あの喫茶店で.

葉っぱ天国 > 小説 > スレ一覧 [書き込む] Twitter シェアする? ▼下へ
1:杏音:2013/04/27(土) 23:00 ID:xBM




小さく古びたカウベルが、来客を知らせた。
店主はコーヒーカップを磨く手を休め、私を見た。
彼は薄ら微笑むと、お好きな席へどうぞ、と言う。
私は日当たりの良い一番奥の席へと移動し、椅子に深く腰掛けた。
大きな仕事用カバンからタッチパネル式の携帯を取り出し、スケジュールをのぞく。

___今日も眠りにありつけるのは遅そうだなあ。

そんなのんきに考えていると、店主は注文を取りに来る。
慌てた私は思わず、カフェラテ、と呟いてしまった。
店主は何も疑わず、私はカフェラテを注文したのだと思い込み、次の瞬間にはカウンターへと消えていた。
はぁ、と小さく溜息を吐いた私は、新しくスケジュールを書き加えた。

【夜、彼女″と会う】

2:杏音:2013/04/27(土) 23:48 ID:xBM



私はカフェラテを飲んだのち、会社へ舞い戻った。
明後日までに会議の資料を完成させなければいけないのだ、仕方が無い。
それなのに自分はあの少女に会いたいと考える。
なんと馬鹿馬鹿しい話だろう。
私は口元を微かに上げて微笑み、またキーボードを打って行った。



暫くして、資料が出来上がる。
我ながら早いものだ。あの少女に会えるとなると、すぐこうなのだ。
私は上司にそれを手渡すと、携帯を持って外へ出る。
受付嬢は電話片手に何やら忙しそうだ。

___ すまないね、私はこれから少し消えるよ。

携帯を鳴らした。

3:杏音:2013/04/27(土) 23:53 ID:xBM



『はい、もしもし』

可愛らしい声が聞こえる。
透き通りつつもはきはきとした口調だ。

「私だ。今日、会えるかい?」
『ええ、もちろん。何時頃に?」

私は考えた。
一緒に食事でも良いが、たまにはゆっくりと映画でも観たい。

「映画でも観ないか? 君の好きなもので構わない」

どんな反応が帰ってくるか、少しばかり気になる。

『本当!? 映画、観ていいのね!?』
「最近、調子はいいのだろう? 先生は何て?」
『いいのよ、先生は! ねえ、早く行きましょうよお」

4:杏音:2013/04/27(土) 23:57 ID:xBM



「また体調が悪くなったら私が困るんだぞ」
『大丈夫よ、私は元気なの!」

私はやれやれと思いながら、この娘の負けん気の強さはあの人譲りだ、と笑った。

5:杏音:2013/04/28(日) 00:04 ID:xBM


電話先の少女_菜野 エリナは、私が学生時代に交際していた菜野 真由美の実の娘である。
しかし、この少女と私は何も接点はない。
血が繋がっているわけでもないのだ。
いつだったか、だいぶ昔の話だ。
この娘が4・5歳くらいの頃だろうか。
両親は交通事故で命を落とした。
雨の中、見通しの悪いカーブの道で、対向車と衝突したのだ。
親戚も、この少女をどうしようか、ずっと考えていた。
この少女は、心臓に重い持病を抱えていた。
二十歳まで生きられることはなかなか考えにくいことで、いつ発作を起こしてもおかしくはないのだと医師は言う。
親戚としても、何とかしてやりたい気持ちはあるが、自分の家族のことで手一杯。
家々にたらい回しにされ、いつしか母親と交際していたというだけで、私の元へやってきたのだった。


書き込む 最新10 サイトマップ