Ibの二次創作SS

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1:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:00 ID:Qsc

どうも、こんばんは、Kです。

Ibというゲームにハマりすぎて小説を書いてみました。
コメント、アドバイス大歓迎。
…誰も見ないかもですが。

2:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:01 ID:Qsc

昼下がりの灰色の空の下…

9歳の女の子イヴとその両親は美術館へと
向かっていた。

「忘れ物ないわよね?イヴ」
声の主は、イヴの同級生の間でも『キレイなお母さん』と
評判の母親だ。

「そうだ、ハンカチは持ってきた?
ほら、誕生日にあげたやつ」
その母親も今日は特に服装に気合をいれている。
お気に入りのファーが付いた赤いバーバリーのコートだ。

「ちゃんとポケットに入れておくのよ?
なくさないようにね」

イヴは「はーい」、と返事をして
誕生日プレゼントで貰ってから大事にしてきた、
レースのハンカチをスカートのポケットに入れた。
母親の半ば強引なプッシュで決まった今日の
美術館行きだが、かくいうイヴも今日の
『ワイズ・ゲルテナ展』はちょっぴり楽しみにしていた。
初めて行く美術館。
社会科見学に似た気持ちだった。
今日は買って貰ったばかりの白いブラウスに
赤いネクタイを着けてきた。
ブラウスの生地は肌触りが良く、動きやすくて
早速イヴのお気に入りとなっていた。

3:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:02 ID:Qsc


「さあ、入り口はこっちだよ」
やや低い、男性の声はイヴのお父さんだ。
お父さんはいつも仕事に行くのと変わらないスーツ姿だ。
……いや、よく見るともう少し上質な生地なもののようだ。
先日買ったというアル……なんとかのものだろうか。

美術館の手押しのガラス扉を開けると、
空調の効いた心地よい空気が一家を迎えた。

『ようこそゲルテナ展へ
本日のご来場誠に有難うございます。
当館では現在【ワイズ・ゲルテナ展】を開催しております。
ゲルテナ氏が生前描いた怪しくも美しい絵画たちを
どうか心行くまでお楽しみくださいませ』

入り口のイーゼルに入ったポスターには、
来場者向けの挨拶がゲルテナの作品群を背景に書かれていた。

「絵画だけじゃなく、彫刻なんかもあるから、
きっとイヴでも楽しめると思うわ」
いつになくウキウキした表情のお母さんが
イヴに話しかけてきた。
というよりも、自分自身が楽しみで仕様がないのだろう。

そんな折に、ソレは、聞こえた。

4:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:02 ID:Qsc




──イヴ。


「……?」
声が、聞こえた気がした。




──イヴ。
───こっちにおいで。


「イヴ?」
父親の低く、しかし優しい声で
現実に戻された。
「まず、受付してしまおうか」
「そうね、パンフレットも」
受付に向かった二人により添い、イヴも続いた。
 



──イヴ。
───みんな待ってるよ。

また、あの声だ。
柔らかい、男の子とも女の子ともつかないような甘い声。

「……お母さん」
受付で話し込む母親に話しかける。
声のする方へ、行ってみたい。

「なぁに、イヴ?……先に行きたいの?
しょうがないわね…」
母親の、イヴと同じ赤い瞳が照明の光を受けて、
物憂げな表情を映し出す。

「いい?他の人に迷惑を掛けないようにね。
…あなたなら心配ないと思うけど」

母親の言葉に頷きだけを返すと、
イヴは美術館の奥へと向かった。

ロビーから続く大広間には、
テレビのCMでも放送されていた、
ゲルテナの代表作が鎮座していた。
鎮座している、というよりも、むしろ
‘ソレ’は大きく口を開けて人々を
飲み込もうとしている、という表現のほうが
しっくりくる。
柵で囲いをし、そこに出来た空間には
真っ青で濃紺な海の底と、巨大生物が床一面に描かれていた。
まるでその空間だけが深い海の底のようだ。
眺める人々を全て丸呑みにせんばかりに、
学校の教室半分が丸々収まりそうな、人面アンコウとも、
未知の生物ともいえそうなものが、
大きく口を開けている。


ゲルテナ展を見に来た人々が
真っ先に足を止めて見入っているのも
納得できるインパクトだ。

5:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:03 ID:Qsc

すぐ正面に作品の題名が記されている。

『深海の?』

「えーと、深海の…なんて読むんだっけ…」

つい最近、学校で習った漢字だったものの、
簡単な一文字がこんな時に限って思い出せない。


「…こんなの実際にいたら
ちびっちゃいそうだ…」
イヴよりちょっと年上の、
中学生くらいの男の子の呟きが聞こえてきた。

でも。
声はここからではない気がした。

巨大オブジェから離れ、右手奥へと向かう。

照明が一段と暗くなっている。
赤い巨大な紅い薔薇のオブジェが、
鮮血のような色合いでイヴを
出迎えた。

『精神の??化』
題名があるものの、やっぱり読めない。

薔薇の花弁が二枚ほど散っているところまで、
生きた花のようだった。
散った花びらは、光の加減か、ゲルテナの意匠によるものか、
生命の輝きを失っているように思えた。


その奥まで見てまわる。
芸の細かな彫刻の数々に
思わず溜め息が漏れる人々。
感嘆の声を上げる人、様々だ。

6:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:04 ID:Qsc

一周してまたあの、深海の作品まで戻ってきた。
先ほどは気づかなかったが、
二階へと続く階段が大広間横から伸びていた。

両親は、まだ入り口横の一枚絵を眺めていた。
あの分ではイヴに追いついてくることは無さそうだ。


絨毯が敷き詰められた階段がイヴの足音を吸収する。


 階段を上り切ると、今度は額縁に入った絵画が
ズラリと並んでいた。

『せきをする男』
『黒い姿の君』
『個性なき番人』

一枚一枚眺めていくと、その横の絵画をジッと眺めたまま
動かない、スラリとした長身の男の人がいた。
そういうファッションなのか、単に着古しているのか、
彼の着たコートの先が所々目に見えて綻びている。

『吊るされた男』

並んだ絵画から離れると、
今度は人の形をしたオブジェが三体並んでいた。
いかにも成人女性のマネキン人形だと
思ったが、その肌の色は黒く、そして一様に首が無かった。
三体が三体とも華やかな衣装を纏っていた。

『無個性』

三人の【女性】達は、皆同じようなポーズをとっていた。

さらに奥には、
『指定席』
『悟り』
『テーブルに置かれた??』




…随分奥まで来た。
ここまで来ている人は少ないのだろうか、
巨大な一枚絵の前までイヴが来た時には、
周りに人は誰もいなかった。

さっき一階でみた深海の絵よりもさらに大きいであろうか、
教室丸々一つ分収まりそうな巨大な絵が壁に掛けられていた。
こんな大きいと、額縁も用意するのが大変だっただろうな、と
イヴは思った。

『???の世界』
漢字が難しくてやっぱり読めなかったが、
その絵だけは明らかに他と雰囲気が違った。
今まで見てきた絵画は緻密に計算されていたり、
まだは教科書で見たような抽象的なもので
あったりしたが、この絵は一見すると
子供がクレヨンで殴り描いたもののようで、
それでいて尚、破綻せずにその世界観を表現していた。
ゲルテナという作家が住んでいた家の景色であろうか、
それとも…。

…チカ。
…チカチカ。

───急に違和感を覚えた。

7:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:05 ID:Qsc

「……?」

不意に、薄暗い照明がさらに暗くなった気がした。
静かな空間が、さらに静かに。
空気が少し冷える気もする。

どことない、拭えない違和感。
怖くなったイヴはその絵から一歩後ずさると、
逃げるようにそそくさと立ち去ろうとした。

不意に、床に青い絵の具の文字が浮かび上がっていることに
気付いた。

『こっちにおいで』

その場を離れ歩いていくと、やがて一周してさっき上ってきた
階段が遠くに見えた。

先程と変わらない景色だが、胸の中に渦巻く違和感は消えない。
こんなにこの美術館は閑散としていただろうか。
思えば大分戻ってきたにも関わらず、
誰の姿も見えない。
暖かだった空調も、今はその流れを止めているようだ。
ふと床に目を落とすと、ドロリ、とした液体が溜まっていた。
真っ赤なそれは鮮血かと思いきや、大量の絵の具だった。
床に水溜まりとなっていたそれは、
赤い絨毯に滲んで、さらにどす黒い色合いへと変色をしている。

………。

やはり、誰もいない。
その折り、視線を感じて立ち止まった。
イヴが振り向いた先にあったのは一枚の絵画だった。

『赤い服の女』

題名の通り、赤い服を着た女が絵画の中に佇んでいる。
抽象的な作品が多いゲルテナの作品群で、
この絵はかなり写実的に描かれている。
目鼻立ちが整っており、輪郭、髪の一本一本までが
生き生きとしている。
現実にいたら相当の美人であろう。

「……!!」

絵の中の女が、──絶対に気のせいではない──
ニヤリとした笑みを浮かべ、イヴを見つめた。
誰の目にも明らかな、不吉な笑顔だった。

8:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:06 ID:Qsc

イヴは走り出していた。
ここにいては、いけない。
幼な心にも直感的に感じていた。
早く、お父さんとお母さんのところに戻って、ここから出よう。

階段まで辿り着く。

その刹那。
──バンバンバァン!

階段の傍の窓ガラスを大きく叩く音に、
思わずイヴは足を止めた。
否、止めて、しまった。
窓ガラスの方を向くと外にいた人影が
ゴツ、ゴツ、と大きい靴音を
立てて立ち去っていくのが見えた。


……ここは二階で、外は何もない筈だ。
……人影なんかあるわけはない。
……もう、振り向いては、いけない。

そう決めたイヴはパニックになりそうな恐怖心を
必死に押し殺し、
階段を真っ直ぐに降り、大広間へと出た。

しかし。

来場者が沢山いた筈の広間の絵にも、
エントランスにも、受付の係員でさえも、
誰の姿も無かった。
静寂が、美術館を支配している。

勿論、イヴの両親の姿もどこにもいない。
ここに来た時には好ましかった静寂の加減が、
今はとてつもなく恐ろしい事の前兆のように感じた。

はた、とイヴは歩みを止めた。

9:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:07 ID:Qsc

もしかしたら。
何かの事故があって、みんな先に外に出たのかもしれない。
そしてその館内放送を、自分だけが聞き逃した。
学校で行われる防災訓練をふと思い出したイヴは
外へ出る扉へと歩みの向きを変えた。
というよりも、外へ出たいという願望が多分に含まれていたのかも
しれない。

受付を真っ直ぐ素通りし、
外界へと繋がるガラス扉へ手を掛けた…が。

……おかしい。

来たときには半透明で、日光だけを遮り、外の様子も
うっすらと伺えた筈のそのガラス扉のその向こうには、
真っ暗な闇が広がっているばかりだった。
新月の闇夜の森の中のように。

ガチャガチャ。

鍵が掛かっているのか、開かない。
その横にも人一人なら出られそうな窓があった。
窓の取手に手を掛ける。

ガチャガチャ。

「………」

こちらは明らかに鍵が開いているのに、開かない。

ドロリ。

窓からまたあの、血のような絵の具が垂れてきて、
思わずイヴは後ずさった。

10:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:08 ID:Qsc

大の大人でも、
未知の事象には恐れと不安を抱く。
幼いイヴには尚更のことであった。

波立つその幼い心に、甘い誘惑の声がした。
この美術館に立ち入った時に聞こえた、あの声だ。

──“こっちにおいでよ。”
──“イヴ。”
──“おいで。”
──“みんなが君を待ってる。”
──“君だけにヒミツの場所教えてあげる。”

今度はハッキリと声の方角がわかった。
大広間のほうだ。
今は誰でもいい、誰かに救いの手を差し伸べてほしかった。


向かった先の、大広間に先程と変わった様子は見られなかった。
あの巨大アンコウが、変わらずイヴを見つめている。

よく見ると囲いの柵の一部が無くなり、
代わりに絵の中の海へと続くように
ポツポツ、と水滴……よく見るとこれも絵の具だ……が、
床に滴っている。

──“怖がらずに、おいで。”

声は変わらずここからする。
イヴが開けた柵の、その前に立つ。

──“さあ、踏み出して。”

一歩を踏み出す。
絵の具の水溜まりを踏んづけた感触があった。

──“もう一歩…。”

さらにもう一歩を踏み出す。
柵のラインを越え、これ以上はあの深海の絵の真上だ。

──“さあ、最後の一歩!”

イヴは目をギュっとつぶった。
ゲルテナの絵を踏んづけた、ということがお母さんに知られたら、
どんなに怒られるか想像に難くない。
でも。

イヴの一歩が深海の世界へと歩みを進めた。

11:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:09 ID:Qsc

──その瞬間。

バシャン、という音と共にイヴの姿は絵画の中に引きこまれた。
学校のプールの授業の時に、足を踏み外してプールの中に
落ちた時の事を思い出していた。

「……ッ!……ッ!?」

イヴの悲鳴は声にならない。
水の中に引きこまれ、ガボガボと泡が口から出ていくばかりだ。
ギュっと瞑っていた目を開けると、そこは…。

「…え?」

素っ頓狂な声を上げてしまった。

たった今溺れていた筈の自分は、二本の脚でしっかりと立っていた。
足元には深海の濃紺の代わりに、赤い絨毯の床が広がっていた。
辺りを見渡す。
見覚えのない場所だった。
仄かに青みを帯びた壁に窓はなかった。
真っ暗ではないが、決して明るくもない。

人気のない美術館には相変わらず静寂が支配している。

壁に二つの絵が掛けられている。
陸と孤島を描いたものだろうか。
向かって右手の絵は青い水面。
左手の絵は吹き出すマグマを彷彿とさせる赤い水面だった。

どちらも反転させただけで同じ構図の絵画だが、
色合いが違うだけで受ける印象は全く異なった。
イヴが立っているところから
それぞれ左右に通路が伸びている。
照明が薄暗いせいで、通路の先はよく見えない。

12:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:09 ID:Qsc

「………」

さっきの大広間に戻りたい、と思いもしたが、
二択しかないこの状況では、それも叶うことは無さそうだ。
少し迷った末に右に進むことに決めた。
特別な理由は無かったが、壁に掛けられた右の絵の
青い色は、なんとなく安全な気がしたのだ。

通路を進んでいくうち、青い壁に
うっすらと水色の文字で、
なにか書かれていることに気付いた。









……まるでイヴを更に奥に誘っているかのようだ。

背筋に一抹の薄ら寒さを感じながら、
それでも歩みを続ける。
お父さんと、お母さんが必ずどこかにいると強く信じて。
やがて、通路は行き止まり、左手側に紺色の扉が見えた。
扉のすぐ隣にポツン、と赤い薔薇を活けた花瓶があった。
壁も扉も、床や天井も青一色の中で、その薔薇は
その朱色を更に際立たせていた。
薔薇を、手に取った。
しっくりと手に馴染むようだった。
持っていっていいものか少し迷ったが、
一人ぼっちで心細かったイヴに、
その薔薇はなによりの慰めとなった。

薔薇を手にし、目前にある紺色の扉を開けた。

13:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:11 ID:Qsc

扉の先は、行き場のない、こじんまりとした部屋だった。
正面の壁に一枚の絵が掛けられている。
にっこりと優しそうに微笑む女性の絵だ。
先程の『赤い服の女』よりも、幾らか年上のような印象だ。
しかし、イヴはその絵を見てすぐに
恐ろしい、と感じていた。

女の髪が、額縁からはみ出している。
有り得ない光景だった。

題名の変わりに、謎めいた一文が書かれている。

『そのバラが?ちる時 あなたの命も?ち果てる』

「………」
無言のまま俯くと、足元に小さな
鍵が落ちているのを見つけた。
青い、小さな綺麗な鍵だ。

鍵を手にし、今一度部屋の中を見渡してから
元来た道を戻ろうと、した。

ぎろり。

笑顔を浮かべていた絵の女が、
イヴを真っ直ぐに見つめていた。
「───!」
扉に向かって一目散に走り、
部屋から飛び出す。

壁の様子は様変わりし、赤い絵の具でこう書かれていた。









イヴが手にした薔薇のことだろうか、それとも
今しがた拾った鍵のことであるのか判別出来なかった。
少なくとも疑問を尋ねてみるべき人影は辺りに存在しなかった。
ただ、何者かがジッとこちらを監視しているような気配があった。
慎重に周囲を見渡しながら元来た道を戻っていると、
イヴの目前で突然文字が浮かび上がった。




14:K ◆wgKU:2013/06/13(木) 20:14 ID:Qsc

>>1に色々書き忘れてました。

・イヴちゃんは原作を尊重しての無口キャラです。
・原作ゲームとは意図的に改変してある個所があります。
・ライトノベル風にしようと思っていたのに、なぜかホラーに。なぜだ。
・あとイヴちゃんが可愛く表現できない。なぜだ。

それではまた更新します〜。

15:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:15 ID:Qsc

ちょっとだけ進んだので、更新します。

16:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:17 ID:Qsc


いよいよ薄気味の悪くなったイヴは、その通路を走り抜けた。
さっきの壁の絵から、もう片方の分岐へと進む。
奥まで進むと、文字が浮かんできた時のような気配はもう消えていた。
通路の奥には青い扉があるだけだった。
ドアノブに手を掛け、開けようとすると鍵が掛かっていた。
拾った鍵を試しに回してみると、カチャリとなんの抵抗もなく扉は開いた。

扉の開いた先は一転して緑を基調とした明るい通路だった。
正面奥へ続く通路と、右へ折れて続く通路と分岐している。
右へ続く通路には昆虫の絵がずらりと並んでいる。
絵から目線を外し、まずは正面通路へと向かおうとした時だった。

“ねぇねぇ”

足元から声が聞こえた。
随分「蚊」の鳴くような声だ。
自身の赤い靴の辺りに目をやる。

………?

特に何もない。
気のせいだろうかと、歩みを進めようとした。

“まったーー!!しんじゃう しんじゃう!”

小さな悲鳴を聞いて、歩みを止める。
よくよく、目を床に近づけてみると、アリがイヴに向かって真っすぐに
視線を向けている。
ただのアリだと思ったが、ただのアリが話す訳がないと、イヴはしばし考えて思いあたった。

“ほかのれんちゅうの え もいいけど ぼくの え もみてほしいなー”

この目の前にいるアリを描いた絵がある、ということだろうか。
通路に並んでいる絵をざっと見る限り、アリの絵は見当たらない。

“ぼくの え よく かけてるけど ちょっと とおいところにある”

17:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:17 ID:Qsc

遠いところ……、通路の奥だろうか。
少し考えて、扉から正面に伸びる通路に進んでみることにした。
通路の柱に注意書きなのか、それとも落書きなのか、
奇妙な一文書きがしてあった。

『はしに ちゅうい』

なんのことだろうか、とイヴが考えながらも、通路の奥へ進もうとした時であった。

───バキィッ!!

壁から得体のしれない、唯真っ黒な人間の『腕』が壁紙を突き破り、飛び出してきた。
イヴが驚く間すら与えず、その『腕』は彼女が持つ薔薇の花びらを引き千切る。

「───痛ッ!!」

薔薇の花びらが一枚、無残に散るとイヴの体に激痛が走った。
痛みが全身を巡り、立ち眩みに足元がよろける。
よろけながらも、壁の方へ近づかないように距離をとった。
と、もう片方の壁からも黒い腕が伸びる。
慌てながらも、今度は寸前のところで回避することが出来た。

『そのバラが?ちる時 あなたの命も?ち果てる』

さっきの女の絵に書かれていた一文を思い出した。
漢字の読み方がわからないものがあったが、決して良い意味ではないことは薄々わかっていたが、今のことでハッキリと意味がわかった。
薔薇の花を落とさないよう、イヴはギュッと握りしめた。

通路のごく中心ならば、ギリギリ腕の射程圏外のようだった。
進んでいこうとするとまた別の腕がイヴ目掛けて伸びてくる。
壁紙が引き裂かれる音に恐怖しながら、イヴは通路の奥を目指した。

通路はやがて右に折れると扉と一枚の絵を残して行き止まりとなった。
扉は鍵が掛かっているようで、閉ざされていた。
先程の青い扉と同じく、ドアノブに小さな鍵穴が開いている。

18:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:18 ID:Qsc


扉の横には───さっきのアリも言っていた───アリの絵が掛けてあった。

「───?」

アリの絵が壁から僅かに傾いていた。
額縁に手を伸ばすと、絵は簡単に壁から外れた。
この絵を入れている額縁は随分丈夫なものが使われているのか、イヴの腕にズシリと重さがのしかかる。
この絵をどうすれば良いのかは皆目見当がつかなかったが、差し当たり、さっきのアリの元へ持っていくことにした。

“あ ぼくの え だ”

イヴがアリの元へ戻ると、アリの甲高い声がさらにワントーン上がった。

“やっぱり ぼく かっこいい うっとり”

ナルシスト、というものだろうかとイヴは内心思っていた。
只、アリがこの、イヴの両手でやっと持てるサイズの絵をどうにか出来るとは到底思えなかった。
“彼”が絵を見やすいように壁にそっと立て掛けると、右手奥の通路に進んでみることにした。
“彼”こと、アリは絵にジッと見入っていた。

通路を進んでいくと昆虫の孵化の様子が描かれた絵がズラリと並び、その奥に扉があった。
扉をあけると小部屋となっており、すぐ向かいにまた扉が見えた。
ただ、その扉を開けるのは容易では無かった。
扉の正面の床が、大きく口を開けていた。
飛び越えようか、とも思ったが、その穴の底の深さに足がすくんだ。
何か足場になるような、板があればと考えたところで、さっきの絵に考えが至った。
額縁は随分頑丈そうだった。
イヴは一旦踵を返し、さっきのアリの絵を取りに戻った。

19:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:19 ID:Qsc

“もっていくの? もっと みていたいのに”

「ごめんね、少し借りるだけだから」

アリの述べた不満にイヴは詫びながら、絵の入った額縁を穴のあいた部屋へと運んだ。
穴の上に絵を置くと、ちょうどピッタリの橋となった。
イヴは恐る恐る少しだけ足を乗せるが、額縁はイヴの体重くらいなら十分に支えていられそうであった。
ただ、ミシミシという音と共に額縁がしなり、イヴの体を揺らすのはなんとも心細かった。
両足を乗せ、すぐに渡ろうとし、絵の中のアリに一歩を進めた時の事だった。

───ビシャッ!

嫌な音と共に、絵の中のアリが血まみれになった。
この美術館に入ってからというもの、さんざん理解不能の現象が起きてきたが、これはその中でも最も気分が悪いものだった。
イヴは目を一度つぶり、下を見ないようにすると一気に渡りきった。

渡りきって扉を抜けた先は開けた空間になっていた。
部屋の奥に小さく光るものと、その目の前に美術館二階で見た、頭のない黒い女性のマネキン───無個性という題名だった───が立っていた。
近づいていくと光るものは鍵であることに気が付いた。
恐らくは、アリの絵が掛かっていた所の扉の鍵だろう。
鍵を手に取る。
『無個性』の像が目前にあった。
無個性は、イヴの方を向いたまま、ジッと動かない。

───少し、勘繰りすぎかもしれない。

イヴは溜め息をついた。
散々怖い目にあって、もう何が動き出しても不思議ではなかった。
もう一度安心したように溜め息をつくと、イヴは無個性に背を向けた。
元来た道を引き返そうと扉に向かって歩き出す。

ひた。
ひたひた。

20:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:19 ID:Qsc

嫌な気配にイヴが振り返ると、果たしてその嫌なものは現実となっていた。

『無個性』が腕を振り上げ、イヴを羽交い絞めにしようとすぐ背後まで迫ってきていた。

ひたひたひたひたひたひた。

あの像が何で出来ているかは分からなかったが、少なくともイヴよりも随分体重がありそうなことが足音で分かった。
イヴは慌てて部屋から逃げ出し、扉を閉めようとした。
が、『無個性』はその長い手足で閉まろうとしていた扉を抑え、力で無理にこじ開けようとしてくる。
その力は、小柄なイヴではとても抑えていられるものでなかった。
扉を閉めるのを諦め、アリの絵の橋を渡る。
続いて、無個性がバタンと扉を開け、中になだれこんできた。
イヴを追い、アリの絵に足を乗せた。

───バキィッ!

小柄なイヴの体重ならば支えていられたアリの額縁であったが、無個性の体重は無理があったのか、あっという間に額縁は真っ二つとなった。

無個性の像は慌てたように床の崖っぷちに腕を伸ばしたが、時すでに遅かった。
黒い地割れの空間に、二つに分かれた額縁と共に飲み込まれていった。
イヴがそっと地割れを覗くと、やがてガシャーン、という音が聞こえた。
石膏が割れたような音だった。
無個性が割れた音なのか、それとも額縁がさらに割れた音なのか、深淵の闇からは窺い知ることは出来なかった。

鍵を片手に鍵の掛かった扉へとイヴは向かった。

“ぼくの え どうなった”

先程のアリが話しかけてきたが、まさか「真っ二つになって穴の奥に落ちていった」とは言えず、そのまま通り過ぎることにした。
胸の中にまた一つ、気持ちの悪いものを残しながら。

21:K ◆wgKU:2013/06/16(日) 20:20 ID:Qsc

WEBだと改行が微妙にずれたりするので難しいですね。

それではまた更新します。

22:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:42 ID:Qsc

改行の問題はとりあえず>>15から>>20までのように改行少な目でいくことにします。

続きです。

23:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:43 ID:Qsc


扉に鍵を差し込み、回すと音がしてすんなりと開いた。
先は真っ直ぐに伸びる通路となっていた。
ただ、さっきまでは緑を基調とした明るい印象であったが、今度はどこかの倉庫であるかのように、灰色の無機質な壁へと一変していた。
生気のない通路をイヴは進んでいく。

やがて左に逸れる分岐の通路が見えてきた。
この通路はかなり狭い。
イヴが両手を左右に突き出せば壁に手がついてしまう。
加えて天井も低い。
先程開けた扉の高さよりも低いくらいだった。
かなり圧迫感を感じる道だったが、その先に何があるのか、イヴは先を覗いてみることにした。
小道はやがて右に折れ、その先は一枚の絵画を残して行き止まりとなっていた。

絵画の絵は、赤いネクタイに白いブラウスを着、赤い瞳をしたイヴそっくりの少女が、大きな闇に吸い込まれていく様を鮮明に描いていた。

ご丁寧にも、狭く薄暗い通路の中で、絵画にはしっかりスポットライトの照明まで当てている。

不吉な予感をさせるその絵画をあまり見ていたくなくて、イヴはすぐに元来た通路に戻ることにした。

───ガタ、ガタン。

24:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:43 ID:Qsc

「…………?」

こころなしか、さっきよりも通路が狭くなった気がしていた。
押し潰されそうな圧迫感が、秒を追うごと強くなる。

───ガタガタ、ガコン!

イヴが感じた圧迫感は気のせいでは無かった。
壁と天井が、徐々に狭まってきていた。
天井はさらに低くなり、手を少し上に上げれば届く距離まで降りてきていた。
両足の力の限り、床を懸命に蹴り、腕と長めの髪を振り乱しながら出口へと向かう。


───ガタガタ、ゴォン!

もうすぐ出口、というところでさらに通路は一段と狭くなってきた。
天井が頭に当たり、溜らずイヴは腰を屈める。
両の壁もイヴの両肩にピッタリと密着してきていた。
押し潰される、という恐怖を必死で拭い、呼吸を乱しながら出口まで必死に駆け抜ける。
大人であればもう身体は壁と天井に挟まり、身動きがとれなくなっていたであろうが、この時ばかりはイヴの小柄な体が、かえってイヴを助けていた。

イヴが通路からやっとの思いで抜け出ると同時に、ゴォン……という音と共にその通路は壁と同化した。

へなへなと、力が抜けたようにイヴはその場にしゃがみこんだ。
荒くなった息を整えようとするが、イヴの小さな肩は、なかなか上下の動きを止めることが無かった。
息が荒いのは、全力で走ったということばかりでは無かった。

イヴの涙腺にジワリと涙が浮かぶ。

常軌を逸した現象の数々。
誰一人助けてくれる人のない状況。

そういった異常なものが、目前で繰り広げられる現実が、幼い心を容赦なく潰そうとする。

そもそも今の壁と天井が、イヴを押し潰そうとしたのは、果たして現実だったのか。
それとも心の具現化であったのか。

イヴの目の前には小さな小道など最初から無かったかのように、灰色の壁が無言で佇んでいた。

つと、なんとはなしに周りを見渡した。
イヴの左手には入ってきた扉が見え、右手には奥に通路が続いていた。
通路の奥はなんとなくだが、広けた空間のようにも見える。
少なくとも薄暗いこの通路よりは明かりがありそうだった。

零れてきた涙を拭き、イヴはまた立ち上がった。
必ずどこかに出口があり、両親がいると、固く自分に言い聞かせ足を進めた。

25:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:44 ID:Qsc


イヴが思った通り、通路の先は広い空間だった。
床も壁も黄色に薄く緑色を混ぜたような色合いで、さっきの通路よりはどことなく明るい雰囲気だ。
左右正面の三方向にそれぞれ道が伸びている。
左側はすぐに行き止まっており、
見るからに怪しげな人面の絵画が一枚、
───よく見ると舌を出して唇の辺りを舌なめずりしている───
そしてさらに奥にはイーゼルに入った白い紙が一枚と、
その横にメモ帳とボールペンが置いてあるのが見えた。
白い紙に何も書かれていないように見えたが、よく見ると紙の中央に小さく赤い文字で『9』とあった。

「これ、もらっていこうかな…」

わざとらしく脇にメモ帳とボールペンが置いてあることが引っ掛かり、イヴは誰とはなしに呟いて、
メモ帳に数字を記録してそれを持っていくことにした。

先程の扉の前に戻り、今度は正面の道を進んでみることにした。
通路に入る手前の壁にまた一文書きがあった。

『忘れたころに……』

目前の通路にイヴは目をやった。
通路はこの注意書きを皮切りにするように、少し狭まっている。
壁と通路中央との隙間は、丁度腕一本分というところだろう。

用心して通路の中央を歩くようにしていると、案の定、壁から黒い腕が壁紙を突き破ってイヴに伸びてきた。
あと僅かのところでイヴには届かず、腕は宙を切った。
壁紙を突き破る音には未だ慣れないが、どんなに怖くても立ち止まっていては何もならない。

26:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:45 ID:Qsc

やがて通路はまた左右二つに分岐していた。
右手には、怪しげな人形が無数に天井からぶら下がっているのが見えた。
人形達はどれも一様に足首を括られ、逆さに吊られている。
その光景に、あまり近づきたくはなかったイヴは左手に向かうことにした。
左手側には扉があった。
扉の横には絵の具の殴り書きのような字でこう書いてあった。

『ウソつきたちの部屋』

ドアをそっと開けると、六人の子供たちの絵が掛けてあり、その中央にはまた次の部屋に進むドアが見えた。
子供たちはそれぞれ左から緑、茶、黄、ドアを挟んで青、白、赤の服をそれぞれ着て、幸せそうな笑顔でこちらを見ている。
子供たちの絵の下に絵の具の文字が書いてある。
イヴは順を追ってみていくことにした。

まずは緑の服を着た男の子だ。
「石像の正面に立って左に3歩 次に左へ1歩 そこが正解」

続いて茶の服を着た、中性的な顔をした子だ。
この子は性別が、男の子なのか女の子なのか判別が出来ない。
「石像の正面に立って右に4歩 次に左へ2歩 そこが正解」

次は黄色の長袖を着た男の子だ。
「白い服が言っていることは本当だよ!」

扉を飛ばして、次の青い袖なしの服を着た男の子へと向かう。
「本当のことを言っているのは緑だけだよ」

その隣は白いワンピースを着た女の子だ。
「石像の正面に立って左に2歩 次に左へ2歩 そこが正解」

最後に赤い服を着た女の子。
「黄の服に同意!」

左に1歩だのという内容については考えないことにして、この中の誰かが恐らく本当の事を言っているのだろうと、イヴは推察した。
前にお父さんと見たテレビの番組で、似た内容のなぞなぞを考えたことを思い出した。
その時お父さんはスッと問題を解いてしまって、イヴはお父さんって凄いと素直に感動したものだった。
何度も絵の前を往復し、イヴはジッと考え込む。

───よくわからない……。

しばらく考えたイヴだったが、理解できないまま時間だけが過ぎていく。
あの時、お父さんはどうやって解いたのだろう、と思いを巡らせる。

あの時、お父さんはこんなことを言っていた。

『イヴ、こういうのはあまり深く考えないことだよ』

イヴ程ではないにせよ、寡黙な父はそれ以上のことは言っていなかった。
どうしようか、と考えあぐねたイヴはメモ帳にそれぞれのセリフを書き込んで整頓してみることにした。
今度は部屋の右から順に、赤い服の子の言い分から書いていってみる。

27:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:46 ID:Qsc


順番に書き込んでいき、改めて全ての文章に目を通していくと、あることに気付いた。
茶色の服の言い分については誰の言及もない。

───ということは茶色のこの子の言い分が、きっとそうだ。

イヴはちょっとスッキリした気分になった。
まだ正解であるかどうかはわからないが、次の部屋へと進んでみることにした。
次の部屋は石像が一体立っているだけだった。
石像の周り、というよりも部屋の床全体に正四角形のタイルをキッチリ敷き詰めて作られていた。
絵の子供たちが言っていた石像というのは間違いなくこの像のことだろう。
石像の正面に立ち、茶色の子が言っていたように右に4歩、次に左へ2歩進んで見た。
床をよく見ると、丁度そこの床のタイルがぐらついている。
タイルを起こしてみると、タイルの裏に紫で「4」と書いてあった。
どうやらさっきの子供たちの絵のなぞなぞは茶色の子で正解だったようだ。
推論が的を得ていたようで、イヴはちょっとだけ嬉しくなった。

石像の部屋を出て、そのまま真っ直ぐ子供たちの部屋からも出ようとした。
一瞬だけ振り返って、イヴはその光景に驚いた。

茶色の子の絵が無残に切り裂かれ、赤くべっとりとした絵の具が鮮血のように滴っていた。
他の子たちは先程と変わらない───手にそれぞれさっきまで無かったナイフを握りしめていることを除けば───笑顔を浮かべている。

もう、振り向かないことにして一目散にイヴは部屋を出た。

28:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:47 ID:Qsc

先程のあまり進みたくなかった、逆さ吊りにされた人形達の通路を進む。
途中で一体の人形の紐が切れ、ドサリと人形が床に落ちた。
人形の腕と足と首があらぬ方向を向いている。
まるで───飛び降り自殺のようだと思いかけて、慌ててイヴは首を振った。
人形には小さく緑の字で「18」の文字が縫い付けられていた。
この数字がいつまで、幾つあるのかはわからないが、それも一応メモして通路の奥に進むと、その疑問はすぐに解けた。

鍵の掛かった扉と暗証番号を入れるようなキーがあり、その上に小さく暗号が書かれている。

『緑×赤+紫=???』

なんだか学校のテストみたいだと思いながら、メモ帳に記録してきた数字を計算して答えを出し、数字を入力した。
正解は「166」だ。

カチャン、と音がして扉が開いた。
部屋の中には木がいくつも茂っており、その中の一本に、ひときわ色艶のよいリンゴが実っている。
イヴがリンゴを手にとるとふわりと良い香りがした。
ちょっとおなかも空いてきていたイヴは一齧りしたくなったが、ひとまずそれを手に持ち、部屋を後にした。
元来た道を戻り、三叉路の残る最後の一つ、右の通路を進む。
すぐに通路は行き止まりとなった。
壁を見るとこれもまた異様なものがイヴを待っていた。

人の「口」が、壁に埋まっている。
顔の輪郭も目も鼻もなく、分厚いタラコ唇だけがさも当然かのようにそこにあり、しかもそれはイヴの頭がまるまる収まるくらい巨大だった。
口は何かを物欲しそうにパクパクとしきりに唇を動かしている。

“おまえ”

突然話しかけられて、イヴは思わず短く悲鳴を上げた。
目がないのにどうやって見ているのだろうか。

“おれ はら へった くいもの よこせ”

おもむろに「口」が話しかけてくる。

29:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:47 ID:Qsc


“その りんご で いい”

目も鼻もないのに、一体なぜリンゴの存在に気付いたのかはさっぱり分からないが、イヴはおずおずとリンゴを差し出した。
ぱっくりと開いた特大サイズの口にリンゴをそのまま入れる。
口はリンゴを遠慮なくしゃくしゃくと齧る。

“これ うまい”

リンゴの皮も芯もおかまいなくまるごと飲み込んだ。

“おまえ きにいった ここ とおす”

口はそう言うなり、さらに大きく口を開いた。
開いた面積はイヴの背丈ほどにもなり、かなり気持ちが悪い。

“おれのなか とおって いけ”

口の中は薄暗くて先がよく見えないが、うっすらと次の廊下らしきものが見える。
そのままバクンと飲み込まれそうでかなり抵抗があったが、意を決してイヴは口の中へ進んだ。

30:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:48 ID:Qsc


大きく開けた口の中を潜ると、すぐ目前に巨大な絵画がズラリと並んでいた。
並んだ絵画はいずれも斬頭台(ギロチン)を描いたものだった。
通路を進んでいくにつれ、ギロチンの巨大な刃が少しずつ上に上がっている。
やがて最後の絵画に着くと、巨大な刃は完全に絵から上に行っていて刃が描かれていない。
ふと、イヴは上を見上げた。
この通路の天井は果てが見えないほど高く、頭上には暗闇が広がっていた。
これは、と予感がしたイヴが注意しながらゆっくり一歩を踏み出すと同時に、頭上の暗闇から巨大な刃が降ってきた。

───ドォォォンッ!

足元がグラグラと揺れるほどの振動が、空気と耳の鼓膜をビリビリと痺れさせる。
巨大な刃は目の前の床に大きなひび割れを作ると、ゆっくりとまた頭上へと上がっていった。
用心していたおかげであやうく一難を逃れたイヴは、
また巨大な刃が降ってくる前に、目前に続いていた下り階段へそそくさと足を進めた。


階段を降りると、今度はまた美術館らしい作りの部屋、───というよりも広間───に出た。

左右に二対、左に青い女性の像、右に赤い女性の像が向い合せに立っている。

右の赤い像は『あ』
左の青い像は『うん』

と題名が付けられていた。
左右をじっくり眺めてしばしイヴは考えたが、よく意味はわからなかった。

部屋の奥にも絵画が並んでいた。

『タバコを吸う??』
『心の音』

とある。
広間の左から順に眺めていくと、中央には赤い色をした扉があった。
今までの扉と同じくやはり鍵が掛かっていた。
一旦扉から離れ、広間の右側の絵も順に見ていくことにした。

31:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:49 ID:Qsc


次に掛かっていたのは、

『心の傷』

という絵であった。
気のせいか、絵から何か得体のしれないものが
飛び出しているように見えたが、イヴは意識して気にしないことにした。

広間の一番奥に掛かっていたのは、見覚えのある絵だった。

『赤い服の女』

美術館二階で見たあの絵だ。
こうして少し落ち着いて眺めると、本当に綺麗な人だと思った。
暫く鑑賞した後、イヴが踵を返すと同時の事だった。

───ガタッ!

背後で突然、女の絵が床に落ちた。

ぞるり。

うつ伏せになった絵の額縁から、二本の赤い服の裾と白い手の甲が伸びてきたかと思うと、ググッと絵を持ち上げた。

“……ねぇ……”

目の合った赤い服の女の顔は、殺意をありありと浮かべていた。
イヴと同じ、ガーネットの宝石のように紅く光る美しい瞳でありながら、
女のねめつけるような視線がイヴに果てのない嫌悪感を感じさせていた。

“その薔薇、こっちに頂戴…!”

赤い服の女が額縁から這い出し、イヴに向かってきた。
思わずイヴは一歩後ずさる。

“……よこせ……”

赤い服の女の歩み、もとい、這いずりは止まらない。
イヴの持つ薔薇の花を変わらず狙っている。

“──よこせぇぇぇッッ!!”

32:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:50 ID:Qsc


女の手がイヴの持つ薔薇の花弁を一枚、引き千切った。
瞬間にイヴの体に電気を流されたような痛みが走る。

「───ッ!!」

頭から爪先に至るまで感じる痺れを懸命に堪えながら、女から逃げようと距離をとる。
ずるり、ずるりと女がイヴの後をついてくる。
女の長い髪が顔を半分隠している。
二本の細腕で地面を這いつくばるその姿は、文字通りの女郎蜘蛛さながらの様相であった。


ジリジリと近づいてくる女に内心怯えながら、イヴが女の様子をよく観察していた。
走って逃げてから一旦後ろを振り返ると、追ってくる女との距離がかなり空いている。

ずるり、ずるり。

女が額縁を引きずりながらイヴとの距離を詰めると、またイヴは走って距離を取った。

何度かそうしているうちに、イヴは気付いた。

───もしかして、この人あんまり早く動けない?

相手は人ならざる存在であることは疑いの余地がないが、腕の力は人並みでしかないようだった。
学校の同じ学年の中でも小柄で、体育の徒競走も決して得意ではないイヴだが、全力で走れば距離を取ることが出来た。
さらに、女が壁から降りた時に落としたのだろうか、赤い鍵が女の背後に落ちている。

そのことに気付いたイヴは、一旦深く空気を吸って息を整えた。
徐々に落ち着きを取り戻すと、行動を開始した。
後ろにあるのは先程見た、巨大な赤い女性の像だ。

33:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:50 ID:Qsc


赤い服の女がイヴを追って、床を這ってくる。
女性の像をわざと一周して時間を稼ぐと、
赤い服の女が壁に掛けられていた元の場所に戻り、鍵を拾いあげる。
イヴの行動の真意に気付いた女が、一段と力強く猛然と迫ってくる。
鍵が落ちていた場所は部屋の一番奥で、いくら相手の動きが遅くても逃げられなくなる危険が十分あった。

女に袋小路にされる前にイヴは先程の鍵が掛かった、赤い扉へと急いだ。
鍵を回すとカチリと音がして扉は開いた。
急いで扉を開けて、中へ滑りこむようにして駆け込んだ。
扉を閉めて内側から抑えつけ、鍵を掛けた。

───ドンドンドン!!

扉を外側から叩く音がする。

───“ちょっと、卑怯よ、ここ開けなさい!”

恐らくドアノブにも手が届かないのだろう、赤い服の女の罵声が扉の外から聞こえてくる。
扉を抑えていると、暫く経った後に諦めたと見えて静かになった。
念のため、扉の前を手近にあった椅子で塞ぐと、改めて部屋の中を見渡した。
この部屋は書庫か何かのようで、本棚がズラリと並んでいる。
ただ、本棚はどれも背が低く、本の内容は絵本が中心のようだ。
絵本を適当な順に眺めていると、そのうちの一つの絵本に目が留まった。

34:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:52 ID:Qsc

現在書きかけのシーンも含めてここまでで2万字越え。
引っ張りすぎかな…。ま、いいか…。

また更新します。

35:K ◆wgKU:2013/06/23(日) 21:58 ID:Qsc

あ、しかも推敲ミス発見…、ま、いいか…。

36:みきみき:2013/06/30(日) 08:51 ID:3oM

Ibさいこぉおおおお!コメントははじめてですがずっとよんでましたw
コレからもがんばってください

37:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:00 ID:Qsc

>>36 ありがとうございます!
ちょっとずつ自分オリジナルのシーンも混ぜてますが、お気に召せば幸いです。


続き投稿します。

38:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:01 ID:Qsc


赤い表紙にタイトルが振ってある。

『うっかりさんとガレッド・デ・ロワ』

ガレッド・デ・ロワは公現節を祝う、フランスの地方で主に食べられるパイ菓子だ。
公現節の日に家族や友人達で切り分けて食べるのだという。
ぱらりとページをめくる。

“お誕生日 おめでとう!”

四人の子供たちがテーブルを囲んでいる。

一番左のピンク色の服の女の子が切り出した。
“今日は あなたのために ガレッド・デ・ロワを 作ったの!”

テーブルの上に大きなパイ生地が乗っていた。

“なにそれ?”

一番右の子がよく分からない、といった顔をしている。
この子が主役の誕生日パーティーのようだ。

“このパイの中に コインが入っていて 食べたパイの中に コインがあったら その人は幸せに なれるのよ!”

ピンクの服の子の説明に、右側の子は満面の笑顔となった。

“おもしろそう!”

“でしょ? じゃあ切り分けるよ”

ピンクの子はそう言うなりナイフを横から取り出すと、危なっかしくパイを切り分けた。
パイはちょっといびつな形で四等分された。

“さあ 好きなの選んで”

切り終わったパイをそれぞれが手に取った。

“いただきまーす”

“もぐもぐ……”

子供たちはパイを美味しそうに口に運んだ。

39:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:01 ID:Qsc


“あ……!”

一番右の子が声を上げた。

“なにか 固いもの…… 飲みこんじゃった!”

“あはは うっかりさーん!”

ピンクの子が笑い、他の子もそれに続く。

“きっとコインだ!”

“どうしよう……”

不安そうに自分のおなかの辺りを見つめる右の子に、ピンクの子があっけらかんと笑う。

“コイン 小さいから 大丈夫よ!”

そう言うなり、ナイフとお皿を持って立ち上がった。

“じゃあ 片づけてくるね!”

ピンクの子がキッチンへと向かうと、この子の母親だろうか、女の人が困った顔で何かをあっちこっち探していた。
ピンクの子が女の人に尋ねた。

“ママ どうしたの?”

ママと呼ばれた女の人は探す手を一旦止めた。

“書斎の鍵を しらない?”

“カギなら いつも そこのテーブルの上に……”

ピンクの子がそう言いながらテーブルを指差したが、テーブルの上にあったのは一枚の小さなコインだった。

40:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:02 ID:Qsc


“……あれ? コインだ……”

鈍く光るコインを眺めながら、ピンクの子は独り呟く。

“このコイン たしか パイの中に入れたはずなのに…… もしかして……”

ピンクの子の呟きは母親には聞こえなかったようで、彼女はキッチンから別の部屋を探しに行った。

“どこ いったのかしら…… お父さんに怒られちゃうわ……”

よもや自分の娘が作ったガレッド・デ・ロワの中に鍵が入ったままとは露知らないままだ。
母親がいなくなってから、ピンクの子の顔色が次第に青くなっていく。

“……どうしよう”

探すもなにも、カギはあの子のお腹の中だ。
切り開かない限り出てくる訳はない。
そう、切り開かない限りは。
そんな風に思っていた矢先、カチャン、と音がした。
ピンクの子がお皿の上に重ねて置いたナイフが滑って床に落ちたのだ。

───そこでピン、とその子は閃いた。
ナイフを手に立ち上がり、鼻歌混じりにさっきの子たちがいる部屋へと戻る。

“わたしってば うっかりしてたわ”

うふふ、と茶目っ気たっぷりに笑いながら、うとうと眠りかけていた子のお腹目掛けて、なんの躊躇もなくナイフを振り下ろした。

子供のお腹が切り裂かれる音と共に、本物の血と見紛う紅い絵の具の飛沫が本から飛び出し、イヴの頬を文字通り赤く染めた。

“カギ見つけたよ! 今 ドア開けるね!”

そう明るく言ったピンクの子の手には、「取りだされた」ばかりの赤いカギが握られていた。

41:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:03 ID:Qsc


読み終わったのと同時に奥の扉からカチリ、と音がした。
恐らく奥の扉が開いたのだろう。
イヴの短い人生で最も後味の悪い絵本であった。
頬に付いた絵の具を手の甲で拭う。
また一つ、現実と絵の中の世界がごっちゃになったような錯覚を覚えながら、思いを振り払うように一度頭を振り先へ進むことにした。

扉の横に何か書かれていた。

『ここの女性達は 皆 花占いが 好き』


イヴが進んだ先はT字の分岐路となっており、分岐点にはなみなみと水が汲まれた花瓶と『永遠の恵み』と題された絵画が展示されている。
絵画には、今真横に置いてある花瓶とそっくりな色と形をした花瓶に、薔薇の花が活けられ、輝きを取り戻すさまが描かれている。
イヴが手にしていた薔薇を見ると、途中でむしられた花びらの分だけ、しおれてきていた。
絵の通りになるのだろうかと、少し緊張しながら、イヴはゆっくり薔薇を花瓶に活けた。
すると薔薇の花はみるみるその紅い色に艶を取り戻し、しおれていた背をスッキリと立てた。
もう一度イヴが薔薇の花を手に取ると、心なしか自分の身体にも力が湧き、疲れも喉の渇きも癒された気がした。

力を取り戻して一息ついたイヴは改めて左右の通路を見渡す。
どちらもすぐ奥に扉が見える。
イヴは向かって左の扉に向かうことにした。

42:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:04 ID:Qsc


────────────────────────
その青年は絨毯敷きの床に突っ伏し、痛みと苦しみに堪えていた。
だが非情にも痛みと苦しみは引くことなく、彼をさらに一層締め上げた。

「───はぁっ、はっ、く、くるしい……!!」

口から僅かな量だが吐血する。
赤い血が床にポツポツと歪な円を描いていく。

「───グフッ……!」

全身から脂汗が吹き出す。
汗は出るくせに身体の熱は冷めきり、血流が少しずつ動きを止めていくようだった。
苦しみから逃れようとするが、今や彼の自由は手の指で床を引っ掻くことが出来るのみだ。

思えばあの、青い薔薇をあの女に、恐ろしさの余りすんなり投げ渡してこちらの部屋に逃げてきたのが間違いであったと、彼が後悔した時には既に遅かった。

女は嬉々として薔薇を手にどこかに去ったが、ほんの少しの後に彼の身体を襲ったのは引き千切られるような激痛だった。

『あなたとバラは 一心同体 命の重さ 知るがいい』

薔薇を手にした横にそんな注意書きのようなものがあったが、その重みはまさに彼自身に降りかかっていた。

「……だ、だれか…、たすけ、て……」

彼が弱々しく誰かに助けを求めようとして、その意識を手放そうとした矢先、膝を曲げてこちらを覗きこんできたその子の紅い瞳の視線が、彼の目と合った。

────────────────────────

43:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:04 ID:Qsc


イヴはその動きが少ない表情に、僅かな躊躇いの色を浮かべていた。
この部屋に入ってすぐに空の花瓶があり、イヴが最初に手にとった時と同じような注意書きがしてあった。

部屋の奥に行くにつれ、青い花びらが床に散っており途中の扉と窓を追い越して一番奥の壁には『青い服の女』とだけ書かれていた。
もちろん壁にはその絵画はなく、額縁が掛かっていたらしき跡が残されているのみだった。

そして現在イヴは横に小窓がついた部屋の前にいた。
窓から奥を覗こうとしたが、曇りガラスで中の様子はよくわからない。
だが、中に誰かがいるらしき気配がする。
というよりなにかを呟き続ける声が聞こえてくる。

“………”

その声もよく聞き取れない。
扉に鍵は掛かっていない。
意を決してイヴは部屋の中に足を踏み入れることにした。

“……好き、……嫌い……”

声の主はどうやら花占いをしているようだった。
部屋の奥でゆっくりと青い薔薇の花びらを───絵画から上半身だけを出した、青い服の女が───ちぎっていた。
曇りガラスの傍に、なぜかポツンと丸椅子が置いてある。

“……嫌い、……好き……、……あっ……”

最後の花びらが示したのは「嫌い」だった。
青い服の女の手が止まる。

“あの人が、私を嫌い……?そんな……嘘よ……!”

薔薇の花が示した現実が受け入れられないのか、青い服の女の手が震えている。
眉間にしわをよせ、その表情を何かへの憎悪のような醜悪なものに変えている。
元々が美しい顔立ちだけに、えも言えない恐ろしさが漂っていた。

44:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:05 ID:Qsc


つと、女の視線がイヴの方を向いた。
紅い瞳と青い瞳の視線が交錯する。

「………!」

青い服の女の口元がニヤリと笑う。
サファイアブルーの美しい瞳はまさに魔性のそれだ。
イヴの手元の紅い薔薇の花をジッと見つめている。

“……そのバラなら、今度こそ……!”

矢張り、というべきか、青い服の女はイヴの持つ薔薇目掛けて真っ直ぐ突進してきた。
青い薔薇の花はとうに床へと抛り捨てている。


───さっきの人より、速い!

青い服の女の動きが敏捷であることに焦ったイヴは慌てて部屋の外へと退散した。
扉を閉めてしまえば、とりあえず出てくることはないだろうとの打算だったが、
その目論見はたやすく外れることとなった。

───ガシャァーンッ!

ガラスが派手に割れ散る音と共に、青い服の女が窓を突き破り外に飛び出してきた。
部屋の中にあった丸椅子を踏み台にしたのであろうか。
割れたガラスが自分の手に刺さり、流血しているが女は一向気にした様子がない。

“逃げようったって無駄よ……!

長い髪を掻き分け、青い服の女がニタリと笑う。

45:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:06 ID:Qsc

走っても逃げられないと悟ったイヴはもう一度扉を開けて、部屋の中へと逃れた。
窓ガラスを突き破ってきたということは、扉はやはり開けられないに違いないと考えてのことだ。

扉を何度が叩く音がしたがすぐに静かになり、代わりに嘲りの声が聞こえてきた。

“ふふん、行き止まりの部屋に逃げ込んでどうするつもりかしら?”

青い服の女の言う通り、この部屋には先に続く道はない。
扉の外は、絶対に女がイヴの諦めて出てくるのを今か今かと待ち受けているに違いない。

途方に暮れたイヴは丸椅子に座りこんだ。
破れた窓から少し、涼しい風が流れ込んでくる。
近くに落ちていた青い薔薇を拾い上げる。
イヴの持つ赤い薔薇の花より結構大き目なサイズだった。
薔薇の花は残り一枚の花びらが申し訳程度に残っていた。
しおれて枯れる寸前、命の灯火がなくなろうとしていた。
と、そこまで考えてイヴはあることに思い当たった。
この薔薇の花がある、ということは誰か他の人が近くにいるかもしれない。
床にかなりの枚数の青い花びらが散っている。
イヴ自身の薔薇の花びらが千切られた時の事を思い出し、思わず寒気がした。

───この人を、探そう。きっとまだ苦しんでる。

そう決心したイヴは立ち上がり、物音を立てないようにそっと窓の外を覗いた。
予想した通り、青い服の女が扉の外で待ち構えている。
いかにも待ちきれない、といった様子で扉の前を行ったり来たりしていた。
扉は女の側からは引き扉になる方向で、もしあの位置で開いた扉に顔をぶつけたらかなり痛いであろう。

いちかばちか、イヴは“それ”を試してみることにした。

46:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:07 ID:Qsc


扉の前にイヴが立つと、はっきりと向こう側に女の気配がする。
もし、外してしまったら大変だろうが、今は考えないことにした。
すぅ、と大きく息を吸い込んで深呼吸すると、扉を軽く二回ほどノックする。
そして間髪入れず、扉を勢いよく開けた。

───バンッ!!

“あら、やっと諦めた───のッッ!?”

イヴの作戦は見事成功した。
勢いよく開けた扉が、女の鼻面を直撃した。
打ち所がよっぽど悪かったのか、そのまま女はその場にのびて動かなくなった。
整った顔立ちから景気よく鼻血を吹き出しており、イヴは一寸だけ罪悪感を覚えながら、その場を離れた。

さっきのイヴが薔薇を活けた青い花瓶のところまで戻ってきた。

『永遠の恵み』をもたらす花瓶の中には、まだなみなみと清浄な水が入っている。

───きっと、この人はまだ苦しんでる。

そう思ったイヴは青い薔薇を花瓶に活けた。
イヴの赤い薔薇と同じく、この青い薔薇もみるみる間に輝きを取り戻していった。
不思議なことに、千切られていた花弁にもまた花びらが復活し、美しさが蘇った。
青い薔薇を手にして、まだ見ぬ奥の間へと向かう。

扉を抜けて続く通路の先には、長いコートを着た男性がうつ伏せに倒れていた。

47:K ◆wgKU:2013/06/30(日) 19:08 ID:Qsc

ようやくギャリーさんとの邂逅です。
いざ書いてみると長かった…。

また更新します。

48:ひろにい 908:2013/06/30(日) 20:55 ID:9TA

面白いですっ。
続き待ってますね!

49:K ◆wgKU:2013/07/07(日) 10:26 ID:Qsc

>>48 有難う御座います!

続き投稿します。ただ今週は忙しく、っていうかこの後も用事があって書けないので
ちょっと短めですが。

50:K ◆wgKU:2013/07/07(日) 10:27 ID:Qsc

────────────────────────


また何かの絵画の類であることを少し疑いながら、男性の元に歩み寄る。

「……だ、だれか…、たすけ、て……」

男性のかすかなうめき声がして、ちゃんとした『人』だと認識できたイヴは彼の顔をそっと顔を覗きこんだ。
男性は緩やかなウェーブがかった長い髪をしており、一見すると女性のようにも見えた。

「……うーん……、あ…、あれ……苦しくなくなった?」

男性の瞳がパッチリと開く。

「………」
「………お、女!?」

少しの間、見つめ合って沈黙を破ったのは男性のほうだった。
後ろにのけ反り、尻餅をつきながら後退した。
彼の着たコートが絨毯との衣擦れの音を立てた。

「こ、今度はなによ、花ならもうないからねッ!」

どうやらイヴのことを絵画の女か何かと勘違いしているようだ。
やや低めの声を上ずらせながらイヴを威嚇している。
何故彼が女性のような口調なのかは、当然イヴの知るところではない。

知らない男の人にどう説明しようかとイヴが困っていると、その彼の方から先に警戒を解いてくれた。

「あら……、アンタもしかして……、美術館にいた人?」

イヴはコクリと頷いた。

「そうでしょ?あぁ良かった!アタシの他にも人がいた!」

立ち上がった男性に、イヴは青い薔薇を差し出した。

51:K ◆wgKU:2013/07/07(日) 10:28 ID:Qsc




「そっか……じゃあアンタも何でこんなことになってるのかは分からないワケね」

二人で壁を背にして、イヴはひとしきりここまでの経緯を説明した。
ただ、知らない人にいきなり話す経験の無かったイヴはかなり緊張して、頬が火照っているのを自覚していた。

並んで壁にもたれ掛かると、二人の身長差がハッキリとした。
倒れている時にはわからなかったが男性はかなりの長身で、小柄なイヴの頭は丁度彼のお腹の辺りだ。

「アタシの方も大体同じ感じよ……おまけにこの薔薇……」
彼はイヴが返した青い薔薇を手に取り、まじまじと眺めた。

「ちぎられると身体に痛みが出てきてさ……さっきは死ぬかと思ったわ……」
取り返してくれてありがとね、と丁寧に礼を言われた。
少し気恥ずかしい気がしてイヴは、いえ、とだけ短く返事をした

「で、とりあえずさ、ここから出る方法を探さない?こんな気味の悪い場所にずっといたらおかしくなっちゃうわ」

男性はもたれかかっていた壁からスッと離れ、イヴの方に向き直った。

「そういえばまだ名前聞いてなかったわね……アタシはギャリーっていうの。アンタは?」

イヴです、とまた短く返事をした。
こんな時ばかりは、口下手で人見知りする自分の性分がちょっとだけ恨めしかった。

「イヴ……イヴって言うのね」

しかしギャリーと名乗った彼はそんなイヴの心情を知ってか知らずか、明るい調子で続ける。
青い薔薇が元気になって、ギャリー自身も本来の調子を取り戻したようだ。

52:K ◆wgKU:2013/07/07(日) 10:28 ID:Qsc


「子供ひとりじゃ危ないからね……アタシも一緒についていってあげるわ!」

さぁ行くわよ、と威勢よくギャリーが手を差し伸べ、コクリと頷いたイヴはその手を取った。

先へ続く通路の先にはある障害物と、扉があった。
扉を塞ぐように、あの黒いマネキン『無個性』が立っている。
また襲ってくるのではと、イヴは警戒して後ずさったが、露知らないギャリーは止める間も無くズカズカと無個性に近づいた。
が、像はピクリとも動かなかった。
どうやらこの無個性は襲ってこないようだ。

「何よ、コレ……イヴ、ちょっと下がってて」

そういうと、ギャリーは少しだけ腕まくりをすると、無個性の像の腰の辺りに手をやり、ズズズッと横に動かした。
ギャリーは細身の身体に似合わない力持ちのようだ。

「さあ、これでオッケー!」

ギャリーは像を横に追いやると、パンパン、と軽く手を払った。

物は試しにイヴが無個性の像を動かしてみようとしたが、像はピクリともしなかった。

「んー、イヴにはまだちょっとムリよ……。ソレかなり重いもの」

ギャリーが屈託なく笑って言った。

「さ、そんなことより先に進みましょ」

ギャリーはさっさとドアを開けて進もうとしており、イヴは慌ててその後を追った。
通路の途中に、一枚の大きな絵画があった。
灰色を混ぜた鈍い色の空に一本の巨大で立派な木があり、赤い目をした何人もの人々がジッとそれを見つめている。
どことなく人々の表情に悪意を感じる。

『?を?る??』

絵画につけられたタイトルの漢字が全く読めなくてイヴが戸惑っていると、ギャリーが助け舟を出してくれた。

「ああ、これね、『魂を啜る群衆』ですって。……なんか陰気な絵ね……」

その意見にイヴも同感だった。

「まあ、難しくて読めない字はアタシが読んであげるわ」

ニッと笑ってみせたギャリーは、どことなく頼もしく見えた。

53:K ◆wgKU:2013/07/07(日) 10:29 ID:Qsc


────────────────────────


その金色の髪に碧眼の少女はいかにもご機嫌、といった調子で美術館の廊下を歩いていた。
いつも着ている緑のワンピースをひらひらと舞わせ、黄色い薔薇を片手に鼻歌交じりで『あの子』を探す。
なにせ初めての友達になれるかもしれない子だと思うと、彼女は落ち着いて待っていることは出来なかった。

「あー!『無個性』だ!なにしてるの?」

頭のない黒いマネキンに向かって親しげに話しかける。
『無個性』と呼ばれたマネキンは声がした方に無い頭を振り向かせ、続いて自身の足元を指差した。
その指の先はティッシュで鼻を抑えている『青い服の女』がいた。
どうやら青い服の女を介抱していたようだ。
イヴ達を先に進ませない為に彼女なりの努力をしたが、ギャリーにあっさり破られ、面目ないと自省しながらこちらに来たのだ。

「青いお姉ちゃん!その鼻どうしたの!?」

絵画が鼻血を出して昏倒している姿など、この美術館に住んで長い金髪の少女でも初めて目撃するものだ。

“……どうもこうも、あの子にやられたに決まってるでしょ……!”

いかにも不機嫌な様子で、青い服の女が言った。
さっきのイヴの予想外の反撃に相当面くらっているようだ。

「……大人しそうな子って思ってたけど、あの子って結構見た目によらないね……」

金髪の少女は目をパチクリさせた後、何がおかしいのか、クスッと笑みを零した。

「ますます早く会いたくなっちゃった!その子はこっちに行ったんだよね?」

言うや否や、さっさと歩みを進めようとする。

“ちょっと、メアリー?”

メアリーと呼ばれた金髪の少女は青い服の女の呼びかけに振り向き、女が二の句を告ぐ間も無く、

「そういえば、もう一人の男の人もいた?」

と、質問で返した。

“……え? ……ああ、いたわよ。なかなか良い薔薇を持ってたから、『終わったら』私に頂戴ね?”

「うん!」

にこやかな笑顔で青い服の女に頷くと、メアリーは目的の二人を探しに美術館の奥へと進んでいった。

────────────────────────

54:K ◆wgKU:2013/07/07(日) 10:30 ID:Qsc

原作ゲームを知ってる人でも楽しんでもらえるよう、メアリーさんいきなり初登場。

また更新します。

55:K ◆wgKU:2013/07/12(金) 21:13 ID:Qsc

ただいま進めてる最中で、ちょっと迷い中…。

ギャリーさんに死亡フラグを立たせるか否か…。
ご意見ある方は是非レスください!

56:匿名:2013/07/15(月) 07:24 ID:lWM

この小説、初コメですが
少し前から見ていました!
すごく面白いですっ(*°∀°*)

私はギャリーさん死亡フラグはたたない方がいいかなぁ…
と思います!

57:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:50 ID:Qsc

>>56 コメント有難うございます!
やっぱりそうですよね……。
でも個人的に好きなんですよね、鏡のある部屋でマネキンを壊した後、
中央の注意書きがある部屋を調べると……っていうシーン。

続き投稿します。

58:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:51 ID:Qsc


長身の青年と、小柄な少女の二人は通路を進む。
と、その二人の前に対となる絵画とモニュメントが現れた。

それぞれ花婿と花嫁を描いた絵が通路を挟んで別々に飾られている。
二人の表情はどちらも決して明るいものではなく、むしろ何かを嘆いているようにさえ見えた。

「あら……二人とも随分暗そうな顔してるのね……」
ギャリーが呟く。

絵画の前には床から伸びた巨大な人の手があり、そのモニュメントの前には作品の題名が振ってある。

『嘆きの花嫁の左手』
『嘆きの花嫁の右手』

両手とも実際の人の手よりもかなり大きく、中指のところはイヴの背丈くらいもある。

「……ちょっと待って、この手……」
ギャリーは何かに気付いたようだ。
イヴが彼の方を見上げる。

「指輪がないわ……結婚したんでしょうに……」

確かにギャリーの言う通り、床から生えた手の指にはなにも着いていない。
イヴの両親とも、指輪は毎日欠かさずつけている。
この絵画の二人がなにかを嘆いているように見えるのは、指輪がない、ということのようだ。

59:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:51 ID:Qsc


“……あの、もし……”

不意に、絵画の花嫁の方から声が聞こえてきた。
ギャリーがイヴよりも早く、短い悲鳴をあげたが、絵画の花嫁は構うことなく続ける。

“指輪を……なくしてしまったんです……彼からの大事な贈り物なのに……”

彼女の表情は曇天の空のように暗い。

「あ、ああ……、やっぱりそれで浮かない表情してるのね」

ギャリーが花嫁に話しかける。
絵画が話しかけてくるという、そもそもの異常事態にはギャリーも慣れてきたようだ。

“私たちはここから動けません……そこでお二方にお願いがあるのです”

そこまで話しかけられて、イヴもギャリーもピン、ときた。

「アタシたちに見つけてきて欲しい、でしょ?」
ギャリーの答えに、イヴも揃って頷きを花嫁に送る。

“……はい、見ず知らずの方にお願いするのはとても不本意なのですが、是非……”

花嫁が視線をギャリーに向ける。
そしてイヴはジッとギャリーを見上げている。

「……ん、……まあ困っている人を放ってはおけないわね……ホントは早く出口探したいけど」

二人、───正確には一人と一枚───に見つめられて、ギャリーは長髪を梳きながら少し面倒そうに答えた。
彼は相談事を断れないタイプ、というより先程イヴに「子供一人じゃ危ない」と言った辺り、面倒見のよい性格のようだ。

60:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:52 ID:Qsc

花嫁の部屋から伸びる通路に二人は足を進めた。

通路の途中に様々な絵画と、モニュメントが並んでいる。

『白蛇』

『踊る異邦の女』

『テーブルのデザート』

途中、右に折れる通路があり、どちらに進むか迷ったが、まずは直進することにした。
通路はやがて一枚の絵画を残して行き止まりとなった。
実のところ、『それ』を絵画と呼ぶにはかなり抵抗があるが、少なくとも額縁は立派なものだ。
黒を基調とした画用紙に、人の目と鼻と口が青い線で描かれている。
「それ」は常に半笑いのような表情を浮かべながらこちらを見ている。
のみならず、口からはよだれをのべつなく垂れ流していて、見るからに普通ではない。

“……あ、ねぇねぇ君たち”

そのまま回れ右をして立ち去ろうとしていた二人を絵画が呼び止める。
改めて直視したが、やはり気味が悪い。

“えへへ、えへへへへ、……はな、おはな……いいなぁ……”

花、とはイヴとギャリーが持つ薔薇のことだろう。

“そのお花 くれたら ここ通してあげるよ……”

先へ進める、ということを材料に、絵画は不気味に催促する。

“……お花、ちょうだい……”

が、いかにも信用ならない。

61:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:53 ID:Qsc

何よりこの薔薇は命に関わるものだ。

「……いやよ、アンタ信用できないわ……」

ギャリーが直感のままに絵画の要求を突っぱねた。

“ちょっとくらい いいじゃん……えへへ……あはははは……”

口から溢れる涎が、その量を増している。

“あはははははははははははははははは あははははははははははは
あははははははは ははははははははははははははははは“

「……イヴ、一旦離れましょ」

身の危険を感じたギャリーはそう言ってイヴの手を引き、元来た道を引き返した。

引き返す途中で絵画の一枚が突然、パタリ、と床に落ちた。
絵画の裏に綺麗とはいえない字で、

『大きな木の裏に……』

と書いてあった。

「大きな木の裏……?なにか関係ありそうね」

絵画をつぶさに調べていたギャリーがそう零した。
と、視線を感じた二人が周囲を振り返ると、幾つもの『目』に取り囲まれていた。

「───ッッ!?」
「ぎゃーーー!!気持ち悪いッ!!」

文字通り、壁や床、天井、あらゆるところに『目玉』が生えてきていた。
ギャリーが思わず大声で悲鳴をあげる。
イヴの悲鳴などか細く、誰の耳にも届かなかったであろう。

62:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:53 ID:Qsc


「な、なによ……、これ……」

しかし目玉達は何をするでもなく、二人を見つめているだけだ。
ただ、そんな中に一つ元気のないものがあった。

「………」

「な、なんかこの目だけ充血してない……?」

ギャリーの言う通り、無数の目玉の一つだけが充血している。
この目玉は二人の方を見ず、分岐となっている右へ曲がる通路の先の扉へと視線を向けている。

「あそこに何かあるのかしら……」

ちらりと、目玉がこちらに目配せし、再び扉へと視線を戻した。
どうやらそういうことのようだ。
二人は床から生えている目玉を踏みつけないように注意しながら、扉へと向かった。

扉の奥にあったのは乱雑に積まれた椅子の山と、小瓶に入った水の絵が奥の方に見えるだけだった。
倉庫か何かであろうが、足の踏み場もないといえる典型的な状況だった。

「まったくもう……もう少し整頓してほしいわね……」
ギャリーは姑かなにかのような愚痴をこぼす。
奥にある絵を調べようと、椅子をどかしながら進む。
ようやく奥に辿り着いたが、目的の絵画には何の細工も、作品の題名すらなかった。

少し気が抜けたイヴが椅子に腰を下ろそうとして、椅子の上にポツンと置かれたそれに気付いた。

「……それ目薬?……それよ!」
目薬を手に、先程の充血した目玉の元へと戻る。
目玉は、目薬を持つイヴをジッと見つめてくる。
イヴも目玉の方をジッと見つめ返してみることにした。

「………」
「………」
「………ちょっとイヴ、なにしてんのよ」

ギャリーが待ちかねて催促してきたので、目薬を目玉に垂らした。
目玉の充血がみるみる間に引き、目の輝きが瑞々しくなった。

63:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:54 ID:Qsc


目玉は二人をチラチラと見たあと、何もない壁のほうをジッと見つめ始めた。
壁をよく見ると、僅かに色合いが異なる。
手で壁を押してみると、壁は隠し扉だったようで、ギギッという鈍い音と共に開いた。

隠し通路の先には様々なモニュメントが並んでいた。
どれもかなりの大きさで、中には天井までつきそうな作品もあった。

「どうやってこの部屋にこんなもの入れたのかしら……、っていうかこんなところにあるもの誰が見るのかしら……?」

幾分今さらな点をギャリーが突っ込む。

一番近くにあった作品は人間一人がすっぽり収まりそうな大きなグラスの中に、赤いソファが敷き詰められている。

『ワインソファ』

「……なんか座り心地悪そうね……」
ギャリーがぽつりと呟いた。
確かに、まずはあの場所まで辿り着くのが至難の業であろう。

石膏で出来た人の頭もある。

『憂鬱』

一番奥には、人が襲いかかってくる様にも見える、大きな木のモニュメントがあった。

64:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:54 ID:Qsc


『感情』

「これ……さっきの絵画に書いてあったメッセージはこの木のことかしら?」

その木をぐるりと一周して見て、それに気付いたイヴはギャリーのコートの裾をくいくい、と引っ張った。

「ん、どうしたの、イヴ」

振り返ったギャリーに、イヴが木の上の方を指差した。
随分高いところに、銀色に光るものがあった。
長身のギャリーが背伸びをして、その光るものを掴んだ。

「あ、指輪あったわよ、イヴ!凄いじゃない」

ギャリーがそう言ってイヴの頭を撫でた。
くすぐったくて、思わずイヴの顔も綻んだ。

「よし、これを花嫁さんに届けてあげましょ」

ギャリーの言葉に元気よくイヴは頷いて、花嫁の絵画が待つ部屋へと戻ることにした。
人の指に対して随分大きいそれは、しかし中央のダイヤが美しく輝いていた。

65:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:55 ID:Qsc


花嫁の部屋へと戻ってきた。
手にした指輪をモニュメントの指に嵌めようとしたが、つとイヴの動きが止まった。

───どの指に嵌めるんだっけ?

おとうさんとおかあさんは確か……と考えているうちに、横から助け舟が出た。

「左手の薬指よ。……花嫁さんに中指につけちゃダメよ」

ギャリーがそっとイヴの指輪を持つ手を薬指へと導いた。
指輪はまるでその指のために設計されていたかのように、するりと指に嵌った。
その一瞬、モニュメントの手がピクリと動いた。

“ありがとう!”

絵画の花嫁がにっこりと微笑み、手に持っていた花束をこちらに向けて投げてきた。
花束はイヴの目前に迫り、そしてそれは少女の手に丁度収まった。

「あ、やったじゃなーい、イヴ!花嫁のブーケよ」

ギャリーがイヴに笑みを向けた。
意味がよく分からずイヴがキョトン、とした顔をしていると、

「花嫁の投げたブーケを最初にとった人が、次に結婚するっていわれてるのよ」

とギャリーが続けた。
そう言われてみれば、イヴにも映画か何かで見たような気がした。
結婚……という単語が無性に気恥ずかしく思えて、顔がだんだん紅潮していくのをイヴは感じていた。

「まあ、イヴにまだちょっと早いわね……でも、きっとイイ人と結婚できると思うわ」

物言わぬ花婿と花嫁のそれぞれの絵画は、ギャリーとイヴにニッコリと微笑んでいた。
相手は絵画とはいえ、良い事をした後で二人とも実にスッキリしたような心持ちでいた。

「でもこのブーケ……何かに使うのかしら?」

手にしたブーケを前にギャリーとイヴは首をかしげる。
よく目にしてみれば、絵画の中から出てきたとは思えない程鮮やかで見事な花束だ。
花束……と考えて、と二人はある結論が出た。

66:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:56 ID:Qsc





「本当にいいのね、イヴ?」
ギャリーが再三再四にわたって確認してくる。
こくん、とイヴは頷いた。
本当はあまり乗り気ではないけれど、もうココしか調べていないところはないので、やむを得なかった。

二人はあの、気味の悪いよだれを垂らした絵画の前にいた。

“あは、あはははは。いいにおいがするなあ……”

気味の悪い絵画が敏感にブーケの匂いに反応する。

“それ、ちょうだいよ、あはははは”

「言われなくてもあげるわよ……その代わり、ちゃんとココ通してよね」

ギャリーが絵画にしつこく念を押す。
そのぐらいこの絵画は怪しく、信用ならない。

“わかってるよぉ……ねぇはやくぅ……”

催促する表情も実にまた気味が悪い。
イヴは近づきたくないのを堪えて、絵画に近づきブーケを絵画の目前におそるおそる差し出した。

“わーい、……あぁ、やっぱりいいにおいだなぁ……”

たっぷりとブーケの香りを堪能している。

67:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:56 ID:Qsc


“それじゃぁ遠慮なく、……いただきまーす”

「……えっ!?」

言うが早いか、絵画はブーケに大きく口を伸ばしガブリと咀嚼した。
身の危険を感じてさっと手を引いたイヴが状況を飲み込むよりも早く、絵画は二口、三口と音を立てながら一気食いしていく。
やがてブーケは茎も残さず絵画の口の中へと納まった。

“あー、おいしかった。ありがとうね、ありがとうね”

ギャリーもイヴも予想の斜め上の出来事にあっけにとられて、反応することすら忘れていたが、絵画は一顧だにしない。

“それじゃあ、約束だからね、ココを通してあげるね”

気味の悪い絵画がそう言うや、絵画がぐにゃりとドアの形に変形した。

「………」
「………な、なんなのよーー!?食べたかっただけなら別にブーケじゃなくてもいいじゃない!!
人がせっかくいいことして気分よくなってたのに、よりによってそれ食べる、フツー!?」

ギャリーの言い分は至極尤もだったが、それ以上にあの時薔薇を差し出していなくて本当に良かったと、イヴは内心思っていた。
ただ、せっかくの花嫁さんがくれたもの食べられて、何ともいえない悲しみが心の中に残るばかりだった。

68:K ◆wgKU:2013/07/21(日) 16:58 ID:Qsc

このシーン、実は結構難産でした。
原作のまま書くと味気なさすぎるし、書き過ぎれば原作から離れすぎるし……。

それではまた更新します。

69:カノ:2013/07/29(月) 08:30 ID:kD2

Ib大好き〜!
ギャリ―オネエだけどカッコイイ!
メアリー作品だけどカワイイ〜!

クレヨンの世界のとき好き〜

70:カノ:2013/07/29(月) 08:34 ID:kD2

早くクレヨンの世界書いて〜!(あ、順番があるか・・)

えーと、いくつかのEND楽しみにしてます〜


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