受験戦争 〜Exam war〜

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1:風李 蘭:2018/11/26(月) 16:41

西暦2035年。
急激な人口爆発により、食糧不足や資源の欠乏が問題となった未来の世界。
日本政府は資源を確保するべく、使えない人材を切り捨てるために"人類間引き計画"を強行。

中学高校において、国が定期的に行うようになった"生存試験"は、問題を解いて『解魔』という怪物を倒すことで点数が入る特殊な試験。
トータル点数によって生徒はランク分けされ、上位は優遇、下位は冷遇される。
そして学年下位5名は不要な人材として"殺される"。

いらない人間に与える資源はない。
冷酷非道で残虐無道な間引きが始まった。

そんな中、とある中学校に一人の問題児が転入してきた。

>>02 登場人物

2:風李 蘭:2018/11/26(月) 16:50

[国立王井学院中等部]
3-δ(3年デルタ)クラス…特定の科目のみ優秀な生徒を集めたクラス。

【虎威 康貴(とらい やすき)】♂ 15歳
何らかの目的を成し遂げるためにδクラスへ入ってきた転入生。
社会科が得意で、特に歴史が大好きな歴史バカだがその他の科目は壊滅的。
貧乏ゆえ食い意地が張っており、守銭奴。
双子の兄がいるらしい。名前の由来はトラヤヌスより。

【伊賀 理零(いが りれい)】♀ 14歳
歴史のテストは常に最下位だが理科が得意な少女。
自身の名前は0点の0からきていると自嘲している。
名前の由来はガリレオ・ガリレイから。

【赤染 萌李(あかぞめ もえり)】♀ 15歳
京都で有名な名家の子女で、京言葉を話す。
国語、特に古典が得意だが理数系が苦手。
名前の由来は赤染衛門から。

【バンジョー・バターリン】♀ 14歳
オーストラリアから留学生としてやってきた少女。
英語は学年トップレベルだがまだ日本語に不自由があり、歴史や国語が不得意。
世界的に有名な企業の会長を父に持つ。
名前の由来はバンジョー・パターソンより。

【有久 律兎(ゆうく りつと)】♂ 35歳
3-δクラスの担任。以前は最高成績者が集まるSクラスの担任だったが、ある理由から2年間教壇を降りていた過去を持つ。
担当は数学。名前の由来はユークリッド(エウクレイデス)。

【理事長 ???】
学院の理事長を務める。
普段表に出ることはなく、生徒や教師ですら対面したことがない謎多き人物。

3:風李 蘭:2018/11/26(月) 22:48

【第一話 Try康貴】

テスト返しは嫌い。
教卓を挟んだ向こう側にいる教師を、震える瞳で見上げた少女は心の奥で毒づいた。

赤い雨が降る。
ひとつ、またひとつと、彼女の心を突き刺していくように。
教卓の向こうに聳え立つ男性教師の顔は険しく、テスト用紙を受け取った彼女は怯えながら眉間に増えていく皺の数を数えていた。

「伊賀! また社会のテスト最下位だぞ」
「……はい」

丸がひとつあったと思ったら『0』だった。
ぬか喜び。
赤ペンの斜線、斜線、斜線。
紅の大洪水。
彼女は受け取った答案用紙をすぐにでもグシャリと潰すか、ビリビリと切り裂きたい衝動を寸手で抑えた。

社会の小テスト。
しかも今回の範囲は彼女が最も嫌悪している歴史で、公民や地理ならまだ──0点という惨劇は回避できたかもしれなかった。
テスト用紙を軽く握りしめた彼女はクラス中の視線を気にしつつ、重い足取りで席へ戻った。
たとえその眼球があさっての方を向いていようとも、臆病な彼女は気にせずにいられない。

「クラスメート名前すら覚えられてないのに、顔も知らないジジイの名前なんか尚更覚えられるわけないじゃん……」

3年に進級してから約1ヶ月が経っても、30人近くいるクラスメートの名前は未だうろ覚えな状態だ。
ましてや、一週間前に予告された一問一答歴史人物50人小テストなんかできやしない。
難しい漢字、似通った名前、紛らわしい事件や反乱。
これだから歴史は大嫌いだと、少女──伊賀 理零は盛大にため息を吐きだす。

理零の零は、0点の零。
彼女は自身のことをそんな風に自嘲するが、歴史はともかく理科の成績に関しては学年でも10位以内に入るレベルだ。
だが逆を言えば、歴史が彼女にとって成績の重い枷となっており、それを克服しない限り彼女は最低クラスのDクラスから抜け出せないのである。

4:風李 蘭:2018/11/26(月) 23:17

現在の日本は超学力主義。
一に学力二に学力、三に学力四に努力。
それはこの王井学院中等部だってもちろん例外ではない。
上位クラスに行けば行くほど、下位に下がれば下がるほど待遇の差は扇のように広がっていく。

最も優秀とされているSクラスは、図書室や自習室の優先権、良質な設備を持つ寮の使用、希望参考書の購入など数々の特権を付与され、鬼に金棒という具合である。
それに対し、成績不振者が集められたDクラスの待遇はというと、自習室や図書室の使用が認められていないだけに留まらず、休み時間や放課後に掃除や雑務を課せられる。

設備も十分ではない。
雨漏りが絶えない天井、歩けば軋む床、鼠色の塗装が剥がれた壁。
とても集中できるような環境ではない。
雑務によって勉強時間の確保は難しくなり、ますます成績が下がる。
Dクラスに落ちるというのは蟻地獄に落ちると同義で、もう落ちた時点で終わりなのだ。
後はただ、間引き対象にならないようDクラス内でどんぐりの背比べをするだけ。


「先週の『生存試験』の間引き対象者を発表する!」

生存試験による"間引き"。
そもそも生存試験というのは、人口の爆発的な増加により、食糧、資源が不足したこの世界で導入されつつある全国模試のことである。
3ヶ月に1度、国が出す生存模試を受け、トータルスコアが低かった者から5名は学力のない無能とみなされ、資源の浪費を抑えるために殺されてしまう。
これが2035年代を騒がす『人類間引き計画』である。

5:風李 蘭:2018/11/26(月) 23:18

固唾を飲んで祈る者、ガタガタは震えて俯く者、泣き出す者。
伊賀理零もそのうちの一人で、5月中旬の昼下がりと、さほど寒くもないのに奥歯をカタカタ小刻みに震わせていた。

ピンと張り詰めた緊張の中、男性教師は真顔で教卓に手をつき、ピシャリと言い放った。

「出席番号2番、浅田美咲!」

クラス中の眼球が、ギロりと一斉に窓際の方へ向かった。
憐れむような、蔑むような、そして安堵するような、目。

「いっ……や、い、いや……ゐぃやあぁぁぁあっ!」

青ざめた顔面で阿鼻叫喚する彼女を、いつの間にか出入りしていた警備員が二人がかりで取り押さえる。
激しく蹴ったり叩いたり噛み付いたり、とにかく拘束から逃れようと死に物狂いで暴れている。
その細い手首に不釣り合いなほど重く錆びた手錠が嵌められてもなお、彼女は破壊をやめない。
机が蹴り飛ばされ、分厚い教科書が勢いよく床に散乱した。

「じにだくない! 死にたぐない゛ぃぃいっ! やめて! 離して、離してゑぇっ!」

警備員が慣れた手つきで彼女の口に布を当てると、彼女は抵抗をやめ、ぐったり力なくその場に崩れ落ちた。
先程までの暴動なんてなかったような、穏やかな寝顔だ。
浅く肩を上下させながら呼吸し、人形のように項垂れる。

それを見るクラスメートも2年間経験していれば慣れてきたようで、怯えつつも入学当初のような悲鳴はあげなかった。

鉛のように重い雰囲気の中、強面の教師は淡々と名前を読み流していく。

「出席番号12番、木村 勲」
「……はい」

「出席番号25番、野村 真波」
「そんな……そんな……っ」

浅田美咲のように悲鳴をあげて最後まで抵抗する者、覚悟していたのかすんなりと受け入れる者、諦めたように項垂れて涙を流す者。
いつ死んでもいいよう、事前に遺書を書いておく生徒もちらほらいる。

どんなに訴えても、もがいても、抗っても、行き着く先は皆同じ。
学院の地下、厳重に施錠された『抹殺室』。
そこでの殺害方法は秘密裏に隠されているが、命を奪われることに代わりはないのだ。
そして空いた分の席には、代わりの人間が絶えず補充される。
Cクラス辺りから落第してきた生徒かもしれないし、編入テストが振るわなかった生徒の場合もある。

次に命を奪われるのは自分かもしれない。
そんな恐怖に身を震わせながら、死刑宣告を受けた人の背中を見送るのだ。
こうして計5人の命が、今月も消えていく。


「今回残った者もかなり危ないぞ。油断はするな!」

昨日までクラスメートだった子が、友人が、取り押さえられ、連行されていく。
そして次の日には見知らぬ人が座っている。
そんなことが当たり前になったこの世界で、少年、少女達は今日も生きていかねばならない。

6:風李 蘭:2018/12/02(日) 19:34


「伊賀、ちょっと職員室へついてこい」
「……ゑ?」
「五分程度で終わるから、掃除はそれから行け」

テスト返却が終わり、理零がDクラスの日課である放課後の校内掃除へ向かおうとした刹那だった。
担任の教師からの唐突な職員室への呼び出し。
教師の少し急ぎ目の大きな歩幅に合わせるよう、理零もちょこちょこと小幅ながらも着いていく。

職員室に来い、というのは呪いのフレーズだとしばし思う。
教師はその一言を放つだけで、生徒を凍てつかせることが可能だ。
当然理零は凍てついた。

思い当たる節が、多すぎる。
社会のテストとか社会のテストとか社会のテストとか。
まともな返事もできずに固まっていると、彼女の考えていることを察したのか男性教師は言い放つ。

「固くなるな。悪い話じゃない」
「そう、ですか」

無表情のまま言われても信用できるはずもなく、職員室へ到着する頃には不安と緊張で彼女の心臓はバクバクと暴れていた。

Dクラスの証である白のリボン。
王井学院では制服でクラスの色が分かるようになっており、Dクラスのそれを付けるということは、「私は馬鹿です」という看板を下げて歩いているようなものなのだ。
この時代、馬鹿は嫌われる。
リボンの色で察したのか、職員室中の視線が怜悧になった。
理零にとっては非常に居心地が悪く、一刻でも早く抜け出したくて歯がゆい面持ちになる。

「まぁ、そこにかけてくれ」
「はぁ……」

ただ間抜けな声で返答することしかできない。
理零が教師のデスクのすぐ横に予め用意されていたパイプ椅子に腰かけると、パイプ椅子はギシッと不吉な音をたてながら軋んだ。
ところどころ錆びついており、少し鉄の臭いが漂った。
クッション部分も破れて穴が開いており、黄色いスポンジがはみ出している。
理零は落ち着きなく黄色いスポンジを握ったりつまんだりを繰り返す。

教師は自身のデスクの引き出しを開けて分厚い茶封筒を取ると、そのまま理零に手渡した。

「あの、これは……?」
「まぁ開けてみろ」

理零は言われた通り、糊付けされた封を丁寧に剥がす。
すると『δクラス 年間授業予定表』と印字された紙と、十数枚程度の書類が顔を出した。
なにやら小難しい単語が何行にも渡って並んでおり、読む気が失せる。

「急で悪いが、お前は明日からDクラスから異動してδクラスで授業を受けてもらう」
「クラス異動……ですか!? どうして私が? そもそもδクラスって……?」

思わず理零は質問攻めになるが、それも無理はない。
そもそもδクラスなんてクラスは王井学院には存在していない。
何度も言うように王井学院中等部のクラスは成績順に上からS、A、B、C、そしてD。
ギリシャ文字のクラスなんて怪しい、実に怪しすぎるクラスである。

「δクラスというのは……成績不振だが特定の科目のみ優秀な生徒を集めたクラス。今回お前は理科枠としてδクラスに選ばれた。δクラスに関する情報は明日の全校集会で生徒会から発表される事項だから知らなくて当然だ」

そんな理零の反応も想定内だったのだろう、予め用意していたと思われるようなほど流暢な説明だ。

7:匿名:2018/12/02(日) 20:41

とても、面白いです!
続きが、楽しみになってきます‼

8:風李 蘭:2018/12/02(日) 23:14

「お前は文系科目……特に社会科に関して苦手意識があるだろうし実際成績も芳しくないが、理科に関しては常にトップ10に入っている。それに数学の成績もまぁ良好だ。理数系に至ってはDクラスの授業では物足りないだろうという配慮から、お前のδクラス行きが決まった」
「しかし先生……! 私はそんな……」

そんな、特殊なクラスでやっていける自信がない。
そう抗議しようとする理零を遮るかのように、男性教師は一枚の紙をバッと彼女の前へと掲げて見せた。

「さっき採点した理科の小テスト、化学反応式10問。見事満点だ。そして今回の生存試験理科部門は学年3位。Dクラスに留めておくには勿体ないと、δクラス担任から直々の指名だ」
「えっ……δクラスの担任から……!?」

男性教師は半ば押し付けるように答案を理零に返すと、不敵な笑みを浮かべた。
お前なら、ついていけるだろう?
言葉こそなかったが、そんな含みを持った笑みに理零はためらう。

決断を下せる時間はそう長くはない。
彼女は茶封筒と返却された満点の答案用紙を交互に一瞥した。

理零は思う。



幼い頃から好きだった科学実験。
太陽はどうして落ちないのか、この生物はなんて言う名前なのか、磁石はどうして引き合うのか。
この世の真理である当たり前のことに疑問を持ち、念入りに調べては実験した。
結果、小、中と理科の勉強や実験ばかりにかまけて他の科目を疎かにした結果が現状。
深く後悔した頃にはもう遅くて、周りの子達との差を埋めることが難しくなっていた。


──けれど、もしδクラスで自身を変えることができるのなら。
私が全てを費やして手に入れた理科の知識を見込んでくれる人がいるのなら。

迷っている暇なんか、ない!

「入ります。入らせてください……δクラス!」


今まで費やした時間が──理科の知識が、無駄じゃないって証明できる気がするから。

9:風李 蘭:2018/12/02(日) 23:15

>>07 匿名さんありがとうございます^^
亀更新ですが気が向いた際にご覧頂ければ幸いです!

10:風李 蘭:2018/12/09(日) 15:03

「話は以上だ。清掃に戻れ」
「はい」

一通り説明があったがまだ不明瞭な部分も多い。
しかし理零にとってはDクラスから脱出できるというだけで嬉しいものがあった。
δクラスに関しては放課後の清掃や雑務がなく、自由時間として使える。
その分を少しでも勉強時間にすることができれば、生存試験で下位5名に入ることもないだろう。

「明日から掃除しなくていいんだぁ〜!」

思わぬ吉報により理零の足取りは軽く、このまま空にでもふわりと浮きそうなくらいだった。
意地の悪いSクラス生徒にゴミ捨てを押し付けられても、その足取りは崩れない。
軽く口角を釣り上げたまま、校庭の横にあるゴミ捨て場へと向かった。


生臭い臭いが立ち込める中、理零はすだれのように垂れ下がった青いネットをくぐった。
ビン、カン、燃えるゴミ……と種類別に分け隔てられたブースの奥に、ペットボトル専用の置き場を見つけると、袋を杜撰に投げ捨てる。

「よし、これで今日の掃除も終わり! 早く寮に戻ろーっと」

時が経つのは早いもので、授業終了時までは青かった空が既に眩しい飴色へと移り変わっていた。
暗くならないうちに帰ろう。
そう思って理零は再びネットをくぐって校庭の方へ出ると、異変を感じた。


突如、足首に不思議な感触を覚えた。
生暖かいような、柔らかいような。

「えっ、なに!?」

足首を何者かに掴まれている、と理解するのにさほど時間は要さなかった。
理零は額に脂汗を噴き出しながら、恐る恐る足元へと眼球を滑らせる。

「な、なに……ゐやああぁああっ!」

11:風李 蘭:2018/12/09(日) 15:21

「ほけ……ほけ、んし……っつ……」
「ぎゃあぁああ! ゑっ、なに!?」

足元を掴んでいた手の正体は、見知らぬ少年だった。
理零は少し後ずさったものの、彼の様子を見た瞬間、気の毒になって手を振り払えなくなった。

王井学院指定の学ランを着ていることから学園の生徒であることは察せるが、それ以上の情報は見出せない。
学ランの下に着用しているオレンジ色のパーカーは校庭の砂で薄汚れ、長時間地面を這いつくばっていたことが伺える。
顔立ちは幼く童顔だが、弱々しくやつれている上に目の下のクマも濃い。

「あの……」

理零は幼い顔立ちに警戒を少し解いたのか、やおらしゃがんで目線を近づけた。
よくよく見れば、足首を掴む彼の手は細い。

「すっげー腹減って……校庭に゛植ゑてあるトマトの実食ったら゛、腹……壊し……」

絞り出すような声で途切れ途切れに紡ぐ彼の言葉を拾ったところ、校庭に生えているトマトを食べたら腹を壊したという。
──校庭に生えているトマト、とは。

そもそも校庭とは運動する場所であり、作物を育てる地ではないはずだ。
不審がった理零に説明しようとしたのか少年は黙りこくったまま、か細い指で明後日の方向を指す。

「あれって……!」

12:風李 蘭:2018/12/09(日) 17:49

校庭の隅にひっそりと身を潜めながら風に揺られている植物。
確かにプチトマトより一回り小さい実がいくつか成っているが、まだ緑色だ。
一見トマトに見えなくもないが、理科に精通している理零は瞬時に見抜いた。

「マサカズあれ……フユサンゴ……!?」
「え、あれ、トマトじゃねぇの?」

プッツリ緊張の糸が切れたかのように、理零の足首を掴んでいた手が力なくうなだれた。
少年はドサリとうつ伏せになる。

「あれはフユサンゴっていって、ナス科ナス属の植物でトマトに似た小さい実をつけるけど毒があるの!」
「へっ……毒……?」
「幸い猛毒ではないけれど……とにかく保健室に行こう!」

理零はうつ伏せになった少年を素早く引き上げると、自身の小さな背中に乗せた。
が、背中の重みに物足りなさを感じ、顔を顰める。

「……軽い」

中学生男児とは思えないほどの軽さで、小柄な理零でも少々よろめくが背負って走れてしまえるほどの軽さ。
恐らく中学生男子の平均体重には到底行き届いていないだろう。
見てくれもやせ細っているし、軽いのも頷けるが……。
圧倒的に重みが足りないが、そんなことをとやかく言っている暇はなかった。

「お、俺……」
「いいから、そのまま乗っかって! 保健室すぐだから」

理零は少年を背中に乗せると、ふらつきながらも保健室へと直行した。

13:風李 蘭:2018/12/09(日) 22:50

理零と少年が保健室に到着したのは閉鎖ギリギリの午後5時で、ちょうど養護教諭が保健室を閉めようとした時だった。
約2年間在籍していながら一度も保健室の世話になったことのない理零は、慣れない薬品の臭いに眉根を寄せる。

「すみません、ちょっと緊急で!」
「あら、ひどい顔色じゃない!」
「なんか校庭に生えてたフユサンゴを食べてお腹を壊したみたいで……」
「校庭に生えてたフユサンゴ!? これまたなんて奇怪なお客なのかしら……」

これまた理零にとっては初対面の養護教諭で、かなり童顔な女性がスリッパをパタパタと鳴らしながら忙しそうに駆けずり回っていた。
少年を見るや否や汚れた学ランやパーカーを脱がせてベッドに寝かしつける。
彼女は体温を測ったり濡れタオルで軽く顏周りを拭いたりと、手際よく一通り処置を済ませた。
理零もお湯を沸かして湯たんぽの用意を手伝う。

「しばらくお腹をこの湯たんぽで温めながら安静にして。トイレに行きたくなったら、保健室を出てすぐ横のトイレを使ってね」
「ありがとござま……す……」
「それと……かなり痩せこけているけど、食事は?」
「あー……5日間なにも食べて……ないっす」
「なっ、5日間何も口にしていないの!?」

これには理零も度肝を抜かされた。
いくらクラス別で待遇に差がある王井学院とはいえ、Dクラスでも食事にはありつける。
上位クラスに献立は劣る物の、栄養バランスも分量も申し分ない。
飢え死にする、なんてことは一切あり得ないはずなのだ。
それに理零が知らないということは、少なくともCクラス以上には在籍しているはずなのだが。

「ちょっと寮に行ってお粥を用意してきてもらうわね。いきなり固形食だと胃に負担がかかるから。腹痛が収まり次第食べるといいわ」
「お、お粥なんて贅沢……! 罰当たっちまう!」
「何言ってるの! 餓死寸前なんだからしっかり食べなさい!……えーっとそこの連れてきた女の子」

養護教諭は頭を抱えながら理零の方を一瞥すると、軽くため息を吐いた。

「わ、私ですか?」
「そう。ちょっと寮へお粥を貰いにいってくるから、この子のこと看ていてくれないかしら?」
「あっ、はい。構いませんが……」
「じゃあよろしく。なにか異変があったらすぐに連絡して! 番号はホワイトボードに書いてあるから!」

養護教諭は勢いに任せて言うだけ言ってしまうと、すぐに保健室を飛び出していった。
保健室内には少年の荒い吐息と、刻々と時を刻む長針の音だけが残された。

14:風李 蘭:2018/12/10(月) 19:30

「……大丈夫?」

なんとなく気まずい静寂の中、重い雰囲気を拭おうと理零は少年に声をかけた。
彼は軽く奥歯を噛んで寝がえりをうつ。

「大分マシ……になった」
「ならよかった。でも、なんで5日間何も食べてなかったの?」

単純に疑問をぶつけただけの理零だが、少年はその質問に快い顔をしなかった。
眉根を下げて困ったような面持ちをする少年に、理零は失言をしてしまったのでは、と焦る。

「今月、すっげー出費……かさんじまって給料なくなって……。制服代と、か、教科書代とか……俺、この学校に転入するから、さ……」

この国──2030年の日本では、労働に年齢制限を設けていない。
従って、働こうと思えば小学生でも働くことが可能なのだ。
といっても資格や専門知識のない学生ができることといえば、力仕事や単純作業といった低賃金の仕事ばかり。
学校に通ってある程度の学歴を持った方がより高所得の仕事口に就けるのだが、そう単純な話でもなかった。
就職が厳しくなった現在の学歴主義の日本において、親の稼ぎが良くない場合は幼少期からの労働を強いられることがある。
恐らく少年も親の稼ぎの足しにと労働させられていたのだろう。

「やっと抽選に当たって王井学院……入学、できたんだ」
「そっか……」

生存試験で間引きされた分の生徒を補うため、三ヵ月に一度抽選が行われる。
抽選に当選した者は学費や寮代無料で入学することができる。
入学時の制服代や教科書代は生徒側の負担であるのだが。

「飯代浮くし、勉強もできんなら……って、思ってたけど……やー、制服高ぇな。すぐ、汚れちまったし」

15:風李 蘭:2018/12/10(月) 19:44

「なんの仕事してたの?」

これ以上踏み込むのは無礼だと理零の脳内が警鐘を鳴らすも、好奇心には抗えなかった。
理零の予想に反して、彼は唇に緩く弧を描いて微笑む。

「歴史博物館の、清掃員」
「ヴッ……歴史……」

たった二文字の単語で、先刻の苦い結果がフィードバックした。
赤い雨。
0点の歴史小テスト。

「もしかして、歴史嫌いなのか?」

よほど苦虫を噛み潰していたような顔をしていたのだろうか、少年は理零の正鵠を射った。
理零はきまりが悪そうに俯きながら頷く。

16:風李 蘭:2018/12/10(月) 21:57

「だって……人の名前とか紛らわしいし、戦争とか事件名の年号もたくさんあって覚えられないし……暗記帳とか見てもあんま頭入らないし」

三・一独立運動? 五四運動?
徳川家康? 徳川家光? 徳川吉宗? 徳川慶喜?

藤原家や徳川家に至っては誰が何をやったのか混乱するし、五・四運動や三・一独立運動は同時期に起きてるからどちらがどこで起こったのか混同してしまう。
名前は覚えているが、それが一体なんなのか、誰なのかまでは頭に入れることができない。

「もう、歴史なんて嫌い……っ!」

フィードバックした赤い雨に苛立ちを覚え、理零は自身の太ももに拳を打ち付けた。
ギッと音をたて、錆びたパイプ椅子が軋む。

「歴史ってさ」

少年はぽつりと小さく呟き、仰向けにしていた顔をベッドサイドの理零の方へ向けた。
俯いていた理零も、曇ったままの顔をやおら上げた。

「過去と今を繋ぐ、すっげぇ学問だって思うんだ」
「過去と……今……」
「だってすげぇじゃん! 1000年も2000年も前の人たちが何をして、どうやって生きていたのかが分かるんだ。今の俺達を創った先人達が積み上げてきたものを一つ一つ拾い上げて、噛みしめていく。歴史って、そんな学問だろ?」

歴史を学ぶ意味なんて考えたことのない理零にとって、彼の言葉はストンと心におっこちきた。
それは、ただ学校で強制的にやらされていた学問に意義を見出せなかった彼女の穴に丁度はまったのだった。

つい先刻まで腹痛でしかめっ面だった少年の顔は、いつの間にかほころんでいた。

17:すぴか:-)如月◆y2:2018/12/11(火) 17:49

すっごい面白いです!!
葉っぱで見てきた小説の中で一番いい作品だと個人的に思います!
ゆっくりでも続き楽しみにしてます!

18:風李 蘭:2018/12/11(火) 21:22

>>17
すぴかさんありがとうございます!
そう言って頂けると活力になります(;Д;)(;Д;)
のろのろ更新していきますのでよろしくお願いします!

19:風李 蘭:2018/12/12(水) 01:24

「あの……名前はなんて……」
「お待たせ! おかゆ貰ってきたわよ!」

理零が少年の名前を問おうと口を開いた刹那、保健室のドアが勢いよく開いた。
養護教諭は両手にお盆を乗せながらゆっくりベッドサイドへ歩み寄る。
トレーには梅干しがちょこんと添えられたおかゆ、緑茶が入った湯呑、リンゴが乗っている。
もやもやと薄い湯気を立ち昇った。

「ご飯……久々に見た……」
「とんだ不摂生な生活ね。食べられそう?」
「あ、はい。腹痛もけっこー収まってきたし」

少年はトレーの上に置かれたレンゲを震える手で握ると、ゆっくりと口へ運んだ。
二口、三口ほど味わうように噛みしめ、少年の双眸に塩水が溢れだす。

「うぅ……米が……うまい……っ、こんな贅沢が許されんのか……!」
「お、おかゆで贅沢って……」
「昔、貧しい平民は米が足りず、重湯(おかゆよりさらに薄い汁)にしていたんだ……おかゆを食える俺は恵まれてんだ……」

学校にも行かずに労働していたくらいなのでかなりの貧困層であることは分っていたが、ここまでとは。
理零は呆れを通り越して憐みを抱く。


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