泣けるコピペでも集めるか

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1:('A`):2004/12/24(金) 16:39

俺はこんなことを思ってる。
俺はこんなことを感じてる。
誰からも必要とされなくても、誰からも見られなくても
そこにあなたは実在しています。
ほら、あなたの「思い」が貼られましたよ…。

37:コピペ:2008/11/03(月) 16:12

私には、兄がいました。
3つ年上の兄は、妹想いの優しい兄でした。
ドラクエ3を兄と一緒にやってました。(見てました。)
勇者が兄で、僧侶が私。遊び人はペットの猫の名前にしました。
バランスの悪い3人パーティ。兄はとっても強かった。
苦労しながらコツコツすすめた、ドラクエ3。おもしろかった。
たしか、砂漠でピラミッドがあった場所だったと思います。
とても、強かったので、大苦戦してました。

ある日、兄が友人と野球にいくときに、私にいいました。
「レベ上げだけやってていいよ。でも先には進めるなよ。」
私は、いっつもみてるだけで、よくわからなかったけど、
なんだか、とてもうれしかったのを覚えてます。
そして、その言葉が、兄の最後の言葉になりました。

葬式の日、父は、兄の大事にしてたものを棺おけにいれようとしたのを覚えてます。
お気に入りの服。グローブ。セイントクロス。そして、ドラクエ3。
でも、私は、ドラクエ3をいれないでって、もらいました。
だって、兄から、レベ上げを頼まれてたから。

私は、くる日もくる日も時間を見つけては、砂漠でレベ上げをしてました。
ドラクエ3の中には、兄が生きてたからです。
そして、なんとなく、強くなったら、ひょっこり兄が戻ってくると思ってたかもしれません。
兄は、とっても強くなりました。とっても強い魔法で、全部倒してしまうのです。
それから、しばらくして、ドラクエ3の冒険の書が消えてしまいました。
その時、初めて私は、泣きました。 ずっとずっと、母の近くで泣きました。
お兄ちゃんが死んじゃった。やっと、実感できました。

今では、前へ進むきっかけをくれた、冒険の書が消えたことを、感謝しています。

38:コピペ:2008/12/26(金) 16:31

うちの父は何だか変な性格で、全然家庭人じゃない。
家のことなんて全くしない。
子供のようにわがままで、嫌なことがあるとすぐだんまりを決め込む。
私に対しても甘やかしたと思うと、いきなり叱り飛ばしたり
とにかく気難しい。

反抗期だった私はなんであんな性格なんだろうね、やってらんないよ〜、と母に言ったら
「A子(私)も一人前の年だから…」と母が話し出した。

父の父親は戦争で亡くなった。父の母はそれが元で
精神がおかしくなり、父の姉と父を連れて
線路に飛び込んで心中を図った。助かったのは5〜6才の父だけ。
それからは知合い中をたらい回しにされ、いじめられ、
大変な少年時代を送ったらしい。

『だから性格がひねくれたんだねぇ(;´Д`) 。
 でも、何回も流産を重ねた後でA子が生まれた時、
 「天涯孤独な自分にも家族が出来た」って泣いたんだよ。
 お母さんは所詮、お父さんにとっては他人だけど
 A子はあの人にとって、一番の宝物だよ。』

この話しを聞いたときは大泣きしてしまった。
「家族を持ったことがないから、どうしていいか分からない」と
母に相談していた父の気持ちを思うと
切なくて泣けた。お父さんに優しくしないとなぁ…

39:コピペ:2009/01/03(土) 12:46

バイキンマンは本当はバイキンマンではないんだよ。
ジャムおじさんが初めてパンの擬人化に成功した
初号機・ジャムパンマンだったのだ。
しかし彼には致命的な欠陥があった。
全身がパンで出来ていたのであった!
そのことに気づいたのは、雨の続くある日のこと。
彼の体は少しずつカビに侵されていた!
新しいモノを造ればいいのだが、それは全く別のモノ。
記憶や思いまでは受け継ぐことは出来ない。
このまま朽ちていくしかない・・・
そう告げられたジャムパンマンは降りしきる雨の中、
工場を飛び出して行った。

ジャムおじさんは今回のことを教訓に、体に脳となる部分を内臓し、
パンのエネルギーで動くパン用人型決戦兵器を造り上げた。
後のアンパンマンである。

その頃、ジャムパンマンは全身がカビに覆われ、
もはやパンであることすらわからなくなっていた。
彼の心は怒り・憎しみが増大していくが、まだ良心が少し残っていた。
そう、ジャムである。
保存が効くのが幸いしたのである。
しかし、彼の心の暗黒面は増大し続けジャムを取り出してしまう。
そうして彼の心は暗黒に満ち、バイキンマンは誕生した。
余談ではあるが、その時取り出されたジャムは
バイキンマンによって錬成され、ドキンちゃんになった。
暗黒面に支配されたとはいえ、愛に飢えていたのだろう。
しかし、彼の思いとは裏腹に、彼女は食パンマンを愛してしまった。
やはり元はジャムということか、味の無いパンを求めてしまう。
悲しい性である。

40:コピペ:2009/01/03(土) 16:56

子供の頃。今は永遠だと思っていた。明日も明後日もずっとこうして続いていくような気がしていた。
大人になるってことは自分とは無関係だと思ってた。大人っていう生き物は自分たちとは別の生き物だと思ってた。

学校へ行って、友達と昨日遊んだ事を話して。

授業中、女子の手紙を別の女子に渡しながらノートに落書きして。

休み時間、誰かが打ったホームランのボールの軌道を青空の向こうに見上げてた。

昼休み、給食のメニューに一喜一憂して、牛乳早飲み王決定戦に参加した。
先生に怒られてからはその目を盗んで開催した。

放課後、今日は誰と何して遊ぼうか。公園、駄菓子屋、友達の家。
僕らは遊びの天才だった。何をやっても楽しかった。

誰かの家でした、気になる女子の話。
「いいか?誰にも言うなよ?男同士の約束だぞ?」
「う、うん。約束する」
「お前から言えよ。」
「やだよ。おまえからいえよ。」
「じゃあ、じゃ〜んけ〜ん・・・」

小さな恋は叶わなかったけれど。
結局誰にも言わずに今まで守られた、小さな男同士の約束。

41:コピペ:2009/01/03(土) 16:57

夏休みに自転車でどこまでいけるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。
国道をただひたすら進んでいた。途中大きな下り坂があって自転車はひとりでに進む。
ペダルを漕がなくても。何もしなくても。
ただ、ただ気持ちよかった。自分は今、世界一早いんじゃないかと思った。
子供心に凄く遠いところまできた事を知り、一同感動。滝のような汗と青空の下の笑顔。

しかし、帰り道が解からず途方に暮れる。不安になる。怖くなる。いらいらする。
当然けんかになっちゃった。泣いてね〜よ。と全員赤い鼻して、目を腫らして強がってこぼした涙。
交番で道を聞いて帰った頃にはもう晩御飯の時間も過ぎてるわ、親には叱られるは、
蚊には指されてるわ、自転車は汚れるわ。
でも次の日には全員復活。瞬時に楽しい思い出になってしまう。絵日記の1ページになっていた。

今大人になってあの大きな下り坂を電車の窓から見下ろす。
家から電車でたかだか10個目くらい。
子供の頃感じたほど、大きくも長くもない下り坂。
でもあの時はこの坂は果てしなく長く、大きかった。永遠だと思えるほどに。

今もあの坂を自転車で滑り落ちる子供達がいる。楽しそうに嬌声を上げながら。
彼らもいつの日にか思うのだろうか。
今、大人になってどれだけお金や時間を使って遊んでも、

あの大きな坂を下っていた時の楽しさは、もう二度とは味わえないと。
もう二度と、友達と笑いながらあの坂を、自転車で下る事はないだろうと。
あんなにバカで、下らなくて、無鉄砲で、楽しかった事はもう二度とないだろうと。

42:コピペ:2009/01/03(土) 17:02

俺、死ぬ前に小学生の頃を、一日でいいから、またやってみたい
わいわい授業受けて、体育で外で遊んで、学校終わったら夕方までまた遊ぶんだ
空き地に夕焼け、金木犀の香りの中家に帰ると、家族が「おかえり〜」と迎えてくれて
TV見ながら談笑して、お母さんが晩御飯作ってくれる(ホントありがたいよな)
お風呂に入って上がったらみんな映画に夢中になってて、子供なのにさもわかってるように見入ってみたり
でも、全部見終える前に眠くなって、お部屋に戻って布団に入る
みんなのいる部屋の光が名残惜しいけど、そのうち意識がなくなって…そして、死にたい

43:コピペ:2009/04/07(火) 13:10

夢の中では卒業式で、みんなはなんとなく浮き足立ってる


悲しいのに寂しいのに
「元気でな」とか「早く制服脱ぎてぇ」とか強がってみせてる


少しずつクラスメイトの人数も減っていって、すごくせつない気持ちになってる
ほんとはこの日が過ぎ去った後の方が何倍もせつなくなるのに


廊下から笑い声が聞こえる
いつも元気で
小さいのに運動もできて
短い髪がかわいくて
俺なんかにも話しかけてくれたあの子の声


もう会えなくなるかもしれない
そう思うと怖くなって廊下に飛び出す
ポケットに手を入れて
笑顔のあの子が立っている


そこで目が覚める
もう何回も見た夢だ


目覚めたベットの横を見ると
その子がすやすや眠ってる
もうすぐ結婚することを思い出す
僕は起こさないようにその子をそっと抱きしめる
青春そのものを抱きしめる

44:コピペ:2009/04/25(土) 19:30

教室で涼宮ハルヒの憂鬱(初版、流行る前からもってた)を読んでたら
「なぁ、それハルヒじゃね?」と後ろの席のやつにいわれた。
ちょっと怖い煙草とかすってるやつだったから
「うん、ハルヒ。それの一巻」って説明したら
「○○って長門に似てるよな」とクラスの女子のことを指さした。
大人しくていつも読書している小柄で可愛いこだった。
たしかにそっくりだったし、長門にも彼女にも好意を抱いていたので
最高の笑顔で「うん」と賛同したところ
おもむろに携帯で○○さんのハメ撮りを見せてくれました。

誰かハルヒのいる世界に連れて行ってください

45:コピペ:2009/06/25(木) 23:07

死にたくなったら俺がお笑いやってるところを見てくれ。
死ぬのが馬鹿馬鹿しくなるから。もっとダメなやつがいるって
笑い飛ばせしくれ。そして、ちょっとでも勇気が出たら俺の
ライブに来い。きっと、お前と同じようなやつがいるから。
死ぬな!生きていればいいことあるなんてそんな無責任なこと
言えないけどとにかく死ぬな!解ったか!
                      江頭2時50分
 なんかの番組で言ってた。当時、俺は酷いいじめを
受けてて自殺しようかと思ったけど、これを聞いてやめた。
あれから、随分経って今でも相変わらず惨めな人生だけど
何とか生きてます。えがちゃん、ありがとう。

46:コピペ:2009/06/28(日) 15:05

雨デモマキガミ 風デモマキガミ 雪デモ夏ノ暑サデモマキガミ

ツネニユルフワパーマヲ保チ
欲ニマミレ 決シテ 奢ラズ

イツモウワメヅカイデ 口角ヲアゲテワラッテヰル
一日ニサプリト少シノスイーツヲタベ
アラユルコトヲ ジブンノ損得ノミヲカンジヤウニ入レテ
モテ技ヲヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ

都会ノ高級ビルノ蔭ノ 隠レ家的ナオ店ニヰテ

東ニスイーツアレバ 行ッテムサボリ
西ニイケメンアレバ 行ッテ股ヲヒラキ
南ニケータイシヤウセツアレバ 読ンデ泣キ
北ニ愛サレコーデ対決アレバ アタシモマケテラレナイトイイ

ヒトリノトキハ デアイヲサガシ
スッピンノトキハ ウツムイテオロオロアルキ

ミンナニモテ子トヨバレ
ホメラレ
アイサレ
サフイウモノニ
ナリタイヲンナタチ

スイーツ(笑)

47:コピペ:2010/02/18(木) 21:27

阪神・淡路大地震のあと、阪急電車の復旧を沿線の人々は待ち望んでいた。うちもその一軒。
夜を徹して行われる作業、騒音や振動をこらえてくださいと、電鉄会社の人が頭を下げに来た。
「何を言ってるんだ?我慢するに決まってるじゃないか。それよりも一刻も早い復旧を。」
うちも含めて、沿線の人々はみなそう言って、電鉄会社の人を励ました。

阪急は国の補助も受けず、少しづつ復旧・部分開業していった。
そして最後に残された西宮北口〜夙川間の高架部分の再開によって、
ついに神戸本線は全通した。
再開の日に、もちろん漏れも乗りに行った。神戸で逝った友のもとへ行くために。
運転台の後ろは人だかりだった。みな静かに鉄道の再開の喜びをかみ締めているようすだった。

夙川を渡るそのとき、川の土手に近所の幼稚園の園児たちが立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。
手書きの横断幕を持って・・・。

    「あ り が と う  は ん き ゅ う で ん し ゃ」

運転手が普段ならしないはずのそこで敬礼をした。
そして大きく「出発進行!」と声を上げた。
その声は涙声になっていた。漏れも泣けた。

ときよ、上越新幹線よ、もまいを待っている人々がいる。
復興のために、そして人と人をつなぐために、よみがえれ、不死鳥のごとく。

48:コピペ:2010/03/21(日) 13:47

大きな病院に通院していました。

ある日、男子トイレの洋式の方に入り座ると、ドア裏に小さな落書きがあったのです。

『入院して二ヶ月 直らない もうだめだ』

そして二週間後
(その落書きの事はすっかり忘れていたのですが)、またそのトイレに入りました。

…ドア裏は落書きでいっぱいいっぱいになっていました。
『頑張れ』
『ガンガレ』
『必ず良くなるぜい!』等々。

しかもその後、トイレはペンキ塗り直しされて、他のドアは新しい色になったのですが、なぜか、そのドアだけは塗り直されずに落書きがそのままでした。

それを見て温かい気持ちになりました。

49:コピペ:2010/11/18(木) 11:03

数年前、軽い精神病患ってて(自分では世界で一番まともな人間だと信じてるアレ)
浪費癖の酷い母親が数百万の借金こしらえた。
で、父親と弟を殺して自分も死ぬんだと暴れまわった。
借金取りとかももう誤魔化せなくなって、仕方なく当時23歳の自分が風俗で働く事になった。
履歴書と写真で合格し、いざ当日働こうとして最寄の駅からタクシーに乗った。

店の場所を告げると、初老の運転手が暫しの沈黙後、
「そこには行きたくないなあ」。風俗店が多い地域だから下品という意味かな、と思って黙ってたら、
「見た所、今までそんな世界に関わった事のない人でしょ?他のまともな場所で働きなさい」と言って、
一応その店の前まで運転してくれた。

でも確かに店の前には、余り関わりたくない風貌の男女が集っていて、
タクシーの中から見るだけで自分はビビッてしまった。
運転手さんは黙ってそのまま駅まで引き返し、
「帰りなさい。もう風俗なんてやろうとしちゃダメだよ」
タクシーの代金は要らないと言う。更になんと1万円札をくれた。

結局一旦辞めた事務の仕事をやり、地道に借金を返してる。
(母親は親戚中の力を借りて病院にぶち込んだ)
あの時の運転手さんの事は一生忘れない。

50:コピペ:2010/11/18(木) 11:09

三年前死んだ祖父は末期になっても、一切治療を拒み
医者や看護婦が顔を歪めるほどの苦痛に耐えながら死んだ。

体中癌が転移し、せめて痛みを和らげる治療(非延命)をと、
息子(父)や娘たち(伯母)が懇願しても絶対に首を縦に振らなかった。

葬式の後、親しかったご近所の将棋仲間が家族に宛てた祖父の手紙を渡してくれた。
祖父が生前用意していた物だそうだ。

手紙の中には自分が家族を悲しませ、
苦しませるのを承知で苦しみながら死んだ理由が書かれていた。

20年近く前、孫の一人が生存率20%を切る難病で闘病していたとき、
祖父は神様に誓ったのだそうだ。

自分は今後どんな病気や怪我になろうとも、絶対に医者にもかからないし薬も飲まない。

だから孫を助けてくれと願を掛けたのだそうだ。

幸いその孫は無事手術も成功し、成長して成人もした。
孫の成長を見届けること画できたのだからもう思い残すことはない。

あとは神様との約束を果たすだけだ。
だから家族は悲しまないで欲しい。自分は満足して一生を終えるのだから。

そう綴られていた。

孫は当時一歳にもならない赤ん坊で、病気だったことも覚えていない。
祖父は自分の決意を貫いて一生を終えた。

その孫である兄は葬儀でわんわん泣いていた。もちろん、兄弟もみな泣いた。

51:コピペ:2011/02/07(月) 12:32

イルミネーションまみれの家を発見。
先生が「ここは毎年すごいから皆見に来るんやで」と言う。
「電気代もすごそうですね、よくやりますよね…」
と控えめに否定的なコメントをする私に
「そうねー、でもここの家は小さい子をなくしてて、
空からでもわかるように明るくしてるんやって…」
しばらく立ち直れないくらいへこむ。
この世にバカにしていいものなど何ひとつない…

52:コピペ:2011/03/01(火) 13:28

國府田マリ子のおっかけをやって10余年が経過した。
当時大学3年生だったオレはGS美神のおキヌちゃんをやってたマリ姉に出会い、即効でファンになった。

元々合コンや女の子とは縁のない生活だったが、それからはマリ姉の為だけに生きてきたようなモンだ。

毎日マリ姉の歌を聴き、毎週ラジオも聴き、もちろんハガキも出しまくって月3回必ず応援の手紙と詩を送った。イベントも全部行った。

全国ツアーで一緒に全国制覇したのも二度や三度じゃない。ファンやって二年目、握手会で俺の名前を覚えてくれてた時には嬉しくて本気で涙が出た。

人生で最高の喜びだと有頂天になって、帰り道一人で吼えてた。地元の役場の事務に就職した後も、それだけが楽しみで生きてきた。

他の事は考えようとしなかった。結婚も、彼女も、友達も、そんなのは関係ない、いらないと思ってた。

そして去年の9月。信じられないものを目にした。「國府田マリ子結婚!!」目を疑った。絶対ありえない、絶対ありえない。死んでもありえない。

・・・なんであんな男が。ふざけんな。どこがいいんだ。マリ姉と釣り合わない、失礼だ。ふざけんな。ふざけんな。一週間仕事を休んだ。

失意の内に半年が経った。もうラジオも聴いてない。会員番号2ケタ前半のファンクラブも辞めた。

最近になってようやく、俺も自分の幸せを掴もう…そう思えるようになってきた。

だけど俺には何も残ってなかった。20代という多感な時期に何もしなかったんだ。当たり前だ。マトモに他人と喋ったのはいつだっただろう。

女の子とおしゃべりをしたのはいつだっただろう。恋について、結婚について、そして人生について最後に考えたのはいつだったんだろう。

趣味も、特技も、人間性も、協調性も。何もありゃしない。残ったのはブサイクで汚い30代の中身スッカラカンな男。それだけ。

こんなのが今更どうやって幸せ掴めってんだ。声優のおっかけは何も生み出さなかった。それに今まで気づかなかった俺は最高にバカだ。

そしてこんなグチをネットでしかこぼせない俺は最高に惨めだ。是非俺を笑ってくれ。蔑んでくれ。そして自分の人生をもう一度考えるキッカケにしてくれ…

53:コピペ:2011/03/09(水) 18:07

俺も5年ほど前に2年くらいひきこもりやってた
親にパラサイトして外出は一週間に一回、ジャンプ買いに行く時だけ
当然、家事なんて一切やらなかった。

そんな俺でも、カーチャンは、俺の事を信じてずっとやさしく何も言わずに見守ってくれてたんだよ。

ひきこもる以前は、ちゃんと仕事してたから、貯金も200万くらいもってたので、2年くらいは何とかなった
でも、2年たった時に、その貯金も底を尽きて、もう何もかも嫌になって本気で自殺しようと思ったんだ。
ある日、ネットで購入した睡眠薬を大量に飲んだ。本気で死ぬ覚悟だった。

でも、幸か不幸か、そのネットで買った薬が個人輸入代行業者でよくある偽薬だったようで…
もう2度と迎える事がないと覚悟した朝を迎えてしまったんだ…

そして目覚めてしまった朝に布団の中で絶望した。
もうこのまま、ベランダから飛び降りようかと思った瞬間、
カーチャンが「○○○〜朝ごはんできたよ〜おきろ〜おいしいご飯がさめちゃうよ〜」
って…

本気で涙がドバドバあふれ出してきた。
どうしてカーチャンはこんな人間のクズのような、こんな俺にここまで優しいんだってね。
いま死んだらこんなに優しいカーチャンに恩返しできないじゃないか!!
いま死んだらこんなに迷惑をかけてしまったカーチャンにまたさらに迷惑かけっぱなしじゃないか!!
って本気で思った。

その日から、とりあえずアルバイトからでも始めようと即、派遣会社に登録して次の日から仕事を始めた。
あれから5年。今は、派遣先の会社で認められて正社員をやっている。
給料はそんなに多くないけど、カーチャンにも生活費として毎月10万わたしてる。
カーチャンはいまでもかわらず、毎日ニコニコして俺にいろんな話をしてくる。
そして最近知ったが、俺が毎月渡してるお金も使わずに貯金してくれてるようだ(兄弟経由で聞いた情報)
カーチャンやさしすぎるぜ…一生俺が面倒みてやるから安心しろ!

54:コピペ:2011/03/17(木) 14:49

「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう 
「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう 
それなのに 
「好きです」っていったら「ごめんね」といわれた 
死にたい 

55:ああ:2011/05/11(水) 23:12

あなたがこのテストを気に入ることを約束します。
ちょっと考えて答えてね。
終わったらあなたは笑みがこぼれすっごい幸せになることを保証しちゃうよ。
ちょっとした楽しみ。だけどきちんと問いに従って。
ズルはしてはダメ。クイズを始める前にお願い事をつくって下さい。

注意:読みながらクイズをやること。
問いは4問。
もし終わる前に答えを見たら、このテストの意味はなくなってしまいます。
だから答えを見ようと先走らないで。

ペンと紙を用意して書き残していって下さい。
偽りのないクイズで、本当の自分を知るでしょう。
1.あなたの好きな順に下記の動物を並べて下さい。
牛、虎、羊、馬、猿

2.次の単語に1つずつイメージを表現して下さい。
犬、猫、ねずみ、海

3.次の色でイメージする異性人物(相手もあなたを知っている人)を書いて下さい。
黄色、オレンジ、赤、白、緑

4.最後にあなたの好きな数字と週のうちで好きな曜日を答えて下さい。

>>>>>終わりましたか?>>>>
さて、解答です。
ですがその前にもう一度自分のお願い事を確認して下さい。



1.あなたの優先順位について
牛は、キャリア、職業を意味します。
虎、プライド。
羊、愛。
馬、家庭。
猿、金。


2.犬 あなたの人格について
猫 パートナー、
ねずみ 敵、
海 人生。


3.黄、あなたを決して忘れない人。
オレンジ、あなたが密かに好きな人。
赤、あなたが本当に好きな人。
白、あなたの事が好きな人。
緑、あなたが今後の人生でいつも思出す人


4.あなたは、あなたが答えた数字分これを知らせなければなりません。
するとあなたのお願い事はあなたの言った曜日にかなうでしょう

56:あああ:2011/05/19(木) 21:43

○このレスを見た人はめっちゃA幸運です○
えっと、このレスを、違う掲示板3つに貼り付けてください!
そうすると下記のよぅなことが起きますヨ♪
◆好きな人に告られる!!
◆告ったらOKもらえる!!
◆彼カノがいるコゎめっちゃLOVEAになれる!!
◆勉強、学年トップ!!
◆男女にモテる!!
◆5キロ痩せる!!
◆お小遣いが上がる!!
上記のことが起きます。
あたしの友達Mが、これをやったら、上記全て起きて、今は彼氏とめっちゃラブ×2です♡
先生からも好かれ、男子に8人から告られました。
女子も友達がたっくさんいます!!
この魔法のようなパヮーを信じて、貼り付けてください!!
コレを信じなくて、貼り付けなかったKは、3日後に彼氏にフられて、5日後に告ったらフられて、一週間後に家族が死にました。
そして一ヵ月後にはKが死んで、クラス全員でお葬式に出ています。
さぁ、あなたはMかKかどちらになりたいですか?
信じるか、信じないかは、あなた次第です。

57:コピペ:2011/05/28(土) 22:41

■■■■■■■■■■■■■■■■
■                     ■  違う板にコピペすると、四角の枠の中に
■                     ■  メッセージとURLが現れる不思議な絵。
■                     ■
■                     ■  (その仕組みがリンク先に書いてある)
■                     ■
■                     ■  この原理を応用すると、まったく新しい
■                     ■  コピペが作れる予感。
■■■■■■■■■■■■■■■■

58:コピペ:2011/06/23(木) 20:12

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■                     ■  違う板にコピペすると、四角の枠の中に
■                     ■  メッセージとURLが現れる不思議な絵。
■                     ■
■                     ■  (その仕組みがリンク先に書いてある)
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■                     ■  この原理を応用すると、まったく新しい
■                     ■  コピペが作れる予感。
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59:コピペ:2011/07/25(月) 22:11

      ._
       \ヽ, ,、
        `''|/ノ
         .|
     _   |
     \`ヽ、|
      \, V
         `L,,_
         |ヽ、)  ,、
        /    ヽYノ
       /    r''ヽ、.|
      |     `ー-ヽ|ヮ
      |       `|
      |.        |
      ヽ、      |
        ヽ____ノ
        /_ノ ' ヽ_\
      /(≡)   (≡)\
     /::::::⌒(__人__)⌒::::: \
     |     |r┬-|     |
     \      `ー'´     /
.┼ヽ  -|r‐、. レ |
.d⌒) ./| _ノ  __ノ

60:コピペ:2011/11/25(金) 12:14

1979年、東京都小平市のとある民家で、精神科医の妻と母親が刺殺されるという事件が発生した。
犯人の桜庭章司はその数時間後、池袋駅で銃刀法違反で逮捕されたが、
取り調べで桜庭が語った犯行の動機は余りにも衝撃的なものだった。
桜庭は、15年前、殺害した家族の精神科医にロボトミー手術を受け、その復讐をしたかったと自供したのである。
そして蕩々と語られはじめた桜庭の過去は余りにも悲痛なものだった。

桜庭はそれまでスポーツライターとして働いていたが、ある日、些細ないざこざを起こして警察に逮捕された。
そして精神鑑定を受けた結果、異常が認められたため、精神病院への強制入院を命じられたのである。

桜庭は、入院後もしばらくライターとして働き続けたが、ある日、医師が肝臓検査を理由に桜庭に全身麻酔をかけた。
そして桜庭が目を覚ましたとき、彼はそれまでとは何かが全く変わっていた自分に気づいた。
医師は、ロボトミー手術を、本人の同意さえ得ぬまま、桜庭に施していたのである。

そして間もなく、桜庭は医師から"術後に"手渡された手術の同意書にサインすることを条件に退院したが、
彼の人生 ― そして彼自身 ― はそれまでとは全く変わり果ててしまった。
特にライターという職業にとって、ロボトミーによって引き起こされた感覚鈍麻は致命的だった。
それから彼はライターを止め、様々な職を転々としながら、手術を行った医師への恨みを募らせていったのである。

1978年(昭和53年)のある日の夕方、桜庭はマニラ湾の夕日を眺めていたとき、はっきりと覚った。
世界に名高いマニラ湾の夕日を見ているのに、俺の心には何の感動も湧いてこない。
もはや俺は人間ではないのだ。生きている資格はない。
こんなことになったのは、あの藤井医師のせいだ。
あいつがチングレクトミー手術をしたせいだ。あいつを殺して俺も死のう。

そして1979年9月26日、後に「ロボトミー殺人事件」と呼ばれるようになるその事件を最後に、
日本ではロボトミーという言葉はほとんど聞かれなくなる。

61:コピペ:2011/12/24(土) 12:11

 阪神・淡路大地震のあと、阪急電車の復旧を沿線の人々は待ち望んでいた。うちもその一軒。
 夜を徹して行われる作業、騒音や振動をこらえてくださいと、電鉄会社の人が頭を下げに来た。
 「何を言ってるんだ?我慢するに決まってるじゃないか。それよりも一刻も早い復旧を。」
 うちも含めて、沿線の人々はみなそう言って、電鉄会社の人を励ました。

 阪急は国の補助も受けず、少しづつ復旧・部分開業していった。
 そして最後に残された西宮北口〜夙川間の高架部分の再開によって、
 ついに神戸本線は全通した。
 再開の日に、もちろん漏れも乗りに行った。神戸で逝った友のもとへ行くために。
 運転台の後ろは人だかりだった。みな静かに鉄道の再開の喜びをかみ締めているようすだった。

 夙川を渡るそのとき、川の土手に近所の幼稚園の園児たちが立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。
 手書きの横断幕を持って・・・。

     「あ り が と う  は ん き ゅ う で ん し ゃ」

 運転手が普段ならしないはずのそこで敬礼をした。
 そして大きく「出発進行!」と声を上げた。
 その声は涙声になっていた。漏れも泣けた。

 ときよ、上越新幹線よ、もまいを待っている人々がいる。
 復興のために、そして人と人をつなぐために、よみがえれ、不死鳥のごとく。

62:@:2012/06/19(火) 14:39

あなたがこのテストを気に入ることを約束します。
ちょっと考えて答えてね。
終わったらあなたは笑みがこぼれすっごい幸せになることを保証しちゃうよ。
ちょっとした楽しみ。だけどきちんと問いに従って。
ズルはしてはダメ。
クイズを始める前にお願い事をつくってください。
  注意:読みながらクイズをやること。
問いは4問。
もし終わる前に最後の答えをみたら、このテストの意味はなくなってしまいます。
だから答えをみようと先走らないで。
ゆっくり画面を下にズラし一問づつやって、ペンと紙を用意して書き残していって下さい。
最後にその答案が必要となります。
偽りのないクイズで、本当の自分を知るでしょう。
>>1.あなたの好きな順に下記の5つの動物を並べて下さい。
>>牛、虎、羊、馬、猿>>
2.次の単語に1つづつイメージを表現して下さい。
>>>>>>犬、猫、ねずみ、コーヒー、海>>>>
3.次の色でイメージする異性人物(相手もあなたを知っている人)を書いて下さい。
>>>>>>さっと書いて考え直さないこと。>>>>>> 黄色、オレンジ、赤、白、緑、
4.最後にあなたの好きな数字と週のうちで好きな曜日を答えて下さい。
>>>>>終わりましたか?>>>>
>いいですか、あなたの答えがあなたが本当に何を感じてるか・・・ これが最後のチャンスですよ・・・。
>さて、解答です。
>>>ですがその前にもう一度自分のお願い事を確認して下い。
>>>>>> 1.あなたの人生の優先順位について 牛は、キャリア、職業を意味します。 虎、プライド。 羊、愛。 馬、家庭。 猿、金。
2.犬 あなたの人格について  猫 パートナー、 ねずみ 敵、 コーヒー SEXのさま、 海 人生。
3.黄、あなたを決して忘れない人  オレンジ、あなたが密かに好きな人。 赤、あなたが本当に好きな人  白、あなたの事が好きな人 緑、あなたが今後の人生でいつも思い出す人。
4.あなたは、あなたが答えた数字分これを知らせなければなりません。 するとあなたのねがい事はあなたの言った曜日にかなうでしょう。
というわけです>みなさんしあわせになりましょう。
どうでしたか?当たっててました??

63:吹雪:2012/09/27(木) 12:54

コピペじゃないけど一つ。

私は中学生のころ癌で母を亡くした。

母は頑張り屋で弱音も吐かなかった。
癌の初期症状も出ていたのに私たちに
言わなかったらしい。

ある日母が急に倒れて救急搬送。
どうすることも出来ない状態まで
癌は進行していた。

母を問いただすと
「ごめんなぁ…お母さんこんなんなってしもて…」
と謝ってばかりだった。

日に日に進行していき、遂には話すことも
困難になったしまった。
そしていよいよ峠。
医者からも覚悟しろと言われ、泣く泣く
母のもとへ向かった。

母はカサカサの口を開いて
「ごめんなぁ…○○…ごめんなぁ…」
とまた謝ってばかりだった。
「お母さん、もう謝らんで。な?笑ってぇな」
父も私も号泣して、すごい顔だったと思う。

「○○…お父さん…これ…」
母が震える手で取り出したのは、封筒。

「ありがとうな…ありがとな…○○…お父さ…」

その瞬間母の手から力が抜け、瞼を閉じた。
母は逝ってしまった。
ずっと泣きっぱなしだった。

そのあと、もらった手紙を読み、
私はさらに号泣した。
内容です。
○○へ

この手紙を読んでるならお母さんはもう
死んじゃってるよね。
ごめんね。淋しい思いさせて…
お母さんはいつでも見守っているからね。
いくら辛くても早くにお母さんのところに
来ちゃだめよ。
幸せになって、人生最後まで生きて、
皆に見守られて人生終えてから来なさい。
お母さんいつまでも、待ってるから。
お父さんと仲よくね。
見守っているからね。

お母さんより

64:cc:2012/11/20(火) 20:12

この間祖父が体調を崩して寝込んだ。
心配して実家に戻ったんだけど祖父の知り合いや元部下の方々が
代わる代わる、毎日のように見舞いに訪れる。
「君のお爺さんには何度も助けられた。駆け付けられずにはいられない。」
皆さん口々にそのような事を言う。
祖父はもう元気になって俺も戻ってきたんだけど、あの人どんだけ慕われてるんだと
考えたら涙が出てきた。

65:neko:2012/12/03(月) 00:26

昔友人のRから昔聞いた話。
Rの実家は猫好きな一家で、野良猫に餌をあげているうちに家中猫だらけになってしまったそうだ。
(高校の頃遊びに行ったが、ほんとにそうだった。)
住み着いた猫が仔をつくり、その仔もまた仔をつくる。一時は家庭崩壊しかけたほど猫が増えたそうだ。

そのうちの一匹の猫の話。

その猫も他の猫同様、野良時代に餌をもらい、それが何度か続くうちにRの家に住み着いた。
そして、その猫も仔を宿し、五匹の子猫を生んだ。しかし母猫は病気だった。出産後、餌は食べても吐いてしまうか、もしくはひどい下痢だった。
だが、子供はまだ小さい。母猫はじっと耐えるように五匹の子猫達を守っていた。
あまりにひどそうなので、見かねたRの母親が病院に連れていこうと近寄るが、
母猫は子供を取られると思っているのか、決して触らせようとしない。怒り狂って引っ掻いてくるのだ。

次の日、母猫はついに動けなくなっていた。出産の疲労と病気による衰弱のためであろう。
母猫の周りは、自らの汚物でいっぱいだった。
しかし、母猫はいとおしそうに五匹の仔をまんべんなくなめていた。
こいつは今日死ぬな。。衰弱しきった母猫をみてRはそう思ったそうだ。

そしてその夜、Rの母親が2階の自室で寝ていると、もぞもぞと布団の中で何かが動く。
それは子猫だった。
あれ?と思い電気をつけてみると、他の四匹の子猫たちも自分の布団のまわりにいる。
子猫たちは寒いのか、か細い声で鳴きながら布団に入ろうとしている。

そして、少し離れたところに、あの病気の母猫が静かに横たわっていた。
もう息はしていなかった。

決して子供達に近寄らせようとしなかった母猫は、最後の力を振り絞って一匹一匹わが仔をここまで運んできたのだろう。
死ぬ姿を人に見せないと言われるプライドの高い猫が、寝室の真ん中で死ぬことを選んだのだ。

子供達を託すために。

66:コピペ:2012/12/24(月) 19:43

嫁に買い物を頼んで一万円札を渡した。 
「3300円だったよ。はい、お釣り」と手渡された額は7700円。 
何も言わずに1000円渡したら「お駄賃なんていいのに」と言いつつニコニコ。 
思わず「可愛いな、お前」と声をかけたらそこにニヤニヤが加わった。 
このまま何も言わずに置いとこうと思う。

67:猫大好きちゃん:2013/04/01(月) 18:49

私は一人暮らしです。

68:コピペ:2013/04/02(火) 12:44

娘が六歳で死んだ
ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。

直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。
葬式には別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく、機械的にすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。
とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて、
とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお♪と歌っていたっけ。
ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。

69:野能:2013/04/27(土) 16:43

3年前の明日、嫁が外出先から帰ってこなくなった。

信号無視の車にはね飛ばされてさ、
12時に外出して、次に会ったのは午後4時。病院で。
でも、あれ、本当に嫁だったのかなあ。
包帯でぐるぐる巻きになって、顔見えなかったし、よく分からなかった。

そのままふっと気が遠くなって、次に気がついたのは、鉄の扉の前だった。
ゴーッて、音がしてて、嫁のオヤジさんお袋さんが号泣してた。
俺の両親も泣いてた。

それ以来、何をしてもなんだか現実感がない。
見るもの聞くものすべてが、うすーいベール越しに見ているみたいだ。
ソープ行っても、気持ちいいんだけどなんだかやっぱりリアリティがない。
嫁とのH撮ったビデオ見ながらマスかくほうがよっぽど気持ちいいというのは、どうしたもんだかw

こうしてネットをしてると、なんだかもうすぐ嫁が帰ってくるような気分になってくるのはなぜだろう。
「ただいまー、アー、暑かったー」って、声がして。
「今日は冷たいパスタでいいよねー? 」って、両手に荷物持って。

帰ってきてくれないかなあ、嫁。

70:コピペ:2013/05/01(水) 12:46

永禄七年(1564)、徳川家康の三河吉田城攻めで、徳川十六神将の一人としても数えられる、
当時26歳の青年、蜂屋半之丞は、本多忠勝と先陣を争い、数多の敵を討つなど大きな活躍を見せた。
が、不運にも流れ弾に当たり、討ち死にした。

半之丞の屋敷では、彼の母が半之丞の帰りを待っていた。
蜂屋家の家来達が戦場より返ってきたので母は急いで門前に走り聞いた

「半之丞はどうなりました!?」

これに家来は沈痛な面持ちで、「討ち死になされました」と、報告をした。

ところが、母はこの家来にキッと顔を向け
「そんなことは知っています!討ち死にまでの首尾はどうだったかを聞いているのです!」

「そ、それでしたら、多くの敵を斃しました。」

にこりと笑い
「それを聞きたいと思っていたのです。」

そう言って、奥へと戻っていった。
そして家来たちに見えぬところまで下がると、そのまま打ち伏し、前後もわからなくなるほど
泣き、嘆いたとのことである。

当主である半之丞が死んだ以上、蜂屋家を守るのはこの母である。
息子の戦死とはいえ、家来達の前で嘆くわけにはいかなかったのだ。

そんな時代の、武士の母の、お話。

71:コピペ:2013/07/16(火) 01:48

俺が実際体験した話し。
俺には2つ下の弟がいる。
母子家庭だった事もあり、たくましい兄で通っていた。
勉強は勿論運動神経も抜群ww
そんな俺が中三の時事件は起きた…いくらエリートでも性欲は溜まる。
そんな俺は風呂でオ○ニーをしたんだ。
まさに携帯を見ながらフィニッシュ直前で、なんと弟がいきなり風呂のドアを開けたんだ。
もち瞬間でアソコはしんだ。。
それどころか大好きな弟に『消えろかす』と言って扉を閉めた。

72:コピペ:2013/07/21(日) 22:46

「この世の中もまだまだ捨てたもんじゃない」そう思えるような素敵な出来事がアメリカで起き、いま人々の心を和ませている。と同時に、「人を見た目で判断して、決めつけたり疑ったりしてはいけない」ということを再認識させられた海外ユーザーたちが続出しているようだ。

ミズーリ州在住の女性がある日道を歩いていたところ、物乞いをするひとりのホームレス男性の前を通りかかった。彼女は、そのとき持ち合わせていた小銭をあげようと財布を取り出し、男性が持っていたカップにお金を入れてその場を立ち去ったそうだ。だがその際、財布の中にしまっておいたダイヤモンドの婚約指輪も一緒にカップの中に入れてしまっていた。

彼女がそれに気付いたのは翌日になってからだった。財布に入れておいたはずの指輪が見当たらず、これまでの行動をいろいろ思いだしてみた結果、「あの時」だと確信したそうだ。そして、それに気付いたとき、彼女は「もう戻ってこないと思った」という。

諦めつつも前日お金を寄付した場所へ行ってみると、あの時の男性を発見した。彼女が「私を覚えていますか?」と尋ねると、男性は「いつも大勢の人を見ているからわからない」とそっけない返答。やはりダメかと思いつつ指輪のことを聞いてみると、なんと彼は「ああ、これね」と言ってあっさり手渡してくれたという。

もう二度と指にはめられないと思っていた大事な指輪が無傷で戻ってきたのだ。ただ高価なだけでなく、彼女にとっては世界にひとつしかない婚約指輪である。そのときの喜びはハンパなかっただろう。

だが、それと同時に彼女は、男性を身なりで判断してしまった自分に気付いた。そして、「世のなかにはまだまだ善良な人たちがたくさんいることを再認識させられた」と語っている。この出来事を知った海外ユーザーたちも、それぞれに感じるところがあったようだ。
 
「素晴らしい人格者。この世の中も捨てたもんじゃないね」
「ホームレスだからとか貧しいからといって泥棒するとは限らない。こんな当たり前すぎることを再認識させられたよ」
「人を見た目で判断してはいけないことを再確認した」
「本当に人の人間性が表れるのは、裕福で満たされているときではなくて、辛く苦しい時だと思う」
「綺麗な格好をした金持ちや政治家のほうが、よっぽど人を騙したりお金に目が眩んだりしていると思う」
 
……などなど、いちばんお金を必要としているであろう人物がみせた善良な行いに、多くの人が考えさせられたようだ。みなさんは今回の出来事に何を思うだろうか。

73:コピペ:2013/10/03(木) 19:12

昔、会社の慰安旅行の宴会でフィリピン人のストリップが始まった。
酔っ払って一緒に裸踊りしたあと楽屋で彼女達と話したら、片言の日本語で、
「あなた裸になるの恥ずかしくないか?私はとても恥ずかしい」
と漏らした。涙がでた。

74:コピペ:2013/11/02(土) 08:47

私は22歳。彼氏は25歳。彼氏は社会人二年目です。

婚約指輪をもらいました。
TIFFANYの婚約指輪で0.24カラットです。

ダイヤが小さくてショックで泣いてしまいました

私は結婚式もこだわらないため喫茶店とかカフェで簡単な式でいいよねって彼と話してた


結婚旅行も得にこだわらないし、

こだわったのは婚約指輪だけだったんです。

それに二人共子供苦手なので将来的に子供を産むつもりもありません

なのに婚約指輪のダイヤが小さくてすごくショックで過呼吸になるくらい号泣してしまい
ました

私の母やおばあちゃんは婚約指輪のダイヤ小さいねとかって批判してくるようなタイプの
人です

きっと言われるんだろうなって思うと辛いし


私はホワホワしててすごく女の子っぽいタイプなため(自分では思いませんが周りからそ
う言われます)女性から結構揚げ足をとられることも多かったです。

例えば彼氏の話しをしばらくしないだけで「最近話ししないけど別れたの?」とかって少
し面白そうに言われたり

彼氏がドンキでGUCCIの時計を買ってくれてつけていたら「その時計かわいいね」と褒め
られました

そしたら一緒にいた女友達に「でもドンキのでしょ」とかって言われたり他にも女性から
結構揚げ足をとられる発言をよくされてきました

だから自分に自信がないし、どうせダイヤの指輪つけてても「ダイヤ小さい」と親やおば
あちゃんや周りの女性から言われるんだろうなと思い

ショックで泣いてしまいました

ダイヤが小さいのも嫌だしそんな事で泣く最低な自分はもっと嫌です

自分に自信がないため小さいダイヤをつけてたら余計自信がなくなりそうです

あと、予算35万くらいと言っていたのに買った指輪は全部で30万くらいみたいでした。

一生に一度の婚約指輪なのにそんなとこケチるなんてひどいと彼に対して思ってしまうし

もうどうすればいいのかわかりません

75:コピペ:2013/11/27(水) 12:16

■2013年プロ野球視聴率TOP 5
1位 28.4% 2013/11/02(土) 18:40-21:56 TBS 2013プロ野球日本シリーズ・楽天×巨人・第6戦
2位 27.8% 2013/11/03(日) 18:30-22:14 EX* 2013プロ野球日本シリーズ・楽天×巨人・第7戦
3位 23.6% 2013/10/31(木) 18:05-22:19 NTV 2013プロ野球日本シリーズ・巨人×楽天・第5戦
4位 22.5% 2013/10/26(土) 18:30-22:04 EX* 2013プロ野球日本シリーズ・楽天×巨人・第1戦
5位 20.3% 2013/10/27(日) 18:30-21:58 EX* 2013プロ野球日本シリーズ・楽天×巨人・第2戦
5位 20.3% 2013/10/30(水) 18:05-22:44 NTV 2013プロ野球日本シリーズ・巨人×楽天・第4戦

■2013年Jリーグ視聴率TOP 5
1位 *6.5% 2013/01/01(火) 13:50-16:15 NHK 第92回天皇杯全日本サッカー選手権・決勝「ガンバ大阪×柏レイソル」
2位 *4.5% 2013/11/02(土) 13:00-15:15 CX* ヤマザキナビスコカップ・決勝「浦和レッズ×柏レイソル」
3位 *4.3% 2013/03/02(土) 13:55-16:05 NHK Jリーグ中継2013 開幕戦「サンフレッチェ広島×浦和レッズ」
4位 *2.4% 2013/10/27(日) 16:00-18:00 NHK Jリーグ中継2013「浦和レッズ×柏レイソル」
?位 **.*% (ランキング圏外で不明) 2013/02/23(土) 13:30-15:35 NTV ゼロックススーパーカップ・決勝「サンフレッチェ広島×柏レイソル」
?位 **.*% (ランキング圏外で不明) 2013/03/16(土) 14:00-16:00 NHK Jリーグ中継2013「ベガルタ仙台×柏レイソル」
?位 **.*% (ランキング圏外で不明) 2013/05/03(祝) 15:30-17:30 NHK Jリーグ中継2013「横浜Fマリノス×鹿島アントラーズ」

76:コピペ:2013/11/29(金) 23:23

子供の頃見たバラエティ。芸能人が指令を受けて、ミッションを遂げるみたいな番組だった。
その中で「ゾウの涙」を採取して来い、って言うのがあった。どんな事をしたのか
殆んど覚えてないけど、(さすがに叩いたりはしなかったと思う)

全然取れなくて、最後の手段として
芸能人がアフリカの写真を見せた。夕日に染まるアフリカの大地。
子供心にそれはないだろー、と思ってたら、ゾウがポロポロと涙を流した。
まるで懐かしい、帰りたい、って言うように。
とても衝撃的だった。むしろ感動的ですらあった。
その頃知らなかった「ヤラセ」であってもあれは忘れられない。

77:拡散希望:2013/12/01(日) 09:34

文才がないため、酷い文になると思いますが、少し私の話に付き合ってください

24歳のとき、私は、人生のどん底にいました
6年付き合って婚約までした彼には、私の高校時代の友人と駆け落ちされ、
父親が死に後を追うように、母も自殺
葬式やらなんやらで会社を休んでいる間に、私の仕事は後輩に回り、残された仕事はお茶汲みと資料整理
そしてついに彼に逃げられたことが会社に広まり、私は笑い者でした

もういっそ死んでしまおう

そう思ってからは早かった
アパートに帰り、元彼のネクタイで首吊りようの縄を作り人生が嫌になったので自殺しますと遺書を残し首に縄をかけました

78:拡散希望:2013/12/01(日) 09:36

>>77
あぁ、終わる
私の人生はなんだったんだろう

でも、立っていた椅子を倒そうとしたときでした

ガチャッ

アパートの扉が開き、知らない男の人と目が合いました

その時の私は相当間抜けだったとおもいます
でも、その男の人も間抜けな顔をしてこの状況に困惑していました

「お、降りてください!!」

でもすぐにその人は靴も脱がずに部屋に上がってきました
私を抱き上げ縄を外すと私をジッと見つめました

「部屋を間違いました」

それだけ言うとその人は静かに部屋から出て行きました
私は突然のことに脱力し、そのまま眠りにつきました

次の日いつも通りに仕事に行き、いつも通りに雑用を任され、いつも通りの時間が過ぎていきました
ですが、いつも通りではないことが一つ
私の部屋の前に、誰か立っているのです
それが誰なのかはすぐに分かりました
その人は私を見ると軽く頭を下げて私の元にも歩いてきました

「昨日はすいませんでした、僕の部屋はあなたの上の階なのですが、昨日は酔っていて」
「なにかお詫びがしたいです、お暇ですか?」

79:拡散希望:2013/12/01(日) 09:38

>>78
その人は優しく素直な人でした
私と同い年だったこともあり、いくつかの飲み屋をはしごするうちに打ち解けていきました
初対面のはずが、会話が途切れないのです
5軒目を出たときには、2人とも真っ赤な顔をしてフラフラしていました
駅前のベンチに2人で座り、また他愛もないことを話しだします

「君といると楽しいよ」
「私も楽しい」
「だから、死なないで」

彼の声は真剣でした
色々な話をしましたが、私が自殺しようとしたことについて彼が何か言ったのはこれが初めてでした

「もう分からない、私が生きている意味も、何のために生きていけばいいのかも」

婚約者のこと、両親のこと、会社のこと
私が話している間、彼は黙って聞いていました
私が涙で言葉を詰まらせると、彼は優しく背中を撫でてくれました

「なら、僕のために生きてください
僕はあなたのために生きていきます」


今考えてると、こんなことを言ってしまう彼も、大泣きしながら頷いた私も、酔っていたのです
普通なら、初対面の女にこんなことは言わないし、私だって初対面の男の言葉を信じるはずがありません

でも彼は、私を幸せにしてくれました

どちらも一人暮らしだったため、夕飯はどちらかの部屋で食べるようになりました
私は料理が得意ではありませんでしたが、彼の料理は絶品でした
そして半年が経ち、私の誕生日がやってきました
仕事から帰ると、あの日のように彼が部屋の前に立っているのです

「おめでとう、一足先におばさんだね」

彼はそう笑いながら、大きな花束をくれました

その日を境に、正式に付き合い始めました
私の部屋を解約して、彼の部屋で一緒に暮らし始め、私は彼に甘えて仕事を辞めました
それからは、掃除と洗濯と料理、毎朝の彼のお弁当作りが私の仕事になりました

80:拡散希望:2013/12/01(日) 09:39

>>79
そしてまたその半年後、仕事から帰ってきた彼が100点の答案用紙を見せるようなキラキラした目で

「貰ってきちゃった」

と、婚姻届を私に見せてきました
一週間後には、彼のご両親に、挨拶に行きました

お義母さんもお義父さんも、とてもいい人たちでした
結婚の挨拶に行くと、彼から聞いていたのか、色々大変だったわねと涙を流してくれ、息子をお願いしますと深々と頭を下げられました
本当に暖かく、私を娘のように可愛がってくれました

新しい両親ができ、幸せになれた
私は婚姻届にサインしながら彼に聞きました

「私もあなたを幸せにしたい
あなたの為ならなんでもするから、なにか恩返しをさせて?」

彼は少し考えたあと、優しく笑いながら言いました

「僕より先に死なないで」

結婚式は挙げませんでした
相変わらずずっと狭いアパートで二人暮らしです
私は子供が出来ませんでした
私は彼にも、両親にも子供の顔を見せることが出来ず、悔しかった
しかし、誰も私を責めませんでした
私はいつのまにか、優しい人に囲まれていました
幸せで、本当に幸せで、
気がつくと、彼と出会って10年が経っていました

私はだめな嫁でした
上達しない料理とお弁当を毎日食べさせ
結局子供も出来ず
彼に甘えてばかりでした

しかし彼は、私の料理を残さず食べてくれ、いつもありがとうと言ってくれました
誕生日の花束も忘れたときはありません
私を気遣い、休日は彼が家事をしてくれました

私は幸せでした

私は今、病院のベッドの上にいます

先月癌が見つかりましたが、発見が遅く、良くて1年だろうと言われました
彼は毎日見舞いに来て、私の手を握ってくれます

一度死のうとした私への罰でしょうか
まだまだ彼といたいのに、
私は彼より先に死んでしまうのです
幸せにしたいと言ったのに、
そんな簡単な約束も守れないのです
本当に私はだめな嫁ですね
優しい彼を毎日泣かせてしまうなんて

長々とすいませんでした
休み休み書いていたら、こんなに長くなってしまいました
最後にもう少しだけ

81:拡散希望:2013/12/01(日) 09:40

>>80

さくらです
優、あなたに出会えて、あなたの家族になれて幸せです
私を見つけてくれてありがとう
優の優しさが、私を救ってくれました
約束、守れなくてごめんなさい
先に向こうで待ってるね
優はおじいちゃんになってから、来てください
愛しています


いつかあなたの元に届くことを祈って

82:コピペ:2013/12/19(木) 23:38

4月の集団登校時には一人で児童の輪に入っていけずに
父ちゃんと手を繋いでいないと学校まで行けなかった息子。

夏には学校の途中まで一緒で、別れた後にはトボトボと行きにくそうに歩いていた息子。

今では父ちゃんと手を繋いで歩いていても、クラスの友達を見かけると
手を振りほどいて級友に駆け寄って行くようになりました。

83:コピペ:2014/01/29(水) 09:38

413 :2-1:2014/01/28(火) 00:43:49.19 0
悪夢のような半生を吐き出す
スレチならごめん
元夫は優しい人だった
夕食を食べながらいつもさりげなく「美味い」
弁当を作った日は「ありがと」と言って出勤して行った
休日の買い物はいつも付き合ってくれて荷物も当然のように持ってくれた
私が仕事で遅くなり元夫が先に帰った日は風呂の用意を済ませ
料理までは出来なかったけど直ぐに料理が出来る様に準備していてくれた
皿洗いも時々してくれた。ゴミ出し当番もやってくれた
結婚記念日や誕生日には他愛の無いものとは言え必ず何かを買って帰って来てくれた
お金も全部私に任せてくれた
私は当然の事だと何の感情も抱かなかった。完全に感覚が麻痺していた
私はそんな優しい元夫をこっぴどく裏切った

84::コピペ:2014/01/29(水) 09:39

414 :2-2:2014/01/28(火) 00:45:08.25 0
パート先の、男らしく頼りがいのある独身の社員と意気投合して恋をした
運命の人に出会った。元夫との結婚は誤りだったと信じて疑わなかった
体は許さなかったけど、彼と食事やデートを頻繁にするようになった
私は元夫のことを良く思っていなかった亭主関白な父親の言葉を利用して
元夫に冷たく当たり悪口を言いふらし周りを味方につけた
元夫は離婚届にサインする直前まで私を引き止めようとしていた
その時、ただただ私の幸せな将来を邪魔する存在にしか見えなかった
私はそこでも暴言を吐き、元夫は観念して震える手でサインした
それでも元夫は慰謝料も何も要求しなかった
私は全てを捨てて自由の身になり彼の元へ走った
でも幸せだと思ったのは付き合っている時だけだった
いざ同棲して見ると家のことは何もしない、何の気遣いもしない、
自分の遊びを優先する、文句を言うと怒鳴る、横柄で、ぐうたらで、金遣いの荒い人間だった。冷めた
同棲を解消しパートも辞めて実家に逃げ帰った
あれから何人か男と付き合ったけど長続きしなかった
元夫との何気ないと思っていた生活がどんなに幸せだったかを思い知らされる
元夫の話題が出て悪く言われる度に心が痛んだ
100%無理だと分かっていても慎ましく生きていればいつか
元夫と寄りを戻せると思いながら数年が過ぎた
ある日、母に頼まれショッピングモールに一人で買出しに行った
買い物を済ませ、荷物を抱えて駐車場を歩いている時に
紛れもない前夫の車が止まっていることに気付いた
凄く懐かしい気持ちになり思わず近づいて見る
後部座席にチャイルドシートと熊のぬいぐるみがあった
気が付くと私は車に戻って泣いていた
もう二度と幸せな生活は戻って来ない

85:綾波レイ:2014/12/07(日) 23:41

10年前ってどんだけ前だよ…

86:コピペ:2016/02/07(日) 11:11

宗次 徳二(むねつぐ とくじ、1948年10月14日 - )
日本の実業家。株式会社壱番屋(カレーハウスCoCo壱番屋)の
創業者で元会長。現・特別顧問。

戸籍上は1948年(昭和23年)石川県生まれとされるが両親は不明。
生後まもなく兵庫県尼崎市の孤児院に預けられ、3歳のときに
雑貨商・宗次福松、清子夫婦の養子にとなる。

養父が競輪やパチンコなどのギャンブル好きで生活が不安定だった
ことから、15歳まで生活保護を受けて生活し、岡山県玉野市など各地の
廃屋を転々とした。

養父に愛想を尽かした養母は失踪。養父と2人で、電気や水道を引くことも
できず、ろうそくで明かりを得、雑草を抜いて食べるほど困窮した生活を送る。

8歳のときに居場所が判明した養母を頼り、養母が住む名古屋市の四畳半の
アパートに家族3人で住むが、すぐに養母は家を出た。
暴力を振るう厳しい父と2人で暮らし、パチンコ店で零れ玉やシケモク
(煙草の吸殻)を集めるなどして生計を助けていた。

吸殻を拾わなかったり、掃除を怠ると、養父から全裸にされ箒で殴られる
などの虐待を受けた。だが15歳のときに養父が胃癌のため死去し、養母と
同居するようになる。

朝5時半の始発電車に乗り、登校前に同級生の父が経営する豆腐屋で
アルバイトしながら学費、生活費などを稼ぎ、1967年(昭和42年)3月に
愛知県立小牧高等学校商業科を卒業。


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