泣けるコピペでも集めるか
1:('A`)[12/24 16:39]
俺はこんなことを思ってる。
俺はこんなことを感じてる。
誰からも必要とされなくても、誰からも見られなくても
そこにあなたは実在しています。
ほら、あなたの「思い」が貼られましたよ…。
80:拡散希望[12/1 9:39]
>79
そしてまたその半年後、仕事から帰ってきた彼が100点の答案用紙を見せるようなキラキラした目で

「貰ってきちゃった」

と、婚姻届を私に見せてきました
一週間後には、彼のご両親に、挨拶に行きました

お義母さんもお義父さんも、とてもいい人たちでした
結婚の挨拶に行くと、彼から聞いていたのか、色々大変だったわねと涙を流してくれ、息子をお願いしますと深々と頭を下げられました
本当に暖かく、私を娘のように可愛がってくれました

新しい両親ができ、幸せになれた
私は婚姻届にサインしながら彼に聞きました

「私もあなたを幸せにしたい
あなたの為ならなんでもするから、なにか恩返しをさせて?」

彼は少し考えたあと、優しく笑いながら言いました

「僕より先に死なないで」
略58行
81:拡散希望[12/1 9:40]
>80

さくらです
優、あなたに出会えて、あなたの家族になれて幸せです
私を見つけてくれてありがとう
優の優しさが、私を救ってくれました
約束、守れなくてごめんなさい
先に向こうで待ってるね
優はおじいちゃんになってから、来てください
愛しています


いつかあなたの元に届くことを祈って
82:コピペ[12/19 23:38]
4月の集団登校時には一人で児童の輪に入っていけずに
父ちゃんと手を繋いでいないと学校まで行けなかった息子。

夏には学校の途中まで一緒で、別れた後にはトボトボと行きにくそうに歩いていた息子。

今では父ちゃんと手を繋いで歩いていても、クラスの友達を見かけると
手を振りほどいて級友に駆け寄って行くようになりました。
83:コピペ[1/29 9:38]
413 :2-1:2014/01/28(火) 00:43:49.19 0
悪夢のような半生を吐き出す
スレチならごめん
元夫は優しい人だった
夕食を食べながらいつもさりげなく「美味い」
弁当を作った日は「ありがと」と言って出勤して行った
休日の買い物はいつも付き合ってくれて荷物も当然のように持ってくれた
私が仕事で遅くなり元夫が先に帰った日は風呂の用意を済ませ
料理までは出来なかったけど直ぐに料理が出来る様に準備していてくれた
皿洗いも時々してくれた。ゴミ出し当番もやってくれた
結婚記念日や誕生日には他愛の無いものとは言え必ず何かを買って帰って来てくれた
お金も全部私に任せてくれた
私は当然の事だと何の感情も抱かなかった。完全に感覚が麻痺していた
私はそんな優しい元夫をこっぴどく裏切った
84::コピペ[1/29 9:39]
414 :2-2:2014/01/28(火) 00:45:08.25 0
パート先の、男らしく頼りがいのある独身の社員と意気投合して恋をした
運命の人に出会った。元夫との結婚は誤りだったと信じて疑わなかった
体は許さなかったけど、彼と食事やデートを頻繁にするようになった
私は元夫のことを良く思っていなかった亭主関白な父親の言葉を利用して
元夫に冷たく当たり悪口を言いふらし周りを味方につけた
元夫は離婚届にサインする直前まで私を引き止めようとしていた
その時、ただただ私の幸せな将来を邪魔する存在にしか見えなかった
私はそこでも暴言を吐き、元夫は観念して震える手でサインした
それでも元夫は慰謝料も何も要求しなかった
私は全てを捨てて自由の身になり彼の元へ走った
でも幸せだと思ったのは付き合っている時だけだった
いざ同棲して見ると家のことは何もしない、何の気遣いもしない、
自分の遊びを優先する、文句を言うと怒鳴る、横柄で、ぐうたらで、金遣いの荒い人間だった。冷めた
同棲を解消しパートも辞めて実家に逃げ帰った
あれから何人か男と付き合ったけど長続きしなかった
元夫との何気ないと思っていた生活がどんなに幸せだったかを思い知らされる
元夫の話題が出て悪く言われる度に心が痛んだ
100%無理だと分かっていても慎ましく生きていればいつか
元夫と寄りを戻せると思いながら数年が過ぎた
ある日、母に頼まれショッピングモールに一人で買出しに行った
略27行
85:綾波レイ[12/7 23:41]
10年前ってどんだけ前だよ…
86:コピペ[2/7 11:11]
宗次 徳二(むねつぐ とくじ、1948年10月14日 - )
日本の実業家。株式会社壱番屋(カレーハウスCoCo壱番屋)の
創業者で元会長。現・特別顧問。

戸籍上は1948年(昭和23年)石川県生まれとされるが両親は不明。
生後まもなく兵庫県尼崎市の孤児院に預けられ、3歳のときに
雑貨商・宗次福松、清子夫婦の養子にとなる。

養父が競輪やパチンコなどのギャンブル好きで生活が不安定だった
ことから、15歳まで生活保護を受けて生活し、岡山県玉野市など各地の
廃屋を転々とした。

養父に愛想を尽かした養母は失踪。養父と2人で、電気や水道を引くことも
できず、ろうそくで明かりを得、雑草を抜いて食べるほど困窮した生活を送る。

8歳のときに居場所が判明した養母を頼り、養母が住む名古屋市の四畳半の
アパートに家族3人で住むが、すぐに養母は家を出た。
暴力を振るう厳しい父と2人で暮らし、パチンコ店で零れ玉やシケモク
(煙草の吸殻)を集めるなどして生計を助けていた。

吸殻を拾わなかったり、掃除を怠ると、養父から全裸にされ箒で殴られる
略27行
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