怪獣ユビュラ

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1:ひの:2017/05/18(木) 20:41

さみだれにみだるるみどり原子力発電所は首都の中心に置け
                             塚本邦雄

2:ひの:2017/05/18(木) 20:51

 ドクトル平山は、科学のことしか頭の中にないため、頭脳は天才でも、
付き合いにくい男である。そのため大学の会議で、平山をどこか遠くに
向かわせて、そこで一人ぼっちで、思う存分研究させたらよいだろう、
ということになった。平山自身、研究さえできればいいのだから、ひと
りぼっちだろうがなんだろうが関係ない。むしろ思う存分研究ができそ
うなので、そうと決まればよろこんで荷物を抱えて、ふらりと大学を後に
した。

3:ひの:2017/05/18(木) 21:08

 まる一日かけて、平山は大きな山に囲まれた、ほとんど未開の
場所に来た。
 そこには既に大学から、何人かの若い作業員がきていて、「平山エネルギー研究所」
を建てる準備をしていた。その一人が、
「博士!ご苦労様です」
「ああ……」
「研究所は、とりあえずあと一周間くらいすれば、完全ではないにせよ、簡単な実験は
できるくらいにはなると思います。それまでは、あそこの旅館で思考実験でもしていてください」
「ああ……」
 ドクトル平山は、旅館とは反対方向に歩き出した。ああ……とか答えていても、頭の中で
11次元空間にトリップしていたので、作業員の話などみじんも聞いていなかった。
「博士!」
 結局ドクトル平山は、この若い作業員に手を引かれて、やっと旅館の部屋に落ち着いた。
(まったく、これじゃ、平山係がいるな)
と、呆れながら、作業員は仕事場に向かった。

4:ひの:2017/05/18(木) 21:15

 夜、窓を全開にして、平山はいた。
 偽物みたいにまんまるな月が、窓から見えた。 
 ドクトル平山は動かない。平山を洗脳しようとしているのか、
スズムシの鳴き声がとても大きい。
 平山の目は見開いていて、まばたきを忘れて充血をしていた。
 自然と涙が流れて来る。それは、悲しいのではない、生理的に、
目を潤すために、涙が流れるだけだ。
 旅館の女将はさっき、ドクトル平山を、偉い禅宗のお坊さんだと
勘違いをした。

5:ひの:2017/05/18(木) 21:33

 やがて「平山エネルギー研究所」は、未完成ながらも、
少しは実験ができるくらいには出来上がった。
 外見はもう立派に仕上がっていて、白いキリスト教の教会のようにでもある。
 あまり目で見えるものには興味を示さない性格の平山も、この研究所を一目見て、
「おお」
と軽く感嘆したようである。
 子供のような気分で、研究所の中を一回り走り回ったら、もう簡単な実験に取りかかった。
 一週間の間、頭の中に大きな「仮説」ができていた。それを実証したくて、ずっと溜まらなかったのである。
 愛用の、自作のコンピュータで計算を始めた。平山博士の持ち前の、アクロバティックな計算をするためには、普通の
スーパーコンピュータを使うよりも、このほとんどジャンク品と見まがうような自作コンピュータを使った方が、
はるかに便利なのだと言う。
 黒板にはぎっしりの数式がマンダラのように記されている。分厚い科学書が威風堂堂と置かれている。
 

6:ひの:2017/05/18(木) 21:38

「博士」
と一人の若者が、コーヒーを持ってきてやさしく呼びかけた。
「少し休憩しませんか」
 彼こそ、あの時
(平山係が必要だな)
と苦笑した、例の作業員である。まさに平山係に任命されたのである。
 ドクトル平山は計算に夢中だ。
「博士」
「……」
「博士!」
「うるさい!気が散る!」
「……それでは、ここにコーヒーとお菓子を置いておきますからね!」
と、ややむっとしながら平山係は出て行った。
 ドクトル平山はそれに少しも気を止めないで、なお計算を続けた。

7:ひの:2017/05/18(木) 21:54

 ある日、ドクトル平山の研究室に、音楽が流れた。平山はどなった。
「おい!」
「なんですか?」
「なんだこれは!」
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」
「そんなことはわかっている!さっさと消したまえ!」
「ええ……はかどりますよ」
「気が散るんだよ!…………あっ!」
 突然ドクトル平山は、何かをひらめいた様子だ。交響曲40番の旋律に乗って、
踊るように、黒板に向かって、そこに書かれた乱雑なチョークの跡を、整理し始めた。
もはや音楽のことなど聞いていないかのような、もしくは、聞きすぎているような表情で、
その作業に熱中した。
 音楽が終わると同時に、その作業も終わった。記号はウロボロスのように綺麗に収まっている。
ドクトル平山は、何をつきとめたのか、喜びの表情に満ちていた。これはまさしく、ヴォルフガン
グ・アマデウス・モーツァルトが授けた、調和の霊感のおかげなのである。
 平山係は、勝ち誇ったように、
「いいでしょう?モーツァルト」
 ドクトル平山は、少し悔しそうに、
「わかったから、明日、モーツァルト全集を買って来なさい……」
と言った。
 平山係はそれを聞いて思わず笑ってしまった。すると、ドクトル博士も笑った。












 

8:ひの:2017/05/18(木) 21:58

 それ以来、意外とドクトル平山と平山係は仲良くなった。
 いつも研究所内にはモーツァルトが流れていた。
 幸福な結婚生活のような気分を、二人は味わっていた。

9:ひの:2017/05/18(木) 22:05

 いつしか、平山係は、ドクトル平山の計算を手伝うことになった。
 手伝うと言っても、博士のいわゆる平山理論のことなどは、ほんの少しも
理解していない。それでも、言われたボタンを押したり、記号を入力する位のことはできる。
 平山係は、ある日ドクトル平山に、
「平山理論とは、つまりどういうものなんですか?」
と聞いてみた。手伝っていくうちに、好奇心が湧いたのである。
「一言で言えば……仏陀だよ」
「仏陀……」
 禅問答のような博士の返答に、今すぐなにか答えないと、喝!とやられてしまいやしないだろうか
と、平山係は恐れた。
 ところが、ドクトル平山の意識はすでにモーツァルトに導かれて、次の問題に向かっていた。

10:ひの:2017/05/18(木) 22:25

 平山係の実家から、研究所に手紙が届いた。 
 母親が、車にひかれて、病院に運ばれたのだという。
「行って来なさい」
とドクトル平山は同情を込めて、行った。
「はい」
と、平山係はミサイルのようにふるさとを目指して飛んだ。
 同時に、モーツァルトのCDが、一通り再生されたので、止まった。
 ドクトル平山は寂しくなった。計算もはかどらない。
 その日は一向計算に手がつかず、すぐに寝てしまった。今までの疲れを、
この機会に回復しておくのがいいだろう、ということに決まった。

11:ひの:2017/05/18(木) 22:35

 次の日、目が覚めてすぐ、モーツァルトが聞こえないので、今日も暗い一日になりそうだと
ドクトル平山は思った。
 湯船をはった。何日ぶりの風呂だろう。ひさしぶりに鏡を見ると、
醜い老人が立っていた。
「お前から逃げたくて、私は科学者になってしまったのかも知れないな」
とつぶやいた。
 風呂は気持ちよかったし、さっぱりとした湯上がりだったが、どうしても心の中にぬぐえない
何かがあった。
 インターフォンが鳴って、出てみると、そこには若者が立っていたが、あのよき助手とは、別の人間である。
「こんにちは!X大の院生の南です!宗君から、手伝うように言われて来ました!」
(宗君とは、あいつの名前のことだろう)
と、平山係のことを思い出しながら考えた。この時、初めてドクトル平山は、平山係の名前のことを考えたのだった。

12:ひの:2017/05/18(木) 22:44

 この南という科学者の卵も、ドクトル平山に似て、なかなかの変人だった。
 この世界から何センチか横にズレてしまって、異化作用のようなものを起こしてしまっている
印象がある。
 驚いたことに、南は若くして、平山の理論に口を出すことができるような天才だった。そこで気になって、南の論文
を検索して読んでみた。
 才気はあるーーーしかし、調和を欠いている、とドクトル平山は感じた。そして、まさに自分は、つい最近まで、この南のような
科学者だったことを思い出した。
 そしてよく南の顔を観察してみると、どこかで見たことあるような顔だ。誰だろうと思っていたら、若い日の自分だった。

13:ひの:2017/05/18(木) 22:48

 計算は進まない。 
 南も、自分で自分の計算をしている。
「コーヒーをくれ」
と言うと、一応上の空だが持ってくる。
 心が落ち着かなかった。
(そうだ!モーツァルトをかけよう!自分で!どうして今までこのことに気がつかなかった
のだろう)
と、あわててドクトル平山はオーディオ機器に向かい、再生ボタンを押した。
 モーツァルトのきらきら星が流れた。

14:ひの:2017/05/18(木) 22:52

 南が、ペンを止めた。
「モーツァルトですか……いいですね。」
 ちょっとずつ気分が良くなってきたドクトル平山は
「うん。私の理論の中にはモーツァルトが流れているんだ」
 南は立ち上がり、
「モーツァルトもいいですけど……」
 オーディオ機器の前に立ち、停止ボタンを押した。
「お、おい……!」
「ワーグナーもいいですよ」
 南がどこからか真っ黒なCDを取り出して、セットした。
 すぐにワーグナ作曲「ワルキューレの騎行」が再生された。

15:枕上 白痴:2017/05/20(土) 00:58

 ドクトル平山は肩をすくめた。
(モーツァルトもいいが、ワーグナーもいい。本当だ)
 しばらくコーヒーを飲みながら、それを聴いていると、平山の脳内で何かがひらめいた。
 「ワルキューレの騎行」が、平山に、あらたな霊感を授けたのである。それも、モーツァルトとは、別の種類の。
 ドクトル平山には、なにも見えなくなった。抽象的な理論の世界だけが見えた。
 南が面白そうに、
「どうされましたか!博士!」
と訪ねたが、なにもきこえなくなったドクトル平山は、夢遊病者のようになって自作パソコンをたたき、エンターキーを
押した。
 その情報は、ラボの中心にある、最近完成したばかりのエネルギー観測器に送られた。これはその名の通り、エネルギーを観測
するためだけに設置された装置なのだが、ドクトル平山はそのことは忘れて、自分の理論を証明するために限界値を越えたエネルギー
の塊をそこに出力した。

16:枕上 白痴:2017/05/20(土) 01:06

 エネルギーに耐えられず、装置をおおっていたガラスは割れて、爆発が起こった。
 南もドクトル平山も吹き飛ばされた。白い煙で何も見えなくなった。センサーが鳴り響き、スプリンクラーが
作動した。ぬれたコンピュータなどがびちびち金色の火花を発した。オーディオ機器は意外と壊れなかったので、
まだ「ワルキューレの騎行」は再生中である。
 煙の中に何か、大きな黒い影が見える。
 煙がひいて行くと……それを見て南は歓喜した。
「ええ?一体どういう理屈ですか!平山博士!なんです、これは!」
 ドクトル平山は、まだ考え事をしている。
 二人の前には、怪獣が立ちはだかっていた。
「ギャオピーッ!」
と鳴いた。 
 

17:ひの:2017/05/20(土) 01:07

あ、枕上 白痴=ひのです。


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