金魚

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1:肉まんライフ:2017/01/04(水) 20:46

あの夏祭りの
小さな金魚すくいの
屋台で
出会ってしまった───。

2:肉まんライフ:2017/01/04(水) 20:58

その話は突然に嵐となって舞って来た。
「…は!?夏祭り!?」
池崎は下敷きでぺこぺこと音を鳴らしながら涼しげな顔であおいでいる。
「そー。夏祭り。行かん?」
「待てよ、池崎…。」
「ん?何ー?」
「俺人混みが苦手で…」
「守ってやるわ。」
「暗いところも…」
「屋台あるから大丈ー夫。」
「それから花火の音も苦手なんだけど…」
「耳塞いでやるわ。」
「ちょっと外出したくないんですよ…」
「無理やりにでも引っ張っていくわ。」
「男二人で夏祭りとか虚しい…」
「あ、それ大丈夫。俺の彼女とその友達も連れてくるから。」
「女が苦手で…」
「お前は、本当に人間か?」
はい、勿論の事人間ですよ。
「お前なあ、少しは青春を謳歌したらどうなの?」
「でも…」
「内気すぎるんだわ、お前は。俺という名の友達がいなかったらお前一人ぼっちで便所飯だぞ。」
やれやれと言わんばかりに池崎は言う。確かに池崎以外に友達という友達はいない。
「むー、そこまで言われるとなんか悔しいな。」
「だったら行くか?」
「…仕方ないから行くよ。気は進まないけど。」
本当に人混みは苦手なんだが、迷子にならないだろうか。中学最後の夏。受験勉強もそっちのけで遊びに行くのもいいかもしれない。母に叱られても。…嘘。叱られるのはごめんだな。うちの母は説教が長いから。まあそれもいい思い出になるかもしれない。

3:肉まんライフ:2017/01/08(日) 21:04

帰宅してから気づいたのだが。
「池崎は彼女いたのか…。」
知らなかった。これは、遠回しに俺をそういう話もできる良い友人ではない。そう言われているのだろうか。
「…そもそも。」
何で特に共通点のない俺たちは友達なのだろうか。彼、池崎 唯翔は、明るく振舞っていて今回の彼女のいる件に関しても、モテる奴。そして俺は山口 冬吾という名前すらも誰にも覚えてもらえないような世間一般で言うところのボッチ、モブ、存在感0。いや、待てよおかしいだろ。
「池崎は、何で俺なんかをかまっているんだ?こんなの(俺)は普通気づきもされずに中学校生活の最後を迎える系の奴だろ。」
しかも夏祭りなんかにも誘われて。布団にダイブする。訳がわからない。現実逃避をしよう…。
そのまま俺は目を閉じて寝た。

4:肉まんライフ:2017/01/09(月) 18:13

夏祭り当日。
「やー、わりい。遅刻しちゃった。」
「こんばんは!じゃなくって、ご、ごめんなさい。その、私が悪くってですね、唯翔くんは悪くなくってその、えっと」
ちゃらんぽらんで楽観的な池崎は悲観的な彼女の頭を撫でた。
「山口ー、紹介するわ。俺の彼女の」
「羽柴 奈々と言います。山口さんのことはよく唯翔くんから聞いています。宜しくお願いします。」
まさかあのチャラい池崎がこんな純情そうな彼女持ちだったとは。ボブで内巻きの髪型がよく似合っていて、浴衣ではなく薄い桃色のワンピースにかわいい小さめのカゴバッグもよく似合っている。
「あ、あー。俺は山口 冬吾って言います。宜しくお願いします…。」
「あともう一人くるはずなんだけーど…」
「ああ、あのメールで送ってきたメンバーに書かれてた…えっと佐倉 夢乃さんだっけ?」
「そーなんだけど見当たらねえな。って俺夢乃さん知らないんだよね。奈々の友達だから。」
「あ、そうなんです!すごく綺麗でかわいい子で…じゃなくって、遊ぶ時はいつもこうなんです。時間に遅れてくるんですよ。」
「へー。夢乃さんはなんで遅れてくるの?」
「それが…」

5:肉まんライフ:2017/01/10(火) 15:18

「え。」
僕も耳を疑った。
「奈々?もう一回言ってくれない?」
池崎も耳を疑ってしまった様子だ。
「それが、今日は金魚すくいの練習をギリギリまでしたいから…って理由みたいで。」
「って、奈々の友達さんの夢乃さん金魚愛しすぎじゃね?」
「…金魚の良さがわからないのかしら?」
不意に聞きなれない…いや、聞いたことのない声がした。少し高めの綺麗な透き通った声だ。
「へ?あなた誰…っスか?」
「あ、夢乃!」
この人が、佐倉 夢乃か。黒髪ストレートサラサラ。白いティーシャツに黒のスキニー、黒のパーカー。適度なラフさとも言えず、少し惜しい感じではある。が、顔は整っていて綺麗な顔立ち。服と金魚の趣味に関しては残念ということにしておくか。
「金魚すくい、行く?」
僕はこの場をとりあえず乗りきろうと頑張る。
「貴方、金魚すくい好きなの?」
「う、うーん。好きだけれど一回で取れても3匹くらいだよ?」
「そ。なかなかじゃないの?」
なんか認められた…?
「う、そう?夢乃さんはどれくらい?」
「…いい時は28匹取って、屋台のおじさんに18匹でいいから、返してくれないかって言われたくらいよ。」
「へーそうなんだ…じゃなくって!え!?28匹!?」
「ええ。」

6:肉まんライフ:2017/01/10(火) 17:57

28匹か…。どうりで金魚すくいの練習したくなるわけだ。記録を更新したいとかそういう理由だろう。
「…あ、れ?」
池崎と羽柴さんがいなくなっていた。
「困った、ね。」
「…夢乃さんは、どうしたい?」
「二人はリア充なんでしょ。なら放っておくべきだと思うけれど。きっと人のいないところであんなことやそんなことをしているところに割り込みたくはないからね。」
「なんか、さらっと規制かかりそうだね、夢乃さん。」
夢乃さんはそうね、なんて言ってそのまま歩き出した。俺はそれについていく。すると夢乃さんはピタッと足を止めた。
「…なんで、ついてくるの?」
「え、俺一人にするの?」
「私は金魚すくいに行って帰るだけだから。花火を見るつもりも遊ぶつもりもないけど。」
おい。金魚すくいに友達と行く意味って…。誘われたのにすぐに帰るつもりで来たって…。この人の度胸はすげえな。
「じゃ、じゃあ俺も金魚すくいするよ。」
「早く行かないと金魚が弱ってしまう…。」
「…話を聞けよ。」
「じゃあ、ついてくるだけついて来れば?私といても楽しくないと思うけれどね。」
構わないよ、そう思った。そんな綺麗な顔をして付いてこない男がいるだろうか?いいや、いないわけがない。彼女はそれくらい綺麗で優美で美しい。
「あー、お嬢ちゃん毎年来ているよね。去年も…28匹だったか?凄かったなあ。はい、嬢ちゃん。200円預かったからね。ありがとうね。」
そう金魚すくいの屋台のおじさんは言った。夢乃さんにポイを渡す。このおじさん、渋い。声が。というかこのおじさん去年の夢乃さんどころかその前もその前も知っているような口調だ。いったい夢乃さんは何者だよ。
「そりゃっ、それっ!」
「はっはっは。お嬢ちゃん今年も腕上げたなあ。」
「わっ…」
これは、金魚すくいなのか?ポイの厚さは!?彼女の手は、腕は蝶が舞うような動きで、顔はまるで笑顔だ。
「あ…、おじさん!今年は大量!30匹ですよ!」
「あっはっは。じゃあ20匹返してくれよう、こっちが儲からねえよ。お嬢ちゃん。」
照れ臭そうに頭をかくおじさん。
「私は金魚が欲しいけれど、沢山は欲しくないの。毎年言っていたじゃないですか。10匹だけは持ち帰らせていただきますって。」
「そーだなあ。そんな毎年優しい嬢ちゃんには…はいこれ。」
おじさんは夢乃さんに何かを手渡した。
「おじさん、これ…」
「気に入らんかったら捨ててくれて構わんが…」
「金魚のキーホルダー!欲しかったんです!ありがとうございます!」
「おうよ!」
「ほら、えーと山口くんだっけ?金魚すくい、しないの?」
「え、あはは。いいよ俺は。」
この人の後に金魚すくったら下手だと周りの人に思われてしまう…。

7:肉まんライフ:2017/01/10(火) 23:11

まあ、下手だと思われるとかっていうのは言い訳でしかないのだが。
『今日、卯ノ花夏祭りにお越し下さってありがとうございます。あと、10分ほどで花火の打ち上げを開始いたします。カウントダウンもありますので、どうぞお楽しみにしていてください。』
アナウンスだ。夢乃さんを見る。金魚に夢中だ。だが、数秒すると金魚を愛でていた笑顔はスッと消えて代わりに何かに怯えて震えるような強張った顔をした。
「あの…、山口くんといったよね?」
「あ、はい。山口 冬吾です。」
「ここで私は帰らないとだから、そのじゃあね!ありがとう!」
夢乃さんは走ってバス停に走り出した。
「ちょ、夢乃さん!こんな夜遅くに女の子一人は…危ないよ!」
走って背中を追うが夢乃さんは見向きもせずに全力疾走していた。
「お、お…い、ついた…。」
息が切れる。まるで何かに怯えている様な顔は変わらずのままの夢乃さんの手をつかんだ。
「離して!!!」
「…!?」
夢乃さんの大きな声に思わず手を引いてしまう。こんな声も出るのか。
「わ、私に関わらないで!来ないで!私、行かなきゃ…!」
「行くって女の子一人でどこへ行くつもり!?俺がついていくのはだめなの!?」
「だ、ダメに決まってる!来ないでって言ったじゃない!」
夢乃さんは怒鳴った。夢乃さんの、強張った表情は瞳から涙を流してしまう。
「え、その、泣かすつもりはなくって。ごめん…。」
「…悪いと思うならもう私に構わないでよ。」
冷たく夢乃さんは言い放ったのだ。

8:肉まんライフ:2017/01/11(水) 20:50

「クル…。ユメノ、もう手遅れダヨ。」
「…え?」
夢乃さんとは違う声。でも耳から声が聞こえている気がしない。
「アーくん、どうしたら…ッ。」
「…ム〜。どうしようもナイね。僕にもユメノにも記憶操作はでキナイんだからサ。でも、ウィズがいるからね。だから少し見せつけるくらいでやれバいイサ。」
「あの、夢乃さん?さっきから聞こえてる声誰の声…?」
「アーくんの事?アーくんは私の相棒。っていうか静かに隠れていてくれないかな!?」


【眠し。】

9:肉まんライフ:2017/01/12(木) 23:11

隠れる…?そう言ったよな。クソ、外見がすごく綺麗なのにもったいないな、夢乃さんは。男が守る側だろ。普通は。
「アーくん、ウィズを信じて夢を信じて紫陽花を信じて…アーくんを信じて」
「ユメノ、ウィズを信じテ夢を信じテ紫陽花を信じて…ユメノを信じテ。…アーくんこと使い魔・アムサは使徒に力を貸し出すことを誓う。」
アーくんとやらの姿は相変わらず見えなくて声のみが脳にこだましている。使い魔、使徒。それから、紫陽花。よく共通性の見つからない言葉たちは淡々と並べられる。
「開けっ!アナザー!」
夢乃さんの体が薄い桃色の光に包まれる。あまり眩しくはない。暖かく俺までもが包まれているかの様だ。
「…うっわー。やっぱり変わらないよ。ね?アーくん。」
「ウん。そうダね。アナザーの姿の君はなぜか13歳つまり中学一年生に姿に戻ってしまう。ボくにモ、よく分かラないんダ。」
薄桃色の彼女は初めて会った時の綺麗さはほぼ跡を残していなかった。面影もほとんどない。髪も瞳も薄い桃色に包まれて、服までもが桃色である。よくよく見るとセーラー服にも見えるが…気のせいか。
「ほら、隠れて。私の言うこと聞いてよ。」
「いや、その姿で言われても何が何だか。」
隠れて、か。まさか魔王を私が倒すから隠れていてー何て言わねえよな。それとも何か?ここまでこった衣装や演出からして考えにくいが…俺を撒きたいから?
「…ぁ。来たっ!」
夢乃さんは走り出した。そして何かに蹴りを入れた。
ああ。少し惜しいが、どちらかというと後者ではなく、前者だったか。
「うっわ。何これ。」
「やあ。池崎くんだよね?」
「わっ!誰…ってもしかして声から察するに…」
「そ。君の気にナっていた、使い魔・アムサダヨ。」
何だ、この黒い猫は。弱そうだな。うん。弱者か。俺と同じ立場の奴がいてよかった。だが聞きたいことは山ほどある。アムサにも夢乃さんにも。沢山。


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