砂糖吐くほど甘い愛

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1:orange♪:2016/12/29(木) 20:08

「ねぇ〜!『セレーネ』の新曲聴いた!?」
「うん!超絶共感したわ〜!」
「ね!とくにサビの部分の盛り上がりが……」

 セレーネ。
 ギリシア神話に登場する女神の名前。
 そして、今オリコン上位へ常にランクインしている超人気アイドルグループの名でもある。

「ねっ、セレーネのメンバーで誰が一番好き?」
「んーそうだなぁ。やっぱ春原桜海(はるばら さくみ)ちゃんかなっ!」
「あーやっぱり?人気投票1位だったもんね〜」
 
 そしてその春原桜海の正体は――……

「おい、梅宮。これ視聴覚室に運んでくれないか?」
「は、はい!」

 学園1の地味女こと梅宮椿(うめみや つばき)である。

2:orange♪:2016/12/29(木) 20:27

梅宮 椿(うめみや つばき) ♀
・超人気アイドルグループ『セレーネ』所属
ある経緯からスカウトされ、アイドルになってしまった
学園では正体を隠している
アイドル時の名前は『春原桜海』
誕生日は2/4 立春の日

一関 柚希(いちのせき ゆずき) ♂
・学園の副生徒会長
イケメン、スポーツ万能、成績優秀と少女漫画にいそうなクール系男子
一部でドSという噂がある

夏条 向日葵 (なつじょう ひまわり) ♀
・『セレーネ』所属のアイドル
アイドル名と本名が同じ
明るいムードメーカー的存在
誕生日は5/5 立夏の日

秋嶋 桔梗 (あきしま ききょう) ♀
・セレーネ所属のアイドル
おっとりとした癒し的存在
アイドル名はそのまま本名を使用している
誕生日は8/7 立秋の日

冬岡 有紗 (ふゆおか ありさ) ♀
・セレーネ所属のアイドル
アイドル名と本名は同一
誕生日は11/7 立冬の日 名前の由来は冬の花、アリッサムから

3:orange♪:2016/12/29(木) 22:22

 私がアイドルになったワケ。
 事の発端は、友人に誘われて行ったライブだった。

「ねー椿、今度ライブ行かない?セレーネの!チケット取れたんだけど、一緒に行く予定だった彼氏がバイト入っちゃって〜」
 ある麗らかな春の昼下がり。
 弛緩した休み時間の雰囲気の中、私の友達、岬鈴蘭(みさき すずらん)は言った。
「セ……セレーネ……?」
 聞き慣れない横文字に首をかしげながら、私はカツサンドを飲み込む。
「知らないの!?今人気の3人組アイドルグループだよっ!」
「へ……へぇ〜……」
 彼女は付箋がたくさん貼られた雑誌の見開きページを私の目の前へ押し付けつ様に見せた。

「このツインテールの子が明るいムードメーカー夏条向日葵。
 ゆるふわカールの子がおっとりとした癒し系の秋嶋桔梗。
 サラサラロングの黒髪の人がクールビューティーな冬岡有紗!」

 丸眼鏡で三つ編みの地味な私とは正反対だなぁ……

「今度の日曜日、京彩シティのライブ会場なんだけど、見に行こうよ!」
「日曜日かー。うん、いいよ。暇だし……」
「やったぁ〜っ!絶対だよ、絶対!新曲発表されるんだから!それとライブ後のサイン会にも参加するんだからね!グッズ代奮発しちゃうぞ〜!あ、休み時間終わっちゃう!後で詳細はLINEするからぁ〜っ!」

 彼女は怒涛の勢いで言うだけ言うと、自分の教室へ戻っていった。

4:orange♪:2016/12/31(土) 22:42

 アイドルのライブ……かぁ。
 家に帰宅し、鈴蘭の誘いについて考えていた。

 私の家では父が蒸発してしまい、お母さんが女手一つで私を養っている。
 そのため家は経済的な余裕が無い。
 ライブに行くことはもちろん、CDを買うことすらままならない状況だ。
 さらに私は返済不要の奨学金を貰うため、常に学年で10位以内の成績を取らなくてはならない。
 テスト期間外も毎日勉強をしている。

 ――だから私はアイドルなどの情報には疎かった。

「せっかく誘ってくれたし。うん、行ってみようかな」
 私は思い立つと、物凄く古くてスペックの低いボロパソコンを開いた。
 年季の入ったパソコンで、ところどころガムテープで固定されている。
 読み込みも遅く、いつまでも画面上に青い円がぐるぐるぐるぐる……
 かといって新しいパソコンを買うお金もなく……
 私は片手で図書館から借りた本をめくりつつ起動するのを待った。

 亀のように情報処理が遅いパソコンにイライラしながらも、なんとか『セレーネ』で検索。
 ライブに行く前に少し予習しておこうと思ったのだ。
 とりあえず数あるサイトの中から1番上に表示された公式サイトをクリックしてみた。

 確かにサイトには今度の日曜日、京彩シティで行われるライブについて告知があった。
 それから新しいアルバムの発売、そして4人目のメンバーオーディションについての告知。
 オーディションはライブの後、同じく京彩シティのライブ会場で行われるらしい。
 もう既に千人以上の人がエントリーしているんだ……すごいなぁ。

 そんな事を思いながら画面のスクロールバーを下げていると、新曲の再生ボダンを見つけた。

 

5:orange♪:2017/01/02(月) 18:58

 曲名は『Face forward』
 前を向け、ってことか。

 まぁ、所詮アイドルの曲だし。
 高い声でヲタクを励ます応援ソングみたいなもんだろ。
 叶わない夢はない、夢は絶対叶う。
 頑張れとか負けるな、みたいな無責任な言葉の羅列が想像された。

 そんな事を思いながら三角の再生ボタンをクリックした。

 が、やはりこのボロパソコンは考え込んでいるようだ。
 中々再生されない……
 ぐるぐる回り続ける丸に痺れを切らした直後、要約イントロが流れ始めた。

 アップテンポの曲で、バックに奏でられているのはヴァイオリン。
 ピアノの音もしっかりしていている。
 まぁ、アイドルの曲にしては中々伴奏なんじゃないか。

 そんな前奏に感心されていた、次の瞬間だった。

『後悔する前に 失ってしまう前に』
『この手に武器を握り締める Because 貴方を護るために』

 ……なんだこれ。

『戦場に出向けば 失うものばかり』
『豪雨に叩きつけられ 稲妻に打たれ』
『下を向いていたくなる』
『思い描くことは 大体叶わないのが道理なのが悔しい』

 予想に反して、だ。
 心を突き刺すような歌声、力強いヴァイオリンの旋律。

『それでも』
『『『私達は前を向く!』』』


『奇跡を待っていられないから』
『奇跡を起こすんだ』
『絶望を希望に変えるため』

 そして決して無責任でない、負の感情も交えた歌詞。
 頑張れ、負けるなで片付けられないこともある。
 そして叶わないこともある、それを踏まえた上で前を向いて奇跡を起こせ。
 

 予想に反して全然――……


 ――いい曲だった。

6:orange♪:2017/01/02(月) 19:26

 それからセレーネの他の曲も聴いていたら、8時をまわってしまった。
 つい聴き入ってしまったようだ。

 いつも母の帰りが遅いので、夕飯は私が料理することになっている。
 夕飯の支度をしなければ、とパソコンを閉じた。

 幸いにも、弟は部活でまだ帰ってきていないみたいだ。

 私には一つ下の弟(梅宮 桃樹 うめみや とうき)がいる。
 今年から受験生で、私と同じ高校を志望している。
 成績優秀でサッカーも得意なので、一般入試でも推薦でも問題ないらしい。
 桃樹のことだ、奨学金も貰えるだろう。
 お母さんの話によれば、中学校ではモテているんだとか。

 きっともう部活が終わり、腹を空かせて帰路に着いているに違いない。
 私は急いで階段を駆け下りた。


 下に降り、私はふと階段の横にあるドアに視線をやった。
 もう何年も使われていない、父の部屋。
 
 ドアをあけると、キイィと音を立て、埃が舞い上がった。
 広がるは殺風景。
「忌々しい……」
 5年前、家族を置いて蒸発した父の部屋だ。
 以前は色々機材があったが、今はもう何もない。
 唯一、壁の端に埃を被ったエレキギターが立てかけられているだけだった。
 
 お母さんの話によれば、ミュージシャンだったらしい。
 売れていたのか、売れていないのかは定かではないが。
 売れていたら蒸発なんかしないだろうし、多分売れていないんだろうな。

 よく歌を一緒に歌ったりしたものだ。
 私はしみじみと感慨に耽っていた。

「あ、夕飯!」
 私はハッと我に返ると、部屋をあとにしてキッチンへ向かった。

 
 

7:orange♪:2017/01/02(月) 20:21

 スパゲッティを茹でていると、「ただいま…」と声がした。
 いつにも増して疲れていることが、その弱い声色から分かった。
「おかえり桃樹。もうすぐ夕飯できるから」
「あぁ」
 結構げっそりしている。

 食卓にナポリタンを並べ、お茶を注ぐ。
「今日さぁ、姉さんの学校と試合したんだよ」
「へぇー。そういえばサッカー部の人がそんな事を言っていたような……」
 確か『今日は中学生と試合だー』って誰かが言っているのを教室で小耳に挟んだ。
「そんでオフェンスにすっげー強い奴いたんだよ……すげー疲れた」
 サッカーがすごく得意で高校生にも引けを取らない桃樹がそこまで言うなんて、よっぽど強いんだろうなぁ。
「一関柚希っていう人。試合が終わったらアドバイスくれたんだよ。いい人だった」
 
 一関柚希。
 確か同じクラスの学級委員と副生徒会長を掛け持ちしている男子だ。
 成績優秀でサッカー部のキャプテン、そしてイケメン。
 そんな完璧人を女子が放っておく訳がなく、毎日告白されているという。
 まるで少女漫画に出てくる男の子みたいだ。

「へぇー……副会長が」
「俺決めた。あの人のチームでやりたい。だから俺志望校姉さんと同じにする」

 今日の出来事で今までの決意がさらに硬くなったようだ。
「姉さんの学校はただでさえ偏差値が高い。しかも俺の場合奨学金を貰わなきゃいけないから、かなりの好成績じゃないと狙えないだろうなって諦めてたんだけど。やっぱ頑張ることにした」
 
 弟がこんなにも真剣になるなんて。
 一関柚希副会長、感謝致します。

 私はスパゲッティを巻きながら心の中でお礼を言った。


 一方その頃。

 ――ハックション!
「あら、柚希風邪?ちょっとやめてよねぇ〜。あたしこれからセレーネのライブで忙しくなるんだから看病なんてしてあげらんないわよ」
「ちげーよ、ただの花粉症」
「それならいいんだけど。あ、もしかしたら誰かが柚希の噂してるかもよ」
 
 とある姉弟もまた、夕餉を共にしていた。

8:orange♪:2017/01/02(月) 20:31

 そしてとうとうやって来た日曜日。
 最初は乗り気ではなかったものの、土曜の夜にはすっかり楽しみになっていた。
 何曲か歌詞も完璧に覚える程になった。

「久々にワンピース着てみようかな」
 淡いピンク色で、繊細なレースがあしらわれたワンピース。
 友達と出かける機会なんてそうそう無かったから、タンスの奥にしまわれていたものだ。
「あ、眼鏡」
 それから私のトレードマークとなりつつある丸眼鏡。
 以前男の人に誘拐されて以来、お母さんが『外出するときには必ずつけなさい』と渡されたものだ。
 眼鏡をしないと外に出てはいけないなんて、おかしいな。

 それからヘアスタイルは三つ編み。
 肩まであるブラウンの髪を、丁寧に編んでいく。
 
 こんな可愛いワンピースに地味な私の顔は不釣り合いだけれど。
 今日くらい、いいよね。

「よし、完了!お母さん、いってきまーす!」
「いってらっしゃい」

 今日は日曜日。
 お母さんがいるから、夕飯の支度については心配ない!
 9時までには帰ってくるって伝えてあるし。

 セレーネのライブに行けるのが、嬉しい。

 私は待ち合わせ場所まで早足で掛けた。

9:orange♪:2017/01/03(火) 17:06

 駅に着くと、既に鈴蘭が改札前で待っていた。
 薄いながらもメイクを決め、服もセンスよくまとめあげられている。
 さすが鈴蘭、イマドキの女子高生って感じだなぁ……
「椿!早く行こう!」
「あ、うん」
 鈴蘭は私の手を引っ張ると、駆け足で駅のホームまで急いだ。

 
 約30分程して、京彩シティのライブ会場に到着した。
 ライブ会場はとても大きく、裕に3000人以上は収容できる。
 ヲタク層が大半を占めているのかと思い生きや、私たちみたいな女子学生も多かった。
 メンバーのイメージカラーのうちわやペンライトを持っている人が大勢。
 中にはでっかい顔写真のうちわを用意している人も。
 みんな気合入ってるんだなぁ。

 会場の雰囲気に圧倒されていると鈴蘭が声をかけた。
「早く行こうよ!始まっちゃう!」
「うっ、うん」
 鈴蘭に促され、私達は会場へ足を踏み入れた。

 会場内に入っても鈴蘭は落ち着きがなく、『まだかな』と腕時計をチラチラ見ている。
 斯く言う私も、胸の内では高揚していた。

 だって私も彼女達のファンになっていたから。

 

 そして待つこと5分。

 ついに。


「「「お待たせしました〜!」」」

 派手な紙吹雪と共に、3人の美少女がステージに現れた。

10:orange♪:2017/01/03(火) 17:35

「キタァーッ!待ってましたぁあ」
「きゃああぁっ!」
 3人の登場と同時に湧き上がる歓声。
 そして紙吹雪のテープを一心不乱に集める人、ペンライトを振り回す人。
 ステージからは神々しいくらいの光が発せられている。

「みんな〜!今日はライブ来てくれてあんがとね!」
「ひまちゃぁ〜ん!」

「今日は新曲も発表するから、楽しみにしてて下さいね!」
「ききょーたぁーん!」

「最後までお楽しみ下さい」
「ありさ様ぁ〜!」

 ……すごい!
 これがアイドルのライブ……なんだ!




 その頃、ライブ会場周辺。
「はぁ。ったく最近は規則を守らない生徒が多い。特に夜6時以降のカラオケ及びゲームセンターへの入店は校則で禁止されているというのに」
 校則違反者の検挙率No.1を誇る副会長、一関柚希が見回りをしていた。
 近頃夜遊びする生徒が絶えないという報告を受け、わざわざカラオケ店などが多いこの隣町までやってきたのだ。
 
「今日だけでも9人ゲームセンターやカラオケに夜まで入り浸っている奴がいるとは。仕方ない、あと2時間程見回りするか」

 彼はキラリと目を光らせ、繁華街をチェックするのであった。


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