ジリリリ ジリリリ
小うるさい、目覚まし時計の音が響いている。
「うーん…もう朝?」
その音に叩かれるかのように、私は目を覚ました。
いつも聞いているけど、この音だけは慣れない。
ガッチャン。
目覚ましを止めると、一瞬で静かになった。
外からは、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「ふあぁ……」
小さくあくびをしながら横目に見た時計の時間は、朝の六時半。
ベッドから降りた私は、リビングに向かうことにした。
「早く、起こしてあげなきゃ……あ」
「ん? どうかした?」
星川さんを起こそうと駆け寄ろうとしたとき、私はすっごく大事なことに気づいてしまった。
「このかっこう、元に戻らないの?驚かれちゃうよ……」
こんな格好だから、私だとはわからないはず。
でも、それを寝起きの女の子に見せるのはどうかと思う。
「あ、それもそうね。戻りたいって思うだけで、元の姿に戻れるわ」
「そうなの……? 意外とかんたんだったね……」
私は、言われた通り……思ってみた。
「……もどれ!」
思わず口に出てしまった。
直後、魔法少女の服は、ピンク色の光に包まれてぱぁっと消えていく……。
「も、もどった……」
上も下も、さっきまで着ていた洋服に戻っていた。
これで、大丈夫。
「星川さん、起きて!」
私はとりあえず、名前を呼びながら体をゆする。
「ん……あさつゆさん……?」
「うん!朝露ひなのだよ!」
何事もなかったかのように、星川さんは寝起きな顔をしていた。
「わたし……どうしてこんなところに?」
さっきの人に襲われたこと、覚えていないのだろうか。
なんて説明をしたら……。
「あれ、うさぎさん……?」
「えっ――――」
私のすぐ後ろ……妖精さんがいる。
それが、見つかってしまった。
なんでそっちは隠れてないの……!?
どうしよう。妖精さんが見つかってしまった。
よくよく見たらウサギじゃないし、星川さんにもバレちゃう!
「わぁ、かわいい……」
しかし星川さんは、普通にペットを見るような目で妖精さんを見つめていた。
「ワタシ、うさぎじゃないわ」
あっ
「え、うさぎさんが……喋った?」
「だから、ワタシはうさぎじゃないわ。妖精よ」
しかしのしかし。私の思いとは逆に、妖精さんはぺらぺらと、星川さんに話しかけている。
「ようせい……?」
星川さんは、いきなりこんな話をされたからなのか困った顔をしていた。
……一番困ってるのは、私だった。これ、どう説明すればいいんだろう。
「そこにいるひなって子がね、あなたを助けてくれたのよ」
「ちょっ……!」
な、なんでそこまで言われるの!?
魔法少女の話までしなきゃいけなくなる……
「朝露さんが……どういうこと?あと……妖精って……」
そこ、聞き流してくれるはずないよね。
「あのね、星川さん。ここまでに色々と事情があってね。それでね……」
ああもう、どう説明したらいいか全く分からない。
「……魔法少女?朝露さんが?」
「う、うん……」
結局、一から十まで全部話すことになってしまった。
いきなり、正体がバレたのだ。
「こうなる前のこと、何も思い出せない。でも……怖そうな人から、私を助けてくれたんだよね?」
「そう!カッコよかったわ!とっても!」
妖精さん、そんなに言ったら、恥ずかしすぎるっ!
「……あのね、星川さん。これ、内緒にしててほしいの」
「えっ?」
周りの人に知られたら恥ずかしいとか、大騒ぎになるとか、まあ色々と。
「……わかった。助けてくれたんだもん。それに……」
「それに?」
星川さんは、一息おいて続けた。
「……ともだち、だから」
なんだか恥ずかしそうだったけど、その言葉はしっかりと聞こえた。
「星川さん……ありがとう!」
ふう……これで、一安心?
その後私達は、先程別れた道まで戻ってきた。
「ちょっと、遅くなっちゃったかな」
夕日が、ちょこっと顔をのぞかせている。5時前だろうか?
「朝露さん、……またね」
「うん!」
お互いに手を振って、今度こそ私達は別れた。
星川さん、また変なことに巻き込まれないと良いけど……
「また、あなたが変身すればいいじゃない」
表情で、考えてることを読まれた……!?
妖精さんは他人事みたいに話すけど、もうあんなのはこりごりだ。
「あなたねぇ……はっ!」
自分も家に帰ろう。そう思ったとき、一つの重大な問題が浮かんできた。
「あなたを、お母さんやお父さんに見せるわけにはっ……」
ペットを飼っちゃいけないとかは、ない。だけど、この子は犬でも猫でも、うさぎでもない。
妖精拾ってきたーなんて、言えない。
じゃあ、どうしようか。
「も、もう人前で喋りだすのは、なしだからね!」
「わかってるわよ。安心して」
「ホントかなぁ」
どの口が言うかと思ったけど、今は信じるしかない。
家にたどり着くまでの間……どうやって説明しようかと、私は考え続けていた――
「ママ、ただいま!」
「おかえり、ひな。遅かったわね、どうしたの?」
「あ、それはね……」
その後普通に帰った私は、魔法少女のことは隠しながらも、星川さんという友だちができて、一緒に遊んで帰ったことを話した。……ちょっと嘘が混ざってるけど、良いよね?
「はずかしがりやだけど、優しい子なのね。ひな、仲良くしなさいよ」
「うん!わかってるよ、ママ」
玄関で会話をしたあと、私は自分の部屋へ直行した。
チラッと靴置きを見たけど、パパの靴はなかった。まだ、帰ってないみたい。
「……よし、出してあげるからね」
私しかいない、窓もしまって風も吹かない自分の部屋。
入ってすぐ、私はランドセルを床において、鍵を開けた……。
「ぶはぁっ!ワタシ、死ぬかと思ったわ……」
ぷっちんという言葉にしにくい音とともに、ランドセルに入っていた妖精さんが飛び出してきた!
「ごめんごめん」
「それで済んだら魔法少女はいらないのよ……」
軽い言葉で返事をしたけど、妖精さんの方は暑そうだった。
そりゃ、教科書も入ったランドセルに押し込まれてるもんね……。
「妖精さん、色々と教えてほしいよ……」
今日、妖精さん……スミレと出会ってから、変な人が現れたり自分が魔法少女になったりと、
いろんな事があった。
聞きたいことはたくさんあるけど、小学校三年生の私にはそれを整理するのは難しい。
「わかったわ。ああ、そうそう……」
「ん?」
「妖精さんじゃなくて、スミレでいいわよ」
「それで、何から教えてほしいの?」
妖精さん……スミレは、あぐらをかくみたいに座っていて、すごく人間っぽかった。
「えっと……」
何から聞こう?たくさんあるなぁ……。
「あなたは、どこから来たの?」
とりあえず、一番簡単そうな質問をしてみた。
少なくとも、地球じゃあないと思う。
「……妖精の王国よ!」
「ようせいの、おうこく?」
ババーンという音が聞こえてきそうなくらい、スミレはドヤ顔で言った。
妖精の王国……凄く、ストレートっていうの?わかりやすい名前……。
「この世界の反対側にある、とてもキレイでステキで妖精がいっぱいいる場所なのよ」
「そうなんだ」
他にも、スミレみたいなのがいっぱいいるんだ……
そんな場所は、とてもいいところなんだろうなと私は思った。
「それで、何で人間の世界に来たの?」
「あ、さっきも言ってたわねその質問」
「そういえば――」
私とスミレが会ってすぐ、似たような質問をした。なんだったかな……
「なんで、埋まってたの?って聞いたよね……」
色々ありすぎて、忘れかけていたこと。
スミレは不思議な事に、頭から埋まるというおかしな状態だった。
「その質問、ちょうどいいわ」
「え?」
スミレは、コホンと小さく咳をして続けた。
「その質問が、今日起きたこと全てにつながることよ」
「本当!?」
今日起きた、不思議な出来事……。全部、わかるんだね!
「……長くなるわよ?」
長くなる。そう言われて私は、「うん」とうなずいた。
長い話でも、謎が解けるなら……と。
「妖精の王国は、いつも平和な国だったわ……」
「うんうん」
話しているスミレの顔は、なんだか暗かった。
「ある時、王国に……大きな敵が現れたの」
「てき?」
「敵は、ディスピアーズと名乗ったわ。そして、王国は攻撃を受けた……」
「でぃ、ディスピアーズ……それで、どうなったの!?」
私は、とてもスケールが大きい話に、興味しんしんで耳を傾けていた。
だけどその気持ちは、次のスミレの一言でくずれる事になる……。
「ワタシ以外の妖精は、みんな捕まったわ」
「……ええ!?」
こんなこと、話させたらいけなかったような気がした。自分の友だちがみんな、捕まってしまうなんて……。
私は驚いたと同時に、少し申し訳ない気持ちになった。
「ワタシは、タブルンを持って妖精の王国を離れたわ。
人間の女の子に、この世界を救うよう頼めと言われて」
「それで、人間の世界に来たんだ……」
「でも、それが敵にバレた」
「えっ?」
「さっきのあの男……あいつに追われたの」
あの男……スミレの話から思い浮かぶのは、星川さんをあんなことにしたサラリーマンの男の人だけだった。
「それで、逃げながら人間界に降りたときに……墜ちた」
「あ――――」
落ちた……それで、思い出した。
朝、私に向かって落ちてきたのは……。
「……その瞬間、私見てたかも」
「そうなの!?」
今朝、目の前に迫ってきてギリギリ私を横切ったことを話した。
「なら、気づいたわよね?ワタシがいたこと」
「それは……」
落ちたことすらわからなくて、気づかなかったことも話した。
「ああ、それならしょうがないわね……」
なんかあきれたような顔をしてたけど……きのせいきのせい。
「で、あなたを魔法少女にしたは良いけど、これものすごく危ないわよ?」
「う、うん……」
さっきの男の人も、魔法少女になってなかったらすごく危ない人だった。
私も、星川さんと同じ様になっていたかもしれない。
そう思うと、少し怖い。
「ディスピアーズのあいつが人間界に来てやっていることは、人間の希望を抜き取ることよ」
「きぼうを……」
さっきも言っていた。明日への希望が、邪魔だと……。
「ホシカワアマノって言ったかしら?あの子みたいな被害者が、また出てくる可能性もある。
阻止できるのは、魔法少女だけ。でも……強制はしないわ」
「……つまり、魔法少女をやめることも出来るの?」
「ええ。ワタシは代わりの女の子を見つけてみせる。あなたは、普通の生活のままでも問題ないの!」
魔法少女じゃない、普通の生活……でも、私は見てしまった。希望を抜かれた人がどうなるかを。
代わりを見つけられなかったら、人間の世界も大変なことになってしまう。
「スミレ……私、やる。魔法少女を続ける!」
「良いのね?」
私はまた、「うん」とうなずいた。
「悪い奴らから、みんなを守れるなら……私は頑張る!」
「……じゃあ、今から正式にお願いね。マジカルガール、ひな!」
「うん!」
マジカルガール……そう呼ばれて、悪い気はしなかった。
「じゃあこれ、さっきのタブルン。あなたのものよ」
そう言うとスミレは、私の手にタブルンを握らせた。
「わあ……」
タブルンにも顔があって、しゃべるのは知っているけど……夜の時間は、
気持ちよさそうに眠っている。いいなぁ
「時が来たら、王国を取り戻すために戦ってもらうと思う」
「王国を……」
また、スケールの大きい話。
そしてそれは、私に与えられた役目。
「私、出来るのかなぁ」
そんな大きなことを抱えるには、まだ私の心は子供だった。
「大丈夫。魔法少女になるのは、あなただけじゃないから」
「えっ?」
スミレはいつのまにか、両手にタブルンを持っていた。
青と黄色……私のピンク色とは違うものだ。
「あと二人よ。魔法少女になれるのは」
「二人もいるの!?」
二人。そう聞いて、さっきの不安が収まってきた。
三人ならなんとか……と。
「でもまだ、見つけてないの」
「そんなぁ!」
一気に落とされた気分。結局一人なの……?
「安心して。タブルンには、魔法少女にふさわしい女の子を見つける機能が付いてるから」
「本当!?」
こうして私は、魔法少女として戦うのと、魔法少女探しの2つを頼まれた……。
あと二人、そもそも私の周りにいるのかなぁ?
「ひな、ごはんよー!降りてらっしゃい!」
下の階から、ママが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「すぐ行くねー!」
私も、大きな声で返事をした。
そっか、もうご飯の時間か……。
窓の外は、すっかり暗くなっている。
こんな時間になるまで話してたんだね。
「あのー……ひな?」
「ん?」
自分の部屋から出ようとすると、スミレに呼び止められた。
「今から、夕食なのよね?」
「うん」
何か言いたそうだけど、遠慮してるようにも見える。
どうしたのかな?
「実は……ワタシもおなかが空いてるの!」
「あ、そっか……」
人間の世界に来て、何時間もああして埋まったままだったもんね……。
「スミレ、人間のごはんは食べれるの?」
「ええ。向こうでも、食べてるものは人間とほぼ同じよ」
「そうなんだ……」
ほぼ同じ……何を食べてるのか気になって、さらに妖精の世界に興味がわいてくる。
「……あ、そうだ。いいものあった!」
私は、ごはんを食べると同時にスミレに、「いいもの」を取ってくることにした。
「おう、ひな。お帰り」
リビングに降りると、パパが帰ってきていた。
「ただいま!パパも、お帰りなさい!」
私が返事をすると、パパはにこっとした笑顔を返してくれた。
「よし。ひなもパパもそろったことだし、ご飯にしましょうか」
「わーい!」
ごはんをよそったり、お皿を並べたりと、
家の中では一番楽しい時間だ。こうしてる間は、いやなことも忘れることができる……
「パパ、今日学校でね……」
初めてできた、女の子の友達の話をした。
「そうか、転校初日で友達ができたのか!大事にするんだぞ」
「うん!」
……色々話しながら、ご飯の時間は過ぎていく。
「……ごちそうさま!」
「よく食べたわねー。お皿、流しに置いといてね」
ママに言われて私は、流し台に食べ終わった後のお皿を置いて行った。
……そして、ここでやることはもう一つ。
「えっと……あった!」
台所といえば、食べ物がたくさん置いてある。
私の思った通り、お菓子の買い置きがいっぱいあった。
「ひとつ、持っていこう……」
とりあえず私は、一袋ずつになったポテトチップのひとつをちぎって、ママたちに見えないように隠し持つ。
「わたし、部屋に戻るね!」
「あら、勉強?」
「そんなとこ!」
本当のことは隠しながら、私は自分の部屋に帰るのだった。
「スミレ!持ってきたよ!」
「な、なにを?」
私は部屋に戻るなり、お腹をすかせているスミレのため、さっき持ってきたお菓子をプレゼントした。
「え、いいの!食べていいの!?」
「うん。お腹空いてるんだよね?」
私がほほえむと、スミレは感激したようにお菓子の袋を開けた。
……開けられるんだ。
「こ、これはポテトチップというやつね……ん、おいしい!」
びりびりと袋を破ったスミレは、顔を袋に突っ込んで中身を食べている。
「ああ……」
その食べっぷりに、私は出す言葉がなかった。
「ふう……美味しかったわ!」
からだが小さいからか、食べ終わるのに少し時間がかかっていた。
でも、袋の中身はすっかりからっぽ。
「おいし…か……ぐー」
「えー!?」
スミレは、そのまま目を閉じてしまう。
食べ終わってすぐに、眠ってしまったみたいだ。
「まだ、聞いてない話もあったんだけどなぁ。私も寝ちゃおう……」
スミレを私のベッドに寝かせて、私も寝る準備をすることにした。