序
「お、お前ら……全員魔王の手先だったのかよ! 」
ここは『魔王領』にある、都市『ラバレン』である。教会より魔王討伐の使命を与えられた勇者は仲間たちと共に、度重なる困難に立ち向かいやっとの思いでここまでやってきた。ところが、ここで勇者は絶望することになる。勇者が仲間だと思っていたパーティーメンバーは皆、魔王の手先だったのだ。
しかもその1人には、勇者の妹も含まれていた。
「ディ、ディアナ、まさかお前も……なのか? 」
勇者は恐る恐る訊いた。
「そうよ。私は魔王様に忠誠を誓っているの。決してお金のために、貴方を捕らえたわけではないわ」
「ど、どうして……ま、魔王に忠誠って……信じられない」
「兄さんには悪いけれど、これからは牢獄での生活になるわね」
こうして、勇者は魔王の手先によって捕らえられ、牢獄に幽閉され、心を病んだ。彼の心が晴れるのは幾分かの月日が経った後、『ある男』が彼に接触する時を待たなければならない。
序 終わり。
(50)
「えっ! これ、高級なお菓子なの」
どうやらユミは、マリーアの発言でこれが高級品であることに気づいたようである。ああ、王家や貴族或いは商家(豪商)の子供でない限り、この年齢で高級品であるかどうかなどを自らが積極的に意識することはないだろう。
「…………」
ダヴィドはお菓子の袋の中身を見つめて黙っている。
単に高級なお菓子だから見とれている、というわけではないことは私は判っているぞ。
「何日もここで待たせてしまったのだ。むしろ、このくらいでは足らないくらいだろうな。まあ、好きに食うなり捨てるなりしてくれ」
「カルロ、何を言っているの? 捨てるなんてもったいないよ。高級なお菓子をくれてありがとね」
「ありがとうございます」
「…………あ、ありがとう」
と、感謝の言葉を私は貰った。別にそこまで計算していたわけではないがな。
さてと、もう一つ渡すべきものがある。それは『魔王領』について記された本だ。
「あと、これはユミにあげようと思って買ったのだが、『魔王領』について色々と書かれている本だ。教会付属の図書館とかには置かれていないだろうから、中々面白いと思うぞ」
まあ、そもそも読書嫌いなら面白いとは感じないかもしれないが。
「勇者として、『魔王領』がどういう場所なのか知っておくべきだと思う。ありがとね、後で時間を見つけて読んでおくね」
「おう。勇者としての自覚がしっかりとあるみたいだね」
本当は勇者としての自覚あると、こちらとしては困るのだがな。
(51)
翌日、私たちは早速、西ムーシの町を発つことにした。久しぶりに4人での旅が再開だ。今は、国境の橋を渡っているところである。
とは言っても、プランツ王国へ向かう者、さらにプランツ王国側からやって来たものとがごった返しており、中々前へは進めない。
「昨日、寝る前にカルロがくれた本を少しだけ読んだのだけど、難しい言葉がたくさんあってわかりにくかったんだ」
と、不意にユミがそう言った。
どうやらユミは、昨日私が本を渡して早々に読んだらしい。ただ、確かにあの本は難解な言葉が使われているのは事実であり、私はそれを失念したままユミに渡してしまったようだ。
「例えば、どのような言葉が難しいのだ? 」
私はとりあえず、ユミにそう訊ねた。
「……っとね、『広義の魔王領』とか『狭義の魔王領』とかそういう言葉がたくさん出てきて、意味不明なの」
なるほど。早速、『魔王領』の定義から混乱しているようだ。
さて、この場合はまず『狭義の魔王領』についてから説明した方が判りやすいだろう。『狭義の魔王領』とは簡単に言えば、魔王の王権が直接及ぶ地域という認識で問題ない。
では次に『広義の魔王領』とは、『狭義の魔王領』にプラスして2つの魔公領と1つの魔侯領を含めた地域のことをいう。
そしてこの魔公領や魔侯領は各魔公や魔侯が君主として統治しており、歴代の各魔公や魔侯が個人的に魔王に忠誠を誓っているとはいえ(この忠誠を誓うということ自体、形骸化しており、あくまでも儀礼的なものになっているが)、それらの地域に魔王の王権は及ばないのである。
ということなのだが、一般人は『魔王領』と口にした際に、それが広義の意味なのかそれとも狭義の意味なのかについて、特に意識することは殆どないので、『魔公領など』も含めて言っているのかについては、その時の話の流れから解釈するほかない。
「まあ、こういうわけだが少しは判ったかな? 」
「……ううん……ってことは、その魔公たちも魔王みたいな存在ということだよね? カルロの話だと、魔公たちはその領地の中では魔王のように振舞っているのでしょ? なら倒さないといけないじゃん」
(52)
随分と勇者という仕事に熱心なことで……。
しかし、少なくとも魔公たちまでをもが、その討伐の対象となっているわけではない。
とはいえ仮に、同時期にユミ以外にも勇者として選任された勇者がいたとして、その勇者が討伐する対象が魔公であるという可能性もないわけではないが。
「いやいや、魔公たちは討伐の対象にはなっていないよ」
少なくとも、ユミが教会から命じられたのは魔王の討伐である。
「そうですよね。カルロさんの言う通り、ユミさんが討伐すべき対象はあくまで魔王ということになります。わざわざ魔公たちまでをも討伐する必要はないでしょう」
どうやら、マリーアも同じ見解のようだ。ロムソン村では魔物の討伐について熱心に提案してきた手前、今回意見が一致したのは意外である。
まあ、私が魔公の討伐を止めて欲しい理由は、『対天使同盟』を締結している『魔公領』があるからだ。全く……こんなことになるなら、ユミには何も教えるべきでは無かったな。余計なことをしてしまった。
「自分もカルロ殿の意見に賛成だ」
ダヴィドもそう言った。
昨日、ダヴィドに渡したお菓子の袋の効果が出てきたようである。
「確かに魔王の討伐だけ命じられたけど…………それでも! それでも、魔公たちも討伐しなければならないよね? 」
おっと、ユミさん。真面目ですね。
しかし、私としては真面目になってもらって大変迷惑なのだよ。
「魔公が存在するというだけで、何か我々に悪い影響があるのか? 」
と、私はユミに訊ねた。
まあ、そもそも今私がユミに訊ねたことは、魔公を魔王に置き換えても同じことが言える。魔王が存在するというだけで果たして人類全体(特定個人又は特定組織に限って見るなら話は別だが)にどういう悪影響があるのだろうか?
そして仮に、人類全体に悪影響を及ぼすとして、それを明確に答えられる者はいるのだろうか?
名前とか都市名って元ネタとかがあるんですか?
80:アーリア◆Z.:2018/07/11(水) 23:03 >>79
元ネタがあるやつはある。
無いやつないね。
>>80
ちなみに元ネタはどのジャンルですか?
>>81
元ネタのジャンルは色々とあるけど、例えば司祭のブルレッド君はレッドブルからきているね。
後、テオドルという人物もいたと思うけど、こいつは喘息の薬であるテオドールからきている。
(53)
「何を言っているの? 魔族は悪い連中でしょ! しかもその魔族たちの上に君臨する者たちなのだから、倒すべきだよ」
駄目だ……。
ユミは完全に教会や天使共のの言い分(デマ)を信じてしまっている。今ここで、仮に私が天使共を倒すべきだと言い放ったら大変なことになるだろう。
「ユ、ユミさん……」
マリーアがそう声を出した。
ただそう声を出しただけではあるが、何かを言いたいのだろう。
さて、私はユミに対して何故、魔族が悪いのかその理由を具体的に挙げられるのか訊いてみようかとした。
しかし、気が付けば橋を渡りきっており、無事にプランツ王国に入国していたのであった。
「無事に入国したか。確かプランツ王国では夜になると吸血鬼が出没するとか聞いたことがあるな」
と、不意にダヴィドが言った。
……吸血鬼。
私も吸血鬼と言う存在は小説などを呼んで理解しているが、ただプランツ王国で出没するとは聞いたことが無い。そもそも、実在するのかどうか疑問である。
「あっ! そういえば私もプランツ王国では吸血鬼が出没するという話を最近、聞いたよ」
どうやら、ユミもダヴィド同様にこの話を知っていたようである。私が知らないだけであって、有名な話なのだろうか?
「吸血鬼は出没しては、人を襲うというとんでもない奴だから、勇者としては倒すべき存在だよね! 」
おいおい。
また、このパターンか。
「魔王討伐を忘れるなよ? 」
私はそう言った。
「さっきも言ったけど、教会からは確かに魔王の討伐だけを命じられたけど、悪い連中は皆倒さなければならないでしょ? 」
そして、この返答パターンだ。
仕方がない。ロムソン村の時のように傭兵団に吸血鬼の討伐をお願いしておこう(というか、吸血鬼が実在するのか本当に疑問なんだがな)。
(54)
「カルロさん。ここはユミさんの言う通り、吸血鬼は倒すべきだと思います」
お、おい! マリーアああああああああ!
先程は、ユミが魔公についてまでをも討伐しようと言いだしたことには、消極的だったよね?
で、吸血鬼の討伐については賛成なのかよ……。
「あ、あのさ、私はプランツ王国で吸血鬼が出没するなんていう話は聞いたことがないのだが、皆はどこでその話を聞いたのだ? 」
仮に吸血鬼が実在しないのであれば、それを倒すということで行動するとなると、ただ時間を無駄に消費するだけである。
「私は、西ムーシの町でこの話を聞いたよ。ちょうどカルロが重要な用事があるとかで、いなかった時だね」
ユミがそう言った。
「自分も西ムーシの町で聞いたぞ。まあ、西ムーシの町はプランツ王国との国境近くにあるわけだし、プランツ王国絡みの話もよく聞けると思うが」
と、ダヴィドもどうやら西ムーシの町でこの話を聞いたようだ。
「2人とも、西ムーシの町で聞いたのか……。ところで、ダヴィドはその話はいつ聞いたのだ? 確か、以前にも王宮兵士を率いて西ムーシの町まで来たとか言っていたけど、その時に聞いたのかね」
「いや、ユミ殿と同じく、カルロ殿が大事な用があるとかで、いなかった時に偶然この話を聞いたのだ」
「という事は、2人とも聞いた時期も大体同じというわけか……」
なるほど。
今聞いた話で、ある可能性が浮上した。というのは、プランツ王国で吸血鬼が出没するという噂は最近になって流れたという可能性があるということだ。
仮にこの場合、元々、プランツ王国で吸血鬼が出没するという話は存在しなかったということになる。
「ところで、マリーアはこの話は知っていたのか? 」
「ええ。実は私も、カルロさんがいなかった時に西ムーシの町でこの話を聞きましたよ? 」
ということは、3人とも本当に同時期に同じ町でこの話を聞いたわけか……。
(55)
「まあ、そんなわけだし吸血鬼は絶対に見つけて倒すべきだよね」
と、またユミがいう。全く面倒な事だ。
どうしてこう、彼女は色々と討伐したがるのだろうかね。
「ユミ殿。吸血鬼はプランツ王国の兵士たちが何とかするはずだ。わざわざ自分たちが関わる必要はないだろう」
私が再度、魔王討伐に優先すべきとと言おうとしたところ(討伐することが目的ではなく、早く魔王領に行きたいからだが)、ダヴィが珍しく自分から意見を述べたのである。
しかも、きちんと関わる必要のない理由を挙げていた。
やはり、昨日渡した「お菓子の袋」が効いているのだろうか。
「私はユミさんの意見に賛成です」
しかし、マリーアは先の通り、吸血鬼の討伐には賛成であるのだ。これでは2対2であり半々に分かれているため話が先に進まない。
……困ったものだ。
「ところで、カルロさんはロムソン村で魔物の退治に反対したときに早いところ、魔王領に行くべきだとおっしゃいましたよね? 」
と、マリーアは私に声をかけてきた。
……なんか変な返答をすると、言質をとられて不利になるかもしれないね。
「そんなこと言ったかな? 」
恐らく「早く魔王領へ行こう」的なことは言ったと思うが、ここは誤魔化しておこう。
「私はカルロさんはそう言ったと思いますけど、まあ実際言ったかどうかはこの際、問題ではありません。私が1つ言いたいのは、カルロさんは旅を一度、中断して私たちを西ムーシの町で待たせたのですから、早く魔王領へ行くべきとか、魔王討伐を優先すべきとか言う理由では反対しないでくださいね? 」
お、おおおおおおおおおお!
マ、マリーアああああああ!
痛いところを突かれた。こいつめ……。
ただ、旅の中断をしたのは確かだし、こればかりは言い訳しようがない。
「し、しかしだね……。ダヴィドが言った通り、プランツ王国の兵士たちが対処するだろうし問題ないでしょ」
私はこうなったらと、別の観点からどうにか言いくるめることにした。
しかし、ここでユミが口を挟んできたのである。
「ねえ、ダヴィド。さっきはマリーアが話し始めたから言わなかったけど、私はプランツ王国の兵士たちは何もしてないって聞いたよ? 」
と、結局、ダヴィドの理由付けはこうもあっさりとつぶれてしまった。
吸血鬼は本当に実在するのかどうかわからない。考えてみればこのような事案に兵士たちがわざわざ対応する時間はないだろう。
で、仮に吸血鬼は実在するかわからないから、無視して先に行こうと言っても、「なら、どうして噂になってるの? 」「とか実在するかどうか確実なるまで調査すべきです! 」などと言われるオチだな。
「……仕方ない。正直なところ吸血鬼討伐に何の意味があるかわからないが、私は3人の決定に任せる」
ここは仕方がないので、反対を取り下げることにした。
そして、3人に任せた以上、結局のところ賛成2、反対1で吸血鬼の討伐をするという流れになったのである。
尚、今回も駅馬車の利用を提案したが、ユミの戦闘経験を積ませることを理由に徒歩でプランツシティを目指すことになった。
(56)
俺は今、プランツ王国の王都プランツシティのとある宿屋にいる。
数日前から既にプランツ入りしており、後々来るであろう勇者一行を捕らえるために(1人を除く)、色々と準備しているのだ。
「おい、旅芸人。早速、王都のはずれにある屋敷に向かうぞ」
「そんなきつい言い方をしないでよ。というか、うちの名前はアリシャなんですけど。だからアリシャって呼んでくれないかな? 」
「そんなこと知ったことか。ほらさっさと行くぞ」
このアリシャという人物は元旅芸人である。今回、勇者一行を捕らえるための協力者なのだ(同行していた部下は、天使複数の焼死体発見(一体だけ違ったが)の件の報告で魔王領へ急行している)。
そして、今回、勇者一行を捕らえるための作戦として俺は吸血鬼という架空の存在を利用することにしたのである。これを思い付いたのは、目の前にいる元旅芸人のアリシャと出会ったのがきっかけであった。
俺たちが例の森(使役する魔物を捕まえにいったら天使の焼死体等を発見した森)から西ムーシの町に戻った時の話である。くたびれて、西ムーシの町に戻ったところ、アリシャが現れて(その時は当然、名前も知らなかったが)俺の持ち物を盗もうと悪事を働いたのだ。当然俺はそれを阻止し、逆にアリシャを捕らえた。
その後、色々と話を聞いている内に、実はアリシャが元々は旅芸人であって、さらに吸血鬼の役を演じてたことを知ったであった。
以上のことから、俺はこの話を聞いて吸血鬼という架空の存在を利用することにしたのだ。
尚、今回使用する古びた屋敷は誰かさんの物ではあると思うが、勝手に使わせてもらってるだけである(もう廃墟みたいだし、管理すらされてないから勝手に使用しても俺はバレないと思う)。
「ま、まあ盗みを見逃してくれた上に、報酬をくれるらしいし、多少我慢はするけどさ……」
「そうだぞ? 俺は見逃してやった上に報酬を支払ってやるんだからな。それはさておき、この宿屋から今から向かう屋敷までの道のりは暗記しくれよな」
「わかった。頑張って覚えるよ」
勇者一行がやって来たら、アリシャには今いる宿屋から今から向かう屋敷まで速やかに動いてもらう必要があるので、何としてでも道のりを覚えてもらう必要がある。
さらに宿屋から屋敷までは、それなりに距離がある上に、速やかに移動してもらうわけであるので走って移動してもらうことになるのだ。
「後、ここから屋敷までは走ってもらうことになるから、短期間ではあるがジョギングでもして多少は持久力をつけてくれよ」
「なら、ここからその屋敷とやらまでの道のりを走って移動を繰り返せば一石二鳥だね」
「おう。頼むぞ」
(57)
プランツ王国に入ってから2日目の早朝。
プランツ王国領内にあるウェプラの町で一泊した私たちは、プランツ王国の王都プランツシティを目指して移動を再開した。
そして、
「ねえカルロ! 大昔の魔王領には魔王がたくさんいたみたいだね? 」
ほう。
その話を訊いてくるということは、熱心に例の本を読んでいるということか。
「もうそこまで読んだのか……。となると、ちょうど大魔王という地位が大昔にはあったということも知ったところかな? 」
「うん。各地に存在した魔王のさらに上に君臨していたのが大魔王なんでしょ? 」
『大魔王』。
大昔に存在したとされる世襲の地位であったと言われており、ちょうど現在の魔王領(広義)くらいの領域を支配していたらしい。
そして、大魔王と呼ばれることもあってか、大魔王の一族は絶大な魔力を有していたと言われている。
しかしだ。
良いことばかりではないのだろう。
その大魔王一族は子孫に恵まれず3代目が没して以降、その地位は空位となったと言われている。しかも奇妙なことに3代目の大魔王は初代大魔王の祖父と言うらしいではないか。
「そうだね。絶大なる魔力に、そして各地の魔王を従えていたわけだから、まさに『大魔王』と呼ぶにふさわしい地位であったのは間違いない」
「もし今も大魔王の一族が生きているなら、これって大変なことだよね? 」
なるほど。
『大魔王』をあくまでも敵として扱うのであれば、それはとても苦労することになるのであろう。
しかし私は、仮に『大魔王』の一族が今もいるのであれば、うまいこと天使共と敵対させて自らは漁夫の利を得たいものと考えている。
「ま、まあな……仮に大魔王の一族が生きていれば、魔王討伐なんて軽々こなすくらいでなければな……」
とりあえずユミにはそう言った。
(58)
「カルロさんにユミさんも……立派ですね。魔王領についてそんなにお調べになっているなんて」
私とユミの会話を聞いてか、マリーアがそう言ってきた。確かに普通はここまで『魔王領』について調べる者はいないであろう。
「立派も何も、趣味で調べているだけだしな。マリーアも趣味には没頭するでしょ? 」
「私は勇者として知っておくべきだと思っているから、当然のことをしてるだけだよ」
私とユミはそれぞれ、そう言った。
ユミについては……相変わらずユミらしい真面目な理由で例の本を読んでいるようだ。まあ、そういう私も本当は純粋に「趣味で調べている」と言い切ることはできないが。
「私も2人の話を聞いていて、『魔王領』について色々と調べてみたくなりました。……そ、そのユミさんが手にしている本は一体どこで手に入るものなのでしょうか? 」
どうやら、マリーアも興味が沸いてしまったようだ。
「恐らくだが、王都プランツシティにある本屋を適当に巡れば見つかると思うぞ? そんなに珍しい本でもないからな」
そう。
ユミに買い与えたこの本は実際に珍しいものではなく、本屋に行けば普通に手に入れることができるものである。
ただ、珍しいものではないのだが私がチェックした教会付属の図書館には置かれていなかった。恐らく私がチェックしていない所にも置かれてはいないだろうと推測している。
そして、
「今まで言おうと迷っていたが、そのユミ殿が手にしている本は王宮の図書室にあったぞ。読んだことは無かったが」
と、ダヴィドが言った。
なるほど。王宮と言うのは教会と違って『魔王領』に対する精神的アレルギーは無いようだ。
「そうだったのですか……。普通に本屋で売られていたり王宮の図書室にもあるなんて、何だか恥ずかしいです」
と、マリーアは少し恥ずかしそうに言った。
(59)
そして、早朝にウェプラの町を出発した私たちは1日中歩き、日が落ちたころにようやく王都プランツシティに到着した。1日中歩きつづけたがためにとても疲れているので、宿屋を見つけて早く休みたいところだである。
「皆さんお疲れですよね? もし良ければ私がプランツシティに来るたびに宿泊させていただいている宿屋あるのですが、ここから割と近いですしどうでしょう? 」
王都プランツシティについて早々、マリーアがそう提案してきた。マリーアは攻撃魔法士だというし、仕事で頻繁にプランツシティに訪れるのだろうか?
それはともかく、私は正直なところどこの宿屋でも構わず特に反対する理由もないので宿屋の件はマリーアに任せることにした。ユミとダヴィドの2人もマリーアに一任したようである。
「では早速向かいましょう」
マリーアの案内でその宿屋に向かって進んでいると、宿屋の看板を掲げている建物が目に入ってきた。
「今見えてきた宿屋がいつも宿泊に利用させていただいている宿屋です」
ほう……。建物を見る限り、可もなく不可もなくといったところである。
そして、私たちは宿屋の中へと入った。
宿屋の中も可もなく不可もなくといったところである。そして手続きを済ませた私たちはそれぞれ鍵を受け取り各自部屋へと向かった。
「ここか」
私は受け取った鍵を使って部屋の扉を開けて中に入った途端のことである。
何ととんでもないことに、部屋の中から何者かが私を目掛けて突進してきたのであった。部屋の中は薄暗くて顔までは判らないが、人影がこちらへ突っ込んでくることを把握するには十分な明るさはある。
「くそっ! 」
私は自分の腹を守るよう態勢をとった。
何故かというと私は、相手が猛スピードで迫ってきて腹を短剣で刺して殺そうとしていると判断しその上で、防御魔法(物理攻撃も防げる)を発動する時間的猶予はないと判断したからである。
しかし、まさか私の暗殺を企んでいる奴らの一味とこんなところで出くわすなんて、なんと不運なのだろうか。
(60)
くそ!
狙いは私の首筋だったのか……これは終わっちまったな。……まさかこんなところで……。
私は絶望した。私にはまだやることがあるというに、ここで命を落としてしまうという現実に。もちろん、私を恨んでいる者たちは大勢いるだろうしこれは必然なのだろう。
「ちょっぴり、キミの血をいただくよ」
そして暗殺者(?)はそう言って、私の首筋に短剣でも突き立てたのだろう。首筋からチクりと痛みが感じたのである。そしてこの痛みは激しくなり、その後は出血多量で死ぬ。これで私の人生は仕舞だ。
しかし……
「痛みがそれほどでもないだと? 」
そう。
私は自分に生じた痛みがそれほどのものでは無いことに気づいたのである。むしろ想定していたものと比べると。可愛いと連想してしまうくらいの程度にも感じてしまう。
さらに不思議なことに私の意識は未だはっきりとしているのだ。
であるが故に、冷静に事実確認を行うことにした。
「まさかな……? 」
その暗殺者らしき人物は若い女であり、何故か己の歯で私の首筋を噛付いていたのである。決して短剣などではなかったのだ。
まるで吸血鬼じみた行動と言えるだろう。
「これで少しは元気なったわ! キミの血はとっても美味しかったわ。ありがとう」
そして、女はそう言って、この場を去ろうと行動に出た。
「こらまて! 」
逃がしてたまるものか!
私はとっさに腕を伸ばし、女の腕を掴んだ。
「貴様ぁぁぁぁ! 私に攻撃してくるとはな! 暗殺のつもりなのだろが、失敗して残念だったねえ? で、誰の指図なんだ? 教会か? それとも天使共から直接指図を受けたか? まさか戦死した兵士の親族か? どうなんだぁぁぁぁぁ!!!!」
私は突如として湧きだした怒りの感情をコントロールできず、畳みかけるように女に対して質問責めをしたのである。
ところが、女は私の怒りの叫びなどには一切影響されず、全くもって余裕な表情を見せていた。
「ふふ。私ばかりに気をとられていて、良いのかな? 」
「何だと!? 」
直後。
私の背中に何かが突き刺さったのだろうか、激しい痛みと凍り付くような冷たさを感じたのである。
(64)
背中に感じた痛みと冷たさが原因で、一瞬気を散らしてしまった私は女の腕を掴んでいた手を放してしまった。
それを良いことに、当然女は走って逃げだしたのである。
「くそ! まちやがれ」
私も当然女を追いかける。
「ところで……」
追いかけるための動作とほぼ同時に、ほんの一瞬だけではあるが私はチラッと後ろに振り向いた。
背中がやられた以上、先程の攻撃は後方からなされたのは間違いないからだ。
そして、茶色でフード付きのロングコートを身にまとう者の姿が見えたのである。その者も今まさに廊下の窓から飛び降りようとしていたところであった。
「どこの誰さんなんだろうかね」
と私は小声でつぶやいた。
まあ、あのロングコート姿の者も今追いかけることにした協力者なのではあるのだろう。
そう気になる私ではあったが、それよりも例の女を追いかけることを優先した。
さて例の女であるが、中々走るのが速く、そしてある程度の持久力もあるのだろう。私も走ることには自信があるとは言え、何故だか追いつきそうで追いつかないのである。
そして、
「快速魔法を使いたいところではあるが……」
と、私に感じさせるほどである。
しかしここはプランツ王国の王都であって、私にとってそんなところで安易に快速魔法を使うには心理的ハードルがあるのだ。理由としては教会に目を付けられたくないというものである。先日、快速魔法で王都アリムーシと西ムーシの町を行き来した際は、街道から少し離れたところで移動していたわけだ。
要は、せめて人通りの少ない場所にあの女が駆けこめばこれ幸いと思うところである。
(65)
「おいあんた! 大丈夫か、そんな状態で走っていて」
例の女を追いかけていると、不意に後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。ほんの一瞬、例の女の協力者かと思ってしまったが、これは私が雇った傭兵団の団長の声だ。
「良かった。団長さんたちか」
「まあ、あんたが負傷しながらも誰かを追いかけているのを部下が発見してな。だから『仕事』をしているわけさ」
「それはどうも。中々、心強い傭兵団だな」
元々、アリムーシの酒場の店主の紹介だとは言え、この傭兵団に対してそこまで期待などはしていなかった。とりあえず私の指示に従う頭数さえ揃えば良かったのだ。しかし彼らは自発的に行動してくれている。
「そりゃどうも。で、あの女を追いかけているってわけか? 」
「ああ。あの女だ」
そして、傭兵団の面々と共に引き続き、女を追いかけているとボロい屋敷が見えてきた。
「おい! あの中に入りやがったぞ」
女はそのボロい屋敷の中へと入ったのである。『吸血鬼の屋敷』というイメージ通りの屋敷の中へ。
「すんなりと中へ入ったからな。アジトとして使っているのかもしれない。恐らくあの女の協力者もいるだろう」
あの女が単に一時的に駆け込んだようには見えなかった。ボロ屋敷の門や玄関を開ける際に、最初から鍵がかかっていないことが判っていたかのように、開けたからである。
これは恐らく、我々を迎え撃つ準備が整っているという事だろう。
皆様へ。
この小説も、途中で終わっていますが、つい先日、別のサイトで投稿した次第です。
小説家になろう
エブリスタ
以上、2つの掲示板で投稿しました。
誤字脱字の修正は、エブリスタの方が逐一修正がしやすいので、こちらの方がより正確な文章になっていると思います。ただ、小説になろうの方が先行して投稿しているので、物語はエブリスタに比べて進んでいます。
以下にURLを貼っておきます
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