練習

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1:あ◆EQ:2016/05/02(月) 17:46

ぽつんと

2:あ◆EQ:2016/05/02(月) 18:42


閉じきった雨戸から一筋の光が差し込む。僕は今、春特有のやわらかく柔和な空気に包まれ、部屋の埃がキラキラとそれに照らされる様子を眺めている。
「君が好きだ」その想いに気付いたのはほんの、2日前のことだ。けして口に出したわけではない。自分の中で綴られた消して長くはない、まっすぐに愛を囁くその一文は、不思議と自分の胸に染み込んだ。違和感なんてとんでもない。内側からじんわりと暖かくなってなんとも心地が良いものだ。少なくとも「埃を見つめているだけの時間」よりはよっぽど。

「君は歩くのが速いよ。そんなに忙しなくして何に追われてるんだい?」
彼女の後を必死で追ってヘトヘトになった僕はよくそう、皮肉交じりの問いを投げかけていた。
すると、いつも5歩。5歩先で振り返るんだ。
「あなたがいつも遅いのよ」
同じ笑顔で、同じ声で、同じ仕草で決まってそう返す。その瞬間の彼女の微笑みは、春夏秋冬いつでも輝いていて。
春は花より美しく。夏は高い空の青より澄み渡り。冬はその寒ささえ忘れてしまうほどに見るもの全てを虜にし、秋の夕暮れを背景に彼女の笑顔を見たときは、それはもう非現実的な光景で。僕は仏教を信じるようになった。神様はいたんだってね。その笑顔は、僕が知りうるもののなかで一番美しいものだった。

今の僕を彼女が見たら「ほら、あなたの方が遅いでしょ。だらだらしちゃって。また置いていっちゃうかも」と言うだろう。そして僕が君の笑顔に弱いことを重々承知しながらまた口角をあげる。その光景を思い浮かべるだけでも心の底から暖かくなるのだから、今更好意に気付くなんて、と自分に少し呆れる。やっぱり遅いなぁ、僕は。

あの日を最後に会っていない。彼女と会うことを骨の髄から拒絶していた。が、今はなんとか、彼女の前に立てるくらいにはなっただろう。雨戸を開けると、昼間だということもあってか人々がせわしなく行き来し、静止の文字を知らないその風景を太陽が見つめている。雲ひとつ見当たりもしない晴天だ。
花を買いに行こう。君の墓に供えるための。彼女はいつも青のものばかり好んでいたが、暖色のほうがよっぽど似合うんだ。申し訳ないけど、これは僕のセンスで選ばせてもらうよ。譲れないんだ。
そして、君に伝えるんだ。
「君が好きなんだってついこの前気付いたよ。……また、いつものように、遅いって。叱ってくれるかい?」
あぁ、僕は彼女の前で泣かずにいられるだろうか。


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