お隣さんは犯罪者

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1:桃ナッツ:2016/01/31(日) 13:13 ID:CS2

 2050年の春――……
 俺は親にも見捨てられ、数年間孤独に生きてきた。

 中学を卒業しても、高校に行ける学費もなく、バイトをしている。
 君なら絶対都内でも有名な学校に入れると期待されていたが、僕は先生からの熱心な推薦もあっさり蹴った。

 ・バトル系小説(殺し屋の物語)
 ・人が殺されます
 ・登場人物>>02

2:桃ナッツ:2016/01/31(日) 13:36 ID:CS2

登場人物 (前作の登場人物の名前を少し変えているだけです)

冬塚 レクト (16)♂
・母親が妊娠した際、父が蒸発してしまったため、母子家庭だった。
 しかし父親の残した借金を背負う羽目になり、母も姿を消した(10歳)
 それからというものの、古びたアパートで貧しい暮らしをしていた。借金取りに脅されている
・中学ではいつもトップの成績を保っていたが、高校に行ける学費がなく、中卒でバイト
 エアガンを作る内職もしているため、手先は器用
・生活費を稼ぎ、借金を返済するために殺し屋になった。
・顔立ちが整っている方で、女性陣に言い寄られることも多々あるが、鈍感すぎて気がつかない

春王院 心璃 (16)♀
・父親は裏世界で有名な殺し屋だったが、何者かによって父が殺された
 殺した人物を突き止めるため、自ら殺し屋になった
・レクトのアパートの隣に住んでいる
・名門の公立高校に通っているものの、成績は下の下の下……
・レクトを毛嫌いしているような態度をとったりもするが、実はレクトに想いを寄せている

秋園 薬香 (17)♀
・心璃と同じ学校に通っている
・主に毒薬を研究しており、心璃に提供している
・最近では体内から検出されない毒薬を研究中
・レクトが大好きでいつもまとわりつく

夏都 セキナ(17)
・心璃と同じ学校に通っているが不登校で、薬香や心璃、レクト以外とは顔を合わせたくないらしい
・ハッキングを得意としており、ターゲットのデータを心璃に提供
・サイバー攻撃を得意とする
・いつも愛用のヘッドホンをしており、ポケットwi-fiは肌身離さず持ち歩く

志良堂 雪弥(18)
・心璃達が通う学園の生徒会長
・成績1位を保っていたものの、レクトの入学により記録を破られた
・レクトのことを一方的にライバル視しているが、受け流されている
・自称名探偵で、今まで数々の事件を解決していた
 この街に殺し屋がいると考え、その手がかりを捜索中
 つまり、心璃達にとっては邪魔者

3:桃ナッツ:2016/01/31(日) 17:16 ID:CS2

『必ず帰ってくるから、それまでいい子で待っててね』

 何年前の話だっただろうか――……

 俺はその母さんの言葉を信じて待ち続けた。

 でも母さんは一向に帰ってくる気配は無く、気が付けばもう、あれから6年の時が流れていた。


 俺は幼い頃から母さんと2人で暮らしていた。
 古い、ボロボロのアパートで、広さもそんなにない。
 風呂は狭いし、窓には亀裂があり、そこから寒い隙間風が入ってくる。
 床は歩く度にギシギシッと音を立てて軋む。
 住めば都、なんて言葉は通用しないくらいボロボロで。

 みんなのおうちには父さんがいるのに、なんで僕には父さんがいないの、と母さんに聞けば、母さんはいつも困った笑みを浮かべて、
『今はお仕事なの。いつか帰ってくるわ。必ず、ね』
 と、穏やかな口調で言っていた。

 そして、ある日母さんは忽然として消えた。
 いや、忽然ではないか……母さんの様子がおかしいとは幼い自分も思っていた。
 が、まさかいなくなるとは思いもしなかった。

 ある日、母さんが茶封筒に入った一通の手紙を見て驚愕した日を境に、母さんは顔が青ざめていった。
 そしてその1週間後、彼女は荷物をまとめてどこかへ行ってしまった。

 『必ず帰ってくるから、それまでいい子で待っててね』

 という、信憑性の欠片もない一言だけを残して――

 それからというものの、僕の生活は一気に狂い始めた。
 10歳の時だったから、バイトなんてできるはずもなく、食料の調達には困った。
 幸い、学校の給食というもののおかげで僕は生き延びることができた。
 給食でたくさん食べ、給食委員になって給食の残飯処理の際に、気づかれないように残飯を持ち帰って夕飯や朝食にしていた。

 集金は、僅かに残されたお金でやりくりし、リコーダーなどの副教材は近所の卒業生のお下がりを貰い、中学生になってからは新聞配達をし……と、僕は一人で生きてきた。

 

4:桃ナッツ:2016/01/31(日) 17:38 ID:CS2

 でも、解決できない問題はまだあった。
 それは中学生になった頃、月に1度来る借金取りだ。
 その頃の俺はまだバカで(今の俺もバカか……)母が受け取った紙が借金の紙だなんて知らなかったんだ。
 そして、なぜ母が俺を置いて出て行った理由も――

「おい坊や、母さんはいねーのか」
 黒い服を身にまとった、怖そうな、厳ついおっさんが数人。
 サングラスの奥でギラついている瞳が俺を睨んでいたが
「……いないよ。出てったまま、帰ってこない」
 俺は怯えず、しれっとした顔で言った。
「ほぅ、子供を置いて逃げやがったか……」
 黒い帽子を被った先頭のおっさんは、タバコの主流煙を吐きながら言った。
「じゃあ、お前が稼いで返すんだな」
 俺は咄嗟に臓器提供だと思い、それを拒んだ。
「おいおい、中坊のガキじゃ働けんだろ。それしか稼ぐ方法はねーよ」
 じわじわと、黒服の男が詰め寄り、俺は壁に追い込まれるたびに言った。
「母さんは多分帰ってくる」
 あぁ、もう心にも思っていないことを――……
 母を信じたわけでなく、自分が死にたくないが故に言った言葉――……
 
 僕のしつこい態度についに呆れたのか、彼らに紹介……というより押し付けられたのは、エアガンを作る内職の仕事だ。
 その頃の俺は14歳、手先も器用になっているとはいえ、エアガンなんて作れるのだろうか。
 俺はそう思いながらも、届いた部品を組み立てていった。
 これをしなければ、俺は臓器提供とか人身売買に出されて死んでしまうのだ。
 所詮、子供用の遊びのエアガンだったため、精巧な作りではない。
 俺にでもできる、型に嵌めていったり、部品をヤスリで削ったりする、単純な作業だ。
 もともと手先は器用な方で、友達のプラモデル作りをよく手伝わされたりもしていた。

 そんな日々が続き、俺は中学校を卒業した。
 先生が何度もしつこくトップ校を勧めて来たけれど、俺は学費がないから入れないと断った。
 奨学金制度があるというが、それでも中学校を乗り切るのに児童手当を使ってまでギリギリだ。
 入れるわけがない。保護者面談も強制でなかったからしなかった。


 俺は中学校を卒業してすぐに就職した。
 飲食店の店員、コンビニのレジ、デパ地下の店員。
 給食の残飯は無いため、余りものの惣菜を貰って帰ったりしていた。
 いくつものバイトを掛け持ち、フルタイム、さらに内職。
 おかげで俺は、少しだけ生活が楽になった。

 ただ、勤務時間にすれ違う、学生服を着た高校生達を見るたび、俺の胸はすごく痛くなった。
 金さえあれば、今すぐにでも高校に入学して勉強を続けたかった。
 

5:桃ナッツ:2016/01/31(日) 17:57 ID:CS2

 そして現在に至る、というわけだ。
「冬塚さん、レジお願いしまーす」
「あ、はい!」
 やはり平日の昼間から勤務している人といったら中年の人とかが多く、10代は俺だけだった。
 周りからは少し奇異な目で見られることがあるものの、俺は気にしない。
 
 見飽きた赤い光、絶えず周りから鳴るピッピッという短い電子音。
 さっきも見た青色の商品パッケージ、次第に金臭くなる自分の手。
 どんどん手渡されていく偉人の顔、何度も見た店名が印字されている緑色のポイントカード。
 あぁ、この人は食パン8枚派なんだとか、この人はたけのこの里なんだ、とかどうでもいいことを思いながら流れ作業を続けていく。
 そしてサイズに合った、ロゴがプリントされているビニール袋を付ける。
「あの子、若いくせにレジ早いわねぇー!」
 おばさん方が俺の方を見て感心(?)していた。
 褒めているのであろうが、俺からしたらレジ作業に慣れているという屈辱に聞こえる。
 つまりは、自分が貧乏ということを言われているみたいだった。
 俺はバイト先から持ち帰った惣菜のパックを開け、硬い畳の床に座った。
 亀裂をガムテープで補強した窓、老朽化した床、薄い壁から漏れる、隣のテレビの音。
 そしてゴミ箱に積まれた、透明の惣菜パックの山。

「はぁ、疲れた……」
 一日一回はこの言葉を言っている気がする。
 黄色い背景に赤い文字で印刷された半額シールを見て、俺は惨めな気持ちになった。
 売れ残った半額エビフライと、高校にいけない半額の俺……似たものを感じた。
 俺は半額シールを丁寧に剥がし、自分の手の甲に貼り付けて嘲笑した。

「中卒でバイトに明け暮れてる俺なんて――世間から見れば半額だよな」

 こんな人生になるはずじゃなかったのに――とため息をつきながら、添えてあったレモンを絞った。


 
 

6:桃ナッツ:2016/02/05(金) 17:23 ID:CS2

 翌日、レクトはいつも通り、ある街の一角にあるコンビニでバイトをしている。
 今日は土曜日の昼間ということもあり、平日より客が多い気がする。
 特に、普段昼間は見られない高校生や中学生達が多い。
 部活帰りなのか、ユニフォームを着て鞄からラケットを覗かせている人もいれば、私服で来ている人もいる。
「あ、今月号もう発売されてるー」
「ちょっとスナック買ってこー」
 きゃっきゃと楽しそうに笑う高校生が羨ましくないわけではない。
 けれど、自分には課せられた使命がある。
 借金を返す、という重い重い、地獄のような使命が。
「冬塚ー、品出し終わったらレジ代わってくれー」
「あ、はい!」
 赤い文字で印刷された激辛スナックを棚に素早く並べ、レクトはレジへ急いだ。


「合計2350円になります」
 最初にレジの向こう側にいたのは、黒いパーカー、黒い帽子、長い黒髪という黒ずくめの女性だった。
 ジーンズの短パンにニーハイソックスで、背丈はレクトより下。
 大体同い年くらいといえるだろう。
 けれど、帽子で目元は見えず、どことなく大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
 その女性が黒い肩掛け鞄から取り出したのは黒い財布。
 とにかく、彼女の持ち物のほとんどが黒だった。
「2350円、丁度お預かりします」
 顔はほとんど見えないものの、端正な顔立ちをしていることはなんとなく分かった。
 まぁ、だからといってどうということはないのだが…………

 そんなことを思っていた次の瞬間――……

「おとなしくしてろ!」
 突然、前方から物凄い勢いで怒声が聞こえてきたかと思うと、ガタイのいい男性が数名拳銃を向けていた。
 マスクにサングラス、黒い服という典型的な強盗の格好である。
 人数は5人、それぞれ拳銃かナイフを一丁ずつ所持している。
「きゃああああぁぁあっ!」
 もちろん、それに反応しない客はいない。
 逃げ出そうとする客、真っ先に子供を抱いて庇う客、棚の物陰に隠れる客。
 
 なぜ、なぜ銀行ではなくこんなちっぽけなコンビニを襲うんだ!?
 なぜ、よりによって十数件ある内で一番小さいこのコンビニなんだ!?
 立てこもりなら民家、強盗なら銀行に行け!
 
 レクトは真っ先にこのレジが狙われると判断し、黒ずくめの女性を避難させようとした。
「はやく逃げて!」
 レクトが小声で耳打ちするも、彼女は無言でそこに立って強盗を見つめているだけ。
 立ちすくんで動けないのか、それとも状況を理解していないのかはよくわからないが、動かない。
 そして、強盗がレジに向かってつかつかと歩み寄ってきた。

「金を出せ。そうだな……1000万、用意しろ」
 レクトの2倍くらいはありそうな大柄の男は、口角を上げて、意地悪く笑った。

7:匿名:2016/02/05(金) 17:59 ID:pAo

意外とおもしろいし小説としてもちゃんとした書き方してて好印象。
支援してるよ、がんばれ

8:桃ナッツ:2016/02/05(金) 18:39 ID:CS2

匿名さん
コメントを頂けて、非常に嬉しいです
支援ありがとうございます!完結まで頑張ります(^ ^)

9:桃ナッツ:2016/02/05(金) 19:11 ID:CS2

 1000万円出せ、という強盗の無理な要求に、レクトは驚愕した。
 否、金を要求してくることは想定内だったが、この小さなコンビニに1000万円なんて、すぐに用意できるはずがない。
 こんなコンビニに1000万すぐに用意できると思ってんのかゴルァ!

「さもないと、ここにいる人質を皆殺しにすることもできるんだからな。さぁ、どうするんだ!?」
 筋肉ムキムキなゴツイおっさんは、一箇所に固まって縮こまっている客に拳銃を向けた。
「いやあぁああ、やめてえぇ!」
「きゃあああぁぁあああ!」
 当然、客が悲鳴をあげるため、何事だ、と周囲に人が集まってくる。
 外からのざわめきが聞こえてくるが、強盗が窓全体に黒い布をかぶせてしまい、外の様子はわからないし、外からも内部の様子が見えなくなっている。

 いつの間にかコンビニの自動ドアはシステムが切られ開かなくなっていたようだ。
 さらに出口の前に人強盗が立っているため、逃げることはできないだろう。

 僕は考えた末、1000万円用意すると言うことにした。
「今すぐにはできません。上の相談が必要です。少しお時間がかかりますが」
 自分でも驚く程的確に、冷静な態度で強盗に対応した。
 まるで柄の悪いクレーマーを対応するかのごとく。
「ちっ……ふん、まぁいい。さっさと用意しろ」
 強盗は舌打ちをして、レクトと黒ずくめの女を見張り、拳銃を突き刺す。
「それでは、少々お待ち下さい」
 レクトは店長に相談するべく、休憩室に向かった。
 黒ずくめの女はもう一人の強盗に連れられて、その他の客と一緒に人質にされている。
 レクトには、あのボス的な人が拳銃を向けながらついてきた。

 店の裏にいた中年店長は別の強盗団に人質として抑えられ、硬直したまま使い物にならなくなっていた。
 完全にパニックに陥って、まともに会話ができない状態……怯えが止まらない様子だ。
「はぁ……他の人も人質になってるし……俺がかけるしかないのか」
 レクトはしぶしぶ電話を握り、11桁の番号を押した。
 強盗はレクトが通報しないか、厳重に見張っている。
 レクトが押したのは、支店専用の、本部への連絡番号である。
「もしもし、本部でしょうか?こちら七海シティ店です。実は今すぐ1000万円用意しろとの要求が……はい、もちろんこちらですぐに用意できる金額ではありませんので」
 相手側はかなり焦って動揺しているが、レクトは至って冷静だ。
『強盗か?』
『はい、警察への通報は控えて下さい』
 向こう側から、微かに話し声が漏れていている。
 それから数回人が代わり、何か話し合った末に決断はでた。
『分かった、七海支店に行けばいいんだな?今すぐ手配する!』
 レクトはその一言をきくと、『分かりました』とだけ言って、電話を切った。

10:桃ナッツ:2016/02/05(金) 19:33 ID:CS2

 レクトもその後、他の客と同じ所に移動させられた。
 隣に先程の黒ずくめの女性が体育座りで座っている。
 床には、彼女の腰くらいまである長い純黒の髪が垂れ下がっていた。
 相変わらず、黒い帽子で表情はよく分からず、ずっと俯いている。
 強盗が窓に暗幕を張って照明をいくつか切ったせいで、コンビニ内は薄暗くなっていた。

 周囲の客は涙を流しながら抱き合ったり、震えながら祈る人が大勢いた。
 そんな中、正直レクトは強盗のことよりも、内職の提出が気がかりになっていた。
 この後すぐに切り上げて、今月作ったエアガンを組合に出すことになっている。
 せっかく作ったのに、強盗に荷物置き場から見つかってしまったら終わりだ。

「外部との連絡ができないように、今すぐに電話をこの袋に入れろ」
 なんとも典型的な、ドラマのワンシーンでありそうな場面だろうか。
 強盗の一人が大きな袋を差し出し、順番に巡回していく。
 レクトと黒ずくめの女の前に来た頃には、もう10台以上のケータイ電話が無造作に積まれていた。
 黒ずくめの女は、黒い手帳型のスマホカバーのついた電話を袋に投げ込んだ。
「えーっと俺……電話持ってなくて……」
「嘘を付け!今の時代、電話を持ってない学生がいるかあぁ!」
 いやいや、普通にいるだろ……
「休憩室の従業員専用貴重品ロッカーに置いています」
 とりあえず言い訳をすると、「そうか」と彼は言って次の人の電話を回収した。
 単純なやつでよかったよ。

 5分後、電話がかかってきた。
 それは本部からの金の受け渡しについての電話だった。
『申し訳ございません、ただいま道が渋滞しておりまして、その〜』
「はあっぁ!?ふざけるな!こっちは急いでいるんだ、はやく用意しろ!人質を殺すぞ!」
 休憩室に残っていたボスが、鼓膜が破れるのではないかというくらい大声で叫んでいる。
 電話の内容は離れすぎて聞こえないが、彼の叫び声からして用意できなかったとか、届けるのが遅れているとかだろう。
 レクトは早く来てくれ、と無意識に懇願していた。
 
「ちっ、どいつもこいつも……っ!」
 強盗はイライラしてこめかみに青筋をたて、荷物置き場にある、ピンク色の紙袋を蹴った。
 ガチャガチャッと音がして、中から大量に黒いプラスチックの物体が転がった。
「ん?これは……」
 
 彼の嫌な予感は、的中していたのだった――……
 
 

11:ももみず:2016/02/06(土) 17:05 ID:CS2

 俺らが人質にされてから約20分経った頃、休憩室からボスがやってきた。
 それも、俺の見覚えのあるピンク色の紙袋を持って。
 俺は顔が青ざめ、手に冷や汗が一気に噴き出てきた。
「面白いもん見つけたんだよなー」
 ボスは俺のすぐ目の前に歩み寄ってきて、紙袋を逆さにした。
 
 ――ガチャガチャがチャッ
 軽い金属音とプラスチックが落ちる音がして、中から十数個の黒い物体が転がってきた。
「俺の……内職の……」
 もうだめだ、壊される――と諦め、力なくそう呟いた。
「あれは……っ!」
 隣にいた黒ずくめの女性も驚き、そのエアガンを凝視していた。
 いや、彼女だけでなく周囲の人質や強盗も驚いているようだ。
 周囲の視線が一気に俺のエアガンに集中している。

 ボスがその内の一つを拾ってつまみ上げると、口角を釣り上げた。
「ほーお、エアガンにしてはよくできてるな。俺らに対抗しようってか?このエアガンで」
「おいボスー、いくらなんでも無理だろ」
「そーそー。たかがエアガンで、実弾に勝てるわけないっすよー」
 ぎゃっはっはと強盗達は大声で嘲笑い、ボスは俺の作ったエアガンをぽいっと床に放り捨てた。
 エアガンは強い力で床に叩きつけられ、ナットやネジなどの部品が床に散乱した。
 俺はボスに対して、俺の作った内職のエアガンを壊された憤りを隠せなかった。
 
 その直後だった。

 ――プルルルル プルルルル……
 遠くの方で電子音が鳴り、強盗団は一斉に笑うのをやめた。
 一瞬、コンビニ内に静寂な空気が漂った。
 ボスはすぐに休憩室へ走って行き、受話器を取った。
「おい、金はまだなのか!?」
『それが、只今通っている道路で事故が発生しまして……』
 電話の向こう側でおずおずと小声で答える社員。
「なんだと!?ふざけるな!急いでもってこい!さもなければ……」
 ボスは受話器を持ったまま人質のいる方へ近づいてきて――


「この女を殺す!」
 俺の隣にいた、黒ずくめの女の胸ぐらを掴んだ――
 その瞬間、彼女の表情を隠していた黒い帽子がはらりと落ちた。
「きゃあああぁぁぁっ!」
 叫び声をあげたのは、彼女でなく周囲の人質だった。
 表情の見えた彼女は、声を上げずに、ただ顔をしかめて強盗を睨みつけている。
 俺はなぜか彼女を助けたいと思ったが、俺には何もできない。
『それは困ります!迅速にお届けしますので、もう暫くお待ち下さい!』
「早くしろ!」
 ボスはレジの方へ彼女を乱暴に掴んだまま歩いていく。
 そして、彼女のこめかみに拳銃を一ミリの隙間なく突きつけて


「5分後までに来なければ――こいつを……この女を殺す」

 大声でそう叫んだ――

12:桃ナッツ:2016/02/06(土) 17:30 ID:CS2

「きゃあぁぁーっ!」
 店内一斉に人質の悲鳴が響き、全員が混乱に陥ってしまった。
「お前らも殺されたくなきゃ黙ってじっとしてろおぉ!」
 ボス以外の強盗も調子に乗り始め、拳銃を突きつけながら笑う。
「いやっ……」
 黒ずくめの彼女は首に手を回され、身動きができない状態だ。
「ほぅら、こうしている間にも、刻一刻と時は流れていく……あと3分だ」
 多分こいつは、最初から5分で間に合うなんて思っていないだろう。
 
 俺は床に散乱しているエアガンにチラッと視線をやった。
 確かあのエアガンは、別売のBB弾より大きく軽いプラスチック製の弾丸を入れて発射できるはずだ。
 勢いは実弾に劣るものの、毎年怪我人が出ているほどだ。

 あと2分――……
 どうする?このままではあの女性が殺されてしまう。
 自分には関係ないことだが、助けられるものなら助けたい。
 この状況で俺ができることは――?

「いってー……ぶつかった……」
 考えている内に、俺は後ろの棚に軽くぶつかってしまったようだ。
 振り向いてみると、そこには青いパッケージのミントガムが陳列されてある。
 確か先週発売された新商品で、15粒入りのガム……
 そしてその瞬間、ありえない考えが脳裏をよぎった。
 無理か?無理なのか?でもやらなければ彼女は殺される。
 どうすればいい?これでやれと?

 悩んでいる内に分針が進んみ、残り1分となった。
「おぉーおぉーおぉー!残り1分!金はまだこないかなぁ」
 強盗は舌なめずりをし、一層強く彼女に拳銃を押し付ける。

 繰り返す自問自答に、俺の出した答えは一つ。

 無茶かもしれないけれど、これぐらいしか方法はない!


 俺は他の強盗に気づかれないよう、そっとガムを取ってパッケージを開けた。
 中には、銀紙に包まれた15粒のガムが並んでいた。


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