時計屋

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1:数絵:2015/05/09(土) 11:25 ID:qv.

時間とは何か。

2:数絵:2015/05/09(土) 11:25 ID:qv.

時間とは何か。
私たちが活動することに伴って滅びをもたらすだけのモノならば、一銭の価値もない、ゴミ同然のモノになってしまうだろう。
しかし、これがW与えられるWモノだとしたらどうか。時間がDNAのように情報が何重にも重なった行動を決定付ける観念的な何かであれば、一転、素晴らしいものに思えてくる。全てを調律する絶対的な存在。
少なくとも私は、そう解釈してこの仕事を続けていた。

「D−1・3/3 今後特に何かあるって感じでもないけど」

適当だ。鑑定は全て適当な数字や言葉を並べてそれらしくしたもので、なんら深い意味を持つものではなかった。

「あんたがどうやって過ごしたいのかだね」
「二度と、罪を犯したくないんです」
「はぁ?」
「絶対に悪いことをできないようにしてください」

その客は異端だった。自分を縛り付けるだけの時間を欲しがる客はここに来たことがない。私は普段は客の顔も覚えようとしないが、希有な彼の顔をもう一度よく見てみることにした。
ひどい顔だった。おそらく若いが、喉元は力無く震えており、唇は荒れに荒れて化膿している。瞼は黒ずみ、瞳は濁り、頬骨が異常に突き出るほど痩せ細っていた。白髪だらけの短い髪が彼の被っているフードの中からも確認できる。その見かけの説得力は凄まじいもので、私は思わず圧倒されてしまった。

「分かったよ。この時計は預かるから、夕方以降に取りに来て」

彼はお辞儀をした。無表情で、亀のようにゆっくりと。

3:数絵:2015/05/09(土) 19:15 ID:qv.

さっきの客には夕方に来いと言っておいたが、私の仕事なんて一瞬で終わる作業だった。昔は時計の修理と改良に手間をかけていたけれど、今となってはそつなくこなせる。だからそんなものは後回しにして、気晴らしに外に出てみようと思い立った。いつも腰掛けている座り心地のいいロッキングチェアを蹴って、すぐ後ろに並ぶ本棚に手を伸ばす。
私自身、几帳面だとはとても思えないが、この本棚の整理整頓だけはしっかりしようと心がけていた。そうしないと何かの拍子で本の雪崩が起こって大変な事になるのだ。
私は昨晩読み始めた本を棚から抜き取って裏口から外に出た。
時計屋の外であっても、そこはまだ屋内だった。辺り一面、石造りの壁や建物で覆われている。ここはβ塔と呼ばれているらしいが、私はβ塔の外には出たことがなかった。また、β塔は数え切れないほどの階層があるが、この階からも出たことはなかった。β塔は摩天楼で、真ん中が突き抜けになっているのに、上を見上げても下を見上げても果てが見えないほどの高さだ。また、直径も数十キロメートルほどの広さらしい。そんな状況だから、時計屋のあるこの階がβ塔の何階なのかすら知る由もない。

「そこのジジイ、見ない顔だけど何してんだよ」
「よく見てみ、こいつ顔は若いよ」
「ホントだ。キモっ」

さて、外に出てみたは良いが、なんだか表が騒がしい。近所の悪ガキ二人が誰かに絡んでいるようだ。いつもなら適当に聞き流して本を読むところだが、今回は絡まれている人に心当たりがあったのでそうもいかない。さっきの客だろう。悪ガキ二人の喋る内容からもすぐ分かる。

「しゃーない、助けるか」

私は首から下げている懐中時計にてをかけた。私のような一般人でも、そのへんのクソガキ二人を懲らしめる程度の知恵はあるのだ。

4:数絵:2015/05/09(土) 22:06 ID:qv.

時計屋の外壁をつたって、私は玄関先の状況を確認した。予想通り、軒先に座り込んでいるのはさっきの客で、悪ガキ二人に絡まれていた。

「で?何してんのお前」
「人を待っています」
「ああ、ここの姉ちゃんか。そんな身なりだから追い出されたんだろ」
「いえ……時計を改修するから夕時にまた来るようにと」

さっきの客は消え入りそうな声で応答した。耳を済まさなければ聞き逃してしまうほどの弱々しい声だ。私は息を吸い込んで、懐中時計を軽く握り締める。

「……つまんね。こんな奴に構ってねえでさっさと行こうぜ」
「そうだな。今から雀荘に行くんだった」

そうして悪ガキ二人は去っていった。客は一瞬ポカンとした表情になったが、影で見ていた私に気づいて立ち上がり、また静かにお辞儀した。

「ありがとうございました。助かりました」

少し驚いた。その言葉は、私が悪ガキにW時間を与えたWことを分かっているような印象を受ける。

「ちなみに、あいつらが行った雀荘は、不良なんかよりもっと怖いお兄さん達の溜まり場らしいよ」
「そうですか……可哀想です」

さらに予想外の返事が返ってくる。流石にこの男に好奇心を覚えて、私は柄にもなく会話を広げようとした。

「帰る場所が無いの?」
「……はい」
「大工にでも頼めば、すぐに建つでしょ。土地なんて余ってるだろうしさ」

私がそう言っても、彼は穏やかな表情で首を振るだけだった。この人は他人に干渉されたくないんだろう。その気持ちは分からないでもないが、何でも手に入るこの場所でボロ布一枚だけ纏ったホームレス男なんて探しても二人といないはずだ。
間が持たなくなったので、私はポケットに忍ばせていた彼の時計を取り出して渡す。

「時計の改修、終わってるよ」

正確にはWたった今終わらせたWだが、細かいことはいいだろう。彼の腕時計は硬度の高い合金製で、ベルト部分には錠のような穴があるのが少し他のものと違っていた。
ともかく、私によってその時計はW悪いことができない時間Wを与える時計として改良されたわけだが、ほとんど改悪とも言える内容だ。そのため、私は一応念を押しておく。

「その時計を身につけてる限り絶対に悪いことはできないよ。嫌になったら外せば大丈夫だし」

しかし、私が留意点を言い終わるまでに、彼は時計を腕に装着して、ベルトの錠に鍵をかけてしまっていた。そうして腕時計をがっちりと固定した彼は、鍵を私に差し出す。

「この鍵、捨てておいてもらえませんか」

私は唖然とした。何がこの人をここまでさせているのだろうか。
私は三度目の正直お辞儀をし、よろよろと去っていく彼をただ見送ることしかできなかった。

5:数絵:2015/05/10(日) 09:01 ID:qv.

W思い出すW方法を思い出せない。僕は今、そんな窮地に立たされている。僕の記憶は明らかに欠損していた。
いや、もともと記憶なんていう概念は存在しないのかもしれない。僕は今に生きているのだ。過去に何があって、自分が何をして、何を思ったのか、そんな事を今になって把握することは不可能ではないか。
そう、時間と同じように、僕の全てが回っている。何もかもが止まらない。僕はその瞬間だけに生きるしか術はないのだ。

Memories go round and around.
−回れ、回れ、記憶たちよ−


「F-6・76/2……女の子どうこう言う前にさ、あんたここから落ちるよ」
「β塔から?」

昨日の悪ガキの片割れが、時計屋の仕事の噂を聞きつけてやってきていた。相棒に教えないあたり、こいつらの関係の希薄さが垣間見える。

「そうだけど。あんたが中央に近づかなければ大丈夫な話だから」
「それは……ちょっと」

悪ガキが口ごもり、続けた。

「塔の下を見続けるのが日課になってんだ。ある程度で靄がかかって見えなくなるけど、目を凝らしてるうちにその靄もだんだん晴れてってさ。
この塔の一階が見えるんじゃないかって思って毎日眺めてる」

悪ガキが急に頓珍漢なことを語り出すので、私は聞いて呆れた。

「くだらなっ。それならひと思いに落っこちれば?」

私は半ば冗談でそう言ってみたが、悪ガキは黙るばかり。すぐ反論してこないあたり、本当に落ちてみようと考えたことがあるのだろう。

「…とにかく、近づいても落ちないようにしてくれ。あと、女の子な」
「女の子も無理。人権侵害だし」
「それなら落ちないようにするだけでいい」

私は「はいよ」と返事して、悪ガキの差し出した時計に手をかざす。内容が簡単なだけに、刹那で作業は終わった。
そして私が時計を返すと、悪ガキは礼も言わずになんだか気持ち悪い表情になった。

「今度どっか行かね? 家近いし、もう少し仲良くしようぜ」
「私の理想は低くないの。さっさと帰りな」

急に色目を使ってきたクソガキを追い払うと、私は机に突っ伏した。今日は体が怠い。夜は考え事をしていてあまり眠れなかった。
昨日の痩せこけた客が異様に気になったのだ。ここでは眠る必要なんてないのだが、精神衛生上寝たほうが良いとされるのが身を以てよくわかった。だらしないけど、店を閉めて二度寝しようか。どうせ客は滅多に来ないんだし。

6:数絵:2015/05/11(月) 07:27 ID:qv.

時計屋の前には『閉店ガラガラ』と可愛らしいフォントの看板を立てておいた。そうして私は今、寝室のベッドに横たわっている。

『見たい夢を選択してください』

久しぶりのテキストだ。私は今回も相手にするつもりもなかったので無反応を貫き通した。

『見たい夢を選択してください』

繰り返されるのは二回まで。それ以降無視すれば、移動先は必然的にとある場所である。
視界が開けて、降り立ったのは先の見えない高架道路。夜なので真っ暗かと思いきや、どこまでも続くオレンジ色の街灯がひどく不気味に闇を暴いていた。
ここは天国とも呼ばれるが地獄とも呼ばれる、すなわち死後の世界だ。ただ、死というのは哲学的な概念で、私たちが生命活動を停止すると同時に与えられるものらしい。全て本の受け売りだから想像できないのだけれど、生命活動の停止とは一体なんだろう。
私の解釈から引用すれば、何者かに私たちを強制的に動かなくする時間をW与えられるWということなんだろうか。

「ここには何もない。何度来たって同じことだ」

黒装束の男が私の背後から近づいてくる。彼は死を司る神だそうだ。彼の語るものが真実であるかは別として、彼の話はなかなかどうして面白い。

「W死Wってやつが与えられたら、人はここを通るんでしょ? なんで誰もいないのさ」
「人は確かに時の最前線を生きているが、最前線自体に個体差がある。誰もが孤独でここを渡っていくんだ。どこに行き着くのかも知らずにな」

この道路の行き場所はどこか。以前ここへ来た時に質問したが、死神は「自らで確かめればいい」とだけ言って答えを渋ったのだ。
同じ質問をすると彼は機嫌を悪くするので、私は焦ったいのを抑えて黙っていた。すると、今度は死神が語りかけてくる。

「女、お前はおそらくあの世界の不適合者だ。どんな場所でも必ずそういう奴が現れる」
「一人前のつもりだけど」
「なんだって? 少なくともあの世界の一員という意味では一人前じゃない。あの世界のルールや掟を何一つ疑わず生活できる、善良な市民のことを言うんだ。夢を選択するテキストを二回もスルーするようなやつじゃない」
「……で、私は不適合者と」
「胸に聞いてみろよ。その傾向があるやつは九割がた自覚している。
周りからは恥を偲ぶための言い訳に聞こえようが、それが真実だって場合がほとんどだ」

死神はふわりと宙に浮いた。冷たい目で私を見下ろしている。オレンジの街灯の光が彼の背中で砕けていた。

「いっそここを出ていってしまえばいい。危険は伴うだろうがな」
「仮にもあの世界からつながる場所にいるあんたが、そんな事を口にしていいのかな」

私が少し食い下がって言うと、彼は黒装束にお似合いな悪意に満ちた笑みを顔に貼り付けた。

「俺もまた適合していないんだ。俺に会えたのは運がいいぞ、女」

7:数絵:2015/05/12(火) 19:25 ID:qv.

「ったく、なにが不適合者だか」

私は聞いて呆れた。
神を自称して、このような洒落た黒装束に身を包み、厳格な言葉使いをしているものだから、もう少しマシな事を言うものだと思っていた。

「大体、色が合わせられないから逃げるなんて、言い訳するまでもなくただの無能なカメレオンでしょ」

私が強めに反駁しても、死神の表情からは薄ら笑いが消えなかった。

「猿の檻に放り込まれても猿真似をして暮らすのかお前は」
「はぁ? 話の次元が違うじゃない」
「どっこい、違わない」

死神は指を鳴らした。短くて、不完全な乾いた音だ。夢の中なのに、その音は妙にリアルな距離感を伝えて私の鼓膜へ届く。反射的に耳を塞いだ。しかし、脳内でも途切れることなくその音は反芻した。

「その凝り固まった頭、パン生地にするつもりで柔らかくしてこい」

彼の最後の言葉が聞こえた頃には、私の意識は外界へと飛び出ていた。毎晩お馴染みの寝具の上だ。懐中時計で時間を確認すると、寝入ってからおよそ2時間ほどしか経過していなかった。

「はーあ、三度寝しようかな」

流石にだらしないか、と思っていた時、何やら玄関先の方から打撃音が聞こえた。連続したその音は、木製の板を握りこぶしで力いっぱい殴りつけた音に相違ない。つまり、時計屋の玄関扉が何者かに連続で殴られている。壁ドンというやつだ。
先刻、死神と喧嘩した事もあって、私のイライラは遂にピークを迎えていた。

「どいつも!こいつも!」

私は懐中時計をしっかりと握りながら、寝室を抜けて、時計屋の扉を勢いよく開けたのだった。

8:数絵:2015/05/13(水) 00:50 ID:qv.

「うるさい!!」

私は相手の確認もせずに怒鳴った。少し遅れて壁ドン犯を目で捉えると、そいつはあの悪ガキだった。ただ、私が寝る前来た悪ガキではなく、その相棒の方である。なにやら、ただ事ではない緊迫した表情をしていた。

「……落ちた」
「落ちた?」
「タクトが、落ちた……」

タクト、とはさっきのもう一人の悪ガキの名前だった気がする。ちなみにこいつはケントだったかケンタだったか忘れたがそんな感じのなまえだ。
そんなくだらない事が頭を横切りながらもWタクトWとW落ちたWのこの二語で私は全てを理解した。その瞬間に、自分の顔の血の気が引いていくのを感じた。

「まさか……!」

−Shift Δ−

「あららら」

登ってきたのでしょうか?
落ちてきたのでしょうか?
彼はΔ塔の真ん中の穴の端っこに倒れていました。あっ、真ん中の端っこってなんか変ですね。面白いですね。
ちなみに私、学力はよろしくないですけれど、彼がW落ちてきたWのは分かりましたよ。だって、この塔を登る手段なんてありえませんし、そもそも登ろうなんて考えには至りませんよ、常識的に考えて。
はっ、この倒れてる男の人を助けなければ!

「もしもし、お怪我はありません?」
「……あのクソ女……が」
「混乱していますね〜」

この人、どうしましょう。見た感じ、若くてワイルドな野生児という感じの逞しい青年です。頭蓋骨の模様のキラキラがいっぱい付いた黒いTシャツをお召しになっております。
そんな彼をまじまじと眺めていると、私の頭の中には一つのアイディアが浮かんだのです!

「あ!いいことを思いつきました! あなた、私と家族になりません?」
「なにを言ってんだチビ。ってか、ここどこだよ……」
「もちろんΔ塔ですよ。あなたがどこまで上の階から来たのかは知りませんけれど。もう帰れないでしょうし、こうして家族になる提案をしている次第なのです」

力無く地に倒れていた彼は、突然飛び起きました。そしてすぐさま私に詰め寄ってくるのです。きゃっ大胆。

「Δ塔?β塔だろうが」
「Δ塔ですよ。それはそうと、今日は私の家でゆっくり休んでくださいませ。明日あなたを連れて行きたいところがあるのです」
「はぁ?勝手に決めん……」

いつまでも反抗的だと少し差しつかえるので、顔面に一発蹴りを入れました。
彼はたちまち白目を剥きました。手加減したんですけれどね。ノックアウト!

「これで明日の学校の準備はバッチリですね! ふふ〜ん」

私は倒れた彼を担いで、鼻歌まじりにスキップして帰りました。足取りは軽く、とてもいい気分です!

9:数絵:2015/05/14(木) 23:36 ID:qv.

−Shift β−

「おい、ホワイトハウスはいくらなんでも……」
「あの連中くらいしか方法知ってそうな人いないの。しょーがないの」

ケンタだかケントだかそんな感じの名前の悪ガキを突っぱねて、私は荷造りを続けた。荷造りと言っても、道中で必要になりそうな時計を茶革のポーチに入れるだけだ。すぐに終えた私は、さっさと出発することにした。

「責任取ってタクトを探す。私がしくじったとは思えないけど、一応はね」

時間の扱いに私はすっかり慣れていた。タクトの時計にはしっかりとW塔から落ちない時間Wが与えられてるはずなのだ。
それでもタクトが穴から落ちたということは、時計を外していたか、何かに時間へ干渉されたか。時計は身につけていなくても近く置いておくだけで効力を発揮するし、考えられるのは後者の方だ。
しかしなぜ、だれが、どのように?……有効なその説にすら何種類もの疑問詞がつく。

「ホワイトハウスに行かなくても、とりあえず様子を見るとかは?」

ケントだかケンタのウジウジした態度は私を苛立たせた。

「……はぁ、あんた足手まといだからついて来なくていいよ。何のために私のとこに来たの?」

さすがの悪ガキも食い下がるようだ。

「俺も行くっつってんだろ。タクト落とした張本人の癖によくそんな口が聞けるな」
「はいはい。悪うございましたね」

こういうプライドだけ高いガキの扱いは非常に面倒で、ある程度の調子を保たせてあげながらも牽制するのがベストだ。

「さっさと行くよ。今から出ないとホワイトハウスまで二日跨ぐから」

私が早足で歩き出すと、その後ろから、そそくさとケンタだかケントだかが従ってくるのであった。

10:数絵:2015/05/15(金) 23:55 ID:smM

−Shift Δ−

「起きてください、お父さん」
「うん……」
「今日は待ちに待った授業参観なんですから!」

私がお父さんを揺すります。逞しい身体のラインがよく分かって思わずドキッとしちゃいました。そして、ようやくお父さんが目を覚まし、私と目が合うのです。

「は? ここは……お前……」
「お父さん、寝ぼけないでください。昨日から私のお父さんじゃないですか」
「ああ、そうだったな。塔から落ちて俺はお塔さん……お父さん?俺がお父さん?落とうさん?は?あ?なんだって?お父さん?ふざけるな!!」
「うふふ。お兄ちゃんがおいしい朝ごはんを作って待ってくれているのです」

私はお父さんをリビングまで引きずりました。もう、全く手間がかかるお父さんですね。
シルクのテーブルクロスの上に、これまた美味しそうなベーコンエッグとトーストが並べられていました。そして、お兄ちゃんがいつものような笑顔で迎えます。

「サナ、おはよう。お父さんは目覚め悪そうだね」
「そうですか? よそのお父さんも、こんな感じだと思いますよ」
「ここはβ塔じゃないだろ!なんだ、なんだよ……ここがβ塔じゃなかったなら俺はこんなとこには、そんなことには……」
「お父さん、早く食べないと」

お兄ちゃんがお父さんの髪を引っ張って顔を手繰り寄せ、お父さん口にトーストを詰め込みました。

「おぅぅぅ……ああぅぅぅ」

お父さんはもぐもぐしながら涙を流していました。よっぽど美味しいのでしょう。お兄ちゃんのお料理は世界一ですからね。

「サナ、今年の参観は何をやるんだい?」
「体育です。お父さんとペアを組むんですよー!」
「そうか。頑張っておいで」

私はうれしくて、天井を突き抜けるほどの大きい声で「はいっ!」と返事をしてしまいました。

11:数絵:2015/05/25(月) 21:32 ID:4l2

−Shift Memorry go round−

旅をしていた。
目的は忘れていた。いや、忘れていると言うべきではないんだ。回っている僕の記憶の一部分に生きているだけであって、僕は至って正常だった。
ただ、光速で回るモノには残像が残るように、僕はさっきまでの僕を少しだけ認識していた。それが旅をしているという事についてだ。
というか、何をすれば旅をしていることになるのだろうか。どこまでの僕が旅をしていたのかわからないまま、僕は旅をしなければならないという使命感だけを受けてここにいる。この情報が回覧板みたいに惰性で使命感だけを切り貼りして与えられたものだとしても、僕は旅をしなければならないのか。きっとそうなんだろう。

そして僕は旅をしていた。
暗い海の底から這い上がった時に、初めて陸地と出会った。
海の近い洞窟で寒さを凌いだ。
身の丈より何十倍もある巨大な爬虫類が外を歩いている。
草原の猿が棒を使い始めた。
焼けただれるような荒廃した砂漠を進んだ。
滝のように雨が降り続けた。
雨宿りした洞穴の中から出たら槍を持った野蛮人に襲われた。
必死で逃げたが、落とし穴にかかってしまった。
それから槍で突かれてムカついたので全身の皮を剥いで殺した。
さらに集落の子供の手足を縛って親の前で火を放った。
親が馬鹿みたいにうーうーと呻くのでおかしくて笑い転げた。
はは。ははは。
はははは。ははははは。

そして、旅をしていた。


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