1
お化け屋敷でアルバイトをしている僕は、裸になって、
トイレットペーパーを身体中に巻きつけ、ミイラになって、
暗闇に潜み、やってきたお客さんの前に、
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
と飛び出し、尻もちつかせ、それからまた影に隠れる。
隠れていく僕を見たお客さんは、決まってクスクス笑う。
ミイラが帰っていく姿が滑稽なのだ。
だって、そのままお客さんを食べてしまうわけにもいかないし。
2
「やっぱり作り物ねえ」
と、ある客は言った。
その客は、暗くてよく見えなかったが、クラスメートのアカリに似ていた。
そして、アカリは僕がお化け屋敷でアルバイトをしていることを知っているのである。
そうと決まったわけじゃないけど、それがアカリであるかもしれないと言う可能性がある以上、
僕は屈辱的な気分になった。
誰でも、愛する人にピエロ扱いされたくないものだ。
3
その日、僕は学校で日直だった。
クラス中の連絡帳を回収する。先生が、生徒たちに何も異常がないか、確認するためのものだろう。
積み重なる一番上の連絡帳に書かれていた名前が偶然「古川アカリ」。
職員室へ運ぶ途中の廊下の上で、僕はそれを開いてみたい誘惑に駆られた。
それには短い日記みたいなものを書かなければならない。もしお化け屋敷のあの客が、アカリだったならば、
かなりの確率でアカリはそれをこの連絡帳に書くだろう。
4
アカリは字が上手い。僕はその筆跡を、アカリそのものであるかのように撫でた。
書いてあったこと。
私は、将来少しだけ外国に住みたい。
だけど、やっぱり基本的には日本日本日本日本日本日本。
平成の次は何かな。
……中安?
やはり、あれはアカリではなかったのではないか?
安心。しかし、カタルシスはない。依然として、あれはアカリだったという可能性は
残っているのだ。
僕は知らんぷりで、職員室を出た。
5
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」
「きゃあああああああああああああああああ!」
6
バイト代が入った。ああ、アカリ、お前に、これを全部やろうか?
現金じゃ心がこもっていない?
よし、じゃあ、お前の好きなものを買って、それを渡すよ。
お前は、何が好きなんだい?
わからない。
明日、こっそりアカリを観察して、それを探るよ。
「わ〜私、これ欲しかったんだ。ありがとう、Kくんっ!」
と言われることを妄想して、僕は一人ほくそ笑みながら、
夜道を歩いて帰った。
7
「僕は欲しいものがあってさあ」
と、僕はアカリもいるグループにさりげなく入り込んだ。
「ペニシリン」
すると、皆も口々に、自分の欲しいものを披露し始める。
村上春樹の新刊、車の模型、神聖かまってちゃんのCD、靴、「ご注文はうさぎですか?」のDVD。
しかし、そんなものはどうだってよろしい。アカリ、次はお前の番だぞ。
しかし、そこでタイミング悪く、チャイムが鳴った。
8
数学の授業なんか糞食らえ。
二次方程式の解の公式?
アカリの欲しいものをXとして、それが解けると言うんですか、先生?
9
その日、裸になって、 トイレットペーパーを身体中に巻きつけ、ミイラになって、
暗闇に潜み、やってきたお客さんの前に、
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
と飛び出し、尻もちつかせたのは、紛れもなくアカリだった。
「あれ、Kくん?」
とアカリは言った。
「Kくんでしょ?」
「Kくんではない」
「Kくんじゃん」
僕は衝動的に、アカリに抱きついた。
「なな何するの?やめてっ!」
トイレットペーパーが、乱れて、僕の肌は大部分があらわになった。
アカリの服のスベスベした快い感触を、僕は生で感じた。
すごくいい匂いがした。アカリは逃げた。お化け屋敷を、怖いからではなく、僕から逃げるために
飛び出して行った。
10
後悔しながらその日バイトを終わらせて、出てみるとアカリが待っていた。
「最低」
「許して」
「先生に言うから。でも、どうしてあんなことをしたの?」
「好きだから」
「キモい」
僕は財布からバイト代で入った5万円全部を取り出して、それを黙って手渡した。
アカリと目があった。
その時、契約が完了したのだと思う。
僕が彼女の奴隷になる。その代わり、ちょっとは抱きしめてもよいものとする。そんな契約。
僕はこの契約を、プラスに考えた。この関係を、ちょっとずつ、本当の愛情の関係にシフトさせよう。
冷たく、アカリは去った。
エピローグ
僕は全力でアカリに尽くした。アルバイトで入ったお金は全部貢いだし、
普段もアカリのためになんだってした。宿題だって代わりにやった。
ある日、お化け屋敷が廃業になって、
「アカリ、ごめん。僕はもう君の奴隷にさえなれないんだ」
と伝えたら、アカリは悲しそうに
「私、Kくんがいないと、とても不安になるわ!」
と言った。
ただの恋人同士になれた。
親のいない日、僕はアカリを家に招いた。
リビングで僕は言った。
「ねえ、僕のしたいことに、協力してくれないか?」
「いいけど」
僕は裸になって、トイレに行き、置いてあったトイレットペーパーを全部めちゃくちゃに
身体中に巻きつけて、アカリの服の中に入り、その白くて柔らかい胸を噛んだ。
アカリは痛そうに声を小さく漏らしたが、こらえて、僕の頭を撫でた。
しばらく、そのまま僕たちは動かなかった。
そこに母親が帰ってきた。
いけないことをしている僕と、トイレットペーパーで溢れかえったこの有様を見て、
驚いて、ただ驚いている。
外で夕日がかなかなと鳴いている。