優先席

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1:猫又◆Pw:2015/07/06(月) 23:10 ID:srY

 こんにちは。
知っている方はもうほとんどいないかな……。
猫又と申します。

 昔この板に書いてましたが、また気まぐれに散歩しに来ました。
そんな気まぐれな私が飽きないように、
今回は短めのやつをテキトーに書いていこうと思います。
 駄文ですが、よかったら見てって下さいませ。

 今のところ短いやつ1個の予定なのでコメントは無いと思いますが、
もしコメント頂けるなら、誹謗中傷でない限り大歓迎です。

 それでは亀更新ですが、よろしくお願いします(´∀`*)

2:猫又◆Pw:2015/07/06(月) 23:20 ID:srY

◇優先席

「ついに今日でこの場所ともお別れか……」

 駅のホームへと続く階段を登りながら俺は1人、そんなセリフを吐いてみる。
最近見た映画に影響されたのかもしれないし、もしくはただ単純に住み慣れたこの場所から去ることへの恐怖心を、無意識のうちに和らげようとしたのかもしれない。とにかく俺はそんなセリフを吐きながらホームへと足を踏み入れる。
 階段下から見た時はよく分からなかったが、改めてプラットフォームを見てみると、ほとんど乗客らしい人影はなかった。まだ昼間だというのに駅の清掃員がほとんどで、乗客は若い男にシワが目立つ女。そしてくたびれたスーツを着込んだ50歳そこらの俺ぐらいしかいない。

「……ふう」
 その惨状に俺は思わずため息を吐く。
「この路線の利用者は年々減少傾向にあったと聞くが……まさか、ここまで酷かったとはな」
 俺もここの路線でこの場所を去る以上、ある程度の知識は頭に入れていた。
同僚からもこの路線は過疎化していると重々聞かされていた。
だが実際にその現実を目の当たりにしてみて、正直俺は驚きを隠せなかった。

「……まぁいい。とりあえず俺は今日このホームから出る列車でこの場を去る。
今は自分のことだけを考えようじゃぁ、ないか」
 とはいえ、そんなことは所詮(しょせん)他人事だ。若干気になるが、俺には責任も何も無い。
そう自分に言い聞かせながら、俺は車庫から出てきたこの駅始発の列車に乗り込んだ。

3:猫又◆Pw:2015/07/06(月) 23:30 ID:srY

 案の定というか、当然席は空いていた。
俺が買ったのは自由席のチケットだったのでなおさらかもしれないが、乗客が3人しかいないのではどちらにしても同じだろう。そんな考えを巡らせながら俺はよく外の景色が見える窓側の席に座る。

 俺はこういう時、外の景色を眺めたい人間だ。
ずっと昔、小さい頃に窓から見た光景を今でも忘れていない。
 今、この席に座るまで色々な、それこそ話せば長く暗い話になりかねない人生を送って来たが、そのたびに色んな場所に出かけ、車窓から見える景色に心を支えてもらった。 
だからなんだと言われればそれまでなのだが、とにかくそんなこんなで俺は窓側に座る。

 すると前方の車両から、駅員らしい人影が近づいてきた。
「切符を。拝見いたします」
 どうやら切符にハンコを押しに来たらしい。
「あぁ、どうぞ」
 特に逆らう理由もないので俺はカバンから買っておいた切符を出す。
「失礼致します」
 駅員は無表情のまま両方から挟み込む列車独特のハンコを切符に押し付け、それが終わると俺に切符を手渡した。
「どうも」
 俺は手短に会釈(えしゃく)をすると、また窓の外を眺める。ちょうど窓が菜の花の黄色で埋め尽くされていたので少しうっとりしていると、また後ろから声がした。
「お客様」
 さっきの駅員だった。

「……まだ、私に何か?」
 しまった、まだ居たのか……。
趣味とはいえ、窓の外を見て微笑んでいる姿を人に見られるというのはどうも恥ずかしい。
もう少し周囲を確認すべきだったかと後悔するが、そんな俺に対して駅員はこう切り出した。

「優先席へ移る気はございませんでしょうか?」

4:猫又◆Pw:2015/07/11(土) 18:41 ID:srY

「優先席。ねぇ……」
 そう思いながら俺はこの車両の壁に掛けられている『自由席』と書かれたプレートを見る。
ただでさえ乗客が3人しかいないんだ。それなら優先席はさぞ寂しいことになっているのかもしれんな。しかし、
「自由席と優先席では料金が違うでしょう? 残念ながら私は今、価値のあるようなものを持ち合わせていないものでね」
「いえ、その必要はございません。なにぶん過疎化している路線なもので、乗っていただけるだけで結構です」
 俺の言葉に駅員は淡々と総説明し、「迷惑でなければ」と続ける。
「今から優先席へ案内いたします。一度見ればその素晴らしさを理解していただけるかと……」
「……むぅ」
 正直。俺はこのまま外の景色を見ていたかったが、優先席がどうなっているかも少し気になる。ある程度の予想はできるがそれでも百聞は一見に如かずだ。
「分かりました。ではお言葉に甘えて……」
 結局俺は好奇心に負け、駅員の後を追って先頭車両へと向かった。
そうしてしばらく単純な文様がえがかれた自由席の床を踏みしめたのち、その扉が見えてくる。

「“優先席”か……」
 黄金色の縁取りにガラスがはめ込まれたそのガラス張りの扉は、その頭上に『優先席』と書かれた看板を掲げ、その先にあるリッチな空間をおぼろげに映し出していた。
「ここで……いいんですかね」
 扉と看板、そしてその向う側にある宮殿にあるような装飾に目を奪われていた俺は、そう呟きながら目の前の駅員に向き直る。しかし、
「ん? どこ行った?」
 もうそこには駅員の姿は無かった。

 俺はしばらく辺りを見渡したものの、どうも戻って来る様子もないので、
「最近の駅員は不意を突くのが上手いな」なんて冗談を口ずさみながら目の前の扉を開けた。

5:猫又◆Pw:2015/07/12(日) 15:26 ID:srY

 扉の向こうは扉越しに見た通り、豪華な装飾で彩られていた。
両脇にある照明が小さなシャンデリアになっていたのはもちろん、座席も様々な機能の付いたより高性能なものへと変わっていた。
「なるほど……これはなかなかいい座席を使っているな」
 それらを1つ1つ発見するたびに、俺は子供のように目を輝かせた。
特にめずらしいというわけではなかったが、俺自身これまで乗ってきた列車でしっかりとこういう座席を眺めたことがなかったのでとても興味深かったのだ。
 そうして優先席のある車両をまじましと眺めていた俺だが、ふとその座席の中に人の気配を感じて背筋を延ばす。

「……誰か居るんだろうか?」
 と条件反射で呟いてみたもの、行動しないことには仕方がない。
俺はとりあえず気配を感じた座席まで歩み寄ってみる。
するとそこには若い男女が座っていた。
「……あら、どうしました?」
「何か御用でしょうか……?」
 じっと見ていた俺を警戒したのだろう、仲よさげな男女が俺に声をかけてきた。
俺は怪しまれないよう、適当に話を合わせる。
「あぁ……すみません、どうも席が分からなくて……。お2人は旅行か何かですか?」
 ついでに、二人の間柄についても少しちょっかいを出してみる。
仲良さげな雰囲気からしておそらく夫婦の間柄だろうと踏んだのだ。

 すると、夫婦と思しき男女はしばらく顔を見合わせた後、奥に座っている男性が隣の通路から何かを抱きかかえると、こう告げた。
「あぁ、ちょうどこの子の首も座ってきたんでね。みんなで旅行にでも行こうかと思いまして」
 見るとそこには元気そうな赤ん坊がいる。
なるほど……すでに子持ちだったわけか。
 俺はそう結論づけると自然な感じを装いつつ、続ける。

「それは、それは。息子さん思いのご両親ですね」
「いやぁ……僕達にとってはたいした時期でなくても、この子にとっては一生に一度の月日ですから……できれば色んなものを見せてやりたいんですよ」
「そうですか……」
 夫婦の印象はとても良かった。
 父親は本当に真面目な人だったし、俺も妻とあんな形で別れなければお手本にして心を入れ替えたいぐらいの人間だった。母親もまた息子をなによりも大事そうに抱え、その手の中にある存在が歩むであろう未来に思いをはせていた。
「突然お邪魔してすみません。それでは……よい旅を」
 そこまで確認できた俺は夫婦とまだ言葉も話せぬ赤ん坊に別れを告げ、優先席が続くこの列車の先頭を目指し、また進むことにした。

6:猫又◆Pw:2015/07/14(火) 23:28 ID:srY

 しばらく行くと、なにやら元気の良い声が聞こえて来た。
と言っても誰かが声を張り上げている訳ではなく、
子供特有の甲高い、喜怒哀楽全てが入り混じった奇声が俺の耳をつく。
 
「子供か……なんとなく、この豪華な車両とは不釣り合いな乗客だな」
 舞踏会のようなこの優先席に響く、幼い叫び声という、何というかミスマッチなこの状況に少し苦笑いしながら、俺はとりあずその声を辿って、乗客のいる席へと近付いた。
 するとそこに居た子供たちが一斉に喋るのを止め、突然現れた俺を訝(いぶか)しげに見る。
「……な、何だよ」
「あ……あ……」
「……あの、どちら様。……ですか?」

 子供は計3人だった。
1人は俺を睨みつけている、やんちゃそうな男の子。
もう1人は驚きすぎて言葉が出なくなっている女の子。
そして唯一冷静に問いかけてきた、素直そうな男の子だ。
 いずれも小学生ぐらいの見た目で、少なくとも5.6年生。
もしかしたら3.4年生だと俺は判断する。

「君達。電車の中では極力静かにね」
 だからというわけではないが、俺は適当な理由を付けてまずは誤解を解こうと口を動かす。
ま、半分本心でもある注意だ……騙しているわけではない。
 すると、まず口を開いたのは素直そうな男の子だった。
「あ……すみません。始めてトモダチと列車に乗ったので……つい」
「……あ、ぁ。すみません」
 続いて気が弱そうな女の子が乗っかる形で頭を下げる。

 しかし気の強そうな男の子は口を尖らせていた。
「けッ……なんだよつまんねぇの。乗ってるやついねぇんだから勝手だろ?」
「……そ、そんなこと言ったらダメだよKくん……怒られるってぇ」
 突然の反抗に焦ったのか、女の子がそれをおろおろと注意する。
「誰もいない……ねぇ」
 しかし俺は案外その指摘が的を射ていたので、ニヤリと口角を上げる。
「たしかに居ないなぁ」
「……へッ。案外話が分かるおっさんじゃん」
 それに気を良くしたのか、Kと呼ばれた男の子が俺の話に食い付く。
「ありがと。それで君達友達なの?」
 それを好機と見た俺は、さりげなく3人の関係性を聞き出した。
見る人が見れば一発で分かりそうな誘導の仕方だが、俺は素人なのでそこら辺は目をつぶって欲しい。

 とにもかくにもまだ小学生だったことが幸いしてか、
また素直そうな男の子が口火を切る。
「えぇ、そうです。小学校の友達なんです」
「あぁ、コドモ3人で列車に乗れるほど親友だゼッ!」
「……それは、N君が優秀だからだと思う」
「ま、なんにせよこいつとそれくらい友達なんだよな〜!」
 とN君と呼ばれた素直そうな男の子の肩を叩くK。
各々(おのおの)、色んなことを喋ってくれたが、今ので大体の関係性は分かった。

 つまり素直で優秀なN君と友達2人組、といった感じだろう。
現に、Kと女の子はN君を挟んで仲良く座っている。
「そっか、邪魔してごめんね。……それじゃ、周りに迷惑かけないように楽しめよ」
 そこまで確信した俺は、そう言い残すと俺はまた前方の車両へと進み始める。

「はい。さようならー」
「さ、サヨナラぁ。おじさん」
「こんど合う時はおかしの1つぐらい用意しとけよー」
 後ろからそんな声が聞こえてきたが、俺は振り返ること無く。
振り返りたくも無く、次の車呂に続く扉を開いた。

7:猫又◆Pw:2015/07/14(火) 23:31 ID:srY

修正 合う→会う 車呂→車両

8:猫又◆Pw:2015/07/19(日) 00:08 ID:srY

 扉を開くと、また誰かの声が聞こえて来る。
よく聞くと男子と女子の声だった。
 おおよそ高校生ぐらいの男子が2人。
同じく高校生ぐらいの女子が1人。
合わせて3人の学生がなにやら話に花を咲かせている。
 それがなんだか前の車両で会ったあの小学生たちと重なって、
俺は「奇妙な偶然もあるもんだな」なんて言いながら学生達に声をかける。

「君達、ちょっといいかね」
「あ……はい。何でしょうか」
 やはり答えたのは素直そうな青年だった。
案の定、あとの2人は私に訝しげな視線を送っている。
「いや、なんだか楽しそうだったのでね。一体何を話しているのか気になったんだよ。……迷惑だったかな?」
「あぁ、その……」
 だが質問を投げかけてみるとその青年もなにやら話しづらそうに縮こまってしまった。

 しまった……。少し質問が直球過ぎたようだ。
一体どうしたものかと俺は頭を抱えかけたその時、奥の席に座っていたKが唐突に声を張り上げた。
「あ、そうなんっすか? いや、聞いてくださいよ。……こいつら付き合ってるとか言い出しやがって……」
「こ、こら。見ず知らずの人にそんな話しないでよ!」
 すると男子2人に挟まれていた女子が顔を真っ赤にしながら口を開く。
それを見ていた素直そうな青年、Nもつられて顔を赤らめる。

「ほら、見てくださいよあの顔……。ほんっとお幸せにって感じっすよね〜」
「なるほど……2人はそういう関係なわけか」
 その光景を見ながら俺とKはニヤニヤと視線を交わす。
それがさらに2人の羞恥心を煽ったのかさらに赤くなる。

「まそういうわけで、NとA子。二人共お幸せにな〜ってことを話してたわけです」
「なるほど、それなら俺はこの場を離れたほうがいいわけだな」
 さらにトドメとばかりにKとグルになってイジった結果、
NとA子から「ほっといて下さい!」と怒鳴られ、俺はいそいそとその場を後にしようとして――。

――立ち止まり、まだ後ろにいるであろうNに向かって言い放った。
「おい君」
「……な、何ですか」
 Nはまた何か言われるのかと厄介そうな声を上げていたが、俺はかまわず言う。
「彼女を大切にな……。お前ら2人が出会ったのは奇跡みたいなもんだ」

「……は?」「いや、何でもない」
 Nが一体何のことかと聞き返そうとしてきたが、
俺はそれを無視して豪華な座席が並ぶ優先席を、ただ無言で歩き続けることにした。

9:猫又◆Pw:2015/07/23(木) 22:02 ID:srY

 しばらく歩くと、そこには案の定、2人組の夫婦がいた。
こちらに気付くと夫婦は軽くこちらに向かって会釈をしてきたので、俺は間髪入れずに尋ねた。
「こんにちは。ご夫婦ですか?」
「え。えぇ……」
 そこに居たNが低い声で答える。
もうその仕草や佇まいに、あどけなさは残っていなかった。
「よく、分かりましたね……」
 その隣で応じるA子もまた、女性特有の顔立ちをしている。
そんな夫婦2人は急に自分達の関係を言い当てた俺に驚いているようだったが、
正直このやりとりも飽きてきたので強引に話を進めることにした。

「いえいえ、単なる勘です。……それにしても私独身なもので、旦那さんがうらやましい限りですよ」
「はあ……」
「それで、どんな感じです? 見たところこの上なく幸せそうなのですが――」
「…………」
 俺の態度が気に食わなかったのだろう。
Nは俺の顔を見ながら眉をひそめると、そのまま黙りこくった。
「え……えぇ。とても幸せですよ。ねぇ、あなた」
 すると、その居心地の悪い空気に耐えかねたのかA子が口を開いた。
「あ、あぁ……」
 それにつられ。Nも固く閉ざしていた口を開く。
「ま、たしかに幸せですよ。……A子は気立てがいいし、ご近所付き合いも上手い。それに料理も……上げてゆけばキリが無いですが、本当に巡り合えて幸せだったと思ってます」
「それを言うならあなただって、家族を立派に支えてくれてるじゃない。仕事も上手く行っているし、休日には子供たちと一緒にヘトヘトになるまで遊んでくれるし。……あ、そうだ。この間友人の家族と一緒にキャンプ行ってくれてありがとう。私も楽しかった」
「いや、あれは友人の発案で僕は単に乗っかっただけだよ。大したことじゃない。僕の両親も同じことをしてくれていたからね。うちの伝統を守っていきたんだ……」

 と、そこまでお互いに言葉を交わすと、Nは俺に向き直って言った。
「少し喋りすぎましたが大体そんな感じですよ。あなたの言う通り僕達は今幸せです」
 少し厳しい目つきでそう言うNに同意をしめ示すようにうなずくA子。
「……そうですか、失礼しました。さようなら」
 そこまで確認した俺は矢継ぎ早に別れの言葉を並べ立て、その場を去る。
夫婦2人は俺を訝しげ(いぶかしげ)な目で見ていたが、しばらくするとまた2人で何かを話していた。

 そんな2人を背に、俺はおそらく先頭車両になるであろう次の車両への扉を開こうとして、
「……チッ」
 軽く舌打ちをする。
夫婦に向けてではない。自分に向けての怒りだった。
 更に言えば、手のひらに爪痕が残るほどに固く握られていた右手に対しての怒りだった。

 少し頭に血が上ってるな……。
いや、まぁいい……どうせ次で最後だ。
 そう誰に話すでもなく俺は呟くと、ガタンゴトンと揺れる床を踏みしめ、次の車両へと移動した。

10:ゆ hoge:2015/07/30(木) 01:33 ID:Vus

以前からちょくちょく拝読しています。
熟練した感があって、でも技巧に走らない文体が好みなんです。
わたしも書く機会があったらお手本にしたい。ほんとに。


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