【リレー小説】学園女王【企画?】

葉っぱ天国 > 小説 > スレ一覧 1- 101- 201-キーワード▼下へ
1:ビーカー◆r6:2017/01/29(日) 18:05

――この学園は、女王に支配されている。

【主な内容】
生徒会長によって支配されカースト、いじめなど様々な問題が多発した白羽学園(しらばねがくえん)。生徒会長を倒し、元の学園を取り戻す為に生徒達が立ち上がった……という話です。

【参加の際は】
好きなキャラを作成し、ストーリーに加えていただいて構いません。
ただし、
・チートキャラ(学園一〇〇、超〇〇)
・犯罪者系
・許可なしに恋愛関係や血縁関係をほかのキャラと結ばせる
は×。
また、キャラは「生徒会長派」か「学園復活派」のどちらかをはっきりさせてください。中立派もダメとは言いませんが程々にお願いします。
キャラシートは必要であれば作成して下さい。

【執筆の際は】
・場面を変える際はその事を明記して下さい。
・自分のキャラに都合の良い様に物事を進めないように。
・キャラ同士の絡みはOKです。ただし絡みだけで話が進まないということの無いように。
・展開については↑のあらすじだけ守ってくださればあとは自由です。
・周りの人を不快にさせないように。

175:藤井美鈴 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/01(土) 15:06

「ハーイ!今から半音階のロングトーン始めまーす、8拍でーす」

「何で先生、いないんですか?」

「3人とも出張です。行きまーす、1、2、3」

コンクールまであと2ヶ月。課題曲はあと少しで完成だ。自由曲はやっと3分の1までいった。

「トランペット、少し高いから下げて!ホルンとクラ、音小さいからもっと大きくして!」

「「「ハーイ」」」

「パートで基礎練したと思うので、課題曲します」

コンクールの期日も迫っているというのに、今日はなぜか、顧問も部長もいない。顧問は出張だから仕方ないが、その上部長も欠席となると……。私の負担も考えて休んでほしい。

「クラとフルート、ピッコロ、Jから連符のところ転んでるから焦らないで。もう一回します」

「麻美先輩、ここ教えて下さい」

「ここは――」

1年生、これぐらいわかるだろう!?こんな簡単なのに!中学でも吹部でサックスやってたって言ったよね!?
――なんてことは勿論言わない。ほら、表面上は良い先輩だから、私。

「次、自由曲しまーす。前できなかったHの6小節目から、96でやります。少し早いけど頑張ってね!」

「えー」

「バス、みんなを支えるパートだから、指揮見て。それからパーカス、少しずれてるから気を付けて」

やっぱり自由曲は難しい。金管がメインだけど、木管のソロも多い。どうしようか――

「すみませーん‼遅れましたー!」

大声と共に、女子生徒が飛び込んでくる。ああ、遅刻の子か。誰だろ……って!部長じゃん!
やっと部長来たー‼救世主来たー‼ってことは――私の負担が減る―――‼

「あっ、部長来た!」

「おー」

「あとは部長!お願いします!」

「私、今来たばっかだよ!?」

「遅刻するから悪いんです。さっさと、準備してください!」

「は〜い、それまでやってて。そんなに時間かかんないけど」

「当たり前だよ!?トランペットでしょう!?……気を取り直して、Hからやりまーす」

「ハーイ」

みんなが真っ黒な笑顔なのはなぜ?と思いつつ、私もそうなっているだろう。

「部長、Hからソロまでやってください」

「「「やってくださーい」」」

真っ黒な笑顔、その理由は簡単。ただただ、部長をいじりたいだけ。
やってくれと言ったところ――Hからソロまで――は、一番難しいところ。遅刻したからと言って、そこの手本を見せてほしいと言っているようなものだ。いつも失敗して、笑われていていつも悔しそうにしている。今回もそうなるだろう。

「いいよー」

また、いつものところを間違える――と思ったが、間違えずにちゃんとできていた。

「え―――!?」

「何で‼」

何もかも完璧にできていた。1週間前までできなかったのに。

176:文月かおり◆DE:2017/07/01(土) 15:08

>>174 荒らしはやめましょうねー。迷惑になりますよー。

177:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/01(土) 18:28

「嘘でしょう?」

「何でだと思う?」

「練習したの?」

「当たり前じゃん。だって、ちょー悔しいんだよ?」

「ハイ。じゃあ、部長が来たのでまた、課題曲をしたいと思いまーす」

「「「ハーイ」」」

流石、部長。トランペットの音が良くなった。
あの1年生、役立たずだねー!コンクール、出ないでくれないかなー、表面上だけの奴がっ!音が雑すぎるんだよ!2,3年生の邪魔をするなー!
――勿論、表面上には出さない。
まぁ、いろいろあるが、楽しい……かな?――そう、思っていたらどうやら、お昼休みみたいだ。今日は1日練だから大変だ。

「1時に練習開始でーす」

「「「ハーイ」」」

上下関係はあるが、仲のいいメンバーでよかった――と思った。

178:匿名:2017/07/06(木) 20:16

>>165-170>>172の放課後、かつ>>173>>175>>177とこの話がほぼ同時と仮定しての話です)



 赤みが混ざり始めた夕暮れ空を背景に、天に向かって高々とそびえ立つ白羽学園の学び舎。その一角、音楽室から聞こえてくるのは、多数の管楽器による騒々しい音色。恐らく吹奏楽部が個人で、あるいは楽器別に各々練習をしている真っ最中なのだろう。そんなことを思案しながら、剣太郎は校舎の、音楽室がある辺りをぼんやりと見つめていた。

 かつては広報部に所属していた剣太郎だが、昨年執り行われた強制廃部によって、現在はどの部活にも所属していない。また、いたずらに学園やその周辺街を徘徊すれば、別の生徒にいちゃもんをつけられ、理不尽な恫喝や暴力を受けてしまう。学園に残る理由などなく、得られるものもなければマシな方。ゆえに終礼のホームルームが終わり次第、誰からも声をかけられないようにして速やかに逃げ帰る。それが現在、学園中から迫害されている剣太郎の、日常的な放課後だ。
 ――もしも、風花百合香が広報部を潰さなければ。あるいは部長の千明が、処刑制度や百合香に対する取材を諦めていれば。自分は今でも、部員たちと新聞を作り続けていられただろうか? 今のようなみすぼらしい思いを味わうことなく、青春の一ページを綺麗な思い出で飾れていただろうか? 溢れんばかりの後悔に塗れた仮定は、いつしか過去の情景を剣太郎に想起させていた。



◆ ◆ ◆



「部長、そろそろ深追いはやめた方がいいんじゃないですか?」

「そうですよ! このままじゃ俺ら全員、生徒会に処刑されてしまいます!」


 広報部が強制廃部となる数週間前。青ざめた顔の部員たちが必死の剣幕で、千明に詰め寄る光景が部室内で見られた。当時はまだ百合香直々の声明こそなかったものの、部活動の妨害や度重なる嫌がらせなど、明らかに広報部の動向を良く思わない存在からの脅迫をじわじわと受けていたのである。遠回しの通達とはいえ、声なき牽制をそこまで受ければ、通常の人間は身の危険を察して自らの活動を自重するものだ。だが残念なことに、千明の精神は良くも悪くも非常に丈夫であった。


「大丈夫だって! 向こうに気付かれる前に、バーっとネタ集めてガーっと記事書いてダーっと配布すればいけるいける!」

「そういう次元の問題じゃないんです! 俺たちの取材先に先回りしてくるような奴ら相手に、先手を取れるわけないでしょう? あいつらはこっちの考えを見通してるんですよ!」

「何でも調べたがる部長の悪癖は私たちも分かってます。でも、その弊害が広報部自体にも降りかかったとしたら、部長は責任を取れるんですか?」

「あー、責任かあ……。それ言われると確かに辛いな」


 生徒会側からの度重なる牽制にも負けず、処刑制度や百合香周辺の独自調査を続けてきた千明。その核心にこそ触れられてはいないが、今や彼女は百合香の目論見を、部外者の中では恐らく最も真相に近い形で知る存在となっていた。だからこそ、制度の犠牲者が強いられる処刑内容の凄惨さも十分承知している。その上で広報部を率いる者としての責務を引き合いに出されると、流石の千明も閉口する他なかった。
 言葉に詰まってそのまま数分。いつもは喧噪の中心である千明が黙り、部室内にもしんとした静寂が下りる。普段はアットホームな部活内の雰囲気に馴染み切っていた部員たちは、慣れない緊迫感に身を固くしつつ、それでも無意識に共通の期待を千明へ向けていた。彼女が自分の無謀さを自覚し、百合香の機嫌を逆なでするような取材をやめてくれると。
 それからようやく考えがまとまったのか、千明は天井を仰ぎ見ていた頭を部員たちの方に向け直す。――直後、向きを戻したばかりの頭の前方に、合掌した両の手を勢いよく差し出した。


「すまん、責任は取れない! でも取材をやめるのも無理だわ!」

「はあ!? 部長、それ正気で言ってます!?」

「うん正気。マジ正気。真っ当なたっぷりSAN値で考えた上でこの結論よ」

「じゃあ部長は、自分のせいで広報部が潰されていいとでも!?」

「まあ、ものすごく端的に言ったらそうなっちゃうな」

「ふざけんな!!」

179:匿名:2017/07/06(木) 20:19

(続き)



 バキッ、と鈍い音が、部員たちのどよめきを割った。続けて椅子が倒れる音と、女性部員たちの甲高い叫び声。千明の回答に激昂した男子生徒の一人が、彼女の顔面を手加減なしに殴り飛ばしたのである。そして感情に任せた彼の暴力を皮切りに、部室はたちまちパニックに陥った。千明の人格を疑い、彼女を手酷く攻撃する者。過激な暴力は慎めと、感情的な部員を嗜める者。自分の感情に精一杯で、まず周囲が見えていない者。信頼と統率が致命的に失われ、このままでは生徒会が手を下さずとも、広報部は自然崩壊してしまうのではないかとさえ思われた、そのとき。


「し、静かにしてください!」


 彼の一声で、騒々しかった部室内は、水を打ったようにしんと静まり返る。発言主の方を見た部員たちが、その人物の意外性に驚いて喧噪を引っ込めたからだ。一様に目を丸くした彼らの眼差しに、発言主――当時一年生だった筆崎剣太郎は思わずたじろいた。
 普段の剣太郎であれば今のような恐慌状態に巻き込まれても、気の弱さゆえに何をすることもできないまま、その場に立ち尽くしていただけだろう。しかし、広報部が失われるかもしれない危機を前にして。そんな状況の中で協調性を失った広報部の惨状を見て。何より、説明の余地もなく部員たちから一方的に詰め寄られる千明の姿を目の当たりにして。内に抱えていた混乱が爆発し、頭が真っ白になった剣太郎が気付いた時には、既に無意識で声を張り上げた後だった。
 自分がこの騒乱を中断させた張本人なのだから、何か言葉を続けなければならない。我に返ったばかりの頭で、剣太郎は次の句を必死に考える。だが、元々口下手な彼にとって、もっともらしい台詞を咄嗟に引き出すという行為は非常に難易度が高かった。空回りする頭に反比例して、口からはええと、その、などといった、中身のない思案語しか漏れ出てこない。自分の意見を言い出せずにいる剣太郎に、部員たちが苛立ちを募らせ始めたころだった。


「剣ちゃん、無理すんな。言いたいことは大体察したから」

「ぶ、部長……」

「むしろ皆を鎮めてくれてありがと。あのままじゃあ、弁明の「べ」の字も話せないままだったろうし」


 片目の周りにできた青あざを意に介しない笑顔で、千明は剣太郎の天然パーマを軽く叩くように撫でる。そして彼の勇敢さに対する労いを伝えると、服についたほこりを払ってから、部員たちの顔を今一度しっかりと見据えた。こんな状況でもやはり自信に満ちた千明と、対して彼女に猜疑心を向け続ける部員たち。二者に挟まれるような立ち位置となった剣太郎は、不安げな面持ちで両者の顔を交互に見ていた。


「語弊を招く言い方しちゃって悪かった。確かにあたしは副会長ちゃん関連の取材をやめる気はない。けど、広報部の皆をないがしろにしていいと思ってるわけでもない。この二つの考えが矛盾してるのは分かってるけど、どっちもあたしにとっては譲れない選択なんだ」

「ということは、私たちのことは大切に思ってくれてるんですよね? なのにどうして、部が犠牲になるかもしれない危険を冒してまで取材を続けるんですか?」

「なら、無礼を承知で逆に聞こうか。あたしがこの取材を諦めたら、一体誰が処刑制度の全容を広報する?」

「しなくていいですよそんなの! 世の中には知らなくていいことがあるんです。誰も副会長に逆らわなければ、これ以上犠牲者は増えません。余計な真似をしなければ、皆平和に暮らせるんですよ!」

「平和、平和か。いい言葉だ。しかしそれは、これまでの犠牲者に二度目の死と屈辱を与えた上での平和なんだぜ」

「……っ!」


 女子部員の言う通り、ここで処刑制度の真相追及を放棄すれば、自分たちの身の安全を確保することはできるだろう。だがそれには、これまでに名誉や命を奪われた犠牲者の存在をさらに「黙殺」しなければならない。存在する真実をなかったことにし、犠牲者を踏みにじって獲得した平和を、果たして甘んじて受け入れていいのか? 自己保身の観念から見れば合理的で、しかし道徳の観念から見れば非情な自分の意見を再認識し、女子部員は千明を説得しようとした口をつぐむ。



(続く)

180:匿名:2017/07/06(木) 20:22

(続き)



「これまでの調査で既に分かっていることだけど、どういうわけか副会長ちゃんには警察とか裁判所とかも通用しない。その上で広報部までもが真実追及を諦めてしまえば、処刑制度やその犠牲者は実質「存在しないものとして扱われてしまう」。だからあたしは、この学園で確かに起こった事象を「殺さない」ために、これからも制度の取材を続けるつもりだ」

「……部長の考えは分かりました。ですがそんな状況じゃ、処刑制度の情報を広めることなんて……」

「そだね。見栄切って大口叩いたはいいけど、ぶっちゃけこれ無理ゲーだわ」

「ちょっ、認めるのあっさりすぎるでしょう!?」

「しゃーないしゃーない。まあ、だからって副会長ちゃんへの挑戦の意思がない子たちまで巻き込もうとは思ってないさ。だからだね」


 公的機関さえ無力化するような存在との対立を前にして、それでも千明はカカッと軽やかに笑う。百合香からのプレッシャーを気にも留めない態度が逆に部員たちの不安感をあおる中、千明は一束の紙を取り出すと机の上に勢いよく置いた。紙の上部に整った明朝体で書かれているその題名は「退部届」。部長直々から惜しげもなく提案された選択肢に、部員たちが一様に目を丸くしたのは言うまでもない。


「自分の命が惜しい奴は、早めにこの広報部から脱出してくれ。これがあたしが皆に対して取れる、最上級の責任だ」



◆ ◆ ◆



 それから広報部は、いつもより早めの解散となった。日がまだ昇っているうちに閑散となった部室で一人、千明は受け取った退部届の提出者名を眺める。あの後、感情的、あるいは判断が早かった数名の部員がその場で退部届を提出。他の部員の大半も、一応考えておくといった感じに書類を持ち帰ったのだった。解散前の部員たちが揃って臭わせていた、百合香への恐れの感情を鑑みれば、手元の書類が翌日以降増えることは目に見えている。自分から勧めたこととはいえ、これまで活動を共にしてきた部員たちと袂を分けた現実を前に、千明は煙草の煙を吐くような呼吸法でため息をついた。そんな彼女の横から、弱々しい声がかけられる。ほのかな冷気を感じたその方を見ると、遠慮がちに冷却材を差し出す剣太郎の姿があった。


「こ、これ、良かったら……。殴られたところ、少しは痛くなくなるかと」

「おお、剣ちゃんサンキュー! ひえっ冷たっ」


 キンキンに冷えた冷却材を受け取ると、痣ができた目にぴたっと当てる。零度に近い冷たさに震えながらはしゃぐ千明の様は、禁忌事項の取材への決心を真剣な顔で宣言した広報部部長とは思えない。つい先刻と現在の彼女の落差に内心困惑しつつ、剣太郎はおずおずと千明の顔を見上げた。
 千明が入学直後から、広報部の一員として熱心に活動し続けてきたという経歴は、彼女より後から入学した後輩たちの間でも有名な話だ。入部から一年経っていない剣太郎でさえ、彼女と何度か取材を共にした際、その並々ならぬ熱意を思い知る機会に何度も遭遇している。つまり千明にとって広報部は、高校生活のほとんどを賭けた青春と同義のはずなのだ。しかし今、彼女は自分に同調できない部員に退部を勧めてまで、処刑制度と百合香の調査を強行しようとしている。下手を打てばその広報部すら奪われかねないリスクを背負いながら、それでも千明を突き動かす熱意の根源は一体何なのか。自分の中で渦巻く疑念に耐えかねて、剣太郎は恐る恐る口を開いた。


「あの……部長は、怖くないんですか? もし部長の取材が実際にバレて、副会長から処刑命令が出されたら……」

「処刑については大丈夫だよ。だからさっきも退部届を皆に渡したんだし」

「そ、そうじゃなくて……! 部員の皆は大丈夫でも、部長は絶対に処刑されてしまうんですよ? 部長は強いから、いじめとかは平気かもしれませんが、それだけじゃ済まなかったら……」

「あ、そっちか。うーむ」



(続く)

181:匿名:2017/07/06(木) 20:24

(続く)



 自分の身に関わる事態に今しがた気付いたような軽さで、千明は間延びした返事を返した。この調子だと本当にこれまで、広報部に降りかかる損害は危惧していても、自分自身の安全に対するリスクは毛頭考えていなかったのだろうか。その思慮の浅さは部長としては誉められたものではないが、やはり彼女は疑いようもない根っからの広報部員なのだと、呆れにも近い敬意を剣太郎は改めて感じた。それから、熟考と呼ぶにはやや短い程度の間を開けて、千明は彼の問いに答える。


「実はだね。あたし、親がいないんだよ」

「そうなんですか……って、ええっ?」

「物心ついたときには既に、今のお爺ちゃんお婆ちゃんたちに保護されててね。皆もあたしたちがどこの子なのか、さっぱり分からないんだとさ」

「えっ、えっ、ちょっと待って! そんな重大告白をさらっと済ませないでください!」

「言ってそんなに重大なことでもなくない? 「実は邪神を崇拝する魚人の末裔」とか「人肉を食べる怪物の取り換え子」とか、そんな背景と比べりゃ親が分からないくらい些細だって」

「比較の例えが随分名状しがたく冒涜的じゃありませんか」


 物心ついたときから親の顔も分からない環境に置かれていたのなら、千明にとってはそれが当たり前の日常なのだろう。そして本人がその背景を苦にしていなければ、第三者が彼女へ同情を向けるのは見当違いだ。頭では分かっていながらも、両親と同じ屋根の下で暮らすことを日常とする剣太郎にとって、千明の家庭環境はとてもショックを隠し切れないものだ。だが、当の千明は剣太郎の反応に傷付いた様子もなく、むしろ彼の大げさなリアクションを楽しんでいる様子さえ見えた。


「とにかくだ。親がいないことに対しては別に、寂しいとかそういうのはないんだけどさ。その分興味が湧くわけだよ。「あたしたちの親は、一体どんな人なんだろう」って」

「は、はあ……」

「けど残念ながら、親の正体に至れるような手がかりはないし、調べる手段も分からない。だからその反動かな。「自分の出自が分からない分、他の分からないことは余すことなく解明したい」と思うようになったのは。まあ、命の危険が分かってるのに危機感の欠片も感じてないのは、流石にそれだけ知識欲が育ちすぎたかとは自分でも思うがね」

「…………」


 住む世界が違う。剣太郎は心の奥底から思った。元より剣太郎自身は、何かしらの大層な目標を持って広報部に入ったわけではない。しかし自分の志の低さを差し引いたところで、千明との差異はほとんど縮まらなかった。処刑制度の真相究明や、学生時代の功績作りなど、彼女の目標はその程度のレベルには存在しない。以上の目標が「その程度」だと思えてしまうほど、彼女が目指す終着点は、通常の人間には思い至れない次元のものだ。あるいはそもそも、終着点など最初から視野に入れていないのだろうか。
 とにもかくにも、千明が真実にこだわり続ける理由。それは彼女の根底に関わる、いっそ宿命とさえ形容できてしまうものだったのだ。その一端を垣間見た剣太郎の心臓は、きゅっ、と何かに掴まれるような感覚に襲われ――。



◆ ◆ ◆



 在りし日の記憶に剣太郎がふけている間に、短くない時間が過ぎていたようだ。吹奏楽部が奏でる音色はひとまとまりのクラシック曲に切り替わり、夜闇が迫り始めた空は禍々しい赤に染まっている。あの日の彼女の横顔も、確かこんな色の夕日に照らされていただろうか。
 剣太郎は帰路への歩みを進め、思い出から距離を取った。あのとき、心臓に覚えた感覚の正体が何だったのか、今の彼にはもう分からない。

182:藤井美鈴◆MI 時系列 放課後 場所 音楽室:2017/07/15(土) 17:05

(続き)

でも、そう思うのは一瞬だけ。
凛ーー部長ーーもそう思っているだろう。私を裏切っていなければ。
大抵の部員はーー7割ーーは生徒会が大嫌いだが、残りはどうかわからないから。

(一回ストップします、ごめんなさい)

183:べるなに◆Lg:2017/07/16(日) 12:41

誰もいない一つの教室の中。
そこには、風花 百合香がいた。
常に冷静、同時に冷血な彼女が。
そこに、一つの影が。色で例えれば、黒。
2字の言葉で例えれば、下衆。

「会長………お会い出来ましたねェ………」

そこには、痩せ細り、目にはくまが。
完全に狂人と化していた、片原 拓也が。

「………誰かしら?」

百合香にとって、どうでも良い手駒。
それどころか、足を引っ張るだけの塵の顔など、記憶する必要もなくなった。

「俺ですよ………生徒会、片原 拓也………へへへへ………」

「本当に覚えのない人ですから、立ち去っていただけないかしら。」

「覚えて………ないい?」

「ええ。」

「駄目じゃあないですか会長!」

拓也は机を蹴り倒し、百合香へ歩み寄る。
じりじりと、じりじりと、少しずつ距離を積める。

「俺のことを忘れちゃ、会長は駄目ですよ。
俺が、貴方のことを一番知っていて、貴方の理解者ですから。」

まさにストーカー。
拓也はやや後退りする、百合香へ歩み寄る。
色欲な目をして。

184:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/07/22(土) 23:24

>>182続き

凛は、みんなの、この部活の、理解者だから。
復活派の人は皆、吹部の人が相談する。私もその一人。

「麻美。私、会長に訴えようかなー」

「え!?やだ!やめてよ!そうしたら、―――」

「そうしたら、何?」

「―――ううん、何でもない。でも、やめて。お願いだから」

ここにいるのが2人だけで良かった。

「でも、一回だけ言ったことあるよ?ここはいかれてるって」

……!嘘…!?

「じゃあ、何で吹部が潰れてないの?」

「そりゃあ、いきなり強豪が潰れたらおかしいからだよ」

それはそうですけど…ねぇ。あいつなら何かと攻撃しそうだからねぇ。頭いかれてるしー。

「今年のコンクール、終わったら何かしてきそうだねー」

「凛!嫌なこと言わないでよ。美雪だって、フルートソロ全国まで行って、大会がコンクール終わってからなんだから」

「美雪ちゃん、すごいよねぇ。今回、フルートとピッコロの持ち替えでしょ?」

「うん。とにかく、あいつに訴えるのはやめて」

「……はーい」

これなら大丈夫…かな。

―――美雪❅視点―――

部長、遅れすぎです……!
でも、あそこ完璧とか流石です!
これじゃ、褒めてんのか、けなしてるのか……。
まぁいいでしょう。

❅  ❅  ❅

部長が、一回あいつに言ったあ!?
ハァ、何してんの!?
あぁ、やばいやばいやばいーーーどうしよう!
一応、あいつの秘密、知ってんだけど本当かわからないからなぁ。どうしよう。
とりあえず、観察――情報収取――しますか。

185:文月かおり◆DE 時系列&:2017/07/23(日) 11:34

 何の特徴もない、普通のお寺の、お墓の前。

 ほんの数日前も、私はここに来ていた。その時は形ばかりの親戚がいて、一応十回忌ということになっていた。で、今日は私だけ。好きなだけここにいることができる。

「でね、文芸部は部費ゼロなの。大変だけど、部長は楽しそうだったよ。すごいよね……」

 あーあ、これって他人から見たら私、幽霊と話してるみたいかな。……まあ、それでもいいかも。幽霊、いたらいいのに。話せたらいいのに。
 浮世とは無関係な幽霊ならさ、なんでも話せちゃうじゃん?言っちゃいけない陰口とかも、小さな誇りとかも。

「……やっぱ私、変だね。なんか駄目だ、もう」

 もともと悲観主義な私だけど、それ以上にお墓前というこの場所は、私を更に暗くしてくれる。

 でも、既に決めたことなので……

「守るよ、私。守りながら、壊すの。どの生徒とも違う方法で、私が壊す。……見守っててね?お兄ちゃん。約束なんだから」

 宣戦布告、参戦布告。


 あいつらは、みんな馬鹿。守りたいものが多すぎるのよ。だから混乱してる。ホントに、馬鹿。

 私の守りたいものは二つだけ。それなりに優先順位をつけて、割愛して。

 準備もそろそろ整う。大丈夫。私の方がよっぽど有利。

 今現在対立している双方を、どちらも利用すれば……いける。大丈夫。



 ゼラニウムの花が風に揺れ、私は少し微笑んだ。



 ❀ゼラニウム/geranium 真の友情、決意、君ありて幸福❀

186:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:体育館:2017/07/26(水) 16:55

>>184続き

「美雪ー!早く練習するよー」

「ハーイ……で、麻美先輩、ピアノ完璧にできるようになりましたか?完璧に、ですよ?」

「う………ま、まぁ…アハハハハ……」

 乾いた笑いが出てくる…イヤー!!美雪!何故、完璧ではなかったとわかるんだ!?

 麻美先ぱーい、県大会の決勝戦の時、若干テンポ遅かったんですよー。しかも、目立たない程度で1,2箇所間違えてましたし、フルートでカバーするの大変でしたよー。

 お互いの思っていることが部長に伝わっている……と、2人以外の部員は思っているだろう。

「2人の思ってることは、わかるから早く練習しようねぇ?」

「「…ハァーイ」」

((部長、怖いです……!))

「1、2、3!」

 静かに流れだすピアノの音。フルートの洗礼された音が聞こえてくる。

(ストップしまーす)

187:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:体育館:2017/07/27(木) 13:16

>>186続き

「うん、いいんじゃない?」

「そうですか?」

「部長、何で疑問形?」

「別にいいじゃん」

「「ふーん」」

188:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:?:2017/07/27(木) 13:19

「さぁ、復讐の開始だ」

誰もいない放課後。
一人の生徒が決断する。
自分の家族を、ある人に奪われたことを恨んで――。

189:藤井美鈴◆MI 時系列:放課後 場所:音楽室:2017/08/01(火) 16:06

>>187続き

「明日のコンクールについて話します。服装は長袖で制服。パーカスと男子は半袖。当たり前だけどローファー。午後なので9時から10時半まで練習。10時半から昼休み、11時半から楽器運び開始。12時45分には出発したいです。3時15分が本番です。2時47分からリハ、3時1分からチューニング。遅れないように行動してください」

「「「はい」」」

「じゃあ今日はこれで解散します。明日、遅れないように」

「鍵当番、トランペットだよ!部長!」

「えっ!?ヤダ」

「ダメ」

「……ジャンケンで決めるよー」

「今日は部長ですね」

「麻美、はいあげる」

「いらないです」

「道連れ」

 どんだけ嫌なんだよ。じゃあ美雪も道連れ。

「美雪!あんたもね♪」

「え、嫌です」

 逃げるの早っ!

「早くして、凛」

「ハーイ」

190:ABN:2017/08/03(木) 05:43

>>183の続きとなります。間が空いてすみません;)



「おー、ここにおったんか! 探したで!」


 スパーンと窓が開け放たれた音と共に、場違いなほど明朗な男子の声が百合香と拓也の間を分かつ。二人が音と声の発生源の方を振り向くと、そこには廊下側の窓から教室の中へ身を乗り出す倉敷良の姿があった。驚きのあまり、それまで百合香へ向けていた執着心はどこへやら。突然の乱入者の登場に拓也は言葉も出ないまま、ひたすら目を白黒させる。一方、百合香は良のこの登場方法に慣れているのか、あるいは彼女の肝が最初から据わっていたのか。大した驚きも見せないまま、いつもの愛想よい笑顔を良に向けた。


「あら、倉敷くんじゃない。何かご用かしら?」

「せやでー。でも今はお取込み中やったみたいやな。後で出直すわ」

「構わないわよ。私はただ、この部外者さんに絡まれて困っていただけだから」

「か……会長? 冗談言わないでくださいよ、俺とあなたの仲でしょう?」

「折角なら倉敷くん、部外者さんをここから摘まみ出してくれる? そうすれば邪魔者なしにゆっくりお話しできるわ」

「会長!?」


 拓也の声など最初から聞こえていないというように、百合香は彼の発言に一切反応しなかった。よもや意中の生徒会長から、自分の存在を明確に無視されるとは思わなかった拓也は、その顔を真っ青に染める。
 今まで長らく抱き続けてきた狂おしいほどの恋慕の情を、会員と役員という間柄もろとも呆気なく切り捨てられた。百合香のすぐ近くで発した悲痛な叫びも、彼女の耳には届いているはずなのに返事は全く返ってこない。そもそも先ほどから百合香は、自分の姿さえ視界から故意に外している。片原拓也という人間を間接的に、かつ徹底的に否定する百合香には最早、言葉通り取り付く島もない。そんな彼女の薄情な態度は、十分すぎるほどの絶望を拓也に叩きつけた。

 どうして百合香に相応しいはずの自分が無視を受け、彼女と無関係同然のあいつが普通に認知されるのか。理不尽だ。不条理だ。不公平だ。こんなことはあり得ない。あり得ていいはずがない!
 自分の想いを裏切られたと思い込んだ拓也は、しかしその憎悪を百合香ではなく良に向けた。この思考が公になっていたなら、あり得ないのはお前の八つ当たりだと十人中十人に指摘されていたことだろう。どちらにせよ、自分の一方的な感情を俯瞰視することもせず、拓也は通りすがり同然の良に殺意が籠った眼差しを向け――。


「何言うてんねん。こいつ、百合香ちゃんとこの役員やろ? 全然部外者やあらへんがな」

「そうなの? 学園に迷惑をかけるような子なんて、生徒会に入れた覚えはないのだけれど」

「ひっどいなー。そんな『お前なんぞうちの子ちゃうわ』みたいな、おかんの定番台詞っぽいこと言わんといてな。二年坊が可哀想やろ。なあ?」

「……へ?」


 敵視した相手から返されたのは、同情の態度と援護の言葉。予想外だった良の反応に拍子抜けした拓也は、思わず彼の顔を二度見する。その視線に気づいて向けられた笑みには、やはりマイナスの感情は一切感じ取れない。意外な人物が自分の味方についたという事実に、拓也は戸惑いを隠すことができなかった。
 一方百合香は、自分が定めた邪魔者の定義を他者に否定されたためだろうか。彼女の貼り付けられていた笑顔が、僅かだが不服そうに萎んでいた。



(続く)

191:ABN:2017/08/03(木) 05:46

(続き)



「誰にでも優しく接するのは良いことだと思うわ、倉敷くん。でもね、その部外者さんみたいに悪いことをした自覚のない人は、甘やかしても反省せずに付け上がるだけよ」

「厳しいなあ百合香ちゃんは。でもこの二年坊、言うほどの悪いことはしてへんのとちゃう? あの暴力事件は結局デマやったんやし、ストーキングかて百合香ちゃんのことが好きやさかいに暴走してしもただけやろ」

「言い返すようで申し訳ないけど、それが甘やかすということなの。もし本当に彼のことを思うのなら、これ以上周りに迷惑をかけないように、処刑制度によって更生させるべきよ。分かるでしょう?」

「勿論分かっとるで。でもまさか百合香ちゃんが『心苦しいはずの処刑を自分から進んで選んでまう』とはなあ? てっきり『優(やさしゅ)うて慈悲深い生徒会長さん』やったら、『救いようのないゴミムシにも手え差し伸べる』もんや思うとったけど」

「…………」


 良の台詞には、確かに一理ないこともない。人間として理想的な百合香は、人柄も同じく理想的。ゆえに、本来なら例外なく迫害されるべき処刑対象に対しても彼女は逐一心を痛めている――というのが、百合香を肯定する者たちから見た彼女の評判だ。拓也の処刑を止めたがっているように聞こえる彼の言葉は、そんな体裁の崩壊を危険視したがゆえの意見なのだろう。
 だが、既に全校生徒の大半が百合香に対し妄信、盲従している現状では、体制崩壊の心配など些事に過ぎない。にもかかわらず、わざわざ提唱された良の発言は、百合香の裁定に異を唱えたようにも取れる。その点に着目すれば、逆に良こそが処刑対象となり得るのではないだろうか。
 どちらとも取れる彼の発言の真意は一体どちらなのか。量るような眼差しで、百合香は良の表情をじっと見る。だが、そんな観察眼に気付いていないような素振りで、良は窓枠から教室内に侵入すると、おもむろに拓也の体を羽交い絞めにした。


「ま。なんやかんや言うてもうたけど、その辺の最終裁定は任すわ。いくら優しい会長さんでも無慈悲な決断を迫られるときかてあるし、どの道百合香ちゃんが二年坊を迷惑思うとるんは不動みたいやしな。っちゅうわけで」

「ちょっ、おい!? 何してんだテメエ! 離せ! 離せっつってんだよ!!」

「はいはい、お前はちょーっとクールダウンしよか。ほな百合香ちゃん、俺は二年坊を隔離してくるさかい、あとはゆっくりしとってな!」

「勝手に決めんじゃねえ! 俺はまだ会長との逢瀬の途中だって……!」


 ぎゃあぎゃあと喚く拓也をよそに、良は彼の体を引きずるようにして教室から後ずさっていった。甲高い叫び声が教室までの距離と比例してフェードアウトし、しばらくするとようやく辺りに静寂が戻る。そうして自分一人だけが残された教室の中、百合香は思い出したようにぽつりと呟いた。


「……そういえば倉敷くん、結局なんの用事だったのかしら?」



◆ ◆ ◆



 ところ変わって、元いた教室からは遠く離れた男子トイレ。百合香から強制隔離された拓也は、出入口の前で立ち塞がる良と押し問答を繰り広げていた。ここの扉は内側から見て内開きであるため、彼が退かなければ拓也はトイレから脱出できないのだ。
 一刻も早く教室に戻らなければ、会長が気長に自分の帰りを待っている保証はない。そう焦る拓也は意地でも目の前の障害を突破しようと、死に物狂いで良に掴みかかる。だが、そんな彼の憤りなどどこ吹く風といった風に、良は通せんぼを続けたままヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。



(続く)

192:ABN:2017/08/03(木) 05:47

(続き)



「とっとと退けや! 会長が帰っちまったらどうすんだよ!?」

「んなこと言うたって、もうとっくに帰っとるんちゃうん? とにかくまずはクールダウンしいや。顔と脳みそが一足早い猛暑状態になっとるで」

「うっせえ!! お前に会長の何が分かるってんだよ! 会長が俺を置いていくわけねえだろ!?」

「いやいやいやちょい待ち、言うとること支離滅裂やで二年坊。百合香ちゃんがお前を放置せん言うなら、急いで戻る必要なんぞあらへんやん」

「そ、そりゃあ……」

「大体、今百合香ちゃんとこ行ったって、どのみち反応されんと置いてかれるんちゃうの? さっきかて百合香ちゃんに徹頭徹尾シカトされとったし」

「………」


 拓也の脳裏に、先ほど見た百合香の端正な横顔が想起される。良が教室に乱入してから、百合香はずっと彼の方を向いていたため、必然的に彼女の正面顔を見ることができなかったのだ。額から鼻筋、唇にかけての輪郭は、美術室に置かれている石膏胸像のように完璧で。しかしその美しい記憶は、自分が明確に百合香から見捨てられたことの証明で。そんな百合香の態度を目の当たりにした直後の拓也には、いつものように激情に任せて暴力を振るうことはできなかった。彼ほどの盲目さを以てしても、百合香からの無関心を否定することは難しかったのである。
 最早自力ではどうしようもできない現実を実感し、拓也は悔しそうに黙りこくる。一気に鎮静した彼の様子に、それまで暢気だった良も流石に気まずさを覚えた。


「あー……なんか、堪忍な。図星やったか」

「図星とか言うな、俺が惨めみてえじゃねえか……!」

「え、今の状態はどう見たって惨めとちゃうの?」

「お前は俺を慰めたいのか貶したいのかどっちなんだよ」

「勿論慰めたいに決まっとるやん。お前をここまで引きずってきたんもそのためやし、ちゅうかそもそも俺が用事あったんはお前の方やしな」

「は?」


 てっきり百合香の方に用事を持ってきたものと思っていた拓也は、不覚にもぽかんと口を開けた。自分は良が熱心な美術部部長であることくらいしか知らないし、向こうも自分のことは暴力事件のデマを流された被害者(実際は加害者だが)だということしか知り得ていないはずだ。お互いに接点など皆無であるはずなのに、こいつは自分に一体何の用があるというのだろうか?
 全く思い当たる節がなく、クエスチョンマークを頭上に浮かべる拓也。そんな彼の疑問に答えるように、良は台詞を続ける。


「単刀直入に言うて、お前と百合香ちゃんに脈ないのは見え見えやん?」

「ハッキリ断言すんな! そ、それにまだ脈なしって確定したわけじゃねえだろ!?」

「諦めへんなあ。ま、その辺の追究はええわ。脈あっても結ばれんときは結ばれんし。どっちにせよ二年坊的には、百合香ちゃんと結ばれる一択しかあらへんのやろ」

「当たり前だ! で、それとお前となんの関係があるってんだよ」

「んな勘ぐらんでもええて。単純に俺の頼み聞いてくれたら、百合香ちゃんと結ばれるようお前の恋路を応援したるっちゅう簡単な話やさかい」

「応援だあ?」


 正直いらない。それが良の提案を聞いた瞬間、拓也の頭に浮かんだ感想だった。相手が読心術や心理学のプロであるならまだしも、空気の読めなさに定評のある良が恋慕の橋渡しをするのでは、その限界など高が知れている。むしろ良が何かしらの失態を犯し、自分の心証を悪化させられる可能性の方が大きい。
 とは言うものの、どの道拓也には良の提案を蹴るという選択肢はなかった。百合香から完全な無視を決め込まれている現状では、自分一人で行えるアプローチなど皆無に等しい。それなら博打を打つことになってでも、百合香との接点がある良の協力を得た方がまだ希望があるのではないだろうか。そう拓也は判断したのだった。
 そうなれば、残る問題は良の頼み事だ。自分が叶えられる範疇の交換条件ならいいが、無理難題を押し付けられた場合は涙を飲んで協力を諦めるか、あるいは無理をしてでも条件を飲むしかない。一体この男は自分に何を求めているのか。その内容が容易なものであることを祈りながら、拓也は訝しげに口を開いた。



(続く)

193:ABN:2017/08/03(木) 05:48

(続き)



「……お前の頼みってなんだよ。金か? 使い走りか?」

「みみっちい予想やなあ。そんなんやのうてな、二年坊には俺の絵の題材になってほしいんや!」

「題材? 俺の絵を描くってことか?」

「間違(まちご)うてへんけどニュアンスがちゃうな。俺が書きたいのはモブ顔の肖像画やのうて抽象画やねん」

「誰がモブ顔だ失礼な! ってか、なんで俺で抽象画なんだよ」

「今度は恋愛をモチーフにした絵描きたい思うとったんやけどな、俺じゃあ恋はピンと来(け)えへんし、そんじょそこらのリア充程度じゃ描き甲斐があらへん。てなわけで、ストーキングしてまで百合香ちゃんを慕っとるっちゅうお前に白羽の矢を立てたわけや!」

「あー、そういうことかよ。俺の恋路を手伝うってのは、お前の作品を作るための参考にする意味もあるってことだな?」

「その通り! 難しい条件ちゃうし、二年坊にとっても悪い話やあらへんやろ」

「……仕方ねえなあ! そんなに言うなら、絵なんていくらでも描かせてやるよ。その代わり、ちゃんと俺と会長が結ばれるように手伝ってくれよな?」

「おう! 合点承知の助や!」


 確実性はないにしろ、自分の感情を絵の題材として提出するだけで、百合香との恋愛成就の確率を上げることができる。藁にも縋るような状態であった拓也にとって、良の交換条件は美味しい話であった。こうして狂った狂信者といかれた芸術家は、利害の一致により互いに手を組むことになったのである。

194:文月かおり◆DE 時系列:放課後 場所:文芸部室:2017/08/03(木) 12:04

「……なんか今、不穏な計画が始まった気がする」

「厨二発言はやめようね?」

「違う! 絶対そうだって! 嫌な気配がどこからか

「その前に挿絵でしょ。入れるの、入れないの?」

「入れたいよ! 当然っしょ! でもオリは無理だって!……あ〜もう」

 ……はい、毎度おなじみ恵里と亜衣です。部活中です。

 そして現在、絶賛挿絵画家捜索中。ま、部誌にかかわる話ってことで。

「……なんていうか、文芸部がこんなに大変だとは思ってなかったよ」

「だねー。でもさ、野球部とかの体育会系よりはマシかも」

 えー、文字オンリーの部誌は読みずらいという理由で、数年前から挿絵を入れることになったらしいです。当然、挿絵を描いてくれる人は自分で探すわけですが……。

 無名の新人である私たち1年に描いてくれる人などそう多くはいません。まず、プロの方々など到底不可能。自分で描ける部員はほぼゼロ。
 そうなると、インターネットで著作権フリーのものを探したり、知り合いで描ける人に依頼したりになるわけです。あ、作品共有サイトで探すのもアリだと聞きました。

 部誌をつくるのはだいぶ先なんでまだ決めなくてもいいのですが、こればっかりは時間を要するので、今のうちに検討しています。

 家といい部活といい学校といい……。ホントに忙しすぎて!

『反抗期してられるほど高校は楽じゃない!』
『俺の青春は充実してるよ!いろんな予定でな(涙)』
『進学校にはリア充が多いやと!? んなのデマや!少なくともうちは違うで!』

 学園の掲示板にあった書き込みたち。深く共感したのは、私だけではないはず。

「あ、恵里。明日って空いてる?」

「……うーん、たぶん」

「ならちょっと付き合って」

「……どこへ行くつもりで?」

「知らない」

 え、ちょっと何それ! 自分から誘って行先不明!?
 疑問を亜衣にやわらかーくぶつけると、意外と嬉しいお誘いだった、私にとっては。

「や、なんてゆーか……彩姉に呼び出された。恵里も一緒にねって」

「それ……本当に?」

「うん。マジで」



 亜衣と仲良くてよかったと、その時私は思いました。
 理由は……亜衣のお姉さんの仕事と私の趣味を考えて見てください。

195:文月かおり◆DE:2017/09/01(金) 22:59

>>171 の続き、です。でも、私が書きたいことを書いただけなんで、本編との関係がうっっっすいです。

番外編とか舞台裏とか、そんな気持ちで見てくれると嬉しいです。流し読みでもノープロブレムです。



  .゜・ ☽。゜.

2.ヒポクラテスの月は綺麗?


「……」



「………」



「…………………。」



(……暇だなぁ)

 本当に、ものすごく、暇だ。
 それに加えて、途轍もなく眠い。

 こんなにも眠気が私の強敵となっている。大変大変、緊急事態だ(真顔)。

 今までの梅雨の冷気は嘘のように消え、体にゆるく絡むような温暖な気候があたしたちの周りに漂っている。
 加えて今は、給食後の英語の授業。生徒を気にしているのか疑いたくなるような、黒板しか見ていない教師の授業、真剣に聴くのは……せいぜい4割かな。
 しかも皮肉なことに、あたしの席は窓際の一番うしろ。居眠りし放題の特等席ってワケ。

 ……いや、しませんよ?

 一応授業中ですしね? 今までもしたことないですよ?

 それに、居眠りだなんてあたしの矜持が許さないよ、Maybeだけど。

「レイちゃんレイちゃん。これ、ちょっとスペル教えて。あと熟語もヘルプしてくれると嬉しいっ」

「え、あ、うん。どれ?」

 隣に座る若葉に声をかけられ、我に返る。セーフセーフ、すごいボーっとしてた。

「――あー! 今初めて理解したよこの文章! 助かったぁ、ありがと!」

 きちんと授業を受けている、ようでちゃっかり塾の宿題をやってしまえるのがコイツだ。要領の良さで努力を半減できちゃう、得なタイプ。

「……あ、ね、若葉」

「……」

「わーかーばーさーーーーーーーん?」

「………あ、何?」

 どうやら本当に聞こえなかったようだ。してやったり、みたいな表情ではない。

「……難聴だねぇ」

「なわけあるか、このキチガイ野郎ッ‼」

 ――ペシンッ

 あまり遠くへは響かないが、それなりに威力のある音。

 平たく言えば、若葉が私の右腕をたたいた音。地味に痛いし、ジンジンしてるよ……。

「……若葉、痛い」

「私はイタイ人じゃないよー」

 涼しい顔で言い放つ若葉。

 とりあえず言い返す。

「あたしの腕が、痛いの」

「そっか。でもねレイちゃん、理不尽なことがたくさん起こるこの世で生きていくためには、他人よりも自分を優先することも大切なんだよ?」

 なにやら英語の授業中に、名(迷)言を言い出した。

 内容は分かるが、いきなりどうしたんだ。

「……つまり?」

「レイちゃんが痛くっても、私は私自身が痛くなければそれで問題ないんだよ*」

 あどけなさの残る顔いっぱいに笑顔が広がる。天使とかほころびる蕾とか、そんなイメージ。

 だが、その表情に隠れる本音は……アンタは魔王か、それとも悪魔なのか!?

 あーもう、ここまで腹黒いと逆に清々しさを感じるね。

 さいですか、と適当に話を打ち切った。


 眠気と暇はどこかへ消えていた。ま、こんな風に無駄な時間が流れていくのが、中学校生活なんだと思う。


 ……不満を言ったらきりがないけれど、それでもあたしは十分幸せな人間の部類に入ると自覚してる。

 なんだかんだいって、楽しいんだ。





 あの日までは、の話だけどさ。

196:文月かおり◆DE:2017/09/01(金) 23:16

「あ、で、何?」

 若葉がそう聞いてきたのは、放課後のこと。

「へ、何が?」

「5時間目、私になんか言おうとしてたでしょ?」

 ……ああ、アレか。

「別に、暇つぶしで聞こうとしただけだし、いいよ」

「えー? 結構気になったんだけどなぁ」

 ふてくされたように頬を膨らませ、追求してくる。

 とはいってもなぁ、本当にどうでもいいことなんだよね。

「……若葉は知ってるよね、『ヒポクラテスの月』」

「え? あ、あのよくわかんない三角形? 一応知ってるよ」

「それ、どう思う?」

「どうって、意味不明だなぁとか、証明ってどうやるんだろうとか、それくらい?」

 何を言っているんだろう、と小首を傾げる若葉。

 最初から最後までを説明すると長くなるので、あたしは簡潔にまとめた。

「『ヒポクラテスの月』が綺麗とかいう変人がいてさ、ちょっと気になっただけ。――あたし鍵当番だからもう行くね」

 またいろいろと聞かれると面倒なので、あたしはその場を後にした。

 あたしがラクに話せる数少ない友人である若葉は、そのまま手を振ってくれた。

197:燕人@猿人ではない◆8s:2017/09/13(水) 00:28

た、タイミングが……

198:文月かおり ◆CDE:2017/09/15(金) 22:51

>>197 ……?

199:文月かおり◆DE:2017/10/09(月) 20:12

>>197 あ、い、いつでも!大丈夫です!

200:ABN 六月第一月曜日/講堂→E組教室:2017/11/28(火) 22:25

 見慣れたブレザーが姿を消し、夏用の指定シャツが目新しくなった、六月最初の白羽学園。その日の全校集会は、ある一人の生徒の訃報から始まった。


「既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが……。先日、二年生の木嶋京子さんが、入院先の白羽病院でお亡くなりになりました」


 百合香が神妙な顔でそう告げると、生徒たちの間にどよめきが走る。以前の失踪事件と少し前のニュースによって、京子の名前が不特定多数に認知されていた分、動揺する生徒の数もひとしおだ。その中には、かつて白羽病院を訪れた麻衣も含まれていた。ついこの間、自分があの場所にいたときには、少なくとも生きてはいたかつての同級生。彼女が帰らぬ人となった衝撃は、まだ若い麻衣にとっては強烈なショックだったのである。
 そんな麻衣を含め、同じ白羽学園生の訃報にざわめきを抑えられない生徒たち。しかし百合香がスッと手を上げれば、すぐさま彼らは口を閉じ、彼女が立つ演説台に視線を向ける。


「木嶋さんが発見されたニュースを聞いたときには、例え時間はかかっても、彼女にはもう一度学園に帰ってきてほしいと思っていました。しかしそんな願いが叶うことなく、このような形でのお別れとなってしまったことが本当に残念でなりません。せめて皆さん、彼女のために黙祷を捧げましょう」


 彼女の言葉に促され、生徒たちは無言で俯く。麻衣も彼らに倣い、黙って目を閉じた。今に限っては百合香の演説も響かない、しんとした静寂。いつも以上に張りつめた空気が麻衣の胸中に呼び寄せたのは、哀悼ではなく後悔の念だった。

 当時は京子が衰弱していたため早々に諦めたものの、あわよくば彼女が回復次第、革命仲間に引き入れられればと思っていたのだが。しかしその可能性は、京子の顔を見ることもなく潰えてしまった。
 もしあのとき、いばらの反対を押しきってでも京子に面会していれば、彼女を自分たちの仲間に引き込むことができただろうか? それが無理でも、失踪事件の真相、延いては百合香の目的や本性に繋がるような手掛かりを得ることはできたのではないか? 会話すら難しい状態だったとしても、京子の状態そのものから分かることがあったのではないだろうか?

 次々と膨れ上がる後悔に耐えかねて、麻衣はふっと目を開けた。しかし黙祷時間の一分はまだ経過していなかったようで、周りの生徒たちはまだ下を向いている。一足先に顔を上げてしまい、人知れず気まずさを覚え。だが一度やめた黙祷をやり直すというのも何となくばつが悪く。とりあえず時間まで頭だけは下げておこうと思ったそのとき、斜め前方に自分以外にも頭を上げている人物を見つける。


「……?」


 生徒から教師まで、講堂にいる全ての人間が俯く中。一人だけステージ上の女王を見上げていたのは結城璃々愛だ。彼女と麻衣の立ち位置上、こちらが頭を上げたことに向こうは気づいていないらしい。百合香のお気に入りである彼女なら黙祷を無視しても大して咎められないのだろうが、それはそれとして人の死を悼む素振りも見せないのは不謹慎だ。――と思ったところで、麻衣は璃々愛の表情筋が歪んでいることに気付く。
 横顔が覗く程度の角度からであるため、彼女の表情の全容は分からない。それでも、璃々愛の口角が異常に吊り上がっている様はしっかりと確認できた。かつて京子に手酷くいじめられていた璃々愛からすれば、彼女の死はこの上ない吉報なのだろう。普通に考えれば笑みの理由はそれで結論がつく。しかし麻衣の推測はそこで止まらず、ある一つの疑念を胸中に抱いていた。



(続く)

201:ABN:2017/11/28(火) 22:55

(続き)



 病院で聞いたいばらの話だと、京子が失踪する前日、璃々愛は彼女を呼び出していたという。その呼び出しが、一連の失踪に関係しているとしたら?
 彼女の残忍さを鑑みれば、復讐のための抹殺程度なら璃々愛は容易く実行するだろう。もしそうだとしたら、当時の璃々愛はなぜ京子を呼び出したのか。そしてその一件が、どのように失踪事件と繋がるのか――。


「ありがとうございます。お直りください」


 講堂に再度響いた百合香の声で、不覚にも麻衣は肩を跳ねさせた。今度こそ黙祷開始から一分経過し、周囲の生徒たちがぞろぞろと頭を上げていく。璃々愛を凝視していた様子を誰かに目撃されていないかどぎまぎしつつ、一先ず佇まいを直すふりをした。


「さて。悲しいお知らせはこのくらいにしておいて、そろそろ本題に入りましょう。今月の中旬には期末考査が控えていますね」


 期末考査。その単語が挙がった途端、苦々しい空気が講堂内に満ちた。勉学が義務とされる学生にとって、テストというのは不可避の恒例行事である。だがテストに意気揚々と挑む生徒というのは、どの学校でも少数派の存在らしく。会長の手前、不平不満をあからさまに見せることこそないものの、やはり生徒たちの全体的な気落ちは否めない。そんな彼らの盛り下がりは、次の百合香の発言によって大きく変動することになる。


「最近、D組とE組の成績が低下しています。クラス分けの基準が成績である以上、学力に差がつくこと自体は仕方がないでしょう。しかしそういった事情を差し引いても、やはり二組の成績は白羽学園に相応しいと言えません。ですので、今回の期末考査では――」


 ――規定の点数を修得できなかったD組とE組の生徒には、夏期休暇全返上の補習を受けていただきます。

 京子の訃報のときとは比べ物にならない大きな喧騒が、講堂中に沸いた。



 ◆ ◆ ◆



「ふっざけんじゃねえぞ、あのクソ会長!!」


 全校集会が終了し、E組の教室へ戻った晃の開口一番がそれだった。叫び声に近い怒号に他の生徒は顔をしかめるも、その内容自体を咎める者は出てこない。口や態度には出さずとも、彼らの意見は晃とほぼ同じなのだ。そして麻衣も例に漏れず、百合香が宣言した通達を思い出して青色吐息を吐いた。


「規定点数とやらを取れなかったら夏休みなしとか……絶望的だわ」

「全くだ! 学生にとっての夏休みがどれだけ貴重か分かってんのか!? いや分かってるからこそやってるんだな! 畜生かよ!」

「……夏休みを満喫するのもいいけどね。私たちにはもっと大事な問題があるでしょ」


 海水浴や夏祭りなど、夏という季節は精力的な行事が待ち構えているものだ。しかし麻衣や晃などに限っては、そんなイベントに現を抜かす暇はあまりない。約一ヶ月間はある自由時間の中で、いかにして反逆の準備を整えるか。そのために麻衣は今年の夏休みをできる限り費やすつもりだった。
 それなのに夏季休暇全返上の補習などを受けていれば、準備のための時間は大幅に削られてしまう。しかも学園にいる間は、百合香の息がかかった者の目を常に向けられる可能性もある。より確実な反逆のためにも、そんな事態だけは避けなければならない。


「今回のテストは一件はD組やE組の嫌がらせの他に、私たちの監視も兼ねてるのかもしれないわ。一体こんなこと、生徒会の誰が考えたのよ」

「どうせ結城か会長辺りだろ。つうか夏休みなしって俺たちもだけど、先生にとっても問題じゃね? 労働基準法とか言うのに引っかかりそうなもんだけど」

「裁判所も警察も通用しないここで、現代社会ですら守られてない法律が通ると思う?」

「……だよなあ」


 晃と同じ考えに至った教師は少なくないだろう。だが、一般生徒と比べれば幾分か立場が上である彼らも、結局は百合香に逆えない学園内弱者である。異議を唱えても即座に却下されるか、最悪の場合麻衣たち同様処刑対象とされる可能性もある。つまるところ夏休みが欲しければ、D組E組の生徒全員が規定点数をパスするしか解決策は存在しないのだ。
 再び溜め息をついた麻衣に続くようにして、晃もがくりと肩を落とした。今の彼らにできることは、現時点では未発表である夏休みへのハードルが少しでも低くなるよう祈ることくらいだ。

202:白い綿棒(ゴミ?)◆9s なよ:2017/11/29(水) 21:33

ニートの正念場が近づいている。そう夏休みだ。
「まあ、つまらん持論だがな」
虚ろな目で祭壇を見つめている男が語りかけるようにいう。彼は何日も寝ていないからだ、幻覚を見ている。だが疲れはしない。疲れは恨みが取り去るからだ。
血で塗りたくられた写真、引き裂かれた写真、壁という壁に釘で打ち付けられた写真、穴を空けられた写真、そして燃え尽きた写真。その写真に写っているのは生徒会長、風花百合香である。彼はこれを飽きずに行う。
「これをあの女の末路にしてやる」
と呟きながら。

203:文月かおり◆DE *同日、全校集会後 *1年D組教室:2017/11/29(水) 22:41

【お久しぶりの亜衣と恵里。今回は亜衣視点です】

「ヒナちゃん、泣かないでよ。大丈夫だって、ね?」
「うぅ……でも、っく、夏休み……っ、なくなっちゃ……」
「でもほら、勉強すれば合格できるハズだって。会長サンもそこまで冷たくないよ!」
「ウチらはDだから、Eよりはマシ。思わない?」

 うっわー……。

「てかさ、夏休み返上したら教師もきついじゃん」
「だな。フツーそうだろ」
「……テストのレベル下げてくんねーかな」
「お、めっちゃ名案じゃん!」
「だろー!?」

 なんか……。

「D組ってさ、割とみんなポジティブなんだね」

 うん、そうですね……。

 恵里の言葉にあたしは全力で共感した。ホント、なんであんな楽観的なんだろ。

 あの生徒会長のことだから、鬼レベルに決まってる。先生に圧力かけて問題を激ムズにする、とかだってやってしまいそうな人なんだから。
 そうよ、それこそ基準がとんでもなく高い――B組の人だって苦労するような点数なのかもしれない。なにしろ、会長さんってば史上最高の天才と名高い(らしい)御方なんだもんね。勉強に関する悩みなんて、ないんじゃないかな。

「それでさ、亜衣。夏休み……どうしよう?」

 亜衣が小声で聞いてきた。そうでした、今はふざけてる場合じゃないんでしたね。

「先輩はA組だから大丈夫でしょ? 私たちが受からないと、話し合いできないよ」

 恵里の不安そうな顔。顔色はあんまりよくないし、目が小刻みに揺れている気がする。

「ん、わかってる……でも、今回ばっかりは頑張らないとどうしようもないよ。テストだし」

「うん、だよねぇ……私、クリアできないと思う……」

「恵里がダメならあたしも無理。点数同じくらいだもん。あーあっ、なんでこう、上手くいかないかな。やっとイイ感じになったと思ったのに」

 ちょっとだけ、という条件つきで協力してくれる助っ人が見つかって。
 会長さんの事を知っている人も見つかって。

 嬉しいなって、そう思った矢先にコレだ。
 運が悪いとしか思えない。

「しかも……もう、会えないんだよね……木嶋京子、先輩」

「……うん。本当に、ビックリした」

 そう。1番ショックなのが木嶋先輩の訃報だ。
 あたしだけじゃなくて、恵里も、おそらくは板橋先輩も松葉先輩も、仲間になってほしかった人。

 直接的関係は無いけれど、それでも。
 少しでも知っている人が亡くなるのは……かなり、堪える。


 先行きの見えない、そんな6月は始まったばかり。

 どうなるのかなんて、誰にもわからない。

 誰かが何処かで笑った気がする。

 「面白くなってきたね」って。

204:ABN 同日放課後/会議室:2017/12/14(木) 12:58

(生徒会メンバーを確認がてら全員登場させたら、これまでで一番の長文になってしまいました…。恐らく無駄な文が多いかもしれません、すみません;)



「先生の皆様。今回は、私たち生徒会が立案したプランにご賛同いただき、誠にありがとうございます」


 部屋の形に沿って、直方形の形に並べられた長机。その上座側に立つ百合香がうやうやしい台詞を並べ、優雅な動作で頭を下げる。続いて下座側に並ぶ教師たちも、彼女に倣うように深々と一礼した。
 現在ここ会議室は、職員会議の会場として使用されている最中である。本来なら生徒の立ち入りは原則禁止されているのだが、その生徒が学園内の最高権力者である生徒会長であれば話は別だ。加えて今回は、彼女ら生徒会が考えたある計画が議題に挙がる予定でもあったため、生徒会役員数名の入室及び会議への参加が特別に許可されたのであった。


「いや、いや。生徒会長もご多忙の身でありるでしょうに、わざわざ職員会議にまで足を運んでくださって本当にありがとうございます」

「それほどでもありませんわ。生徒の皆様の成績に気を配るのは、学園の上に立つ者として当然の務めですから」

「さ、流石生徒会長! 一介の生徒に留まらぬその素晴らしき姿勢、我々教師陣も見習わなければなりませんな! ね!?」


 百合香の身長より低い位置にある頭をさらにペコペコと下げながら、小太りの男性教諭は積極的に彼女を持て囃す。加えて彼のおだて文句に花を添えるように、他教師たちからの喝采が会議室に湧いた。賞賛の渦中にいる百合香は相変わらずの微笑みを浮かべながら、台詞以外に謙遜の態度を見せることはない。
 たった一人の女子生徒を、全教師が囲んで過剰に誉めそやす。彼らの光景は、白羽学園における生徒会長と教師間のヒエラルキー崩壊をありありと表現したような有り様であった。残念ながらこれらの異常性を指摘できる蛮勇の持ち主は、この場に存在しなかったが。


「……先生、会長を持ち上げるのも構いませんが、そろそろ本題に入りませんか?」

「ああ! すみません神狩書記、私としたことが……! ど、どうぞ続けてください」

「全く。それでは皆さん、先ほど配布した資料の内容をご確認ください」


 教師たちによる賞賛の嵐を、美紀が冷たい声色でぴしゃりと制する。豪雨のようだった拍手が止み、小太り教師が萎縮したのを確認すると、教師たちに配ったものと同じ紙束を手に取った。一枚目の中央には、大きめのゴシック書体で資料タイトルが印されている。

 ――『下位学級学力補完計画』。
 漢字のみで組み立てられた題名は一見厳格さを覚えるが、要は百合香が全校集会で宣言した、D組とE組が対象となる無茶振り考査のことである。集会当時、「規定の点数をクリアしなければ夏休み全没収」という簡易的だった説明要項は、複数枚のプリントに渡る長い文字列に清書されていた。そんな資料の一枚目を全職員がめくったタイミングで、美紀は説明を続行する。


「最初のグラフを見てもらえば一目瞭然ですが、D組とE組は他三組と比較すると、平均点が著しく低いことが分かります。学力別でクラス分けを行っている以上、下位に属する生徒が出てくることは仕方がありません。しかしそれを加味しても、これは白羽学園の一員としてあるまじき成績です」


 美紀の目線が、下位二組の授業を担当する教師たちにちらりと向けられる。彼女の無感情な目差しを、自分たちの教育方法に対する無言の叱責だと捉えたのか。教師たちはいたたまれなさそうに俯いて美紀から視線を逸らした。そんな彼らの胸中はいざ知らず、美紀はこのグラフの作成者である椎哉に次の説明を一任する。


「では、上位三組と下位二組の差を作っている要因は何なのか。統計と分析の結果、僕たち生徒会は一つの結論を導き出しました。『D組とE組には、白羽学園生としての自覚が足りない』のだと」

「白羽学園生としての、自覚……?」

「おや。この学園で教鞭を取っている先生方が、そんなことも分からないと?」

「い、いいえ!? 滅相もございません、十二分に承知しています!」

「……ならば構いませんが、ね」

205:ABN:2017/12/14(木) 12:59

 ぽろりと疑問符をこぼした女性教師に嫌味な笑みを送れば、鬼教官を前にした二等兵兵士のように背筋を伸ばして緊張する。どうやら教師たちの畏怖は百合香だけではなく、彼女が直々に統べる生徒会自体にも及んでいるらしい。師としての威厳が欠片も見えない女性教師の無様さを、椎哉はフッと鼻で笑った。


「白羽の名を背負う生徒たる者、ただ高い成績だけを修めればいいわけではありません。定められた規律を重んじ、隣人を思いやり、正義と平和を何よりも尊ぶ。そういった方こそが、白羽学園生として最も相応しい生徒なのです。……そうでしょう? 北条副会長」

「素晴らしい。満点の模範解答だよ、安部野くん」


 正しく絵に描いたような、理想的な椎哉の回答。それを聞いた智はパチパチと軽い拍手を送りながら、満足げな笑顔で二、三度俯いた。


「その点、今のD組とE組は残念ながら、白羽学園生の理想像には程遠い。D組の生徒は勉強より処刑活動に力を注いでしまっているし、E組に至っては最下級であることに甘んじて、勉強そのものを諦めている生徒も多い。だからこそ下位の二組には改めて、白羽学園生としての自覚を持ち直してもらわなければいけない」

「……それが、今回の学力補完計画ということですか?」

「その通り。勿論、学力の上昇も目的の一環ではあるけれどね。具体的には……」


 教師の正答にたおやかな笑顔を浮かべながら、智は百合香に目配せを送る。以降の重要な説明を託された彼女は、今一度目前に並ぶ教師たちの顔を一瞥すると、おもむろに口を開いた。


「勉学における向上心が見受けれない方……つまり、考査当日に欠席したり、考査の途中で退場したり、答案を白紙で提出したりした生徒は、いかなる理由があっても全員処刑対象に定めます」

「!?」


 一拍の絶句。そして間を置かず、教師たちの動揺が会議室に溢れ返った。
 努力しない生徒を罰すること自体は分からなくもない。しかしその罰が処刑というのは度が過ぎているのではないか? また、やむを得ない事情で欠席や考査を放棄した場合はどうするのか? そして処刑対象が大量に選出された場合、生徒間ヒエラルキーのバランスに問題はないのか?
 教師たちの疑問や抗議は、常識的な観念から見れば当然の声だった。だが彼らの正当な主張も、百合香の決定を盲信する悪魔にとっては煩わしい騒音に過ぎない。


「アンタたち勘違いしてない? そもそも処刑制度ってのは、不真面目な奴らを反省させるための決まりでしょーが」

「確かにそうだが、それとこれとは話が違うだろう! 一度考査に参加しなかっただけで即処刑なんぞ、いくらなんでもやり過ぎじゃないのか!?」

「じゃあ全員参加するようにアンタたちが頑張ればいいじゃん。例えば病気や喪中の生徒でも、教室まで無理矢理にでも引きずっていくとかさ?」

「結城!! お前、人としてやっていいことと悪いことが――」

「そうだ、かいちょー! どうせなら考査サボった奴の担任も連帯責任ってことで、まとめて処刑対象にしちゃおう?」

「あら、いい考えね璃々愛ちゃん。確かに生徒たちだけじゃなく先生方にも、白羽学園の一員として自覚を持ってもらった方が公平だわ」

「!?」


 墓穴を掘った。璃々愛に口答えをした体躯のいい教師の顔には、後悔の二文字が大きく書かれていた。
 昨今のアクの強いバラエティ番組でも、これほど非情な罰ゲームは行わないだろう。しかしどんなに冗談染みた意見でも、百合香が一度賛同してしまえば、それは決定事項とほぼ同義になるのだ。追加発案の巻き添えを食らった下位組の担当教師たちが、璃々愛に抗議した大柄教師を恨めしげに睨んだのは言うまでもない。


「じゃ、そーいうわけだから。先生たちもせいぜい頑張ってねー♪」

「いじめるのもその辺にしておきな、璃々愛さん。罰則の内容だけ決めたって話は進まないんだし」

「はいはーい」


 不服そうに口を尖らせながら、生返事を返すと共に教師いびりを渋々切り上げた璃々愛。生徒会の中でも突出した奔放さを見せる彼女に、真帆は辟易の溜め息をつきながら議題を本題に戻す。

206:ABN:2017/12/14(木) 13:01

「さて、考査に参加しなかった人の扱いは一旦置いといて。次は合否判定の規準や、不合格だった生徒の処遇などについて説明します。二枚目の資料を見てください」


 彼女の台詞を合図に、紙を一斉にめくる音が会議室に再び響く。他の役員が白羽学園生らしさや処刑の詳細について執拗なまでに語った分、真帆は学力補完計画の説明をなるべく簡潔に済ませるように努めた。

 ――今回の期末考査ではD組、E組の生徒に『規準点数』を設ける。規準点数を一点でも越えれば合格、同点以下なら不合格とする。
 ――合否判定は本試の一度きりとし、やり直しは認めない。追試などで規準点数を満たしても無効とする。
 ――合否の結果は各生徒へ個別に発表する。不合格となった生徒は、夏期休暇全返上の全日補習に必ず参加すること。
 ――不合格の生徒が一人でもいれば、担当教師は自らの夏期休暇を返上して補習を務めること。
 ――考査を無断欠席した生徒、答案を白紙提出した生徒、不合格かつ補習を無断欠席した生徒は、白羽学園に相応しい学習意欲がないものとして処刑対象とする。
 ――上記の理由によって処刑対象となった生徒の担当教師は、連帯責任として同じく処刑対象とする。

 先ほどの二の舞にならないよう、教師たちは要項の中に異議や疑問点があっても文句をこぼすことはしなかった。それでも理不尽な詳細を改めて説明されるたび、彼らの口から憂鬱な嘆息が流れる。そうして真帆の説明が一通り終わったところで、若い教師がおずおずと手を挙げた。


「あのー。結局のところ『規準点数』って、一体何点になるんですか?」

「ああ。それなんだけど、具体的な点数の発表は考査が終わってからになります。何せ今回の規準点数は『各学年のA、B、C組内の最低点数』になるので」

「はあ……。しかしどうして、そんな手間のかかりそうな方法を?」


 規準点数が何たるかの回答は分かった。だが他組の最低点数をなぜ合格ラインとしたのか、その意図はピンと来ない。そんな疑問符が晴れない若手教師の様子をクスクスと笑いながら、百合香は自分たちの狙いを解説し始めた。


「最初から具体的な数字を提示しては、その点数さえクリアすればいいと考えてしまい、必要最低限の勉強しか行わないでしょう。逆に規準点数を明確にしなければ、どれだけ勉強すれば合格できるのか全く分からない。つまり、妥協できる余地を取り上げれば、全力で勉学に励ませることができるのです」

「な、なるほど。でもそれなら非公開で合格点を決めておいて、考査が終わってから公表しても同じなんじゃ……?」

「確かにその点については、先生の言う通りですわね。ですが、先ほど安部野くんが仰ったことを思い出してください。白羽学園の生徒として相応しい自覚とは一体何なのか」

「……ええと、つまり……下位組の学力を高めるために、上位組にも協力してもらう、ということですか?」

「まあ、それで及第点ということにしておきましょう」


 間違いではないが完璧というわけでもない、若手教師のしどろもどろな回答。自分たちの意図を中々汲みきれない彼の戸惑い顔に、百合香は嘲りを混ぜた苦笑を向ける。


「今回の学力補完計画は、飽くまで下位二組の生徒が対象です。だからといって、上位三組に何も施さないというのは些か不公平でしょう。ですから上位組の皆さんには補習などの処罰こそ与えませんが、規準点数――最低点数を一点でも上げるよう、互いに切磋琢磨していただきます」

「全員で協力して学力を磨き合えば、上位三組の成績が上がる。そうすれば規準点数も自ずと上がり、下位二組が目指す目標も高くなる。結果として、学園全体の学力が向上する。一石三鳥でしょう?」


 百合香の説明に付け足すよう、彼女の後に美紀が補足を続ける。それでようやく若手教師の疑問符は納得に変わった。それから僅かな間の後、小太り教師の大袈裟な拍手が会議室に響く。


「いやあ流石! 落ちこぼれの二組だけではなく、生徒全員の成績にまできちんと目を配ってらっしゃったとは! 素晴らしい、素晴らしいですぞ生徒会長様!!」


 小太り教師の世辞を皮切りにした、本日二度目の大絶賛。会議に似つかわしくない過剰賞賛の嵐が吹き荒れる中、百合香は彼らをたしなめることもなく黙ったまま微笑んでいた。

207:ABN:2017/12/14(木) 13:03


 ◆ ◆ ◆



「……切磋琢磨か。はっ、物は言い様だな」


 会議室から少し離れた廊下にて。百合香を絶賛する喧騒を聞き流しながら、法正は一人毒を吐く。

 生徒同士の協力や学園全体の向上など、耳障りのいい言葉を選んではいるが、結局の本質は下位組の合格ラインを悪戯に引き上げるだけの嫌がらせだ。
 上位組に処罰は与えないと百合香は言ったが、それは生徒会による公式処刑に限った話。例え上位組に属していてもその中の最下位では、他の生徒から軽蔑の対象と見なされる。それどころか、もし下位組に点数を抜かれたとなれば、上位組の恥さらしとして処刑に近しい冷遇を受けることになるだろう。
 ゆえに上位三組の生徒たちは、自分の成績が規準点数となることを回避するため、点数向上に躍起になる。結果、規準点数が下位組の実力から遠退き、下位組および教師たちの夏期休暇全没収の可能性がより強固になるのだ。

 あの悪逆非道の女王のことだ。恐らくは以上の展開を想定の上で規準点数を定めたのだろう。彼女らしい利口で卑怯なやり口だと、法正は胸中で百合香を罵倒した。
 そのとき。廊下の遠くから、バタバタと慌ただしい足音が近づく。目線だけでちらりと見やれば、そこには忌々しい元友人の姿があった。


「法正じゃねえか。こんなところで何やってんだよ。会長の出待ちか?」

「ただの見張りだ。むしろ出待ちはお前の方だろう? 拓也」

「まあな! どこぞのホラ吹きに乱暴だのストーカーだの言いふらされた分、今度こそ積極的に活動して『汚名挽回』するんだぜ!」

「……そうか」


 『汚名挽回』では汚名を取り戻す、つまり自分の評判を落とすことになる。拓也の誤った四字熟語に法正は気付いたが、指摘はせず敢えて黙っておくことにした。前回の暴力デマ事件があったにも関わらず全く懲りていないところを見ると、同じ過ちを繰り返して自爆するのは目に見えているのだから。
 目の前の元友人が『どこぞのホラ吹き』であることも知らず、得意気な自信を見せる拓也に法正がある種の感嘆を覚えたころ。複数人が一斉に椅子から立ち上がる音が聞こえてきた。すると法正は、用が済んだとばかりに踵を返し、早足で会議室から離れる。


「おいおい、もう帰るのかよ。会長のご尊顔は拝まねえのか?」

「……俺は隠れ生徒会だ。一緒にいる場面を見られたら面倒だからな」


 百合香を偶像扱いする拓也を内心で嘲笑しながら、捨て台詞を残して法正は姿を消した。直後、彼と入れ違いになるようにして会議室から百合香が退出する。その途端、待ってましたと言わんばかりに拓也は彼女のすぐ側へ接近した。腰と頭を低くしながらも顔はしっかりと百合香の方に向け、興奮で息を荒くする様はさながらお預けを食らった犬だ。

208:ABN:2017/12/14(木) 13:04

「お疲れ様です、会長! ささ、長時間喋りっぱなしで喉も渇いたでしょうし、これから一緒にお茶でも――」

「ちょうどいいや、片原クン。この資料のデータ、学園のPCで修正して印刷しといて。全校生徒分、今日中にね」

「は? そんなの結城がやりゃあいいだろうが。自分が会長にべったりしたいからって舐めたこと言ってんじゃねえぞ」

「アンタそれ盛大なブーメランだって分かってる!?」


 茶会という名目のランデブーは、璃々愛からつっけんどんに言い渡された雑用によって早々に出鼻を挫かれた。無礼な腰巾着相手に易々と引き下がるわけにはいかない。拓也は往生際悪く、自らの障害となる璃々愛を言い負かそうと口を開いた。のだが。


「片原くん。私も璃々愛ちゃんも、これからまた忙しいの。どうかお願いできるかしら?」

「はい! 会長のお頼みとあらば喜んで!」


 雑用依頼を百合香が代弁した途端、傍目でも分かるほど明確に態度が変わる。そして璃々愛が差し出していた資料を半ば引ったくるように受けとると、あっという間にPC室の方へ疾走していったのであった。
 ある程度は予想通りとはいえ、ここまであからさまに豹変すると思わなかった璃々愛は、呆けたように口をぽかんと開けて拓也が走っていった方角を眺める。そんな彼女の後ろでは百合香が、悪戯が成功したときの子供のような含み笑いを湛えていた。


「いやあ、あそこまで綺麗に手のひらを返すとはね……。ありがと、かいちょー」

「私の方こそ助かったわ。ここのところ、また彼のアプローチがしつこくなってね……。どうやって追い払おうか毎回考えてるのよ」

「あんなデマが散々流れたってのに? よっぽど恥知らずなんだね、片原クンは。……それか、誰かが油でも注いだ?」

「まあ、彼についてはどうとでもなるから、今は後回しでも大丈夫よ。それよりも璃々愛ちゃん。一つ『お願い』があるのだけれど」


 『お願い』というキーワードと共に、百合香の笑みが深くなる。それは先ほどの悪戯染みた軽やかなものではない、何かを企むような酷薄なものだ。そのキーワードを聞いた璃々愛も、百合香の意図を察すると彼女と同様に表情を歪めた。


「人の長所を見つけることができるというのは、素晴らしい才能の一つだわ。だからといって、ところ構わずただ誉めればいいというものでもないと思うの。特に、大事な会議の最中には、ね?」

「分かるー。そんなにご機嫌取りしたいなら、もっと場所を考えればいいのにね」

「ふふ。そうね。本心はとっても大事だわ」

「あっ、アタシはいつも本気だからね!? あんなのと一緒にしないでよ、かいちょー!」

「勿論分かってるわ。璃々愛ちゃんは私の――」


 いつしか『お願い』が他愛もない雑談に移り変わり、百合香と璃々愛のじゃれあいが始まる。実の姉妹のように仲睦まじい彼女たちの顔からは、先ほどの酷薄な笑みはすっかり消え失せていたのだった。



 ◆ ◆ ◆



 翌日。会議で百合香を積極的に持て囃していた小太り教師の評判が、一夜にして地に落とされていたのはまた別の話。

209:文月かおり◆DE *同日、放課後 *電車内:2017/12/14(木) 17:23

【戸塚彩美視点でいきます】

『白羽学園掲示板 *生徒用

  期末考査、正直どう思う? (204)
 201 D組。  ないないないない!ほんとヤバい。受かんないかも
 202 りぃ   私も。あ、誰が合格点教えて。情報求む!
 203 俺ッ!  え、だれも知んないんじゃね?
 204 咲だよ! たぶんそう 生徒会は知ってるだろうけど

  合格点予想!当てた人ラッキー(かも?) (138)
 135 Bくみ♪  えっとー、じゃあ前回の平均点で
 136 lala   クラスごとに違うのかな?
 137 スレ主。 前回の平均点知っている方名乗って!
 138 ないわぁ 2-Dなら知ってるよーん

  書き込む 新スレ作成 もっと見る>>        』


「へぇ。期末考査か……懐かしいなぁ」

 スマホ片手に独り言。
 誰にでもなくつぶやいた声は、電車の音によって搔き消えていった。

 この掲示版は、後輩の真帆ちゃんに頼んで、生徒用のページを閲覧できるようにしてある。
 何気なく覗いたその掲示板は、期末考査の話題でいっぱいだ。どうやら風花ちゃんたちがまた何かやったらしい。
 書き込みから推察すると、基準点が設けられたようだ。
 達成できないとどうなるのかはわからないが、とりあえず、とんでもない罰があるのだろう。あの風花ちゃんのことだから、ひどーいお仕置きに決まってる。

 ま、あたしはOGなので口を挟むつもりはない。白羽学園生らしく勉強に励め、と言うしかない。

 それよりも、1番重要なのは……8月の…………。



 最寄り駅で電車を降りて、徒歩で自宅へ。ちょっと時間はかかるが、最近運動不足気味なので我慢する。

 掲示板を閉じ、ある人物に電話をかける。3コール目で応答があった。

『……何の用でしょう』

 僅かにいらだっているような声につっけんどんな言葉。だが、ずっと前にこの態度が通常運転なのだと知ってから、全く気にしていない。あたしは、割と切り替えが速い方だ。

「用がないと電話しちゃダメかな?」

 にひひ、なんて意地悪く笑うと、相手は溜息を返してきた。

『駄目です。無駄な行動は慎むべきでしょう』

「相変わらずだねぇ君も。なんか心配」

『あなたに心配される覚えはありません。それより、用がないのなら切りますよ』

 心配してあげたのに素っ気なく返された。本当に変わってないな、と苦笑した。

「用ならあるよ。期末考査、風花ちゃんは何してんの?」

 聞くと、相手は数秒黙った。そして、誤魔化すように言った。

『……あなたは部外者でしょう。あまりこちらと関わらないでくれると嬉しいのですが』

「関わるよ。これからも、いっぱい。全部分かるまで」

『全部って……もう過ぎたことです。意味がありません』

「あるよ。ていうか、君だって調べてるでしょ。文句言わない」

『…………』

 あ、図星。

『……この話は、後日改めて。日程は後で決めましょう』

「はいはーい。んじゃまた」

 笑いをかみ殺しながら通話を終了…………して気づいた。

「期末考査の、聞いてなかった……!」

 うわ、マズい。笑いと後輩の話術(?)にうっかり流されてしまった。



 うあああ、と頭を抱えながら歩くあたし。

 きっと誰がか見たら、奇人と思うに違いない。

 ………………くそ、してやられた。

210:ABN ※番外編 二年前冬休み明けの休み時間/どこかの教室:2017/12/25(月) 22:30

【番外編:天本さんちのお年玉事情】

※本編とはあまり関係のない季節ネタです。
※千明が非常識です。
※一応理由はありますが千明の家庭環境がやたら特殊です。
※不都合などがありましたらお気軽にご報告ください。


 本編より時間を巻き戻して、二年前の冬休み明け。独裁女王がまだ一介の生徒会役員にしか過ぎず、白羽学園も処刑制度がない平和な学び舎だったころの話。
 ぬくぬくとした休暇が終わりを迎え、制服越しの寒気に毎朝晒される平日が始まる。進学校の一員であれば心機一転勉学に取り組むべきなのだが、しかし彼らも学生である前に人の子。極楽だった冬期休暇のまどろみを忘れることができず、エンジンが中々かからない生徒も少なくない。そんな怠惰な生徒にとってお年玉というのは、過ぎたる年末年始の大事な忘れ形見であり、物欲や遊楽の充填をエネルギーとするやる気スイッチでもある。――最も、その金額が期待していたものより貧相であれば、逆に落胆に追い討ちをかけることになったりするのだが。
 労せずに得られる毎年恒例の大金は、得てして年始明けの話題に挙がりやすい。合計でいくらもらったのか、何に使うつもりなのか、むしろもう手をつけたのか。他人の懐事情自体は学生に大した価値はないものの、休暇中のブランクを埋める共通の雑談テーマとしては大いに役立つ。そんな中、当時最盛期だった広報部部長天本千明は、学園新聞のコラムに使う全校生徒のお年玉事情を集計していたのだった。


「へー、彩美先輩は二万円くらいか。学園平均の半分かそれ以下だな?」

「親戚は普通にくれたんだけど、両親がね……。もうバイトして稼いでるなら必要ないだろうって」

「そいつぁ世知辛い。将来設計のためにお金稼いでるのに、稼げるからお預けってのは酷い話だぜ」

「仕方ないよ。二人の言うことも理に適ってるし、それに安定しない職業を目指す以上、いつまでも親に頼りっぱなしじゃいられないもんね」

「かーっ、泣かせるねえ! 流石将来を見据えてる作家の卵は心構えから違う!」


 一説によると、一人の学生が受け取るお年玉総額の全国平均は三万円ほどらしい。一方、広報部の調べによる白羽学園生の総額平均は四万円から五万円。恐らくは一般学生より優秀な成績を収めている分、褒美としてお年玉が増額されているといったところだろう。だが、そういった傾向があるにも関わらず全国平均よりも少ない金額しかもらえなく、しかしそんな結果に文句ひとつ言わない彩美のストイックな姿勢に、千明は自らの額を叩いて大げさに感嘆した。そんな彼女に反して、そこまで誉めそやすことでもないと彩美は肩を竦める。


「そういう千明ちゃんはどうなのさ? そっちも報道関係者って夢があるんでしょ」

「あたし? ここに入学してからはゼロよ。去年今年と記事を書くのに忙しくて、まず故郷に帰れてないし」

「ああ、そっか。確か君、実家を出て一人暮らししてるんだっけ」

「ま、その代わり現物支給ってことになったんだけどね。現金は郵送じゃ送れないから、その代わりにということで」


 にんまりとオノマトペが聞こえてきそうなほどににやけながら、千明はスマートフォンを操作すると一枚の写真を表示させた。そこに写っているのは、四枚のプロペラと一台のビデオカメラがついた機械。電子工学には詳しくない彩美は一度首を捻るも、分野外なりのおぼろげな知識から機械の名称を導いた。


「これって……撮影用のドローン?」

「ピンポーン! それも高解像度、長時間稼働、長距離飛行と三拍子揃ったスグレモノ! ちなみにお値段はニーキュッパ」

「ふーん、つまり三万円くらいってこと? ドローンの相場とかはよく分からないけど」

「ノンノン。五桁じゃなくて六桁。二十九万八千円」

「にじゅうきゅうまん!?」


 全国平均の約十倍に当たる高価格に、思わず彩美は絶叫した。いくら正月というイベントがあったとはいえ、とても学生に買い与えられるような値段ではない。それだけドローンの相場が高いものなのか、あるいは千明の親戚の金銭感覚がおかしいのか。どちらにせよ学生には大金に等しい価値のドローン写真を、彩美は目をまん丸にして見つめていた。


(続く)

211:ABN:2017/12/25(月) 22:35

(続き)


「いやあ、あたしはもっと安価なやつでいいって言ったんだけどさ。お爺ちゃんお婆ちゃんたちが「どうせ買うならより良いものを!」って制止も聞かずに買っちゃったんだよ」

「だからって二十九万は高すぎない!? 「良いもの」のレベル追究しすぎだよ!」

「でもうちじゃあ毎年こんなもんよ。なんせ一人辺りのお年玉こそ普通の金額だけど、それが何十人分と集まるからね。多いときだと五十万くらいは行ったかな」

「き、君の親戚って一体どうなってるの……」


 まず孫一人に親戚数十人という比率はあり得るのか。あり得るとしたら天本家の家系はどうなっているのか。第一ブレーキを掛けようと思った親戚は誰かいなかったのか。子供に総額五十万円を毎年与える天本家の親戚。規格外の彼らがあまりにも想像つかず、彩美は思わず眩暈を覚えたのだった。
 恐らくこれ以上の展開は、自分がついていける領域ではなくなる。そう思った彩美は千明の話を理解できているうちに、話題の方向転換を試みた。


「……そ、そういえば。なんでドローンなんか買ったの? 撮影なら普通のカメラでも事足りると思うけど」

「普通の撮影なら、ね。しかしより上質の記事を書くには、既存の機器じゃ痒いところに手が届かないこともある。試行錯誤すりゃああるものでもどうにかできるだろうけど、そんなことで苦労するくらいなら積極的に最新機器を取り入れて、取材や執筆の方に労力を回したいのさ」

「なるほど。コストを代償に提供物の質を上げるのは理に適ってるね。で、そこまでして取材したい記事って?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたな先輩!」


 待ってましたとばかりに、千明は愛用のマル秘ファイルから数枚の原稿を取り出す。学園新聞のプロットであるそれのタイトル部分には「今を時めく美少女優等生! 一年A組、風花百合香の素顔に迫る」と大きな文字で書かれていた。ゴシップ雑誌の見出しにも見えるような文章に、彩美は眉をひそめる。


「風花ちゃんの特集記事? 珍しいね、千明ちゃんが誰か一人をクローズアップするなんて」

「そうかい? 個人特集なら今までにも何度かやってきたぜ」

「でもそれって、大会や学校行事で賞を取った人とかでしょ。確かに風花ちゃんは主席レベルの成績だけど、それだけで特集を組むことって今までなかったじゃん。それもこんな大々的に」


 白羽学園において高学力とは全生徒が遍く目指すべきであり、また到達できて当然の目標であるとされている。そのため通常の成績優良者は、教師や他生徒から称賛されることこそあれど、公的な賞を受賞したり名誉を広報されたりすることはほとんどない。在学中に得られる恩恵はせいぜい、考査の成績順位表で先頭を飾るか、卒業式の送辞あるいは答辞で代表に選ばれる程度だ。
 そして千明も学園の校風と同じく、これまで高学力の生徒を特集したことはなかった。一応「成績上位者に聞くテスト勉強のコツ」というコラムで成績優良生をインタビューしたことはあったが、それは飽くまで勉強法に焦点を当てた記事であり、彼らの名誉広報はやはり二の次であった。だからこそ彩美は、今回千明が執筆する記事に違和感を感じたのである。


「確かにその通り。でも今回は特別中の特別さ。なんたって風花ちゃんのことを知りたがってるニーズが大勢いるからね! 需要に応えるのは供給側として当然の義務だろう?」

「そりゃあ、そうかもしれないけど……。ニーズって具体的にどこから?」

「大多数は新聞のアンケートからだね。今年度の夏くらいからもー要望がうるさくてうるさくて。それに先生たちからも風花ちゃんを特集してくれって直々に言われてんのよ。なんでも白羽学園の模範生として、もっと名前を広めてほしいんだと」

「へえ。そこまで人気者なんだ、風花ちゃん」


(続く)

212:ABN:2017/12/25(月) 22:43

(続き)


 成績は常にトップクラス。整った顔立ちに浮かぶのは絶えない笑顔。育ちの良さを物語るような穏やかな性格と洗練された立ち振る舞い。その上一年生にして生徒会役員を務める愛校心。確かにこれだけの要素が揃っていれば、彼女の情報をより知りたがる読者が出現するのも頷ける。加えて学園を経営する教師陣からすれば、才色兼備な百合香は白羽学園の名を広める宣伝塔としてこの上ない適役なのだろう。
 そこまで考えて納得しかけた彩美は、しかし自分が抱いた当初の質問を忘れていなかった。千明に向けていた目を怪訝なものに変え、彼女を睨む。


「で、風花ちゃんのインタビューに、なんでドローンが必要なの」

「それはほら、あれだよあれ。綺麗なものが芯まで綺麗なことってあんまりないじゃん? その辺のギャップ萌え? も余すことなく伝えるべきかな、ってね」

「……まさかとは思うけど、風花ちゃんのプライベートを盗撮でもするつもり!?」

「なーに心配しなさんな。何も臭わなきゃあ最初から使わないさ。臭わなきゃね」

「それって逆に言えば、怪しいと思ったら使うってことでしょ!? やめてよそういうの、一応生徒会の可愛い後輩なんだから」

「分かった分ーかった。未遂の時点でここまでバッシングされるんだったら大人しく諦めますよっと」


 ――君は全く分かっていない。ドローンの使用中止こそ宣言したものの、その理由が真の問題点を理解していないような千明の回答に彩美はため息をついた。
 うら若き婦女子からすれば、知らない間に自分の姿が記録媒体に写されるというのは大抵嫌悪感を覚えるものだ。千明も同性であれば、盗撮される不愉快さには容易に気付くはずなのだが。あるいはそういった常識的な観念さえ忘れるほどに、千明は百合香の素性を明らかにしたがっているのだろうか。


「……千明ちゃんさあ。本当に周りから言われて、風花ちゃんを取材するつもりなの?」

「そだけど、なあに? 読者のリクエストにホイホイ応えるなんて主体性がないとか言っちゃう?」

「そうじゃなくて。千明ちゃんの取材の動機は本当に、みんなにリクエストされたから『だけ』?」


 目の色は怪訝なまま、彩美は千明の顔を真っ直ぐに見つめる。元より千明は一度興味を持った事柄に対しては、僅かも妥協せずとことんまで真相を追い求める気質の持ち主だ。そして今回の百合香の取材も、断念したとはいえドローンを用意してまで根掘り葉掘り調べ倒すつもりだった。ということは、千明は百合香に対してそれほどまでの強い興味を抱いているということだろうか? そうだとしたら、一体彼女のどこに?
 真剣な表情の彩美にキョトンとしていた千明は、ややあって彼女の質問の意図を理解すると、にいっと鮫のように口角を上げた。


「一つだけ付け加えるなら。広報部部長の勘、ってやつかね」

213:ABN 六月第一火曜日、午前中休み時間/美術室→午前中〜昼休み/校舎内のどこか→昼休み/校舎裏:2018/01/06(土) 10:16

「ねえ、マジで頼むよ! あたしたちの仲でしょ?」
「んなこと言われたって、私にも学園での立場ってもんがあるのよ」
「そうだよ! わざと手抜いたのが生徒会にバレたらどうするつもり!?」
「そこは一蓮托生ってことで! あたしたち友達じゃん! ね?」
「はあ!? 我が身がかわいいからって馬鹿なこと言わないで!」


 異例なる期末考査の宣言により、学園中に衝撃が走った全校集会の翌日。日を改めて告知された、規準点数とその詳細――『下位学級学力補完計画』の内容は、C組以上の上位学級とD組以下の下位学級の溝をより深めることになった。

 元より学力が自分の身分を表す白羽学園において、成績で区分された学級間の交友は乏しい。上位組の生徒が地下人の学力不足を嘲笑し、下位組の生徒が殿上人の傲慢無礼を軽蔑する。双方が険悪な敵意を向け合うこの形態が、白羽学園における学級関係の基本形だ。そんな冷え切った学び舎の中でも、別学級同士でありながら個人的な交友関係を保っている生徒は幾組か存在した。学級同士を隔てる学力差や偏見を超え、育まれた友情が少なからずあった。
 そこで下位組の生徒は、ここぞとばかりに上位組の友人を当てにしたのだ。親愛なる自分たちのために今回の考査の規準点数、つまりA組〜C組の最低点数を下げてほしいと。だが個人間の強固な絆も、学園内の地位を人質にされては塗り壁程度の脆さしかなく。上位組の生徒は揃って下位組の頼みを断った。いくら友人のためとは言え、一歩間違えれば自分の名声や人権に関わる成績を損ねることはできないと。
 彼らの交渉の最終結果がどうなったのかは各人各様ゆえに割愛する。それでも大なり小なりの禍根が両者に残されたのは間違いないだろう。とかくかくして、上位三組と下位二組の亀裂は以前にも増して広がったのである。

 閑話休題。美術室特有の大きな工作机を挟んで向かい合っているのは、美術部部長の倉敷良と、美術部部員兼生徒会役員の結城璃々愛。ひょうきんな性格の持ち主として知られている二者にしては珍しく、真剣な面持ちでじっと互いを見つめていた。


「璃々愛ちゃん……。それ、ほんまに正気で言っとるんか?」

「勿論。むしろ逆に聞くけど、アタシ何か間違ってる?」

「間違うとるとか合うてるとか、そういう問題とちゃう! これは俺の魂にも関わる案件なんや!」

「そうは言われてもさあ、忠告自体は前からずっと聞いてたでしょ。それを無視してきた良にいの自業自得じゃん」

「せやかて、やってええこととあかんことがあるやろ!! こいつばかりは確実に人としてアウトやで!」

「…………あのー。先輩方」


 飽くまで自分のプライドを譲らない良と、生徒会として非情な決定を押し通そうとする璃々愛。二人の論争は平行線で、いつまで経っても終結する気配がない。そんな膠着状態にいい加減痺れを切らしたのか、このやり取りを傍観していた一年の美術部員が口を挟む。横槍を刺してきた後輩を璃々愛は煩わしそうな表情で見やり、良は縋るような目で彼に食いかかった。


「一年坊! 芸術家の卵たる者、ときには規則に囚われんと型を破る必要かてあるんや! 同じ美術部員の男として、自分やったら分かってくれるな!?」

「い、いいえ。というか僕は、結城先輩の意見の方が正しいかと……」

「うええええええええ!?」


 後輩の回答にさほど時間はかからなかった。てっきり自分の意見に賛同してくれると期待していたらしい良は、返ってきた真逆の返事にあんぐりと口を開ける。味方を募ろうとしてあっさり振られた良を、璃々愛は当然のように鼻で笑った。


「ほーら。一年の奴だってこう言ってるんだから、潔く諦めなさいってば」

「ぐ、ぐぬぬ……! しかしまだや、俺はこんなところで妥協するわけには……!」

「良にいは一体何と戦ってんの。とにかく、いいからさっさと観念して――」

「おーい、倉敷はいるか……って、げっ。結城かよ」



(続く)

214:ABN 六月第一火曜日、午前中休み時間/美術室→午前中〜昼休み/校舎内のどこか→昼休み/校舎裏:2018/01/06(土) 10:19

(続き)



 がらりと扉が開く音と共に、美術室へ新たに入ってきたのは片原拓也。どうやら良に用事があったらしい彼だが、入室早々己の恋路の障害である璃々愛が視界に入り、あからさまに不快そうな顔を見せた。一方、拓也の人間関係に疎い良は、その不快感に着目することもなく、今度は彼を自分の味方につけようと必死に縋りつく。


「来たった! 救世主! ちょっと後生やさかい助けてくれや拓坊(たくぼう)ー!!」

「え? あ、はあ!? 救世主!?」

「片原クンか……まあいいや。アンタからも生徒会として良にいに何か言ってやってよ」

「いやいやいや待てよ。お前らは何の話をしてるんだ」


 話の内訳も説明されず、璃々愛と良の板挟みにされかける拓也。自分は用事があって美術室まで足を運んだというのに、それを済ませる前に事情も分からない二者の対立に巻き込まれるのは溜まったものではないと、まずは詳細の説明を要求した。彼の求めに真っ先に対応したのは良。


「あんなあ拓坊、璃々愛ちゃんが酷いねんて! 考査期間中は美術室で絵描いたらあかん言うんやって!」

「は? テスト中の部活自粛は別に普通のことだろ」

「へえ、良かった。片原くんもその程度の常識は弁えてるんだね」

「俺が非常識人みたいな言い方すんじゃねえ! で、なんでそんな当然のことでギャーギャー喚いてんだよ?」


 生徒会長をストーカーした張本人――体裁上はデマ扱いだが――が何をとぼけているのか。そんな侮蔑の念が込められた視線を璃々愛は拓也に投げかける。しかし彼の犯歴はこの場の問題とは無関係なため、それ以上の指摘はせずに事情の説明を続けた。


「その当然を、良にいは白羽学園に入学して以来一度も守ったことがないの。今までは及第点をギリギリ取ってたから、先生たちも注意はしつつ黙認してたんだけどね」

「えっ、マジで!? ずっる!」

「でも今回のテストは、白羽学園生としての自覚を取り戻してもらうって目的もあるでしょ? そんな名目のテストをやる手前、流石に例外を見逃すわけにいかないじゃん」

「そりゃあ倉敷が悪い。潔く諦めるんだな」

「嘘やん! お前だけは味方でいてくれる思たのにー!」

「うっせえなあ。テストが終わりゃあまた部活やれるんだろ? たった一週間くらい辛抱しろよ」

「ああ、それなんだけどさ」


 絵画が恋人だと形容しても過言ではない良にとって美術部断ちは確かに堪えるだろうが、その期間は決して長くはない。少しの期間だけ自分の欲求を我慢すればいいだけなのに、なぜここまで往生際悪く駄々をこね続けるのか。拓也が思い浮かべた疑問は、璃々愛の補足説明によって解決される。


「良にいだけ『今回のテストでA組からC組の平均点を超えられなかったら、卒業まで部活全面禁止』ってことになったから」

「…………へ?」


 ――当てが外れた。璃々愛の台詞を聞いて目が点になった拓也の頭に、真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。

 考査期間中の部活自粛命令を再三無視してきたツケだと思えば、提唱された良の処遇は妥当と言えるだろう。だがこの処罰内容は、拓也にとって非常に都合が悪かった。なぜなら拓也はD組。『下位学級学力補完計画』の対象者だ。決して勉強が得意とも好きとも言えない彼からすれば、自分が越えなければならない規準点数はとにかく低い方がいい。だからといって普通の上位学級の生徒に頼み込んでも、自分の身分かわいさに点数を下げることはしてくれないだろう。しかし芸術狂いとも称されている良であれば、成績低下に伴う評判低下程度に頓着することはない。つまり彼は、規準点数低下交渉における優良人件なのだ。
 だからこそ、規準点数を超えるハードルを良にだけ課されるのは非常に好ましくない事態だった。彼なら上位組の最低点数を快く逆更新してくれると思っていたのだから。



(続く)

215:ABN:2018/01/06(土) 10:23

(続き)



「な? こんなん鬼の所業やん!? 卒業までの残り約九ヶ月、他の部員が絵描いてるのを指咥えて見とれなんてあんまりやろ!」

「そ……そう、だな。流石に三組の平均点以上は厳しすぎだろ。もうちょっと軽い内容にしねえ?」

「はあ? アンタ生徒会のくせに情け心見せてどうすんのよ」

「べ、別にいいじゃねえか! お前みてえな冷血人間とはわけが違うんだよわけが!」


 部活を自粛しなかった分のペナルティを良が受けること自体はどうでもいい。しかし良が規準点数を下げられない事態になることだけは回避しなければならない。折角の交渉計画が始まる前から台無しにならないよう、拓也は必死で良の弁護に回った。やけに躍起な態度の彼を前に、璃々愛は訝しそうに眉をひそめると大げさな溜め息を一つつく。


「あっそう。そこまで良にいを庇いたいなら直談判すれば? かいちょーに」

「なっ!? なんでそこで会長が出てくるんだよ!」

「だってかいちょーも良にいの成績を心配してたんだもん。良にいのことを考えて、敢えて心を鬼にしたっていうのに、冷血人間なんて言われちゃって可哀想!」

「えっ、そうなん?」

「ち、ちがっ! あれは会長に向けてじゃなくて、結城お前に……!」

「あーあ。残念だけど、そんなに良にいのことが大事なら仕方ないね。かいちょーに交渉のチャンスを用意してもらえるよう、アタシが伝えてあげるからさ!」

「ぐっ……!」


 先のストーカー疑惑事件によって、現時点で拓也に対する百合香からの心証は底辺レベルだ。ただでさえ最悪の状況なのに、さらに彼女が取り決めた処罰に異を唱えたとなっては、例えその動機が正当でも、今度こそ完全に見捨てられることは目に見えている。規準点数の低下および良の感謝と、百合香からの好感度。二つを天秤にかけたとき、傾く皿は決まっていた。


「……や、やっぱ、会長の言う通りだな? 折角のご好意なんだ、ありがたく罰を頂戴しとけよ!」

「拓坊おおおおおお!! さっきまで味方してくれたのはなんやったんや!?」

「だ、だってほら、言うだろ!? 『情けは人の為ならず』ってさ!」

「正しい意味で使うとるつもりやったらここは助けるところやで!!」

「はいはい、そんなに嫌なら頑張って良い点数取ればいいだけじゃん! そういえば片原クン、良にいに用事があったんじゃなかったの?」

「えっ!? い、いや別になんでもねえよ! じゃ、せいぜい頑張れよ! 倉敷先輩!」


 腐っても生徒会役員の一人である自分が、規準点数の低下交渉を試みたと露見しては不味い。良が二の句を告げる前に、拓也は脱兎のごとく美術室から逃げ出したのであった。あっという間に消えた拓也の背中を良は絶望顔で、璃々愛は人が悪い笑みで見送る。


「うわああああああ!! 拓坊の薄情もん!」

「ま、そもそも片原クンを頼りにしようとしたのが運の尽きだったね。というわけで、今回のテスト期間こそ大人しくしてなよ。良にい?」

「嘘やこんなことー!!」


 その後、彼の体力が尽きて寝落ちるまで、良の大人げない叫び声が校舎中に響き渡り続けたとかそうじゃないとか。



(続く)

216:ABN:2018/01/06(土) 10:27

(続き)



 ◆ ◆ ◆



「キャハハ! 片原クンったら、分かりやすいから本当助かるわー」


 百合香の肩書きを出したときの、拓也の動揺顔を思い出しながら、璃々愛は彼の浅はかさをせせら笑っていた。
 良への処罰内容を説明して拓也が目を点にした時点で、璃々愛は彼の用事を察していた。さらに拓也が処罰の内容に反論した際、禁止事項ではなく点数を指摘したことによって、彼女の勘は確信へと変わった。もし本当に良の身の上を憐れんでいるのなら、部活の全面禁止の方を緩和するように働きかけたはずだ。しかし、拓也はそうはしなかった。であれば彼が、組も学年も違う良を訪ねる理由は一つ。『下位学級学力補完計画』における規準点数の低下交渉だ。
 尤も、規準点数は学年別に定められるため、良への交渉が成立したところで拓也にはなんの旨味もないのだが。恐らくは計画の詳細を熟読せずに、規準点数の概要を大まかに知っただけで先走ったのだろう。


「アタシは別に『かいちょーが直々に良にいへ部活禁止令を出した』なんて一言も言ってないんだけどね?」


 確かに百合香は過去に、良の成績や芸術への傾倒ぶりを心配していたことはある。だが今回の考査においては、百合香は良に対して一切の言及を行っていない。先ほどの璃々愛の口ぶりは、まるで百合香が良の処遇を決めたような内容だったが、実際は事実をほんの少し交えた虚言だったのだ。
 どうしてそんな嘘をついたかといえば、無論拓也を説得するためである。百合香の望みという大義名分の下であれば、自分の都合もプライドもかなぐり捨てて平伏する男だ。彼女の名を使わない手はないだろう。それに勉学における良の不真面目さには、多くの教師が辟易している。そんな彼の勝手気ままを女王のお墨付きで禁止できると、そのための口添えを自分がしてやると言い含めれば、教師たちは喜んで良の部活禁止案に便乗するはずだ。そうすれば結果的に璃々愛の嘘は真実となる。そうでなくてもいずれ百合香本人が、自分の成績をも気に留めない良の性格を懸念し、何かしらの対策を練っていたはずだ。それを璃々愛が一足先に済ませておいただけの話である。


「とにかくこれで、かいちょーの野望の障害はまた一つ片付いた! ……と、思いたいんだけど」


 百合香の障害を排除した直後の彼女にしては、やけに不安げな声色が璃々愛からこぼれた。拓也が良を訪ねて美術室に入ってきたとき、そして良が彼を『拓坊』と親しげな呼称で呼んだときから、璃々愛は言い知れない胸騒ぎを覚え続けていたのだ。
 方や、生徒会長を求めるあまりストーカー行為すら厭わない恥知らずの生徒会役員。方や、絵描きのためなら成績も評判も問題視しない芸術狂いの美術部部長。何かに熱狂している以外の共通点など見当たらない二者がなぜ、どうやって、何のために既知関係となったのか。尤も璃々愛からすれば、百合香にさえ被害が及ばなければ彼らが何を企もうとも構わないのだが。他人事で一蹴するにはどうも憂慮が拭えない組み合わせだ。


「……どのみち現時点じゃ、経過観察するしかない、か」


 いくら勘が冴えていようと、事が起こらない限りは根拠のない予想にしか過ぎない。ただ怪しいというだけで拓也や良を告発するわけにもいかず、現時点では二人を注意深く見張るだけに留まるのであった。



(続く)

217:ABN:2018/01/06(土) 10:30

(続き)



 ◆ ◆ ◆



 独裁政治の贄である処刑対象の学園生活は、総好かんという針のむしろとの戦いだ。登校すれば下駄箱や机に悪質な仕込み。廊下を歩けば好奇の目線や聞こえよがしな陰口。授業中にはゴミを投げつけられ、教師によっては教わっていない範囲の難題を無理やり回答させられる。休み時間には理不尽ないちゃもんをつけられ、相手の気分次第では暴力や器物破損などを被ることも珍しくない。
 日々そんな仕打ちを受け続けていれば、大抵の人間は必要以上の悪意に晒されないよう保守的な行動を取るようになるものだ。それは革命の中心人物である麻衣や晃たちでさえも同様で。授業中は相手を挑発しないようなるべく無反応を決め込み、休み時間は人気のいない場所へ避難することが、彼女たちの日常茶飯事となっていた。なお、二人に言わせると、自分たちの場合はただの敗走ではなく戦略的撤退ということらしいが。

 この日の昼休み前、E組の授業は体育となっていた。通常の授業の後であれば二人一緒に教室を出てその日の避難先を探すのだが、体育や選択科目などの互いが別れる授業の前はあらかじめ避難場所を決めておき、それぞれの授業が終わり次第各自集合するのだ。
 自然に定まった取り決めに今回も従い、麻衣は素早く制服に着替えてから弁当を持って校舎の裏手へ向かった。しかし、待てど暮らせど晃の姿は見えず。そろそろ弁当に口をつけなければ昼休み終了までに食べ終わらないくらいの時間になったころ、ようやく晃が麻衣の前に現れたのだった。


「晃くん! 遅かったじゃない……って、どうしたの!? 顔の左側、腫れてるわよ!」

「こんなん大したことねえよ。拓也の奴にちょっかい出されただけだ」

「大したことあるって! お昼用の保冷剤だけど、良かったらこれで冷やして」


 麻衣は弁当に付属していた保冷剤を取り出すと晃に渡した。暖かくなってきた気温のせいで大部分が溶けてはいるが、打撲傷の冷却には十分な冷たさだ。晃はそれを受け取ると、殴られた頬にあてがいほっと一息つく。口では大したことはないと強がったものの、怪我を心配され手当てを受けること自体に悪い気はしないようだ。やがて顔の痛みが引いてきたところで、晃はおもむろに会話を切り出した。


「しっかし、なんちゃら補完計画だっけか。一体どうやってパスしたもんだか」

「どうするもこうするも、規準点数が最後まで分からない以上、ひたすら勉強するしかないんじゃない?」

「身も蓋もねえ正論だな。もっとこう、裏技というか抜け道的なものはないもんかねー」

「そう思ったどうかは分からないけど、中にはC組以上の生徒に掛け合った人もいるみたいよ。聞いた話だとほぼ全員玉砕したらしいけど」

「マジで? 気持ちは分からないでもねえけど、せこいことするなあ。……あっ、さっきの拓也がやたらイラついてたのってまさか」


 目先の甘い汁を啜るための努力は惜しまない元友人であれば、規準点数の低下交渉くらいは試みていてもおかしくない。そして先ほど振るわれた理不尽な暴力行為からして、彼の交渉は十中八九失敗したと見ていいだろう。拓也からの八つ当たりの理由に晃が思い至ったところで、不意に彼のポケットが振動する。中からスマートフォンを取り出して見てみれば、画面に映し出されていた名前は『天本千明』――彼女の義弟、安部野椎哉からのメール着信だ。


「うおっ、天本……いや、安部野先輩からか。相変わらず姉ちゃんのアドレスからメール送ってるんだな」

「そりゃあ表向きは生徒会なんだから、自分名義での履歴を残すような真似はしないでしょ」

「それもそうか。俺たちも天本先輩名義の方が、まだ言い訳の余地はあるだろうし。……多分」



(続く)

218:ABN:2018/01/06(土) 10:35

(続き)



 意識不明の人物がどうやって文章を打つのかという大きな問題があるが、その解は実際に履歴を盗み見されたときに考えることにした。それに、発覚すれば即アウトの椎哉名義よりかは幾分か言い訳の猶予があるのだから。
 それはそうと、まずは彼から送られたメールの内容を確認しなければ。晃は麻衣とともにスマートフォンの画面を覗き込みながら、やや緊張した面持ちでメールを開封した。椎哉のメールはやたら長文傾向にある。


 ――――

 松葉晃さん、ご無沙汰しております。
 今回の期末考査では『下位学級学力補完計画』というものが執行されますが、心構えの方はいかがでしょうか? 元C組である板橋さんはまだしも、D組であった松葉さんの成績では些か不安です。もし不合格となってしまえば、反逆の準備に費やせる時間が激減してしまうのですから。
 そこでここは一つ、反逆勢力による勉強会を開催しようと思います。名目通りの勉強も勿論ですが、何より皆さんとは今一度顔を合わせて話し合いたいと思っている所存です。日時と場所は追って説明しますが、僕の住まいとする予定です。お互いのこれからのためにも、一度検討してはいただけないでしょうか? 良いお返事を待っております。

 追伸:お手数ですがよろしければ、一年D組の白野さんと戸塚さんにもこの件をお伝えください。彼女たちにとっても決して他人事ではないでしょうから。

 ――――


「べ、勉強会!?」

「しかも先輩の家で!? ちょ、ちょっと想像がつかないんだけど」

「お、俺も……。ってかあいつ、まず住んでる家あるのか!?」

「いや、流石に家はあるでしょ。ホームレスじゃないんだから」


 勉強会と言えば通常、仲のいい友人知人が誰かの家に集合し、一つのテーブルを囲みながら勉強を教え合うという和気藹々としたイベントだ。学生が一ヶ所に集合する理由としては確かにおあつらえ向きなのだが、それを提案したのが椎哉となると妙に感心できない。何せ白羽学園における安部野椎哉と言えば、執事と揶揄されるほどの絵にかいたような模範的優等生。自分たちや周囲が知る限りでは、学園にプライベートを持ち込んだことは一度もない。つまり麻衣と晃には、彼の生活臭が一切想像できないのだ。そんな人間味のない人物が主催する勉強会と言われても、正直なところかなり不気味である。しかし。


「……あのさあ、麻衣。こんな真剣な話、振られた側からなんだけどよ」

「な、何?」

「単純にさ……安部野先輩の家、興味ねえか?」

「……ないことはない、かな」


 どんな家に住んでいるのか。千明以外の親兄弟はいるのか。普段どんな食生活をしているのか。自室には何が並んでいるのか。生活感が見えないことによる生理的嫌悪感は、その生活感を暴いてみたい探求心によって徐々に蝕まれつつあったのだった。

219:べるなに◆Lg B組教室:2018/01/07(日) 21:17

「断る」

「そこをなんとか!ちょっと手ぇ抜いてくれるだけでいいんだよ!?」

法正は、昼食を軽いもので済ませた後、本をペラペラとめくりながら、D組の生徒の話を断固拒否していた。
この生徒は、前は真面目に勉強していたものの、不良とつるんでの悪ふざけが原因でD組に降格させられた男だ。

「手を抜くだと?俺は物事に全力なんだ。今こうしてここで本を読むのにも、何にも全力なんだ。」

「これでもダメか!?」

生徒は土下座をするものの、法正は見向きもしない。
周りからヒソヒソと声が聞こえるが、法正は気にも留めていなかった。

(松葉晃に秘密の関係をわざと聞こえるように明かしてみたが、生徒会側からの動きも何もない。
となると、もう少し聞かれやすい場所でやるべきだったか……いや、布石は打てた。罪悪感で松葉晃の動きが止まればその程度、むしろ俺に協力を要請するのなら遠慮なく……いや、ためらいを付けるべきか。
おっといかんいかん、考えるのに夢中過ぎて目の前の凡愚を放っておいたな……どうでもいいか。)

法正は生徒を一蹴し、そのまま本を読み続けた。

「うわー一葉くん冷たい……」

「冷血ー」

「心カチンコチン男ー」

周りからヒソヒソと噂されているが、自分たちが交渉されたらどういう気分なんだよ、と思いつつ、法正は本を閉じ、スマホをいじりだす。
学園掲示板を開き、また書き込みをするのだった。

220:文月かおり◆DE &:2018/01/08(月) 21:47

「あ、亜衣! ねぇねぇ来たコレもう神った、神ってるよ!」

「うん恵里、もうちょい静かにしようねー」

 階段を降りた先の靴箱近く、恵里が手を振っている。何か白い紙みたいなのを持って。

「えっと、神ってるって、ソレが?」

「そう! 亜衣のトコにも入ってると思う。見て見て!」

「えぇ、何なのよもぅ……て、コレ?」

 速足で駆け寄って、自分のところを覗き見た。恵里の隣、1番端。

 入っていたのはメモだった。あの、付箋みたいなやつ。

「えっと……えぇぇ!? マジで?」

「ね、神ったでしょ」

「や、なんていうか、ありえな過ぎ……」


  安部野先輩の自宅で勉強会をひらくそうです、もしよかったら来て
  いろいろ話して、それで勉強しようって

  日時は後で連絡だそうです。
                  板橋、松葉


 安部野先輩の家で、勉強会ね……。

「行こう、恵里」

「もちろん!」

 恵里は満面の笑みで頷いた。人懐っこいリスみたいに。

「よっし、なら返事しに行かないとねっ」

 恵里の手を引っ張って、廊下を進む。目指すは2年生の靴箱。

「え、今なの!? 明日にしようよ〜」

「だーめ。明日の朝1番に読んでもらわないと」

「ていうか手ぇ痛いぃぃぃ」

「えっと、お返し?」

「んなっ!」

 そんな感じで、からかいながら歩いて行く。途中、メモ帳とペンを出そうとして、現在あたしは手ぶらだって気づいた。でも戻るのは面倒なので、こういうときは友人を頼る!

「ね、メモとペン持ってる?」

「持ってるけど、ポケットの中。手ぇ離して」

 流石、典型的なA型の日本人。ドラえもんみたいじゃん。

「ん、はい」

 ポン、とメモ帳と小さなシャーペンを渡される。ありがと、と言いながら受け取った。そして、そのついでにまた彼女の腕を握る。んで、早歩き。

「なんでそーなるかなもー……」

 恵里の文句は聞き流す。なんて返事するか考えなくっちゃ。



「っと、板橋先輩と松葉先輩、どっちがいい?」

「板橋先輩。松葉先輩は、ちょっとだけど怖いもん」

 たしかに。一理あるかもしれない。

 考えていた文面をメモに書いて、最後に名前を。恵里にも頼んで書いてもらう。


  伝言ありがとうございます。嬉しいです、喜んで参加させていただきます、とお伝えください。

  情報交換はその日にでも。

  
     岩崎亜衣のです ***-****
     白野恵里はこちらです ※※※‐※※※※


「ん、じゃあ板橋先輩のトコに投函してっと」

「ねぇ、電話番号まで書いちゃって大丈夫かな」

 恵里が心配そうな顔で言った。

「どして?」

「誰かに見られたりしないかなって」

「あー……消す?」

 盲点。

 たしかに、流出したら大変だ。

「ううん、やっぱいい」

「いいの?」

「誰も見ないと思うし、いざとなったら変えればいいかなぁって思った」

「おー、意外と思い切った対応するねー」

 ホント、前の恵里とは変わったな。もしかしたら、ただ仲良くなったからかもしれないけれど。

「女は度胸って言うじゃん!」

「それちょっと違うよ!」

「赤いパンプスで世界を変えてみたぁい」

「あーそれ知ってる! 2巻のでしょ!」

「私、あの女の子好きなの」

「いやそれより写真のさ――」


 趣味の話に没頭する、とってもありふれた放課後だ。



【人の電話番号を見つけても、それを拡散しちゃ駄目ですよー】

221:文月かおり◆DE &:2018/01/08(月) 21:48

>>220 同日・放課後 校内 です

222:(0w0) ぶれいど ◆a6:2018/01/16(火) 20:15

ほほう、ここがあの小説かぁ……。

223:ABN 同日(六月第一火曜日)/夜/筆崎宅:2018/01/23(火) 21:17

 剣太郎は自分のメールアドレスをほとんど覚えていない。というのも、数週間おきにアドレスを頻繁に変更しているからである。
 彼が千明の共犯者として学園中に認定されてから、白羽学園生からの脅迫文や罵倒文、出会い系サイトからの卑猥な広告など、悪意あるメールがスマートフォンに次々届くようになった。恐らくは制裁の一環として、剣太郎のアドレスが学園中に流出されたのだろう。そこで彼は自衛のため、自分のアドレスを変更することにしたのだ。だが、それで平穏が得られたのはほんの束の間。数日後にはどこからか新しいアドレスを嗅ぎ付けられたのか、再びメールの嵐に襲われた。
 それからというものの、剣太郎は迷惑メールが届くたびに複雑なアドレスを何度も変え、迷惑メールの宛先も受信拒否設定に追加し続けている。そのうち向こうも飽きが来たのか、現在は最初期と比べればメールの数も大幅に減った。それでも時折、未だに粘着質な生徒からのメールが届くことがあるのだ。こんな風に。


――――

 明日の夜七時、白羽駅外れのカラオケに来い
 俺たちは後で行くから部屋の用意はお前がやれ
 シカトしたらどつきまわすからな

――――


「……まあ、別にいいけど」


 絵文字も句読点もない粗暴な文面を眺めながら、剣太郎は自室のベッドの上で深く沈んだ。この内容からしてメールの送り主は、自分たちが開催するカラオケパーティーに剣太郎をいじり要員として強制参加させた上、パーティー料金を全額負担させる気なのだろう。相手の名前は書かれていないが、そんなことはどうでもいい。相手が誰だろうと、悪意を以て自分を害してくることには変わりないのだから。
 溜め息を吐きながら気だるげに体を起こすと、重い足取りでキッチンへと向かう。そこでは流し台とコンロの前を彼の母親がせわしなく行き来していた。夕飯の支度の途中なのだろう。忙しい最中に呼び留めるのは気が引けるが、それでも最良のチャンスは今しかない。剣太郎は母親の背中におずおずと声をかけた。


「か、母さん。ちょっといいかな」

「なあに? 今、油使ってるから手短に頼むわね」

「じ……実は部活で、また機材が必要になって……その……」

「ええ、また? 先週もそう言って、三万円渡したでしょ」

「そ、そうなんだけど……」


 息子の方に振り返った母親の眉間には訝しげなしわが寄っていた。疑問符によって捻り上がった声色の高さに、剣太郎はびくりと体を強張らせる。続く上手い言い訳が思いつかず、目線を下に落としてしどろもどろに言い澱んだ。
 今は無き部活を口実にして母親に現金を催促するのはこれが初めてではない。今までにも処刑のための『罰金』などと称して、生徒たちから何度も現金を恐喝されてきたのである。最初は自分の小遣いだけで賄っていたが、回数を重ねるごとにその金額とペースはエスカレートしていき、今では万単位の金額を毎週用意しなければ間に合わないほどだ。


「……どうしても買わないといけないの? その機材」

「う……うん。絶対に必要だって、部長が言って聞かなくて……」

「全く、しょうがないわね。それじゃあお母さんのへそくりから出してあげるわよ」

「…………」


 学園でどんな地獄が蔓延っているかなど露知らず。てっきり自分の息子が部活に専念しているものと思っている母親は、やれやれと苦笑しながら今回も剣太郎の催促を了承した。だが、大金をねだった当の本人は俯いたまま下唇を噛み締めている。口内に痛みと僅かな血の味が走るが、そんな痛覚や味覚も構わなくなるほどに剣太郎は自分自身を情けなく感じていた。


(続く)

224:ABN:2018/01/23(火) 21:19

(続き)



 かつて尊敬していた部活や部長の名前を出汁にして嘘をつき、決して多くない親の財産を保身のためにドブへ捨てる。二者の名誉や情けを無下にするような非道徳的行為に、剣太郎の良心は毎回悲鳴をあげていた。そもそも善人の部類に入る彼にとって、他者を騙し不当な利益を受けとることは耐え難い悪行なのだ。
 ここまで苦心するのなら、いっそのことあんな奴らの恐喝になど応えなければいいのではないか。そんな策もいつかに考えたことはあったが、少し想定を巡らせたところでそれは実質不可能な方法だと判断した。もし生徒たちの要求を無視すれば、彼らは腹いせとして剣太郎に暴力を振るうだろう。それだけなら彼自身が我慢すればいいのだが、問題はその後だ。
 人為的な怪我をあちこちに負った状態で帰宅すれば、両親は確実に傷の原因を問い詰めてくる。最初こそ多少の誤魔化しは効くかもしれないが、いずれは白羽学園で暴行事件かそれに類する問題が発生していると感づくはずだ。そして息子が負傷した原因について学園を問い詰め、それが百合香の機嫌を損ねてしまえば。自分も両親も、家族もろとも無残に抹殺された京子と同じ末路に至ることになるだろう。だからこそ剣太郎は自分のため、延いては両親のために、金を貢ぎ続ける選択肢を選ぶことしかできなかった。


「でも今はちょっと待ってね。晩御飯の支度、済ませないと」

「……ごめんなさい、母さん」

「なんで謝る必要があるのよ。必要経費なんでしょ? だったら遠慮したってしょうがないじゃない」

「そう……だね。……ゆ、夕飯できるまで、部屋で待ってるよ」


 事情を知らない者からすれば脈略ない突然の謝罪に、母親は困惑しながらも息子に笑顔を向ける。しかし剣太郎にとっては彼女の微笑みすら、罪悪感を加速させる鋭い刺になった。いたたまれなさが限界を迎えた剣太郎は、首をかしげる母親を残してそそくさと自室に戻る。そして再びベッドへ仰向けに倒れ込むと、狭い布団の上で手足を投げ出した。先ほど重く感じた自重が、さらに増したように感じる。


「……こんな生活、いつまで続くんだろう……」


 天井に向かってぽつりと小声で独り言ちるも、勿論返ってくる答えはない。否、答えはとうに分かっている。『自分が白羽学園に殺されるまで』だ。
 独裁学園のための犠牲という役割を、自分の命と人生と名誉の完全な死を以て真っ当するその日まで、日常という名の生き地獄で苦しみ続けなければならないのだ。毎日誹謗中傷に晒されながら過ごし、理由のない暴行や恫喝を浴び、あるいは自分が暴行や犯罪行為を強制され、自分や自宅の金を豪遊のために毟り取られ、体力も精神も財産もありとあらゆるものを搾取され、血も涙もない家畜以下の扱いを受けながら、絶望する心すら麻痺するほどに絶望する、そんな日常の中で。

 だからこそ翌日、剣太郎はメールの送り主の正体に腰を抜かすことになる。


新着レス 全部 <前100 次100> 最新30 ▲上へ
名前 メモ
サイトマップ画像お絵かき長文/一行モード自動更新Twitter シェアする?RSS