一歩、また一歩、カミラが近づく。
男は恐怖で身動きが取れないように見えた。
しかし、男は不敵な笑みを浮かべ、赤熱した拳を地面に叩きつけた。
「焼き尽くせ!!」
叫びと共に地面から炎が吹き上がる、天を衝く炎の柱、それは昨夜アスカの見たものと酷似していた。
一つ、二つ、三つ、上がる火柱、その全てを躱してカミラが迫る。
『邪法・径路切断(イリーガル・シャットオフ)』
閃く銀色、カミラは表情一つ変えず、刀身の中心に楕円の空洞のある奇怪な形の短剣を男の胸に突き刺さした。
傷口から迸ったのは赤い血ではなく、虹色の光、苦痛ではなく驚愕の表情。
炎の柱は消え、男の腕は元の人間の腕に戻った。胸に刺さった短剣を抜こうと柄に手を伸ばした瞬間、男は糸の切れた操り人形のように地面に倒れた、勝敗は誰の目にも明らかだ。
カミラはマネキンのように動かない男の体を道の端に蹴り飛ばし、アスカの元に歩み寄る。
「これからあなたにパスを繋ぐのだけど……ごめんなさい、もう説明している時間がないの」
そう言うとカミラはアスカを抱き起こし、ゆっくりと愛撫するように柔らかなピンク色の舌でアスカの口許の血を舐め取っていった。
頬を紅潮させ、アスカを見つめるその瞳は年相応の少女のものだった、威圧感はもう何処にも無い。
そしてカミラは短剣の鋒を自らの舌先に押し当てる、ピンクが濃い赤へと変わる。
唇と唇が重なる、それはアスカにとって二度目となる血の味のキス。カミラの舌がされるがままのアスカの口内に侵入する、二つの舌が触れ合い絡み合う、広がる鉄の味、脳裏に浮かぶあの夜の光景、ミハルの横顔、向けられた銃口、フラッシュバックする最悪の記憶。
(ミハル!!) アスカは叫んだ、しかし声にならない、アスカの命の炎は、そよ風一つで消えてしまいそうなほど、小さく弱くなっていた。
目を開けているのも辛い、だが今閉じてしまったらもう二度と開く事がないような気がした、でもこんなに綺麗な少女の腕に抱かれて死.ねるなら、それも悪くはないと思った、きっとミハルも同じ気持ちだったのだろう。
「さぁ、帰りましょう、あなたを待っている人の所へ」
カミラはアスカを抱きかかえて、もうすぐ夕焼け色に染まる道を歩き始めた。
【chapter 2】
【襲撃——The Raid】
【END】