逃亡者【短編】

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1:アーリア◆Z.:2018/02/21(水) 22:06



 プロエルン連合帝国の首都ゲルマニ市。ここに私は住んでいる。だが、もうこのゲルマニ市ともお別れの時がきた。私は、皇帝を侮辱した罪の疑いがかけられ、指名手配されている身なのだ。
選択肢は2つ。捕まるか、逃げるか、である。
 私は、後者の逃げるほうを選んだ。もちろんそれは、ゲルマニ市はおろか、このプロエルン連合帝国から、国外へ逃亡することを意味する。生まれ故郷を離れるのは、とてもつらいことだが、万が一にも捕まれば死罪もありうる。それを命と天秤にかけた時、私は命の方が重いと感じたのだ。そして、命が無くなれば、永遠に故郷とお別れすることになる。それよりかは、生きているのならば、多少なりともチャンスはあるだろう。

「すみませんが、中央駅までお願いします」

 私は、タクシーに乗り込み、駅まで向かった。今使えるお金には限りがあるが、実は以前に購入したタクシー回数券を持っており、それを使うまでの話である。また、このタクシー回数券はゲルマニ市内でしか使用できないので、今ここで使おうが、無駄な消費にはならない。
 15分ほどして、中央駅に到着した。私は、すぐさまタクシーを降りて、ロンドークまで乗車できる切符を購入した。これで、手持ちのお金の半分は使い果たしてしまった。
 ロンドークとは、プロエルン連合帝国の西にある大国、マジノランド共和国の最東端の町である。町そのものは小さいながらも、ここまで来れば一安心と言える。そのロンドークからさらに西に行けば、マジノランド共和国の首都ヴィーリに到達する。実は、鉄道そのものは首都ヴィーリまで一本で繋がっているつまり、2日ほど汽車の中で我慢していれば、首都ヴィーリへ行けるのだ。しかし、先述のとおり私にはお金に余裕は無く、何とか国境を越えるまでの出費で抑えることにしたのである。

「まもなく一番ホーム、ヴィーリ行きの列車が発車します」

 駅員のアナウンスの後、汽車は出発した。もうこのゲルマニ市ともお別れかもしれない。私は、汽車の窓から見えなくなるまで、ゲルマニ市の風景をずっと見たままだった。
 
・・・・・・・・・・・・さようなら。

 心の中でそう呟きながら。

 

2:アーリア◆Z.:2018/02/21(水) 22:07

それから3時間ほど経ったであろうか? 
 列車は途中駅に止まった。特に何だと言う話では無いが、私の相席に金髪の女性が座った。その女性は服装は庶民とさほど変わらないものの、そのしぐさの1つ1つが、とてもお上品だったのだ。
 そして、その女性は私に声をかけてきた。

「貴方はどこへ行くの? 」
「私ですか?・・・・・・私はロンドークへ向かっているのですよ」

 と私は答えた。

「あら、この時期は大変だと思うわよ」
「えっ? 」
「最近、国外への亡命をする者が増えて、ほとんどの国境検問所で厳重に本人確認が為されているのよ」

 と、私に言う。
 だが、この女性が言うことが本当であるならば、とんでもないことである。私はさらに詳しく聞くことにした。

「厳重と言うと・・・・・・具体的にどう言う確認がされるのでしょうか」
「具体的・・・・・・確か、査証が本物か贋物かを確認するために、査証の識別番号を外務省に問い合わせると聞いてるわ」

 ああ、これはまずい。 
 今、私が所持している査証は2つある。1つはゲルマニ市にあるマジノランド共和国の大使館で発行してもった亡命用査証である。見た目はほとんどプロエルン連合帝国発行の査証と同じだが、その査証に書かれている識別番号が大問題のなのだ。私の所持する査証には、マジノランド共和国が亡命者用に振り当てた番号が記されておりこの識別番号は、当然外務省には登録されていない。つまり、問い合わせがされたら私は、捕まってしまうだろう。もう一つは、プロエルン連合帝国発行の本物の査証である。しかし、こちらも識別番号を確認されたら、すぐに私の正体が分かってしまう。
 それはともかくだ。
 私は、今までそんな話は今まで聞いたことが無かった。もしかしたら、この女性の勘違いなのではないかと、まだ希望の余地はあるかに思えた。

「まあ、貴方も昨日中に出発していれば、国境はスムーズに越えられたのに。残念なことに今日から一斉に実施されるのよ」

 よりにもよって今日なのか? 
 まさか私の国外逃亡がそれほど重大な事件だったのだろうか? 一瞬私はそう考えてしまった。確かに私は皇帝を侮辱した罪の疑いがかけられているが、正直なところ、皇帝侮辱罪の疑いがかけられている者は意外と多いのだ。例えば、本を出版したところ、その内容が皇帝を侮辱したと認定された者も多々いる。よって帝国当局が、私を血眼になるほどに追いかけることは無いはずだ。

「念のために聞きますけれど、本当の話なんですか」
「嘘かどうか、国境まで行けばわかるわ」

3:アーリア◆Z.:2018/02/21(水) 22:07

私は予定を変更することにした。この女性が嘘ついているかもしれないが、もしこれが本当なら私は即牢獄へ行くことになるだろう。
 予定を変更すると言うのは、どう言うことかというと、マジノランド共和国とプロエルン連合帝国、そしてパスタニア王国の3つの大国の狭間にある小国、ベリツ国を目指すということである。マジノランド共和国とプロエルン連合帝国の国境は、通称「鉄の壁」と言う要塞線により封鎖されていることから、国境検問所を通過する他入国する方法は無い。他方、ベリツ国との国境線は簡易的な柵が設置されているだけであるから、その柵を容易に乗り越えることができるのであった。
 もちろん、国境検問所以外の所から入国することは不法入国ではあるが、この場合「とある国際法」により違法性は阻却されることから、少なくともベリツ国で処罰はされないだろう。

「しかし、なぜ今日から実施されることになったんしょうかね」
 
 ・・・・・・・・・・・・

「さあ。私に言われてもそこまでは」

 私がその理由までもを聞くと、女性は少し間が空いてから、そう答えるだけだった。
 この態度に少し違和感を覚えたが、私は特に追及することはしなかった。そして、列車はまた途中駅に停車する。相席に座っていた女性は、少し前に列車の出入り口に移動してた。恐らくこの駅で下車するのだろう。私も急遽、ベリツ方面への列車へ乗り換えるため、女性が向かった方とは別の出入り口へ移動する。わざわざ別の出入り口へ移動したのは、先ほど女性にロンドークへ向かっていると言ってしまったからである。ロンドークに向かう人間が、ここで列車を降りるとなると、不審に思われるだろう。

 そして、私は列車を降りて、ベリツ方面の列車を待った。因みに今私が持っている切符はロンドークへ行くために購入したのだが、料金としてはロンドークよりは、ベリツ方面のほうが安いので、新たに切符を買いなおす必要は無い。
 それから、無事にベリツ方面の列車に乗ることができ、ベリツとの国境に近い駅で下車した。
 その駅からは、街道をそれて、雑草が生い茂っている場所を、とにかく前へ前へとひたすら進んだ。3時間ほど進むと、目の前には、一直線に張り巡らされている柵があった。高さは2メートルはあるが、木で作られたお粗末な柵であり、私は簡単にそれをよじ登り、ベリツ国に入国したのである。とても地味で簡単すぎる入国であるがため、プロエルンではなくベリツに居るという実感はあまり無かった。
 とは言え、今度はベリツから、マジノランドだ。国境検問所で査証を見せれば、即マジノランドへ向かうことが出来るだろう。私は、気が軽くなった。


 ・・・・・・・・・・・・だが、まだプロエルンから逃げきっては居なかったのである。

上 終わり


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