞さん、俺も貴方の事が」「待って…ッ!」

 勇気を振り絞った一世一代の告白(と言っても、栞さんに先を越されてしまったが)は取り抑えられてしまった。


「答え、聞いたら多分生きたくなっちゃうから」

33:きなこ ◆Cb.I:2012/06/19(火) 23:35 ID:j66

「あーあ…結局言えなかったな」

 あの後栞さんに強く念を押され、結局言えないまま別れてしまった。あんなに頑固な栞さんは多分初めてだ。
 でも、栞さんには栞さんの想いがあり願いがあるのだろう。




『純也君が好きって言ってくれたら、もっと君と過ごせる時間が欲しくなっちゃう』

『純也君が嫌いって言ったら、君を振り向かせる様になれる時まで頑張りたくなっちゃう』

『本当、私って貪欲だなぁ』

 にへら、と切なそうに笑う栞さんが脳内で回想される。勿論彼女が考えていた後者の方はあり得ない。

 俺は栞さんが好きだ。だから敢えて、彼女と恋に堕ちる事はしないと決めた。

34:きなこ ◆Cb.I:2012/06/22(金) 22:23 ID:IWo

 それから、数週間が過ぎた日の事。日の光が眩しく反射し、段々と蝉が五月蝿くなってきた。

 もう、夏だ。


「あー、本当に今日は暑いね。溶けちゃいそう」

「大丈夫ですか、アイスでも買って来ましょうか?」

「あはは、ありがとう。でもお腹壊しちゃいけないから…ごめんね」


 麦わら帽子を被った栞さんが手で汗を拭う。帽子により顔に影が掛かったせいか、なんとなく栞さんが出逢った時よりも小さく見えた。


 そう、栞さんにはもう時間が無い。だから残りの時は大切に過ごさなければならないのだ。

 だから、我が儘だけれど俺は栞さんとの思い出が欲しかった。
 ポケットに四角に折ってあるチラシを取り出す。

さあ、“勝負”だ。

「栞さん、俺と花火見ませんか」

35:きなこ ◆Cb.I:2012/06/23(土) 22:57 ID:AgE

「花火……?」

 栞さんにチラシを渡すと、まじまじと見つめ始めた。チラシにはピンク色の花火と浴衣姿のモデルがプリントしてある。
 栞さんが浴衣を着たら可愛いだろうな、なんていらん事を考えた。

「花火大会の会場も此所から近いし……遊びに行きませんか?」

 もし勝負に負けたら、つまり断られたらどうしようと不安になる。多分傷付く。俺の夏は終わると思う。

 栞さんの表情を伺う。

 すると、じっとチラシを見つめていた彼女の顔には徐々にゆるゆると笑みを浮かんできた。


「…行きたい!」

 栞さんの返事を聞き、俺は心の中でガッツポーズをした。“勝ち”だ。



 そして、この夏は俺にとって、きっと忘れられない夏となるのであった。

36:きなこ ◆Cb.I:2012/06/24(日) 01:25 ID:Pc.

「それじゃあここに書いてある日時なので」

「二週間後かぁ。楽しみだなぁ…お菓子は何円分くらい持っていく?」

「あは、栞さん。遠足みたいになってますよ」

 精一杯平常を保った。もう心の中は今にも爆発しそうだ。

 屋台ではトウモロコシが食べたいだとか、花火はやっぱり赤色だとか。
 目をキラキラ輝かせて花火大会への事を語る栞さんがサンタクロースに頼むプレゼントを考える幼い子供の様に見えた。
 彼女も楽しみにしてくれているのか、そう思うと嬉しかった。

 たとえ“デート”という名義で無くても嬉しかった。

「私、浴衣着て行くからね!」

 本当に、楽しみだ。

37:きなこ ◆Cb.I:2012/06/25(月) 22:06 ID:t3g

「楽しみだなぁ……」

 自然と頬が緩み、鼻唄を唄ってしまう。にこにこと居間でチラシを見つめる俺はまるで変人だ。おまわりさんにお世話になりそうだ。

 気付けば俺の日常には栞さんが居た。
 何の違和感も無くスゥッと馴染んだが、確かに俺の人生のターニングポイントとなった。

(俺は、栞さんにとってどんな存在だったのだろう)
 俺は栞さんの云う“恋”に抜擢する事が出来たのだろうか?
 栞さんが言ってくれた「好き」の二文字が、俺の世界をぐるぐるとかき混ぜた。

38:きなこ ◆Cb.I:2012/06/25(月) 23:54 ID:t3g

「…純也、何にやにやしてんの」

「おにい……」

 兄貴に話し掛けられた。おにいと呼んでいるのは小さい頃からの癖で中々治らない。チクショー。

「し…知り合いと花火大会行くんだよ」

 おずおずと事柄を述べると、兄貴が目を丸くして意外そうな顔をする。
 しかしその後、何か納得した様な顔になりにやにやし始めた。何だ。

「もしかして、木下栞さんって言う人と…とか?」

 木下栞。

 “栞”

 心臓が跳び跳ねた。まさかこの兄貴から栞さんの話題が出るとは予想していなかった。
 兄貴は図星みたいだね、と笑い、話を続ける。

39:きなこ ◆Cb.I:2012/06/26(火) 00:03 ID:Pc.

 どうやら栞さんは兄貴の通う大学の大学病院に入院しているらしい。

「でね、俺もたまに彼女の事を見かけるんだけど…いつも純也の事を話してたよ」

 思わず顔が赤くなる。嬉しさと兄貴のにやにやに対する恥ずかしさで爆発してしまいそうだ。

 しかし「でもね」と兄貴は神妙な顔をし始めた。

「彼女、あと二週間続けば良い方なんだって」

40:きなこ ◆Cb.I:2012/06/26(火) 00:29 ID:AgE

「え……?」
 俺は凍り付いた。言葉が矢となり突き刺さる。血が吹き出て視界を遮る。あまり考え事が出来ない。

「なんかピンピンしてる様に見えるけどさ、ああ見えて病状は悪化してるらしくてさ……」

 兄貴の声が段々と申し訳無さそうな声に変わってくる。俺はそんなに情けない表情だったのだろうか。

「…彼女は幸せだったと思うよ。純也に出逢えて。ただ、父さんみたいにやっぱり命には限りがあるんだよ」

『なのに…神様は意地悪で、もうすぐ終わってしまう。…まるで花火の様に、輝くのはきっと一瞬だけ』

 栞さんの言葉がフラッシュバックする。彼女の終わりは余りにも早すぎやしないか。

「……なんか、悪ィな」

 兄貴は気まずそうに手を降り居間を去った。

41:きなこ ◆Cb.I:2012/06/27(水) 00:34 ID:ikA

 次の日も、栞さんは元気だった。
 他愛無い話をして、最後に「花火大会、すごく楽しみ」とにっこりと笑った。

 俺にはその現実が残酷過ぎた。
 本当は病状の事を詳しく聞きたかった。きっと、栞さんが「平気だよ」と否定してくれるのを望んでいたのかもしれない。


 だけど、きっと栞さんは平気では無いのだろう。日に日に、栞さんが病院へ帰る時間が早くなっていた。

42:きなこ  ◆Cb.I:2012/07/06(金) 23:16 ID:gO6

 花火まであと一週間を切った頃、遂に栞さんは公園に姿を見せなくなった。

 信じたくなかった。きっと冗談なんだろう、何処かに隠れてるんだろうと願った。

(嫌だ、居なくなるなんて嫌だ)
 生まれて初めて喪失感に対する恐怖を味わった。胸の辺りがざわめく。目頭が熱くなる。

 無意識に、俺は栞さんの入院している大学病院へと全力疾走していた。

43:きなこ  ◆Cb.I:2012/07/06(金) 23:21 ID:gO6

「きのした……木下栞さんは、何処ですか…?」

 病院に着くとすぐさまカウンターへと駆け寄る。
あまりに必死だったので、受付の姉ちゃんが俺にビビッていた。

 栞さんはムリをしたせいで病状が急に悪化し、今個室を使っているらしい。
(俺のせいだ……)
 
 ドアの前まで来た。大きく深呼吸をする。このドアを開けたら直に栞さんに土下座して謝ろう、そう思った。

44:きなこ ◆Cb.I:2012/07/08(日) 00:30 ID:AgE

「栞さん!」
 ガラリとドアを開けると、其処にはベッドに横たわり、心底驚いた表情の栞さんが居た。

「あ、あれ…純也君…?なんで此処に…?」

「兄貴がこの大学に通ってるんです。それで兄貴が栞さんの事を知っていて…」

「そ、そうなんだ…」

 栞さんが目を反らす。心なしか、その瞳は遠くを見つめている様に感じた。

 栞さんの病室は、シンと静まり返っていた。点滴の管や重々しい機械がやけに存在感を強調していた。

45:きなこ ◆Cb.I:2012/07/08(日) 23:33 ID:t3g

「あのね、純也君……悪いけど、もう帰ってほしい…」

「へ?」

 栞さんが申し訳なさそうに視線をベッドに落とす。何か逃げている様だ。
 なんとなく、俺はそのまま栞さんに追い付けなくなる様な気がして帰りたくなかった。


「で、でも一応お見舞いに……」
「お気遣いありがとう、でも…本当に良いの、帰って」
「でも」「帰って!」


 栞さんの大声が室内に響き、思わずビクッと肩を震わせる。
 こんな栞さん初めてだ。

「……分かりました、さようなら」

 俺は本当にヘタレだ。圧力に押される様に病室を出てしまった。



「純也君にこんな姿……見られたくないよ…」

46:きなこ ◆Cb.I:2012/07/09(月) 01:02 ID:KAg

「何だったんだよ……」

 その後、俺は走って家に帰った。
 内心、不安でいっぱいだった。それと同時に少し腹が立った。

(あんなに強く言わなくてもな…)

 病室での栞さんは、自分の知っている栞さんと全く違った。まるで萎れた花の様だ。


『帰って!』

 栞さんの叫び声が頭の中で鳴り響く。
 叫んでいる筈なのに、何処か弱々しかった。なんだか切なくなった。


「……ッ」

 不意に出てきた涙が止まらなかった。

47:きなこ ◆Cb.I:2012/07/09(月) 14:46 ID:wnw

 次の日は病院に行かなかった。否、行けなかったと言った方が正しい。

 公園にも行ってみたが、勿論栞さんは居なかった。
 聞こえる音は、子供たちの高い声と風の吹く音だけだった。

「五日後……」

 俺は何をしているだろうか。
 栞さんは何処に居るのだろうか。


 俺達は、笑っているのだろうか。

48:きなこ ◆Cb.I:2012/07/09(月) 14:56 ID:/UM

 遂に、花火大会の前日になった。
 あの日からもうずっと栞さんに会っていない。本当は会いたくて会いたくて堪らないが、やはり自分は臆病なのだろう。足がすくんでしまう。

 そのため、下校中の“寄り道”もしなくなった俺の家路は早くなっていた。
 かといって、なんとなく勉強をする気にはなれない。ダラダラと時だけが過ぎてゆく。

 こんな姿を栞さんが見たらなんと言うだろうか。初めて良い点数を取ったテストを見せた時の栞さんのふわりと笑った顔が脳裏を過る。

 そんな時、携帯が鳴った。
 兄貴からだ。

「おにい、何−…」「純也!お前何してんだ!!」

 電話に出て早々、兄貴に怒鳴られた。何なんだ一体。


「栞さんが−……」

49:きなこ ◆Cb.I:2012/07/09(月) 17:08 ID:NkE

 俺は兄貴の言葉を聞いた後、家を飛び出した。

(早く、早くしないと!)

 気が焦り、冷や汗が顔を伝う。

『栞さんが、意識を失った!』

 不安と絶望と、それから後悔と。感情のナイフが俺を突き刺す。




「きのしたしおりさんはッ!」

「は、はいッ!木下様は…今、集中治療室でございます……ですから、ってああっ!」

 受付嬢の言葉を聞くと、俺は直ぐに集中治療室へと向かった。バタバタと五月蝿い足音を立ててしまい、一度注意されたがそんな事を聞いている場合ではない。


「栞さんッ!」

 バンッ、と扉を開けると、其処には栞さんの父親らしき人と、数人の医師、それから兄貴が居た。

50:オニオン:2012/07/11(水) 15:23 ID:TtE

小説全部読みました!
とてもまとまっていて・・この小説とても
好きです!!

51:きなこ ◆Cb.I:2012/07/11(水) 22:31 ID:IWo

>>50
全部…読んでくれたんですかΣ(*゜ω゜*)!!
ありがとうございます…(*´`*)!
一生懸命書いた小説なので、好きって言ってもらえて凄く嬉しいです!!

52:オニオン:2012/07/12(木) 18:31 ID:QnY

あの・・・苺さんなどは、入れてください!
などは言ってないんですが、入れてもらってもいいんでしょうか?

53:きなこ ◆Cb.I:2012/07/13(金) 00:50 ID:t3g

>>52
あー…私には「入れて」等の挨拶は結構ですよ(^^)
感想を頂けるだけで嬉しいです(*´∪`*)
----------
「純也……間に合ったんだね」

 兄貴が安堵したかの様に言うと、父親らしきオッサンが俺をハッと見た。

「君が…栞のよく言っていた…純也君だね」

「は、はあ……まあ」

 オッサンは俺と栞さんを交互に見つめる。
 このオッサンは、妻を亡くし、もうすぐ娘を亡くす父親である。何かを決心した様な“父親の眼”をしていた。

「純也君……」

 オッサンが俺に近付く。そして深々と頭を下げた。

54:きなこ ◆Cb.I:2012/07/13(金) 01:06 ID:OMY

「栞を、救ってやってくれ」

 オッサンの白髪混じりの頭がちょうど見える。娘の栞さんの前で何をしだすのか、びっくりした。

「私は君に感謝している。君のお陰で栞は笑う事が増えたんだ」

 オッサンは一拍置き、それからまた言葉を続ける。

「そしてまた、私は君を恨んでいる。君のせいできっと栞は無理を強いたのだろう」

「……」


「だから、半分罪のある君は…最期まで栞の傍に居るべきだ」


「これが……栞の最期の願いだろうな」

 オッサンがニカッと笑った。栞さんの笑顔と似ている。きっと栞さんはお父さん似なのだろうな。


「先生にも許可を得た……純也、お前の本当の言葉、彼女に伝えてやんな」

 兄貴達が気を聞かせて席を外してくれた。良い兄貴を持った、と少しだけ思った。

55:きなこ ◆Cb.I:2012/07/13(金) 01:13 ID:BlI

 ベッドに横たわる栞さんを見る。傷一つ無い彼女はどれだけ苦しんで来たのだろうか。

「……花火大会、行けないじゃないですか」

 最初に悪態が出た。俺のKY…と自身を殴りたくなったが、これがキッカケか気持ちがすらすらと言葉に溢れた。


「初めて逢った日……俺は泣いてました。
 栞さんは俺の心の中に真っ直ぐに入ってきました。
氷みたいなカチカチの心を、暖かい光で溶かしてくれた…それが涙になったんだと思うんです」

56:きなこ ◆Cb.I:2012/07/13(金) 01:20 ID:AgE

「あの後俺、すっごい勉強したんですよ……?
それで、98点取って…嬉しかったなぁ。栞さんに褒められた事も。

俺、あの時より変わっていけてるかな……?」

 機械音がツー、ツーと規則正しく鳴る。

「それから、栞さんの作ったマドレーヌ…俺はバター臭くて好きです。何処のお菓子屋でも売っていない、俺だけの世界一バター臭いマドレーヌです。

もう一回、食べてみたいなぁ」

57:きなこ ◆Cb.I:2012/07/17(火) 07:52 ID:Yto

「……それから、親父が死にました。
考えられなかった。今まで怒鳴り散らしてた親父が何も喋らない事が。

あの時、栞さんは俺を抱きしめてくれました。
優しくて暖かくて…。
離れないでほしい、そう思いました。」


 だけど、人は永遠では無く、いつか別れがやって来る。
 俺は大きく深呼吸をした。今この時を大切に過ごしたかった。

58:きなこ ◆Cb.I:2012/07/17(火) 08:02 ID:/7c

「…栞さん、いつの間にか俺にとって貴方は世界で一番大切な存在になってしまいました」

 脈拍の音が次第に緩やかになり、遂に別れの時が来る。人は永遠では無い、分かっていても目頭は熱くなり嗚咽が止まらない。
 だけど泣きたくは無かった。泣くと栞さんは優しく抱きしめてくれるから。彼女の温もりを分けてくれるから。

 その温もりが名残惜しくなってしまうから。

「だから…一つだけ、貴方との約束を破ってしまいます」

 想いが溢れてくる。

 栞さん、ありがとう。
 栞さん、さようなら。


「栞さん、俺もずっと貴方の事が好きでした」

59:きなこ ◆Cb.I:2012/07/17(火) 08:09 ID:ExY

「……ありがとう、純也君」

 栞さんの小さな声が聞こえた。細くなった顔がにこりと微笑む。

 ピ−−−−。

 終わりを告げる機械音。ゆっくりと閉じられた、もう開く事の無い瞼。頬に伝う透明の涙。



 そうして、栞さんは眠りについた。

60:home ◆VVV2:2012/07/17(火) 16:57 ID:F3Y

続き楽しみにしています。
人が亡くなった時の機械音ってどこまでも悲しくむなしいものですよね…
お互い更新がんばりましょう

61:オニオン:2012/07/17(火) 18:38 ID:jbw

えっ・・・・栞さん死んでしまったんですか・・・
純也さんは、一気に大切な人を失っていますね・・

62:ラブ姫:2012/07/17(火) 21:06 ID:Heo

きなこさんすごく小説のストーリーがうまいですね
是非私の小説見てください

63:きなこ  ◆Cb.I:2012/07/18(水) 14:32 ID:gO6

>>60
コメントりがとうございます!!
あの無機質な機械音を聞くと「お別れなんだな〜」って悲しくなっちゃいます…><
はい!お互い頑張りましょう(*´ω`*)!

>>61
コメントありがとうございます!!
はい…ついに死んでしまいました…><
確かに、お父さんが死んだり色んな人を失ってますが…純也君ならきっと大丈夫ですよ^^!

>>62
コメントありがとうございます!!
わわわ、上手いだなんて…とっても嬉しいです´`*♪
はい、是非拝見させて頂きますね〜!

64:きなこ ◆Cb.I:2012/07/19(木) 00:08 ID:t3g

 次の日、俺は花火大会へ行った。

 屋台でトウモロコシだけ買って、人気の少ない河原にごろりと寝転がる。草の匂いがした。

 見上げた空には、夏の大三角が輝いている。
(俺が彦星で栞さんが織姫なら…また会える日は遠いな)
 なんて事を考えて一人で苦笑している内に、花火が上がった。

「綺麗……」

 真っ暗な空に咲く大輪の赤い花火。

 一瞬で消えてしまうこの花火は、いつまでも俺の心の中で輝き続けるのだろう。
 そして、暗闇の中で道しるべとなるのだろう。
 どんなに辛い時でも、見守ってくれているのだろう。


 そうですよね、栞さん。
「貴方は、花火の様な人だった。」



.....END


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