登場人物:奈央(なお)
場所:学校
日常生活で起きた、普通の女子である奈央の闘い
穏やかな陽気が漂う秋の授業中、奈央が教科書を見ていると、それは突然やってきた。
「グルグル」
(あれ、なんかお腹痛くなってきた)
お腹の下あたりが痛みはじめたのだ。原因は分かっている。奈央はここ数日、トイレに行っていなかった。
(トイレ行きたい……)
手を挙げれば、すぐにでもトイレに行けるが、どうしてもそれはできなかった。奈央は可愛くて真面目な女の子である。下品な言葉を使う女子もクラスにはいたが、奈央はそんなことは絶対にしないため、男子からも好かれていた。
そんな奈央が授業中にトイレに立ち、長時間戻って来なかったとしたら、後でどんな噂が立つか分かったものではない。そうなれば、もう恥ずかしくて、学校に行けなくなってしまう。実際、奈央は今までも、学校で大きい方をしたことはなかった。
(我慢してれば、そのうち治るはず)
しかし、10分たっても、お腹の痛みは良くならない。体中に寒気が走り、腕には鳥肌が立っている。
(お腹痛い…… 仕方ない。嫌だけど、授業が終わったらトイレ行こう)
奈央は初めて学校で大きい方をすることに決めた。
しかし、そうだとしても、授業が終わるまであと10分ある。それまでは何としても耐え抜かねばならない。奈緒は必死に授業に集中して、気を紛らわそうとした。
(このままお腹のことを考えないようにすれば……)
なんとか、5分がたった。
(あと5分か。これなら大丈夫そう)
しかし、そのときだった。
「ギュルギュルギュル」
(うそでしょ)
お腹が再び暴れ始めたのだ。奈央の体がブルブルと震える。
(い、いたい…… もう少し…… もう少しだから…… お願い……)
奈央は何とか周りに気づかれないように、下を向いて教科書を見つめ続けた。もちろん、中身は全然読んでいない。ただ、時間が過ぎ去るのを待っているだけである。
そして、ついに待ち望んでいた時がやってきた。
「キーンコーンカーンコーン」
「はい、じゃあ今日はここまで」
奈央は何とかやりとげたのだ。
(終わったぁ。早く、トイレ)
奈央は急いで教室を出る。これで、お腹の苦しみともさよならだ。しかし、そんな奈央の期待とは裏腹に、教室近くのトイレの前には衝撃の光景が広がっていた。なんと、他の女子がそのトイレに入っていくではないか。休み時間なので、考えてみればあたりまえである。しかし、人がいるトイレで大きい方をすることは、奈央には無理だった。
(どこか、誰もいないトイレ…… そうだ、あそこなら……)
思いついたのは校舎の一番はずれにあるトイレである。あそこなら誰もいないはず。しかし、問題は、教室からは少し距離があることだ。今から行って間に合うだろうか。
(行くしかない)
そう決心した奈央は、必死に我慢して校舎の外れのトイレに向かって行った。
「ギュルッ ギュルルル」
(ひーっ)
奈央は少しずつ階段を下りて、トイレへと向かう。しかし、あまりゆっくりだと、周りの人たちにトイレを我慢していることがバレてしまう。
(もう少し。あとちょっとだから。頑張れ私)
渡り廊下を渡っていくとトイレはもうすぐだ。やっと、やっとこれで本当に苦しみから解放される。そう思った時だった。
「あっ、奈央!何してるの?」
「ひやっ」
急に違うクラスの友人に声をかけられてしまった。
「ちょっと聞いて。さっき面白いことがあったんだけど」
いつもなら仲良く話をするのだが、今はそんな状況ではない。
「ご、ごめん…… 今、急いでて……」
「どうしたの?」
「えっと、せ、先生に呼ばれてて。本当にごめんまたあとで。ごめんね」
「え、うん、こっちこそ引き留めちゃってごめん」
本当の理由など言えるわけがない。奈緒は悪いと思いながらも、適当にごまかして先に急ぐ。そしてついにトイレの前へとやってきた。あたりを見回しても誰もいない。
(大丈夫かな…… バレないよね…… よし)
覚悟を決めた奈央はトイレへなるべく足音をたてないように、そっとトイレに駆け込んだ。
これで全てが終わる。奈央は本当にそう思っていた。しかし、何ということだろう。トイレの中に入ると2つの個室が閉まっているではないか。どうやら、誰かが使っているらしい。
(うそ…… ここまで来たのに)
その瞬間、閉まっている個室から同時に水が流れる音がした。思わず奈央は空いているトイレに入ってしまう。今誰かに会うのは恥ずかしかったのだ。すぐにトイレのドアが開く音と、2人の女子の会話が聞こえてくる。
奈央はお腹を抱えながら、2人がトイレから出ていくのを待つことにした。
(ここさえ、ここさえ乗り切れば今度こそ……)
もうお腹は限界で、足もガクガクふるえている。奈央は和式トイレをまたぎながら、体をくねらせて、必死にこらえていた。しかし、外の2人は話に夢中でなかなかトイレから出て行かない。
(はやくして……)
額には暑くもないのに、変な汗をかいている。
「ギュルギュル」
(うっ、はや… く…)
お腹の中のものが、とにかく外に出ようと、奈央の体を刺激し続ける。
「それでさー 昨日のことなんだけど」
「え、なになに」
「いやさ、テレビでね……」
「ハハハハ 何それー」
「ギュルルルー」
(も、も、も、もう… だめ……)
「あぁっ」
もう奈央にはこれ以上耐える力は残っていなかった。すんでのところで、奈央はトイレにしゃがみこむ。
その瞬間、トイレ中に下品な音が大音量で鳴り響いた。おそらく、廊下まで聞こえただろう。同時に女子生徒が話し声がピタッと止む。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
(や、や、やっちゃった…)
外の2人はしばらく黙りこんでいたが、気まずそうに少し笑いながら、トイレから出ていった。あれだけバレないように気を付けてきたのに、結局奈央は、人がいる中で豪快にやってしまったのだ。
(なんで、なんでこんなことに)
トイレにしゃがんだまま、思わず泣き出しそうになってしまう。しかし、泣きべそをかいても、もう手遅れだ。幸い、さっきの2人に顔を見られたわけではない。しばらくすると、ついにずっと苦しかった腹痛がおさまってきた。
(はーっ、気持ちいい……)
今なら空も飛べそうなほどお腹が軽い。
しかし、その場にじっとしているわけにはいかなかった。もしかしたら、また誰かがやってくるかもしれない。その前に、トイレから出なくては。奈央は急いでお尻をふいて立ち上がった。
(うわっ、すごい量)
和式トイレの中には、奈央のお腹に溜まっていたものが、ドッシリと横たわっている。自分でしたとはいえ、奈央は恥ずかしくて目をそらせてしまった。そして、レバーを押すとすぐにトイレから退場した。
教室の近くまで来ると、ようやく奈央はホッと一息ついた。いろいろあったが、長い闘いが終わったのだ。
「あっ、奈央どこ行ってたの?」
「えっ、いやちょっと、他のクラスに」
元気になった奈央は友人と楽しく話し始める。クラスの生徒の中で、奈央がさっきまで何をしていたのか知るものは一人もいなかった。
終わり