アスカ達が喫茶ルインズを出てスーパーマーケットに買い出しに向かう途中のこと、なかなかお目にかかれない光景に出くわした、二十代前半ぐらいのチンピラ風の男が同年代の青年の胸ぐらを掴み脅している、恐喝だ。
しかし人々は一様に見て見ぬふり、青年を助けようとする者はいない、誰もが被害者になることを恐れている、誰もが現実から目を背けている。
青年自身も自力でこの状況を打開しようとしていないように見える、金品が奪い取られるのは時間の問題だろう。
この瞬間、この場所にヒーローはいない。
「七海、お前だけ先に買い物行ってくれ」
「え、でもアスカ……」
「俺は大丈夫だ、心配すんな」
「わかった、怪我しないでよ」
「あぁ、出来る限り期待に応えよう」
何時振りだろう、こんなに心が昂ったのは、アスカの胸の奥に火が灯る、その火は一歩男に近付くたび大きく明るさを増して燃え上がる。
男は青年の胸ぐらを掴んだままアスカを見やり面白いおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。
青年は男が腕の力を弱めた隙に走り去っていった、しかし男はもうそんなものに興味はないと言わんばかりにアスカに怒声を浴びせ掛けた。
「桜扇アスカ! ようやく出会えたな、今すぐオレサマと勝負しろよぉ!」
「……」
「おい、しらばっくれるなよ、オレのこと忘れたんじゃねぇだろうな」
男は威圧的な口調でアスカに迫る、だがこの手の人間は基本的に自分より弱そうな人間しか相手にしない、言葉と態度で武装すれば大抵何もせず逃げていくものだ。
「知らないな、人違いじゃないのか」
彼は人なり、我も人なり、我何ぞ彼を畏れんや。アスカは不要な感情を押し殺し、チンピラの目を真っ直ぐ見つめ毅然と言い放った。
「そうか知らねぇか、まぁ俺はどっちでも良いんだ、どうせお前はここで死ぬんだよ」
「借りを返させてもらうぜ——アンファング!」男の呟いた、アスカにとっては聞き慣れないその言葉がトリガーとなって男を異形の怪物へと変貌させる。
男の両腕の筋肉が異様に発達し、皮膚はひび割れまるで溶岩のように赤熱して湯気を立ち上らせている。
「こいつ、人間じゃないのか!?」
瞠若、驚駭、まさに青天の霹靂、そしてアスカは彼我のパワーバランスが大きく崩れたのを感じとった、だがそれがどうした? この程度の修羅場なら何度も潜り抜けて来たではないか、アスカは男を睨みつける。