荒し、誹謗中傷はご遠慮下さい。
小説板は、かなり久しぶりのような気がします。自分を試すつもりで挑戦しました。精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。
また再開する予定なので、上げる
21:Romania◆Qg:2018/07/03(火) 21:44 それは白親子が村に移住して半年ほど経った時のことだった。
「淵、どうした」
父の声が頭上から降ってきて白淵はびくりと肩を震わせた。
家の裏の大木の下。先程までずっとこうして俯き膝を抱えて座り込んでいたのだ。
嫌なことがあった。といってもくだらない事だ。
この邑の保正の長男に名指しでからかわれたのである。
村自体があまり裕福とは言えないのだが、当時はその中でも特に移住して来たばかりの白家の貧窮が際立っていた。それを皆の前で馬鹿にされたのだ。皆もくすくすと笑っていた。
村の子らの仲間になることができて二か月ほど経つのに、このようなふとした時に感じる疎外感はずっと消えないままだ。
仕方がないじゃないか。私だってなりたくて貧乏になっている訳じゃない。少しでもこんな生活を良くするために父さんも私も精一杯頑張っているんだ。暁光だって。お前らなんかに今までの私達の苦労が分かるものか。
その時を思い返した今になって怒りが込み上げてくる。こんな自分も情けなかった。
そしてその長男は白淵に向かって、田植えもろくに出来ない父親を持つなんてお前は不幸だと言った。
あの時殴りかかってやれば良かった。
父さんを馬鹿にするな。そう大声で叫んでやれば良かった。
父を侮辱されたことが一番悔しかったのだ。
けれどその時の白淵にはそのどちらも実行出来なかった。ただ悔しくて、自分を侮辱した相手のことを憎み、そして自分を笑っている周りの子らから顔を背けて黙っていただけだった。
皆に笑ってほしくなかった。いつもは仲良くしてくれるのにどうして。どうしてこちらをそんな目で見ていたのだろう。
白淵はその時始めて集団を恐ろしいと感じた。
ほとんどの村の子らは普段白淵とよく遊んでくれ、また彼らの方から話しかけたりしてくれていたのだ。
それなのに大勢が集まると突然こんな風に残酷になる。いつも穏やかな子でさえ集団の中だと冷ややかな視線を投げつけてくる。
もうこれ以上皆と上手くやっていくのは難しいかもしれない。
そんな不安も今日あの事があって以来白淵にまとわりついて消えなかった。
そのような事があったので、白淵は家に帰るなり真っ直ぐこの場所まで来たのだ。
この木の下は落ち着く。
白親子の家は村の一番端にある。だからこの木より後ろには人の気配はない。ただ森が広がっているだけだ。
この場所は静かで、そしてなんだか優しい。
白淵はそんな風に感じていた。悲しい事があると大抵この木の下に来るのだ。家の裏は森のせいもあってほとんど陰になっている。しかしだからこそ晴れている日には木漏れ日が降り注いで、他の場所よりもより一層美しくなるのである。
「おい、顔ぐらい上げたらどうだ」
再び頭上から父の声が聞こえた。
上げたくても上げられないんだよ、父さん。
心の中で答える。しばらく白淵が何も言わないようにしていると、父は面白そうに笑い声を上げた。
「ははは、黙っていてもこっちにはお見通しだぞ。お前、泣いていたんだろう」
ぎくりとした。その通りだったのである。
実は俯いた顔からは涙が流れたまま乾いておらず、鼻をすするのも父がここに来た先程から我慢していたのだ。目も恐らくまだ腫れているだろう。
こんな情け無い姿を、特に今は父に見られたくなかった。
声を上げないようにしていたはずなのに。なぜ父さんは分かったのだろう。
白淵は観念して顔を上げた。同時に思い切り鼻をすする。
父が目の前に立っていた。膝に両手を当てた中腰の姿勢でこちらを見ている。
さっきよりもだいぶ日陰が狭くなったなと思った。
「父さん」
白淵は口を開いた。父はなんだと応える。
「何があったのかだけでも話してみろ」
父の声と共に木の葉がそよ風に吹かれる音がした。真夏の青々とした葉が2、3枚地面に落ちる。父は続けた。
「そうすれば少しはお前の気も晴れるんじゃないかな」
父の目はしばらく葉が落ちる様を追っていたが、やがてゆっくりとこちらに向けられた。
「そのまま」
白淵の言葉はほとんど彼の口の中だけで発せられた。
「何だって?」
父が聞き返してくる。
「父さん、そのままそこにその姿勢で立っていて下さい」
「そうすればお前落ち着くのか?」
不思議そうな顔の相手に白淵は首を横に振ってから淡々と答えた。
「いいえ。ただそうしたら日陰が丁度私の所に来て、いい具合なんです」
すると父は一瞬きょとんとした表情になり、それから大笑いし始めた。
「あっはっはっはっ、何だお前、まだそんな風に抜かす元気があるんじゃないか。心配してちょっと損した気分だぞ」
尚も父の笑いは止まらない。
「なっ、何がそんなにおかしいんだよ?!」
白淵の方としては戯言を言ったつもりはなかったので、父の反応に半ば困惑した。
「だって今泣いたそばからそんなこと真顔で言える奴があるか、あははははは」
父は笑い過ぎて目に涙まで浮かべている。
「何だって言うんだよ、父さんまで私のことを馬鹿にして笑うのか」
もう何もかもが嫌だと思った。白淵の目からまたしても涙が流れてしまう。
「ははは、すまんすまん。そんなに泣いてくれるな淵」
ほら落ち着けって。父は笑うのを止めてそう言った。
「実は」
ゆっくり顔を父の方へ上げて言う。
「父さんに謝らなくちゃならないことがあるんだ」
その言葉が終わるか終わらないかの内に父があっと大声を上げたので、白淵は仰天して思わず尻餅をついてしまった。
「淵、やっぱりアレはお前の仕業か!」
父はそれにも構わず、ずいと鬼気迫った表情をこちらに近づけてくる。
「あ、アレとは」
だが父があの場面を覗き見でもしていない限り、今白淵が謝りたい案件について知るはずもない。
一体何のことだと困惑しつつ訊ねると相手は鼻息荒く答えた。
「野菜饅頭九つ!腐らぬ内に朝飯に食おうと思って、今朝がた田畑の様子を見る前に卓の上に置いておいた。しかも包みのままでだ」
今度は白淵があっと叫ぶ番だった。
野菜饅頭というのは、白家が町の饅頭屋に頼んで作ってもらっているものである。
そこで使用されている野菜は白家で育てたものだ。
山中暮らしであった親子にとって畑を耕す作業は手慣れたもので、米作りと並行して野菜も作っていた。
だが当然のことながら、以前のように自給自足が可能になるというところまで量を栽培するのは不可能である。
そこで父は悩んだ末、育てた野菜をすべて食材として直接町のいずれかの食べ物屋に買い取ってもらうことに決めたのだ。卸売は通さない。
というのも、これは税として納めない代わりに野菜を売って得た収入の半分を保正に渡すという条件付きで通った話だったからだ。
この交渉でも役人らになけなしの金を握らせねばならなかった。
そしてその食べ物屋というのが町の饅頭屋、満譫が営む店である。当時彼はまだ二十代半ばと若年で両親から店を引き継いだばかりであった。
結果父のこのやり方は大当たりで、予想以上の利益が白家に入ることになる。そしてこれはまだ米作りに不慣れだった親子にとっては貴重な生命線でもあった。
とはいってもただの工夫の収入の半分以下くらいの額だ。要するにその頃の白家はそれくらいまで窮まっていたということである。
白親子が町まで行く折には、必ずこの満譫の店に寄り饅頭をただでいくつかもらっていた。
満譫は人の良い好青年で、親子の窮状を慮りいやな顔一つせずたくさんの饅頭をくれる。
父の言う野菜饅頭というのもその前の日に満譫からもらってきたものだった。
思った通りだ。
父は怒ったような声でそう言い頷くと、そのまま額を白淵に突きつけた。
「それで?アレらをどこにやったのだ淵」
答えていいものか一瞬躊躇する。目を泳がせてみたが父には通じなかったようだ。逆に早く言えと急かされてしまう。
そこでとうとう白淵は白状することにした。
「今日遊ぶ時、お前が何か食い物持って来いって皆に言われたから・・・」
相手の目が見開かれる。
「ま、まさかお前」
「全部食べられてしまいました」
ああ、と声を上げ、それから父は力が抜けたように白淵から顔を離した。
「分かった。聞きたかったことはそれだけだ。饅頭についてはもういい・・・」
「饅頭の話で思い出した。父さん、私が謝りたかったこと聞いてください」
ついさっきまで言い辛かったことのはずなのに、いつのまにか白淵の方からあの話を切り出していた。
すると父は突然愉快そうに笑ったのだ。
「あははは、やっと言う気になったか」
先程までの落胆ぶりが嘘のようだ。
白淵はその変わり身の早さに驚き、どうしてと尋ねようとしたがはたと気がつく。
「父さん、ひとしばいうちましたね」
代わりに得意げな顔で言った。それに相手は少し驚いたらしい。
「おっ。五つのくせに難しい言葉使うじゃないか。どこで覚えてきた?」
「この前満譫から。転んだふりして嘘泣きしたんです。慰められれば饅頭もっとねだれるかと思って」
父は呆れたように腰に手を当てて首を振った。
「淵、お前なあ・・・まあその通りだ。お前言い出し辛かったんだろう?」
白淵はこくりと頷く。
「でも少し気持ちが楽になりました。父さんの饅頭の話のおかげなのかな。話しやすくなった気がする」
それなら、と言いながら父は白淵の隣に腰を下ろした。
「何があったのか話してみろ」
今度ならうまく話せる。
そう思ったから白淵は再びこくりと頷いた。
久しぶり再開する予定なのでage
ここから、前よりも一節を短く区切ることに致します。