大嫌いなこの世界で。

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1:桜織:2015/04/19(日) 21:17

―ピピピピッ ピピピピッ ピッ……―
わたしは鳴り続ける携帯のアラームを止めて体を起こした。
わたしの名前は二ノ瀬証。
普通の高校2年生。
証と書いて「あかり」と読むわたしの名前。
自分の証を大切にしてほしいという意味からこの名前を付けたらしい。
でも残念なことに、わたしは17年間生きてきて一度も自分というのを考えたことがないし、考えたくもない。
わたしは誰も信じていないから。
「証ちゃん?早く起きないと遅刻するよ」
「……おばあちゃん……今行くから」
「早くしなさいね」
今のはわたしのおばあちゃん。
わたしはずっとおばあちゃんと二人暮らし。
わたしの家計は複雑で、父はお母さんを捨てて逃げた。そのあとお母さんも蒸発してしまったのだ。
だからわたしは誰も信じないし信じられない。
こうなったのも全部父のせいだ。
ガチャ。
「おばあちゃんおはよう」
「おはよう、証ちゃん。早く朝ごはん食べちゃってね」
「うん……」
わたしは焼けた食パンを食べ始めた。
そんなわたしを見ておばあちゃんはため息をつく。
「ねぇ、証ちゃん。あなたまだお父さんのことを許せない?」
「当たり前」
「そう……」
おばあちゃんはどうしていつもそれを聞くのだろう。
わたしがお父さんを恨んでいるのは、他のだれよりも知っているはずなのに。
おばあちゃんだって、お父さんの事を憎んでいるくせに。
しかしわたしは、おばあちゃんの悲しそうな顔を見て、それ以上考えるのをやめた。
何だかいたたまれなくなって、わたしは牛乳を一気飲みすると玄関へ向かった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

2:桜織:2015/04/22(水) 18:53

あーあ……。
今日も最悪な一日が始まりそうな予感。
キーンコーンカーンコーン……。
「おっはよー!証ー!」
「あ、牧。おはよ」
「おはよー。証」
「おはよう」
おはよう。おはよう。
皆いつも通りの皆。いつも通りの毎日。
「はーい。皆席について〜。ホームルームを始めるよー」
先生も。先生が言う言葉だって―。
「小野舞香」
「はい!」
「小林巧」
「はい!!」
「齋藤寛人」
「ブェーイ!!」
あはははは。
寛人の返事にクラス中が大爆笑に包まれる。
しかしわたしは一人、その中に溶け込めずにいた。
……くだらない。
よくみんなあんなつまらないことで笑えるよね。
ある意味尊敬するよ。
「……り!証!二ノ瀬証っ!!」
突然大きくなったその声に思わずビクッとなったわたし。
「出欠確認だよ。返事は?」
「はい」
わたしはすみませんを言うわけでもなく、恥ずかしそうな顔をするわけでもなく、ただ、平然と構えていた。

―放課後。
やっと終わったよ。
地獄の6時間が。
「ねぇ、証。これからアイス食べに行かない?新しい店で来たんだって」
「あ……わたしはいいや」
ともかくわたしはなるべく早く、この大人の支配下にある学校から抜け出したかった。
しかし、わたしが断ると、奈那子たちは不満そうな顔をしたのだ。
「えー!?何でー?別にいーじゃん。いこーよっ。はい、決まりっ」
強制的に連れて行くなら最初から質問するなよ。
何だかもやもやする。
でも、わたしの気持ちなんか関係ないんだもんね?
あんたらは。

3:桜織:2015/04/22(水) 20:15

心の中でブツブツと文句を言っていても、それを表に出さない。
いや、出せないって言った方が正しいかな?
「ストロベリーミックスダブルで」
アイス屋に到着した私達は、それぞれの好きなものを注文して席に着いた。
「ふぅ……。さっそくなんだけどさ、証」
「何?」
少しの間をおいてから牧は言った。
「証はさ、好きな人とかいるの?」
何の質問かと思えば……なんだそんなことか。
「ううん。いないよ。何で?」
「嘘嘘!絶対いるでしょ!?誰よ教えて!」
居ないっつってんじゃん……。
何であんたたちはそうやって勝手に決めつけるのよ……。
ちりっと心が焼けた。
でもわたしはそれをこらえて笑顔を見せた。
「ホントだよ」
「もう!あんたは何でもそうやって隠し事して!もういいよ。証なんて知らない!!」
牧はそう言い放つと鞄をつかんで店を出て行った。
それに続いて皆も出ていく。
氷のような冷たい瞳で。
でもわたしは、それらを追いかけようとはしなかった。
分かっていたことだから。
この世界には、どこにもわたしの居場所はないんだ。
家にも、もちろん学校にも。

4:桜織:2015/04/22(水) 20:27

そう考えると、何だかさびしいような、悲しいような……。
不思議な感情に襲われる。
いけない。早くここから出ないと爆発してしまう。
わたしは勢いよく店を飛び出して、走って走って、気が付いたら雨が降っていた。
わたしが雨に気付いたのは土砂降りになってからで……。
すでに、わたしの制服はびしょびしょ。
もちろん、わたし自身もびしょ濡れだ。
それでも、わたしは速度を落とすことなく走り続けた。
「はぁっ……はっ……ゲホゲホッ!」
一体どれくらいの時間がたったのだろう。
時計を見ると、もう一時間以上も走り続けている。
でも止まっちゃだめだ。
止まったら、全てが終わってしまう。
そう思いながら走っていたわたしが止まったのは、それから一時間が経っていたからからだった。
わたしは勢い込んで地面に倒れた。
泥水が制服にしみこむ。

5:桜織:2015/04/23(木) 18:29

それと同時にわたしの涙腺は崩壊した。
今までためていたすべての感情が雨に流されていくよう。
何で……?何で!?何でこうなるの?
わたし、何かした?
何かしたなら謝るから……悪いところがあれば直すから……。
お願いだから誰か……誰か、私を助けてよ。
怒りと憎しみの感情に身を任せて泣いているとき、突然肩に触れる温かい手。
振り返ると、そこには入院患者用の寝巻を着た、雪のように白い女の子が立っていたのだ。
「どうしたの?大丈夫?」
今まで、こんな優しい声をかけてもらったことがなかった。
優しい声に、優しい瞳、優しい顔―。
その優しさに、思わず声を上げて泣きたくなったが、そこはぐっとこらえて立ち上がった。
「大丈夫よ。ありがとう」
あまり泣き顔を見られたくなかったわたしは、それだけ言うとそそくさと立ち去ろうとした。
だが。
「何で?せっかく出会ったんだし、少しお話しようよ」
その子は私の制服の袖をつかみ、そういい終わるとにっこりと笑った。
何だろう。なんか、不思議な感じ。
「あ……っあたし、近藤美沙希。あそこの病院に入院してるんだ」
美沙希は細い指で丘の上にある病院を指さして見せた。
「わたし、二ノ瀬証。高2」
「そう、証ね。いいわね、証って名前。どうやって書くの?」
「あ……あかしって書いて、証」
「そう、で、なんで泣いていたの?」
美沙希はわたしの背中に手を添えながらベンチに腰かけた。
「……」
わたしは初対面の女の子に泣いていた原因を言うのもどうかと思って黙り込んだ。
「大丈夫よ。誰にも言わない」
ね?と親指を立てる美沙希をちらりと見てようやくわたしは話し始めた。
「あのね……。わたしね、お父さんとお母さんがいないの。お父さんは浮気してお母さんを捨てて逃げちゃって、お母さんはそのあとに自殺しちゃって……」
「そう」
「うん、でね、わたし、さっき友達と喧嘩してね、あっちが一方的に怒るの……。それで……」
私が今までにあったことろ細部まで美沙希に伝え終わると。
「そっか……辛かったね……。証」
その言葉に、再び涙が零れ落ちた。
「……こんな世界、大嫌い」
もう、死んでしまいたい―。
「そう」
今まで私の背中に添えられていた手がすっと離れ、美沙希の瞳は深い色を宿していた。
「だったら、あたしと交換して」
「え……?」
その子は、低い、低い声でその言葉を発した。
「あたしね、あと一週間で死ぬの」
「え」
「本当はね、ここまで生きられただけでも奇跡だって、お医者さんが言ってた」
「嘘……」
「本当だよ」
その子は、とてもきれいな瞳で私を見つめた。
「死ぬってね、そういう事なのよ」

6:桜織:2015/04/23(木) 18:34

「……」
真剣なまなざしに、わたしは一言も言葉を発せずにいた。
「証?」
「……ごめん」
「え?」
美沙希は驚いた風にわたしを見つめる。
「ごめん、美沙希にそんなこと言わせて」
わたしが頭を下げると、美沙希は頭を撫でてくれる。
「大丈夫よ。証……」
しばらくそのままでわたしは泣いた。
「じゃあ、今日はありがとね」
「うん。頑張ろうね、お互い」
「じゃ、バイバーイ!」
壊れてしまえばいいと思っていた世界で、初めて壊れてほしくない友達ができた瞬間だった―。

7:桜織:2015/04/23(木) 20:59

―数日後
わたしはあれから牧たちとは一言も話をせずに過ごしていた。
帰りの会が終わり、帰ろうと靴を履きかえているときに携帯が鳴ったのだ。
メールの受信ボックスを開くと、そこには美沙希からのメールが。
内容は、『今日、4時10分に来て』というものだった。
いつもは時間なんて指定しないのに、今日は珍しい。
その時、頭によぎった『一週間後にあたしは死ぬのよ』という美沙希の言葉。
嫌な予感にとらわれて、急いで病院へと向かったのだった。
そして、今に至る。
病院に着き、美沙希の病室を見つけて入ろうとすると。
「美沙希っ、美沙希お願いだから目を覚まして!美沙希――!!」
中から聞こえたのは、中年女性の叫び声。
頭の中が真っ白になり、慌てて病室に入ったわたし。
「美沙希っ……」
わたしが病室に入ると、そこにいたすべての人の視線がわたしに突き刺さった。
「あっ、あなた、証ちゃんね!?」
「は、はい……」
美沙希の母親と思われるその女性の剣幕に、わたしはたじたじだ。
「お願いよ……美沙希を返して……」
それだけ言うと、床に座り込んでしまった。
「母さん、落ち着きなさい!証さんだね?」
「はい」
「美沙希の……最期を、見届けてやってくれないか?」
最期―?
「あっあの、最期ってどういう意味ですか?」
「証なの?」
突然聞きなれた声が病室に響いた。
今まで気が付かなかったが、そこにはベッドに横たわり、沢山の機械につながれた心友の姿が目に入った。
「美沙希……?」
わたしが呼びかけると、美沙希は笑顔を浮かべた。
父親を押しのけ、わたしは美沙希の小さくて冷たい手を握った。
「ありがとう。来てくれて……」
「美沙希……」
思わず涙目になってしまう。
美沙希はそんな私を見て、白い手でわたしの涙をぬぐった。
「泣かないで……証」
わたしの頬に手を添えて美沙希は続けた。
「あたし、証に知っておいてほしかったの……。この世界がどんなに嫌いでも、ここで生き続けなきゃいけないってこと……。
 それと……当たり前なんてないんだよ。毎日、笑って泣いて、傷ついて……そんな毎日はすごく幸せだってこと。あたしは知っててほしかったの……。
 大好きな心友に。だからね証、これだけは忘れないでいて……これから証は、沢山の事を経験すると思う。その中で、死んでしまいたいという事もあるよね。
 だから、自分を絶対に見失わないで……最期まで、あたしと一緒にいてくれてありがとう……。
 証、大好き―」
ピッピッピッ……ピ―――。
「……御臨終です……」
医師が言った、その言葉にわたしは涙があふれた。
「美沙希、ありがとう……」

8:桜織:2015/04/23(木) 21:24

ごめんね、こんな心友で、本当に、ごめんなさい。
美沙希が居なくなった後も時間は進む。
昼休み、わたしが屋上にいて風を感じていると……。
「証」
突然わたしの名前を呼ばれて振り返った。
「あのさ、証。うちら、あん時の事別に気にしてないけど?だから、仲直りしてやってもいいよ」
牧たちの偉そうな態度にわたしは悲しみを感じた。
いつもなら心の中で怒っているところだが、今は違う。
牧たちがすごく哀れでかわいそうに見えた。
「牧……」
美沙希、ありがとう。
わたし、美沙希が教えてくれたこと、絶対に忘れないからね。
だから。
「牧、詩織、美帆……」
わたしは3人の顔を見渡してからこういった。
「わたしが困っているときに、助けてくれない友達なんていらない!」
そんなわたしの態度に牧たちは少し驚いた様子だったけど……。
「わたしはっ……わたしは!わたしはあんた達のおもちゃじゃない!!」
言った。
わたしの中には大きな達成感があった。
わたし、美沙希が教えてくれたこと、無駄にしない。
「っ……何、こいつ!もういいよ。証なんて放っとこ!」
牧たちは屋上から立ち去った。
その時、一陣の風が吹く。
思わず空を見上げると、果てしない大空が広がっていた。
そうだよね。
わたし、もう負けないよ!

「おばあちゃん……」
学校が終わり、家に帰ったわたしはおばあちゃんに話があると伝えて椅子に座った。
「なんだい?証ちゃん」
「おばあちゃん、わたしね、今までお父さんの事ばかり憎んでいた。でも、違うんだよね。
 わたしね、気が付いたの。本当にわたしが嫌いなのは、人を憎んでばかりいる自分だって」
「証ちゃん……」
おばあちゃんは口元を押さえて驚きを隠せずにいる様子だった。
「時間はかかるかもしれない。でもわたしは絶対にお父さんと胸を張って会える人間になるから」
わたしは大きく息を吸い込んで。
「お願いします!わたしに付き合って下さい!!」
と、深く頭を下げた。
「証ちゃん」
おばあちゃんに名前を呼ばれてわたしは頭を上げた。
やっぱり駄目?
そう思っていたわたしの心が大きく揺れた一言をおばあちゃんは言った。
「証ちゃん、もちろんいいよ!ずっとあたしが見守っていてあげる」
「おばあちゃん……」
その言葉に、わたしは笑顔でおばあちゃんの胸に飛び込んだ。

9:桜織:2015/04/23(木) 21:30

その後、わたしは美沙希と出会ったあの場所に向かっていた。
自転車を止め、柵ぎりぎりまで歩くと、空を見上げた。
「美沙希……」
その名前を口に出すと、涙が出そうになる。
「美沙希……ありがとう!」
何度言っても足りないくらい、美沙希には感謝してるよ。
だからね、もう逃げない、負けない。
わたしが心に決めた、この言葉―。
絶対に守るからね。
それに、美沙希にもまた会える気がするんだ。
大嫌いなこの世界で―。





                   END


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