第一章「別れ」
卒業式。
高校3年生が卒業する日。
皆、先生や後輩とお喋りしたり、自分の友人と泣きあったりして、思い思いの時間を過ごしていた。
あたしも、大好きな人と話をするために、人気がない、裏庭へ向かう。
彼に、「来て」と呼ばれていたからだ。
裏庭に、彼はいた。
―瞬……。
「瞬」
名前を呼ぶと、彼はゆっくりと顔を上げた。
目が、合う。
しばらく沈黙を貫くと、彼は震えている声を出した。
「ユリ……」
ユリ。
ユリ、と。
あたしの名前を、呼んで。
「ユリ……、俺たち、別れよう」
あたしは、一瞬頭の中が真っ白になった。
次に、えと思った。何で?と思った。
「どぉして……?」
あたしの声も震えた。
震えが止まらなかった。
「俺な、アメリカに行くことになったんだ」
アメリカ……?
「何で、行くの?どういう理由で……?」
「サッカー推薦、だよ」
サッカー。
確かに、彼はサッカー部だった。
部長だった。
上手だった。
でも……それが……それで……。
「それで、あたしと別れるの?」
彼は、一瞬かすかに目を伏せた。
でも、それは本当に一瞬の事で。
「あぁ」
と。
彼は、認めた。
自分がしようとしていることを。
あたしと別れる理由を。
「あぁ」という言葉で。
「本当に……ごめん。本当に、悪い、悪かった。
ユリと一緒にいてすごく楽しい。楽しかったよ。
毎日、ずっと、ずっとずっと幸せだった。
俺、ユリの事、大好きで……本当に、愛し……っ」
「言わないで!!」
あたしは叫んだ。
彼の話を遮った。
そうじゃないと、泣いてしまいそうだったから。
笑顔で……彼の背中を押してあげられないと思ったから。
「言わないで……」
もう一度言った。
「ユリ……やっぱり俺、ユリと離れたくない。
ユリとずっと一緒に居たい……居たかった!」
彼は、あたしに抱き着いてきた。
あたしは、素直に嬉しかった。
でも、だけど……、だけど!!
あたしは、彼を引きはがした。
そうして、ようやく口を開く。
「あたしは、瞬と別れたいよ……」
という。
最低最悪な言葉で別れを告げる。
最低最悪な女。
そんな自分を、今、作り上げなければいけない。
本当に大好きな人との別れなら、悲しくない別れなんてない。
傷つかない別れなんてない。
瞬に「さよなら」を告げるためにも、あたしは瞬を傷つけるしかない。
「瞬と、一緒にいていいことなんて一つもなかった。
全然楽しくなんてなかった」
最低……最低だ。
「……瞬はアメリカで頑張って。
そして、あたしの事も忘れて。
あたしも、瞬を……忘れるから」
「だからあたしは、瞬と別れたい」
言った。言い切った、言い切った!
最低な女め……。
瞬は、泣きそうな顔であたしを見ていた。
あたしも、瞬を見た。
そのあとで、瞬に言われた言葉が、胸に、深く、深く突き刺さった。
「お前、最低……」
分かってるよ、分かっているけれども、こうするしかない。
瞬にはちゃんと自分の夢をかなえて、幸せになってほしいから。
「さよなら」
あたしと瞬は、同時にそう告げると、真逆の方向に向かって歩き出した。
あたしは、泣いた。
ただ泣いた。
泣き続けた。
さよなら、最愛の人……。
それから、あたしは静かに携帯を取りだし、彼のアドレスを消した―……。
第二章「誘い」
あれから、半年がたった。
当然だけど、あれから瞬とは一切連絡は取り合っていない。
今日は大学もバイトもないし、何もやることがない。
漫画でも読もうと本棚に向かおうとする。
すると、あたしの携帯が鳴った。
大学で知り合った莉子からだった。
「……もしもし、莉子?」
『ユリちゃんー?今ぁ、お暇ぁ?』
莉子特有のとろい口調に思わず笑いそうになる。
「うん。暇だよー。で、どーしたの?」
『あのねぇ、みんなで合コンやろーかぁってゆー話が出てるんだけどぉ、ユリちゃん来ないぃ?』
あたしは、黙った。
瞬とはもう別れていて、縁がない。
あれから彼氏も作っていないし、この機会に新しい恋に目覚めるのもいいのかもしれないけれど……。
「んー……。あたしはいいや」
悩んだ末、あたしは断った。
本当に大好きな人と別れたのだ。
ちょっとやそっとの事で忘れられるはずがない。
『えー!?何でぇ?行こうよぉ!』
断っても、莉子はしつこく誘ってくる。
「うーん、でもなぁ……」
『ユリちゃん行こうよ!ねっ、行こ!?絶対楽しいって!』
……莉子、しつこいな。
そう思いながらもこんなに頼まれているのに断るわけにもいかず、あたしは
「いいよ」
と返した。
「で、いつなの?」
『今日!』
「は!?」
今日!?
あたしは声にならない声を上げた。
「い、いきなり過ぎない?」
『そーお?そんなことないと思うけどぉ」
マイペースな莉子にとってはそうかもしれないけど、あたしにとっては違うんだよ!
そう言ってやりたかったが、それはグッと飲み込んだ。
そのあと、莉子に場所と集合時間を聞いて、あたしは人生初の合コンに行くこととなった。