言霊

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1:ミント◆SRE:2017/08/23(水) 13:32

小説は初めてです。才能はありません!キッパリ

気まぐれです。感想とか頂けたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

2:ミント◆SRE:2017/08/23(水) 13:34


ことだま【言霊】
古代、言葉がもっていると信じられた神秘的な霊力。

3:ミント◆SRE:2017/08/23(水) 13:38


「おかあさん、今日、千華ちゃんは…?」

「え? 千華? 誰それ、アンタ新しい友達できたの?」




「…………え?」

4:ミント◆SRE:2017/08/23(水) 13:59


何も感じなかった。ただただ過去を見ていた。
ぼんやりと。輪郭の無い映像を、何も考えず、ただ見ている。
それはとても長く、永遠に思えた。

「環!」

唐突に名前を呼ばれ、感覚が蘇る。聴覚、嗅覚と次第に戻っていく。
そして視覚が戻る。




目の前に、天井。





それは徐々に輪郭を保ち、やがてそれが、見慣れたものであると気付く。
後ろにあるのは柔らかい布団。横目に見ればいつもの部屋。匂い。そして、いつもの声。

「環! お母さん行ってくるから、鍵占めといてよー?」

静かな朝。母親が玄関を閉める音が、やけに鮮明に、ハッキリと聞こえた。そうか…と、息を深く吸う。
あれは夢だ。いや、記憶と言った方がいいだろうか。
あんな過去の事を夢に見るなど、目覚めは最悪だ。でも、これもいつも通り。

ため息をつきながら起き上り、冷たい水で顔を洗う。その水が跳ねる音も、やはり大きい。それにももう、慣れ始めていた。
一人でいる時ほど、周囲の音は普段より大きく感じるものだ。人間という生き物は、そう感じるように作られている。

5:ミント◆SRE:2017/08/23(水) 14:30


顔を拭き、ふと鏡を見る。
一重の目、垂れ気味の眉、薄い唇、肩より少し長い髪。

佐藤 環。十四歳の顔。見慣れた、けして美人とは言い難い自分の顔。不細工ではないのだが、環は自分を見るのが嫌だった。
鏡は嫌いだ。自分が女である事を再確認してしまう。
鏡の中の自分が、自分を見つめる。なんとも言えない嫌悪感に、口の中に苦みが広がる。

(大嫌い。)

環はタオルをカゴに投げ入れ、どうにか着れる様になった制服に、腕を通す。
髪を縛らなければ、微妙に校則違反になってしまうが、今は髪を結ぶ事も、朝食を摂る事も億劫に思えた。

結局、髪は縛らず支度を済ませ、いつもより少し遅い時刻に靴を履き、ドアノブに手をかける。
行ってきます、と聞き取れないほどの声で呟き、外へ出てドアを閉め、鍵を掛けた。ドアの向こう側、我が家の静けさに、もう動じる事は無い。

見上げれば、雲一つない空。近所の小学生の楽しげな声をシャットアウトするかのように、愛用のイヤホンを耳に当てる。
音楽プレイヤーが先生に見つかろうが、同級生に告げ口されようが、もうどうだってよかった。

学校に向かう足取りは重く、燦々と輝く太陽に、生気を吸い取られていく気がした。
イヤホンをしても尚、聞こえてくる楽しげな声に、

(大嫌い。)

もう何もかも大嫌いだ。そう環は思うのだった。

6:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 11:08


学校に着き、席に着くまでの間に、何人の生徒に見られただろう。何人の生徒に陰口を言われているだろう。
イヤホンをしていても聞こえてきそうなその声は、ゆっくり、じわじわと環の心を蝕んでいく。

(アンタらなんて、相手にしてやるもんか。)

環はその視線に耐えながら、ふと過去を思い出すのだった…。





「おかさん…?」

母は淡々と段ボールに荷物を詰めている。その宛先は隣町。宛名は母の旧姓、葉月となっていた。
段ボールに入れたもの以外は、次々と半透明のポリ袋に消えていく。その中には父の写真が混ざっていた。

「おとうさんは…?」

母は環の問いに答えなかった。まだ十にも満たない幼い我が子に、どう説明していいのか分からない。そういった表情だった。
母の顔には疲労が見えた。その疲れ切った顔を見て、環は何も言えなかった。そして母に問うのを諦め、環もまた、荷造りの作業に無言で取り組んだ。

突然の事で、環には何が何だか分からなかったが、荷物を段ボールに詰めるという単純作業をしている間に、少しずつ頭を整理していった。

(どうして、おとうさんがいないの?)

(どうして、私たちは隣町に引っ越すの?)

(どうして、段ボールの名前が葉月になってるの?)

頭の中で「どうして」が駆け巡る。考えても、考えても、その問いが示す答えは、たった一つしかなかった。
環はその二文字を、具体的には理解していなかった。しかし、今、この瞬間に理解した。深すぎるほどに、その意味を知ってしまった。
映画やドラマの世界だけだと思っていた。本当にそんなものがあるのかと、ずっと半信半疑だった。それが今、唐突に、環の目の前で起きている。

何の前触れもなく、当たり前のようにそこにあった家族が、欠けた。

7:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 11:52


「葉月さん!」

自分を呼ぶ声に、環は物思いから覚めた。
教室で机に座っている自分の目の前に、静かに佇む女子生徒。美人ではないが、その小学生にも見えそうな童顔に愛らしさを感じる、柔らかな雰囲気の少女だった。
一見、弱そうな印象を与えるが、腰まである少し癖のある髪をポニーテールししているからか、少々強気な性格が見え隠れしているが、それもまた魅力的だ。
世の中の男は、こういう女に惚れるのではなかろうか。

「おはよう、今日は何を聴いてるの?」

教室内のクラスメイトが一気にざわついた。
まぁ、当然の反応だろう。人目を引く彼女が、校内で浮きまくりの根暗生徒に話しかけたのだから。

(嫌だ。)

やめて、と環は思う。自分は静かに、平穏に、何事もなくこの中学校生活を終えたいのだ。そしてこの学校にはまだ一年半もいなくてはならない。
大事に巻き込まれるのはごめんだった。

「……私なんかと会話したら、周りから距離置かれちゃうけど?」

無視するのもどうかと思い、環は正論で返す。
周りから距離を置かれるのは、誰だっていい思いはしない。一人になりたくなければ、迅速に自分から離れるのが最善なのだ、と。
環は、そんなメッセージも込めて言ったのだが。

「………。」

彼女は、何か考え込むようにじっと環を見つめている。
そしてその様子に見かねた数名の女子生徒は、

「雨宮さん、こっちで話そう?」

「雨宮さん可愛いし、そんなのと釣り合わないし、ね?」

当回しに環を蔑みつつ、その女子生徒に手を差し伸べる。
そう、まだ間に合うのだ。自分の様な人間に構い、中学時代を真っ黒に染めたくないのなら、それにどう対応するかは決まりきっている。

「ふふ、ありがとう。」

そう言って彼女は、その女子生徒数名の手を取った。
クラスに一瞬、安堵の空気が広がった、その刹那。彼女はけたたましい悲鳴を上げた。

8:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 12:43


「な、何!?」

彼女…雨宮という生徒の悲鳴に、クラス中の誰もが振り向いた。
そして雨宮は、こう言った。

「汚い手で触らないで!!」

愛くるしい彼女から出た言葉は、今までの彼女の雰囲気からは考えられないほど、凄まじい言葉だった。

「穢れる!」

その一言で、救いの手を差し伸べた女子生徒は泣きだし、
周りにいた数名の女子生徒は、雨宮に敵意むき出しで睨んでいる。

「雨宮さん、最低。 三咲、泣いちゃったじゃん!」

睨んでいた内の一人が、雨宮に食って掛かった。
それと同時に、クラスにいた生徒が一斉に雨宮を、ごみでも見る様な目で見た。
そしてしばらく女子生徒のすすり泣く声のみが響いていたが、雨宮はこう続けた。

「最低なのはあなた達でしょ。静かに学校生活を送ってる葉月さんと、葉月さんを苛めて蔑んで、言いたい放題やりたい放題なあなた達。」

雨宮は息を深く吸い、こう告げた。

「どっちが汚いかなんて、分かり切ってるよね。」

(……最悪。)

ホント、最悪だ。何なんだこの生徒は。馬鹿なのか。
苦しくて、苦しくて。
自分が見ている景色が、じんわりとぼやけていくのを、環は嗚咽をもらしながら見ているしかなかった。

9:薫+*Mio+* ◆v.:2017/08/24(木) 13:01

読みました!
環さんの境遇、考えがはっきりしていて魅力を感じます。
1つアドバイスですが、語り(地の文)を統一した方が良いと思います。
これは、一人称(環目線)と三人称(神の目線)が混ざっているので、そこを統一するのより読みやすくなるかと思います。
頑張ってください。
では。

10:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 13:24

≫9

なるほど…! 確かに混ざってしまっていますね。
アドバイスありがとうございます!

11:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 14:08


その後。雨宮は環を屋上に連れ出した。

「雨宮さん、いいの? 一時間目始まっちゃうけど。」

環は雨宮に少々の疑いを持っていた為、不愛想に呟いた。
他人の成績や内申点などどうでもよかったが、自分を助けてくれた生徒を気遣わない訳にはいかなかったのだ。

「ん? 別にいいんじゃない?」

驚くほどあっさりと、雨宮は返した。

「というか、『雨宮さん』じゃなくて『真帆』って呼んで! 呼び捨てで!」

「はぁ…じゃあ、真帆で。」

(フレンドリーな子だなぁ。でも、今ならまだ間に合う。)

友人になってしまう前に。親しくなってからでは、もう遅いのだ。それは、身に染みて、環が一番よく知っている事だった。
環は息を深く吸い、ゆっくりと吐いた。そして真帆に向き直り、その疑いを晴らすべく、静かに尋ねた。

「真帆は、何で私を助けてくれたの?」

(私が可哀想だから?)

可哀想という言葉は、その対象となる相手を見下した言い方だ。ただの同情なのだ。自分が哀れに見えているのだ。環には、それは偽善にしか見えない。
親しくなってからそれが発覚するのでは遅すぎる。親しくなってから知れば、そのショックは今よりも、ずっとずっと大きなものになるだろう。

(だから……)

環は下唇を強く噛み、強く、固く、拳を握った。
そして、強く願った。

(私と、『友達』になれますように。)

強く、強く、そう願った。

12:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 14:53


真帆は、目の前で震える一人の女子生徒、葉月 環を見ていた。

(この子は……)

やはり他の子とは違う、と真帆の推測は確信に変わった。
初めて葉月を見たのは、中学一年の頃。丁度、梅雨入りの季節。その日の事は、今も鮮明に思い出す事が出来た。





(やった!)

真帆はレジ袋を片手にスキップをしていた。
中学一年の五月という、中途半端な時期に転校して来た真帆は、中々馴染めず、少しずつ孤立していた。
真帆は、コミュニケーション能力がそれほど高くない。人見知りでアガリ症という、転校生には致命的な欠点を持っていたのだ。

(でもいいんだ、本があれば。)

昔から本が好きだった真帆は、こうして今、そのレジ袋の中にある小説の新刊に、喜びを隠せない。
もちろん友達も欲しかったが、そんな気分ではなかった。
真帆にとって本は、楽しい世界へ連れて行ってくれる幸せな物。しかしその一方で、現実逃避の為、閉じこもる為の物でもあった。

(嫌な事は、さっさと忘れよう。私には本があれば、それでいいんだ!)

そんな事を考えながら、ふと空を見ようと視線を上げた。
そして、その視線の通り道に、ベランダに静かに立つ一人の少女。

一重の目、垂れ気味の眉、薄い唇。
凛とした彼女の立ち姿。その目には涙が光って。その肩より少し伸びた、絹のように柔らかな髪が、風になびいて。

(きれい…)

その瞬間、呼吸を忘れた。

13:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 15:17


決して美人ではない。可愛いという訳でもない。
ただ、何故か、目が離せなかった。何に惹かれたのか、全く分からなかった。
儚く、触れれば壊れてしまいそうな危うさに。その不思議さに、目が離せなかった。

その後、彼女が同じ中学で、同じ学年である事、隣のクラスであった事も分かった。
しかし。

(私とあの子が…同い年?)

そんな印象はなかった。同級生女子は、噂好きで、恋愛脳で、自己中心的な生徒ばかりだった。
しかし時々見かけた彼女は、十三とは思えない静けさを纏っていた。

(この子になら、話してもいいかもしれない。)

自分の過去を。自分の気持ちを。
彼女なら、理解してくれるかもしれない、そう思ったのだった。






そして、今。彼女は目の前にいる。
涙を堪えて震える、葉月 環。

(他の生徒とは違う……。)

真帆は彼女…葉月に向き直り、深く息を吸った。

14:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 15:40


「真帆は、何で私を助けてくれたの?」

(怖い…)

環は下を向いて、ひたすら耐えた。
その数秒の時間は、環にはとても長く感じた。

すぅ…っと、真帆が息を吸う音がやけに大きく聞こえた。
風が吹いているはずなのに、今まで聞こえていた木々が擦れあう音も、何も聞こえなかった。
ただただ、自分の呼吸と、心音、真帆の息遣いが脳内で響く。

「なんで…だろうね。」

「…え?」

想像もしていなかった答えに、環はあっけに取られる。

「葉月さんが、少しだけ、似てた気がしたから?」

「へ!?」

動揺し、困惑し、なんと返せばいいか分からなかった。
真帆はそのまま続ける。

「と…友達になりたいなって思ったから。……葉月さんと。」

その一言で、自分を押さえつけていた何かが、弾け飛んだ様な気がした。
凄まじい解放感。背中に着いていた荷物が、錘が、スッと軽くなる。

(ダメ……こんなの………、でも。)

「私も…真帆と友達になりたい…!」

嬉しい。しかし、喜びとともに小さな不安も生まれた。
友人を作ってしまったな。裏切られても、もう知らぬと、頭上を羽ばたくカラスに言われた様な気がした。

それでも。喜ばずにはいられない。
この日、環は、人は嬉しい時にも涙が出るのだと、生まれて初めて知ったのだ。

15:ミント◆SRE:2017/08/24(木) 16:44


その後は、授業などと堅苦しいものは忘れ、二人は二人の世界に没頭した。
好きな食べ物、好きな映画、嫌いな先生。会話が途切れる事は無かった。

「あ、私の事、好きなように呼んでいいよ、真帆。」

「じゃあ、環!」

『環』。母親以外の人から、下の名で呼ばれるのはいつ以来だろうか。
環は嬉しくて、今にも舞い上がりそうな心境だった。

「ねぇ、真帆。私の苗字、葉月だけど…みんながいない時は、佐藤にしてくれない?」

「いいけど…なんで?」

しまった、と環は思う。
いくら友達と言えども、ここまで家の事情を喋ってしまうのは、どうだろうかと。
環は少し、真帆から視線を逸らした。

(目を見て言うのは…まだ無理…。)

「私の家、離婚しててお父さんいないの。私、葉月になんてなりたくなかったんだ。」

(言った……!)

過去は戻らない。言ってしまったのだ。
環は覚悟を固める。今まで、母子家庭だと周りに言ったことで、いい事など一つもなかった。
緊張しきった環を見て、真帆は声を上げて笑った。太陽の様な、温かい笑顔だった。

「あははっ! ごめんごめん、環があまりにも怖がってたから、なんか…可愛くってつい…えへへ。」

ぽかん…と呆気に取られている環に、

「今時、母子家庭も父子家庭も珍しくないよ! 私の家だって父子家庭だしね。よろしく、佐藤 環!」

真帆は笑ってそう答えた。

16:ミント◆SRE:2017/08/25(金) 17:25


「ただいま。」

環は胸を躍らせて玄関のドアを開けた。
いつも通り、静寂に包まれた部屋だったが、不思議と気にならなかった。

(今日は信じられない事ばかりだな…)

自分をかばってくれる人が現れ、何年ぶりかの友人ができた。
そしてその友人は、環の家が母子家庭であることに、何も嫌悪感を抱いていなかったのだ。
環は、世界は誰も手を差し伸べてはくれないと、何をしても無駄なのだと、本気でそう思っていた。
鞄を置き、窓を開けて外の空気を吸い込む。

学校に真帆がいる。その事実だけで、環は何でもできる気がした。






(女子ってずるい。)

と、部活で校舎のスケッチをしていた小池 正也はふと思う。
正也が所属する美術部には、男子生徒が少ない。正也を含めて二人しかいないのだ。
小学校の時の自己紹介で、特技に「絵を描く事」と書き、何人の女子に馬鹿にされた事か。

(しかもすぐ泣くし。)

正也にとって女子は天敵だった。
合唱祭の指揮で、正也とある女子生徒が立候補し、オーディションで決めようかとクラスで話していた時だ。
その女子生徒は、指揮者になれなきゃ嫌だと駄々をこね、わっと火がついたように泣き出したのだ。
正也はその女子生徒に、何か手を出した訳ではなかったのだが、周りにいた女子生徒数名が騒ぎ立て、正也を加害者に仕立て上げた。

男としては、泣かれると手の付けようがない。泣かれた時点でお手上げなのだ。
しかも、男子が女子を泣かせると、ほぼ百パーセント男側のせいになってしまう。
男尊女卑な世の中は認めざる負えないが、男女平等を盾にしてやりたい放題な女子達に、正也は怒りが隠せなかった。

「あっ!」

(やべぇ…線が曲がった……)

ミスした個所を修正しつつ、女子にはあまり関わりたくないな、と正也は思うのだった。

17:ミント◆5ww:2017/08/26(土) 16:09


(寝たくないな。)

環と友人になった夜、真帆はベッドの上で寝そべっていた。
真帆にとって夜は、朝と同じか、それ以上に嫌いな時間だった。

(だって、気付いたら夜なんだもん。)

実際、寝ている時間は六時間ほどなのだが、寝ている本人は数十分しか経っていないような錯覚に陥る。
寝てしまえば、感覚的には三十分ほどで朝が来てしまうのだ。真帆はそれほどに、朝が大嫌いだった。

(夜は寝たくないし、朝は起きたくない。)

真帆はこれまでの人生を、ふと思い出す。
死にたいと、何度そう願った事だろう。真帆は寝返りを打ち、布団で顔を覆った。





「真帆!」

小学一年の頃、真帆には蒼井 月斗という友人がいた。
猫を想像させる大きな目、真っ黒な髪はクセが強く、少々キツそうな見た目とは裏腹に、とても人懐っこい少年だった。
真帆は人見知りで、友人はクラスに一人もいなかったが、月斗とは不思議と自然に話せていた。当時は自覚していなかったが、真帆は月斗に惹かれていたと言っていいだろう。

その友人が今。凄まじい声で真帆の名を呼んだ。
地面がうねり、地面が泣き叫び、悲鳴を上げている。倒れてくる本棚、児童の悲鳴、鳴り響く警報音。
月斗の声を聞いた真帆は、声がした方向を振り返ると。

本棚の下。真帆は見てしまった。

怖くて。怖くて。怖くて。
立てないほどの地震だったが、這い蹲り、必死に校庭を目指す。

真帆はそうして生き延びたのだ。

18:からあげ食べたい◆xLM:2017/08/28(月) 18:11


落ちていく。深く、深く、落ちていく。
そして、果てしなく黒いその場所から、スッと上がっていく。

そこに、いつもの天井。

環はもう朝なのかと、ゆっくり身を起こす。
部屋の時計は朝の五時。部活も何もない環にとっては、早すぎる朝だった。

(こんなにスッキリ起きれたの、いつぶりだろう。)

あの悪夢も見ず、朝の途方もない憂鬱感もなく、体が軽い。
これも真帆のおかげなのだ、と環は思う。環に友人ができたのは、約五年ぶりの事だった。
常に周りと距離を置いていた。あの能力は、周囲の人間も、環自身も滅ぼしかねない恐ろしい力なのだ。

(真帆に教えるべきかな…)


カーテンの隙間から漏れる朝の日差しを、環はただ見ていた。

19:ミント◆SRE:2017/08/30(水) 11:29


その能力が、いつ頃から使えるようになったのか。それは環自身も覚えていない。
幼い頃から環の中にある、環の願いを叶えるための力だった。
環はその能力を<言霊>と呼んでいる。

本に向けて「浮け」と口に出すとその本は数秒後に宙を舞った。
CMを見て「このオモチャが欲しい」と口にれば、そのオモチャはすぐに環の目の前に現れたのだ。

<言霊>の有効範囲は無限で、その対象は物に限らず、人間や動物をも操る事が出来た。
声に出して願えば、その願いは叶ってしまうのだ。

環が異様な力を持っているという事実は、一瞬にして学校全体に広まった。
その噂には次々と凄まじい尾鰭が付き、誰も環に近づこうとはしなかった。
周りにいた友人も、クラスメイトも徐々に遠のき、環は小学一年生で孤独を知ったのだ。

一人でもいい、そう思えた時期もあったが、環が通るたびにヒソヒソと話す同級生の声には、とても一人では耐えられなかった。
一人では生きていけない時、一人ではとても対応できない事態に陥った時、その時の為に世界は存在しているのだと。
しかしその世界に、環のそばに寄り添ってくれる人は、誰一人いなかった。

かつての友人に蹴られ、罵倒され、クラスメイトはただ見ているだけで助けはしない。
父親も母親も壊れ、家庭崩壊寸前だった。誰にも縋れない、苦しい日々が続いた。
小学二年生の頃、ついに環は堪えきれなくなった。

(もう嫌だ…)

環は部屋で、父親と母親の口喧嘩を扉越しに聞いていた。
扉に背中を預け、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。涙も枯れ果て、泣く事すら出来なかった。

「お願い。誰でもいいの…私に…私の、私だけの…。」

無意識に声に出し、環は強く願った。

「私だけの、友達が欲しい。」

20:からあげ食べたい◆xLM:2017/11/18(土) 15:36


その二か月後、環のクラスに転校生が訪れた。

「奥村千華です!よろしくお願いします!」

透けるような真っ白な肌に、やや茶色い髪。背は二年生の中では低く小柄だったが、幼い印象もか弱い印象も与えない、
真っ直ぐな瞳をした少女は、むしろ大人びているようにも見えた。
しかしその大人びた中に、荒み、疲れ切った子供の心の影を、環は感じ取った。

直観だった。この少女…奥村千華は私と同じで、何か辛い事を経験している。そう環は思った。

しかし、自分から話しかける勇気もなく、一週間。その一週間の間、奥村千華の不思議な言動が目立った。
ランドセルを誰にも絶対に触らせない。前の学校の名札を決して手放さない。「海」という単語に過剰に敏感で、その場に蹲る。
授業中に突然泣き出し、訳を絶対に話さない。
そんな少女を教師は必死にフォローしていたが、クラスメイトからはだんだん見放され、孤立していった。

そんな孤立した二人は、自然と話す機会が増えていった。
体育の授業や総合の時間、二人一組で組まなければならなくなった時、弾かれた環と相手にされないその少女が必然的に組む事になっていったからだ。
次第に二人は仲良くなっていき、互いに下の名前で呼び合う仲になった。

家が近かく、親同士も意気投合した事もあり、家族ぐるみの付き合いに発展していった。
仲が良いといっても、お互いに友達の線を越えようとはしなかった。互いに、親友になる事を望まなかった。
心のどこかではそれを望んでいたのかもしれないが、今の楽しい関係を崩したくないという思いがそれを阻んでいた。

クラスで一人にならない事が、こんなにも安心感があり、こんなにも充実し、日々を楽しく過ごせるという事を環は忘れていた。
全てが上手くいっていた。しかし、そんな日々は永遠ではない。
今の状況がどんなに良く幸せであろうと、どんなに不幸であろうと、その状況が永遠である事は無い。永遠など存在しないのだ。

友人関係である以上、避けては通れないかもしれない試練が、二人を待ち構えていた。

21:ミント◆SRE:2017/11/18(土) 15:37

≫20

【名前が違いますが私です。ごめんなさい!】

22:ミント◆SRE:2017/11/19(日) 09:22


事の発端は、千華が環から借りたボールペンをなくしてしまった事だった。
環が珍しく母親にねだり、その結果奇跡的に買わせてもらえたお気に入りのボールペンは、環にとっては宝物だった。

「何でどっかいっちゃったの私のボールペン!借りたものくらいちゃんと返してよ、千華ちゃんの馬鹿!」

「本当にごめん。お母さんに頼んで同じの買ってもらうから、ね、ごめん。」

環の怒りは治まらなかった。弁償してもらったとしても嬉しくなど全くないのだ。
「母親が買ってくれたボールペン」。環にとってはそこが重要であり、この世にたった一つしかない特別な物。
他の人から買ってもらったボールペンは、柄やメーカーが同じであろうと、代わりでしかない。しかし当時の環は、その思いを言葉に表せるほどの知識を持ち合わせていなかった。

「あれじゃなきゃ嫌なの!」

これが小学二年生の環の限界だった。複雑な感情を処理しきれていないままこの時を迎えてしまうのだから、運命というのは何て残酷なものだろう。
人間関係を持ったほぼ全ての人間は、人生の中で必ずと言っていいほど誰かと言い争いをする事があるはずだ。特別な物でも何でもなく、誰にでも起こりうる自然な事だ。
しかし、そのごく一般的な事が環にとっては足枷となってしまう。

「何で? 同じの買えばそれでいいじゃん。ボールペンなんか。何でそんなに怒るの!」

千華には訳が分からなかった。もちろん、申し訳ないとも思っていたし、弁償しなければとも思っていた。
探しても出て来ないのだから仕方がないじゃないか。そんなに高くもない普通のボールペンなのだから、謝罪して、弁償して、仲直りして。それでいいじゃないか、と。
たかがボールペンにムキになる環の気持ちが、千華には理解できなかった。

「ボールペンなんか」。環は生まれて初めて、声も出ないほどの怒りを覚えた。
自分にとって唯一無二のボールペンを「なんか」という千華が信じられなかった。何故人が大切にしていた物に対してそんな事が言えるのか。
自分を全否定されたそうな絶望感と、熾烈で激しい怒りの感情が、環の中をうねり、駆け巡った。
環は歯を食いしばり、涙を必死に堪えた。

(千華ちゃんなんて大っ嫌い。千華ちゃんなんて…)

「千華ちゃんなんか、消えて無くなっちゃえばいいのに!」

泣きじゃくりながら前を見るとそこには誰も居らず、その数秒、永遠にも等しく感じる数秒、静寂に包まれた。


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