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1:えふえるじーさん:2018/09/27(木) 08:54


【Prolog】
ときに、性別が三つあればと思うことがある。
互いが互いを愛し合い、三人で手を繋いで三人でキスをして、三人で結婚して──。

愛することは良いことなのに、二人同時に愛することは許されない。
浮気や不倫でもなんでもなく、ただ二人を同時に愛したいだけ。


【character】
今秋 京(いまあき きょう)♂
名門大学に通う22歳の男性。
女性経験がなく初恋も未体験なため、恋愛に関しては奥手。
自分に自身がなく常にネガティブ思考。

明日原 未来 (あすはら みらい)♀
大学二年生(20歳)で、京と同じ大学出身。
才色兼備で料理も上手いが高飛車で我儘。
数多くの男と付き合っていたが、全員に『愛が重すぎる』と言われ、長続きしなかった。

加古 咲夜 (かこ さくや)♀
京の同級生かつ幼馴染で、美容師になるため専門学校に通っている。
10年以上京のことを想い続けているが、本人に打ち明けられていない。
天真爛漫で裏表がない。

2:えふえるじーさん:2018/09/27(木) 19:56

『容疑者の動機は浮気の復讐ということで、警視庁は……』

午前9時のワイドショー。
レギュラーの女性アナウンサーがスラスラと滑りよく読み上げているのを耳で聞き流しつつ、冷蔵庫から出したいちごヨーグルトの蓋を開けた。
物騒だな、自分には一生縁がなさそうだな。
いちごヨーグルトをすくいながら漏らした感想は至極単純だった。

3:えふえるじーさん:2018/09/27(木) 19:57

俺は、浮気や不倫という概念が理解できないでいた。
どうして二人を同時に愛してはいけないのか、何故一人の相手に固執しなくてはならないのか。

愛という単語は無条件に良いイメージを与える。
実際、愛はこの世に存在するモノにしては珍しく美しいものだ。
汚れた愛でも愛は愛。
愛は文明の奇跡だと、かの有名なフランス作家、スタンダールも仰っている。
その愛が二倍になるのだから、二人を同時に愛したらもっと素晴らしいと、ときに思う。

愛には様々な形があるが、兄弟愛や友愛を遥かに超える恋愛なら尚更最高ではないか。
しかし、この世は恋愛を一人に捧げることを美徳としており、二人同時に愛そうものなら本人からも世間からも袋叩きにされる。
嫉妬という感情もろくに覚えたことのない稀有な俺は、ずっとそれを解せずにいた。

いちごヨーグルトの酸味が舌に染みる。

4:えふえるじーさん!:2018/09/28(金) 01:26


『続いては、大人気歌手の──』

いちごヨーグルトを食べ終えた頃には浮気による殺害のニュースが終了し、よく分からないアーティストのスキャンダルへと話題が転換していた。
音楽に疎い俺にとっては、歌手のスキャンダルなんて話したことのないクラスメートの誕生日くらいどうでもいいことだった。
丁度キリのいいところだったのでテレビの電源をブツリと切り、瑠璃色のカーテンを勢いよく引く。
窓枠の向こうに、鼠色の厚い雲がどんよりと空に沈んで彷徨しているのが見えた。
既に軽い小雨がぽつぽつと落ちており、ひどくなるのも時間の問題かもしれない。
通りで朝から異様に空気が重いと思った。
少し早めではあったが、天気が悪いので丁度良いだろう。

5:えふえるじーさん!:2018/09/28(金) 01:29


俺は家を出発するべく、愛用しているコンバースの黒いリュックを手に取った。
筆箱、ノート、プリント、ハンカチ・ティッシュなどの日用品。
大学生の荷物は軽い。

俺は現在大葉霞大学二年、22歳、立派な学生だ。
人生の夏休みと謳われる大学生活を有意義に使い、今のところは専攻した心理学の勉強と趣味──読書と特撮ドラマ鑑賞に没頭している。

ただし、悪くいえば──友達と遊びに行ったり恋人とデートしたりなどは一切無いということ。
高校生の頃もそんな感じの無機質な生活で、大学生になれば恋のひとつはできるだろうと淡い期待を抱いていたが、そんなことはなかった。
心理学を嗜む者として恋愛感情というものを知らないのは恥ずかしいのだが、如何せん自身を揺さぶってくれるような出会いに俺はまだ巡り会えていない。

6:えふえるじーさん:2018/09/28(金) 19:46

ヨーグルト食べて、ワイドショー見て、家を出て、電車に乗り、バスを使って大学へ。
ここまでいつもと同じ、全く代わり映えのしないルーティンだ。
いつもと少し違うところといえば、朝に食べたのがいつものアロエヨーグルトではなくいちごヨーグルトだったくらいだろうか。
ゲームのようにスキップできるものならスキップして飛ばしてしてしまいたい。


こうも同じ日常をなぞるだけの無味乾燥な日々を送っていると、心がいたずらにモヤモヤしてくるのだ。
繰り返される日々にうんざりして、大学までの道を違うルートで行ってみたくなった。
いつもは店が数多立ち並ぶ大通りの方を参勤交代のように他の学生の後に続いて歩いていくのだが、なんとなく天邪鬼な気分になって、他の人があまり通らなさそうな、人影疎らな小道へと足を踏み入れてみる。

7:えふえるじーさん:2018/09/28(金) 22:46

雨は刻々と勢いを増し、まるでシャワーヘッドからながれ落ちていく水のようであった。
予報では小雨で済むと報道していたので、すっかり油断していた。
先程の小雨からここまで強くなるなんて誰が予想できただろう。
アスファルトの窪みに溜まった雨水を、ばしゃばしゃ蹴散らしながら歩く。
どうせ普通に歩いたって濡れるので、わざわざ水溜まりを避けて行く気にもなれなかった。

「あれは……」

この大洪水のさなか、傘もささずに路地裏で棒立ちし
ている女性の姿を捉えた。
遠目から指さして、あれはマネキンだよ、と言われたら騙されてしまうほど彼女は微動だにしなかった。
水のカーテンが邪魔をして明瞭には見えなかったが、俺はマネキンの正体を知っている。

「……明日原さん?」

同じ大学、同じ専攻、同じ学年の同級生、明日原未来さんに違いなかった。
このキャンパスではかなりの有名人で、昨年のミス大葉霞に選ばれた女性だ。
容姿端麗で才色兼備、何人かの男性が高嶺の花だと噂しているのを小耳に挟んだことがある。

8:えふえるじーさん:2018/09/28(金) 23:06

いつもは完璧なまでの曲線美を描いていた茶髪のふわふわカールも激しく雨に打たれ、情けなく潰れていた。
ふわりと花弁のようにひらひら舞っていた薄桃色のスカートも、びちゃびちゃと雨水を滴らせながら彼女の太ももに貼りついている。
パッチリとした二重の双眸は半開き、口は固く結ばれ、虚無を具現化したような表情にゾクリと背筋に冷たいものが走った。
表情筋の一つも動いてやしない。
まばたきすらしない。
もしや立ったまま死んでるのでは……なんてバカバカしい疑惑まで抱きかねないような彼女に、俺はおそるおそる近づいた。

「……傘、使いますか?」

俺がそっと彼女の頭上へ縹色の傘を傾けると、彼女は初めて瞬きをひとつした。
長い睫毛から小さな雨水が滑り落ちる。
彼女は焦点の定まらない虚ろな目を向けると、ようやく俺の姿を認めたようだった。

「えっと、傘、使いますか?」

しつこいと思われるだろうと懸念しつつも、再度同じ質問を繰り返した。
彼女は固く結んだ口を少し半開きにした、その刹那だった。

「……っ、ぅ、ぁ……うわあぁああぁああぁんっ!ああぁーっ!」
「ゑっ? ゑぇ!?」

あろうことか彼女はいきなり堰を切ったように大声で泣きだし、その場に座り込んでしまったのだ。
ただでさえ激しい雨音をかき消すくらいに、彼女の慟哭は暴れていた。
先程の虚無な表情からは想像できないほどの絶叫に、俺は狼狽えることしかできない。

女性の感情というものは、雨よりも予想しにくい。

9:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 00:38

涙なのか鼻汁なのか、はたまた雨の礫なのか区別し難いほどで、正直面倒なので置き去りにしたかった。
しかし彼女とは同じ学科で同じ教授の授業を取っているのだ。
見捨てたことでその後気まずくなることを恐れた俺は、とりあえずしゃがんで彼女と目線を合わせた。
明日原さんは相変わらず萎れた花のように俯いたまましゃくりあげている。

「ずっとそこにいたら風邪ひきますよ? その状態だと講義にも出られないですし、今日は一旦家に帰った方が……「ない」

やっとのことで声帯から搾り出したであろう第一声は、酷く掠れた鼻声だった。

「家……な、い……ぅ、あぁあああん!」
「なっ、えっ、なんで……?」
「あぁああぁーっ! あいつが! あいつの、全部、あいつの……っ! うわあぁあああぁ!」

──バシャリ、ビシャン、バシャン。
彼女は足元の水たまりに何度も激しく手を打ち付け、水たまりを破壊しようとした。
行き場のない怒りに居場所を与えるような、そんな八つ当たりだった。
跳ねた雨水が俺の方にも容赦なく襲いかかってきたが、元から濡れ鼠だったし気にしないでおくことにしよう。

「もう、さいっあく! あいつのせい、で、私……っ!」
「えーっと、あ、ちょ、一旦避難しましょう! このままだと本当に風邪ひくんで」

運よく通りがかった空車のタクシーを呼び止めると、俺は彼女を宥めるような声色でそう言った。
彼女は否定も肯定もしなかったが、俯いて黙りこくったまま俺の後についてきた。

10:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 01:06

こんなびしょ濡れのままタクシーを利用するのは憚られたが、電車やバスを使っても結果は同じだろうし、なにより彼女がまともに駅まで歩けるとは思えなかった。
これも不幸中の幸いで、少し大きめのタオルを2枚リュックに忍ばせていたため、座席に敷いてなんとか被害を最小限に抑えた。
さらに幸運が重なったと思えるのは、運転手さんの人柄が良く、嫌な顏一つせず受け入れてくれたということだろう。
シートカバーを外すなどの対策をして頂き、こちらとしても本当に助かった。
ずぶ濡れの成人男女を見て何か察したのだろう、同情を含んだ笑みを向けられたのは不本意だったが。
しばらくタクシーを利用する気にはなれないくらいの恥辱を味わされた上に、講義には出られず、馬鹿にならないタクシー代を払うことになった。
タクシー代と迷惑料を請求してやろうかとも思ったが、俺が強引に連れだしたため彼女に払わせるのは筋違いというものだろう。

紆余曲折あったが、結局俺の家へと一時避難させることにした。

11:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 01:16

パーカー、シャツ、ズボン、リュック。
ありとあらゆる布製品が限界まで水を吸って、どっと重くなっていた。
纏わりつく布に気持ち悪さを覚えて、一刻も早く脱ぎたい衝動に駆られる。
とりあえず玄関先で軽く水を絞り、彼女を中へと案内した。

広いとも言い難い1LDKのアパート。
想定外の来客だったためロクに片づけていないが、普段から見苦しくない程度に整理整頓はしているつもりだ。
しかし女性が上がるとなると話は別で、妙に緊張してしまう。
特に見られて困る物は置いていないはずだが。

「風呂沸かしてるんで、先どうぞ。着替えは丁度新品のシャツと半パンがあったんでそれを使ってください。ダサくて申し訳ないんですけど……」
「……ありがとう」

彼女は微かな声で礼を伝えると、俺が指さした風呂場へと消えていった。

12:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 01:44

女性の入浴は長いと訊くが、思ったより彼女は早く済ませたらしい。
彼女は10分くらいして水色のパーカーと青いハーフパンツを纏って風呂場から出た。
俺も軽くシャワーで雨水を洗い流した後、少し暴れる動悸を押さえつけながらリビングへ戻った。
風呂へ入る前に案内したリビングの椅子で、律儀にずっと待っていたようだった。

かなり重みのある静寂が二人の間に流れ、気まずい雰囲気はどうにも拭えなかった。
雨音があるのが救いだが、ずっと黙っているのもやはり生きた心地がしない。
そもそも、彼女ものこのこ男性の家に上がるのは警戒心がないというか無防備というか。

「あーっと……ふ、服が乾くまでテレビでも見ましょうか」

とりあえず何かしらの音が欲しくてテレビをつけると、朝とは違うワイドショー番組がスキャンダル特集をしていた。

『大人気歌手、朝比奈 旭(あさひな あさひ)さんと女優の夜田 真宵(やだ まよい)さんの熱愛スキャンダル!? 手を繋いでホテル街を歩く二人を激写!』

朝、興味がなかったため電源を切ったニュースが再度取り上げられている。
思った以上にそのニュースは反響を呼んでいるらしく、様々な芸能人が集って討論をしているのが映った。
正直今日初めて名前を知った歌手が、そこまで影響力を及ぼすとは思っていなかった。
まぁ沈黙を破ることができた上に話題も作れたので少し安堵している。

「このニュース話題になってますよね。やっぱスキャンダルって……」
「あいつ……あいつが! あいつのせいで、あいつさえいなければ……! うわああぁあああぁ! 許さない、絶対、許さ、ない!」
「えっ、え!?」

いつの間にか彼女はテレビ画面に近づき、喰らい付きそうなほど前のめりになって見ていた。
訳の分からないまま突っ立っていると、彼女が朝比奈旭(あさひな あさひ)がドアップされたシーンで拳を振り上げたので、急いで止めに入る。
容易く折れそうなほど華奢で色白い腕からは想像できないくらい強い力にてこずった。
握った拳はリンゴ一つグシャリと潰すのもわけないだろう。

「ちょっ、明日原さん何やってるんですかぁ!?」
「だってこいつ、だってこいつ……ぅ……っ!」

急に彼女の腕から落ちるように力が抜けると、また瞳に塩水を溜めながら呟いた。

「浮気した上に、いきなり……いきなり同棲してた家から追い出したんだ、もの……ああぁああぁっ!」

思った以上に凄惨な身の上話に、俺はどうすればよいのか分からなかった。

13:菜梨◆azw:2018/09/29(土) 14:54

面白いです。続きに期待!

14:えふえるじーさん:2018/09/29(土) 19:31

>>13
菜梨さんありがとうございます!
ご期待に応えられるか心配ですが、頑張っていきたいと思います!

15:えふえるじーさん:2018/09/30(日) 15:38

とりあえず彼女を泣くだけ泣かせて一旦落ち着かせ、温かいホットミルクといちごヨーグルトを用意した。
我ながら乳製品に乳製品は如何なものかと呆れたが、なんせ俺は料理をしない上にバイトの給料日前だ。
冷蔵庫の中にはスーパーでお馴染み4パック80円のいちごヨーグルト、飲むヨーグルト、牛乳、チーズとバターしかなかった。
結局どれを出しても乳製品に行きつくのである。
何度も言うように急な来客だ、不可抗力。
にしても4パック80円のいちごヨーグルトってどうなんだ。
せめていつも金曜日にご褒美として買っている1つ100円のちょっとお高めのフルーツヨーグルトでも買ってくれば良かったなぁなんて後悔していた。

彼女はそんなことは気にも留めていないようで、ホットミルクを入れたマグカップから立ち上る湯気をぼうっと見つめていた。
そしてマグカップを両手で包むように持つと、一口含んで深くため息をついた。
彼女の真っ赤に充血した双眸と、少し腫れた目尻が痛々しくて見ていられない。
どう話を切り出そうか慎重に言葉を選んでいると、彼女の方からぽつりぽつりとこぼし始めた。

「あいつ……朝比奈旭とは、結構長い付き合いだった。1年前から同棲を始めて順調だったけど、つい最近……なんとなく口論も多くなって、次第にそっけなくなってった」
「……へ、へぇー」

気の利く一言も出ず、ひどく間抜けな相槌をすることしかできない自分に呆れる。
彼女はいちごヨーグルトの蓋を開けてスプーンを持ちながら続けた。

「まぁ今まで何人かと付き合って長続きしなかった私にとっては長かった方だけど。すっかり関係も冷め切って、そろそろ向こうから別れ話を突きつけられるかなぁって思った、その矢先だった!」
「ひっ……」

彼女は勢いよくスプーンを振りかざし、あろうことかいちごヨーグルトに突き立てたのである。
人殺しでもしかねないような覇気に気圧されて、思わず情けない悲鳴が上がった。
もし俺が一時避難させなかったら、あのまま朝比奈旭か熱愛相手の夜田真宵を殺しにいっていたかもしれない。

「あの女……夜田真宵とのスキャンダル発覚。問い詰めたらいきなり私を同棲してる家から追い出した。家賃は全部向こう持ちだったから、私は圧倒的不利だった。荷物も全部そこに置いたまま。締め出されたのよ、私」

16:えふえるじーさん:2018/09/30(日) 16:25

「なるほど、それで家が……」
「その後のことはあんま覚えてない。ぼーっと夜道を徘徊してたら雨が降ってきて、どうでもよくなってそこに突っ立ってた。人を殺害するってどうやるのかな、毒殺がいいかな? 絞殺がいいかな? 包丁でその整った顔を跡形もなくぐちゃぐちゃにかき回してやろうかな。そんなことばかり考えていたのよ」

彼女はそう言いつつ、先程突き刺したスプ―ンでいちごヨーグルトをかき回した。
声色は優しかったが……否、優しかったから余計に不気味であった。
冗談だと信じたかったが、どうしても冗談に思えなかったし、彼女は本気だろう。

「そんな時、貴方が傘を傾けた。ほんと、救世主だったの。あのまま一人でいたら私は確実に人を殺めていた。誰か、止めてくれる人が必要だった」

あのまま放っておいたら彼女が人を殺めていたと思うと、ぞっと身の毛がよだった。
急に、人命の責任が俺の背中にどっしりとのしかかってきた。
別に俺はなに一つ悪いことをしていないのに、過去の俺の選択一つ次第で人命の存亡が左右されていたと思うと、至極ぞっとするのだ。

「……でもなんか、いちごヨーグルト食べてたらどうでもよくなってきちゃった。ほんと……ありがとう、今村君」

今まで不気味だとしか思えなかった彼女の微笑が、純粋に心から感謝を伝えているように見えた。
優しい声色は、優しい。

「名前、覚えていたんですね。意外です」
「同じ授業とってんじゃん。まぁ全然話したことなかったけどさ」

彼女の言う通り、俺たちは接点あれども会話を交わしたことはない。
高嶺の花と崇められる彼女と、小中高大と陰キャを極めた俺とでは住む世界が違うというか住む世界が仕切られているというか。
離したところで彼女と共通の話題があるわけでもないし、絶対上手くやっていけない人種同士だと思っていたのだ。
俺が、彼女との隔たりを作っていた。

『朝比奈旭さんに突撃インタビュー!スキャンダルの真相は!?』

そういえばチャンネルをそのままにしていたのを思い出した。
不意に流れた空気をぶち壊すようなアナウンサーの甲高い声に苛々して、咄嗟にリモコンのボタンを押す。
画面に映ったのは、録画しておいた日曜朝の特撮ドラマであった。

「あー……仮面ファイターとハイパー戦隊でも見ますか? なーんて……」
「仮面ファイターとハイパー戦隊!? 観る観る! 私あれすっごい好きなんだけど! 毎週欠かさず観てたんだけど昨日分ドタバタして観れなかったし!」
「意外ですね。こういうの絶対見ないと思ってました……」
「歳の離れた弟がいてさ、その影響で中学時代から観てたのよ!」

そう、隔たりを作っていたのは俺。
勝手に彼女との間に線を引いて、踏み入れないよう踏み入れられないようにしていたのは、俺。
話が合わないなんて決めつけていたのは、俺。
住む世界が違うって、勝手に彼女を世界から追い出してしまっていたのは、俺。

「仮面ファイターだとさ、仮面ファイタークロスが一番好き! 先週の新必殺カッコよかった!」
「あぁ、あれすごいですよね。俺はどちらかというとクリス派で……」
「えぇー!」

前言撤回。
俺も彼女も、住む世界は同じ地球。

17:えふえるじーさん:2018/09/30(日) 16:49

訂正
今村ではなく今秋でした(◞‸◟)

18:えふえるじーさん:2018/09/30(日) 22:30

彼女と談笑しながら戦隊モノについてああだこうだ話しているなんて、数時間前の俺ならきっと想像もつかなかっただろう。
俳優目当ての視聴者かと思えば筋金入りの特撮ヲタクで、俺との談義にも余裕でついてこられる程でかなり面食らった。
エンディングが終わって次回予告流れる頃には、マグカップのホットミルクもなくなっていた。

「……ところで、明日原さんはこれからどうするんですか?」
「……あ」

彼女はマグカップを両手で持ったままフリーズし、首だけ動かしてこちらを見た。
まだ薄っすら腫れている目が震えだし、目尻にじわっと露がたまる。

「なんも考えてない……」
「えぇ……」
「だってあんなことがあった直後よ!? 冷静でいられるわけないじゃない! 最悪、あいつを殺して刑務所で生活しようとは考えていたけどね」

確かに突然のことで気が動転し、今後のことまで気が回らなかったのだろう。
人を殺める直前というまで動揺していたのだ。
彼女は深くため息……というより深呼吸をすると、真剣な眼差しを向けた。

「今秋君、なんかバイトやってないの? ちょっと紹介して欲しいんだけど。家賃稼ぎたいから」
「バイト……まぁ、紹介できないことはないんですが……」
「なに、もったいぶってないで早く教えなさいよ! あ?もしかしてホストとか? ホストなのね? ホストなんでしょ!? その整った容姿でホストしてるんでしょ!?」

歯切れの悪い解答にしびれを切らしたのか、半ば決めつけるように問い詰められた。
「大して金になる容姿じゃないですし、話も上手くないんで。俺がやっているのはフランス語の翻訳のバイトです。幼少期までフランスで生活してたんで、日常会話程度なら……」
「……はぁー」

彼女をため息を聞いたのは何度目だろう、カウントしておけばよかった。

「とりあえず、荷物だけでも取りに……」
「嫌よ」
「ですよねー……」

おずおずと出した俺の提案を、彼女はきっぱり打ち払った。
よほど彼とは顔を合わせたくないのだろう、眉は釣り上がり口は固く結ばれ、苦虫を噛み潰したような表情とはまさにこんな顔なのかと一人で納得していた。

「にしても朝比奈旭は愚かですよね。明日原さんとこんな形で別れたら、週刊誌に売り込まれたり慰謝料ふんだくられたりするって考えなかったんですかね」
「頭弱いもの、あいつ。浮気がバレてついその場しのぎの対処として私を追い出したんでしょ。いずれ週刊誌に売り込むなり慰謝料分捕るなりさせてもらうわ。とりあえず、ほとぼりが冷めたら荷物を取りに行かせてもらうけど今日は……」

彼女はチラチラとマグカップと俺を交互に一瞥し、目配せした。
直接口にして言わずとも、彼女の意図は理解している。

「今秋君の家に泊めて頂いても「もしもし、咲夜? ちょっと複雑な事情をお持ちの女性がいるんだ。一晩だけでも泊めてやれないか?」

俺は彼女の申し出を遮るように、ある人物の元へと電話をかけた。

19:えふえるじーさん:2018/10/01(月) 01:35

加古咲夜(かこ さくや)。
幼稚園から続く腐れ縁で、俗に言う幼馴染というやつである。
現在は美容師になるべく専門学校へ通い、研修を積んでいるという。

実家は家が隣同士で両親の仲も良く、家族ぐるみの付き合いだった。
幼、小、中と一緒だったが俺は少し遠くの進学校、咲夜は地元の高校と進路が別れてしまったため、最近はそれほど頻繁に会っていない。
だが連絡が途絶えることはなかったし、週に数回はLINEで他愛ないことを話したり近況報告をしたりしている。

さすがに女性を泊めるのは何もしないつもりであっても後ろめたさが残る上に明日原さんも心配だろうとの配慮で信頼できる同性の咲夜へお願いしようとしたのだが。

「ちょっくら込み入った事情があって、お前のとこに泊めらんねーか?」
『ごめん、無理……ってか私も京のとこ泊まっていい!? 実は私の家、今床下浸水しちゃってさぁ〜』
「……は?」
『だから私も京の家泊めてほしーんだけど!』

電話口から焦りを含んだ早口がギャンギャン聞こえる。
確か彼女は上京するにあたって、専門学校の近辺にある亡くなった祖父母の家で一人暮らししているはずだ。
俺も一度訪ねたことがあるが、あちこちギシギシ軋むほど老朽していた。
なんせ築60年の木造建築だ、今回の大雨で床下浸水してもおかしくはない。
正直一人泊まらせるだけでも大変なのに二人も泊まらせるとなると──。

「どうかしたの? 今秋君」

スマホを耳から離し、明日原さんの方を伺い見た。
仁王立ちする彼女の訝しげな視線に耐えかね、俺は思わず──。

「分かった分かった、今日はなんとかしてやる。必要なもん持って来い」
『うぉおぉ〜! 神かよー!』
「ただ一つ頼みがある。服を余分に何枚か持ってきて欲しいんだ。普通に学校とかに着てける女物のやつ」
『女物の服……? 京、一体その女の人って──』
「悪い、また後で!」

また話がややこしくなると踏んだ俺は強制的に電話を切り、マナーモードにした。
5分程度待たされた明日原さんは、不服そうな顔をしながら腕を組みかえた。

「俺の幼馴染の家が床下浸水したらしくて、俺の家に泊めることになってしまって……3人で構わないですか? あ、女の人なんでその辺は心配しなくても……」
「──別に3人でもいいわよ。泊めてもらう立場なんだから。……まぁ、面白くは、ないわね」

最後の方の微かな呟きは、俺の耳には届かなかった。

20:えふえるじーさん:2018/10/01(月) 13:00

「で? その幼馴染みとはどういう関係?」
「どういうもなにも、そのまんまですよ。強いて言うなら友人……ですかね」

先程から心做しか彼女の表情が険しい、気がする。
考えすぎかもしれないが、ところどころ言い方にも棘があって、せっかく打ち解けたと思えた俺の心をぷすぷすと刺していくんだ。
ひとつ、またひとつと穴が空いて、風船のようにその穴から空気──喜びがぷしゅーっと抜けていく。
少し萎んだ。

「ふぅーん。彼女とかは? 今更だけど、もしいたら誤解されかねないものね」
「22年間ずっといませんよ。それに、いたら追い出してます」
「へぇ〜、彼女いたことないんだぁ〜?」

かと思ったらまた上機嫌だ。
恋愛経験でマウントをとって優越感に浸ったのか、そんなに俺の彼女無し歴が面白かったのかは不明だが、機嫌が直って少し安堵した。

──ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポーン!

丁度そのタイミングで、慌ただしくチャイムを何回も連打する音がした。

21:えふえるじーさん:2018/10/01(月) 20:36


ドアスコープからは、案の定キャリーバッグを引きずる咲夜の姿があった。
幼馴染だから遠慮なく言わせて頂くが、なんというか……小学生だ。
背の低さと締りのない弛緩した笑みも相まって、初めての修学旅行でワクワクしている小学生にしか見えない。

「うぉおぉ!きょう〜! 久しぶりぃ! 泊めてくれてあんがとおぉ! ばーちゃんとじっちゃんの家すっごい浸水しちゃってさ! も〜さっきなんかベッドにカエルがいて……」
「おうおう分かったから。てか、思ったより酷いな」
「工事しきゃいけないんだけど、かなり時間がかかるみたいでさ……うわぁぁぁん!」

明日原さんほどではないにしても、こちらはこちらで大粒のしずくを落としながら号泣していた。

最後に会ったのは3ヶ月ほど前だし、さほど彼女に変化はない。
相変わらず肩まである黒髪の毛先を器用に内側へカールさせており、この雨だというのに見事そのヘアスタイルを保っていた。
この湿気だというのに、ごわごわ広がることなく型にハマったような利口さを持つ髪だ。
ヘアグロスとかいうものを使っているらしく、漆黒の髪には天使の輪っかみたいな艶があった。
見習いといえ、さすが美容師のなす技である。

22:えふえるじーさん:2018/10/02(火) 08:42



「あ〜もう靴の中びっしょびしょだよ! えーっと、そちらの方は?」

俺の背後で守護霊のごとく棒立ちしている明日原さんに気がついたらしい。
咲夜は勝手知ったるドアを開け、白いパンプスを脱ぎながら問った。

「あぁ、同じ大学の明日原未来さん。さっき言ってた訳ありの人で、まぁ事情は──」
「フラれて同棲してた家から追い出された」
「なっ、せっかく人がぼかそうとしたところを……!」

彼女の深い傷をこれ以上えぐってしまわぬよう、オブラートに包もうとしたこちらの努力も無駄だった。
割と早々に吹っ切れたようで、表面上は立ち直っているらしい。
先程までぐずぐず喚き散らしていた彼女ど同一人物なかのかと疑いの目を向ける。

「追い出されたって……?」
「そのまんまの意味よ。荷物も置いたままなのに、締め出されて」

真実をこぼす彼女の顔にはもう憎しみはなく、ただただ眉を下げて困ったような表情をしているだけだった。
次第にいつもの──大学でよく見る、男相手に余裕しゃくしゃくの彼女を取り戻したらしい。
恨みがなくなったわけではないだろうが、表面上取り繕えるだけの冷静さがあるのならひとまず安心だ。

「ほえー……こんなキレーな人をフる男、いるんですね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「スタイルもよくて美人で名門の大葉霞大……めっしゃ羨ましいです!」

素直にすごいと褒め称える咲夜と、咲夜の褒め言葉に気を良くして満更でもない明日原さん。
みてくれが大人びている明日原さんと実年齢より若く見られがちな咲夜が並ぶと、姉を尊敬する妹という感じだ。
実年齢は咲夜の方が下なのだが。


「ところで二人とも昼飯まだだっけ? 残念ながら俺の冷蔵庫には牛乳と飲むヨーグルト、いちごヨーグルト、バター、チーズしかない。食べたければこの雨の中スーパーまで行かないとな。出前はこの雨でほとんど受注不可だ」
「「なんで乳製品ばっかり……」」

なんだ、息ぴったりじゃないか。
明日原さんがまた棘を剥き出しにして咲夜と険悪な雰囲気にならないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。

「私、買ってくるわよ。丁度ATMでお金おろしたかったし」
「じゃあ私も一緒に行くよ! 明日原さんこの辺の土地勘ないだろうから」
「ありがと、助かるわ」

明日原さんの申し出に便乗するような形で咲夜も名乗り出た。
この雨だし、荷物持ちには男手が必要だろうと俺も手伝いを買って出たのだが。

「京、急ぎのバイトあるって言ったじゃん。明日締切の文書を訳さなきゃいけないとかなんとか」
「あれはすぐ読めるし……」
「私達は部屋を借りている立場なんだから、このくらいさせなさいよ」
「お、おう……」

二人の強引なまでのゴリ押しに折れ、彼女達に買い出しを任せることにした。

23:えふえるじーさん:2018/10/02(火) 22:04

咲夜の方が上、の間違いです(◞‸◟)
すみません

24:えふえるじーさん:2018/10/04(木) 21:44

「ごめん、未来! 事情は後で説明するから、ちょっと出てってくれ」
「……なにそれ」

愛する人と知らない女が手を繋いでホテル街を歩く写真が一面を飾っていた新聞。
ふと何気なく開いたページに載っていた彼。
なんの覚悟も無しに告げられた真実の残酷さに耐えきれる器じゃなかった。
衝撃のあまり、手に持っていたワイングラスを落としてしまったのを覚えている。

「に、荷物は後で送るから、さ? とりあえず今日は実家にでも帰って!」
「は? ちょっ……開けなさいよ!」

状況を呑み込めず呆然としていると、あれよあれよと言う間に玄関から追い出され、ガチャリと鍵をかける音がした。
全く、抗う間もなかった。
1時間近く粘ってドアを叩いたり蹴ったりチャイムを鳴らしたが、彼が姿を現すことはなかった。

スカートのポケットにあるのは2000円とクレジットカードが入った財布とスマホ、そして右手にシワと涙でボロボロな新聞。
それだけ、たったそれだけを持ったまま、締め出された。

怒り、悲しみ、動揺、衝撃、嫉妬、憎悪。
生じた負の感情を並べていったらキリがない。

25:えふえるじーさん:2018/10/08(月) 20:19





自分で言うのもなんだけれど、私は高くつく女だと思う。
別に高価なものを要求するわけではないけれど、女として──それ以前に人としての価値は高いはず。

まず容姿を磨いた。
それは寄ってくる男達が証明してくれた。
次に頭脳を磨いた。
それは学歴と教授からの評価が証明してくれた。
そして芸を磨いた。
ある程度までは弾きこなせるようにピアノも習い、料理も練習し、ジムに通って体力をつけた。

相手が相手だったし、これまで以上に努力して、絶対に手放せない女を目指した。
しかし彼はあっけなく手放した。
おもちゃに飽きた赤ん坊が、次から次へと別の玩具を手にしていくような、あっけなさ。
彼の作詞した歌詞が全て別の女に向けられたものだと思うと、胃酸が逆流してくるような気持ち悪さがこみ上げてくる。

今思えば、歌手の彼の周りには私以上に美人で芸に秀でて頭の良い女なんかざらにいるんだ。
もう少し、可愛げのある女だったら彼は、私は──。


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