ソライロ音符

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1: そら◆mU:2016/06/17(金) 20:53 ID:KzY



『SuKaI』

ブレイク直前と言われる3人組のアイドル。

センターで輝くセイ、アンニュイで美しいカナデ、リーダーで万能なイズミ。

彼らの眩しい世界とは程遠い高校生、千里には悩みがあった。

友達がいない、なんて悩み。


しかし、ひょんなことから彼女には友達ができる。
その友達にはある秘密があって…。


_____私の、親友になってください。


もう、世界は変わりはじめた。

2: そら◆mU:2016/06/18(土) 08:25 ID:KzY


「はじめまして。」

暑さの増す5月。男子たちが、
「だるい」「あつい」と騒ぎだすこの時期に、転校生がやってきた。

黒のストレートな髪をなびかせた、俗に言う美少女。
冒頭の「はじめまして」は、透き通るような美しい声だった。


私とは全然別世界の人だし、現に騒がれてるし。女の子がくるっていうから楽しみにしてたけどな…。

きた瞬間に人気者確定の彼女が座る席はどこになるか、男子も女子も必死になって
「ここに来させて!」

と先生に訴えてる。

友達なんていない私は、一番後ろの席で1人外を眺める。
今日も空は綺麗だな、なんて。

そう思っていると、甘いような香りが鼻を掠めた。
それにつられて、そちらを向くと、

「ここ、座らせてね。」

そこには、先程まで教壇で微笑んでいた、
「い、一城さん…。」

彼女がいた。

周りのブーイングなんて聞こえない。

久しぶりに、クラスメートに目を見て話してもらえて、嬉しかった。

「ねぇ、名前は?」

「花巻、千里です。」

彼女は、私の名前を聞くと満足そうに目尻を垂らして笑って、こう言った。

「千里。よろしくね。」

瞬間、私は自分の名前が大好きになった。
夢見心地でどうしていいか分からないけど、堪らなく嬉しい。

だから、気づいてないふりをした。

女子にしてはやけに高い背丈。
綺麗な声、といっても、たまに咳が混ざること。
制服の下に着る不自然なアウターは、首元まであって…。
横からみた彼女に、喉仏…なんて感じたのを、全て無かったことにした。


その日の放課後、彼女に校舎を案内することとなった。

3: そら◆mU:2016/06/18(土) 08:46 ID:KzY


「ごめんね、千里。」

多分、案内させてしまって、ということ。人気なのに謙虚で、どこまで人が良いんだろう。

「ううん。大丈夫。」

私がそう言うと、彼女は安心したように「ありがと。」といって笑った。

これまで、校舎を1時間かけて説明して回った。
意外と広いことに私自身驚いた。

そして今はだいたい5時を過ぎたくらい。そろそろ帰ろうかと、2人で昇降口まで歩きはじめた。

「千里は、彼氏とかいないの?」

「いないよ。友達すらいないし。」

他愛もない話をしながら歩くのが、こんなに楽しいなんて。
半分、自虐の入っている私に、彼女は
苦笑いをしていたけどね。

あともう少しで昇降口につくというとき、ハエだか何だか分からないけれど、虫が飛んできた。

その虫は、一城さんの頭辺りを回って…、あ、とまった…!

「ちょっと、ごめん…ねっ」

背伸びをして、一城さんの頭辺りで手をサッサッと動かし虫を逃がした。
刹那、虫は逃げたけれど、何故か彼女は「うわっ!!」と、低い声で驚いて、床に座りこんでしまった。

驚いて、私は目を瞑ってしまった。
ゆっくり目を開けると…、

「だ…れ?」

そこには、黒いロングの髪が無造作に落ちていた。そして…、

「…あー…、 ごめん。俺、男。」

一城さんだと思われるイケメンさんが、焦ったように笑っていた。

「…説明、してください。」

静かにこの空間に響く私の声に、彼女は…、いや、彼は、ただ

「分かった。」と、無理をしない先程より低めの声で返事をした。

4: そら◆mU:2016/06/18(土) 09:12 ID:KzY


「俺ね、SuKaIっていうグループの、カナデ。聞いたことある?」

誰もいない図書室の隅、彼にそんな事実を告げられた。

「うん。テレビで、見たことある。」

確か、ブレイク直前だとか言ってた気がする。

「そっか。俺らね、もう少しで人気が本物になるの。だから、社長が言ったんだ。
『売れ続けるためには、ファンの心が分からないといけない』って。

だから、こうやって学校に通って、高校生がどういうのに興味があるか、学んでこいってさ。」

「男のままだと勿論バレるから、女装して一番女っぽい俺がいくことになったってわけ。」

彼の話に、驚きが隠せなかった。
アイドルだとか、少しも興味のない私でも知ってるくらいの彼が、こんなところにくるなんて。

「仕事は…?大丈夫なの?」

アイドルが目の前にいるなんて、まるでファンタジーのような話だけど、とりあえず気になったことを聞いてみた。

「ああ、仕事ね。その辺りは大丈夫。
バラエティとか、ドラマとか、ほとんど俺は出ないから。
歌番組と、SuKaIの番組と、ラジオくらい。」

そういって、控えめに笑った彼。
人気はあるはずなのに、彼だけあまり出ないのはミステリアスなキャラで売ってるからってことなんだろう。

やがて、沈黙の空気が流れた。
だって、彼にどんな言葉を言えば良いかわからない。



時間にして30秒くらいだったか。
長く感じた沈黙を破ったのは、彼だった。

「…お願い。この事、誰にも言わないで。アイドルが女装して学校来てるとか、やっぱり引かれる。

出来る限りなら、何でも言うこと、聞くから。」

彼の言葉に、心臓がどくんと高鳴った。何でも聞く、それはすなわち…

「…私の、親友に…、なってください。」

こんなお願いでも、叶えてくれるんですか?

5: そら◆mU:2016/06/18(土) 12:34 ID:KzY


意を決して言った言葉。
これまでずっとずっと親友がほしかった。
こんなやり方、間違ってるんだと分かってる。でも、約束だとしたら彼はきっと私から離れないから。

もう、絆で人を繋ぎとめるなんて私には出来やしないんだもん。
神様、お願い。これくらい、許してもらえませんか。


「…いいよ。それで、言わないでくれるなら。学校にいる限り、”奏ちゃん”として側にいてあげる。

約束だよ、千里。」


秘密の契約を交わした私達。
アイドルのカナデではない、1人の男性の一城 奏でもない。
奏ちゃんとの、契約。

6: そら◆mU:2016/06/18(土) 20:00 ID:KzY


気づいたら、”彼”は”彼女”に戻っていた。
ウィッグをつけて、声も高めで。

彼女は実は男性なのに、美しく見えるのは頷ける。
さっき見た素顔は、中性的という言葉が似合っていた。
二重の瞳に、色白な肌。これまで見たどの人よりもかっこよくて綺麗だった。
元々黒髪ストレートの彼には、やっぱりあのウィッグが似合う。


私とはまるで違う奏だけど、今だけは同じ世界の人。私と同じ地に足をつけている者同士。

「じゃあ帰ろっか。
今日ね、用事あるからお母さんに早く帰ってこいって言われたー」

いかにも女子らしく話す奏。
多分、用事イコール、仕事。

7: そら◆mU:2016/06/19(日) 07:11 ID:KzY


「そうなの?カフェ寄りたいなって思ってたのに。」

久しぶりに話す、この感覚に心が弾んだ。
友達って、こういうものなんだ。
忘れかけていた胸の高鳴りに身を任せて、奏ちゃんとの会話を楽しむ。

「えー、うそ、好きな人いないの?」

「うん、いないいない。私なんかに好かれちゃったら大変だって。」

他愛も無い、適当な話。
明日から教室に行っても、1人じゃないんだ。



急に現れた親友という存在。
あれほどいらないと思っていたはずなのに…。
どうして私は、また過ちを繰り返そうとするんだろう。

この出会いが良い方向へ進むのか。

止まったままの歯車が音を立てて動き始めた。きっと、運命の歯車。


「また明日ねー!」

「うん、じゃあねっ」

夕日の中1人になっても、私が少しも寂しくないのは、紛れもなく奏のおかげなんだろうな。

8: そら◆mU:2016/06/19(日) 07:29 ID:KzY


家に帰ってからは、退屈だった。
勉強を終わらせて、ご飯を食べ終わって、お風呂にも入った。それでもまだ9時。
お母さんお父さんも夜遅くまで働いているし、特別な趣味もないから暇でたまらない。

「なにしようかな…」

適当につけたテレビのチャンネルを、これまた適当に変えていく。
変えていく途中、気になるチャンネルで手が止まった。

あ、この人達って。

「SuKaI…。カナデのいるグループだ…。」

生放送の歌番組。3,4時間前まで隣にいた人がテレビの世界で笑っている。

「デビュー5周年のSuKaI特別企画と題しまして、ノンストップメドレー全5曲をお送りいたします。
それぞれの年の代表的な曲ばかりなので、一緒に踊れる形もいるんじゃないかなーって思います。」

話しているのは、確かリーダーのイズミ…って人かな。
少し金色がかった茶髪は普通の人がやるとチャラく見えるんだと思う。
イズミだから似合ってるんだろうし、
逆に優しい雰囲気が全面に出てる。


それにしても、この人たち5周年なんだ。結構凄いなぁ。

9: そら◆mU:2016/06/25(土) 16:15


「そんなSuKaIといえば、7月末からドームツアーが始まるんですよね!」

司会のキラキラした女子アナが、笑顔で話題を振った。
それに応えたのは、セイ。

「そうなんです。ツアーをやらせていただくのは今回が4回目なんですけど、いつもより期間も長くて、沢山の場所で公演をさせて頂きます。
SuKaIとしては、リーダーの、ね?
イズミが20歳になるんですよ、今年。」

急にセイに話を振られ、はにかみながら、「年取っちゃいましたねー」とお茶らけて話している。


正直さっきから気になるのはカナデ。

何でか分からないけど、目が引き付けられる。
いつ話すのか、ジッと待っている間に
もうメドレーに入っていってしまった。


『全てほら あげるから』

『何気ないその 瞬間も もっと』

3人いるというのに、不自然に少ないカナデのパート。
たまに入る彼のパートで響く声は、どんな楽器よりも、どんな声よりも綺麗で秀麗な美しさを持っていた。

ビブラートも、全部、上手。


どうしてなのか気になってしまった。

彼らの曲を聴きながらも、ソファに深く座って、スマホで調べてみる。

「SuKaI、カナデ、パート…、」

検索ワードを打ち込んでみると、沢山のものにヒットした。
気になったページを開いてみると…、

『実力派SuKaIカナデ。パートやメディア露出が極端に少ない理由には、センター、セイとの関係か。』

その、嘘か本当か分からない記事を読んで、絶句した。

10:硫化水素◆Kg:2016/06/25(土) 17:53

初めまして!
世界観や設定が魅力的ですね…惹きつけられてしまいます

11: そら◆mU:2016/06/25(土) 19:20


>>10

ありがとうございます!
ちょっとした妄想で書いてるけど、そう言ってもらえると嬉しいです、(笑)

12: そら◆mU:2016/06/25(土) 19:44


「…え、…拾われた…?」

その記事の内容は、
カナデは幼少期に、親に捨てられていた、というもの。
そして、そのカナデを拾ったのがセイの父…、すなわち、
彼らの所属するプロダクションの社長で、一番の権力者。

社長はセイのグループを作りたかったらしく、たまたま空いていた残りの1枠に彼を入れた。

ところが、彼はアイドルとしての天性の才能を持ち合わせており、セイよりも輝けるようになってしまった。


「…だから、ミステリアスだとか言って目立てないようにしてるんだ…。」

セイのグループに入れたからこそ、存在価値が出来上がったカナデ。


…学校で出会ったのは、カナデでもあって、一条奏でもあって、奏ちゃんでもあった。

でも本当は、どこにも彼自身が存在していないとしたら?
彼はあんなに綺麗なのに、暗い世界で微笑むことしか出来ないのかもしれない。


『僕が知りたいなんて 言うの?』

もうメドレーの曲はラストだった。
サビの前のワンフレーズ。不意に、カナデの声が脳裏に響いた。


たった1つのフレーズだから余計に響くのかもしれないね。

それとも、この気持ちにリンクするからかな。



…貴方は誰ですか。何者ですか。


知りたいことが多すぎて、ただぼんやり画面の奥でまた微笑んでいる彼を見つめることしか出来なかった。

13: そら◆mU:2016/06/25(土) 21:45


「あ、あー…、おはよう奏ちゃん!」

学校に行く途中、奏ちゃんに出会った私。出会ったといっても、彼の綺麗なウィッグ…、もとい、彼女の綺麗になびく黒髪を見かけたから。
前を歩いていた彼女は今日も美しく笑って、

「おはよう、千里。だんだん暑くなってきたよね。」

そう言ってこちらを向いて立ち止まり、いつか見たように微笑んだ。
この笑顔は、作ってる笑い方だ。

昨日見たばかりの微笑みだけど、目の前にいるから分かる。『一条奏』という存在は無理をしているんだ。

私との約束だからと、ここまで自分に負担をかけてしまっている。

今も尚、口角をつり上げて微笑んでいるほどに。

「…ごめんなさい。2人の時は良いです。笑わなくても、話さなくても大丈夫です。

学校にいるときだけでも、親友のふりしてくれたら嬉しいんで…。」

声を振り絞って、手も震えるけどそう告げた。
ここまで、重荷を背負わせなくたって良いんだから。
せめて、私の横では何もしないで存在していてほしい。

チラリと彼の様子をうかがうと、彼はもう笑ってはいなかった。

そして、低い声で言った。

「それで俺の価値、ある?四六時中側にいるのが親友なんでしょ?
話さなくて笑わなかったら、ただの俺だよ。いらないじゃん。」


彼は、音声だけでは淡々と言っているのに、泣いていた。
涙も何も見えないけど、確かに私には泣いているように見えた。


「そんなこと、ないです。
側にいてくれるだけで嬉しい、って思えるのが親友だと思うんです。
側にいるのが、誰でも良いわけじゃないんですよ。

私にとって奏ちゃんが、そんな大切な人になるか分からないけど、今言えることは、

あなたの隣は、居心地が良いってことです。」

作り笑い、愛想笑い、無理した女子らしい話し方。
全部、居心地が悪いと普通の人は思うはず。

だけど私は、嬉しかった。
たまに気が抜けたときに、彼は不意に本当の笑顔をする。

その笑顔を一瞬でも見れたら、作った笑いをもっと壊してやろうって思うの。


「…じゃあさ、今は、『俺』だから」

彼から仮面が消えた。

彼の表情は、少し優しくなったように思う。

14: そら◆mU:2016/06/26(日) 08:14



「うん。」

彼は、本物の笑い方をテレビの世界では絶対にしない。
偽物ばかりで生きていたら、きっと自分を忘れて見失ってしまうでしょ?


表から見れば『奏ちゃん』
私から見れば『一条奏』

彼を纏う空気が変わっているのが分かるから、少し頬が緩んだ。

だから、知らなかった。


彼が私を見下ろしながら、

「…なんで」

と、寂しそうに呟いていたことに。

彼が私の世界へやってきて、そして私の隣にいることは、偶然なのか必然だったのか。


私には、まだ


わからない。

15: そら◆mU:2016/06/26(日) 09:14


「一条さん、おはよう!」

「うん、おはよう。」


教室についてから、奏ちゃんが皆に囲まれるのは早かった。
昨日のデジャヴのようで、この世界にいても尚遠い世界の人みたいで。


私は一番後ろの席でたった1人、本に視線をやっていた。
隣には、本来奏ちゃんがいるべきはずなのに。

…きっと皆、私を極力奏ちゃんの近くに置きたくないんだな。

だって、ね。
私は、嫌われてるもんね。

あの人のせいで、あの人がいたせいで。


中1くらいからずっと、ある人のせいで私には友達がいなかった。
そのある人といっても、この場には、いないけど。

大切で、大好きな幼馴染みだと思ってた。
今はどこにいるか知らないけど、それでも私は許せない。

そして、私は…。

まだ、あの人の温もりを探してる。

矛盾した心。
大好きで、大嫌いなあの人に。
会いたくて、会いたくない。


「…さと?ちさとー?どうしたの、千里。すごい気分悪そうだよ。」

奏ちゃんの綺麗な顔が至近距離にあったことと、何度も名前を呼ばれていたことに驚いた。

「…え、あ。ごめん」

咄嗟に謝ると、ふわりと笑った奏ちゃん。
…この笑い方は、あんまり無理してないのかも。



「千里ー、理科室ってどこだったっけ?一緒行こ!」

席を立ちながら、首をかしげて笑って言った奏ちゃん。

嘘だ。ダンスだって、全部全部覚えれる記憶力があるのに、そんなに遠くもない理科室を忘れるはずがない。

…思いやりなんだ。きっと。
私からは移動教室を一緒に行くなんて、誘えれないから。


「うん、行こっか。」

至って普通の私が、人気者のオーラを持つ彼女の隣を歩くのは何だか恥ずかしかったけど、それでも嬉しい。


「私記憶力悪いからなぁ。これからも、移動教室の時は一緒に行こ。お願い!」

お願い、なんて。

こっちからの言葉なのに。

「うん、いいよ。」

凄い嬉しくて、嬉しくて。


奏ちゃんという温もりが私のもとへやってきたんだと思う。
本当は、あの人からの温もりが欲しいのかもしれないのにね。

16:そら◆mU:2016/06/26(日) 09:27


?side

「もう会えたの?」

「…会えたよ。もう、親友。」

「そうなんだ、早いんだね。でも、あくまで奏は女の子だから。バレたら、ダメ。」

「……分かってる。」


「……じゃあ、切るよ。」

耳に当てていたスマホをスッと、下ろした。
何だろ、あの変な間。
でも、奏がヘマするわけないか。

バレちゃったら俺が出る前に、絶対奏のこと好きになる。



…千里。

自分では気づいてないけど、誰より千里は可愛い。容姿も、性格も。

奏だって千里を好きにならないはずがない。

…それは、千里だって同じ。

奏を知ってしまったら、奏を好きになるに決まってる。


だから、奏は女の子。

奏が千里に恋してもそれは叶わない。
ずっと、2人は親友だなんて関係だから。

奏が男だと知らなければ俺が1番だから。千里の中で。


「千里、お願いだから好きにならないで…」


すぐ、迎えにいくから。
そうしたら、全部思い出して。

俺への憎しみも、愛しさも。全部。

いつ、気づくんだろ。
こんなに近くに、俺はいるのに。

           ?side 終

17: そら◆mU:2016/06/26(日) 09:47


気づけば、もう7月に入っていた。
暑さでついダラけてしまうけど、奏ちゃんがいるから学校も楽しい。

「千里、今日一緒に帰ろ。」

「うん!」

私は元から帰宅部、奏ちゃんは忙しいから部活に入ってない。
だから、帰れるときは一緒に帰ってる私たち。

あれから仲も縮まって、他愛もない話で盛り上がるのが凄く楽しい。

2人の時は無愛想になるけど、それでも話してくれるようになったから、心を許してきてくれてるんだと思う。

「…あのね、帰りに渡したいものがある。」

「そうなの?分かったっ!」

何か嬉しくて、ついつい微笑んでしま
う。
奏ちゃん、渡したいものって何だろう?



「千里。」

「ちょっと待って…、よし、終わった!」

夕焼けの教室。
日直だった私は、頑張って書き終えて急いで職員室に出しにいく。


「ごめんね、待たせちゃって。」

靴箱に寄りかかって、私の方をジッと見ていた、奏ちゃん。
というより、奏、かな。

「いいよ、別に。」

無愛想だけど、そう言ってくれる優しさ。冷たく聞こえる言葉かもしれないけど、充分温かい。


帰っている途中、彼は不意に立ち止まった。

「…渡したいもの。」

それだけ呟いて、カバンを漁り始めた奏。
あ、そっか。何かあるって言ってたっけ。

少しドキドキしながら待っていると、彼の手には封筒のようなものがあった。

「…これ、ツアー初日のチケット。
来れるなら来たら?結構、良い席だし。」

渡されたのは、チケット。
…このチケット、ニュースにもなってたよ。

倍率が高すぎて、ファンクラブの人でも中々取れないって。

「いいの?……凄いんでしょ、このチケット。」

そういったら、彼は…笑った。
綺麗に、綺麗に。

これまで、見たことないような、優しい顔で。

「あげる。千里だから…、あげる。」


夕焼けに照らされた君は凄く綺麗で驚いたけど、それより驚いたのは、



綺麗なのに、…瞳が泣いていたこと。


そのチケットを手に取って、直感的に思った。

このコンサートに行ったら、何か変わってしまうのかもしれない。

良い方向か、悪い方向か。


「…千里。コンサートで待ってる。」



その次の日から、奏ちゃんが学校に来ることは無かった。
多分コンサートのリハーサルとかで。

それでも、心にぽっかり穴は空いた。

ただ、ひたすらにコンサート当日を待っていた。

18: そら◆mU:2016/06/26(日) 11:21


「千里、明日用事あるんでしょ?早く寝た方が良いわよ。」

コーヒーを飲んでもあまり目が覚めない体質らしいお母さんは、私に寝たら、と提案してからコーヒーを飲んでいる。
仕事が多忙で、ゆっくり話すことは滅多に出来ないお母さん。
お父さんだって、それは同じ。

だけど2人はいつだって私のことを考えてくれて、私の用事も覚えていてくれる。

「うん、寝よっかな。おやすみ、お母さん。」

「おやすみ。明日は6時に起こせば良いのよね?」

「そうだよ、お願い。」

夏休みに入ってから、お母さんたちに会える機会が多くなった。
といっても、今日もお父さんはお仕事なんだけど。

いつもは、目覚ましで起きる。
だけど、起こして、とお母さんがいるときは頼っちゃう。
誰かに、
「おはよう、起きて。」って言ってもらえるのが、凄く嬉しいから。


明日は…、待ちに待ったコンサート。

奏ちゃんには、ずっと会えなかった。
携帯の電話番号ですら、教えてもらってないから。

奏ちゃん、だけど、正体は人気アイドル。教えてもらえなくても仕方ないよね。


今日、不意にテレビをつけたらSuKaIの特集がやっていた。

カナデは、18歳なんだって。
私は高2で17歳。年上だったんだって思ったのと同時に、

「…あれ、何で高3の方に行かないんだろ。」

なんて、疑問も生まれた。
カナデは、グループを売れるようにするために、半ばスパイのような形で私たちの学校の2年の奏ちゃんとしている。

でも、本当の同い年がいる場所の方が、会話もしやすくないのかな…?


…だけど、そんな疑問は急いで消え去らせる。
だって、コンサートがあるんだから。
モヤモヤしていったら、楽しめない。


「…よし、寝よう。」


瞼を閉じて、ゆっくり夢の世界に堕ちる。

________、


『千里、俺のこと好き?』

『…うん。』


『俺は、……嫌い。』


『ねぇ…ッ!!千里ちゃんのせいで、いなくなったじゃん!
千里ちゃんは別にいらないの!

世那くん返して…ッ!』


うそ。私のせいなの?
私、何もしてないのに。なんで。

『千里が、俺に着いてくるから。
俺は好きでもないのに、好き好き言ってくるから、嫌だからって…ッ!

世那くんは、千里ちゃんのせいでここにいるのが辛くなったんだよ…!?


千里ちゃんが、いなければ良かった…ッ』


涙を流す女の子に、沢山の友達が近寄って慰める。
みんなからの私への視線は、刺すように痛かった。


次の日から待っていたのは、ただの孤独。独りの私。


それで、いじめられて…。



「…、っ、あ。ゆめ、…夢か…。」

夢、といっても現実に起こった話。
好きなんて、聞かれて答えるくらいしか言わなかった。

少しは恋愛感情も混ざっていたかもしれないけど、そんなに深い気持ちでもなかった。


「せな…嫌い。」

呟いてみるけど、どう考えてもそれは嘘で。

嫌いになりたくても、なれなくて。


「…寝よ、…」

もう一度眠って、次夢に出てくるのが、奏ちゃんだったら良いのにな…。

19:そら◆mU:2016/06/26(日) 13:15


「わ、広い…」

コンサート会場には、10時のちょっと前くらいについた。
既に長蛇の列だったけど、何とか入ることが出来た。
広いといっても、人で溢れかえっている。

もちろん、みんなSuKaIのファン。
その中には、カナデの熱狂的なファンもいた。服に、『カナデ』の刺繍を入れていたり、団扇だったり。

「…カナデ、隠れてても人気になっちゃうじゃん」

ボソっと呟いた声は、誰にも届かない…。


はずだった。

「…千里も、俺のファン?」

耳元で囁かれた声。
後ろを勢い良く振り向けば、奏ちゃんがいた。

「え、あ、奏ちゃん…?」

どう考えても今の声は女子のフリなんかしていなかったけど、もうそこにいるのは奏ちゃんだった。

「ちょっとトイレ行かない?」

そういって、手をぐいっと引っ張ってくる。
あっという間に、私はどこか分からない___会場の中なのは分かるけど、見たことのない場所に連れられていた。

「奏ちゃんっ、ここ、どこ?」

前をズカズカ歩く奏ちゃんに聞くけれど、もう無愛想だった。

彼が急に立ち止まったのは、ある部屋の扉の前。
その扉の横には、

「SuKaI楽屋、…?」

彼らの楽屋と示される紙が貼ってあった。

奏は片手で雑にウィッグを取ると、いつも通りの無愛想で言った。

「ここ、入って。」

頭は混乱し始める。

「…え?いや、ここ楽屋でしょ…?」

戸惑いながら聞くと、彼は頷いて、

「そうだけど。でも、千里に会いたいってやつがいるから。
俺も…、一緒に入るから、行こ?」

そういって、安心させるような微笑みをくれた。
優しい声と笑顔に、いつの間にか「うん」と言ってしまった。

ガチャ…


「セイ。来たけど?」

そこにいたのは、紛れもなく…、センターで人気No,1を誇るセイ。

「…奏。約束違うよね?何で、男の姿で千里の隣にいるの?


…ちぃ、もう奏のこと、好きになっちゃった?」

心臓が、どくんと波打つ。
『ちぃ』あの日以来、呼ばれたことのない名前。

目の前にいるのは、
ダークブラウンの髪に、誰が見ても「カッコいい」と頷ける美形。
圧倒的なオーラを纏った、正統派王子様として輝くセイであり、

「……世、那…、?」

幼馴染みで、初恋。
大好きで、大嫌い。

会いたくて、会いたくなかった。


「良かった。俺を覚えてるってことは俺を好きだったことも覚えてるよね?

今すぐ、あの頃の気持ちに戻ってよ。
俺を、好きになって。

そうしたら……、


”今なら大好きって答えてあげる”」


木戸宮 世那。
何で、気づかなかったんだろう。

『せなの、せ、ってせいって読むんだって!せなくんか、せいくん。どっちがいーい?』

『せいくんがいい!お母さんにもお父さんにも、せいくんなんて呼ばれたことないー!

僕とちぃだけの、トクベツだね!』


「…、思い出した?せい、なんてすぐ気づくと思ったのにな。」


私の中で、時間も全部、何もかも止まっていたから知らなかった。


世那が奏の方に向かって、

「ちさとは おれのもの」

なんて、見下したように口角を上げながら口パクで伝えていたことを。

そして、


「…うざ。」

と呟いて、楽屋から出ていく奏のことに。

20: そら◆mU:2016/06/26(日) 14:54


奏side

俺がわざわざあの学校に行っている理由。本当の理由は、馬鹿げてるようなものだった。

『俺の好きな人がその学校にいるの。
変な虫がついちゃ困るから、お願い。

千里のこと、守ってくれない?』


『勿論、守ってくれるよね。

でも、千里のこと好きになるのはダメだけどね。あ、いや好きになってもいっか。

奏が千里を好きになったとしても、千里は奏じゃなくて俺を好きになるよ。

だって奏は女だから、ね?』


セイの口癖の、「ね?」
あの言葉に、どれほどイラついたか分からない。

千里と人気が絡むとアイツは崩れる。
どんな手を使ってでも、1番になろうとする。

セイは、自分がトップアイドルになれば、また千里は好きになってくれると思ってるから。

セイというアイドルが出来たのも、
SuKaIというグループが出来たのも、
このグループが人気になっていることも、全て、全部。

千里がいるから。


…そして、俺が今こんなに悔しいのも千里がいるせい。

「千里、…どうでもいいのに。」

俺なんて、千里から見たら親友の『奏ちゃん』。
それが、ただ悔しい。

アイツの思うつぼになりそうで、凄い悔しくて。


「…あー、」

これが、セイがいう、好き、っていうのか俺には分からないけど。
ただやっぱり思うのは、

「千里が隣にいない、とか、本当に有り得ないんだけど…。」

セイの隣で笑う千里を、絶対に見たくないってこと。

21:ナッツ:2016/06/26(日) 18:17

こんにちは!そらさんの小説すごくいいですね!最初から見ましたっ!

セイと千里が幼馴染で初恋っ!?
奏はどうなるのぉーーー?
と、わくわくです。続き楽しみにしています。

22: そら◆mU:2016/06/26(日) 20:08


>>21

ありがとうございます!
三角関係みたいなものと、芸能人と一般人のお話が書きたくて、こんな話になりました、(笑)

楽しんでくれたら何よりです、!

23: そら◆mU:2016/06/26(日) 20:42


「思い出したんだね、俺のこと。
安心してよ、俺を嫌いなのは分かってる。
だけど、分かんないんでしょ?

俺が嫌いか、好きか。」

低くて、甘いテノールの声。
子供の頃は、この声よりも全然高かったのに。
…今も昔も、奏の声とは違うんだけどね。奏は、透き通った声だから。
透き通っているのに、ドキッとする甘さを持った声。

そんな事を考えていたら、目の前にゆっくりと影が出来ていた。


「千里は、いつか俺から離れるって分かってた。あの時の気持ちも、きっとそんなに重たいものじゃなかった。」

私の心を見透かされてるような、そんな気がして背筋がゾクッとした。

ふわり、ふわりと近づくのは、奏とは違った香水の香りと、彼。

「千里にずっと好きでいてほしい。

…そう思っていた矢先、お父さんからアイドルの話を持ちかけられた。
この世界で輝ければ、千里は離れないって…、思った。

だからせめて、1番のアイドルになるまで俺を覚えてて欲しいって、我が儘を考えた。」


そして彼は、胸まで伸びた私の髪の毛を優しく撫でた。まるで、壊れ物を扱うように。

彼の瞳は、画面越しで見るよりもっと優しかった。


「だから千里を傷付けた。そうしたら、千里は俺をトラウマにする。

それに加えて、優しい千里はそれまでの俺だって忘れないでいてくれる。

矛盾が生まれて、もっともっと俺を考えてくれる…、そうでしょ?」

私の髪を撫でる手が、止まった。
そして、ゆっくり手を下ろす彼。

無意識に、私は彼に目線を合わせていた。


彼の指は、まっすぐ私の唇へと伸びていく。私の下唇にゆっくりと、指を這わせた。

そして、ツーッと唇の上で指を滑らせる。少しくすぐったくて、恥ずかしい。


「俺はいつだって千里を考えてた。
千里が俺を選ぶなら…、

俺は、今すぐこの世界から消えたって構わない。」



あぁ、いつか見た涙の瞳。

奏も、世那も。似ているようで、ちっとも似ていない。

また、さっきと同じように手を下ろすと、笑った。
笑って、言った。

「…手遅れでも、別に良いよ。」


…彼の笑顔は、あまりに怖かった。
優しさという名の、狂気に満ち溢れているようだった。


「…ぁ、あ、え、と….。コンサート、頑張って…ね。」

少し震えながらも、急いで楽屋を飛び出した。

怖かった、ものすごく。
せい君は、いなかった。怖い世那しか、いなかった。


_____もう、会いたくてたまらない。

「かな、で。奏…。」


「…ん、今日だけ特別。『俺』だから。」

いつもは女の子の彼が、特別に奏のままで…抱き締めてくれた。

タイミングを見計らっていたのか、偶然だったのか、何も分からない。
だけど、飛び出して無我夢中に走り続けた先に、彼はいた。

裏口に近い、二人掛けの椅子。
帽子に、マスクの完全変装な彼だけど、いつもより無防備な気がした。


「…千里、ごめんな。」

何への「ごめん」かは分からない。
だけど、どうだっていい。


ただ、溢れてくる涙を受け止めてくれる彼に、愛しさも溢れてしまった。

本当は世那に抱かないといけない感情。


「…もう、そろそろ準備しないと」

そう言って彼がその場を去ったのは、何分か、何十分たった後かは分からない。

彼が離れても尚残る温もりに、思わず、微笑みがこぼれた。

24: そら◆mU:2016/06/28(火) 19:32


コンサート会場内へ入ると、物凄い熱気に包まれていた。
まだ始まっていないというのに、ファンの皆はそれほどまで彼らに会うのが楽しみだったってこと。


___SuKaI!SuKaI!

SuKaIコールが始まった。
ちなみに、コンサートに来るからと調べてきたSuKaIの内容にこのコールもあった。


スカイへのコール、通称「スコール」と呼ばれているらしい。

熱帯辺りの突発的な大雨を指す言葉でもあるけど、それと同じように、熱気に包まれる熱い場所で、SuKaIが出てくるまで鳴りやまないコールってところからそう名付けられたんだって。

単純に、SuKaIのスとコールを合わせただけなんだろうけどね。


スコールの中、急に大きいモニターが光った。三色に。

…セイの赤、イズミの青、カナデの黄色…。

25: そら◆mU:2016/06/30(木) 22:09


「お姫様、お迎えにきたよ」

甘い甘い、台詞を落としたのはセイ。
歓声が耳をつんざくようにしてうるさいけれど、彼のオーラは本物だった。

まばゆい光の中から飛び出した3人は、一瞬にしてここにいる全ての人間の体温を急上昇させる。

「君に会うために、やってきた」

優しくて、心の落ち着くイズミの声。

それでも、どうしても私は、

…カナデの声が、一番好き。

「俺だけ、見ててよ」

透き通った、それでいて脳裏に響く程よい低さ。
彼の声は、全てを魅了するから。

一言で、ドキドキが止まらないくらいに。

26: そら◆mU:2016/07/04(月) 15:25


『届けたい 聴かせたい 今すぐ
 振り向かせたいから 』

変わる変わる、彼らの音色。
明るい曲だったり、しっとりとした切ない曲だったり、たくさんで。

今流れ出す曲は、何処かで聴いたことのある曲…みたい。


脳裏に深く刻まれた音。
カナデが響かせる、麗しい声。

『僕が知りたいなんて  言うの?』

たった一言。
以前、テレビで聞いたフレーズ。
こんな曲だったんだ、と、あの時はしっかり聞けなかったから新鮮に感じた。
それと同時に、やっぱり気づいてしまった。

こんな言葉でも、彼が奏でるから好きになる。


あくまで噂だけれど、彼には親がいない。そして、セイのお父さんに拾われ、あの世界に入った。
それからも沢山の苦しみの中で生きてきた彼の、たった1つの願い。


”俺を見て…”


彼の時折見せる涙色の瞳や、無愛想の理由。

彼の願いはここにあるんだと感じた。


「…奏が、好き……。」

ただの同情なんかじゃない。
それに、一緒にいた時間は少ししか無かったけど。

それでも私は、彼の心からの笑顔を信じたかった。


眩しい光の中で、闇を背負うカナデ。
どうしても、君を助けたいです…。

27: そら◆mU:2016/07/04(月) 15:38


時間が過ぎるのは、やっぱり早くて。
もう、この時間が終わってしまう。

「今日、みんなに会えて幸せでした。
俺らが輝くにはみんながいることが絶対条件なんです。
だから、みんなはSuKaIの存在理由。
絶対に逃がしませんから。

ずっと愛してます、また会いましょう!」

セイの最後の挨拶。
少し笑いながら、冗談ぽく逃がさないと言った彼に…あの怖さを感じた。

でも、私に言ってるわけではないんだから、きっとただの挨拶なはず。
きっと、そう。


その後のサインボールを投げるイベントでは、ファンの人達はみんな夢中になってボールを取ろうと頑張っていた。

周りの熱気にどうしていいか分からなくなったその時、更に熱さはヒートアップしてしまった。

理由は…、目の前を通るセイ。

「セイー!ボール投げてーッ!」
「こっち見てー!!」

ファンの悲鳴に近い叫びを聞きながら、王子様のような笑顔をして私の…目の前にきた、セイ。

「はい、どうぞ。」

ボール、投げるはずなのに。
手渡しで渡されてしまった。

私は少し笑って、震える手でそのボールを貰った。


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