【リレー小説】学園女王【企画?】

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1:ビーカー◆r6:2017/01/29(日) 18:05

――この学園は、女王に支配されている。

【主な内容】
生徒会長によって支配されカースト、いじめなど様々な問題が多発した白羽学園(しらばねがくえん)。生徒会長を倒し、元の学園を取り戻す為に生徒達が立ち上がった……という話です。

【参加の際は】
好きなキャラを作成し、ストーリーに加えていただいて構いません。
ただし、
・チートキャラ(学園一〇〇、超〇〇)
・犯罪者系
・許可なしに恋愛関係や血縁関係をほかのキャラと結ばせる
は×。
また、キャラは「生徒会長派」か「学園復活派」のどちらかをはっきりさせてください。中立派もダメとは言いませんが程々にお願いします。
キャラシートは必要であれば作成して下さい。

【執筆の際は】
・場面を変える際はその事を明記して下さい。
・自分のキャラに都合の良い様に物事を進めないように。
・キャラ同士の絡みはOKです。ただし絡みだけで話が進まないということの無いように。
・展開については↑のあらすじだけ守ってくださればあとは自由です。
・周りの人を不快にさせないように。

225:ABN:2018/04/02(月) 06:22

「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」

「あー、いや。先に待ち合わせしてる奴がいるんすけど」


 剣太郎のスマートフォンに、カラオケへの強制参加メールが届いた翌日の午後七時前。そのメールの送り主である不良生徒――ではなく麻衣と晃は、自分たちが指定した白羽駅外れのカラオケ店を訪れていた。
 受付で剣太郎の名前を伝えると、店員はパソコンを操作して各部屋の使用状況を調べる。全国的に世帯数が少ない彼の名字は、さほど時間をかけることもなくすぐに見つかった。


「ええと、19号室ですね。それではごゆっくりー」


 ドリンクバー用のグラスを店員から一つずつ受け取ると、軽く頭を下げてから麻衣と晃は店の奥に進んだ。
 19号室は廊下の最奥近くにあるため、途中にあるドリンクバーも経由すると到着には少々時間がかかる。その間二人は、今回の作戦についての途中経過を話し合った。


「とりあえず、筆崎くんが来てくれて一安心ね。あんな脅迫めいた文章送っちゃって、下手したら怖がって来てくれないんじゃないかと思ったわ」

「仕方ねえだろ? あからさまに協力を頼むようなメール送ったら、処刑の一環とかで筆崎のスマホが誰かに取られたときに不味いじゃねえか。あいつには悪いけど、お互いのためだ」

「……その『敵を欺くにはまず味方から』って考え自体は別にいいんだけど、なんだかまるで病院のときの安部野先輩みたいよ」

「え、マジで?」

「うん。最も、私たちのときは藤野先輩や白野さんがいたからプレッシャーやショックも共有できたけど、もし一人で同じ目に遭ってたら……あれ?」


 そうこう駄弁っているうちに、目的の19号室の前まで辿り着いた。だが扉の曇りガラスから見えるのは、暗闇に浮かぶテレビ画面からの映像による光のみ。また、物音もプロモーションビデオの音声以外何も聞こえてこない。まるで人の気配がない室内の様子に、麻衣は首を傾げる。


「おかしいわね。確かに19号室って聞いたんだけど……。まさか帰っちゃったのかしら?」

「それはないだろ。受付からここまで一本道の廊下だったし、入れ違いだったら鉢合わせするはずだぜ。大方便所か何かじゃねえの?」

「でも、トイレに行くくらいで一々照明まで消す? 帰るときならまだ分かるけどさ」

「さーな、多分節電家なんだろ。とにかく席外してるなら外してるで、先に入って待ってようぜー」


 訝しげな麻衣とは対照的に呑気な思考の晃は、部屋に入るとすぐに扉の横にあるスイッチを押した。それから一拍置いて室内が明るく照らされ、部屋の内装が浮かび上がる。
 誰もいないはずの19号室。しかしそこにあったのは――いや、そこにいたのは。


「うわああああああああああ!?」

「ぎゃああああああああああ!!」

「いやああああああああああ!?」


 ソファーの端で深く俯きながら座り込んでいる学生の亡霊――ではなく、照明もつけず一人静かに待機していた剣太郎だった。
 暗闇から突如現れたそんな彼にまず晃が驚き、その大声に剣太郎が腰を抜かし、さらに二者の絶叫に釣られて麻衣も悲鳴をあげる。思いがけない不注意から発生した彼らの悲鳴三部合唱は、幸いにも防音性が高い個室の中までに留まった。



 ◆ ◆ ◆



「あー、寿命三分くらい縮んだ気分だぜ……。なんで部屋暗いままにしてたんだよ」

「ご、ごめんなさい……。先に何かやってると、絶対に文句言われるから……」

「ってことは、照明一つつけるのにすら難癖つけられるってこと? 理不尽じゃない!」


 三人が互いの正体を確認して冷静になった後。麻衣と晃は一先ずソファーに腰掛けながら、剣太郎の奇妙な待機方法の真相に憤っていた。
 曰く、剣太郎が今回のように不良生徒から呼び出されたとき、何かしらの行動を起こすとほぼ必ず因縁をつけられるのだという。その制限は先に歌を歌ったり料理を注文したりする基本的なものから、自分のドリンクを取って来たり室内の設備に触れたりする些細なものまで。だから彼は真っ暗な部屋の中、二人が来るまで微動だにせず待機するしかなかったのである。

226:ABN 六月第一水曜日/夜七時/白羽駅外れのカラオケ:2018/04/02(月) 06:25

(続き)


「傍から見てたときから思ってたけど、改めて聞くと本当難儀だよなあお前」

「……これくらい、もう慣れたよ。それに今回は俺の自業自得でもあるんだし」

「え? 筆崎くん、私たちに何かした?」

「何かって、二人は覚えてるはずだよ。前に俺、無抵抗の君たちを殴ったじゃないか。今回の呼び出しだって、そのための復讐なんだろう?」

「ああ、そういや……ってか、あのときのこと、まだ引きずってたのか!?」


 忘れていたわけではない。二人が処刑対象に定められて間もないころ、碌な抵抗もできないまま生徒たちにいじめ倒され、苦汁を舐めさせられたあの出来事だ。確かにあのとき剣太郎は、周囲の野次に命令されるまま麻衣と晃に暴力を振るっていた。
 とは言っても小柄で華奢な体が繰り出す攻撃は大したダメージではなかったし、何より剣太郎があの野次に抵抗していれば、彼自身も酷い目に遭わされていただろうことは二人も理解していた。


「あのなあ。筆崎はあのとき、自分から殴ろうとしたわけじゃねえんだろ? 何の非もねえ奴に復讐なんてするかよ」

「え……そうなの? ……でも、俺が二人に手を上げた事実は変わらないじゃないか。その時点で俺はあいつらと同列だよ」

「確かにね。でも、いじめの加害者ってのは大抵、誰かを傷つけた自覚がないものよ。逆に言えば、今の今までずっと悩んでた筆崎くんは加害者なんかじゃないわ」

「そういうこった。とにかく、俺たちが今日呼び出したのは、お前をボコるとかいじめるとかそういうためじゃねえ。それだけは理解しといてくれ」

「はあ……。でもそれじゃあ、どうして俺を……」


 剣太郎からの警戒心はようやく解けたが、今度は自分が呼び出された理由について疑念を向けられる。
 本題を切り出すなら今だろう。麻衣と晃は互いに目配せを送り合ってから、今度は自分たちの事情を話し出した。


「単刀直入に言うわ。筆崎くん、私たちと協力してほしいの」

「き、協力って……まさか、生徒会長に立ち向かえって? 無茶だよ、そんなの」

「まあ、その返事は予想してたわ。とはいっても、準備も整ってないうちから即革命を起こすわけじゃない。それ以前に私たち……いえ、全てのD組やE組にとって重大な問題が立ちはだかっているのよ」

「D組やE組……。もしかして、今回の期末考査かい?」

「そう。もしテスト点数がの合格ラインに届かなかったら、夏休み全返上の補習で革命どころじゃなくなるわ。そうならないように、今は一人でも賢い人の頭が欲しいの。例えば元C組のあなたみたいな、ね」

「…………」

「革命自体の返事はすぐじゃなくていいわ。今はただ、テスト勉強に付き合うと思って力を貸してほしい。……頼めるかしら?」


 麻衣の切な懇願を最後に、部屋の中に静寂が落ちる。テレビ映像の小さい音声だけが流れる中、二人は剣太郎の返答を待った。
 そうして長い数分後、やっと結論がまとまったらしい剣太郎が躊躇いがちに口を開く。


「……分かったよ。テスト勉強くらいなら、教えられないこともないと思うから」

「ほ、本当!?」

「よっしゃあ! サンキュー筆崎、これで俺たちの勝ち確だぜ!」

「まだ勉強もしてないのに気が早過ぎよ、晃くん」

「で、でも、一つだけ断らせて」


 肯定の返事をもらい、早速喜ぶ革命組。晃に至っては既に考査に合格したかのようなテンションだ。しかしそんな二人の早合点に、剣太郎は慌てて水を打つ。


「俺が協力するのはテスト勉強までだ。革命まで付き合うことは、できない」

「えー? せめて期末終わるまではもうちょっと考えといてくれよ!」

「……残念だけど仕方ないわよ。去年から会長派の奴らにずっと迫害されてきたんだもの、筆崎くんの気持ちも分かるわ」

「だからってなあ、お前……!」


(続く)

227:ABN:2018/04/02(月) 06:25

(続き)


 かつて所属していた広報部が強制廃部となってから早数ヶ月。百合香の恐怖と権力を十二分に思い知らされた剣太郎が、革命の加勢を拒むのは半ば想定できたことだ。
 しかし生憎、晃は単純で直情的な性格の持ち主だった。目の前にぶら下がっている蜘蛛の糸を掴まない理由が、理屈では分かっていても感情では納得できなかった。


「うじうじすんのもいい加減にしろよ!! お前の部長の弟だって、今この瞬間にも生徒会長に吠え面かかせようと動いてるんだぞ!? 部員のお前がそんなんでどうすんだ!」

「こ、晃くん! ちょっと落ち着いて!」

「だってなあ、麻衣! 目の前にチャンスがあるのにビビッて何もしないんだぜ!? 情けないったらありゃしねえ!」

「そうじゃなくて! その、天本先輩の弟のこと……!」

「え? あっ」


 勢いのまま椎哉の存在に言及してしまったことに気づき、晃はあわてて口を閉じる。一方剣太郎は、今まで俯いていた顔すら上げて彼の発言に目を丸くしていた。


「まさか君たち……部長の弟さんのこと、知ってるの?」

「あーその。ま、まあな? 筆崎は会ったことねえのか?」

「うん。弟さんがいること自体は部長から聞いたけど、どんな人かまでは知らない。……じゃあ弟さんは今、君たちの革命に協力してるってこと?」

「うーん……まあ、そうだな。一応色々世話にはなってるし」


 正しくは協力というより共闘なのだが。しかし初めて積極的な態度を見せた剣太郎の前で、そういった細かな相違を否定する気にはならなかった。
 晃の回答を受けた剣太郎は、再び黙り込んで自分の思考に集中する。そして今度は短い数分間の後に答えを出した。


「……ねえ。革命に付き合うかどうかの返事、やっぱり保留でいい?」

「いいの? さっきあんなに乗り気じゃなかったのに……」

「あ、飽くまで保留だからね? でも、部長の弟さんが一緒なら、少しは可能性があるかなって思って……」

「なんだよー。お前もそれなりに度胸あるんじゃねえか!」

「いてっ!?」


 剣太郎の声色は、相変わらず自信なさげだ。しかし彼は確かに、他者からの強制ではなく自らの意志で蜘蛛の糸を掴んだ。
 僅かながら前進を見せた彼の背を、晃は満足げな笑みを浮かべながら強く叩いたのだった。


「ところで……テスト勉強をするとは言ったけど、俺はどうすればいいの?」

「ああ。場所は大体決まってるけど、日時はまだ未定だな。詳しくは俺たちからまた連絡すっから」

「それともう一つ。当日待ち合わせ場所に集合するときまでに、どうか強い心を用意してきてね」

「? わ、分かった。」


 まさか広報部部長の弟が、現生徒会に所属する書記とは思うまい。
 剣太郎の度胸がショックで吹っ飛ばないよう、今の麻衣には遠回しな助言を与えることしかできなかった。

228:ABN 六月第一土曜日/午前八時→午前九時/マンション「白羽ハイツ」→?:2018/04/16(月) 18:46

 椎哉が企画した反逆勢力たちの勉強会は、学園中に下位学級学力補完計画が通告されたその週のうちに開催されることとなった。
 主催である椎哉が指定した集合時間は土曜日の朝の八時。平日の登校よりも早い時間に一部の参加者は文句をこぼし、それでも五分前には全員が、待ち合わせ場所の部屋があるマンションの廊下を歩いていた。


「あーあ、何が悲しくて休日の朝っぱらからテスト勉強なんぞしなきゃいけないんだ」

「軟弱ですね、晃。この程度の早起きで根を上げていたら先が思いやられます」

「尤もだけど……。病院のときと言い、どうして彼の待ち合わせはこうも自分本位なのかしら」


 大あくびをしながら愚痴をこぼす松葉晃と、しまりのない異父兄弟に鞭を入れる一葉法正。そんな彼の言い分に頷きつつ、自らも眠い目をこする藤野真凛。


「も、もしかしたら前回みたいに、何かしらの事情があってのことかもしれませんよ?」

「どうだろう? 笹川先輩も言ってたけど、あの人って良くも悪くも何考えてるか分からないからなあ」


 気が立っているように見えた真凛を嗜めようと、椎哉のフォローに回る白野恵里。対して復活派としての彼を目の当たりにしたことがないため、半信半疑に首を捻る戸塚亜衣。


「四の五の言っても仕方ないわ。どの道行けば分かることでしょうし、ここまで来て私たちに危害を加える真似はしないはずよ。……で、そろそろ心の準備はいい? 筆崎くん」

「こ、心はいいんだけど……。その、お腹の方が……ううっ」


 緊張のあまり胃腸の調子が悪くなり、前屈みに腹を抱える筆崎剣太郎。そんな精神的に打たれ弱い彼の体質に溜め息をつく板橋麻衣。
 ――以上七名が、今回の勉強会に参加する復活派の同志たちである。


「ところで板橋先輩。本当にこの『白羽ハイツ』で間違ってないんでしょうか?」

「うん。確かにここの313号室だって聞いたけど……。どうして?」

「いえ、その……疑ってるとかじゃなくて、単にこの人数で押しかけて大丈夫かなあと……」


 語尾をフェードアウトさせながら、恵里は廊下に並ぶ個室の扉に視線を移す。その動作で麻衣は、彼女が何を言いたいのかを悟った。
 椎哉が指定した集合場所「白羽ハイツ」は、白羽町に建つ集合住宅の中でもランクが高い方に入る物件だ。マンションの位が高ければ住居面積も広いのだろうが、それでもこちらは高校生が七人。そんな団体が一つの部屋へ一度に訪問するのは迷惑かもしれないという、心配性な恵里ならではの懸念だった。


「いいじゃない。向こうが来てくれって言ってるんだから、遠慮することなんてないわ」

「ふ、藤野先輩……」

「大体あなたは何かとネガティブすぎるの。もっと胸を張ってなきゃ、革命以前に会長派の奴らに舐められるわよ」

「……だからと言って、図に乗り過ぎて出席停止を喰らうのも考え物ですがね」

「なんですって一葉法正!?」

「まあまあまあ。あっ、313号室ってあれじゃないですか!?」


 法正の嫌味と真凛の地獄耳による衝突を阻むように、亜衣は少々わざとらしい仕草で近くの部屋を指さした。
 彼女の言う通り、扉の横には「313」と書かれた部屋番号のプレートが。さらにその下には、この部屋の住人の名前――「天本千明」の名前も書かれていた。
 思いがけない場所で見た処刑対象の名に、七人は一斉にざわめく。その中でも一際目を見開いて驚愕したのは剣太郎だ。


「これって……まさかここは、部長の家!?」

「なるほど。処刑された家主の部屋で、その弟が開く勉強会という名の集いですか。中々の悪趣味ですね」

「でもよ法正。逆に考えりゃあ、これほど俺たちにぴったりなシチュエーションもそうそうねえだろ?」


 晃が皮肉交じりに、にいっと口の端を釣り上げる。彼の意見に同意するように法正もフッと不敵な笑みをこぼした。
 だがその一方、剣太郎の動揺は傍目でも分かるほど悪化していた。自分以外の六人と部屋の扉をおろおろと何度も交互に見ている。
 そんな彼の挙動不審さに気づいた真凛は、何かを閃いたのか少し意地の悪いにやけ顔を浮かべる。



(続く)

229:ABN:2018/04/16(月) 18:47

(続き)



「ははーん。まさかあなた、部長さんに片想いしてるわけ?」

「なっ!? いや、そ、そんな! 俺なんかが部長に片想いだなんて、お、お、おこがましいです!」

「えっ、筆崎先輩が天本先輩に恋してるって? それは是非とも詳しく聞かせてほしいですねえ〜」

「待って! そんなんじゃないんだって! 勝手に話を広めないでー!!」


 先輩の恋愛事情に興味津々な亜衣と、耳まで真っ赤にしながら慌てふためく剣太郎。二人の様子に真凛はクスクスと愉快そうに笑い、しかしすぐに憂鬱な溜息を吐き出した。


「青春ねえ。まあそれも、風花百合香のせいで叶うことはないんでしょうけど」

「そうですね……。仮に筆崎くんが告白しようと思っても、その天本先輩はもう……」


 今も病院のベッドで眠っているであろう千明の顔を思い出し、麻衣はやるせない感情を抱える。しかしその返答に、真凛は一度首を横に振った。


「彼だけじゃないわ。あの女のせいで私たちは処刑対象なんてものにされてるし、文芸部の奴らは強制廃部にされかけたし、何よりほとんどの生徒や教師が真っ当な学園生活を送ることさえできてないのよ」


 だからね。と一呼吸置いてから、真凛は麻衣の目を真っ直ぐ見つめた。改めて向けられたその真剣さに、麻衣は僅かに息を呑む。


「誰かがなんとかしない限り、白羽学園はこれからも一生狂ったままだわ。全ての元凶である風花百合香を打ち倒すためにも、私たちが頑張らなくちゃ」

「……はい。分かっています」


 未だに心の奥底に残る不安を肯定の返事で押さえつけ、麻衣は深く頷いた。そして三者三様に騒いでいる他の五人を見渡すと、深呼吸をしてから声をあげた。


「みんな。そろそろ時間だけど、準備はいい?」

「あっ、はーい! OKです!」

「い、いつでも大丈夫です……!」

「はあ……。俺は構わないよ」

「同じく。問題がないならさっさと行きましょう」

「ああ。行こうぜ、麻衣!」


 意気込みこそ個人差があるが、覚悟は全員整ったようだ。準備万端な彼らに麻衣は頷くと、意を決してインターホンを押し――。


「さっきからガチャガチャガチャガチャうるせえんだよクソガキ共が!!」

「!?」


 ――チャイムが鳴り終わる前に扉を開けたのは、主催の椎哉ではなく、顔を真っ赤にして激怒する大柄な老人だった。


「ひっ!? だ、誰ですかこの人……!?」

「わ、私に聞かれても……! 部屋は間違ってないはずよね、ね?」

「っていうか、なんかすごい怒ってますよ! ど、どどどどうしよう!?」

「おい! 筆崎気絶してるぞ!?」


 予想だにしていなかった別人の登場とその怒鳴り声に、一行は完全に委縮してしまう。剣太郎に至ってはあまりの気迫に気を失ってしまったようだ。
 目前の脅威にどうにかして対処しようと彼女たちはひそひそと相談し合うが、その間にも老人の怒りは増々沸騰していく。


「人ん家の玄関前で騒いでたと思いきや、今度は人前で何をコソコソ話してんだ!! あ゛あ!?」

「す、すみません! 騒がしくするつもりじゃ……」

「謝罪はいらねえんだよ! まず用があんのかねえのかハッキリしろ! ないならとっととどっかに失せちまえ!!」

「ごめんなさ……じゃなくて、そ、その、安部野椎哉って人がここにいるって聞いたんですが……!」


 老人の怒号を浴びながら、それでも麻衣はなんとか彼との対話を試みる。すると椎哉の名前を出した途端、彼ははたと罵声を止めた。そして訝しさが物理的に刻まれたような皺だらけの顔で、老人は麻衣たちをまじまじと見つめる。


「……おめえら、しいちゃんの知り合いか?」

「へ? し、しいちゃんって……?」

「馬鹿言え、しいちゃんっつったら天本ちゃん家の椎哉ちゃんに決まってんだろ。で、結局どっちだ? 知ってんのか知らねえのか」

「し、知り合いです! というか、同じ学園の先輩です」


 まるで子供のような椎哉のあだ名に内心吹き出しそうになったが、それは咄嗟に抑えて老人の問いに頷く。
 麻衣の回答に彼はほう、と声を漏らすと、おもむろに玄関に置いてあったサンダルを履いて部屋の外に出た。そしてそのまま、扉を閉めて施錠する。



(続く)

230:ABN:2018/04/16(月) 18:49

(続き)



「あ、あのー。私たち、安部野先輩と勉強会をするために来たんですけど……」

「へいへい、しいちゃんから言われとるわ。ついでにおめえらをしいちゃん家まで送ってくようにもな」

「えっ、そうだったんですか!?」


 椎哉本人から聞かされていなかった情報に、麻衣は素っ頓狂な声を上げる。てっきりここが勉強会の会場になるものだと思っていたが、椎哉が計画していたプランは別物らしい。
 目を丸くする麻衣と文芸部組の後ろで、この展開を半ば予想していた真凛と晃、法正は肩を竦めていた。


「……まあ、こんなパターンだとは思っていたわ」

「あのさあ……俺、後で安部野先輩に文句言っていいか?」

「いいんじゃないですか? 今回の非は説明を怠った彼に責任がありますし」

「おら、さっさとついて来い。早く乗らねえと置いてくぞ」


 小声で交わされる椎哉への恨み節には気づかず、老人は倒れていた剣太郎を米俵のように担ぐとロビーの方へと歩いて行く。老人の振る舞いに麻衣たちは戸惑いつつも、一先ず指示通りに彼の後をついて行った。



 ◆ ◆ ◆



「うーん……。大きな雲……星が目に…………はっ」

「あっ、起きましたか? 筆崎先輩」

「し、白野さん? うう、俺は一体何を……」


 剣太郎が目を覚ますと、そこは緑色の布で覆われた空間だった。また、床は白い金属でできており、彼はここで倒れていたらしい。
 千明名義の部屋から激怒した老人が出てきたことまでは覚えているが、それがどうしてこんなところに寝そべっていたのだろうか。訳が分からず首を捻っていると、恵里が布の一方を指さしながら声をかけてくる。


「とりあえず外に降りましょう。他の先輩たちも先に行ってますから」

「え? う、うん。分かった」


 恵里が指さした部分の布には長方形型の穴が開いていた。まだ状況をきちんと把握できないまま、剣太郎は一先ず言われた通り恵里と共に穴の外へ出る。金属の床は地面よりかなり高い位置にあったため、小柄な二人は半ば飛び降りるようにして地面に着地した。
 両足が地面についたところで、剣太郎は顔を上げてようやく周囲の様子を確認する。そして彼は自分の目を疑った。


「……こ、ここは?」


 穴から出た先は、家屋の数もまばらな田園風景だった。360度見渡すことができる山々の緑が目に優しい。道路こそアスファルトで舗装されているものの、白羽町と比較すれば完全な田舎と言っていいだろう。
 さらに辺りを見回すと、軽トラックの後ろ姿が剣太郎たちの背後にあった。その後方にはこれまた緑色のマットが張られており、先ほど倒れていた空間はこの荷台の中だったことが分かる。


「あ、あのー、白野さん。俺、あれからどうして……」

「おや、目が覚めましたか。筆崎さん」

「!?」


 恵里に声をかけようとしたところで逆に自分が声をかけられ、剣太郎の息が一瞬止まった。彼に話しかけてきたのは、あの百合香が率いる生徒会の一員、安部野椎哉だ。
 剣太郎にとっては天敵である存在の登場により、彼はまさに蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまう。そんな彼の緊張を解くため、恵里は椎哉のフォローに回った。


「大丈夫ですよ、筆崎先輩。安部野先輩は私たちの敵じゃありませんから」

「へ? 味方って、生徒会の人なのに?」

「ご存じありませんでしたか? 今回の勉強会は僕が企画したものなんですよ。僕を含めた、現生徒会長に対する反逆勢力の皆さんに集まっていただくためにね」

「は、反逆!? ……じゃあ、板橋さんたちが言ってた『部長の弟』さんって、まさか……!」


 震える手で椎哉を指さしながら、はくはくと口を震わせる剣太郎。彼が口走った事実を肯定するように、椎哉は黙って害意のない微笑みを見せた。
 すると今度は椎哉に、あの老人から声がかかる。先ほど怒声を浴びせられた経験から恵里と剣太郎は反射的に身を固くするが、椎哉だけは臆することもなく親しげに返事を返す。



(続く)

231:ABN:2018/04/16(月) 18:50

(続き)



「おーい、しいちゃん。全員降りたか?」

「うん。もう大丈夫だよ、風助おじさん。折角休みだったのに悪いね」

「構やしねえよ。全員でぞろぞろ歩いてたら、学園のクソガキ共に見つかっちまうかもしれねえんだろ? だったらこいつらの送迎ぐれえ朝飯前ってもんだ」

「本当に助かるよ。帰る時間になったらまた連絡するから、そのときはまたよろしく」

「……ん? 送迎って……」


 剣太郎たちが乗っていた軽トラック。風助と呼ばれた老人の「送迎」という発言。それらを合わせて考えると、自分たちは軽トラックの荷台で運ばれてここまで来たということになる。車の荷台に人を乗せて走行する行為は通常、道路交通法に違反するのだが。
 そんな疑問が湧いた剣太郎は、ふと隣の恵里に目線を移す。彼の顔色から言いたいことを悟ったらしい恵里は、困ったような笑顔を浮かべながら立てた人差し指を口元に当てた。今回の違反事項には目をつむっておこう、ということだろうか。


「おい、眼鏡のガキ」

「はいっ!?」


 油断していたところに特徴を指定されて呼ばれ、思わず声が裏返る剣太郎。再び怒鳴られるのかと剣太郎はガタガタと怯えるが、そんな彼の不安に対し、風助の声量と敵意は初対面のときと比べて大分収まっていた。


「他の奴らにゃあ既に言ったことだが、おめえは寝てやがったからな。改めて言っとくぞ」

「なななな、なんでしょうか……?」

「一度こっち側についたからにゃ、あの猿山女(さるやまおんな)を徹底的にぶっ潰せ。暴力、知力、権力、財力、なんでもいい。とにかく二度とお天道さんを拝めねえぐらい、ボッコボコのギッタンギッタンのケチョンケチョンにしろ。いいな?」

「……さ、猿山女?」

「それとだ。万が一しいちゃんを裏切るような真似をすりゃあ、俺たちが承知しねえ。分かったな?」

「わ、分かりましたっ!」


 聞き慣れない単語の意味するところが分からず、一先ず理解できた部分だけに咄嗟の承諾をする。すると風助はその返答で満足したのか、一度だけ深く頷いてから軽トラックに乗るとそのまま道路の向こうへ走り去っていった。
 ようやく嵐が過ぎ去ったと言いたげな面持ちで、恵里と剣太郎は小さくなっていく軽トラックを見送ったのだった。


「さて、他の皆さんは既に中でお待ちです。行きましょうか。白野さん、筆崎さん」


 二人が安堵した頃合いを見計らって、椎哉はすぐ近くに建っていた、比較的新しい造りの一戸建てを指先で示す。ここが本日の勉強会の会場となる、椎哉の自宅であった。

232:べるなに◆Lg:2018/04/19(木) 16:25

「全員揃いましたね」

「おう」

椎哉が剣太郎と恵里を家に上げてから、既に勉強会を始めていた晃たち。
尚、晃はまだ一問も解いていないのだが。

「松葉晃、あなたは真面目にあの女に報復する気はあるんですか?
この程度の問題すら解けないような……」

「法正、いくら何でもお前の教え方は擬音語だらけで理解出来ねえよ。
なんだよドワーンって。数学の公式にドワーンってなんだよ。」

「……始まって早々にこれですか。」

晃と法正が早速噛み合っていないのを見て、椎哉は呆れる。

「つーか、さっきあの爺さん見てたら凄いビビって漏らしそうになったからトイレ行きたいんだったわ俺……」

晃はいきなり立ち上がりながら言う。

「トイレなら向こうにあります」

話題を振る前からトイレに立とうとする晃を見て、椎哉は二度目のため息をつきながら案内。
晃はトイレにスタスタと向かっていく。のんきな人だな……と思いながら椎哉は勉強のためのワークを開く。
法正は既に一人で解いている。



「にしし、案外上手く行ったなこりゃ。」

トイレに行っていた男―

松葉晃はトイレに入って呟いた。
実はこの男、トイレに行きたいなどは全くの嘘であり、完全に下心の塊だった。

「流石に真面目なお堅い生徒会長の側近でも、やましいものの一つや二つでも……」

晃は勉強会で集まっているリビングを通らないように、コソコソと歩き始める。
最早ここまで来るとふざけているレベルだが、椎哉の家の中に何か使える手がかりでもあるんじゃないか、という行動も含まれているのだ。

「ん?なんかやけに開けて欲しくなさそうな魔力が宿ってる引き出しだな……
開けてみるか……よっ」

晃は小さな部屋の中にある引き出しを開けてみる。
その中を見てみると。

「げっ……こりゃ見ちゃいけない奴だっ―」

晃の独り言は、そこであっさりと途切れてしまった。

233:アーヤ◆Z2:2018/04/19(木) 20:49

234:ABN 六月第一土曜日/お昼近く/椎哉の家、小部屋:2018/04/21(土) 08:30

※話を繋げやすくするため、前回最後の晃くんの台詞と矛盾させた部分があります。
※晃くんが非常識な振る舞いをしています。べるなにさんすみません;



 晃が小部屋の机を漁っていたころ。集中力が切れた麻衣は自主的な小休憩を挟んでいた。
 ノートから顔を離し、天井を仰ぎ見るように凝り固まった体を伸ばす。そこで麻衣は、ふと違和感を覚えた。


「……ねえ。一葉くん、筆崎くん。男子の部屋って、こんなシンプルなものなの?」

「へ? う、うーん……俺の部屋は、それなりに散らかってるけど……」

「僕はノーコメントで。どうしてそんなことを聞くんですか? 板橋さん」

「ううん、大したことじゃないんだけど……。なんだかこのリビング、やけに殺風景な気がしない?」


 麻衣のその言葉で、この場に残っていた面子は改めて室内を見渡す。すると麻衣が口にした違和感の正体を、彼らも共有することができた。
 テレビ、時計、ダイニングテーブル、椅子やソファーなど。通常リビングにあるはずの家具が、この部屋にはほとんど置いていないのである。新生活で引っ越した直後のような密度の低さは、どこか薄ら寒ささえ覚える。


「殺風景というか……圧倒的に物が少ないんですね」

「そう、それよ白野さん。もしかして、安部野先輩の家って貧乏……?」

「その可能性はないでしょう。経済的に困窮しているなら白羽学園の高額な学費を払うことは困難ですし、こんな一戸建てに住んでいるのもおかしい。それに今日の勉強会のために、わざわざ家具や飲食物を買い揃える真似はしないはず」


 現在麻衣たちは、座布団に座りながら大きめのちゃぶ台の上で教科書などを広げているのだが、それらの家具はつい最近購入したばかりのように真新しい。この状況と合わせると、まるで今日のために即席で調達したもののように思える。
 また、椎哉は勉強の合間に召し上がってほしいと、ペットボトルのお茶を人数分と市販の茶菓子を用意していた。金銭的な余裕がなければ、このような気遣いは難しいだろう。


「だとしたら……そもそも安部野先輩に物欲がないとか、でしょうか?」

「確かに安部野先輩って、私用で何かを欲しがるイメージがないわよね……。でも、そんな無欲恬淡な人って本当にいるの?」

「いえ、彼の気持ちは分かります。報復に心身を費やすと、得てして他の物事はどうでもよくなるものですから」


 元友人の拓也に傷を負わされたときから、法正は百合香と拓也への復讐に心血を注いできた。それに伴い、今まで興味を抱いてきた趣味や娯楽も些事だと考えるようになったのだ。こんなものに時間や労力を割く余裕があるなら、来るべき日に女王へ大打撃を与えられるよう有意義な行動を取るべきだと。
 ゆえに法正にとって、同じ志を持つ椎哉の心理を想像することは容易いことだった。


「もしこの見立てが正解なら、彼もそれ相応の憎悪を抱えているはず。だとすれば、より凄惨な復讐を行うことも夢ではない……。安部野椎哉、共闘相手としては不足ないですね」

「ひ、ひええ……」


 改めて理解した椎哉の有望さに、法正の口の端はにやりと吊り上がる。凶悪な彼の表情を目の当たりにした麻衣たちは思わず震え上がったのだった。
 閑話休題。



 ◆ ◆ ◆



「ちょっ、松葉先輩! 何やってるんですか!?」

「うおっ!? ……って、戸塚か。脅かすなよー」


 部屋の入口から突如声がかかり、晃の探索と独り言は中断される。しかし自分を見咎めた人物がここの家主ではないことを認識すると、彼はほっと胸を撫で下ろした。
 リビングに残っていた参加者たちが部屋の殺風景さについて考察していたとき、不在だったのは晃だけではなかったのだ。彼がトイレに行くという建前でリビングから抜け出したあと、亜衣も外の空気を吸おうと思い席を外したのである。しかしその途中でトイレとは別方向へ向かう晃の背中に気づき、咄嗟にその後を追いかけたのだった。



(続く)

235:ABN:2018/04/21(土) 08:31

(続き)



「脅かすなよー、じゃありませんよ! 人ん家の部屋を勝手に漁るなんて……」

「仕方ねえだろー。だってあの生徒会書記様の家だぜ? お前だって興味ぐらいあるんじゃねえの?」

「そ、それはまあ……否定しませんけど」

「だろ? そう思うんならちょっとぐらい覗いとこうぜ。ちょっとヤバいもんも見つけたしよ……」


 潜めた声と共に引き出しから取り出されたのは、数十通はある封筒の束。晃はそれを半分ずつに分けると、亜衣にその片方を半ば無理矢理に手渡した。押し付けられた他人宛ての手紙を読むわけにもいかず、亜衣は封筒を持て余しながら狼狽える。


「松葉先輩! 引き出しどころか手紙まで読むなんて失礼にもほどが……ああもう……!」


 常識的な亜衣の叱責も、野次馬魂に満ちた晃には馬耳東風。彼は自分の手元に残したもう半分の束から一通の封筒を選ぶと、そこ中から便箋をなんの躊躇もなく引き抜いて広げる。
 何を言っても手ごたえのない非常識な先輩に呆れ果て、亜衣はがっくりとうなだれた。


「……ん? あれ、この名前……」


 頭を下に向けたとき、手元の封筒に書かれていた名前が目に入る。亜衣は少しだけ迷った後、表を見るだけなら問題ないだろうとその封筒を片手に取った。
 宛先は安部野椎哉。差出人は「猪高風助(いだかふうすけ)」。後者の名前は、先ほど勉強会の参加者たちを軽トラックで送迎した、あの怒りっぽい老人のものだ。ここに到着した後、彼の素性について椎哉から簡単な紹介を聞いていたため、亜衣も老人の名前を把握することができた。
 あんな短気な人物がこんなに大量の手紙を書いたのかと疑問に思い、亜衣はもう少し他の封筒を調べる。すると手紙の差出人は彼だけではなく、他にも複数人から送られていることが分かった。重複して送られている分を除いても、ざっと二十五人は下らないだろう。
 その一方。何か目ぼしいものを見つけたのか晃はニヤニヤと笑いながら、今度は数枚の便箋を再び亜衣に差し出す。


「なあなあ、こいつとか大分ヤバいぜ? ちょっと読んでみろよ」

「読みませんってば! 読みたいなら先輩だけで勝手にしてください!」

「そーかそーか、なら別にいいぜ。俺が音読してやっから」

「だーかーらー! ふざけるのもいい加減に……!」


 亜衣の制止にも関わらず、無許可で一枚の手紙を声に出して読み始める晃。こうなればせめて文章だけは聞くまいと、亜衣は咄嗟に自分の耳を塞いだ。
 しかし人間の手のひらに十分な防音効果はなく、どうしても鼓膜まで届く文節を頭が聞き解いてしてしまう。そうしてある程度まで手紙の内容を理解したとき、亜衣は思わず絶句した。


――――

 ――拝啓、しいちゃんへ。
 あなたが白羽学園に編入して早くも一月が経ちましたが、お元気でしょうか? 薄汚い都会の空気や、図々しい学園の小童どもに囲まれて、心身を崩してはいないでしょうか?
 村人たちは毎日のように、しいちゃんのことを心配しています。また、例の風花百合香という小娘への憎しみで、心を乱す村人たちも少なくありません。中には心配や憎しみのあまり、その日の仕事も手につかない人も出るくらいです。
 それでも私たちは、しいちゃんに全てを任せると決めました。より確実で残酷な鉄槌をあの小娘に下すため、仇敵だらけの白羽学園に単身で挑んだ、あなたの覚悟を尊重することにしました。ちいちゃんを一番愛していたのも、ちいちゃんが貶められて一番悲しんだのも、弟であるしいちゃん、あなたであるはずですから。
 ちいちゃんを愛し、風花百合香を憎む想いは私たちも一緒です。もし何か困ったことや助けてほしいことがあれば、いつでもこちらまで連絡をください。村人全員、喜んであなたに力を貸します。
 ですからどうか、己が犯した愚行の重さを、私たちの子供を貶めた罪を、学園という猿山で女王を気取るメス猿とその信者たちにとくと思い知らせてあげてください。
 一日も早い白羽学園の没落と風花百合香の破滅、そしてしいちゃんの帰郷を心から待っています。

――――



(続く)

236:ABN:2018/04/21(土) 08:32

(続き)



「な? あの生徒会長を猿山のメス猿とか言ってるんだぜ。すっげー命知らずだよな、こいつら」

「いや、問題はそこじゃないですよ! それって処刑制度や会長のことが、外の人に知られてるってことじゃないですか!?」


 白羽学園が百合香の独裁帝国と化している事実は、主に会長派の生徒や教師たちの不文律によって部外者には秘匿されている。そのおかげで学園は、今日まで大きな波風を立てずに存続することができたのだ。
 しかしこの手紙によれば、「村」に住んでいる人々が白羽学園の内情を把握した上、百合香を憎んですらいることが読み取れる。この手紙の背景にどれほどの人々が存在するのかは分からないが、文中で村と言われている以上、決して少なくない人数ではあるだろう。


「あ、そうなんのか。ってことは……た、確かに不味いな」

「でしょう? こんなことが会長派にバレたら……下手をすれば、今まで以上の犠牲が出るかもしれません」


 「百合香への復讐は椎哉に任せる」という主旨が書かれている以上、少なくとも村の人間が学園へ直接赴くことはないだろう。だから村人による暴動やそれに伴う混乱は心配しなくていいのだろうが。問題はそれ以外にもある。
 百合香に楯突いた者には、もれなく徹底的な制裁が与えられる。その対象は反抗した当人だけでなく、家族や知人にまで及ぶことも珍しくない。もし椎哉が反逆勢力であることが発覚し、彼の背後に百合香を憎む者たちが存在すると知られた日には、村に大量の血の雨が降ることになるだろう。
 かつて家族と共に抹殺された、処刑制度の犠牲者の一人、木嶋京子の末路が晃と亜衣の脳裏に浮かぶ。彼女たちの二の舞に椎哉と村人たちが陥るのではないかと、二人は青ざめた顔を互いに見合わせた。

237:文月かおり◆DE 勉強会の真っ只中:2018/05/03(木) 22:08

(お久しぶりです、すみません! 書きたいことはあったのですが、なかなかタイミングをつかむことが出来ず……ひとまず、この更新で書けることは書こうと思います)

 勉強っていうのは、それなりの環境下ならばちゃんと進むものらしい。文字と式と図形とアルファベットで埋まったノートをパラパラ見返し、恵里はその成果に感心した。そして同時に、たった今まで維持していた集中力が切れていくのが分かった。

 ―― 先輩に呼ばれて朝早くから、トラックに積まれて誘拐(?)されて、倒れた人を介抱して、よく分からないけれど勉強会が始まって。

 周りの人も集中できなくなったようで、思い思いに休憩している。

 安部野先輩は別の部屋に行っていて。
 松葉先輩はトイレから帰ってこない。
 探しに言った亜衣も、やっぱり帰ってこない。
 一葉先輩はなにやらブツブツ呟いているし。
 藤野先輩と板橋先輩は、お互いの文房具をいじっているし。
 筆崎先輩は……相変わらず、ずっと自分のポジションから動かない。

 要するに恵里は、ヒマだった。

(うーん……皆さんにお話ししておきたい事があるんだけど……どうしよう、せめて松葉先輩だけは戻ってきてくれないかな……?)

 現在この部屋にいないのは3人。にもかかわらず松葉先輩だけは、と考えたのには理由がある。

 まぁ、単純なものだ。亜衣には後から話せばいいのだから。

(それに安部野先輩には……あんまり、話したくないんだよね……)

  ❅恵里視点❅

 どうしよう……。

 私は頭を抱えた。もちろん、心の中で。

 いやいや、分かってますよ、ちゃんと今日中にお伝えしますって。でもやっぱり、いろいろと気にしちゃうんですよ。

 亜衣には先に言っておいた方が良かったのかなぁ、とか。
 安部野先輩にはちょっと言いずらいなぁ、とか。
 松葉先輩に言ってしまっても大丈夫かなぁ。
 一葉先輩に何て言われるだろう?
 筆崎先輩、また倒れたりしないといいなぁ。
 板橋先輩や藤野先輩に、黙っていてすみませんって謝らなきゃ、とか。
 そして……

  本当に、言ってしまっていいのだろうか、と、今も悩んでる。


「……よぅ」

「戻りました……」

 松葉先輩と亜衣が帰ってきた。なぜか顔色が優れない。

 藤野先輩たちも気づいたようで、何かあったのか、と質問する。亜衣たちは後ろめたそうな顔をした。語尾を濁らせ、曖昧な返事。
 それぞれの場所で過ごしていた先輩たちが、不思議そうに集まってくる。
 けれど亜衣たちは、やっぱり言いたくないようだった。暗い顔をして、困ってる。

 あぁもう、仕方がない。安部野先輩がいないのだから、ちょうどいいじゃないか。

 やけくそ気味になりつつも、私は周囲に呼びかけた。

「あの……休憩中、すみません。皆さんに、お知らせがあります」

 みんなが一斉に、私の方を向く。わりと苦手なシチュエーション。



「わたしたち『学園復活派』に、とある人が協力してくれることになりました」


 安部野先輩が戻ってきませんように。
 誰かに盗聴されていませんように。
 この中の誰かが、他人にバラしたりしませんように。

 頭の片隅でそう祈りつつ、私は事の次第を話し始める。

238:ABN 勉強会、恵里さんの告白?中/椎哉の家、小部屋:2018/05/04(金) 09:57

 晃と亜衣がリビングに戻り、椎哉が小部屋の中を覗いたタイミングは奇しくも入れ違いとなった。そのおかげで三人が一堂に鉢合わせることはなかったものの、それでも椎哉はこの家の家主。僅かに移動した家具や引き出しに気づくのは容易だった。


「何か物音が聞こえたと思ったけど……やっぱりか」


 昼食用の菓子パンやサンドイッチなどが入ったコンビニ袋を一旦机の上に置き、その引き出しを開ける。綺麗に揃えて重ねておいたはずの手紙の束は、まるで急いでまとめたかのように乱れていた。
 椎哉が昼食を取りに席を立ったとき、リビングから離れていたのは晃と亜衣。二人のうちこんな不躾な真似をし得る人物といえば――。


「……ま、いいか。今日呼んだ人らには見られても特に困らないものだし。むしろこれはこれで……」


 客人の無礼に椎哉は眉根をひそめるが、間もなくして何かを思いついたのかクスリと微笑む。すると彼は手紙を何通か取り出し、机の上に置かれていた小さな写真立ても手に取った。そうしてからゆっくりと部屋の扉を閉めると、何事もなかったかのように椎哉もリビングへと戻っていったのだった。

239:文月かおり◆DE >>237 続き:2018/10/26(金) 00:07

(ほんっっとにお久しぶりです、すみません! お待たせしました、回収です……)

  【毎度おなじみ恵里視点】

「私たち『学園復活派』に、とある人が協力してくれることになりました」

 と言ったは良いものの、どうしたらいいんでしょう……。

 驚き、疑い、好奇心。色々な視線が全部で6組。うわぁ、焦る。めっちゃ焦る。
 ていうか、どこから説明するべきなのか……。

「と、とりあえず、聞かせてくれる? 色々気になるし、ね」

 板橋先輩のフォローが入る。亜衣は激しく頷き、藤野先輩は身を乗り出す。

「あまり話すの得意じゃなくて、まとまらないし、結構長いんですけど……その、」

「いいから、早く。このタイミングで切り出すっつーことは、あの書記サンに聞かれたくないんだろ?」

「……それは、個人的な思いで、べつにどっちでも、いいっていうか」

「そんなの私だってどうでもいいわ。あの人、一応仲間だし。というか、とにかく話してもらわないと、なにも判断できないのだけど」

「ごめんなさい……」

 藤野先輩におこられた。駄目だ、いつまで経っても変われない。変わってない。私は……変わらなきゃ、いけないのに。

「……えーりっ」

「ぇ、あ、亜衣?」

 俯いていたら亜衣が肩をつかんだ。そのままぐっと背中を伸ばされる。

「話すと言ったらちゃんと話しなさい、有言実行、だいじ! 話せば、変わるから。学園、あたしたちが変えるんでしょ?」

「……うん、変える」

 あぁもう……まったく、亜衣には敵わない。どうして亜衣は、私が言ってほしい言葉を言ってくれるんだろう。こんなにも、的確に。

 まるで、そう……生徒会会計の神狩先輩————あの頃の、美紀みたいに。


「私たちの新しい協力者は、3-A、現生徒会会計の神狩美紀さんです……どうします?」


 首をかしげて、ちょっとお茶目に訊いてみた。

 しばらくの間、リビングには無音の空間が居座っていた。


 前途多難。今日の勉強会で解いた国語の参考書、テスト形式ページ大問3の文学的文章、空欄に当てはまる四字熟語を選択するタイプの問題の、答え。
 引っ掛けがあることにはあったけれど簡単な問題。シャープペンシルでBと書いて、私は2点を手に入れた。

 ちなみにその2つ後の記述を解説してくれたのは安部野先輩である。

 新たな協力者についての私の話を壁の向こうで聞いているのも、安部野先輩であるらしかった。

 ……素直じゃないなぁ。

240:ABN >>239の続き:2018/11/15(木) 00:06

(長らく更新がなかったので半ばもう諦めていました、ありがとうございます…!)
(スパンが長かったので、文体が本調子ではないかもしれません)



「……は、はあ!?」


 最初に無音を破ったのは、晃の素っ頓狂な大声だった。彼は目と口を大きく開けたまま、恵里の方へちゃぶ台越しに体を乗り出す。ずいと勢いよく顔を近づけられ、思わず恵里はわずかに身を引いた。


「ちょっと待てよ! 会計の神狩っつったらバリッバリの会長派だろ? そいつが協力者だって!?」

「悪いけど、にわかには信じがたいわね。あんな風花百合香の腰巾着代表みたいな奴が、そうそう私たちの味方になるとは思えないわ」

「う……。お、仰る気持ちは分かります」


 真凛の言い分は間違ってはいない。学園においての美紀といえば、百合香に付き従う忠実な部下の一人だ。さらに彼女と百合香は、子供の頃から親交があった幼馴染同士でもあるという。そこまで百合香に近しい人物が復活派に加勢すると突然言われても、信用を得られないのは仕方ないことだ。
 予想していた反応とはいえ、感触の良くない手ごたえに恵里はうなだれる。そんな彼女をフォローするように、流れそうになった話を麻衣が繋げた。


「で……でも、白野さんたちの言うことが本当なら心強いんじゃない? 生徒会の味方が増えるのは頼もしいし、それにあの人なら安部野先輩よりは怪しまれずに済むかも……」

「そうですね。もっとも実際に味方に引き入れるかどうかは、彼女が加担するする理由にもよりますが。確か、結構長い話なんでしたっけ?」


 法正は横目でちらりと恵里を見やる。その視線から話の続きを促す意図を受け取り、恵里は躊躇いながらもコクコクと頷いた。反応こそ三者三様であるものの、どうやらこの場の先輩たちは話を遮るつもりはなさそうだ。


「は、はい。そもそもの発端の出来事が、大分昔に遡るんですが……」


 再度口を開きながら、リビングの扉の小窓に目を移す。壁の向こうの気配が動かないところを見ると、椎哉はこのまま恵里の話に聞き耳を立てるつもりらしい。恵里は一人気まずさを内心で覚えながらも、美紀が協力者となる経緯を説明し始めたのだった。

241:文月かおり◆DE >>240 続き:2018/11/24(土) 22:02

(うわああ、本編のみ更新で分かりにくかったですねすみませんっ
 なんだか私の伏線にもお気遣いいただいたようで、ありがとうございます嬉しいです*)

【そろそろ慣れたね恵里視点 >>240続きから】

「大分昔に遡るんですが……」

 そう、本当に昔の話。具体的に言うのなら、私が生まれた頃からのお話。
 それでは初めに、皆さんに爆弾発言をプレゼント。

「まず、生徒会会計の神狩美紀先輩は、会長の幼馴染……ではありません」

 チラと亜衣たちを見てみると。
 は? という顔で固まっていた。
 フリーズすること約3秒。

「え、ちょ、ちょっとストップ。神狩さんて、会長の幼馴染だから会長の手伝いしてるんじゃなかったっけ!?」

「そうだよ恵里! てゆーかあたし、恵里が会計さんと話してるの見たことない」

「正直、スパイとかじゃないか心配ですけど……」

 うぐ、と言葉につまる。

「絶大な権力を持つ生徒会長の、幼馴染かつ補佐かつ腰巾着。自分と風花百合香は幼馴染だって、本人が言ってたことがあるけど。実は違いますなんて急には信じがた——

「でも! ほんとです。美紀は私の幼馴染なの! 美紀は、あんな人の手下なんかじゃない!!」

 つい大声になってしまい、遮られた藤野先輩たちは変な顔。

「あ、す、すみません……でもホントなんです」

 ぎゅ、と手を握り縮こまると、松葉先輩はしびれを切らしたようで。

「あのなー……分かったから早くしてくんねーか? わりと真面目に」

「そうだよ恵里ー。まいてまいて。めちゃ気になってるから」

「は、はい、ではあの、詳細は後日ということで、横槍禁止令でお願いします」


 片津を吞んで身を乗り出す観客6名。壁の向こうで音漏れに耳を傾ける招かざる観客1名。
 どちらにせよ、重大な話をするのには最高の状況。

 私と、私の幼馴染の過去を告白するのなら、せいぜいドラマティックに頑張ろうじゃないか。


 そして私は話し始めた。


「神狩先輩の家は、3つ隣のご近所さんでした————」

242:ABN 勉強会の一方そのころ/白羽病院、廊下:2018/11/27(火) 15:05

(美紀さんの過去が更新されるまでの穴埋めとしてちょっと別視点の話を……)



「ごめんなさい。あまりに急な事態だったから、まだ私たちも詳しいことは聞かされてなくて………」

「そう……。姉さんにも分からないのね」


 閑話休題。復活派の面々が安部野邸で勉強会に勤しんでいたころ。休日のため人気の少ない白羽病院の一角で、月乃宮姉妹が声を潜めて語り合っていた。
 彼女たちの話題は、先日死亡した木嶋京子の死因。それがすみれたち病院側の故意的な医療ミスだろうと百合香から言外にほのめかされ、憤慨したいばらは真相を確かめに姉の元へと赴いたのだ。しかし残念ながらその当ては外れ、いばらはため息とともに肩を落とす。


「ありがとう、いばら。私たちのことを心配してくれて。だからそんなに怒らないで?」

「無理よ。証拠もなしに医療ミスなんて決めつけられたら、病院や姉さんの評判が落ちるのは目に見えてるわ。そんなことになったら……!」

「いばら。落ち着きなさい」

「!」


 姉への侮辱で煮え立っていたいばらの頭に、すみれの冷静な一声がかけられた。すっと妹を見据える彼女の目つきはいばら本人のように冷たく、だがその奥に見えるのは大人としての硬い意志。そんな姉の双眼に、いばらは息を飲んでたじろいだ。


「確かに、患者さんからの信用も病院にとっては大事だわ。自分の体や命を預けるところですもの」

「でしょう? その信用を失って、患者が来なくなったら経営が立ち行かなくなるわ。なのに、どうして……」


 いばらの言葉に滲み出ているのは、親愛なる姉が社会的地位を失うことへの不安。そんな彼女の声色に構わず、すみれはゆっくりと首を横に振る。


「私たちは、お金や信用だけが目的で患者さんを診ているわけじゃない。本当に大事なのは『患者さんに対して責任を持つこと』よ」

「……!」



(続く)

243:ABN >>242の続き:2018/11/27(火) 15:06

(続き)



「木嶋さんが本当に医療ミスで亡くなったのなら、ちゃんとそれを公表して謝罪するべきだわ。最初こそ批判や酷評も出てくるでしょうけど、それは私たちの責任。厳しい言葉にも真摯に向き合えば、自ずと信用も回復するはず。むしろ失墜怖さに自分たちの不手際を隠蔽するやり方こそ、病院の風上にも置けないわ」


 飽くまで自分自身の保身ではなく、患者の安心と信頼に重きを置く、医療人としての凛とした矜持。不正と欺瞞に塗れたどこかの生徒会長とはまるで大違いだ。
 看護師の鑑のようなすみれの言葉に、いばらはようやく安堵の息をついた。


「……そこまで覚悟が決まっているなら、口出しする権利は私にはないわね。ごめんなさい、姉さん」

「いいのよ。いばらみたいな家族思いの妹がいてくれて、私は果報者だわ」

「いやそんな、感動するほどのことじゃないでしょう……」

「ちょっと、月乃宮さん!」


 目元を潤ませたすみれがハンカチを取り出し、彼女の涙腺の緩さにいばらが呆れていた、そのとき。
 廊下の遠くから重量の重い足音が、月乃宮姉妹の元へどたどたと近づいてくる。その主は二人の顔を見ると、むっと僅かに顔をしかめさせた。


「あらっ、お取込み中? 困ったわねえ、ちょっと急ぎの用なんだけど……」

「島江さん! すみません、もうちょっとだけ待っててください」


 子供嫌いに定評のある島江だが、彼女も熟練看護師の一人。普段は若い患者の前でも露骨に表情を変えることはほとんどない。そんな島江がいばらの前で嫌な顔をしたということは、そもそも持ってきた要件が部外者の前では話しがたいことなのだろう。
 それに気付いたすみれはすぐに話題を切り上げようと、いばらに一度向き直る。しかしいばらも島江の都合を察したらしく、自分の胸の前で手のひらを横に振った。


「いいわよ姉さん。聞きたいことは聞いたから。それでは、お邪魔しました」

「折角ご姉妹水入らずだったのに悪かったわねえ。またいらっしゃい!」


 ぺこりと一礼すると、いばらはスタスタと出口の方へ向かっていく。そうして制服の後ろ姿が廊下の曲がり角で見えなくなると、島江はチッと舌を鳴らした。どうやら先の再訪を期待する台詞は看護師としての建前だったらしい。


「全く、小生意気な小娘が。休日に病院に来るなんて迷惑ったらありゃしないわ」

「す、すみません。妹には私から言っておきますので……。それで、急ぎの用ってなんでしょう?」


 本人が目の前にいないとはいえ、嫌悪対象の親族を前に堂々と理不尽な毒を吐く。そんな島江の厚顔さに内心辟易しながら、すみれは適当な決まり文句を用いて話題を逸らした。すると島江は、いら立っていた表情を打って変わって深刻なものに切り替える。


「月乃宮さん、落ち着いて聞いてちょうだい。実はね……」

「…………!?」


 ――本当に大事なのは『患者さんに対して責任を持つこと』よ。
 ――木嶋さんが本当に医療ミスで亡くなったのなら、ちゃんとそれを公表して謝罪するべきだわ。

 つい先ほど、いばらに告げたばかりの矜持。だが、それがものの数分で実現不可能になってしまったことを知り、すみれは思わず立ち眩みを覚えたのだった。



(何があったのかは勉強会の終わりごろに続きを書きます)
(ちなみに正解は既に設定集スレの方に書いてあるものです)

244:ABN 一年前十二月七日〜翌年二月末までのどこか/どこかの教室:2019/02/09(土) 13:28

※過去の時系列について考えていたら少し不自然な部分を見つけたので、そこの補完も兼ねた番外編です。
※テコ入れも兼ねて新キャラが登場しています。今後も登場するかどうかは未定です。
※部活設立についての捏造設定があります。
※京子さんの失踪事件についてそれっぽい推理がありますが、実際の真相と違ったらスルーして構いません。
※色々詰め込んだらまた長文になってしまいました、申し訳ありません。



 木嶋京子および木嶋一家の失踪、そして木嶋邸の全焼火災。どう見ても事件性の高いそのニュースは全校生徒たちをにわかに騒めかせた。何しろ白羽学園においての彼女といえば、現生徒会長のお気に入りとなった璃々愛に、かつて陰湿ないじめを行っていた女子生徒。当時の変遷を知る生徒たちはもっぱら、璃々愛が百合香の権力を借りて京子に復讐を遂げたのではないかとこぞって推測を立てた。もっともその仮説の真偽は、今日まで明らかになっていないが。
 いずれにせよこの一件を機に、百合香への反目を企てる者がさらに減少したことは言うまでもない。家庭一つを丸々抹殺できるような支配者を相手取ろうと考える無謀者は存在しなかったのである。――たった一人の例外を除いて、だが。


 ◆ ◆ ◆


「えーん! 剣太郎くん、今日も駄目だったよう」

「いや、俺のところに泣きつかれても困るんだけど……」


 困惑する剣太郎に構わず、やや大袈裟な泣きのジェスチャーで会話を切り出してきたのは、女子にしてはかなり大柄な身長と体形の同級生。そのショートヘアと同じくゆるふわとした雰囲気をまとう生徒の名前は『足立八重(あだち やえ)』と言った。
 彼女は元々、剣太郎と同じく広報部の一員だった。そして部長の千明が部員たちに自主退部を薦めた際、自らの身の安全を優先して退部を選んだ生徒の一人でもある。その後無所属となった八重は新たな楽しみを求め、広報部時代に培ったカメラワークを活かして『映画研究部』を立ち上げようとしているのだが――。


「だってえ、書類の文字も全部綺麗に書いたんだよ? メンバーや顧問の先生だって十分集めたし、条件はちゃんと揃えたんだよ? なのになのに、璃々愛ちゃんったら『広報部の輩が建てる部活なんて承認できない』って言うんだもん! ひどーい!」

「聞いてないし。……まあ、結局あいつらにとってはそれが本音なんだろうね」


 自分の迷惑顔を気にしていない八重にため息をつき、それはそれとして璃々愛の言い分に剣太郎は呆れに似た納得を覚えた。
 白羽学園で新たな部活動を設立する場合、部員集めや顧問の確保など、いくつかの条件をクリアする必要がある。そして最後に教師たちの審議を経て校長からの承認をもらえば、晴れて新部活が誕生するのだ。とはいえ学園内の権力者が、この冬から生徒会長に就任した百合香にすり替わっている現状では、承認をもらうべき相手も校長ではなく彼女に代わっているのだが。
 そしてその百合香と言えば、今日まで映画研究部の設立を否認し続けてきたのだ。八重が用意した書類や部員数などに問題はないにもかかわらず、やれ書類の字が美しくないだのやれ部員のやる気が見えないだのと重箱の隅をつつくような難癖をつけては、八重の申請をことごとく突っぱねてきたのである。しかし実際のところ以上の難癖は生徒会としての建前に過ぎず、璃々愛が言った通り「八重が千明率いる広報部の一員だったから」というのが本当の理由なのだろう。


「むー。別にわたし、会長さんに反逆しようとか考えてないんだけどなあ。ただ学校生活を楽しめればそれでいいのに」

「足立さんが考えてなくても、向こうはそう思ってるだろうさ。……あるいはそれを抜きにしても、単純に嫌がらせってこともあるかもしれないけど」


(続く)

245:ABN >>244の続き:2019/02/09(土) 13:30

 八重が集めた映画部(仮)のメンバーは、その多くが彼女と同時期に広報部を辞めた部員たちだ。当人たちにその意思はなくとも、生徒会としては強制廃部や部長処刑を理由にした反逆を危惧していることだろう。そんな危険性のある集団を部活認定すれば、部費という名の塩を敵に送ることになってしまう。
 それに百合香からすれば、前々から自分の周囲を嗅ぎまわっていた千明の行動はさぞかし煩わしかったはずだ。恐らくその腹いせを千明一人の処刑だけでは晴らせず、元広報部員である剣太郎や八重にまでぶつけているのかもしれない。
 どのみち部活承認の否認理由が広報部だというのなら、彼女と同じく元広報部員である剣太郎にできることはない。具体案を出せないのなら、これ以上八重の相談を聞いても無意味だと判断し、剣太郎は座っていた席を立った。


「待ってよう。もう少ししたら期末考査で忙しくなっちゃうから、今のうちに承認してもらいたいのにい」

「やめておきなよ。君は前もって退部したからまだマシだけど、それでも出しゃばり過ぎたら部長の二の舞に――」

「呼んだかーい?」

「っ!?」


 噂をすれば影。廊下の外に出ようと剣太郎が手をかけた扉が向こうから開く。そこに現れた人物の姿に――より正確に言うなら、その人物の体の状態に剣太郎と八重は絶句した。


「どーしたんですか部長!? 体中怪我だらけじゃないですかあ!」

「どーしたもこーしたも、毎度お馴染み会長ちゃん主催の処刑大会に決まってるだろ? いやー、みんな面白いほど手加減しないね。はっはっは」

「笑ってる場合じゃないですよ! と、とにかく手当しないと……!」


 扉近くの柱に寄りかかる姿勢で登場した千明の体は、夥しい量の傷や痣で埋め尽くされていた。制服も血や泥で汚れ、明確に集団暴行を受けたと分かる出で立ちだ。何より千明本人もかなり息を荒げており、いつもの笑顔も生気が半減しているように見える。
 このまま放置していては傷が化膿するか、雑菌が入ってさらに状態が悪化してしまう。それを危惧した剣太郎は、救急道具を借りようと急いで保健室の方に向かおうとした。だがそんな彼の行動に、千明は即座に待ったをかける。


「やめとけ。この学園の保健室に行ったって、『処刑対象に手当は必要ない』って門前払いされるのがオチだぜ。それより八(や)っちゃん、ちょっと撮影頼むわ」

「撮影? あー、分かりましたあ」


 千明から差し出された彼女のスマートフォンを見て、首をこてんと傾げる八重。しかしややあってその意味を理解するとスマートフォンを受け取り、ボロボロな千明の姿を写真に収め始めた。最初は全身、次は背面、そして顔、腕、脚、腹部などを詳細に撮っていく。二人の様子を見ていた剣太郎は、千明が何をしようとしているのかようやく理解した。


「ぶ、部長……。もしかして、処刑の証拠を集めるために、わざわざ怪我を?」

「正解。処刑対象ってのは、ある意味じゃ処刑制度の実態に一番近いポジションだからな。これでもっと詳しい被害内容が記録できるってもんだ」


 にやりと口角を上げながら、千明は制服についているボタンの一つを指さす。一瞥しただけでは分からないが、よく見るとそれはボタン型のカモフラージュカメラだった。恐らくはこのカメラで、処刑として暴力を振るってきた生徒たちの凶行も記録しているのだろう。
 過程の動画と結果の静画。あとは怪我の診断書を揃えれば、暴行罪を立証することは十分可能だ。ただしその対象となるのは、今回千明を痛めつけた一部の生徒のみ。彼らを裁いても別の会長派の生徒が湧いて出るだけで状況はほとんど変わらず、増してや直接手を下していない元凶の百合香を告発することは到底できない。相応の収穫があったとはいえ、千明が掲げる目標を考慮すれば、彼女が被った負傷は剣太郎にとって看過できないものだった。


(続く)

246:ABN >>245の続き:2019/02/09(土) 13:32

「だからって、ここまで無理することないでしょう! これじゃあ処刑制度を明らかにするとか以前に、部長の体が持ちません……!」

「んなもんとっくの昔に承知済みだっての。それにこの間のあれ、木嶋京子ちゃんっていただろ? その一件を考えりゃあ、この程度のリスクを渋ってる場合じゃねえのよ」

「きしまきょーこちゃん……。ああー、十二月の初めにどっか行っちゃった人かあ。それと部長の目標と、何か関係あるんですかあ?」


 全焼した自宅を残し、謎の失踪を遂げた木嶋京子と彼女の家族。京子には処刑制度が適用されていたわけではないが、「百合香の機嫌を損ねる真似をした」という経緯と「原因不明の失踪」という末路は他の処刑対象たちのケースと酷似している。その点に限って言えば彼女も処刑制度に関わっているかもしれないと予想できるのだが、それはあくまで生徒間に流れる噂の範疇。十分な信憑性を確立できない情報では、「処刑制度を白日の下に晒す」という目標の足しになるとは到底思えず、八重は撮影の終わったスマートフォンを渡しながら頭上にクエスチョンマークを浮かべる。そんな後輩の疑問に答えるべく、千明は得意げに人差し指をぴっと立てた。


「まず二人とも。木嶋一家失踪事件特集のワイドショーは見たかい?」

「え? あ、はい。地元ニュースでもそうですが、全国放送の番組でも大々的に取り上げられてましたよね」

「わたしも同じの見ましたあ。京子ちゃんたちの失踪理由とか考察してて、すごかったですう」

「すっげー文字通りの小並感。んじゃ次。その番組の中で流れたインタビュー映像は覚えてるか?」

「えーっとー。ちょっとうろ覚えですが、町の人たちが答えてたのですよねえ? みんな怖いなーとか無事だといいなーとかって言ってた……はずですう」

「そう、概ねそんな感じでした。言っちゃあ何ですが、行方不明のインタビューにしては月並みというか……。あんな特集を組むくらいなら、もっと関係の深い人に取材すれば良かったのに…………あれ?」


 はたと思い当たったように剣太郎は顔を上げる。言われて思い返せば、あの特集番組には足りないものが一つあった。自分と同じものに行き当たった様子の彼に千明は頷くと、今度は八重に三問目の質問を投げかける。


「じゃあ八重ちゃん。“白羽学園の生徒や教師が失踪事件のインタビューを受けた話”は聞いたことがあるかい?」

「……ああー。言われてみれば、全然聞いたことないですねえ。同じ学校の人なら町の人より、もっといー手掛かりが手に入るって思いそうなのにい」

「その通り。あたしが調べた限りでも、学園関係者が取材を受けたって情報は見つからなかった。あるいは関係者の方が取材拒否した可能性もあるだろうが、全員が全員完全スルーってのは考えられねえ」

「ということは、残る可能性としては……」

「ああ。“会長ちゃんがマスコミに圧力をかけて、白羽学園への干渉を禁止した”だろうな。もし学園関係者が処刑制度に関わる失言をかましたら、そこから自分たちの所業がバレかねねえだろ?」


 最終結論に辿り着いた後輩二人に、千明はにっと笑みを浮かべる。だがその表情は満足というより、苦笑いという表現の方が似合った。
 広報部員たちに退部を薦めた際、千明は「百合香は警察や裁判所を無力化するほどの力を持っている」と考察した。しかし実際はそれらに加え、報道機関をも抑えつける力を持っている可能性もある。情報を武器とする千明にとって、この新情報は非常に都合の悪い凶報だったのだ。


(続く)

247:ABN >>246の続き:2019/02/09(土) 13:32

「公的機関も駄目ならマスコミを当てにしようかと思ってたんだけどな。そこも潰されたとなりゃあ、もはや学園の真実は自力で外に持っていくしかない。だからこそ自分の身を犠牲にしてでも、処刑制度の情報を集める必要があるんだよ」

「……なるほど、部長の考えは分かりました。でも、やっぱり俺は……」

「剣くんの言うことも一理ありますう。命あっての物種っていーますし、死んじゃったらその真実も抱え落ちですよう」

「へーきへーき。だってあと一、二ヶ月もすりゃあ合法的にトンズラできるんだぜ? ボコボコになることはあれど、流石に死ぬことはねえだろうさ」

「トンズラ? 部長、どこかに行っちゃうんですかあ?」

「そんな今生の別れみたいな目すんなって。卒業だよ、そつぎょう!」


 三月一日。それは高校生活最後の日であり、学修の日々に有終の美を飾る門出だ。そしてこの日を迎えれば、三年生は卒業証書と引き換えに『白羽学園生』の肩書を失う。つまり学園とは無関係の人間になり、百合香の独裁から解放されるのだ。ついでに言えば、学園外の人間には処刑制度を適用することもできないため、理不尽な処刑生活もそこで終了する。それが千明の考える魂胆だ。


「この学園から逃げおおせれば、会長ちゃんにできることは何もなくなる。部外者まで不用意に処刑しようもんなら、それこそ自分の足がつきかねないだろ? あとは持ち帰った証拠を外にぶちまけりゃあこっちのもんよ」

「なるほどお、だったら本当にあとちょっとの我慢なんですねえ! そしたら会長さんも反省して、映画部も承認してくれるかも!」

「そんなに上手くいくかなあ。それに、木嶋さんについての噂が本当なら……」


 楽観的な女子二人に対し、不安げに肩を落とす剣太郎。そのタイミングで時間の区切りを告げるチャイムが響く。その音に気付いた剣太郎と八重は、驚いた様子で時計を見た。


「ああー、もうこんな時間だあ。剣くん、そろそろ行かなくちゃあ」

「うん。でも、部長をこのまま放っておくわけには……」

「大事ねえよ。こんなこともあろうかと、ある程度の救急道具は自分で持ってきた。伊達にこれまで処刑制度を調べてきたわけじゃないぜ?」


 処刑制度を理由に保健室を頼れないとはいえ、それでも千明の負傷を放置することはできない剣太郎。彼の心配を察した千明は、おもむろに制服のポケットから自前の包帯やガーゼなどを取り出した。ポケットに入る程度の量しかないため十分とは言い難いものの、痛みを凌ぐための気休め程度にはなるだろう。


「なら良いんですが……。でも、手当してもすぐに動かないで、少し休んだ方がいいと思います。怪我だけじゃなくて体力も消耗してるでしょう?」

「うんうん。部長がここにいることは、わたしたちが適当に誤魔化しておきますう」

「オーライ、そこまでしてくれりゃあ十分だ。二人もあんまり油売ってると他のやつらに怪しまれるぜ? そろそろ行きな」

「は、はい! 部長もどうか気を付けて……!」


 去り際の瞬間まで自分の身を案じながら、教室を後にした剣太郎と八重。広報部という繋がりは既に途絶えたにも関わらず、それでもかつての部長として慕ってくれている。千明はそんな二人の背中を見送ると、廊下側の窓の下に身を隠してから壁に背を預けた。ここなら廊下からは死角となって見えづらいため、当分は他生徒たちの追撃をやり過ごすことができるはずだ。
 後輩たちの手前平気なふりをしていたが、やはり女子の体に容赦のない暴力は堪えたのだろう。千明は目を閉じたまま、しばらくの間ゆっくりと大きな息を繰り返していた。そしてある程度疲労が癒えたところで、不意に口角をニヒルに歪める。


「……ま。ああは言ったけど、あの会長ちゃんが卒業を待ってくれるほど悠長な性格とは思えねえしな」


 皮肉のような独り言を呟きながら、メール機能を立ち上げて新規作成画面を開く。その件名欄に入力したのは『遺言書』の三文字だった。


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