……私の涙が海に変わっちゃう前に早く、早く、私のところへ来て。
2:まりまり:2016/01/07(木) 00:35 ID:EW. 1、待ち合わせとその相手
黒いコンクリートの上、桜は満開で木々の間から覗く太陽の光。ピンク色でポカポカしているこの季節は落ち着く。心が軽くなる。公園のベンチへと私は足を早めた。もしかしたら君を待たせているかもしれないから。小さい子供やお花見をしている人々、歌を歌う者もいた。みんな満開の桜によく似合う笑顔だった。笑顔の人々をすり抜けてすり抜けて公園のベンチに腰をかけた。君よりは早く到着できたみたいだ。この季節は自然と人を笑顔にしてしまうのかもしれない。不思議な気分だ。桜が風で散る。花はやはり小さき命である。でもそれは人の笑顔が絶えないための大切な命。心に響くような鮮やかな桃色。現実のものとは思えないほど美しいもの。私の座っているベンチからは目の前に桜が満開の道路がある。コンクリートの上を走る車の色をぼーっと眺めていると目の前にパッと真っ赤なものが広がった。
「……ッ‼︎」
言葉にならなかった。人々の笑顔は一瞬にして忘れ去られたかのようにして消え去り、楽しそうな歌声は悲鳴に変わった。散った桜の上に真っ赤な花がたくさん一瞬にして咲いた。交通事故だ。自転車をこいでいた少年がこの季節で浮かれてしまった男性にひかれたのだ。小さい子供たちの目を覆う大人たち。私はそれより少年のことが心配だ。
「悠…人。」
私は少年の名を口に出した。そうすることで現状を受け入れられそうな気がしたのだ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!悠人が、悠人から血が出ている。たくさん、たくさん。大きな一輪の赤い花を描いて待ち合わせの相手は一生涯ここへ来ることは許されなくなった。待ち合わせの相手は私の目の前で消えたのだ。
2、風になびく少女。
悠人は私の幼馴染で、あの日は一緒に虫取りに行く約束をしていた。まだ4年生だったし、とても虫取りが楽しかった。でも、悠人が目を覚ますことはなかった。私は涙をどれほど流しただろう。
『1284回。それがあなたの涙の数。』
「…?」
背後からの声、少しクールな印象を与えるような少女の声が聞こえた。私は後ろを振り向いた。背中まである銀色の髪はサラサラと風に舞っていた。とても印象深いのは青い瞳。深い深い海のような吸い込まれそうな瞳。そんなことを考えている私に少女はこう言った。
『な、あなた何を考えているんですか⁉︎』
先程から心を読まれている…?それとも私顔に出ているのかな?こんな可愛い女の子を目の前にして何も考えずにはいられないのが私の長所!
「えへへ、色々考えているよ?自己紹介遅れたね!私、神谷 桜。よろしくね、あなたは?」
『…白凪 小夜。』
「しらなぎ……?珍しい名前だね!」
14年間の生きてきた中では初めて聞いた名前だ。この辺では白凪さんという人を見たことはないから、引っ越してきた子かな?それにしては私の事知ってすぎじゃない?涙の数だって、考えている事も。
『私、引っ越してきたわけではありません。危険な存在でありながらそれを自覚していないからです。』
「へ?誰が?」
『あなたの事です。空間移動、テレポーターの神谷 桜。』
空間移動…?てれぽーたー?アニメのお話…?
『アニメなんかではありません。現実、リアルでの話です。あなたは自分の力に気づいていない。』
「自分の力…?握力には自信ないけど、腕相撲なら受けて立つよ⁉︎」
『わざと、というわけではないようですが、私には分かりかねませんが、あなたの頭、相当なポジティブですね。』
あれ?よく考えてみればいきなり話しかけてきたかわいいけれどどこか不思議な少女、白凪 小夜。その事何故私はこんなわけの分からなくて根拠も何もなくて、現実ではありえない話なんかしているの?
『あなたが危険だからです。』
心を読まれている…?この子は人の心を読んでいるの?それとも私がバカなだけで、考えすぎ?少女は何かを悟ったかのように話しだした。
『あなたの幼馴染さん、悠人…霜奈 悠人さんの亡くなった日からあなたの能力は発症したと考えられます。』
悠人…のなくなった日の事…⁉︎少女は当然かのように続ける。
『あなたの能力は空間移動すなわちテレポート。自分の指定した場所にひとっ飛びできるという力。あなたはその能力の器として十分なものを持っている、だから能力を授かったの。』
器…?てれぽーと?ひとっとび?少女は私の頭には理解不能な事を言っていた。でも何故だか不思議な気分、昔を見るような遠く遠く遠くを見つめるような気分。
3、頭がパンク!超能力ってすごい。
「え、ええっと、その…小夜ちゃんは私の事が危ないって思っているの?」
『簡単に言えばそういう事です。でも、あなたの思う危険と私の思う危険は少々違っている気がしますが…。』
「あれ?違うの?…あ、さっきから思っていたんだけれど、小夜ちゃんって何ていうか…不思議ちゃん?」
随分とアホな問いかけな気もしなくもないけれど、先程から本当に何故か心を読まれている気がしてならなかったのだ。
『私の能力は風読みですから。風の噂なんて言葉があるでしょう?あんな感じです。風は人の心を教えてくれます。』
「…なんかもう頭がパンクしちゃいそ…」
『え⁉︎神谷 桜⁉︎』
ああ、なんて単細胞な生き物なんだ、私。頭がパンクってどれだけ勉強したのってなっちゃう。勉強なんてしてないのになあ。小夜ちゃん、不思議な子だったなあ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*(=゚ω゚)ノ
「ん…?」
真っ白な天井が視界に入った。そして銀色の髪の天使さん…?
『神谷 桜、大丈夫ですか?』
「ああ、私頭パンクして…、って、あれ?天使さんじゃない…?」
『は?天使さん…?』
私の言葉に首を傾げていた天使さん…改め、私の言葉に首を傾げていた白凪 小夜。本当に綺麗な整った顔だなあ。私もあんな顔だったら彼氏も居たんだろうに。そういえば、ここどこだろう。真っ白な天井に真っ白な壁、カラフルなぬいぐるみたち。うん、天井と壁は私の家と似ているけれど、ぬいぐるみなんて私の部屋にはない。
「ねえ、小夜ちゃん?」
『はい?』
「ここどこ?」
『上の階です。あなたの家の。マンションの部屋の番号でいうとあなたのところか205で、私の家は305ということです。』
「へー。」
私の家の上かあ、以外と近い…。
「…エェっ⁉︎なんで⁉︎私小夜ちゃんのこと一回も見たことないのに!」
『はい、このマンションのエレベーターや階段は一度も使用したことがありませんので当然かと思われます。』
これも超能力の仕業か…。うん、そうに決まっている。それ以外に方法があるわけないし。
「超能力、すごいんだね。」
『超能力に興味を持っていただけましたか?』
「す、少しだけ…。」
4、お姉様
「お姉様いらっしゃいますかなのです!」
小夜の部屋は窓が開いていた。そこから元気のいい声がした。この声を私は知っている。知り合いたくはなかった知り合いの声だ。しかも、かれこれ7年間の付き合いだ。学年は私の方が二つ上だが、何故か付きまとわれるようになったのだ。
「…希歩?」
『お知り合いですか?』
「…うーん、知り合いたくはなかったかも。」
『お話ししたいのですが、また後日伺いますので、希歩さんのところへ行ってあげて下さい。』
「ありがとう!また今度ね!」
『えぇ。』
私は玄関の方へと走り、靴を履いてドアを勢いよく開けて小夜ちゃんに言った。
「お邪魔しました。」
そう言ってドアを閉めた。小夜ちゃんは小さく手を振っていた。
「え?お姉様…なのです?」
希歩は耳が良い。私はそんなに大きな声でお邪魔しましたなんて言っていない。地獄耳にもほどがある。勘弁してほしい。
「なんか疲れたし、エレベーター使おう…。」
右にあるエレベーターに向かう。階段から奇妙なほど早いリズムで登ってくる音がした。希歩だ。間違いない。私は急いで下の階に下がるボタンを押した。
「おっねぇっ様ああぁ…なのです〜!」
「ぎゃあああっ!?」
予想外。というか無念。絶対にエレベーターの方が先だと思っていた。でも現在進行形で後ろに飛びかかってきたのは希歩だ。本当に無念だ。
「お姉様、お姉様!なぜなのような方と密会をしていらっしゃるのですかと希歩は問いかけてみるのです〜!」
「いやいや、そんな密会とかしてないし。希歩、一旦離れてもらえる?」
私の言葉を聞けば希歩はさらに私にきつく後ろから抱きつく。
「嫌なのです〜‼︎希歩はお姉様から離れたくありませんなのです!」
「いやっ!死ぬから!」
「お姉様が死ぬのは嫌なのです!」
と気まぐれなのかパッと手を離して私の横に並んで立った。それと同時にエレベーターがこの階に着いた。チャンス!
「希歩!ごめんだけど先に行くね!」
制服姿の希歩の足をひっかけて転ばせてダッシュでエレベーターの中に入る。そしてすぐにドアを閉めた。希歩、ごめんね。
「お姉様!裏切ったなのですね⁉︎」
「ごめんね、希歩。」
そう言うと完全にドアは閉まった。今日はとても疲れる。頭は考えすぎでなんかぐちゃぐちゃになっちゃうし、そのせいで考えもまとまらないし。家に帰ろう。そして早く寝よう。それが一番だ。
「希歩は、いない…か。」
エレベーターから顔だけを出して辺りを見渡す。205と書かれたプレートのあるドアまで猛ダッシュしてドアを開けた。
「た、ただいま。」
「姉貴、お帰り。」
「ああ、冬馬か。ただいま。」
なぜか冬馬しかいないはずの家の中からは不審な音がしたのだ。冬馬は目の前にいて私の出迎えをしている。家の奥から物音は聞こえている。がたがた…がたがた…と。
5、ストーカーには背負い投げ!
「冬馬、だれか家にいるの?」
「ええーっと、知らん。」
冬馬は慌てて目をそらす。何か隠し事してるな、こいつ。
「冬馬、もう一回聞くよ?だ・れ・が・い・る・の?」
私が腰に手を当てて顔を近づけると冬馬は顔を青くして姉貴のバカと言い残して自分の部屋へと逃げた。
「バカとはなんだ!バカとは!」
がたがた…がたがた…。まだ不審な音が聞こえる。不審者は冬馬の態度を見た限り居そうにない。とすれば誰?
「冬馬、彼女でもできたのか。」
冬馬は現在、中学一年生だ。彼女の一人や二人いるのかもしれない。
「ええと、そこに隠れている子、誰?」
「その声は!お姉様‼︎」
「げ、その声…まさかとは思うけれども、希歩⁉︎」
「お姉様〜〜!なのです〜〜!」
先ほどは後ろから抱きつかれたが、今度は真正面から。床に頭をぶつける。痛い。
「と、冬馬のバカーーーぁ‼︎なんで希歩、家に入れてんのよ!いくら同級生で仲がいいからって!」
すると冬馬の部屋のドアはキィ、と音を立てて開いた。
「姉貴、そいつベランダに居たんだけど。」
「はあ⁉︎」
「はい、希歩はお姉様よりも先にベランダに忍び込んでいましたなのです。希歩はとても正直者なのです!下着トカナニモトッテナイデスヨー。」
希歩の嘘つくときの癖は、棒読みになる時。わかりやすい。
「ほお〜う?希歩、手加減できるほど私器用じゃないからね?」
手をポキポキパキパキと鳴らす。ひぃ、と悲鳴をあげる冬馬と希歩。
「おりゃあッ!」
悲鳴をあげてももう遅い。私にはきっとかなわない。ひょいっと希歩を背負い投げした。冬馬は青ざめた。希歩は気を失っていた。そんなに痛かったかなあ。少しは手加減できたつもりだったんだけれど。
「姉貴!手加減くらいしろよ!」
「だ、だって希歩がストーカーしてくるから!」
「姉貴、俺知らないからね?」
「怒られるときは一緒に怒られてね。」
「姉貴のバカ。俺悪くないのに。」
冬馬、それは正論だよ。それであってる。でもお姉ちゃんそんなに優しくないからね。
「姉貴、ベッド借りるから。」
「うーん。いいよ〜。」
「…ったく、希歩もこんな恐ろしいやつ追っかけて何が楽しいんだろうな。返り討ちになるだけなのに。」
冬馬は、私のベッドへ希歩を移動させてテキパキと希歩のツインテールにしてある髪をほどき、タオルを水で濡らして希歩の額に乗せてふぅ、とため息をついた。
「冬馬はさ、彼女いないのー?」
「はあ⁉︎…ば、バカ!姉貴のバカ!いるわけねえだろ!」
顔を真っ赤にして全力で冬馬は私に言い返した。
「だよね〜。好きな人は?」
「姉貴なんかもう知らねえ!バーカバーカ!」
そう言ってまた冬馬は自分の部屋に逃げた。希歩の髪ゴムをそのまま持って行ってしまった。まさか、冬馬の好きな人って、希歩…?…いやいや、それはないよなあ。うん、それはない。早く希歩、起きないかなあ。
6、人形
「ん、お姉…様?」
希歩が目を覚ました。
「希歩、一応謝っとく。ゴメンね。痛かった、よね?」
嘘はついていない。反省もしている。
「お姉様、希歩は全然痛くなかったですし、怒ってもないのですよ。」
「…希歩、ありがと……」
どおおおおぉぉぉん。大き音とともに床が揺れた。
「…あっ、姉貴!これ何事だよ⁉︎」
冬馬は急いで部屋から出てきた。顔も少しこわばっている様子だ。
「あ、私にだって分かんないわよぉ。」
「…あれ、揺れが収まった?」
希歩がキョトンとした顔で言った。希歩ははっと何かを思い出したかのようにベランダへ走った。
「希歩⁉︎」
「希歩‼︎」
冬馬と声が重なった。理由は希歩。ベランダの手すりに足二本で立っているのだ。ここは二階。落ちたりでもしたら、打ち所が悪ければ昏睡状態に陥るかもしれない。危険。そう思ったからこその声の重なりだ。しかも、その希歩が落ちた先にある物は視認できないが、危険な物。二階からでも、姿形が見えなくても、チリチリと赤い炎が待っているのだ。危険、危険、危険。と警報が鳴り出してもおかしくないくらいの炎が見えるのだ。
「お姉様、ごめんなさい。私、お姉様にとても大切なことを今まで隠していましたの。」
儚げな表情で希歩は言った。流れるように私たちから目を離して外を見た。希歩の瞳には赤い炎が映る。そして難しい表情をして、こう言った。
「希歩は、死ぬために作られた人形です。あまり、言い出す機会が無くてすみません。希歩がお姉様に付きまとっていた理由は他でもない、お姉様と冬馬を守るためです。初めは敬意を払って近づくようにしていましたが、私は機械です。お姉様の心理が分からなかった。だからこんな形になってしまった。お詫び申し上げます、お姉様。それと、私がここにいる理由はもう一つあります。お二人の無くした記憶を強引に蘇らせることです。ですが、こちらの世界でお作りになられた思い出などは消去されます。」
そこまで長い長い説明をすると私と冬馬に向かって手を伸ばした。でも決して届かない。あ、私記憶を消されて新しい記憶と入れ替えられるのかな。
希歩はニコッと笑って
「お姉様、私は機械でした。けれどッ!とてもお姉様達との記憶は忘れたくありません。私は、私は、それでもお二人を守る使命を受け持っている。ごめんなさい、最後までこんなお話をして。大好きです。冬馬、私をたくさん助けてくれて、たくさん愛してくれてありがとうございました。感情のない私でごめんなさい。」
「希歩!」
希歩は記憶を消すどころか何もせずにベランダから地面へ真っ逆さまになって落ちていった。
7、目覚め
ベランダから希歩は落ちた。私は止めたかった。希歩と出会いたくなかったなんて大嘘。大好きだったし、これからも一緒に居たかった。私は届くことのない手を伸ばす。この手が届いてくれれば、そう願った。その時、目の前には冬馬の後ろ姿があった、…はずだった。目の前には希歩の姿があった。あれ、という事は私も落ちてるの?
「うわあああっ!お、落ちてる!死ぬー!」
「…お姉、様⁉︎何故このようなところに!いけない、戻って下さい!器としての資格があっても能力を無闇に使うのは危険です!」
『希歩!手伝いなさい!騒ぎになるわよ!記憶だかなんだか知らないけれど、騒ぎになる前に終わらせますよ!』
下からは先ほど少し聞いた白凪 小夜ちゃんの声がした。少し切羽詰まった声がしたのだ。上からは冬馬の声が聞こえた。
「姉貴ーーーー‼︎」
「お姉様、目を瞑っていただけると嬉しいのですが、よろしいでしょうか?」
希歩が私と目を合わさずに言った。希歩の視線は全て私たちの落ちている先にいる白凪 小夜ちゃんとその目の前にいる…動物?何あれ。あんな大きい動物は見た事がない。それほど大きい動物が白凪 小夜ちゃんの目の前に入るのだ。ファンタジー系の小説の挿絵で見た事がある。魔獣っていうのは、この世界でいう普通の動物がすっごく大きくって、火を吹いたりするらしい。でも、私にできる事なんてない。あったとしても、私にはできない。希歩に任せるしかないのだ。私は精一杯の笑顔でこう言ったのだ。
「私を一人にしたら承知しないんだからね。」
そして目を瞑った。
「キホ・アーシア、シリアルナンバー002…戦闘体へ切り替えます。…完了。第一都市のサーバーへの接続確認、…異常無し。元第一都市最強の神谷 桜と第一都市最強の姉と同じ血を持つ神谷 冬馬を保護しながら、白凪 小夜との共闘作戦を実行します。」
「希歩…?」
希歩は機械のようにすらすらと話し出した。私は薄く目を開けた。でも、そこには目を見開いてしまうような光景があったのだ。
「がああああぁあああぁああッ!!」
獣の鳴き声はまるで地獄から聞こえてくる物のようで、その声だけでも恐ろしいのに、足が震えてしまって立てなくなってしまいそうなほどなのに希歩の姿は白い鉄で全身を包んだような姿で、顔は真剣な顔で魔獣も向き合っていた。いつものツインテールはそのまま。どこか希歩のようでそうでないような…私の知っている希歩がもういないような気がした。
「お姉様、目を開けても…もう開けてますね。では作戦の説明をします。」
希歩は見事ながらに地面に着地した。私は…お姫様抱っこだ。この歳になってこれか…なんだかとても恥ずかしい。
「お姉様、お姉様はここから離れて下さい。そして冬馬様にもそうお伝えください。できれば、桜公園までお逃げ下さい。」
桜公園、悠人ととの最後の待ち合わせ場所だ。幼い日の悠人の顔が頭の中をよぎる。大切な人はもう失いなく無い。あんな思いは二度としない。あの日心に決めたじゃない。私が、どれだけ無力でも、どれだけ役立たずでもそこにいるだけで何かが変わるならそこにいたいと思った。だから残りたい。そう思えるのだ。希歩が機械でも私たちの間にある絆には何の変わりもないんだから、希歩が変わったって私は私でいればいいんだ。
「やだ。」
「お姉様?」
「嫌だって言ってんのよ。希歩、あんた死ぬ気じゃないでしょうね?そう少しでも考えていたなら私をここに残しなさい。」
「お姉様、希歩は死ヌナンテ考テイマセンヨ。」
希歩は棒読みだ。あの時と全く一緒。下着
トカナニモトッテナイデスヨー、そんなこと言ってたっけ。あ、下着返してもらってない…。
「あはは、希歩…希歩の喋り方、お姉様〜!なのです〜、だったのに喋り方変わったなあ希歩が遠くに行っちゃった気がしてた。本当にそんな気がしてただけ見たい。癖は簡単には治らないもんなんだね。希歩、バーカ。」
8、赤い毛を5本
「癖…?」
「まあ、教えないけどね。でもこれであんたの考えてる事わかった。死ぬつもりだったんだね。」
ぐらぁっ、視界が揺らぐ。希歩の姿がブレている。…赤い毛、深い紫色の…角?そして今にも襲いかかってくるような唸り声。
「…ええ⁉ここってまさかッ!」
魔獣の背中の上だ。死ぬ。
『神谷さん!そこにいるの⁉』
先ほどまでこの魔獣と戦っていた小夜ちゃんの声が聞こえる。かなり息切れしている。
「は、はいいいっ!」
『少しテンパっているところ悪いのだけれど、魔獣の毛を5本抜いて!』
…毛?毛って、この赤いやつだよね?こんなの何本抜こうが一緒だと思うのだけれど。
「わかりました。」
…1本、に、2本、3本4本…5本!
「ぐがあああああああぁぁぁぁぁあああ!」
魔獣が叫んだ。唸り声ではなく、苦しそうだ。
「終わった。」
小夜ちゃんが隣でつぶやいた。…隣?
「うわあああああああああああっ!」
「何、その可愛くない叫び方。」
「なな、さっきまで魔獣の足元にッ!」
「ああ、あなたが死んじゃわないように保護しろって事なの。」
「でででででも、さっきまでと声の聞こえ方が違うよ!」
「私の能力は風だって言ったでしょう?風に乗せて声を運んでいたの。あんな下からあなたに声が聞こえるはずないでしょう。」
…く、悔しいが頭いい。私なんかより断然。もともと頭がいいわけではないが常識などは身につけているつもりなのだが…って、今やっていた事自体が常識に入らないのか。なんで非常識的な日なのだ、今日は。
9、忘れられた真の記憶(⑴)
現在魔獣との戦闘を終え、小夜ちゃんのお宅に再びお邪魔している私、神谷 桜はとんでもない事実を冬馬と共に聞いた。もちろん希歩の事も、だ。魔獣と私がずっと思っていた赤毛の動物は、やはり魔獣だったそう。そして魔獣はそもそもこの世界(地球)に存在なので、元々の世界へと送り返されたらしい。生き返る事はないそうだ。…これは小夜ちゃんから聞いた話だ。まあ、まだまだ聞きたい事は山ほどあるのだけれども。
「ねえ、小夜ちゃん!」
「何?」
「希歩って、どういう事情でこんななの⁉」
「キホ・アーシアとか言ってた事?」
「そうです!」
冬馬は小夜ちゃんにだしてもらった紅茶を飲むと、希歩を見つめた。
「姉貴、その事ってさ…希歩に話してもらうとが一番だと思う。」
…確かに、そうなのだ。希歩の事は希歩が一番よく知っていると思う。だが、一応魔獣の件がある前までは、お姉様ーなのです〜なんて言って抱きついてきたりしていたのが事実。脳みその隅から隅まで機械という事なら、希歩の事情を希歩に聞くべきだろう。でも、もしかしたら機械でない部分だってあるかもしれないのだ。
「お姉様、それは私が話したほうが良い事なのでしょうか?」
「ままま、待って、待って!」
全力で話し出そうとする希歩を止める私を小夜ちゃんは少し口元に手を当て、しずかにくすす、と笑うとふぅ、とため息をついた。
「神谷さん、よく聞いて下さいね。希歩は元は一人の少女だったんです。ですが、私たちの住む第一都市では、今も現在進行中の戦争が発生しています。第一都市…意味がわかりませんよね。どうしましょう、キホ〜説明できるー?」
希歩は短くはい、と答え話し出した。第一都市について。
「第一都市、それは私たちの住む世界が誇るとても能力が発達した者が集まった都市です。私たちの世界は、この地球とさほど変わりない世界です。能力というのは、身体能力などの事です。身体能力などの向上が超能力を生み出す。その結果が戦争。」
希歩はそこまで言い終えると、急に一言も話さなくなった。
「…まあだいたいわかったかしら?超能力持った奴らの集まりって事。そしてね、その戦争は日々ヒートアップしつつあった。そして何人もの死人を生み出したわ。その中の死人が彼女よ。死人ではないけれど、限りなくそれに近い。そんなところよ。」
「そ、それって希歩は戦争に巻き込まれた女だっていうのかよ⁉」
冬馬が机を叩いた。紅茶がティーカップの中で揺れる。
「冬馬様は少し早とちりではなくって?死人に限りなく近い、そう言ったのだけれど。」
冬馬は混乱しているのかもしれない。なにせ、生まれた時からの付き合いなのだから。だけど、それは違う!死人だっていわれているようなものだもん。冬馬は拳を握る。
「おい、それ以上うざったらしい口叩いたら女だって手加減しねえから。」
「ちょ、冬馬!何バカな事考えて…」
「姉貴、黙ってろ。」
どうやら冬馬は本気で小夜ちゃんに怒りを向けているらしい。冬馬はただの人間だ。小夜ちゃんと冬馬の間には超能力という大きな壁がある。私の思考を遮るようにして小夜ちゃんが言い放った言葉、それは…
「それは無理です。私は、第一都市最強の神谷 桜の記憶を取り戻す事を希歩が、その補助が私なのです。そして記憶を取り戻す対象にあなたも入っている。危害を加えたりはしない。そして第一都市に対象の二人を連れて帰還する。それが私たちの任務の内容です。」
小夜ちゃんはきっぱりという。私たちに危害を加えずに記憶を元に戻す事が任務らしい。
「じゃあなんなんだよ、俺は。俺はなんでもないんじゃないのかよ?俺は普通の人間だぜ?記憶に前も後もあるわけないだろ。」
「じゃあ、試しますか?」
小夜ちゃんが立ち上がった。小夜ちゃんは先ほどまでと変わらぬ笑顔で告げる。試しますか、と。
10、忘れられた真の記憶(⑵)
「試…す?」
冬馬は呟いた、その言動をそっと連呼したのだ。
「ええ、わからないのなら身をもって体験するのが一番だと。」
小夜ちゃんの声色、表情すべて、冬馬に何を言われても変わらない。
「希歩…希歩達との記憶はどうなんだよ!」
「そりゃあ、消えます…多分。」
ふと何かを思い出したようで、多分、と小夜ちゃんは付け加えたように見えた。
「意味わからねえ。」
「上手に説明できる自信はありません。…記憶を取り戻す際に希に生じるのです、私たちは神谷 桜と神谷 冬馬の記憶を消しました。消した記憶は第一都市で暮らした記憶です。その記憶を取り戻す際に、希に生じる現象が…第一都市で暮らした記憶以外を消してしまうという事なのです。」
「それって、もしかしたらこっちの世界の記憶が消えるかもしれないって事だよね…」
そう、私の考えは多分正しい。そして希歩が突然話し出した。
「希歩は…希歩には記憶がほとんど残りませんでした。覚えていたのは名前と亡くなったと思われる兄の声と顔です。それ以外は…全く何も覚えていませんでした。」
「姉貴が記憶をなくすのは嫌。そして俺も記憶をなくすのは嫌。俺が最初に試す。」
「では、キホ手伝いなさい。」
「了解です。…こちら、キホ・アーシア、シリアルナンバー002、第一都市サーバーに接続。第一都市に魔力の提供を求めます。」
希歩が告げ終わった、その時突然窓など開けていないのに強い風が吹いた。
「白凪 小夜様、準備…整いました。」
「少し待って、今から魔法陣を書くわ。」
「了解です。」
小夜ちゃんは床に黒いマッキーペンで豪快に魔法陣をかいていった。これから、冬馬の記憶が取り戻されるのだ、姉としては心配。そして私の事まで忘れてしまったらどうしよう、冬馬の中に迷いがなくても私の中にはまだ迷いだらけだ。
11、忘れられた真の記憶(⑶)
「と、冬馬?」
「んー?何、姉貴?」
冬馬はいつも通りを装っているように見えた。
「…怖くないの?運が悪ければ希歩の事も、クラスのみんなのこともわからなくなっちゃうんだよ。」
「…そんな事かよ。バカなお姉ちゃんもっと大変なことはとうの昔から知ってたけど。…まあ、怖いよ。でもな、姉貴は俺より少し先に生まれただけでさ、女だろ?俺は男だ。一応姉を守ることくらいしねえとな。」
冬馬は照れ臭そうに笑った。
「…んー、こんなものかしら。」
小夜ちゃんが出来上がった魔法陣を見て少し不満げに言った。
「えーと、冬馬さん?ここの真ん中に立っていただけるかしら。」
小夜ちゃんは魔法陣の真ん中に冬馬を立たせた。
「白凪 小夜様、準備はよろしいでしょうか?」
「いいわよ。冬馬さん、動いてはいけないですからね。」
「…ああ。動かねえよ。」
「魔法陣に魔力の提供を行います。」
希歩は静かに両手を上げ、魔法陣の真ん中に向けた。そのと同時にぶわあっと風が吹いて、魔法陣は赤く赤くどこまでも深く赤い光と輝きを放ち始めた。
「…冬馬ッ!」
魔法陣へ向かう私を小夜ちゃんは止めた。今突っ込んでいけば死にますよ、そんなことを言われているような気がした。
「う…あ。あああッ!や、やめ…ろ。そんな、そんな…!」
光のせいで冬馬の姿を視認することはできない。光の中で冬馬は苦しみもがいているようだ。
「…父さん、かあ、母さん…ッ!」
苦しみもがいている冬馬に何が見えているのだろう、父さん、母さんと必死に叫んだ。私の父と母は亡くなっている。今は母の母…祖母のお金で暮らしている。その今は帰らずの人となった両親のことを呼んだ、冬馬には父と母の姿が見えているのだろうか。そんなことを考えていた矢先に小夜ちゃんは叫んだ。
「冬馬さん!!そちらへ行ってはダメよ!!それはあなたの父と母ではないのよ!!目を覚ましなさい!!」
「うぅ…、がッ、あああああああッ!」
「キホは全くこの状況がわからないであろう神谷 桜様に状況をご説明します。…冬馬様は記憶の狭間にいます。前の記憶とこちらでの記憶、それともう一つは死の世界です。今、冬馬様は記憶の世界ではなく、死の世界へ向かっています。とても危険な状態です。死んでいない者は死の世界へは行けないですからね。死の世界へも行けなければ記憶の世界へも行けない。行き場を失った冬馬様の魂は暴走を起こします。先ほどのような魔獣と化します。」
魔獣、先ほどの赤いやつと同じように冬馬がなる?そんなのあるわけないじゃない。冬馬は人間、それがあの恐ろしい動物の凶暴化したやつになる?
「そんな…ッ。」
冬馬はだんだんと叫び声を大きくしてゆくばかりだ。
12、忘れられた真の記憶(⑷)
「…冬馬さん!冬馬さん!」
小夜ちゃんは必死に叫び続ける。
「ク、クソ野郎…白凪だったかなんだったか…俺はなァ、こんな事なんかでくたばるようなたまじゃない。よォ〜…く覚えておけ、よ。」
冬馬は、小夜ちゃんを馬鹿にするように言った。小夜ちゃんは口がぽっかり空いている。
「…こんな魔術だかなんだか知らねえがクソくらえだ!」
そう冬馬が叫ぶと魔法陣は消え、赤い光も失われた。冬馬だけが残されていた。冬馬はほんの少しだけ息を切らしている。
「ど、どうだ。耐え…きった…ぜッ」
冬馬が言い終わると同時に体が勝手に動いた。冬馬を力一杯抱いた。冬馬は私の腕の中ですぐに眠りに落ちた。
「…あれ、なんで寝てるの?」
「あれだけのことをしたのですから、仕方ないです。相当体に負荷がかかったのでしょう。」
小夜ちゃんは静かに述べた。記憶を取り戻したであろう冬馬は幸せそうだった。
「わ、私も今のうちに魔法陣のやつやっておくわ。冬馬の前で取り乱したくはないもの。」
「そうですね。キホ、また魔法陣書き直すから準備しておいてね。」
「了解しました。」
*・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・*
全て、何もかもが分かる。第一都市のことも、本当の母親や父親の事も。そして能力のことも。辛い思い出も。出会った友達の事も。あ、思い出した。私の名前は神谷 桜。そして…もうひとつは…