神の所在

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1:結衣◆yU:2018/02/07(水) 21:06

―――拝啓、神様。
そこに、私はいますか。





>>2

7:結衣◆yU:2018/02/10(土) 15:23

「……どうする?」
「どうするも何も、反抗する人間はすべて殺せと言われたはずだろ」
「でも、こんな子供だぞ」
「上の命令に逆らうのか?」

ぼんやりとした意識の中で、兵士たちの会話が聞こえた。目を開ける。皮肉なくらい青い空が憎らしい。未だに燻っている炎は、もっと。
兵士たちはどうやら、私の今後について話し合ってくれているらしい。馬鹿らしい。こっちは殺そうとしたのだ。殺してくれて構わないのに。
ほんの少しの苛立ちを抱えたまま、身を起そうとすると不自然なほどの眩暈に襲われた。また後ろに倒れ込む。
脳震盪か。気絶するって相当じゃないか、これ?後遺症残ったらどうするつもりなんだか。いや、生きる気満々かよ、アホらしい。

「起きたぞ」
「ああほら、早くしないから起きちゃっただろ」
「だから最初から生かしておこうって俺は」
「お前人を殺めることも厭うのかよ、なんで軍人やってんだ」
「徴兵だよ!」

目の前で行われるコントじみたやりとりにため息が出た。
こっちはもう殺される準備くらいできているのに、そっちでいがみあってどうする?意味ないだろう。早くしてくれ。痛いのは嫌だぞ。一思いにやってほしい。

それにしても。

「……徴兵。」
ぽつり、と声が漏れる。
いいなあ。いいなあ。徴兵。女には馴染みのない言葉。厳密には召集されることもあるのだろうけれど、前線に立つ兵士となるのは男だから、私には関係がないのだ。
もし、私が徴兵されたら、いっぱい戦うのに。ここにいる優柔不断な兵士よりも、もっと華々しい戦果を挙げてみせるのに。
さっきの戦いを思い出す。戦いと言えるほど私は強くないし、あっちには躊躇いがあったけれど。それでも、殺し合ったのは事実だ。それを思い出すと、どうしても笑みがこぼれる。
羨ましい。前線に立つ自分を想像する。絶望的な状況。味方はない。応援もない。手には一本の剣。一人で、祖国への愛と異邦への憎しみだけを武器に、他国の兵を蹂躙していく。まさに孤軍奮闘。柔らかい身体を駆使して、何人もの人をなぎ倒すのだ。女ごときに!と言われるはずだ。その言葉で私はきっと破顔して、相手に頭がおかしいとでも思われるんだろう。
そして、きっと、途中で相手の数に押されて、背中に傷を付けられるのだ。そこから総崩れ。抵抗むなしく、私は殺されていくだろう。それでいい。それがいい。叶うはずのない夢。
そんな夢を見せるほどまでに、さっきの戦いは私にとって鮮烈な印象を残した。きっと、戦場は、さっきの戦いよりもずっと血生臭くて、危険で、それでいて私を昂らせてくれるはずなのだ。ああ、戦場で散りたい。私の身体は、戦場への夢を放そうとしない。私の身体は、戦いを欲している。

8:結衣◆yU:2018/02/10(土) 19:03

私が戦争へ思いを馳せていると、覚悟を決めたんだかどうなんだか、一人の兵士がこちらに問いかけてきた。
「おいお前。…何歳だ」
「……十三」
「十三?……なぜあんなことをした」
それはほとんど尋問だった。
その兵士の顔を見上げると、驚くほどに厳しい目でこちらを見つめてくるものだから、場違いにドキドキしてしまった。だって、あまりにも熱烈すぎる。ああ、こんな趣味なかったはずなのだけれど、どうやら先の戦いで少々狂ってしまったらしい。
「お母さんが、……殺されたから。」
頭の中の饒舌さとは違って、口ぶりはまるで――飼い主をなくした犬のような。
「……戦うのは初めてか」
「殺し合いは、はじめて……でも、喧嘩はこの辺りじゃ強いほう」
それを言うと、兵士は少しだけ訝しんで、また続けた。
「あいつをどうする気だった」
あいつ?
あいつというのは、先程の、あの、死ぬほど私をナメていてくれたあの兵士だろうか?
それならば、
「殺そうとした」
彼の目が、いっそう細くなって、私を睨みつけた。ごくりと生唾を飲む。たまんない。

そうか。それだけ言って、彼は去っていこうとした。だめ、いかないで、いかないで。もう少しだけさっきの目で、私を見つめていてよ。
引き留めなきゃ。どう?どうって、話をするんだ。話を。彼と話をしよう。

「兵士さん」
思いのほか声が擦れてしまったのだけれど、どうやら彼は気付いてくれたらしかった。半身振り返って、またこちらを見下ろす。
「…私、兵士になりたい」
怒らせろ。気狂いだと思わせろ。そうしたらきっと、私を見ていてくれる。
「兵士になって…たくさんの軍隊を、なぎ倒したい。私、女だから、なれないけど……戦いたいって思った…」
頬に、雫が落ちた。それは涙なんかではない。
「国のために戦いたい。…女だし、子供だから、なれないんだろうけど…テロリストにでもなったほうがいいのかな」
半分は嘘だ。国のためになんて戦いたくない。自分のためだけに戦いたい。自分のこの欲求を満たすためだけに戦いたいのだ。
「さっき…剣を持ったときに、結構、イイって思って…。重さ、ちょうどよくて……」
自分でも何を言っているのかが分からなくなってきていた。子どもの言葉だからって許してくれるだろうか。ああいや、許さなくていいんだ。あの目で見てくれるだけでいい。
雫がまた、落ちる。
「兵士に、なりたいなあ…。後ろで弾薬つくるより、わたしは戦いたい…」
それは雨であった。瞬く間に土砂降りになったそれは、街の火を消してゆく。神の御心だ。戦争なんてやめろと、囁いてでもいるのかもしれない。
そんな神様がいるのであれば、はやく、私の息の根を止めてはくれないだろうか。人を殺めることに快感を覚えた私に、どうか、鉄槌か何かを、一思いに。

9:葱:2018/02/10(土) 19:20

本格的ですね
支援します

10:結衣◆yU:2018/02/11(日) 11:39

>>9
ありがとうございますー!頑張りますね!

11:結衣◆yU:2018/02/11(日) 12:55

遠くから、彼を呼ぶであろう声が聞こえる。兵士たちの声だ。どうやら、もう彼らはここから退いてしまうらしい。私の今後についてはよく分からない。放置しておこうという結論にでもなったのだろうか。
おおい、こじま、こじま、はやくこい。
よく声の通る、野太い声が耳に入った。
へえ、こじまさんって言うの。どんな字書くのかな。下の名前はどんな名前かな。こじまさん。ありふれた名前。
その声に振り返ったこじまさんは、また私を一瞥して、一言言った。

「女でも兵士になる方法は、なくもない」
え、と声が漏れる。存外彼は優しい人らしかった。それなのに街一つ燃やすだなんて、彼には心苦しいことであろうに。
「ぁ、…お、おしえて、ください。」
身体を横たえたまま、出来るだけ懇願の意が伝わるように。
また、彼は目を細める。その瞳の奥の感情を、読むことはできなかった。
「…ただ、それは、とても苦しい」
「…苦しい?」
「……兵士になるころに、お前が生きているかどうかは分からない。生きていたとしても、戦意を失っているかもしれない。…それでもか」
一体、どうなるのか。それは一切想像がつかなくて、恐怖もあった。けれど戦いに餓えている私にとって、それは悪魔の囁きよりもずっと魅力的な提案だったのだ。
「構いません」
一瞬の間も置かずに、快諾した。どうやら人間、好奇心には勝てないらしい。なんて馬鹿な生き物。戦いの先には、死しか残っていないのに。
ああ、神よ、戦場よ。どうか、私にとって気持ちの良いものでありますように。そして、この、馬鹿みたいに優しい彼に、どうかご加護を。
心の中でそんな祈りを捧げて、彼の次の言葉を待つ。
「……それならば。話を、合わせろ。合わせられなかったら、……」
私を捨てでもするのかしら。優しい彼は、そんな言葉すら口に出せないらしかった。

12:結衣◆yU:2018/02/13(火) 16:28

彼の目を見て、ゆっくりと微笑んでやる。すると意を決したように彼は私に近寄ってきた。
ああ、厳しい視線も良いけれど、やっぱりその瞳の奥の優しさが、彼の本質なのだろう。いちばんやさしく、暖かい。彼は努めて厳しい目をしているようだけれど、その奥の感情は隠せていない。本当はきっと、こんなところにいたくないんだろう。こんなこと、したくないんだろう。
ぐ、と服の後ろ襟を掴まれ、立たされる。思い切り首が絞る。脳震盪も相俟って、前が見えないほどクラクラした。くるしい。こんなんで話、合わせられるだろうか。
そのまま彼は歩く。引きずられるように、私も覚束ない足取りで歩きだす。デートしてるみたい、なんてわけのわからない感想が出てくる。なんだそれは。男女が二人で歩いていれば全てデートだというのか。こんな状況で?馬鹿か。やっぱりまだ狂ってるみたいだ。

「遅いぞ、小島。…それは。」
先程の、野太い声の持ち主が彼に声をかけたみたいだった。俯いたまま、耳を傾ける。雨の音がうるさい。彼らの話を聞け。合わせろ。それでなければ未来はない。こじまさんの未来も、すこし、厳しくなるかもしれない。彼の『話』次第ではあるのだけれど。
「…敵軍の。スパイだと思われます」
敵軍のスパイ。頭の中でぐるぐる言葉がまわる。考えろ。考えろ。考えろ。こじまさんは、一体私をどうしようとしている?私を、あの、あの忌まわしい敵国の一員として。一体、何がしたい。
こじまさんが私を掴んだ腕を少し上にあげる。その分首が絞まって、小さく呻いた。
「スパイ?男は何人か捕虜として捕らえたが…そんな子供まで」
「…はい。先程、自白しまして」
静かに目を見開く。揺れる眼前では何も映らないけれど、そうか、そういうことか、と勝手に一人ごちた。
そうか、私、捕虜になるのか。
「…それは、向こうも、女子供を軍人として利用するほどの緊迫した状態だということか」
へえ、向こう、『も』。
朦朧としたままの、人よりそれなりに秀でていた頭が回転し出す。考えろ。考えろ。現在の国内情勢。この街が我が国の兵士によって襲撃された理由。私は、敵国のスパイ。
話に参加できなくとも、せめて、すべて理解できるように。
「…いえ、こちらは、あくまで有効活用であります」
「ふ、…お前も、狂ってきたようだな。…無理もない。あんなプロバガンダ、気が狂っているとしか言いようがない…」
「…あれらは、敵国の傀儡でございます。…それを、陛下自らがお救いになっておられる。あれは、救済であります。」
「お前は、随分…染まりやすいらしい。」
「……こうでもしなければ、やっていられないもので」
それは、どうしようもなく陰鬱で、暗澹たる雰囲気だった。

13:結衣◆yU:2018/02/14(水) 21:07

回転し出した頭の中で、今彼らが話している内容と自分が知っている知識を照らし合わせる。
考えろ。私は、ほんとうはきっと誰より聡いのだ。

まず、この国で行われているプロパガンダは、耳障りの良い言葉こそ使われているものの、その概要は凄惨なものであると考えられる。

もともとこの国は30年程前から隣国との戦争が行われている。宗教上の対立が国際間での軋轢を呼んだ。それだけのことだ。
しかし、思いの外長く続いたこの戦争で、どちらの国も困窮している。敵国ではもはや女子供でさえ召集され、出兵しているらしい。それは私としては非常に羨ましいのだけれど、世間一般からすれば極悪非道で許されざる行為なのかもしれない。
もちろんこちらの国だって人が余っているわけではない。女子供が召集されるとなれば、今まで耐え忍んできた国民も不満の声を上げるだろう。

そこで政府が考え出したこと。
それは、国内で大々的に行われるプロパガンダであった。
内容はさして極悪だったわけではない。敵対心を煽るための適当な嘘をでっちあげて広めたり、テレビでは敵国を批判する内容を放送させたり、それほど酷いものではなかった。

しかしそれは最初だけだ。
いくら国民から声が上がらなくなっても、人的資源が不足している現状は防ぎようもない。
それならばと考え出された妙案。それは、敵国の捕虜の活用であった。
否、捕虜の活用はさして問題ではない。戦争状態であればどの国でも行っていることなのだけれど。問題はその使用法にあった。

捕虜をプロパガンダの道具に使用したのだ。
「我等は敵国の傀儡となっている兵士を救出する」。まず、そんな綺麗ごとを掲げた。傀儡にしているのはこちらであろうに。
国民に公開される映像では、敵国の捕虜がよく我が国の陛下に忠誠を誓うものが多い。
我が国の軍服を着て、私たちの話す言語を下手くそに喋り、快活に笑うその姿は、きっと無理矢理服従させたものではない。おそらく、それは、洗脳であるのだ。手法については公開されていない。もっとも、これ自体が推測である。

そして、ここからはさらに推測の話になるが。
今、こじまさんらが話している内容から察するに、兵士だけが知っているこの国の実態があるらしい。『有効活用』と称して、非人道的な行為を行っているのだろう。
それについて私が詮索また推測する余地は一切ないが、ここまで彼らが陰気になる理由と、この街が焼かれた理由、及びこの街で捕虜がたくさん捕らえられたことは、何か繋がっている気がしてならないのだ。
私がこの街で生来暮らしてきて、疑問に思ったものは一つもない。戦争状態であるこの国において、反政府的行動を取っていると考えられるものはなかった。
それなのにこの街は襲撃された。ここに、何か、裏があるのではないか。

少し前に読んだ新聞紙のコラムを思い出す。地方紙であって、非常に小さい会社が作ったものである。恐らく、政府の監視はここまで及んでいない。
私はそこになにかのヒントがあったのではないかとアタリをつけた。未だ、彼らは無言である。いや、こじまさんだけが、考え込んだようにしていた。

14:葱:2018/02/25(日) 15:05

支援上げさせて頂きます

15:結衣◆yU:2018/02/25(日) 19:42

>>14
ありがとうございます!がんばります!

16:結衣◆yU:2018/02/25(日) 20:26

考え込んでしまったこじまさんを前にして、兵士の彼は口を開いた。
「…考えたって無駄だ。俺たちは国の兵士。国の意向とあればそれに従うのが筋であろう」
きっと、彼も優しい人だったのだろう。声からは想像できないけれども、きっと、まだ諦めきれていないのだろう。自分にも言い聞かせているように聞こえるその言葉に、少しだけ罪悪感を抱いた。
「それは、そうなのですが…自分には、どうしても、……」
「…言い訳は、もういい。その捕虜をこちらに寄越せ。おい、お前、聞こえるか」
彼は少しだけ声を大きくして、おそらく私に呼びかけたのだろう。それに呼応するように私はゆっくりと顔を上げる。目が合った。ああ、ほら、優しそうな目をしている。
「小島。お前は……、…少し、頭を冷やしたほうがいい」
その言葉に小島さんは小さく返事をした。軍人なのにあの態度、いいのだろうか。それを許すのも、この彼なのだろうか。そうであれば、二人とも、戦場には向いていないのだろう。生まれつき、優しすぎるのだ。

彼に連れられて、とぼとぼと歩く。雨はまだ止まない。
遠くに軍用の車が見えた。私はこれに乗せられるらしい。数人の老人たちもそこにいた。あれが捕虜なのだろうか。
しばらくすると、彼は歩いたまま口を開いて私に問うてきた。
「……お前、小島に何を言った?」
声が出なかった。
「言え」
なんて、人を見ることのできる人なのだろうと思う。こんな優しい彼にああ言わせるほどの所業をした我が国は、一体何をしているのだろうとも考える。
この国の行っていること、それについては一切のヒントはないし、きっと考えるだけじゃ答えは得られないのだろう。
「…聞こえているのか、言え」
ならば、この人に聞けばいい。優しすぎるこの人にそんなことを言わせることには些か抵抗はあるけれど。

「、私は戦いたいのです」
掠れかかった声が喉から出た。自分でもあまりに悲痛に聞こえるものだから笑えてくるくらいに。
彼は反応しなかった。雨に掻き消されたのかもしれないし、わざと聞こえないふりをしたのかもしれない。
それなら、もっと大きい声で言ってやればいいのだ。逃げることなんてできないくらい大きい声で訴えてやればいい。あんたより私のほうが軍人に向いているのだと言ってやるのだ。それが彼のプライドを傷つけるとは限らないけれど、もし傷つけることができたのならそれが一番いい。もっとも、彼は自分のことくらい理解しているだろうが。
「私は、戦いたい!」
やっと彼が足を止める。怒れ。私にではない。こんなことを言う子供を作った、この戦争に怒ってくれればいい。
「私は軍の一員になって、死ぬまで戦い続けたい!愛国心なんてありません、どちらの軍でも構いません!私は戦いたいのです!」
途中から、もはや自分の中の感情を吐き出すためだけに叫んでいた。
「前線に立って、ただ、目の前の人を殺していく、それだけでいいのです!戦わせてくれれば、それで私は構いません!すぐ死んでもいい!一瞬だけでもいいから戦って、神に裁いてもらいたい!」
剣を振るい、女だと舐めてかかってくる男を切り伏せて、私は戦場に立ち続けていたい。神に背いて戦場に向かう私を誰かに殺してもらいたい。そして、私は地獄に向かうのだ。


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