雨上がり、赤く染まる 

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1: ナノ ◆m.:2018/01/31(水) 14:34




       青い扉を開けて

 亀更新 / 辛口コメント可 / 失踪可能性高


 

2: ナノ ◆m.:2018/01/31(水) 15:31



  T モノクローム

 

3: ナノ ◆m.:2018/01/31(水) 15:31



  T-1

「では、また来たくなったら来て下さい」
 と言い、俺はひらりと手を振り目を細める。彼女の頭上に浮かぶハートマークはすっかり澄んだ赤をしていた。5時間前の青さとどんよりした雰囲気は欠片も無い。ああ、ようやく送り出せる。20代の女性は軽く会釈し、晴れやかな顔で金色のドアノブを引く。ぎぃ、と蝶番が音を立てて、扉はがちゃりと閉まった。
 完全に彼女が立ち去ったと分かると、はあーと長い息をつく。椅子に座り、紅茶を飲もうと思いカップを持ち上げたが、そこに液体はなくただ僅かに茶葉がそ底についていた。顔を顰めたが、カップは持ち上げたままちらりと窓の方を見遣ると、外には青い世界が広がっていた。空と地上はどちらも似た色をしていた。空は雲ひとつ無く、地は咲いた青い薔薇で埋まっている。これまでも、これからも閉じず散らない薔薇で、だ。ただ、その花は接ぎ木でしか増えない。俺がこの薔薇について調べ上げた時にそのことは明らかになった。何年前のことか、なんて、随分前のことだから思い出せない。きっとそのときに書いた論文を見れば一目瞭然なんだろうけれど、住居スペースとして使っているこの屋敷の二階は物でごったがえしている。そこのどこかにある論文は安易には見つからないだろう。二階のことを思うと思わず溜息が出た。かたりとソーサーにティーカップを置く。
 くぁあと背を伸ばし、一気に力を抜く。だらんと腕が下がって、腰掛けていた椅子の背凭れの角に肘をぶつけた。「っ」と声にならない叫び声をあげる。
 今日はついていない。
 今回、上司から送られて来た、数分前に此処を出た人間にはずいぶんと梃子摺ったし、おまけに先程肘だってぶつけた。これが結構痛い。じんじんと痛む右肘を左手で摩る。
 もう寝てしまいたい。誰かに俺の頭上のハートマークが見えたなら、きっと濃い紫色をしていただろう。まだ心も体も少年の俺に、こんな仕事――他人の心から悲しみを取り除く仕事なんて重労働に等しい。
 小さな丸い木のテーブルに突っ伏した。赤い髪の毛先が腕にかかる。ひとつ息を吐くと、俺は睡魔に身を任せた。

 

4: ナノ ◆m.:2018/02/01(木) 11:29



  T-2

 ふと目を覚ました。扉をノックする音が聞こえてきたからだ。鋭く、コンコンコンと3回鳴る。この家にインターホンはある。俺はゆらりと立ち上がった。まだ少し睡魔のいた余韻があって、ぎぎと四本足の椅子がフローリングと擦れて唸った音でバランスをとる部分がやっと正常になった。首をくるりと一回回しながらドアへ向かう、がちゃ、とドアの鍵を外した。ドアノブを回して引こうと左手を添えた途端、ばーんと開き戸が開いた。
「ねえねえノトセ!」
 爛々と目を光らせた少女が案の定そこに居た。ドアをノックするのはこの少女だけ。インターホンに手が届かなかったから、ノックして俺を呼ぶ。「届かなかった」と過去形にしているのは、最初に来たときには届かないくらいの背丈だったからだ。今はもう、俺と同じぐらいまで成長した。だから彼女は今は10代前半頃の年だろう。彼女がいる世界と俺のいる世界は時間の進む速さが違う。向こうの方が速く日常が過ぎる。昔は――此処を最初に尋ねて来た時は小学校低学年位で妹のようだったのに、この頃会うとなんだか生意気になったらしい。
「何だよ今日は」
 溜息交じりに答えると、少女は少し癖のついた長い金髪をそよ風に吹かせながら笑った。
「とにかく中入れてよ」
「押しかけてきて図々しい」
「おっじゃまっしまーす」
 つかつかと彼女は入り込んできた。長い溜息を俺は吐く。多分俺が感じている気苦労の大方はこいつの所為だ。前までは大人しかったし此処にくる頻度も高くはなかった。来たら少々お喋りをしてお互い気持ちよく一時を終えていたのだけれど、この頃はこの少女と会うと思わず苦笑いが漏れる。
 気苦労の種である彼女は接客用の丸いテーブルへ向かい其処を占領すると、片付け忘れていたティーセットをかちゃかちゃと漁りだした。俺はもうどうにでもなれと思った。ドア付近でぶすっと突っ立ったまま。この部屋は小さいからそんなに距離は開いていないし会話は交わせる。少女はくるりと此方を振り返るとこう尋ねた。
「今日は紅茶用意してないのかしら」
「いつもしてない」
 半分嘘。
「あらそうだっけ?」
 彼女は小首を傾げた。俺は額に手を当てる。
「偶には自分で淹れてみたらどう」
「わたし珈琲派なのよね」
 肩を竦めて見せた少女にややいらついた。少女のハートマークは淡い桃色に染まっていたから余計にいらつきが増す。彼女に見えたなら、の話だがきっと俺は赤いハートマークだろう。淡い桃色は安らぎ、赤は怒り。
「生憎珈琲の類は此処には無い」
「じゃあノトセが紅茶を淹れるってことで決定」
 意地悪く、楽しそうに笑った彼女。俺は歯軋りしながら、台所へと向かった。ふふふという笑い声が後ろから聞こえてきて、ぎゅっと強く瞼を閉じた。

5: ナノ ◆m.:2018/02/04(日) 17:12



  T-3

 はぁと息を吐き、ひんやりとしたタイルで埋まった床にしゃがみシンク下の扉を開けると、琺瑯の薬缶が電灯の光を受けてそこに見えた。薬缶を取り出すと小さなボウルや鍋と触れ合ってかちゃりかちゃりと音がたった。この音は好きだけれど、あの少女の為にたった音だと思うとなんだか苦笑いしてしまう。薬缶を硬水の水道水で勢いよく満たし、コンロの上に置き点火。沸くまでに、蛇口を捻って出たお湯でポットとカップを暖める。そこで気がついた。向こうにもう一セットのティーセットを置きっ放しだ。でも一組はここにあるしもう少しで薬缶の水が沸騰しそうなので特に戻らなかった。紅茶は好きだから、色々と集めてみたりはしている。今回はアッサムにでもしようかと、上の方の棚に爪先立ちで手を伸ばして缶を取った。ここへ来た当初よりは背が伸びたのか、あまりふらつかなくなった。なぜこの世界を仕切っているトップがこんなところに俺をひとりで住まわせたのか、そもそもなんで俺は背が低めなのかは分からない。ポットにティースプーン3杯目の茶葉を落とした途端、薬缶から白い湯気がぶはりと出てきた。茶葉は間に合った。薬缶から勢いよくポットに湯を注ぐと蓋と自作ティーコジーを被せた。確か茶葉の等級はBOPFだったけれど今回はアッサムだしミルクティーが良いかな、なんて腕時計を見つめる。蒸らす時間は3分半くらいか。そう決めると、立方体に近いような、こじんまりとした白い冷蔵庫から牛乳パックを取り出してピッチャーに入れた。これらを、向こうへ持って行く。そういえば、少女は何をしてこの紅茶を入れている時間を潰しているのだろう。というか自分は少女の名前すら知らない。俺の職業だと依頼人の名前を必ず聞かなくてはならないことはない、から。この館へ来る前にこの世界へ入るための関所を通るはず。そこで色々書類的なことは済ませているから、別に改めて名前を問う必要は無いから。相手が言いたければ言って、言いたくなければ言わなければいい。これまでの仕事のだと、名乗る依頼人は少なかった。偶々なのだろうか?
 そんなことを取り留めなく考えながら彼女のいる応接間のドアを開ける。少女はいつもそうであるように、椅子に座って微笑みを浮かべていた。きっと礼儀作法を教え込まれているんだろう。背筋は真っ直ぐで、勢姿は良い。しかし、先程まで何をしていたのかは全く分からなかった。唯持て余しているだけかもしれない。
「はい、持って来たけど」
「苦しゅうない」
「俺あんたの家来じゃないんだけど」
 にやにやと笑みを浮かべる翠眼の少女の頭上に浮かぶハートマークは桃色だった。カチンと来たが何も言わず、眉を思いっきり寄せるだけにしておいた。益々彼女は意地悪く笑った。ぎゅっと強く瞼を閉じる。
 テーブルにセットを置く。前に使ったティーセットが邪魔。
「紅茶は自分で注いでおいて。こっちを片付けて来るから」
「アイアイサーっ」
 気の入った声でそう返された。特に彼女は敬礼しなかった。彼女らしいなと思った。
 俺は何時間か前に使ったティーセットを持って部屋を出、台所のシンクの中に置く。シンクの中に洗物が溜まっているのを見るのは稍頂けないが、紅茶は熱いうちに飲みたい。さっさと応接間に戻ると、彼女は紅茶をひとくち飲んでいるところだった。ミルクは入れていないらしい。
「ミルクティーにしないの?アッサムなんだけど」
「アッサムだったら牛乳を入れるの?」
「そりゃ、アッサムといえばミルクティーじゃないか」
 俺は椅子に腰掛けていそいそと紅茶をカップに注いだ。
「わたし言ったでしょ、珈琲派だって……紅茶のこと良く分からないんだもの。別にこのままでも美味しいしね」
 そう言って少女は肩を竦める。金色の髪の毛がはらりと肩から落ちた。

 

6:らいみぃ◆/w:2018/02/04(日) 18:01

あ、あの…
私が言える事じゃないかもしれませんがアドバイス……

空白とかつくった方がいいですよ。読みやすくなるので………!改行もですね。

面白いので…頑張って下さい

7: ナノ ◆m.:2018/02/04(日) 20:45



  >>6 / らいみぃ様

 レスポンス∧アドバイス有難う御座います!

 面白いなんて言って頂けるなんて……光栄です!
 改行はするタイミングが今ひとつだということは自覚しておりました。御指摘有難う御座います。
 個人的には場面転換したとき等に行を空けようかなと思っています。売られている本もそのようになっていることが多いので。あととても好み分かれるところだと思いますが、空白が空くと機種の何かなのか、行と行の間が離れすぎて逆に読み辛くなってしまうのでそこは御免下さいッ……!

 貴重な御意見有難う御座います。今後に役立たせて頂きますね!

 

8: ナノ ◆m.:2018/02/16(金) 20:56



  T-4

 ピッチャーを傾けると、紅茶が段々白くなってゆく。丁度良い量の牛乳を注いだところでカップを顔へ近づけた。芳醇な香りが鼻一杯に広がる。
 ああやっぱりアッサムはミルクティーだなと思いながらちらりと少女の方を見ると、頬杖をつきながらぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。空は漸くほんのりと赤みを帯びてきており、心なしか部屋に広がる光は柔らかくなってきた。彼女の頭上の記号は珍しく青い絵の具を思い切り希釈したような色。この人が物思いに耽るとは、世界も奇妙な物だ。不思議に思ったが、取りあえず彼女の意識を此方の世界へ戻さなければならず、
「それで、何」
と声をかけた。少女は思い出したようにふっと頬から手を離し、「何って、何」と減らず口を叩いた。仕様が無いので苦笑いしつつも説明してあげる。
「だから、今日来た訳」
「うーん、話聞いて欲しかったんだけど。やっぱりちょっと今は止めておく」
 少女はそう言って、右手をふらりふらりと胸あたりで振った。そういえば、今日来たときに聞け聞けと言ってきたような。俺は「そう、」と軽く返事をして紅茶をまた飲んだ。
 彼女はふうと息を少し吐くと、また窓の外を眺め始めた。話し出す様子は無いように思えたので、俺は立ち上がって本棚の本をとった。お茶のお供に、と思って。昨日冒頭だけ読み、お客が来たので読むのを中断したものだ。椅子に座り直すと、昨日最後に読んだページを探した。

 

9: ナノ ◆m.:2018/02/16(金) 20:57



  T-5

 幾分か時間が経ち、200頁程の推理小説はクライマックスに差し掛かり、西向きの窓から入る光は赤く染まり、カップは二つとも空になっていた。館は静まりかえっていて、偶に自分の人差し指と紙が擦れる音が耳に届くのみ。
 静寂を破ったのは少女の言葉だった。
「あの、さ」
 俺は活字に落としていた目線を上げた。声にはやや力が篭っていて、緑のかかった硝子のような瞳には何時もより真剣だった。続きをどうぞという気持ちを込めて瞬きをひとつ送る。少女は桜色の唇をゆっくりと開いた。
「手紙を、ある人から貰ったんだけど」
 ふん、と頷いて本を閉じてテーブルに置いた。
 彼女は照れと困惑が混じったような顔でこう続けた。
「それが恋文っぽいんだ、よね」
 その言葉を聞き、俺は躊躇無しに本を開き直した。他人の色恋沙汰なんかを延々と聞かされるより、綴られた謎が解き明かされる方が重要だと決まっている。ぱらりとページを捲り、告白されたと呆れの感情のみ含んだ視線を少し寄せた眉と共に送ってやる。ぎり、と睨まれた。
「あのねえ、これが結構重要なことなのっ!そりゃ、あんたなんかにこんなこと話さないわよいつもだったら!」
 女性というのは何歳でも怖くて、少女はばんと手をテーブルに叩きつけて立ち上がり、女性独特の気迫でそう捲くし立てた。気迫に押されるがままではいられないプライドがある此方は、はあと溜息を吐くと反論を試みる。
「ったくそんなこと言われたって知らない、なぜに自分が巻き込まれなきゃいけないんだ。外の世界でのいざこざは外で解決してくれ」
 だからこれ以上は話を聞くのはご免だね、とひらりひらりと右手を振ってやると、少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。きっと俺の顔は少しばかり引きつっていたであろう。
「貴方にしか頼めないからこう話してるのよ、きみこういうの得意なんじゃないかなーって思って」
 『貴方にしか頼めない』なんて言われると心がぐらついたが、俺はむすっと黙るのを続けた。彼女は相変わらずにやりにやりとしている。思わず切歯扼腕すると益々桜色の唇の端は持ち上がった。どうやらあちらの思惑に嵌められているらしい。はてどうしたものか。考えてみても何を見落としているか全く分からず、愈々苛立ちは募るばかりで、蟻地獄からは抜け出せなかった。
「さっき『恋文っぽい』って言ったじゃない?確信は無いの」
 先程とは少し変わってにこりと人の良い笑みを浮かべたウスバカゲロウの幼虫は赤子をあやす様にそう話すと、紺色のワンピースのポケットを探り封筒を出してテーブルに置いた。見て、という風に右手を出されたので渋々洋封筒に手を伸ばす。その封筒は淡い黄緑をしていて、植物の葉のような物があしらわれた封蝋で封がされていたようだ。勿論、少女の手で封筒は開けられていた。はあと軽く息を吐いて中の文書を取り出す。質素な便箋が半分に折られていた。白い紙には意味不明な文字が羅列されていた。

“QZ-VZ VZ-VVZ-H V-VHQZ-ZQZ-VZVZ-VHV-VH QZ-QQZ-Z Z-VHV-QHV-QH QH-HQZ-ZQZ-QH VZ-VV-HQZ-QV-QHZ-H QZ-ZVZ-VHV-QH H-QHV-QHV-QHVZ-Q”

 彼女の世界で言う「アルファベット」らに、「何だこれ」と言葉を漏らした。
「勿論暗号に決まってるじゃない」
 少女はいつも林檎のように赤い頬をふっと膨らました。負けじと冷たい視線を頬に突き刺す。
「それくらい誰でも見れば分かる。意味だよ、意味」
「だから、意味が分からないから貴方に話しているっていうのに」
「じゃあなんでラブレターっだなんて分かるん――」
「そりゃ、ロッカーに入ってる手紙なんてそんなものくらいしか無いじゃない?」
 これには呆れた。「それだけ?それだけで、なのか?」
「まあ、うん」
 小首を傾げて少女は頷く。
「先入観を容易く持つなよ。これが殺害予告とかだったらどうするん――」
「そっちこそばりばり先入観持ってない?それは流石に小説の読みすぎだわ」
 彼女は細い指で机上の本を指差す。ふと彼女の頭上にピントを合わせると、ハートマークはやや赤くなっていた。苛々しているようだ。人を怒らせる趣味は無いので、俺は溜息をつくと額に手を当てて観念の意を表した。
「それで、俺に何しろって言うんだ」
 満足げに少女は微笑んだ。花が咲いたようだった。逆に歯軋りしたくなるくらいに。
「勿論、これの解読宜しく、って、ね」

 

10: ナノ ◆m.:2018/03/08(木) 15:58



うーん 失踪はまだしないんだけど 手が進まないし下がったので 上げておく

 


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