先生、私は貴方を潰します

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1:さくら:2017/12/10(日) 17:03

思い付きのヘンテコ小説を書いていきます。


設定:中学校の生徒、教師との見えない闘い

登場人物(現時点において、随時追加)

香山怜菜……ある教師が苦手な女子生徒。
渡井政人……体育教師。怜菜が苦手とする教師でもある。怜菜のクラスの担任の先生。
前嶋結衣……音楽教師。温厚な性格だが、怒るとギャップが激しく、怖い。
怜菜はこの教師のことを信頼している。

登場人物が増えすぎてよくわからなくなったら、そのうちまとめます。

68:さくら◆aI:2018/03/22(木) 17:56

>>67
ありがとうございます。<m(__)m>

69:さくら◆aI:2018/03/22(木) 18:04

いつもより早く家を出たからだろう。通学路を歩いている人が少ない。
私が家を早く出た理由は一つ。
昨日、結衣先生に言われたことを思い出したから。

結衣先生のことは、妹によく話す。
妹は
「お姉ちゃん、その結衣先生って人、本当に大好きで信頼してるんだね」
とニコニコしながら言う。


昨日のことを思い出してしまう。気が重い。
下駄箱で靴を履き替えていると、
「おはよう、香山さん!」
奈月先生が元気いっぱいにあいさつしてきた。
「おはようございます。あの」
「結衣先生なら職員室にいるよ」
エスパーか、奈月先生はと思いながら、職員室に向かう。

「失礼します」
職員室には、朝早くから大勢の先生がいる。
だから、今日出張に行く渡井の姿もそこにあった。
「……」
昨日のことが鮮やかに思い出される。

と思ったら
「怜ちゃんおはよう! 今日は早いね」
と渡井を一度睨むように見てから微笑んだ。
「昨日、朝職員室に来てと言われたので……」
そう言うと
「怜ちゃんにお話があるの。あ、大丈夫だよ変な話じゃないから!」

70:さくら◆:2018/03/23(金) 22:03

渡井への皮肉か、それとも怒りからかはわからないけど、結衣先生は大声でそう言った。

結衣先生は、昨日と同じように職員室の自分の机まで私を誘導した。
運が悪い。
結衣先生の机の隣は、渡井の机だから。

「それで、話って何ですか?」
少し間を開けて、
「今日のこと。昨日教えたから覚えてると思うけど、渡井先生は出張。だから何も起こらないと思うけど……。万が一のことを予測するべきだと考えたの」
万が一? 渡井が私に差別的な行動を取ったこと?
「今日は、先生が一日中怜ちゃんのクラスにいるから大丈夫」
ラッキー!
結衣先生が一日中クラスにいるなんて!

71:さくら◆aI:2018/03/24(土) 19:07

私が喜んでいると、後ろから冷たい視線を感じた。
「……」
無言でじっと睨みつけてくるこの視線。渡井だ。
それに気が付いたのか、
「あれ、渡井先生どうしたんですか?」
と、いつから後ろにいたのかわからない奈月先生が顔を出す。
「いや、小さなことですがね。どうも香山さんが私のことを意味もなく避けてい」
「それは嘘ですから。話をねつ造しないでくださいね、渡井先生?」

渡井が被害者であり、自分可哀想アピールをしている最中に、結衣先生はあっさり割って入る。
ニコニコしながら、強い圧力をかけているのが分かる。
「だから、私はそんなこと」
「そんなことしていない? ならどこにその証拠があるんですか。すぐにバレる嘘をついて同情してもらって嬉しいんですか。
愛衣ちゃんや裕斗君にも差別をしているように見えること、それも私の勘違いだと言いたいんですか?」
さらに詰め寄る結衣先生。
私が驚いて、渡井と結衣先生、訳が分からず立ちすくむ奈月先生を見ていた。

すると、
「失礼します、三年三組の佐山杏奈です……。ん?」
杏奈が職員室に入ってきた。
私を一瞥すると、すぐに杏奈は走ってきて、
「怜菜、どうしてこうなった?」
と鋭い声で質問してきた。

この状態を見るだけだと、私が強制的に連行された悪ガキのように見える。
つまり、渡井への復習計画がバレたと思ったのだろう。

私は昨日のことを、一から丁寧に話した。
杏奈はため息をつき、
「怜菜が悪ガキなわけないもんね」
と言いながら、
「で、どうして結衣先生は怜菜を背中に庇って渡井と対峙してるの?
渡井は何で結衣先生と怜菜を睨み付けながら黙ってるの?
少し離れたところに立って、茫然と渡井と結衣先生を見てる奈月先生はなんか関係あるの?」
ストレートに疑問をぶちまける杏奈。
いやでも、これ私答えられないんだけど……。

72:さくら◆aI:2018/03/24(土) 19:15

私がどう答えたらいいものか、と考えていると
「それなら、とりあえず私が説明するよ。怜ちゃんは補足してくれればいいから」
杏奈の方を向いて、細かく説明した。

話を聞き終えた後で
「つまり、怜菜は悪くない。で、偶然見かけた結衣先生が怜菜をかばった。渡井は意味不明だけど。
奈月先生は偶然そこにいただけ。そういうことかな、怜菜」
私は頷く。
杏奈は冷たい怒りを目に浮かべながら
「渡井先生、怜菜にまた何かしたら許しませんから。生徒だからって舐めないでください!」
そしてその後に
「本当はそんな教師なんかに敬意を表したくない。人間として問題あると思う。警察呼ぶけど、それでいい?」

幼なじみって訳では無いけど、それに近いくらいの関係であることは間違いない。
だから、敬語を外した杏奈が今、相当イライラしているのが分かった。

73:さくら◆aI:2018/03/25(日) 18:49

始めはそんな杏奈に怯えていたようだが、敬語を外したのをいい機会と思ってか
「いくら嫌いだからって、そんな態度取るもんじゃねえだろ!」
と大声で反論した。

鼓膜が破れるかと思うほどの大声。
耳が、キーンって鳴っている気がする。

しかし杏奈は怒り心頭に達したのか
「だから!? 教師なら何してもいいのかよ!」
と大きな声ではないが、低くしっかり聞き取れる声で強く言う。

「あ、あのちょっといいかな」
と怯えながら割り込んでくるのは、唐沢先生と金森先生。
「何か、全然ついていけないんだけど、何が起きてる?」
そう言うと、私たちを見つめる。
結衣先生がはっきりと言う。
「渡井先生が香山さんを差別するような態度をとっていた。それについて昨日追及したら逃げられた。
でも、いくら私がそう主張したところで、唐沢先生たちは渡井先生の味方だから信じませんよね」

シーン、と職員室が静まり返るのが分かった。
だから、長い沈黙が続く中、一人の小さな女の子が職員室に入ってくるのもわかった。
「すみません、そこにいるの、香山怜菜さんですよね」
見知らぬ小さな女の子は、私の方をしっかりを見ていた。

私が困惑していると、今度は渡井を見て
「――ッ」
何かをつぶやいたらしい。しかし、あまりにも声が小さすぎて聞こえなかった。

74:さくら◆aI:2018/03/26(月) 19:31

「な、何?」
ただ、何をしているのか聞こうとしただけで声が震える。
「あれ、怜ちゃんの知り合いじゃないの?」
「いいえ、知らない人です」そう言って私は首を横に振る。

小さな女の子は、
「そう。わたしは香山さんの知り合いって訳じゃないの。でもね、香山さん」
一息入れて、先を言う。
「わたしは、貴方に会ったことがある。あ、夢じゃなくて、現実で。まあ、とりあえず香山さんは、わたしのことを覚えていてくれればいいよ」
一方的にそう言うと、女の子は立ち去ろうとした。
「待って!」

気が付いたら、私はその女の子を引き止めていた。
そして気が付いた。
引き止める理由なんてないのに。相手が私のことを知っているなんて、普通なら怖いし、多分突き放している。
だけど、自然と引き止めてしまった。

女の子は一度だけ、こちらを振り向いた。
「香山さん、そこのやたらでかくて黒い、熊そっくりさんに気を付けて。後、クラスメイトのお調子者も」
「え、ちょっとどういうこと?」
今度は、声をかけても振り返らなかった。

「怜菜」
素っ気ない声。杏奈だ。
「さっさと教室、行こう? 怜菜、さっきから顔色悪い。離れるか、休む」
そして、一度渡井を強く睨むように見つめると、
「私がどんな態度取ろうと、怜菜には一切関係ない。何なら三日間くらいの記録があるボイスレコーダー、聞けばいい」
それでも怜菜とか疑うなら超アホだ、と冷たく突き放すように言うと、職員室を出ていく杏奈。


渡井は悔しそうに私をにらみ、
「お前……覚えてろよ」
と言ったのを、しっかり私は持っていたボイスレコーダーに録音した。

渡井は出張に出かけていった。

75:さくら◆aI:2018/03/27(火) 18:31

杏奈に腕を引っ張られ、教室に私たちは行った。
教室の目の前まで来ても、しばらく杏奈は無言だった。
「あの」
「何も言わないで」
声をかけようとしたら、すぐに遮られた。何かを考えていたらしい。
「さっきの」
……?

「近いうち、多分渡井と私たちは対峙する」
「え?」
何かを決めたのだろうか?
キリっとした目には固い意志が見える。
「だけど、まだその時じゃない。今、私たちが動いたところで、何になる?」
その問いに答えようとして、口を開いたけれど、何も言えなかった。
あまりにも、杏奈の顔が歪んでいた。ショックだった。


用事がある、とだけ言うと、杏奈はどこかへ行ってしまった。
私は一人で教室に入る。
「あ、怜菜」
「おはよう、香山さん」
みんな、私を見てる。何があったのか、とは一言も言わない。
ただ、温かい目をして、受け入れてくれる。
「おはよう、みんな」

秋山君が来て
「怜菜、昨日大丈夫だったか?」
とだけ言う。
「うん。って、昨日、私はどういう理由でどうなったことになってるの?」
愛衣が来て
「怜菜が体調不良を訴えて、熱があったから早退したって聞いたよ」

なるほど、これは結衣先生の指示だ。

76:さくら◆aI:2018/03/27(火) 20:37

愛衣と秋山君には、昨日のことを全て話しておくことにした。
結衣先生の指示、ということを離すと
「余程結衣先生、怜菜のこと気にしてたんだな」
「ふうん。でも、それ結衣先生がちゃんと怜菜のことを考えてくれてるってことだね」

二人とも、うんうんと頷きながら聞いてくれた。
「まあこれで、渡井がクズってことはわかったな」
「クズって……」
私も愛衣も笑いをこらえながら言う。
クズとは思わなかったけれど、それでも人間としておかしいとは思う。

杏奈は、一日中帰ってこなかった。
どこに行ったのだろう。学校に荷物を置いたまま。

帰り際、唐沢先生に呼び止められた。
「ああ、ごめんね香山さん。ちょっと話があるの」
愛衣は怯えた。秋山君は強気に出た。
「あのね、香山さんたち、渡井先生に歯向かってたでしょ?」
・・・・・
歯向かった?
「で、何でそんなことがあったのかって」
私は心底呆れた顔をした。


intermission

彼女は安心してる。
今は、わたしが何かをすることはない。
    ・・・・・・・・・・
わたしが何かをする必要はない。

まぁ、わたしが行動するときは。
――彼女を脅かす相手を、破滅させるとき。


intermission out

77:さくら◆aI:2018/03/27(火) 20:51

唐沢先生に向き合うと
「昨日、佐山杏奈さんのことについて聞かれました」
「それで?」
「わからなかったので『わからない』と答えたんです。そしたら……」

あのことを思い出したくはない。
それでも、怒りの方が強く、ハッキリと言ってやる。
「渡井先生に腕をつかまれ、引きずられました。でも、結衣先生が現れた瞬間に態度を急変させました」

沈黙が痛い。
唐沢先生は、意表を突かれた顔で
「……その証拠、はある、の?」
声が震えている。
そうだ。一生騙されていればいい。

だって。
完璧ではないのに完璧に見せかけている渡井の演技。
継ぎ接ぎで不完全なもの。それでも真実に気が付かない。

だから、どれだけ訴えても虚言で終わらせようとする渡井と同類なんて。
……絶対、許せない。

「これですか?」
ボイスレコーダーをポケットから取り出し、その場で再生する。
「……え。………………嘘、だよね?」
「嘘ならこんな手の込んだことはしません」
冷たく突き放すように言う。

しばらく現実を受け止められなかったのか、動かずにただ一点だけを見つめて黙る唐沢先生。
ああそう。ショックなの。
私は冷めた目をして見つめていた。
愛衣と秋山君は、唐沢先生を責めるように見つめ続ける。

78:さくら◆aI:2018/03/28(水) 18:49

私は唐沢先生を一瞥し
「まあ、証拠を出したところで、唐沢先生は渡井先生の味方をしますよね」
と嫌味っぽく言うと、無言で歩き出した。

そんな私の肩に、弱々しい手で唐沢先生は触れた。
「……何ですか」
もう用はない、と明確に言おうとした。
「……ッ」
小さな声でぼそりと、何かをつぶやく唐沢先生。
愛衣が
「怜菜、唐沢先生が、このことを広めないでって言ってる」

はぁ? 何を言ってるんだ、この人は。
「だって……わたし、もう…………」
「何都合のいいこと言ってるんですか? いい加減にしてください!」
怒りのメーターが吹っ切れた私は、これまでにない大声で怒鳴りつけた。
「おい」
素っ気ない声で、秋山君が言う。
「唐沢先生泣いてるぞ」

確かに、その言葉通りだった。
唐沢先生は、静かに泣いていた。
「そんなの卑怯だ。女だからって言う理由なんかいらねぇし、言い訳にすぎない。自分が何をすべきか、ちゃんと考えて行動に移せよ。一応大人だろ」
私は怒りを抑えて、ただ冷たい目を向け続けた。


intermission

あーあ、あの大人泣いちゃったよ。
弱いね、というよりあれは上に訴えてるね。
彼女が怒るのもよくわかるよ。

わたしが誰なのか、そんなのはどうでもいい。
彼女が、幸せに毎日暮らせるならばそれでいい。
だからわたしは、彼女を助けない大人に制裁を下す。

intermission out

79:さくら◆aI:2018/03/29(木) 17:39

その日は家に帰った。

家に着くと、杏奈から電話があった。
「あれ、杏奈?」
「怜菜。唐沢から連絡があった。明日呼び出し」
淡々と無表情に言う杏奈。
「え、呼び出し?」
「渡井の野郎のおせっかいだよ」

杏奈によると、私たちが帰ってすぐ、何故かそこにいた渡井が唐沢先生のところに行き、原因を聞いた。
原因が私たちにあるとわかった瞬間、何故か明日呼び出す、という方向に行ったらしい。

「私以外の三人。つまり、怜菜、愛衣、裕斗君は呼び出し」
適当な受け答えすればいいっしょ、と気楽に言うと、杏奈は電話を切った。
な、何だか一方的……。

80:さくら◆aI:2018/03/29(木) 20:06

明日のことは気になるけれど、とりあえず提出物は終わらせないといけない。
書き取りが一番苦手。
別に国語そのものが嫌いって訳じゃないけれど。
漢字を書くのに時間がかかるし、手は痛くなる。

妹が前に、私の書き取り長を覗いていたことがあった。
「そう言えば、お姉ちゃんって字上手いよね」
「いや、下手だよ」
「って、字の大きさ小さくない!?」
小学生の妹からすれば、確かに小さいだろう。


どうやら、ご飯を食べ、早めにお風呂に入ったことが影響して、書き取りをやりながら寝てしまったみたいだ。
時計を見ると、午前五時。
「えっ、ヤバ!」
慌てて書き取りを終わらせた。良かった、残りあと半ページで。

ジリリリリリッ
朝からうるさく鳴る目覚まし時計を止め、私は身支度を整える。
今日は、朝から職員室に行かなければ。

通学路で、愛衣と秋山君に会った。
「あ、おはよう」
「おはよう。今日最悪だな」
朝から機嫌が悪そうな理由はそれか。
「ま、うじうじしていてもどうしようもないけどな」
でもー、と文句を言いたげな顔をする愛衣。

嫌だけど、いつも通りを心掛けなければ。
「おはようございます」
すれ違う先生たちにあいさつをする。後輩にも、いつも通り接する。
「あ、怜菜先輩!」
「おはよう、亜衣ちゃん」
後輩の亜依と部活の話をしていたら、後ろから
「ちょっと職員室に来て」
聞きたくない嫌な声――渡井の声がする。

私は愛衣と秋山君と目を合わせて頷き合い、歩き出した。

81:さくら◆aI:2018/03/30(金) 16:45

愛衣は職員室に、呼ばれてきたことが無いという。
私も、渡井が担任になるまではなかった。しかも、呼ばれた理由は雑用を押し付けるため。
秋山君は
「オレは何度か呼ばれてるよ」
と、何でもないことのようにあっさりと言う。
「え、そうなの?」
説明しようと、秋山君が口を開いたその時
「お前ら名に駄弁ってんだ。早く来いって言っただろ」
私たちを睨み付けるようにして、渡井は後ろに立っていた。

すみません、と言おうとして私は考える。
       ・・・・・・・・・・・
さっき、渡井は早く来いって言っただろと言った。
でも、私たちが下駄箱にいた時には、ちょっと職員室に来てって言った。
私は聞き間違いではないと確信して
「先生、さっき、ちょっと職員室に来てっていっただけです。『早く来い』とは一言も言っていないはずです」
渡井は
「だからちょっと職員室に来てって言ったよ」
とあっさり返す。

筋が通っていないことに気が付いていないのだろうか?
呆れた顔で秋山君が
「ふーん。じゃあ、『早く来い』っていつ言ったんです?」
その問いに、渡井は口をパクパクさせただけで黙る。

少しの間、沈黙が私たちの間を流れた。
「ちょっと、いいかな?」
後ろから唐沢先生が歩いてきた。
この押し問答を聞いていたのだろう。その目は鋭く、昨日の弱々しさを感じさせない。
「渡井先生、やっぱり、昨日のことは、私も悪いです。それに、結衣先生、嘘を言っていないじゃないですか」
と責めるように矢継ぎ早に質問する。

82:さくら◆aI:2018/03/30(金) 17:00

結衣先生、嘘を言っていない。
その言葉に違和感を感じた私と愛衣は、唐沢先生の方を向き、
「あの、さっきの言葉、どういう意味ですか?」
「さっきの……? ああ、結衣先生のこと?」
私たちは頷く。

唐沢先生は、
「あなた達を、裏切るようなことをしてしまってごめんね。やっぱり、信じられなかったの」
丁寧に謝ってくる。それに驚いたのか、秋山君は目を見開いた。……すぐに戻っちゃったけど。
「私は」
「朝から相談会でも開いているのかしら」
唐沢先生が口を開きかけたその時、結衣先生が後ろから現れた。

渡井を無視して正面に立つと、
「昨日のことはね、渡井先生が、怜ちゃんたちが悪いってことにしようとしてたの」
とバッサリ言う。

ちょっと待ってよ。
「それじゃあ、私たちが意味もなく唐沢先生を責めたってことに?」
愛衣が、信じられないという顔で渡井を見てから、結衣先生に先を促す。
「そう言う事ね。でもね、私が持っているボイスレコーダー、唐沢先生に聞かせたの」

いつの間に、結衣先生もボイスレコーダーを持ってたんだ。
「あれには、怜ちゃんが渡井先生に引きずられたときの音声が一から録音されてる」
それを聞いた時の、渡井の顔。
「それは、盗聴なんじゃ」
「じゃあ他にどうしろと? ほかの先生が見えないところで生徒を嬲って、目上の先生たちに媚びを売る。そんなサイクルを断ち切るなんて、並大抵のことをしても出来るわけないのに」

何も言えない渡井には目をくれず、
「怜ちゃんたちは、教室に行ってて大丈夫だからね」
と、いつか私が見た、あの優しい笑顔を浮かべて結衣先生は職員室に入っていく。
唐沢先生は、結衣先生の後をすぐに追わずに振り返ると、
「昨日のこと、許してもらえなくてもいい。本当にごめんなさいね」
と言うと、渡井を置き去りにして、資料室に向かった。
確か、あそこは普段、テスト個票が置いてある。
「あ……」
私は小さな声をあげた。
「何、怜菜」
愛衣が首をひねる。
「今日、テスト個票返ってくる日!」
「うわ、ヤバい!」
それを忘れようとして、私たちは教室に走って向かった。

83:さくら◆aI:2018/03/30(金) 20:16

教室に入ると、朝日が眩しく感じる。
「なあ、香山」
振り返ると、秋山君は複雑そうな顔をしている。
「さっきの話だけど、唐沢先生どう思う?」

私たちは、教室に行く途中、先生たちをどう思うか話した。
ちなみに三人とも、結衣先生は好き、渡井はもはや黙るしかないレベル、という意見だった。

「あの時は時間が無くて、途中で切れちゃったけど、唐沢先生についてはどう考えてるか気になって」
私は一呼吸おいて
「あくまで私の意見だからね」と念を押すように言ってから
「正直、微妙なところだけど。でも、結衣先生が説得したみたいだし……」
「怜菜は、唐沢先生のことは大丈夫だって思うんだ」
後ろから杏奈がひょっこり顔を出す。

愛衣は、杏奈の後ろにいた。
「あのね、正直唐沢先生は微妙だと思う」
実は私もそう思っているのだが、それは言わないで置いた。
「どうするかは怜菜の自由だけど、後後困らないように」

あの素っ気ない態度はまだ続けるらしい。
私は何とも思わない――と言うと嘘になるけれど、杏奈が考えていることはわかっている。
だから考えないようにしている。

けれど、秋山君はそうではない。
「何だかさあ、杏奈に避けられている気がする」
「避けてるわけじゃないの」
諭すように愛衣が言う。
「多分、杏奈は私たちを巻き込まないようにしようとしてるんだと思う」
「巻き込まれてばっかだぞ」
「だから、最小限の被害で済むように、だと思う」
秋山君が納得したかどうかはわからないけれど、議論してもわからない。

84:さくら◆aI:2018/03/31(土) 20:10

まあ、ここで俺たちが議論しても意味無いからな、と言い秋山君は席に戻った。


朝のホームルームの時間になっても、渡井は現れない。
「怜菜」
周りに聞こえないように、愛衣が耳打ちしてくる。
「熊、来ないね。結衣先生に狩られたのかな」
「狩るって……」
吹き出しそうになりながら、私の隣の席にいた大毅君が言う。「結衣先生を狩人にするなよ」
「じゃあ猛獣使いとか?」

何だそれ、と大毅君と私が愛衣にツッコミを入れようとしたら、前の方にある教室の扉がガラリ、と音を立てて開いた。
入ってきたのは、唐沢先生だ。
「おはようございます。今ね、ちょっと渡井先生は用事があって来れないから代わりに来ました」
あれ、ひょっとして、本当に渡井、結衣先生に狩られたんじゃ?
と思っていたら、
「それじゃあ、テスト個票返しますね。出席番号一番の人から順番に来てください」

返って来なくていいのに……なんて本音は置いておこう。
正直、テストはあまりいい順位とは言えない気がする。
まあ、平均よりは上だけど、前より下がったしなあ。
去年は結衣先生のクラスだった事もあってか、結構順調だったんだよね、いろいろと。
何故か、渡井のクラスになってからの初テスト、部活の大会は不調。

よっぽど渋い顔をしていたのだろう、心配そうに愛衣が近づいてきた。
「怜菜ー、何かヤバそうじゃん。大丈夫?」
私は慌てて口角を上げて、
「大丈夫」
と答えたけれど、愛衣に顔色が悪いよ、と言われてしまう。

隣にいた大毅君まで、
「あれ、怜菜なんか不調? アーユーオーライ?」
ふざけた口調だけど、一応大毅君なりに心配はしてる……と思う。
「死ぬほどオッケー」
と言いながら私は笑う。

85:さくら◆aI:2018/04/01(日) 18:53

「ま、死ぬほどオッケーなら大丈夫……なのか?」
誰に向かってはいた言葉でもない。きっと、自問自答している。
愛衣がそんな大毅君に、
「もう、そんなんじゃやっていけないでしょ!」
と言いながら背中を軽く叩いている。

愛衣って、そんなことするっけ?
何だか、最近どうも、みんな調子がおかしい。
自分の感覚を、見失っている。別の人間になっている。そんな風に思えてくる。
「何言ってんの、怜菜」
素っ気ないこの声。杏奈だ。
「それは怜菜の錯覚。多分愛衣はちょっと疲れてる」
「そう?」
杏奈はため息をついた。

「いい? よく考えてみて。今まで真面目な人がいました。その人が突然羽目を外しました。そしたらどう思う?」
唐突に投げかけられた質問に、私はすぐに返事をできなかった。
必死で考えて、
「何か、変だなあって思う」
「それだけ?」
うん、と私は返事をする。情けない声だ。
「まあ、とにかく気をつけなよ。あの能無し熊センコー、何を仕掛けてくるかわからないから」

前よりも、渡井に対する当たりが強くなっていると思うのは、多分気のせいじゃない。

86:さくら◆aI:2018/04/01(日) 19:47

intermission

彼女はどうするつもりなんだろうね。
あの女の子は気が強いし、彼女にとっては刺激になると思うけど。
わたしがこっそり見守っていること、彼女が知ったら嫌がると思うんだよ。
だけどわたしは、彼女のことを守るって決めたんだよね。

昔の話になるんだけど。
彼女、小さい子どもの相手が上手でさ、わたしも当然、彼女と一緒に遊んだんだ。

彼女は、ボランティアでよく保育園に来てくれたんだ。
でもわたしは、彼女は普通に保育園で働いているものだと思い込んでいた。
だってほとんど毎日いたんだよ。それなら、そう思うよね。

ほかの保育士さんたちも、彼女のこと大好きで。
わたしたちも彼女のことが大好きで。
彼女は、わたしたちと保育士さんたちが大好き。
毎日、わたしたちは幸せだった。

でも、避けられない事もあるんだろうね。
ある日、彼女とわたしたちが、外に散歩に出かけたんだ。
あれは悪夢だと信じたい。
突然、一緒にいた子たちの方に向かって、車が突進してきた。
彼女は、わたしたちを庇ったんだ。

わたしのことを庇って、彼女は車に轢かれた。
逃げろ、と言われて、わたしたちは保育園に戻ったんだ。
それ以来、彼女がどうなったかの課は何も知らなかった。

でも、ある日街で彼女とすれ違った。
多分彼女の友達といたんだと思うんだけど、彼女の名前を知ってた。
怜菜。
だから、彼女のそっくりさんが『怜菜』と呼ばれていたのを聞いて、わたしは嬉しかった。
彼女は、あの時のわたしの命の恩人だとわかったから。

彼女の中学校とかは、名前を聞いて調べた。
彼女が今、大人に対して敵意を抱いているのを知った。
また、彼女がその大人に、生活の安全を脅かされているのを知った。
どうしても許せなかったんだよ。

どうなるかはわからないが、彼女の動きに合わせてわたしは動くつもりだ。
あの時の恩を返さないわけにはいかないのだ。


inteemission out

87:さくら◆aI:2018/04/02(月) 20:20

唐沢先生が出ていったのを確認してから、私達は集まった。
「しかし、なーんか俺は嫌だな、唐沢」
秋山君は本音をズバズバと言う性格らしい。
だけど、本人に面と向かって言う事はない。
「また泣きだされて、熊に呼び出されたくないから」

それを聞いた愛衣は、
「そうだよね。でもさ、私はとりあえずは普通に接したいと思う」
「ホントかよ!?」
クラスの皆が聞いて驚くほどの大きさではないけれど、驚いたのはわかる声。
いや、驚いたというよりも、想像していなかった答えってことかな?


「唐沢先生のことか……」
考える時の癖で、ついつい声に出してしまう。
苦手って訳では無い。だけど、何となくそれっぽいことを言ってのらりくらりとして逃げようとしている気がする。
そう考えてしまうのは、私の性格がひねくれてるからだと思う。

怜菜達を見た。
秋山君は割とバッサリと言うんだなあ。愛衣はオブラートに包んでる。
怜菜はその時による。何してるのって言いたいときもある。

私が何をどう考えているのか。
他人に話したことはないし、これから話すつもりもない。
私の性格はかなりひねくれてるらしい。だから何って思う。
唐沢とか、一番そんな感じ。
表ではまあ普通な人を演じていて、裏は悪魔の化身のような性格。
そんな風に見えているってこと自体、クラスメイトからすればかなりズレてるんじゃないかと思うらしい。

怜菜が何をどう見ているかはわからないけど、危ない。
見ていてよくわからない時もあるけど、あの能無し熊センコーに感づかれてるはず。
ま、結衣先生がいるし、相当アホなことはやらかさないと思うけどさ。

どうなってもいいなんて訳じゃない。
能無し熊センコーのことなんか正直目の前を鬱陶しく飛んでいるハエ。
あ、ハエが可哀想だ。
だって、前の学校では保護者ともめて、熊が悪いってことになって捨て台詞吐いて、厄介払いされたんだもの。
その前には、生徒のことを馬鹿にして、信頼を裏切ってどん底に叩き落したんだもん。

――いい加減にしろよ。
その生徒、私の幼なじみだったんだ。

なのにあいつのせいで、あの子は追い詰められた。
何してくれたんだよ、あの子の保護者も、熊、お前が完全に嘘を信じ込ませたせいで、話を聞いてもらえず、何も対処されない。
そんな風に生徒をボロボロにする教師なんて教師じゃない。
いや、むしろ同じ人間とも思いたくない。

返してくれよ。
あの時の、いつも楽しく笑っていたあの子を、優しかったあの子の両親を返してくれよっ!

88:さくら◆aI:2018/04/03(火) 20:11

私は愛衣の方を向いて、
「私も、今は普通に接するべきだと思う」
はっきりと言う。秋山君はちょっと考え込んだのか、
「…………怜菜、はそれでいいのか?」

かなり間を開けて聞いてくることに違和感を感じた私は
「何で?」
何でもない、という感じで聞く。

秋山君は声のトーンを落として、
「唐沢はどうなのか知らないけど、どうも杏奈の様子がさっきから変だ」
と、杏奈の方をちらりと見て言う。
「変?」
言われて私も杏奈を見る。

確かに、いつもは感じない強い怒りのオーラが杏奈を取り巻いている気がする。
そう見えるからなのか、いつもよりも目つきが鋭く見える。
「何だか近寄りにくい雰囲気だね」
愛衣が心配そうに言う。
別に私は、杏奈のことをどうでもいいと思ってはいない。
むしろ、何が原因で杏奈は怒っているのか気になるし、何か手助けができるならと思う。

でも、もしそれは杏奈にとって言いたくないことだったら?
言いにくいことで、杏奈にとっては辛いことだったら?
気になるけれど、下手につついて余計に杏奈がいらいらする、ストレスが溜まるようにはしたくない。

「今は見守る」
私たちの意見は一致した。
もっとも、秋山君は始めから関わる気はなかったらしいけれど。
愛衣は、優しい性格の持ち主なだけあって、
「でも、杏奈はそれで本当にいいのかな……」
ずっと、というわけではないけれど気にしていた。

私は、気にならないわけじゃないけど、杏奈は関わってほしくないときは距離を置く。
そういう時に干渉しすぎると、怒りの炎が飛んでくる。
だから今は、心配でも見守っているだけにしようと思うんだ。



まあ、怒っても仕方ないけどさ。
それでも振り切れないことだってあるよ。
だってもう、あの子は……。
うん、ダメだ。考えていたって変わらない。

怜菜たちと一緒に行動(今は距離を置いているけど)するようになって、前よりは楽しいって思う。
でも、やっぱりあの子を奪った能無し熊センコーは許せない。
謝れば許される?
そんな簡単な問題なの?

本当に一瞬で。
散って。
バラバラになって。
建物の取り壊しと同じ。
壊れるのに時間はかからない。
そのまま朽ちて。
色彩を失う。

私は間違っているかもしれない。
個人の復讐なんか、全体で見たらちっぽけなものだ。
分かっている。だからこそ……。

89:さくら◆aI:2018/04/04(水) 19:29

割り切れ、後ろを向くな。
そんな言葉は、多分今の杏奈には届かないんだろうな。

「あ、怜ちゃん」
廊下に出ると、結衣先生が近寄ってきた。
「大丈夫? やっぱり、あんな事が急にあって……」
「大丈夫です」

そう答えたものの、確証はない。
だって、またいつ、渡井が私たちに攻撃してくるかわからないから。
でも私は、すぐに渡井が行動に移す確率は低いと思っていた。
……実際、そんな甘い考えなんて通用しないのだけど。
「気を付けて、先生が見れないときを狙ってくると思うから」
どうしてかはわからないけれど、そう言われるとそんな気がする。


昼休み。
外に出ると、曇天の空が私を包み込む。
今の杏奈の心も、天気で表すならこんな天気なのかな。
根っからの、というわけではないけれど性格は割と明るい方。
今のこんな天気でさえ、私はポジティブに捉えている。

90:さくら◆aI:2018/04/05(木) 20:44

曇り空だって、いつかは晴れる。
今すぐにどうにか出来なくたって、いつかは良い方向に向く。
……正直、綺麗事って言われることもある。

でも、そう言う風に割り切って、前を向いたもん勝ちじゃん?
別に能天気って訳じゃないよ。でも、そうしないと渡井と戦えない。

だってあれだよ!?
表では善人ぶって、裏では気に入らない生徒を徹底的に嬲ってくるあの渡井。
あんな奴と、正当な戦い方で勝てるわけなんてない。
だからと言って、陰湿なことをしようとは思わない。
同等レベルに成り下がるなんて、こっちから願い下げ。

でもな……。
私一人じゃ絶対に負ける。何て言うか、正直に言いすぎて不利にしてしまう。
あ、これただの自業自得だ。アホだな私。
「何やってんの、怜菜」
「秋山君!」
一人でブツブツとつぶやきながら考えている私のもとに、秋山君は歩いてきた。


「って言うかさ、何でずっと『秋山君』て呼ぶの?」
「えっ?」
唐突に言われて、意味が分からないとも思ってしまう。
ああ、名字で君付けで呼ぶ理由か。
「えっと、なんか呼びやすいから、かな」
「じゃあ俺の名前、下の名前で呼んでくれる?」
「別にいいけど……」

秋山君って、結構大人しいタイプだと思ってた。
実際大人しいけれど、正義感が強いなあ、我が道を貫くドライなタイプだな、なんて考えていた。
「何か珍しいよな、怜菜が一人で考え事してるの」
「そう?」
実際、私は誰かと一緒にいて、大抵は笑顔を振りまく……というレベルではないけれど、ニコニコしている。
考え事するのは、多分家に帰って宿題をしている時かな。
「あれだろ、熊のせいだろ?」

まさか一発言い当てられるとは。
そんなに、私はわかりやすい思考回路をしているのか? ミドリムシか?
「顔に出てるし、ミドリムシが何で出てくるんだよ」
秋山君は笑ってる。
「口に出してるんだもんなあ」
「えっ!?」
恥ずかしいというレベルを通り越して恥ずかしいの二乗のレベル。
あー何を考えてるんだ私は。

91:さくら◆aI:2018/04/06(金) 19:44

クスクス笑いながら、
「そんなんだと、あの熊に笑われるぞ」
う、それは絶対に嫌だ。
「変な勘違いされたくねえし、俺もう行くわ。怜菜も何となく元気でたっぽいし」
じゃあな、と言ってから反対側に早歩きで秋山君は行った。
何だろう、特に何もしていないけど、気にかけてくれていたんだ……。

それなら私は、くよくよしている暇なんてない。
自分らしいかどうかはわからないけれど、とりあえずいつも通りでいよう。


帰りになると、愛衣と秋山君が来る。
二人と帰る方向が一緒という事もあって、最近はよく一緒。
「帰ろうぜ、熊に捕まる前に」
「捕まる要素あるの?」
いや普通にあるだろ、と秋山君がツッコミを入れる。
「だってあれだぞ、何してきてもおかしくないし」
確かに、そうかもしれない。

「しかし、今日はアイツいなくて良かったわ」
「へぇ、秋山君は結構バッサリ型なんだね」
愛衣が笑う。
愛衣は、たとえ苦手なことがあってもオブラートに包んで喋る。
だから、苦手な人に懐かれてしまう事もよくあると言う。
「いやダメだろ」
「ダメだけど!」
「まぁ、それも魅力でしょ」

私たちが一緒に帰ることは、これまでほとんどなかった。
けれど、いつの間にか一緒にいるようになった。
というよりも、熊が現れたせいと言うか、熊が来たからかな。

「何にせよ、熊に対して、俺たちは何もしない方がいいよな」
「ホントは何かしら、個人制裁を加えたいんだけどね」
私が二人に向かってそう言うと、
「怖いこと言うなよ」
「怜菜を敵に回したら大変」
なんて言われた。

でも、一番怖いのは杏奈だと思うんだけどなあ。

92:さくら◆aI:2018/04/07(土) 20:51

楽しい時間が過ぎるのは速く感じる。
「おっと、もう俺の家のすぐそばだ。それじゃあな」
玄関に走っていく秋山君を、私達は見送った。

「ねぇ、怜菜」
突然、愛衣が周囲の目を気にしながら切り出す。
「今日、怜菜の家に行っていい?」
「え?」
驚いて聞き返す。
愛衣は
「今日……帰れないの」
理由はあえて聞かないでおいた。話したくなさそうだったからだ。
いつもは大人しいけれど、芯が強い愛衣。
でも今日は、そんなイメージが全くなく、頼りなさげだ。
泣きそうな顔をしているのを見て、私は帰った方がいい、と言えなくなってしまった。

お母さんに何と説明したらよいものか、と必死に考える。
考え事が苦手なので、いい考えが浮かばない。
「ごめんね、無理を言って」
さっきから愛衣は謝り続けている。
「そんなこと気にしなくていいから」
実際、お母さんは割と器が大きいというか、深入りしてこない。
困ることもしょっちゅうあるけれど、こういう時は多分、深く理由を聞いてこないはずだ。

「ただいま」
「あら、今日は遅かったじゃない……?」
お母さんは私と愛衣の顔を交互に見た。
「怜菜、その子は?」
私は愛衣をちらっと見てから、
「友達なんだけど、今日親が出張で帰ってこないのに、家に鍵を忘れちゃったんだってさ」
実際、出張に行くことが多いから、何となく適当に考えた言い訳だ。
「あらそうなの。じゃ、お布団出さなきゃね」
自分でも驚くほどすんなりと納得したお母さん。

私は、すぐに夕ご飯を愛衣と食べてから、部屋に案内した。
「何だか、信じらんない。怜菜のお母さん、優しい」
愛衣の両親は、愛衣にあまり構うことが無い為、家に帰ると必然的に一人になると愛衣は言った。
「なんかさ、今日宿題を学校で出来たし、暇だね。何かゲームでもやる?」
「やりたいけど、ちょっと話もしたいな」
「ん、ひょっとして熊の話とか?」
「うん、気になるからね」

熊が何を企んでいようと、私たちに何か危害を加える気ならば迎え撃つ。
……いや、ボコボコにはしない。私にそんな力はないから。
でもまあ、ちょっと私たちが怖いなって思うくらいのことをしたいなあ。
じゃあやり返す?
ここで秋山君がいたら、すぐに復讐してたね。
杏奈はボロクソに罵倒してるよ。
とにかく、愛衣と私は話した。一気に話しすぎて疲れるなんて何時ぶりだろう。
「今日は寝ようか」
「そうだね、明日も一応学校だし」

別にいかなくてもいいんだけれど、成績が心配ならば出られる授業がある。
私の成績は平凡。今は結構危ないと思うから、この授業には頻繁に出ている。
愛衣は、私も危ないから出てるよ、なんて言ってる。
杏奈は成績いいし、多分来ないだろうな、と思いながら眠りについた。

93:さくら◆aI:2018/04/08(日) 20:37

眠い。土曜日の朝なのに早起きするなんて。
だるい体を引きずる。
「あれ、怜菜起きたの?」
同じく眠そうに目をこすりながら、愛衣が私の部屋に入ってくる。
「愛衣、トイレ?」
「うん。でもさっきは怜菜、ぐっすり寝てた」

確かに、まだ頭がボーっとしている。
「寝息が可愛かったよ」
「何言ってんのさ」
寝息が可愛いなら、愛衣の寝顔も可愛かった。
いや、寝顔にとどまらず、愛衣は可愛い。

「怜菜ー、起きてるー?」
お母さんだ。朝は私の目覚めが悪いから、すぐに起きてこないと心配して見に来る。
「うん、起きてるよ。何?」
「何、じゃないよ。今日は特別授業行くの?」
「行くつもり。あ、愛衣も一緒に行くから」
じゃ、弁当作っておいたからね、と言うとお母さんは仕事に出かけていった。


お弁当を持って、通学路を歩く。
「まさか弁当作ってくれるなんて」
「まあ、それがうちのお母さんだから」
いつでも忙しいことを何故か好むお母さん。だから、頼まれなくても作る。
愛衣が少し、寂しそうな顔をして
「うちの親も、怜菜のとこのお母さんみたいな人だったらいいのに」
「へぇ、佐野んとこの親はそんなに無関心なのか?」
「うわっ!」
情けない声を出して、私は飛び跳ねる。
後ろからひょっこり顔を出していたのは、秋山君だった。

94:さくら◆aI:2018/04/08(日) 20:44

「ま、でもそんな酷いって訳じゃないから……」
愛衣は人に対して、気遣わせるようなことをしないタイプ。
秋山君はそれに気づいてか、
「わかってるよ」
と言って笑う。「俺は子どもとして見られてないもん」
本当に何でもないことのように言う秋山君。
でも私と愛衣は、
「どういうこと?」
聞いてはいけないと思った。だけど聞かずにはいられなかった。

秋山君は、
「俺が生まれてから、両親は俺にあまり構ってくれない」
「家事を一任され、間違えると怒鳴られたし、家から追い出された」
少し間を開けて、無表情に淡々と言う。
でもそれ、愛衣の家よりマズいと思う。

愛衣の家は、両親の仕事が忙しい。
でも秋山君は、無関心なんだ、親が。
「ま、慣れたらそんなもん気にしないよ」
なんて秋山君は笑ってる。
だけど、普通の人なら慣れても気にならないことはないと思う。


教室に入ると、
「おはよう。怜菜」
杏奈が一人でメモ帳とボールペンを持って、窓際に座ってた。
「杏奈、来ないかと思った」
別に来る気はない、と杏奈は言う。
「ただ、渡井の行動監視のため」
誰かが聞いていることを気にしてか、声のトーンを低くして杏奈は言った。

95:さくら◆aI:2018/04/09(月) 20:20

「ま、そんだけだから」
それじゃ、と杏奈は笑ってた。
小さく手をあげて――誰かに合図をしたのかもしれないけれど――いつの間にか、いなくなってた。

「杏奈は別に、特別授業を受けには来ないんだよ」
「だからって、監視のために来るか?」
「……来ない、よね」

私たちは、お互いの顔を見てため息をつく。
私たちが渡井のことが苦手という事実は変わらない。
でも、別にわかる範囲で差別しているとわかる情報を集めようと思うだけ。
杏奈は、違う。
多分本気で苦手というか、ひょっとしたら憎んでいる。
そこで、休みの日にも登校したんだ。


今日は運がよく、特別授業をやってくれるのは結衣先生。
「あれ、怜ちゃんなんか苦手な教科あるの?」
不思議そうな顔をしている結衣先生。
正直、私は数学が苦手だ。
いつからかはわからないけれど、テストで思うように点数が取れなくなった。
「あー、でもそんな感じだなあとは思ってた」
流石結衣先生。
「愛衣ちゃんは英語?」
愛衣は驚いた顔で
「はい、長文問題が苦手です」
「じゃ、悠太は理科と社会?」
「……エスパーですか先生。確かに俺は理科と社会苦手ですけど」

それじゃあ、と結衣先生は
「主要五教科の要点を絞って、受験に向けた授業をやっていこうかな」

今更感があるけれど、結衣先生の受け持ち授業は音楽。
だけど、何故か国語を教えることもあるし、数学の問題を教えることもある。
「じゃあまずは英語から行くよ」
英語は同じような単語を見つけて……、と説明していく結衣先生の言葉を、ノートに書き写していく愛衣。
きれいな字だなあ。

96:さくら◆aI:2018/04/10(火) 20:29

intermission


あの子は、かなりの切れ者みたいだね。
まさか、わたしの存在に気が付くなんて。

わたしを助けてくれた彼女。
でも、多分彼女はわたしのことを覚えてないんだろうな。
だって、大勢子どもたちはいたんだもん。
たまたま引かれかけたのがわたしだった。
彼女からしたら、その程度の問題だと思うんだ。

ストーカーって訳じゃないよ。
盗撮してるわけじゃないし、たまに目で追いかける程度。
近くにいるけれど、偶然を装っている。
……やっぱり、ストーカーと言われてもおかしくないね。

わたしは学校に通っている。
当たり前だけど、いつでも彼女を見守ってるわけじゃない。
だから何が起きてるのかわからない、空白の時間がある。
彼女がおびえている相手の情報が足りない。

でも、彼女と割と親しい人がわたしの存在に気が付いた。
それが、さっき手をあげて合図してきたあの子。

意外なことに、あの子は熊そっくりさんに深い恨みを抱いているらしい。
さっぱりした性格だから、そこまで恨む対象がいることにも驚き。
大抵はいいんだけど、これは許せないって言ってたなあ。

彼女のことを、けなす奴は許さない。
彼女の明日を汚させない。わたしが守るんだ。


intermission out

97:さくら◆aI:2018/04/13(金) 20:51

特別授業を怜菜たちが受けに来た。
違和感はない。
むしろ、今まで行きたがらなかったのは何で? と思うくらい。
まあ余計なお世話だね。

あの能無し熊センコー、今私が突撃したらどんな顔するのかしら。
嗤う?
無理だね、あれは。笑うのなら頭逝かれてる。
とにかく、私はアイツ嫌い。
嫌いってレベルじゃない。
許されるなら、地獄に叩き落してやりたい。
この手で復讐してやる。

怜菜たちを傷つけた。
私の親友を奪った。
私の心も、親友の家族も傷つけた。
それなのに、渡井は笑っていられる?

そんなの許さないから。
見てなさい、私の復讐劇を。
泣いて誤ったって許さないわ。
追い込んで、生き地獄に叩き落して、ボロボロにしてやる。

98:さくら◆aI:2018/04/15(日) 20:09

特別授業を終え、少し理解できた。
テストの点数を気にするこの時期、授業はありがたい。

特に、結衣先生に会えるし。
「このくらいでどうかな?」
「ありがとうございます、これでどうにかできそうです!」
私に、笑顔で答える結衣先生。
「別にいいよ」
愛衣は、幸せそうな顔をしている。
「もう、今日の担当が結衣先生で本当に良かった」
「お前ずっと言ってたもんな」
秋山君に言われ、
「何で言っちゃうのー!」
顔を真っ赤にしながら、慌てる愛衣。

99:アレン:2018/04/21(土) 19:09

この小説好きです!
更新、がんばってください!!

100:さくら◆aI:2018/04/22(日) 20:12

>>99
アレンさん、ありがとうございます<m(__)m>

101:さくら◆aI:2018/04/22(日) 20:23

「そう言ってもらえると、先生は嬉しいな」
結衣先生が笑う。
その言葉を聞いて、愛衣も表情を和らげる。

私も笑って、
「先生のこと、私たち大好きですから」
「あんな熊なんか絶対信用できないからな」
秋山君もそう言って笑う。

結衣先生は心配そうに、
「うーん、やっぱり渡井先生何するかわかんないもんね。
怜ちゃんは暴力振るわれてるし、愛衣ちゃんと悠太君は屁理屈を押し付ける、差別されてるし。
それでも信用しろ、自分は正しいなんて言うのはあり得ないもんね」
「別に、それは」
「できる限り、先生も協力するから」
力強くそう言って、結衣先生はにっこりとほほ笑む。


私たちが教室を出で、しばらく歩いていると
「何かいるぞ」
突然秋山君が言う。
秋山君が指さす方を見てみるが、何も見えない。
ちょっと、と言おうとしたら秋山君は走り出した。
「おい、何してくれてんだよ!」
大声で怒鳴る秋山君。
「結衣先生に、何してんだよ!?」
「……!」
結衣先生は、渡井に腕をねじ上げられ、床に倒されていた。


「結衣先生っ!」
「愛衣! ダメ!」
愛衣が駆け寄ろうとするのを、私は必死で止めた。
無言で持っていたカメラを取り出し、写真を撮る。
それからすぐに、結衣先生のもとに駆け寄る。
「怜菜!」
「怜ちゃん!」
「香山!?」

私は迷わず、渡井にタックルした。
「子どもの分際で舐めてんのか!」
よろけて、体勢を崩した渡井に私は
「証拠はあります。ちゃんと写真を撮ってあるので、訴えますよ」
渡井は慌てて「今のは違う、間違いだ!」
「へぇ、あんたサイテーだね」
「……奈月、先生」
冷たい目で、渡井を見下ろす奈月先生が、後ろにいた。

102:さくら◆aI:2018/04/25(水) 21:14

「怜菜、ちょっとどいて」
奈月先生は冷たい視線を渡井に向けながら、私に言う。
普段は怒らず、諭すように言うだけの普段の姿とはあまりにもかけ離れていて、怖い。
恐怖を感じるのは、ギャップもあるんだろう。

私の脇を通り、渡井の目の前に立つと、
「あたしは無駄な時間は省く主義なんだ。さっさとそこをどきな」
そう言って、渡井を睨みつける奈月先生。
「……」
何かを口の中でボソボソと言いながら、結衣先生から離れる渡井。
結衣先生は、渡井に押さえつけられていたにもかかわらず、そこから離れない。

「結衣先生?」
愛衣がいぶかしげに言う。
「……ねぇ」
小さい、けれどその場にいるみんなが息をのむ迫力を込めて結衣先生が言う。
「生徒を差別して、気に入らない人がいれば力ずくで追い落とそうとする。それが、本当に正しいとでも思ってんの?」
「だって、あれは香山が」
「人のせいにするなよ!」
我慢の限界だといわんばかりに、秋山君が突っかかる。

「生徒の分際で、とかそんなもん関係ねえよ。
陰で校長に媚び売ってみたり、俺たちの悪口とか散々垂れ流して。
証拠がないとでも思ってんのか、この間抜け!」
そういいながら、ボイスレコーダーとカメラを取り出す。
「俺は戦うからな。あんたの名誉とかそんなもん爪の垢以上に興味ねえよ」
まあ、と一呼吸おいてから
「どのみち恥を晒すことにはなるんだから」
ニヤリと笑って言った。


奈月先生は、秋山君を遠くで見ていたが
「ああ、その辺にしときな。あいつ、あんたの家に行くつもりだろう。今すぐ帰んな」
秋山君は無言でうなずき、走っていく。
愛衣は、さっきから結衣先生を気にしていたが、泣きそうな顔をしている。
「愛衣、休んだら?」
「……そうする。ごめんね、怜菜」
愛衣も、家に帰っていった。

残った私は、まず奈月先生にお礼を言った。
奈月先生は笑って、
「どうってことない。それより、怜菜は大丈夫?」
「はい」
そっか、と言ってから
「あたしはこれで失礼するよ」
職員室に奈月先生は歩いて行った。


私は結衣先生を見た。
落ち着いて気が抜けたのか、廊下に座り込んでいる。
「結衣先生」
私が呼びかけると、
「……怜ちゃん」
普段通り、というわけがなく、弱々しい声で
「ごめんね」
と言ってきた。
「さっき、渡井先生に捕まれてさ。後ろから抑え込まれて……。抵抗できなくて」
泣きそうな顔で続ける。
「それで、襟を閉められた。ほとんど首を絞めてるようなもの。怖かったよ……怜ちゃんがタックルをしてくれたから助かった」
ありがとうね、と目に涙をためながら笑う結衣先生。

103:さくら◆aI:2018/04/28(土) 20:14

私は結衣先生の真正面に座り、
「いつも、私は先生に助けられていますから」
かっこよく決めたいと思ったから出てきた言葉だけど……。

実際は、何だか自然にタックルしてたんだよね。

104:さくら◆aI:2018/04/29(日) 17:43

正直、怖かった。
いくら何でも、力ずくでどうにかしよう、と渡井が考えるわけがない。
そんな風に思い込んではいけなかった。

思い込みって、怖い。


「結衣先生!」
愛衣と秋山君が走ってくる。
私はブイサインを見せて、大丈夫だと示した。
「よかった、怪我無くて……」
秋山君は
「いつかぶっ飛ばしてやる!」
なんて息巻いてる。
「ぶっ飛ばさなくてもいいよ……大丈夫、だから」

涙は止まっているけれど、恐怖心はまだ消えていないだろう。
私はすぐに感じ取った。
結衣先生のそばに、寄り添うように座る。
「渡井、あれでも自分は正しいって思いこんでるのかな」
愛衣がぼそりとつぶやく。

ああ、そうだった。
渡井は自分大好き熊だった。
「だろうな、一度脳病院に連れていくべきだと思うぜ」
いや、無理でしょと私はツッコミを入れる。
「だって、他の人から見たら正常だもん。どうにもなんない」


みんな、そうは思いたくなかった。
でも、それは現実だ。受け入れるしかない。
「とにかく、結衣先生のことは守って見せる」
私は力強くつぶやく。

105:さくら◆aI:2018/04/29(日) 20:18

「そんな、先生は大丈夫だから」
気にしないで、とでも言おうとしたのだろうか。
先生の言葉が出てくる前に、
「そんなことないです。それに、何かあってから、じゃもう遅いですし」
私は結衣先生のことだけを、先生の中では信頼してる。
だから、絶対に傷つけたくない。



それがたとえ、私のエゴだったとしても。
私は、絶対に守り抜く。




異性であろうと、同性であろうと。
大切な人の笑顔だけを見ていたい。

106:さくら◆aI:2018/04/30(月) 20:22

くすくすと笑う声が聞こえてきて、隣を見ると
「怜ちゃんは、いつも気丈に振舞うよね」
結衣先生が笑っていた。

渡井と違う。
バカにして、蔑んで嗤う渡井。その笑顔の卑しいこと!

でも、結衣先生はクスクスと笑っていても、それが厭味ったらしいものではないってわかる。
むしろ、誰かを気遣う優しさが滲み出ている。
だから、私は結衣先生が好き。一緒にいて、安心するし、人間として尊敬する。
「気丈っていうか……思い付きで行動しているんですよね」
「衝動的ってこと?」
一瞬、キョトンとしてから
「でも、とっさの判断で、その時に必要なことをどうにかできるってすごいよ」
「すごいですか?」

何だか恥ずかしい。
というより、アホか私は。

「たまに、怜ちゃん、表情に出てるからね」
何を考えているのかわかるよ、と結衣先生は言う。
ええ、顔に出てたのか……。
なんかショックだなあ。
「ううん、ちゃんと理解できるから、私はその方がいいな」
笑う。無垢な笑顔、と言える。


そのあと、しばらく結衣先生と一緒にいた。
でも、変える時間になったので、帰ることにした。

廊下を曲がった時、何かが視界をかすめた。
……何かいるの? この先に。

107:さくら◆aI:2018/04/30(月) 20:25

intermission


わたしの姿、彼女は見ちゃったのかな?
まあいいや。
どうせいつかはバレる。ばれないようにするってこと自体が違うかもしれないし。

わたしのことをどう思うのかは知らない。
悪いことって思うかもね。

だから何?
だって、彼女に何ができた?
この現状を打開するには、非現実的なことをしないと無理。
そんなこと、きっと考えなくてもわかる。

所詮はきれいごと。
自分の目的の達成のためだもの。


intermission out

108:さくら◆aI:2018/05/02(水) 20:16

私はそのあと、一人で帰った。
もともと、杏奈と一緒に帰ることはなかったから、愛衣、秋山君と一緒に帰るようになるまでは
必然的に一人だった。

歩きながら、私はずっと考えていた。
さっきの影は、何なんだろう。
多分、知らない人だ。だって、ちらっと見ただけとはいえ、着ている服くらいはわかった。
その服を持っている知り合いはいない。その影の背格好の人物で。

まさかストーカー……。
なわけがない。
私の顔は、どう考えても平凡並だし、女子らしい体つきでもない。
ショートヘアだから女子だとみられるけれど、もっと短いと男子と間違われる。

全く知らない人、とも考えにくい。
私は割と、顔が広い方だ。
小さい子とはよく遊ぶから、自分より小さい子どもの知り合いも多い。

でも、私の知っている子にあんな子はいなかった気がする。
流石に顔までは見えないし、背格好が似ている子なら何人もいる。
何だかモヤモヤする。とりあえず、似ている子に学校に来たのか聞いてみようかな。
そうしよう。さすがに中学校の人ではなく、知り合いでもないと思うと怖い。
とりあえず、今はもう考えないようにしよう。


家に帰ってからも、さっきのことを思い出してしまい、落ち着かなかった。
妹には笑われてしまう。
自分の部屋にずっといる。
何故かそのことが夢に出てきて、うなされて起きた。
思わず、笑いが込み上げてきた。
私の神経って、こんなに弱かったっけ、と考えると自然と笑えて来て仕方がなかった。

109:さくら◆aI:2018/05/03(木) 19:43

目を覚ました。
頬に水分を感じて、触ってみるとかなりべたべたした。
どうやら、眠りながら泣いていたらしい。
「……ははっ、情けないなあ」
自嘲気味につぶやいて、布団を剥いだ。

学校に行ってまで、昨日のことを引きずるのも格好が悪い。
せめて、クラスメイトの前では笑っていないと。

だって、昨日のことを説明できないから。
そんな些細な事を気にする性格じゃないし。


「おはよう!」
元気に声をかけてきたのは、愛衣だ。
「おはよう、愛衣。今日は早いね」
まあね、と愛衣は言う。
「朝早ければ、多分他のクラスメイトがいないし、話しやすいと思って」
「ん、誰と?」
「杏奈」

愛衣が答えた瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
「あれ、怜菜もいたの」
杏奈はゆっくりと歩いてきて
「ま、その方が都合がいいか。とりあえず、ちょっと来て」
指さす方向を見ると、資料室があった。


「怜菜には悪いけど、ここは誰も来ないから」
杏奈はそう言いながら、内側から鍵をかけた。
「ああ、渡井に引きずられた時のことは気にしないで。それより、話って?」
促すと、杏奈は一度深呼吸して
「昨日、秋山君の家に渡井が現れた。それで、秋山君はケガ。今日は休み」
端的に言う杏奈。

「ちょっと待って、どういうこと?」
「どういうもクソもない。秋山君は、急に家に来た渡井を追い返そうとして、逆に渡井から襲撃された」
ええ、と私たちは驚きと呆れが混じった声をあげる。
「怪我の様子は?」
「腕から出血、顔に痣。それと、渡井からの襲撃をよけようとして転んで、足を怪我したらしい。症状は知らない」
何だか、思ったよりも派手……。
「大丈夫。それより、これからの作戦を伝える」

私と愛衣はうなずき合い、視線を杏奈に戻した。
「これからすぐに、私と一緒に動いて」
どうしたらいいのか、何も言わせない迫力で言う杏奈に、私たちは頷くしかない。

110:さくら◆aI:2018/05/05(土) 19:48

杏奈についていくと、職員室の目の前に着いた。
それまでは早歩きで進んでいた杏奈が、急停止して私たちを振り返る。
「これから、渡井に突撃するよ」
ひそひそと杏奈は言う。
「は、今から!?」
驚いたけれど、声を大きくしすぎないように気を付けながら私と愛衣は言う。

杏奈は頷く。
「ま、賭けだから」
賭けって言われても……。
それ、ハイリスクハイリターンでしょ。

と言おうとしたその瞬間、
「失礼しますっ」
杏奈は大きな声で言い、職員室の扉を勢い良く開けた。
唐沢先生は驚き、奈月先生は見て、結衣先生は小さくうなずいた。
金森先生は青筋を顔に浮かべている。
それを見て、渡井はニヤリと笑った。
私は隠し持っていたカメラで録画をしている。

渡井は杏奈を見て
「今は職員会議中ってことは、馬鹿でもわかるだろ」
と嘲笑う。

それを聞いて、杏奈は怒りを爆発させたのだろうか。
「フン、所詮一人じゃ何もできない粋がりクソ教師の癖に、生徒を馬鹿にするとか頭逝っちゃってるんですか?」
売り言葉に買い言葉、これじゃ何もできない。
「大人に向かってそんな口の利き方はないんじゃない?」
「あ? 誰が熊に敬語なんか使うんだよ?」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「それはこっちのセリフだ、このクズ!」

杏奈はさらに一歩歩み出た。
愛衣が、杏奈の後ろから顔を出す。
「先生……最低です。私と秋山君を差別しているくせに」
「どこに証拠がある?」
「お前ら、話はあとで聞く。教室にすぐに戻れ」
「それが先生のすることなんですか?」
「いいから戻れって言ってんだろ!」

私は廊下で頭を抱えた。
こんなんで、本当に何か効果があるのだろうか?

111:さくら◆aI:2018/05/06(日) 20:00

廊下に出るなり、杏奈は大声で
「あんたらには失望したよ、能無し熊野郎の仲間はやっぱり能無しだな! この間抜け!」
「ちょっと杏奈!」
私たちは慌てて杏奈を制する。

愛衣は、杏奈の指示であの時に口を出したらしい。
でも、今の怒り狂ったようにしか見えない杏奈を見て、慌てるというレベルではないほど慌てている。
私はとにかく、杏奈を引きはがそうとした。

この場に私と愛衣がいるという事は、後で勘違いされる可能性が高い。
まあそれはまだいいけど、杏奈がボロクソに罵倒しているから、親を呼ばれる。
後から土下座させられるとか一番勘弁してほしい。
まあ、実際一度火が付いた杏奈をどうにかするのは難しい。
一緒にいることが多い人間ですらそう思う。


「お、怜菜おはよ」
階段を上ると、秋山君がいた。
「あ、おはよー……」
何だ、元気ないなという秋山君に、私は後ろでイラついている杏奈を手で示した。
「ああ、何かやらかしたんだろ?」
合ってるだろ、と言いたげな顔で私を見つめる秋山君。
「うん、何で分かったの?」
「顔がやばいぞ、朝から疲れ切ってるし、教師どもが来るの遅いし」
ああ、なるほど。

まあさっきのあの騒ぎがあったのに、すぐに上がってくるわけないよ。
生徒が反抗的な態度をとる、罵倒するなんて数十年前じゃあるまいし。
校内暴力のあらしが吹き荒れた時代でもない限り、大体は適当に意見を押し付けて
ゲームで生かされているような向上心のない生徒をつくる。

「ま、所詮は自分の利益しか考えないししょうがない」
「しょうがない、か……」
諦めたくないけど、あきらめようかな。

秋山君はそんな私を見て、ニヤッとした。
「革命でも起こそうぜ」

112:さくら◆aI:2018/05/12(土) 19:08

革命?
意味が変わらず、ポカンとした私を見て
「決まってんだろ、あいつをぶっ飛ばすんだよ」
「渡井を?」
「他に誰がいるんだよ」

秋山君は真顔で
「はっきり言やあ、これは正当防衛だろ」
そうかなあ……。
「また渡井に引きずられて、殴られてもいいのか?」
「それを、どうして」
「俺が知らないと思うか? ちゃんと知ってるし、その辺は本気で考えろ」

いつもの飄々とした雰囲気はどこにもなく、肉食獣のような眼をしていた。
私はそれに気が付き、おびえた顔をしたのだろう。
すぐに目を戻し、ふっと笑う。
「俺は本気であいつをぶっ飛ばす。もう、怜菜も杏奈も俺も愛衣も、誰も傷つかないようにするんだ」
「……」

私は何かを言おうとした。
しかし、言葉にならなかった。
それは緊張からか、それとも本気の目を見てかはわからない。
「革命、つまりこのことだ」
私が何かを言おうとした瞬間、
「何やってんの、怜菜?」

杏奈が歩いてきた。
「ああ、秋山君と革命の話をしてて」
ふうん、と杏奈。
「まだその話、途中だったんだけどね」
「途中?」

首をかしげる、私と愛衣に杏奈は
「うん、途中。どうしようか、計画途中だったけど……」
私たちの顔を一度見まわしてから
「いっちょやって見るか」
とひとり呟く。

113:さくら◆aI:2018/05/13(日) 18:34

「は? 何を?」
私は間抜けな声を出す。
杏奈はニヤリと笑って
「決まってるじゃん。渡井をぶっ潰すんだよ」

怖いよ、杏奈……。


杏奈が秋山君と一緒に行ったのを確認して、
「何考えてるのかな、杏奈」
と愛衣が言う。
そんなの、私だって知りたい。
一方で、怖くて聞けない。

愛衣も同じなのだろう。
少し、怯えた顔をして
「私は、怖い。杏奈がどこか遠くに行っちゃったみたいで……」

悲しそうな声が響く。
私は何も言えずに、ただ黙っていた。

愛衣の悲しげな視線が、杏奈と秋山君をとらえていた。

114:さくら◆aI:2018/05/27(日) 20:35

休み時間、秋山君は私のもとに来た。
「ちょっといい?」
「いいよ、何?」
席を立つと、廊下の隅に行く秋山君。

そして、制服をまくって見せた。
「――!」
私は声にならない声で叫んだ。


制服の下の足は痛々しいほどの痣があり、腕には包帯が巻かれている。
顔も、よく見ると青あざができている。
「これ、聞いたか?」
「あの、渡井にやられたっていう……?」

115:さくら◆aI:2018/06/02(土) 20:23

「ああ、そうだよ」
あっけらかんという秋山君。

何でもないよって顔をしてるけど、そんなことないでしょう?
「おい、そんな大ごとじゃねえんだから気にすんな」
「で、でも……」

私は思わず、声を大きくしていた。
「だって、こんな酷い……! 自分の思い通りにいかないからって、生徒を徹底的に差別して、それを指摘した秋山君が怪我しなきゃいけないなんて……っ」
「落ち着け」
冷静な声。私を見て、静かにはっきりと断言した。
「俺は自分が変だとは、今回のことでは思わない。怜菜もそう、それが普通だ。
だけど認めてもらえず、いっぱいいっぱいになっちゃってるんだ」
私はハッとして、秋山君を見上げた。
そうなんだろ? と言いたげな顔をして秋山君はじっと見ている。




intermission


流石。
あの男の子は、彼女にとっていい意味で刺激になるね。
わたし?
わたしは何にもならないよ。
しいて言えば、護衛。
そうそう、わたしはこっそり、賭けに出てみたんだ。
さて、どうなるかなあ?


intermission out

116:さくら◆aI:2018/06/06(水) 20:46

――認めてもらえないから、いっぱいいっぱいになってる。

秋山君……。
「だけど、大丈夫だ」
本当に、大丈夫かな?
なんて、信じたいのに疑ってしまう。
「……トモダチ、だろ?」

そうだ。
私は一人で、あんな悪魔と戦ってるわけじゃない。
杏奈、愛衣、秋山君がいる。
「だから大丈夫だ。俺は絶対、あいつからお前を守る」
「ちょ、自分の心配はしなくてもいいの?」
「俺がやられるわけないだろ」

真っ白な歯を見せて、ニッと笑う。
でも、昨日熊にやられた人がそんなに自信満々だなんて。
「あれは不意打ちだ、汚ねぇ手使いやがってあの野郎!」
「怒らないで」

ここで怒っても、あいつの思うつぼだ。
「こちらのペースに巻き込んでやろうよ」
「そうだな。……じゃ、怜菜やって見るか?」
「は?」


どうして私なのか、何度も聞いてみたけれど、何となくだって。
意味わかんない!
何で私がおとりなの?

「じゃあ、廊下で熊の悪口言いまくって」
「ええ、何でよ?」
「あとは俺と愛衣がどうにかするから」
強引に決められた。

「ねぇみんな、聞いて聞いて!」
何々?とみんな不思議そうに集まってくる。
「何、どうしたの怜菜?」
私はここぞとばかりに大声で叫ぶ。
「渡井先生ってねぇ、生徒を差別するんだよお!」

は、何言ってんのこいつ、気が狂ったのか……?
戸惑うみんなを、私は真顔で見つめ返す。
「何、怜菜大丈夫頭?」
「何なのマジで!?」

私はみんなを見てた。
無表情に、何も言わずに。
「何やってるんですか!?」
渡井が血相を変えて走ってくる。
「おい怜菜、こっちだ!」
同時に、秋山君が私を呼んでいる。

秋山君の指さす方向に向かって走った。
「杏奈!」
「怜菜?」
杏奈がそこに立っていた。「よくやったじゃない、ほら見て」
杏奈は、さっきまで私がいた場所を指さしている。
「私は差別などしていません! 香山怜菜、いい加減にしなさい!」
「みんな落ち着けー! 俺たちの経験談とボイスレコーダーが何よりの証拠だ!」
「そうよ、あなた散々差別して、たまに私にド変態発言しておいて、許されると思わないでよ、この幼女好き変態!」

少し聞いているだけで、お互いに罵倒し合っているのがわかる。
「うわぁ……すごい」
「まあ、そんくらいされて当たり前ね。やられたらやり返す。……私の親友を傷つけといて、ただで済むと思うんじゃねえよ」
いつになく低い声で言う杏奈に怯えて、私が距離を置くと
「ああ、ごめんごめん。いつもこんな声出さないもんね」
いつも通り、元気な杏奈がにっこりと笑って立っていた。

117:高尾優斗◆ow (=゚ω゚)ノ ―===≡≡≡ dice2:2018/06/07(木) 16:08

杏奈ちゃん怖いけどかっこいい!
スレ主さん頑張ってください!!


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