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1:ちゅ:2020/12/10(木) 18:55


十数年前の掲示板で、ひと夏だけ流行った都市伝説があった。

三十人分の魂を売れば、魔法の力を売ってくれる人(?)が居るらしい。



1-Bは、クラスの誰かに売られた。

50:ちゅ:2021/01/16(土) 15:12



誰かが言い争うような声が聞こえてくる。でも、まるで水中に居るみたいにぼやけて内容は聞き取れない。
ゆっくりと目を開ける。ここは教室だ。多分、うちのクラスの。
目の前で何かを必死に言い合う二人の少女は、ゆっくりと振り返って私を見た。
え、待って。この二人って――

「…………」
さっきまで二人の顔を覚えてたはずなのに、今はもう思い出せない。
遠くの方で、子供の燥ぎ回る声が聞こえてくる。それを頭の隅でぼーっと聞き流しながら、ゆっくりと体を動かす。
ベッドのコンセントに繋がれた充電器を外して、スマホの画面を見る。
九時半だ。
九時半。
九時半?
「やば!」
思わず飛び起きた。
やばいやばいやばい、アリスさんとの待ち合わせは十一時だから、今からシャワー浴びて髪乾かしてスキンケアしてメイクして髪整えて服選んでたらどう考えても間に合わない。
私はベッドから飛び降りて、階段を駆け下りた。

「おはよ。」
駅に着いてホームから出ると、先にアリスさんが待っていた。私は息が切れて声が出ないので、無言で右手を上げた。
「ギリギリだね。今五十九分。」
アリスさんは呑気にスマホの画面を見せてきた。いや、ちょっとは気ぃ使えって。
「はぁ。すみません、遅れて……」
一応相手の方が年上だし、時間には間に合ったとは言え待たせてしまったから謝っておいた。
「いいよ。へー、りんねちゃんの私服、結構好きかも。ピープス系の女の子、好き。」
そう言いながら私の頭から爪先まで眺めるアリスさん。何だか恥ずかしくなって苦笑いする。
「はは。アリスさんは何か雰囲気違いますよね」
今日のアリスさんは、無難なミルクティーベージュのワンピースを着ていた。昨日の原宿に居そうなファッションとは打って変わって、普通の女子大学生みたいなファッションだ。靴もぺったんこで、そのお陰か昨日より威圧感がないし、背の高さも今日は私の方が高い。きっと私が厚底じゃなければ、アリスさんと私は同じくらいの身長なんだろう。

「じゃあ、行こっか。」
「は、はい」
言われるままにアリスさんに着いていく。
「大通りのドトールでいいかな。そこにりんねちゃんに会いたいって言ってる人が来てるから。」
「え、えぇ!?何すかそれ」
聞いてないし!てか誰だよ。
「きっとりんねちゃんもすごく会いたい人だと思うから。」
アリスさんはそう言ってにこりと微笑んだ。あれ、こんな風に普通に笑えるんだ、この人。

51:ちゅ:2021/01/16(土) 15:13


てか待ってよ。私もすごく会いたい人ってそもそも誰だし。アリスさんと私の共通の知り合いなんて居たっけ?いや、居たには居たけど、二人は昨日――
「う」
思わず口元を抑えてしゃがみ込んだ。頭がぐらぐらする。目の前に砂嵐のフィルターがかかったみたいな感覚になる。
「りんねちゃん。」
いきなり道端に座り込んだ私を、道行く人達が怪訝そうな顔で見て素通りしていく。そんな私に気付かずに数歩先を歩いていたアリスさんが戻ってきて、私の隣にしゃがんだ。
「気分悪くなっちゃったかな。」
そう言いながら背中をさすってくれる。それでも吐き気と眩暈は治まらなかった。むしろ昨日の会話や風景がフラッシュバックして、余計気分が悪くなる。
「無理、無理……」
「りんねちゃん。あの横断歩道渡ればドトールだから、もう少し頑張って。ね。」
すはぁ、すはぁ、と、自分でも異様な息遣いなのが分かる。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
そう言ってアリスさんは私の肩をぽんぽんと叩く。大丈夫じゃないっつーの、と心の中で言い返したけど、それを声に出す気力はなかった。
私は何とか立ち上がって、アリスさんに腕を掴まれながら横断歩道を渡った。
ドトールに入って、アリスさんがケーキとコーヒーを二つ注文する。「窓際の一番奥の席だから、先座ってて。」と言われるままに私はイートインスペースへ向かった。

窓際の一番奥の席、窓際の一番奥の席……と頭の中で唱えながらそこを見ると、女の人の後ろ姿が見える。
あの人が、私に会いたがってた人?そして、私も会いたいと思う人。
全く見当がつかなかったけど、その後ろ姿にはどこか見覚えがあるような気がした。
あんな綺麗な黒髪のボブなんて、知り合いにいなかったはずだ。でもやっぱり、絶対に見た事がある。
あれ、もしかして――
「りんねちゃん。」
ガクンと体が床に崩れ落ちた。他の客が私を迷惑そうにじろじろ見ている。
注文を終えたアリスさんが、私の体を起こして席まで運んでくれた。
「お待たせ。りんねちゃん具合悪いのに来てくれたから、感謝しなくちゃね。」
アリスさんは私を奥の席座らせ、自分は待っていた女の人の隣に座った。
「ありがとう……、あなたにずっと会いたかった。」
その人は優しそうな声でそう言った。座ったおかげで少しずつ目の前がはっきりしてくる。私はゆっくりと顔を上げた。
「っあ」
何で?
私は思わず口元を手で抑えた。
ここに居るはずのない人が、目の前に座っていた。
どうして?何で?どういうこと?
思わず目の前が涙で霞む。
「ゆ、弓槻……!」
陽の光を受けて白っぽく輝く長い豊富な睫毛、同じく艶々と煌めく癖のないストレート。
髪の長さこそ違うけど、確かに弓槻だった。

52:ちゅ:2021/01/17(日) 19:51


込み上げてくる涙を必死に飲み込んで、私は弓槻を見詰める。
夢じゃないんだよね?幻覚でもないんだよね?
「ニュースでも報道されてたのに生きてるわけないじゃん」「弓槻のお婆ちゃんが言ってたことはどうなるの?」そう思ったけど、そんなのどうでも良かった。だって、ちゃんと目の前で今生きてるんだもん!
「りんねちゃん。ごめんね」
そう言いながら透き通るような瞳に涙を浮かべる弓槻。でも、ふとその姿に違和感を覚えた。
弓槻の泣き顔を初めて見るから?いや、違う。弓槻は私のことを“りんねちゃん”なんて呼んでなかった。
「ゆ、弓槻……?」
目の前に座っているその人は、見た目は確かに弓槻そのものだった。でも、表情や小さな仕草、話し方が微妙に違う気がする。
「だ、誰……?」
確信した。この人は弓槻じゃない。
どきどきと鼓動が速くなる。
「私は、弓槻ゆずは。ゆずかの、姉です。」
「え……?」
目の前が真っ白になる。
だって弓槻のお姉さんは、一年前魔女に売られたせいで、爆発事故に巻き込まれて亡くなったんじゃなかったの……?

53:ちゅ:2021/01/19(火) 17:24


「……ゆずかから聞いてるよね。私は一年前、あの爆発事故で“死んだことになってる”。」
ゆずはさんは、まるで一文字一文字を絞り出すようにゆっくりとそう言った。
「ことになってる、って……?」
「あの爆発事故の日に学校を休んで、唯一助かったクラスメイトと言うのは、私。
そして、あのクラスを売ったのも、私。」
どきんと心臓が大きく脈打った。その言葉の意味がしばらく理解出来なかった。
「は……?」
やっとの思いでその一言だけ口に出すと、ゆずはさんは額にいくつもの脂汗を浮かべながら話した。
「あの事故が起きた後に犯人が引っ越したっていうのも聞いたかな?でも海外には行ってなくて、ずっと日本の施設に入ってたの――」
「待って待って待って。家族にも黙って、死んだことにして逃げてたってことですか?」
「りんねちゃん。そんな言い方だめだよ。」
アリスさんが割って入ってくる。
「いいの、ほんとのことだから。
でも、これ以上お婆ちゃんとゆずかに迷惑かけなくなかったから。私が三十人の命を奪った挙句、更にこの手で人を殺/すことになるなんて思われるくらいなら、死んだことにして姿を消した方がいいって。それが最善だと思ったの」
「何が最善だよ。何もかも間違ってる。あなたのせいでお婆ちゃんがどれだけ寂しい思いしたと思ってんですか?弓槻だって、あなたの仇と思ってずっと――」
そうだ、弓槻がうちのクラスを売った犯人を突き止めようとしてたのだって、元はと言えばお姉さんも魔女に殺されたからだった。それなのにほんとは死んでなくて、弓槻は再会も出来ずに死んでしまったなんて、酷過ぎる。
「何で会いに行かなかったんですか?妹のクラスも売られたことだって知ってたんでしょ……?」
「……言えるわけない。私はゆずかが必死に探してる犯人と同じことをしてたんだから。今更やっぱり生きてて、私がみんなを殺しました、なんて言ってのこのこ出ていけるわけないじゃない」
「それは……」
分からなくもなかった。確かに妹には自分が死んだと思われてるのに、やっぱり生きてました、そしてあなたが恨んでる犯人こそ私です、なんて言い出せない。それは分かるけど、それにしても酷いんじゃないか。
「だったら最初から売るなよ、そうすればみんな不幸にならなくて済んだのに」
ぽつりと呟くと、ゆずはさんは泣きそうな顔で苦笑いした。口元と瞼がぶるぶると痙攣している。
「ほんとにそうだよね。ほんとに馬鹿だと思う。でもどうしようもなかったの」
「…………」
黙ってそんなゆずはさんを睨み付ける。

54:ちゅ:2021/01/19(火) 17:25


みんなそうだ。魔女に他人を売った人は、みんな「仕方なかった」って顔をする。
そりゃ、私だって戸川さんのブログを見た時は、あんなに酷いいじめを受けてたら、クラスメイトを売りたくなる気持ちも分かるって思ってた。
でもそれで戸川さんは救われたの?私には根本的な問題は全く解決していないように見えた。だから結果的に――
「っ」
また目眩がする。頭がぐにゃりと弓形に捻り曲がってしまったような感覚になる。
「りんねちゃん。」
「っ、大丈夫ですから」
アリスさんがそんな私に気付いたみたいだけど、私は掌を向けて制止した。
「私は、こんなことしたって不幸が増えるだけだと思ってます。」
「……」
アリスさんとゆずはさんは黙って私を見詰めている。
「りんねちゃんの言うこともすごぉく分かる。でも、私は後悔はしてなかった。」
ゆずはさんは真っ直ぐな瞳でそう言った。
「『かった』?今はそうじゃないってことですよね」
ついつい揚げ足を取ってしまった。言った後に少し後悔したけど、ゆずはさんは頷いて、
「うん。ゆずかのクラスが売られたって聞いて、物凄く後悔した。それをアリスから聞いた時、目の前が真っ白になったの。大切な妹が殺されるって宣告されたようなものだからね」
「助けようとは思わなかったんですか?都市伝説通り魂を売れば魔法少女になれるわけじゃないんだし、別に三十人じゃなくたって良いんでしょ。」
そもそも何で三十人なんだろう。「魔法の力が手に入る」が、売られた人を殺/すだけの魔女になるってことなら、こんな意味もなく人が死んでいくのに何の意味があるんだろう。
「……だめなの。売られた三十人は、全員死んでもらわないといけないの」
「意味分かんない、妹が無意味に死ぬのに平気だったんですか?」
「平気なわけない!でもそう言う決まりなんだから仕方ないでしょ!」
ゆずはさんは半ば叫ぶようにそう言った。
「ゆずはちゃん、静かに。」
アリスさんが人差し指を唇に添える。
「あそこに高校生が居るでしょ。聞かれたらだめだから。」
「え……?」
その意味がよく理解出来なかったけど、ゆずはさんは解ったみたいで、無言で頷いた。
「そうだね。あの子達が消されちゃうとこだった」
「……?」
高校生らしき女の子二人は、随分遠くの席に座っている。真後ろにはお爺さんとお婆さんが座っていて、左斜め後ろにはサラリーマンらしき人も座っている。
そう言えば、さっきからこの人達には普通に会話は聞き取られてるはずなのに、それは平気なの?
「ほんとはりんねちゃんにも話しちゃいけなかったけど、どうせ死んじゃうし。いいよね。」
何やら不吉な笑みを浮かべるアリスさん。
「え、あ、はは」
反応に困る。
「お待たせしました〜、遅れて申し訳ございません……」
そして店員がやって来て、さっきアリスさんが注文していたケーキとコーヒーをテーブルに置いていった。
それからしばらく沈黙が続いた。アリスさんが二つ届いたケーキとコーヒーを、一つは私に差し出して、もう一つを自分の方に寄せた。私は無言で軽く頭を下げた。
「……取り敢えず、食べようか」
アリスさんがゆっくりとコーヒーを啜る。私も無言でそれを真似た。

55:ちゅ:2021/01/20(水) 20:29


黙々とチーズケーキを口に運んでいると、ゆずはさんが「そう言えば」と呟いた。
「りんねちゃん、LINE交換してくれない?」
スマホを取り出してQRコードを私に見せるゆずはさん。私は咀嚼しながら頷いて、スマホを操作する。
「あ、私も。いいかな。」
アリスさんもQRコードが表示された画面を私に向けてきた。
私は二人のQRコードを読み込んだ。
って、二人は仮にもたくさんの人の命を奪ってきた魔女なんだぞ。普通に繋がっちゃったけど大丈夫なの?特にアリスさん。
「てか、何で結局殺/すのに連絡先交換するんだし」
何気なく呟くと、ゆずはさんとアリスさんは顔を見合わせてプッと吹き出した。
「何がおかしいんだよ」
「いや。確かに言われてみればそうだよね。」
テーブルの上に鎮座する手付かずのチーズケーキを眺めながらそう言うアリスさんは、どこか悲しげな目をしている。
「仲良くなっちゃったら、殺/す時辛くなっちゃうのにね。」
「やっぱりりんねちゃんも殺/すつもりなのね。」
ゆずはさんにそう言われたアリスさんは、一瞬間を空けて、ゆっくりと頷いた。
「だってそうでしょ。売られた三十人は、一人残らず絶対に殺さないといけない。」
「……でも」
「自分の持ち場じゃないからって私情は挟まないで。りんねちゃんと妹さんを重ねちゃうんでしょ。」
「……はは、お見通しか」
ゆずはさんは自虐的に笑う。
そんな二人の会話を聞きながら、私は残りのチーズケーキを全て口に詰め込んだ。

……二人は人の命なんか簡単に奪えるような人なんだと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。そりゃそうだよね、まだ成人するかしないかくらいの年齢でこんなことをしなきゃいけないなんて、平気な訳ない。
二人だって、まさか魔女に三十人の魂を売ったら、今度は自分が魔女になることになるなんて知らないで売ったんだろう。そう思うと可哀想に見えてくる。この連鎖を止める方法はないのかな。どうして魔女になった人はみんな、こんなに律儀に売られた人を殺していくんだろう。二人の会話からして、誰かに命令されてやってるようにも見える……。
この都市伝説についての情報を書き込むとそれはすぐに消されてしまうこと、大量に人が死んでもニュースや新聞で報道されないこと、真後ろに座ってさっきから私達の会話を聞いている大人は無反応なこと。こんなの普通じゃない。
『魔女は警察とか大統領とか、国の偉い人達とも繋がってるって噂だし。』
沙里と珠夏の言葉を思い出す。これはきっと事実だ。そして二人が真っ先に消されたのも、さっきアリスさんとゆずはさんが女子高生に会話を聞かれそうになったらまずいと言っていたことにも関係あるんだろう。
何で?何で高校生に知られたらまずいの?高校生……子供?
「りんねちゃん」
その声にはっとして顔を上げると、アリスさんとゆずはさんが私をじっと見ていた。真ん丸に見開かれた、カラコンが仕込まれているはずなのに、真っ黒な瞳。
「無駄なことは考えないで。そして、今日話したことや“何か気付いたこと”があっても、絶対に他人に話さないで。」
ゆずはさんがそう言うと、隣でスマホを弄っていたアリスさんが、無言でその画面を見せてきた。メモに『りんねちゃんは大人に見えなくもないからここで話せたの。子供が気付いたなんてバレたら、私があなたをすぐに殺さないといけない。だから絶対に誰にも言わないでね。家族にも、教師にも、友達にも、赤の他人にも。』
スマホの画面の奥にあるアリスさんの口元がにやりと三日月形に歪む。初めて会った時に見せたあの笑顔だった。
「……はい」
私は頷くしかなかった。
深く知り過ぎたら、やっぱり消されるんだ!
やっぱり殺/す気満々なんじゃん。……少しはいい人達かも、とか思ってたのに。
しばらく駄弁ってから、私達はドトールを出た。二人の後ろ姿を追い掛けて、涙を浮かべた瞳で思いっきり睨んでやった。

56:ちゅ:2021/01/21(木) 23:52


月曜、私は重い足取りで学校へ向かった。
学校の最寄り駅から歩いていると、誰かに肩を叩かれた。驚く気力もなかったので、ゆっくりと振り返る。
「りんね、おはよ。」
「しみず……」
私が力なく返すと、しみずは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「りんね、元気ないね?」
「うん、ちょっとね」
しみずはまだ知らないんだ。むすびが死んだこと、ホームルームで聞かされるのかな。また吐いたらどうしよう。
アリスさんとゆずはさんに会った土曜日の夜から、ずっと吐き気が続いている。日曜は丸一日部屋から出られなかった。
むすびと戸川さんの姿が、声が、匂いが、頭にこびり付いて離れないのだ。

「でも久しぶりだな、今日は湯川さん居ないんだね」
「あー」
しみずに悪気は全くないって分かってる。でも思わず叫びたくなった。今はその名前を話題に出さないで。
「りんねと二人で喋れるの、久しぶりで嬉しいよう」
しみずはそう言って満面の笑みで私を見上げてきた。
「そうだね、そうだよ……」
ずっとむすびに邪魔されてたから、しみずと二人きりで喋るのは本当に久しぶりだ。まだ魔女なんかと無関係だった頃に戻ったみたいで、自然と視界が潤んでくる。
「ずっと不安だったの。もし私よりりんねが先に死んじゃったらどうしようって」
長く繊細な睫毛を伏せて、しみずは低い声でそう言った。どきりと心臓が脈打つ。
「都市伝説のこと、まだなんにも分かんないから、頑張って調べてたんだけど……。どれも曖昧な情報ばっかで、何も分からなかった」
「あ……」
そっか。しみずは弓槻にこのクラスが売られたことを言われただけで、後は何も知らないんだ。ほんとは魔法の力なんて存在しないことも、売られた私達を殺/す魔女の存在も、魔女が生まれる連鎖も。
話すべき?と思ったけど、やっぱり大切な友達を巻き込むことになるかもしれないのが怖かった。
「私も、よく分かんない」
私はわざと知らないフリをした。
しみずには、このままで居てほしい。

「今日の連絡は以上。それじゃ」
ホームルームが終わり、担任が教材を纏める。
「うわー、数学まぢ無理!」
「課題やってきた?写さしてよ」
「教科書忘れた〜」
クラスメイト達がざわめく中、私は机の下で握った手をわなわなと震わせた。
何で?担任はむすびの件に関して一切口に出さなかった。クラスメイトが死んだのに、何の報告もなしってそんなことある?しかもむすびが死んだのは金曜日だ。まだ情報が入ってきてないなんてこともないはず。
「……」
どんどんクラスメイトが死んでいくから、みんなを悲しませないようにわざと喋らなかっただけ?私は無言で教室から出ていこうとする担任の後ろ姿を睨み付ける。
「今日はあの三人休みなんだね」
誰かがふとそう呟いた。私は思わず声のした方を見る。
「あー。三人で遊んでんじゃね?」
「真面目そーだからサボらなさそうなのにねw」
「興味な。居ても居なくてもそんな変わらんし」
きゃははと甲高い笑い声を上げながら笑う。私は空白の席に視線を移していく。
岡田さん、倉野さん、むすび。むすびは分かるけど、岡田さんと倉野さんまで休みなんだ。
その時、ふとどこからか視線を感じた。思わず振り返って教室を見渡すと、不思議そうな顔をしたしみずと目が合う。
「どうしたの?」
「何でもない」
私は慌てて視線を戻した。しみずに余計な心配掛けちゃだめだ。
でも、何だろう。何か嫌な予感がする……。

57:ちゅ:2021/01/23(土) 12:24


次の日も、その次の日も、むすび達三人は姿を現さなかった。
むすびは当然だけど、岡田さんと倉野さんまで来ないなんておかしい。二人は今まで学校を休んだことはなかったし、サボるような性格でもなかった。
……まさかね。頭の中に浮かんできた最悪の事態を必死に取り払う。
たまたまだよね。だってもしそうだとしたら、アリスさんが私と会った後に二人を……したことになる。さすがにそんな酷い人じゃないよね。うん、ただの偶然だ。
が、ホームルームで担任から解き放たれた言葉で、一瞬で希望は絶たれた。
「えー、突然だが、岡田と倉野と湯川は転校することになった。」
「は?」
一瞬思考がフリーズする。私は思わず口をあんぐりと開けて固まった。
むすびが、『転校した』???
「それじゃー。気を付けて帰れよー」
担任はそれだけ言ってそそくさと教室から出ていってしまった。

「三人まとめて転校なんてある?」
「あそこ仲良かったしクラスでも馴染んでなかったからじゃない?」
「にしても急だよね〜」
クラスがざわつく中、私は一人で机とにらめっこしていた。
むすびは死んでるんだ、なのに転校なんて有り得ない。私はこの目で見たんだもん。
担任は、絶対嘘を吐いてる!

私はすぐに教室を飛び出し、女子トイレの一番奥の個室へ飛び込んだ。
呼出音が鳴るスマホを耳に当てて、カタカタと貧乏ゆすりをする。
しばらくして、気だるそうなアリスさんの声が聞こえてきた。
「もしもし。」
「酷いよ、何でまた殺/すの!」
私はすぐに声を抑えて浅ましく叫んだ。
「えぇ。何のことかな。」
それでもアリスさんはしらばっくれようとしている。
「また死んだんだよ。岡田さんと倉野さんが、転校したことになってる。」
「それはほんとに転校したんじゃないのかな。」
「違う……。むすびも転校したことになってんだよ」
私が言うと、アリスさんは「えっと。」と呟く。
「それはそうなるよ。でも待って。だとしたら岡田さんと倉野さんもそうなるのはおかしいよ。」
「?さっきから何言って……」
その次の瞬間放たれた言葉に、私は耳を疑った。
「だって私、その二人はまだ殺してないもの。」
『え……?』
二人の声が重なった。電話越しにアリスさんの息遣いが荒くなるのが聞こえる。
「私は殺してない。じゃあ誰がその二人を殺したの。」

58:ちゅ:2021/01/24(日) 13:26


「それってつまり、誰かがアリスさんの代わりに殺したってことになるんですか……?」
さっきとは違う、自然に脚がガクガクと震え出す。
「そういうことになるよね。」
そう言うアリスさんの声も少しだけ震えていた。
もしそれが本当だとするなら、一体誰が?何のために?
「他の魔女に何か知ってないか聞いてみる。ごめんね、連絡ありがとう。」
アリスさんはそう言うと、私の返事も待たずに通話を切ってしまった。
私はそっと耳からスマホを離し、そのまま膝の上に手を載せる。
魔女にうちのクラスを売ったのは、岡田さんと倉野さんじゃなかった!
心のどこかで疑ってたんだ。むすびがあんな風に言ったのは出任せだって頭では分かってた。でも本当に二人ならやるかもしれない、なんて思ってしまっていた。
何の証拠もないのにクラスメイトを疑うなんてサイテーだ。そして実際に死なないと疑いが晴れないなんて、もっと最悪だ……!
「なんだってんだよ」
ほんとに、うちのクラスが何したって言うんだよ。

暗い気持ちのままトイレから出ると、鏡の前に誰かが立っていた。
「あ」
鏡の前で頻りに前髪を直していたのは、真中ちゃんだった。
やば、いつからここにいたんだろ。今の会話、もしかして聞かれてた……?
「りんねちゃん、教室に鞄置きっぱだったよ?」
真中ちゃんはにこりと笑ってそう言う。
「ありがと。もしかして私の声聞こえてた?友達と電話しててさ」
さりげなく尋ねると、真中ちゃんはポーチからティントを取り出して唇に塗布しながら、
「んー?ずっと音楽聴いてたから聞こえなかったよ」
そう言って自分の耳を指差した。
確かに両の耳にAirPodsが差し込んである。
「ピアスのせいでさ、入れるの大変なんだよね〜」
そう言いながらティントの蓋を閉める真中ちゃん。
「よし!じゃあね、また明日!」
真中ちゃんは洗面台に置いてあった鞄を肩に掛け、手を振りながら階段を降りていった。
「バイバイ」
私も手を振り返した。

「はぁ……」
教室に戻ると、もうほとんどのクラスメイトが下校していた。唯一残っていたのはしみずだった。
「りんね!」
私の鞄を持って廊下に出てきたしみずは、それを私に渡してくれた。
「ありがと」
「うん、一緒に帰ろ〜」
私達は肩を並べて廊下を歩いた。
「はー、湯川さん達がまとめて転校なんてびっくりだよね」
しみずの言葉にびく、と肩が跳ね上がる。それを悟られないように肩を回して誤魔化した。
「転校先も同じ学校なのかなぁ」
笑顔でそう話すしみずを他所に、私の心臓はゆっくりと、どく、どくと音が聞こえる程強く脈打っていた。
玄関でローファーに履き替え、校舎を出ようとした時、ふと胸ポケットに入れていたスマホが振動した。
飛び付くようにスマホを取り出し、縋るように画面を見る。予想通りアリスさんからLINEが来ていた。
「りんね?」
不思議そうな顔でしみずが私を見る。
トーク画面には、『家に着いたら連絡くれないかな。電話したい。』と書かれていた。
「ごめんしみず、用事あったの忘れてたから先帰るね」
「あ、うん、分かった〜」
有難いことにしみずはそれ以上追求してこなかった。私は手を振ってガンダした。

59:ちゅ:2021/01/25(月) 17:53


最寄り駅に着いて地上へ出てすぐ、私はアリスさんに電話を掛けた。
『もしもし。』
アリスさんはすぐに出てくれた。
「もう最寄りなんで大丈夫です、何か分かりましたか?」
そう尋ねると、アリスさんは弱々しい声で、
『誰も何も知らないって。それどころかちゃんと私が殺したことになってた。』
「そんな……」
僅かな希望は一瞬で打ち絶たれた。
『もし私じゃないってバレたら、きっと私は処分される。りんねちゃんには先にさよならを言っておくね。』
「そんなのいいから早く犯人を――ちょっと待ってください」
私は電柱の前できょろきょろと周りを見回している女の子を見て、ふと足を止めた。
黒髪のシースルーバングに、軽く巻かれたポニーテール。面識のない顔だったけど、その制服は今まで死ぬほど見てきた。
「城雲高校の子だ……」
『え?』
アリスさんがそう呟く。そしてその女の子とふと目が合った。
「あ」
何故かその子は私を見た途端こちらに駆け寄ってきた。狼狽えていると、その子はいきなり頭を下げてきた。
「すみません、白いボブの女の人の連絡先とかって分かりませんか!?」
いきなりそんなことを言い出した。
「え、えっと?」
白いボブ、って、確実にアリスさんのことだよね。
「困ってるんです、ほんとにお願いします!一昨日その人と一緒に歩いてたでしょ?」
知らないふりをしようとしたけど、どうやら私達が知り合いなのはもうバレてるみたいだ。
電話は繋がりっぱなしだし、ミュートにもしてないからきっとアリスさんにも筒抜けだろう。でもどうしてこの子はアリスさんを探してるの?
「勝手に個人情報教えるのはちょっと、」
「お願いします、信じてもらえないかもしれないけど、友達があの人に殺されたかもしれないんです……!」
この子、もしかして戸川さんに売られた人達の友達?
「それってどういうことですか?」
思わず尋ねてしまう。
「一ヶ月くらい前、友達と駅のホームでティックトックを撮ってたんです。私は反対側のホームから友達を撮ってたんですけど、そしたらその子が急に線路に飛び込んで……。後から動画を見たら、白いボブの女の人が友達のスマホを奪って線路に投げ捨ててたんです。多分反射的に拾おうとして、そのまま……。」
「あ」
あの日だ。私が乗ってた電車で起きた人身事故のことだ。
「警察に証拠の動画を渡しても取り合ってくれないし、焦ってつい友達に送ったらツイートされて、でもすぐに消されたんです。後からフォロワーが多い友達に頼んでまた拡散してもらってもすぐに削除されて。
お願いします、名前だけでも教えてください!」
「な、名前くらいなら……」
別にそれくらい教えてもアリスさんは困らないだろうし。こんなに切実そうなんだから、名前くらいならいいよね。
「関口アリスさんです。でも私もそんなに親しいわけじゃないし、また待ち伏せしたりするのはやめてもらえると嬉しいです」
私がそう言うと、その子は泣きそうな顔で、
「ありがとうございます、突然声掛けてすみませんでした。じゃあ」
そう言って何度も頭を下げて、駅の階段を下っていった。

『勝手に名前教えちゃうなんて酷いよ、りんねちゃん。』
「すみません、でもちょっと同情しちゃって」
『でも別にいいよ。あれ本名じゃないから。』
「は?何それ」
何だそれ、私が嘘吐いたってことになるじゃん。グルだと思われたら嫌だなぁ。
「まぁいいけど。でも大丈夫ですか?顔覚えられてるみたいだし、見付け出されて刺されるかもしれませんよ」
ちょっとだけ脅してやると、アリスさんは「それは困るなぁ。」と笑った。
『それより、問題はりんねちゃんのクラスメイトを殺した人が分からないことだよ。どうしよう、関係者じゃないなら大変なことになる。』
そう言うアリスさんの息遣いは荒くなっている。
「とにかく、どうにかして探し出しましょ。また誰かが殺されるかもしれないですから。」
私はそっと手を握り締めた。
また、探さなきゃいけない“犯人”が増えてしまった。

60:ちゅ:2021/01/29(金) 17:23


「えー、古谷が留学することになった。」
「下館と柏木が退学することになった。」
「間宮がしばらく休学することになった。」
「矢田と山本が――」

それから、どんどんクラスメイトが教室から消えていった。その理由は様々だったけど、きっと本当の理由はみんな同じだ。
教室から消えたクラスメイトは途端に連絡も途絶えてしまったので、流石にクラスメイト達も不審に思い始めたらしい。教室の雰囲気はクラスメイトが一人減る度に暗くなっていった。
「何でうちのクラスだけ?」
「絶対おかしいよね……」
「もう半分くらいしか居ないじゃん。」
「何も言わないまま居なくなるなんて有り得ない。それに何でLINEも返してくれないの?」
やっぱりみんなも気付き始めたか。そりゃそうだよね、このクラスばっかり転校や留学なんて絶対おかしいよね。
この中に、全ての真実を知っている、このクラスを魔女に売った犯人が混ざってるんだ。
そして、もしかしたらクラスメイトを魔女のふりをして殺していっている人も居るのかもしれない。
あの子は怖がってるふりをしてるだけ?あの子は嘘泣き?あの子は全部気付いてるかもしれない。
私はクラスメイトを疑いの目でしか見れなくなっていた。

憂鬱な気持ちのままテスト期間に入り、それからは何も起きないまま終わった。
勉強する気にもなれなかった私は、当然最悪の結果をクラスメイトの前で公開処刑される羽目になった。
「首藤、どの教科も最下位ってどうなってるんだ?」
担任は呆れながら成績表を私に渡した。私は無言でそれを受け取り、見る気力もないのですぐにクリアファイルに挟んだ。
もう担任なんて信じられない。他の教師だって、きっと真実を知ってるはずなんだから。
周りの大人も、みんなみんな信用出来ない。
そして私は確信した。
テスト期間は何も起こらなかったってことは、消えたクラスメイト達を殺して回ってるのは、この学校の人間だ。そしてそれは、多分……このクラスの生徒だ。
「誰なんだよ……」
教室に居ることが苦痛だった。
そんな風に思ったのは、生まれて初めてだった。

61:ちゅ:2021/01/31(日) 12:25


「すみませーん、首藤さん居ますかー?」
突然知らない生徒がそう言いながら教室に顔を覗かせた。
首藤、って、私しか居ないよね。
「何ですか?」
立ち上がって駆け寄ると、その生徒は「外で呼んでるよ」と言って手招きしてきた。
言われるままに黙って着いていくと、洗面所の前に誰かが立っている。
その子を見て、私は思わず小さな声で尋ねてしまった。
「あの、人違いじゃないですか?」
「えー?でも首藤りんねってあなたでしょ?ほら、連れてきたよ、じゃあね!」
そう言われて振り返ったその子は、にこりと笑って後れ毛を耳にかけた。
「会いたかった。」
そして柔らかい声色でそう言った。
「え、えぇ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。それでもその子は微笑んだまま。
「橘奈那(たちばななな)。同じクラスなんだけど、分からないか」
「ああ、はい……」
名前は初めて知ったけど、確かにこの子は同じクラスの子だ。バージンヘアと思われる漆黒のロングヘアを巻いたツインテールに、茶色い三白眼。下まつ毛が長くて、少しだけ丸い団子鼻。そして目を引く真っ白な肌に浮かぶ、さくらんぼ色のグロスを塗った唇。
間違いない。たまにしか学校に来ないあの子だ。
「ええと、どうかしたの?」
尋ねると、橘さんは恥ずかしそうに口を横に広げて、
「私と喋ってたら首藤さんまで誤解されちゃうよね。後で連絡したいからLINE教えてくれない?」
「別にいいけど、何で誤解なんてされるの?」
そう言いつつスマホを取り出すと、橘さんは大きな目を更に大きく見開いた。
「……え?だって私、みんなに……」
「え?」
しん、と二人の間に沈黙が訪れる。私達はしばらく見詰め合った後、同時に視線を逸らした。
「いや、知らないならいいけど……」
気まずそうにスマホを両手で握る橘さん。
「何かあったの?」
思わず訊くと、橘さんは一瞬間をあけて、あははとわざとらしく笑った。
「な、なぁんだ。てっきりもう気付いてんのかと思ってたぁ……」
「……」
一頻り笑った後、橘さんは深呼吸して、
「私が援交してるって噂、ほんとに知らなかったの?」
にこりと微笑んで首を傾げたけど、その表情にはどこか影があった。
「えん、こう……?何それ、知らない」
「ほんとに?」
橘さんは疑り深く私を見るけど、本当にそんな噂なんて聞いたことなかった。
「その噂ってさ。本当、なの?」
恐る恐る訊いてみると、橘さんはわざとらしく意地悪い顔をした。
「さぁね。でもこれで気付いたでしょ?」
「何が?」
どきんどきんと心臓が脈打つ速度を上げていく。
「私はこの噂を流して私を白い目で見てきたクラスの子達を恨んでるのよ。この意味、分かるよね?」
「な、何で」
声が震える。
「ほんとに知らなかったの?誰かが気付いたら真っ先に疑われると思ったのになぁー。」
橘さんはくるりとUターンし、背中越しに私を見据えた。
「一年B組を魔女に売ったのは、私だよ。」
耳ではその言葉をちゃんと聞き取れたのに、頭ではよく理解出来なかった。
いや、理解したくなかっただけかもしれない。
「!」
気が付いたら、私は廊下に倒れ込んでいた。

62:ちゅ:2021/01/31(日) 14:58


ゆっくりと目を開ける。真っ先に目に入ってきたのは真っ白な天井。そして私を取り囲む淡いピンクのカーテン。
「あ、起きた?」
そして私の顔を覗き込むように見下ろす、橘さん。黒いツインテールの毛先が私の顔を擽った。
「カミングアウトしたら急に倒れちゃったからびっくりした。そんなにショックだった?」
そうか、橘さんに自分が犯人だってことを打ち明けられたら、急にフラついて倒れたんだっけ。
覚えてる。倒れる瞬間、この数ヶ月で見た色んな風景が頭の中を過ぎった。
沙里と珠夏の最後の笑顔。魔女に近付くに連れどんどん変わってしまったむすび。私を見ながら自分を刺し殺した戸川さん。泣きそうな顔の弓槻のお婆ちゃん。私に相談出来ないまま死んじゃった弓槻。
全部全部、この子が魔女なんかに売らなければ起きなかったんだ。顔がどんどん熱くなっていく。
「よくそんなのこのこと出てこれたよね。神経疑うわ」
小さな声でそう言うと、橘さんは寂しそうな顔をしながらぐしゃりと笑った。
「もっと。もっと言いなよ。私に言いたいことたくさんあるんでしょ?」
「…………」
何がしたいんだろ、この子。責めてほしいの?それとも許してほしいの?何の為に名乗ってきたの?それにどうして私が気付いてたって分かったの?
「謝れよ。今まで死んだみんなに謝れ。それから今からでも取り消せよ。何で売ったりしたんだよ。」
「……ほんとに何も知らなかったんだね、首藤さんって。」
「だから何が――」
「クラスのみんなが私が援交してるって噂流したんだよ。酷いでしょ、みんなして私を汚い目で見るんだもん。」
橘さんはギリリと歯ぎしりする。
「んだよそれ、私はみんなが橘さんを笑ってるとこなんて見たことなかったけど」
「首藤さんは見て見ぬふりしてただけじゃないの?」
橘さんはにやりと笑う。
「ほんとに知らなかったの?思い出してよ、入学してすぐのこと」
「は……?」
入学した頃なんて、もう半年近く経ってるし覚えてる訳な……
「あ、もしかして、」
私がふと呟くと、それを聞いた橘さんはまたにやりと笑う。
「ほら。『あの子中学の時人の彼氏取ってばっかだったんだよ』って。」
「あ」
確かにそんな話を聞いた気がする。

63:ちゅ:2021/01/31(日) 14:58


入学してすぐ、もう既にグループが出来始めていた頃。
『あの子中学の時人の彼氏取ってばっかだったんだよ。』
確かにそんな噂を耳にした。
でも私は、ここは女子校だしそれが事実だとしても関係ないと思ってすぐに忘れてしまった。
それからしばらくして、橘さんは学校を休みがちになった。
「ね。首藤さんは忘れてたかもしれないけど、ずっとずっと私はみんなから避けられて陰口もたくさん言われてきた。……根も葉もない嘘なのに。」
言葉が出なかった。ずっとこのクラスはみんな仲が良くていじめなんて絶対にないって信じてたから。
「じゃあ、ほんとに」
消え入りそうな声で呟いた。
「何で、私に話したの」
橘さんはつまらなそうな顔をしてカーテンを弄る。
「クラスを売った犯人を探してる子が居るって知って、嬉しかったの。私を嘲笑ってたクラスメイトが、やっと反省して謝ってくれると思ってたの。でも違ったね、首藤さんは私を笑ってなかったけど、見てすらいなかったんだからね」
「それは、アリスさんから聞いたの……?」
「アリス?ああ、そう。」
「今アリスさんの代わりにクラスメイトを殺してるのも橘さんなの?」
「……それは残念だけど違うよ。あの魔女も必死に探してるみたいね。まぁ私はみんなが死んでくれれば誰でもいいけど」
「……なんなんだよ」
私は橘さんの視線から逃れるように頭まで布団を被った。

うちのクラスを売った犯人がようやく見付かったのに。なのに責め立てる気になれなかった。だってクラスメイトを恨むようなクラスメイトなんて存在しないと思ってたんだもん。恨んでないのにどうして売ったの?って問い詰めることは出来ても、実際にいじめ紛いなことをされてた子に問い詰めたって「いじめられたから」って返ってくるだけだ。
あれ、私、何でこんなに必死になって犯人探してたんだっけ。ただ見付けて責めたいだけじゃなかったはずだ。もっと大切な理由があったはずなのに――
「……弓槻」
そうだ、元々犯人を必死になって探してたのは弓槻だった。他人の願いを叶える為に死ぬなんて嫌だって思ったけど、実際は魔法の力なんて手に入る訳じゃなかったし。それに弓槻は姉が同じようにして殺されたと思って真実を突き止めようとしてたけど、その姉は生きてたんだから、もう良かったんじゃないか。
「何の為にここまで……」
バカみたいだ。私はどこに向かってこんなに必死になってたんだろう。
「なんかもういいや。早く殺してよ」
疲れた。

64:ちゅ:2021/01/31(日) 23:19


みんなで教室で笑い合ったり、友達と休日遊びに行ったり、そんな楽しかったあの日々が返ってこないなら、もういっそのこと死んでしまいたい。でもそれを口に出すことは出来なかった。クラスのみんなから虐げられてきた橘さんにそんなことを言ったら、きっと傷付けてしまうことになる。
「ごめん、首藤さんは何も悪くなかったのに巻き込んじゃって。謝っても許せるようなことじゃないか」
橘さんはそう言いながら決まり悪そうに髪を指にくるくると巻く。その態度に少しだけ腹が立った。
「何だよ今更――」
その時、枕の横に置かれていた私のスマホが振動した。
画面を見ると、しみずからの着信だった。
「……もしもし」
『りんね、大丈夫?もうすぐ授業始まるけどどこに居るの?』
「ああ、今保健室に居る」
『えぇ!?具合は大丈夫なの?』
「うん、もう平気だよ」
そう答えると、しみずは安堵の息を漏らして「良かったぁ」と言った。
『まだしばらく休んでる?そしたら先生に伝えとくけど』
「あ、頼むわ、助かる」
『任せてよぅ』
しみずはそう言ってから、何かを思い出したように「あ」と呟いた。
『具合悪いんだったらちゃんと寝ててよぅ、無理しちゃだめだからね』
「分かったって、お母さんかよ」
『もう!じゃあね!』
茶化してやると、しみずは少し怒り気味にそう言って電話を切った。
「はぁ。」
スマホを胸ポケットに入れていると、私をじっと見ていた橘さんと目が合った。
「何だよ」
「いや。何でもない」
「……?」
何だよ、じゃあじろじろ見るなっての。
「はぁ、教室戻ろっかな」
しみずにはちゃんと寝てろって言われたけど、もうそこまで調子悪くないし。ただの貧血だろうから授業くらいは受けられるでしょ。
「保健の先生は?」
「居ないよ。会議があるんだって」
「ふーん。ごめん、何か付き添ってもらっちゃって。私は教室戻るけど橘さんはどうする?」
一応尋ねてみると、橘さんはうーんと頭を悩ませて、
「私はいいや。ねぇ、首藤さんも一緒にサボろーよ」
どこか寂しそうな笑顔でそう言った。私はその表情を見て、「やだ」なんて言えなかった。
「いいよ。でもサボって何すんの?」
「それは、……待って。静かに」
橘さんはそう言って、カーテンの外に顔だけ出した。
「……何か聞こえない?」
橘さんはそう言うけど、私には何も聞こえなかった。
「待って、これって」
橘さんがそう言った次の瞬間。

耳を劈くような大きな爆発音が、私の鼓膜を突き破った。

65:ちゅ:2021/01/31(日) 23:36


思わず耳を塞いだ。体が大きく揺れる。いや、これは校舎自体が揺れているんだ。地震かと思ったけど、その揺れはすぐに収まってしまった。
「何?今の音」
口からやっとの思いで出てきたその声は、震えた掠れ声で自分でもよく聞き取れなかった。
そしてすぐに火災報知器が鳴り始める。
「……避難しなきゃ!」
私は橘さんと一緒に保健室を飛び出した。
廊下に出ると、たくさんの生徒達が流れるように校舎から出ていく。その波に乗りながら外に出て、校舎を見上げる。
「……嘘でしょ」
どうやら爆発音の原因は四階の教室らしい。窓にヒビが入っていつ割れて落下してきてもおかしくない状況だった。真っ黒な煙のせいでその教室の中の様子は全く見えない。
「待って、あそこって、」
隣で同じように校舎を見上げていた橘さんが、その教室を指差す。
「あそこ、今うちのクラスが授業してるんじゃない……?」
「……ヱ」
たった一言発するだけなのに、舌が上手く回らなかった。私は文字にすらならない声を出して、地面に座り込んだ。
嘘だ、そんな。でも確かに今は英語の授業をしている最中だから、あの教室で間違いない――
「早く!早く避難!」
怒声を上げる教師達を見て、橘さんが私の腕を引っ張った。半ば引きずられるようにして校庭へ向かう。
「しみずが、しみず、が、みんなが」
顎が外れそうなくらいガクガクと震えた。そのせいで舌を噛んだ。じんわりと暖かい血の味が口の中に広がっていく。
「ちゃんと訓練の時みたく並べ!1-Bは二人だけか!?」
他のクラスや他学年の生徒達が異様に短い一年B組の列をじろじろと見ている。
「ぅゎぁぁぁ」
私は声を漏らして浅ましく泣き叫んだ。

66:ちゅ:2021/02/05(金) 18:46


サイレンの音が鳴り響き、すぐに消火と救助活動が行われる。担架に乗せられ運ばれていくクラスメイト達の姿を見て、私は瞬きも出来なかった。
皮膚が欠けた白い脚や、指の数がおかしい手。呻き声のようなものもたまに聞こえてくる。ずっと見ていたら頭がおかしくなりそうだったけど、目を離すことが出来なかった。
カチカチと歯を鳴らしながら指を噛んでいると、 校庭に消防隊員と小柄な生徒が駆け込んでくる。
「トイレに居て逃げ遅れたみたいで……」
消防隊員は教師に何やら手短に説明して、すぐに校舎へ戻って行った。
がくがくと震えるその生徒の顔を見て、私は思わず息を飲み込んだ。
「し、み、ず」
一文字一文字をやっとの思いで紡いでその名前を口にした。
「……りんね!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を私に向けるしみず。その途端しみずはその場に泣き崩れた。
わぁわぁと人目もはばからず泣きじゃくるしみずに這うように近付く。私も声を漏らして泣いた。
しみずが生きてた。
でも、他のクラスのみんなは?
それから数十分が経ち、他のクラスメイトが戻ってくることはなかった。

それからしばらく休校が続いた。
犠牲者の数は明かされず、当然のようにニュースにもならなかった。ただ申し訳程度に新聞の端の方には載っていたらしく、他のクラスの誰かがストーリーに載っけてた。
あの爆発は誰の仕業だったんだろう。アリスさん?それともクラスメイトを殺して回ってた誰か?それとも橘さんだろうか。
分からないけど、きっと私としみずと橘さん以外のクラスメイトは全員死んだ。学校からは詳しいことは何も教えてもらえなかったから、詳しいことは何も分からないままだ。
「はぁ……」
深い深い溜め息をお腹の底から吐き出した。
ベッドの上から動けない。たまにインスタやTwitterを眺めるだけで意味もなく過ぎていく時間。
「疲れたなぁ……」
天井を仰ぎながら溜め息混じりにそう呟くと、ベッドの隅に転がっていたスマホが振動し出した。
「……え?」
通知画面を見て私は思わず口をあんぐりと開けて固まった。
「な、何で!?」
私は慌ててスマホを操作し、その通知を開いた。
「え……?」
ずっと動いていなかったクラスラインが動いていた。

『ねぇ、誰か居ない?』

そうメッセージを残していたのは、真中ちゃんだった。

67:ちゅ:2021/02/08(月) 21:12


「うぅぅ」
その画面を見た途端、私は思わず声を漏らして泣き出した。スマホを両手で握って、液晶画面にぽたぽたと数滴の涙を垂らす。
もうあの時教室に居たクラスメイト達はみんなだめだと思ってた。でも全員が死んだわけじゃなかったんだ。真中ちゃんは生きてたんだ!
私は無我夢中で文字を入力する。
『真中ちゃん、怪我は大丈夫なの?』
何より先に訊きたかったことを送信した。するとすぐに既読が付き、返信が来る。
『スマホ打てるくらいには平気だよ!

個チャ行ってもいい?』
それを見て、私は真中ちゃんとの個チャに返事を送った。
『良かった、今は病院?』
『そ、入院中

何か手術もしたみたいだけど全然記憶ないww
りんねちゃんはどこの病院なの?』
『あ、私は保健室居たから怪我はしてなかったんだよね、』
『そうなんだ!よかったよかった。』
何だか申し訳ない気持ちになった。
『他のクラスの子達から何か連絡あった?』
『今のとこ真中ちゃんだけだよ

あ、でもしみずと橘さんは教室に居なかったから無事だったよ』
そう送った途端、さっきまですぐに返信が来ていたのに、いきなりぴたりと止まってしまった。
どうしたんだろう、既読は付いてるのに。もしかして急に様態が悪くなったとか……?
嫌な予感がしてたけど、私が返信してから三分後に返信が来た。
『橘さんって奈那のことだよね?』
『うん』
『え、あの日奈那学校来てたの?』
『来てたよ、授業には出てなかったっぽいけど』
『何でりんねちゃんが知ってるの?もしかして事故があった時一緒に居たの?』
『え、うん』
何だろう、真中ちゃんの文面はどこか焦ってるように見える。
『奈那、何か話してた?』
『別に何も話してないよ?』
『誰かに何かされた、みたいこと言ってなかった?』
『え、別になかったけど』
そう返信した後に、ふと橘さんが根も葉もない噂を流されたせいで学校に来れなくなった話を思い出した。「誰かに何かされたみたいなこと」って、その話のことだろうか。
真中ちゃんは何か知っててこんなことを訊いたんだろうか。クラスメイトだしあの噂を知らないなんてこともないだろうけど。
『橘さんと何かあったの?』
何気なく尋ねると、真中ちゃんは、
『いや、変な噂とか聞いたことあったから気になっただけ。

ごめん、変なこと聞いて』
と返信してきた。
そうだよね、クラスメイトがあんな噂立てられてたら気になるに決まってるよね。やっぱり真中ちゃんは優しいんだなぁ。
『病院暇だし良ければまた話そ!』
『うん、お大事にね』
私はそう返信してスマホを閉じた。

68:ちゅ:2021/02/08(月) 21:15


真中ちゃんが生きてて良かった。もしかしたら他のクラスメイトもまだ生きてる子が居るかもしれない。諦めちゃだめだ!
その時、またスマホが振動し出した。今度は誰かからの着信だった。
画面を見ると、アリスさんからだった。
「もしもし」
『……もしもし。』
少しやつれたような弱々しい声が出てきた。
「どうかしたんですか?」
『りんねちゃんの学校で爆発事故が起きたって聞いて。』
アリスさんはゆっくりとそう言った。そこで私はふと違和感を感じた。
「アリスさん、体調大丈夫ですか?」
『あー、ごめん。最近ずっと吐いてたから喉痛くて声変かも。』
「いや、それは大丈夫ですけど……」
やっぱり。何かいつもと声が違うと思ったんだ。がらがらしていてまるで風邪でも引いてるみたいな声だった。ずっと吐いてたって、体調不良の原因はやっぱりうちのクラスだろうか。きっと毎日死に物狂いで犯人を探してるんだろうな。
『りんねちゃんが無事で良かったよ。他に生き残った人って居るのかな。』
「居ますよ。今分かってるのは三人だけですが」
『そっか。爆発の原因が何で誰のせいなのかは分からないよね。』
「はい、でもうちのクラスを売った子が名乗り出てくれましたよ。橘奈那ですよね。」
私が言うと、アリスさんは小さな声で笑った。
『ああ、あの子ってそんな名前だったんだ。知らなかった。』
「はぁ?黒髪ロングの子ですよ!ツインテールの……」
『取り引きの時しか会わなかったからよく覚えてないけど、その子で間違いないと思うよ。』
「いやいやいやちゃんと会ってくださいよw」
こんな大事な秘密を共有している仲なのに名前すら知らないなんて。そう言えば橘さんもアリスさんの名前を聞いてもピンと来てない様子だったっけ。
『でも一応連絡は取ってるよ。多分りんねちゃんに名乗り出たのも私がりんねちゃんのこと話したからだと思う。やっと誰かが反省してくれたって喜んでたよ。言ったでしょ、案外自分が周りが見えてないだけかもしれないって。 』
「……はい。悔しいけどそうでした」
私がそう言うと、アリスさんはまた小さな声で笑う。
『りんねちゃんって素直だよね。悪意がないって言うか。』
「は?馬鹿にしてるんですか?」
『してないしてない。褒めてるんだよ。だから奈那ちゃんもりんねちゃんのこと許せたんじゃないかな。』
アリスさんは笑いながらそう言う。
「許せたって?」
『ああ。昨日事故があった日にりんねちゃんに会ったって聞いて。『他のクラスメイトはまだ許せないけど、首藤さんは噂のこと覚えてすらなかったから、許したい』って言ってたよ。』
「許したところで、結局私は殺されるんですけどね」
嫌味混じりにそう言ってやると、アリスさんは『そうだね。』とくすくす笑った。
『でもりんねちゃんは殺せないよ。“私はね”。』
「?何それ」
私が返すと、アリスさんは『私はだけどね。』と言ってすぐに話題を変えた。
『そうだ。事故があった時、りんねちゃんと奈那ちゃんは教室に居なくて無事だったんだよね。すごい偶然だよね。あの爆発事故に奈那ちゃんも私も関わってないのに。』
「確かに。あの時しみずにちゃんと休んでなって言われてなければ、教室戻ってたかもなぁ……」
『そっか。その子には感謝しなきゃね。生きてたらお礼言えたのにね。』
「いや、しみずは生きてますよ。しみずはちょうどトイレに行ってたみたいで、もう一人生きてた真中ちゃんって子は怪我はしたけどさっきまでLINEしてましたし。多分他にも生きてる子が居るかもしれないし……」
『そのしみずちゃん、怪しくないかな。』

69:ちゅ:2021/02/08(月) 21:21


アリスさんのその一言で、一瞬で全身が凍り付いたように硬直した。汗ばんで滑り落ちそうなスマホを持つ指が上手く動かない。私はもう片方の手でそれを持ち直して、乾いた笑い声を漏らす。
「ははっ、何言ってんすか。しみずがあんなこと出来るわけないっしょ……」
自分でもびっくりするくらいおかしな声が唇の隙間から漏れ出す。まるで五時間カラオケした後の声みたいだ。
『しみずちゃんはりんねちゃんのお友達なのかな。』
「しみずはあんなことしない。それは私が一番分かってますから。会ったこともないアリスさんに疑われるような筋合いありませんよ」
久しぶりにアリスさんに対して怒りの感情が湧き上がってきた。しみずのこと何も知らないのに分かったような口をきかないでほしい。しみずはクラスの誰よりもクラスのみんなに優しかった。橘さんの噂話だって口にしたことは一度もなかった。一番一緒に居る時間が長かった私でさえ、しみずが誰かの悪口を口にしているところなんて一度も見たことがなかった。
『そっか。二人は仲良しなんだね。ごめんね、でも今一番怪しいのはその子だよ。爆発事故の時にたまたま教室に居なかった、なんて都合良すぎると思わないかな。』
「それ言ったら私と橘さんだって怪しいじゃん……」
『でも二人は違う。でしょ。』
「っ」
何も言い返せなかった。
「でももししみずを疑うなら、私は橘さんやアリスさんのことも疑います。」
『でもりんねちゃんは、あの時奈那ちゃんと一緒に居たんでしょ?』
「そんなのいくらでも細工できるじゃないですか!橘さんは教室に戻りたがらなかったし、それって自分は巻き込まれたくないからなんじゃないですか?」
『奈那ちゃんが教室に入るのにどれだけ勇気がいるのか、りんねちゃんには分からないんだね。』
まるでバカにされてるかのような口調にイラついてくる。
「……は?じゃあアリスさんには分かるんですか?」
橘さんと一回しか会ったこともないくせに。名前すら知らなかったくせに。
『分かるよ。私がそうだったから。だって魔女に救済を求めた者同士だもの。会ったことない他の魔女の気持ちだって分かる。』
「んなこと、」
『ごめんね。でも私は私情は挟んでないつもりだよ。それにしてもしみずちゃんは怪しいと思う。充分疑われるような言動をしてると思う。』
「そんなの、アリスさんがしみずと関わりないからじゃないですか。」
『りんねちゃんこそ、友達だからって目を背けてないかな。』
ギク、と心臓辺りに柔らかい何かを突き刺されたような感覚になる。
分かってるし。クラスメイトの誰しもが疑いの対象になりうるって頭では分かってる。でも、それでもしみずは絶対に違う。
『しみずちゃんがりんねちゃんに教室に戻らないように言ったのも、友達だから巻き込みたくなかったんじゃないかな。』
「は?だったら最初からクラス売ったりしないでしょ?」
『何言ってるの、クラスを売ったのは奈那ちゃんでしょ。』
「じゃあ何でわざわざ他の誰かがみんなを殺してってたんだよ」
『……待って。それだよ。何で今まで気付かなかったんだろ。』
「……何言ってんですか?」
『りんねちゃんのクラスを売った子が、もう一人居たってことなんじゃないのかな。』
「そんなの、まさか」
うちのクラスを魔女に売ったクラスメイトがもう一人居るってこと?

70:ちゅ:2021/02/08(月) 21:21


「それがしみずだって言いたいのかよ」
『……しみずちゃんか、真中ちゃんか。他に生きてる子がまだ居るとしたら、その子達も容疑者になりうるよね。』
「怖い思いして怪我までしてる子まで疑うなんて無理だよ」
『死んだ子にだって可能性はあるよ。』
「そんなのもっと出来ないじゃん!分かれよ!」
『今は犯人に情けをかけてる場合じゃないよ。』
「……はっ、犯人が見付からなくて困るのはアリスさんだけでしょ。結局死ぬんだったらもう私は別に誰が何してようがどうでもいいし。犯人じゃないかもしれない子を疑うくらいなら何も知らないまま死んだ方がマシ」
息を吸うことも忘れて一気に言葉を吐き出すと、アリスさんは黙り込んでしまった。
「……私は、クラスを売った子は橘さんだけだと思いますから」
『……分かった。でももし他に生き残った子が分かったりしたら連絡して。あの爆発も私がしたってことになると思うから。』
「……分かりました。」
私がそう言うと、アリスさんは無言で通話を終了させた。
苛立ちが残ったままベッドに身を投げ出す。
アリスさんの言葉が妙に頭から離れなかった。
「犯人がもう一人居る」か。
有り得ない話ではないんだろうけど、せっかく生きててくれたクラスメイトや無関係かもしれないのに巻き込まれて死んだクラスメイトを疑うなんて無理。
「はぁ」
クラスメイトがたくさん死んでるのに涙も出ない自分が嫌になった。感覚が麻痺してるのか、自分が他人が死んでも悲しめない人間なのか。
噂が流れ始めたあの時、みんなに「そんな噂話やめなよ」とでも言ってればこんなことにならなかったのかもしれない。
「あー、自業自得だな」
橘さんにとって、噂話をしてたクラスメイトも、見て見ぬふりをしてた私も大して変わらなかったのかもしれない。許してはくれたみたいだけど、クラスを売ったってことは少なからず私のこともよく思ってなかったからだろうし。
もう誰も責められないよ。
アリスさんももう一人の犯人も、さっさと私を殺してくれればいいのに。
「疲れたぁ……」
溜め息と同時に漏れ出した言葉と共に、零れた涙がシーツを濡らした。

71:ちゅ:2021/02/09(火) 22:29


けたたましく鳴り響くスマホのバイブレーションで目が覚めた。寝起きの頭に鳴り響くその音に飛び起きてスマホを見る。
「え……?」
夥しい量の不在着信。しかも全部同じ人からだった。
「ゆずは、さん?」
未だに鳴り響くスマホの画面には「弓槻ゆずは」の文字。
「もしもし?」
『りんねちゃん!やっと出てくれた!』
息を切らしたゆずはさんの声がダイレクトに頭の中に響いてきた。寝起きでぼーっとしていた頭が一気に覚める。
「何かあったんですか?」
欠伸をしながら尋ねると、ゆずはさんは慌てた様子で、
『りんねちゃん、お婆ちゃんから貰ったノート、私にくれない?』
いきなりそんなことを言い出した。
「え、お婆ちゃんから貰ったノートって、弓槻の数学の?」
『そう。今からそっち行くから住所教えて』
「ちょっと待ってくださいよ、いきなりそんなこと言われても……」
弓槻がお婆ちゃんに私に渡すように託したノート。ただの計算式が書かれたノートだったけど、弓槻が「自分に何かあったら私に渡せ」って言ったってことは、きっと何か意味があるはずだ。いくら弓槻の姉だからって簡単にゆずはさんに渡せない。
『お願い。あれは元々私のものなの。』
「え……?」
あのノートがゆずはさんの物?
「そんなの信じられませんよ、だって弓槻はお婆さんに私に渡してって言ったんですよ?」
『それはゆずかが私が死んだと思ってたからでしょ。私は生きてるんだから、あのノートは私が持ってるべきなの。』
切羽詰まった様子のゆずはさんの声色に、私はごくりと唾を飲み込む。
「……あのノート、何なんですか」
ゆずはさんにバレないように、音を立てないように、机の上に置いてあったノートに手を伸ばす。ページを捲ってみたけど、やっぱりただの計算式が並んでるだけだった。
こんなに必死になるなんて、そんなに大事なノートなの?やっぱりどこかに何か重要なことが書かれてるんじゃないの……?
目を凝らして必死にノートを見回していると、ゆずはさんが震えた低い声でぽつりと何かを呟いた。
「え?」
私はそれが聞き取れなくて聞き返した。いや、聞き取れはしたけど、頭では理解が出来なかった。
『……お婆ちゃんが、亡くなったの』
二度目の言葉で、それは鮮明に頭の中に溶け込んでいく。
「……は?」
ばさりと派手な音を立ててノートが手から滑り落ちた。
『さっき。買い物中に倒れて病院に運ばれて、私の目の前で亡くなったの。』
「目の前で、って」
『お婆ちゃんに会いに行ったのよ』

72:ちゅ:2021/02/09(火) 22:29


「え……」
スマホも手から滑り落ちてフローリングの床にごつりと跳ね返った。
『りんねちゃん?』
小さな小さな声がスピーカーから聞こえてくる。
「す、すみません」
慌ててスマホを拾う。
『りんねちゃんに言われたことがどうしても忘れられなくてね。でもどうしても勇気が出なくて会いに行けてなかったの。来月の二日がお婆ちゃんの誕生日だったから、その日に会いに行こうって決めてたらこんなことになっちゃった。ベッドに横たわるお婆ちゃんに私が認識出来てたかどうか分からないけど、きっと私だって分かってたと思う。『おかえり』って言ってくれたの』
ゆずはさんは震える声でそう言いながら鼻を何度も啜った。
私の心には、ぽっかりと大きな黒い穴が空いていた。
「弓槻のお婆ちゃんが亡くなったなら、もうほんとに私の目的は何も無くなっちゃったよ。ただ死ぬのを待つだけだ」
ははは、と乾いた笑いが出てくる。
「ゆずはさんが生きてて、弓槻のお婆ちゃんが死んじゃったなら、もうほんとに私には何も無い」
『りんねちゃん!』
ゆずはさんの声にはっと我に返る。
『もしかして、お婆ちゃんに何か言われたの……?』
「……弓槻の死について何か分かったことがあったら教えてほしいって言われてて」
私がそう言うと、ガチャンと耳を劈くような雑音が頭に鳴り響いた。今度はゆずはさんがスマホを落としたのだ。
『そんな……』
そして遠くの方でそう言うゆずはさんの声が聞こえてきた。
『馬鹿だ。私馬鹿だ……』
はー、と長い溜め息を吐く。
『りんねちゃんの言う通りだ。最初っから魔女なんかにクラスを売らなければ良かったんだ……』
私は黙ってゆずはさんの次の言葉を待つしか出来なかった。
『もっとゆずかやお婆ちゃんと一緒に居ればよかった。魔女の仕事に専念して家族のことは忘れてたのに。私が死んだことになってから一年間、二人はどんな気持ちで生きてたんだろう。』
語尾につれてどんどん大きく早くなっていく声。
『今更気付いた。何もかも遅い。バカだなぁ……』
自虐的に笑いながら泣くゆずはさん。私は心臓の辺りがギュッと痛むのを感じた。もうこのまま電話を切ってしまいたい気持ちだった。
別にゆずはさんに同情してるわけじゃない。むしろ今更気付いたの?って軽蔑すらしてる。でも何の罪も無い弓槻やお婆ちゃんはそんなゆずはさんが大切だったんだ。なのに。

73:ちゅ:2021/02/09(火) 22:30


「弓槻、何で死んじゃったの?あの時死んだのが弓槻じゃなくて私なら良かったのに」
ぽつりと呟いた。
『そんなこと言わないでよ、りんねちゃん。』
ゆずはさんがぐすんと鼻を鳴らしながらそんな言葉を漏らす。……やっぱり、少しだけ同情してしまうかも。
『りんねちゃんは何も悪くないんだから自分を責めないで。』
何も悪くなくない。だって弓槻が事故に遭ったのは、元はと言えば一緒に戸川さんを尾行しようと誘った私が原因だったんだから。ゆずはさんはきっとそれを知らないからそんなことが言えるんだ。
「……ノートは渡します。でも私にもちゃんと真実を教えてください。」
せめてもの償いだ。ゆずはさんはあんなに頼み込んでて、このノートは元々ゆずはさんの物なら、もう返す以外の選択肢はないよね。
『ありがとう、分かったよ。』
「渡すのは明日でもいいですか?昨日は色々あって疲れたので」
『うん。突然ごめんね。住所はLINEで送っといてくれると助かる。じゃあ』
「分かりました。」
私がそう言うと、ゆずはさんは何度も『ありがとね』と言い、電話を切った。
カーテンを開けて窓の外を見る。アリスさんと電話した後、いつの間にか寝ちゃってたんだ。外はもう明るくなっていた。きっと一晩中眠ってたんだ。

ゆずはさんと電話して、久しぶりに弓槻のことを頭に思い浮かべた。
伏し目勝ちの切れ長の瞳に、朝日に照らされて白っぽく見える豊富なまつ毛。向こうが透けて見えそうなほど透明な陶器のような肌。初めて喋った時の不機嫌そうな弓槻の顔だ。
最初は嫌な奴だと思ったし、むしろ嫌いな部類だった。でも実は誰よりも早くクラスが魔女に売られたことに気付いて、一人で解決しようとしてた。弓槻は全て自分のためにやってるみたいだったけど、見方を変えればクラスを助けてくれようとしてたんだ。
弓槻は橘さんがうちのクラスを売っている現場を見た日から、何を思いながら毎日を過ごしてたんだろう。
あの私を睨むように見上げる伏し目がちな目が私をじっと見詰めていた。
頭の中にある弓槻のイメージは、掴めそうで掴めない。
「弓槻……」
弓槻に会いたい。
初めてそう思った。

74:ちゅ:2021/02/12(金) 17:51


翌朝、私はインターホンの音で飛び起きた。
「何ー……?」
浮腫んで開かない目を擦りながら、感覚で階段を降りていく。インターホンの画面を覗き込むと、さらさらの黒髪が目に入った。
「弓槻?」
はっとして目を見開くと、そこに映っていたのはゆずはさんだった。
「……ああ、そっか」
今日は弓槻のノートを取りにうちに来るって言ってたんだっけ。
それにしても弓槻とそっくりだなぁ。そりゃそっか、姉妹だもんね。もしゆずはさんが肩の下まで髪を伸ばしたら、ほんとに見分けが付かないかもしれない。
そんなことを考えながら階段を下り、玄関のドアを開けた。
「おはようございます」
「おはよ。もしかして今起きた?ごめんね、確認してから来れば良かったね」
「いいんです、十二時にうちに来るって昨日LINEで約束したんですから。むしろこんな顔と服でこっちが申し訳ないです」
今の私は、完全寝起きのすっぴんに寝癖だらけのぼさぼさの髪。終いには薄汚れた中学のジャージ姿だ。
「りんねちゃんって意外とすっぴん変わるんだね」
ゆずはさんはにこにこしながらそんな私を舐めるように見回す。
「はー!どうせ私は化粧詐欺ですよ。いいですよね、元から美人の人は!」
こんな美人にそんなこと言われたら嫌味に聞こえても仕方ないよな。見た感じ特にメイクしてるわけじゃないみたいだし……。素材がいいっていいよなぁ、とつくづく思う。
「そんなことないよ?私今メイクしてるし、カラコンも入れてるよ?」
ゆずはさんはそう言いながら目を大きく見開く。確かに薄らとカラコンのフチが見える。
「うっそ、じゃあ弓槻もメイクとカラコンして学校来てたってこと?」
割と顔が近い距離で話すこともあったけど、そんな風には見えなかったのにな。
「ゆずかは多分してないよ。あの子生まれた時からほんとに可愛かったから。よく比べられたよ、妹は可愛いのにお姉ちゃんは……って」
はははと少し悲しそうに苦笑いするゆずはさん。
「姉妹だから元々の素材は似てるかもだけど、私はメイクしてもゆずかに追い付けないから」
「そうですか?初めてゆずはさんに会った時、普通に弓槻だと思いましたけどね」
私がそう言うと、ゆずはさんの表情はぱっと明るくなった。
「ほんと!?嬉し〜」
「私なんて二人とは素材から違いますから羨ましいですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな〜。結構コンプレックスだったんだよね、ゆずかと比べられるの。」
また悲しそうな顔になるゆずはさん。普段は弓槻より丸っぽい形の目を伏せると、ほんとにそっくりだ。でも言われてみればマスカラを塗っているのが分かる。
「死んだことにして家に帰らなかったのも、ほんとは帰りたくなかったっていうのもあったんだよね」
そう言いながらヒールの爪先で石ころを転がすゆずはさんを見て、彼女がどういう環境で育ってきたのかが何となく分かってしまった。
私がじっと見ていることに気付いたゆずはさんは、苦笑いしながら両手を合わせた。
「ごめんね、暗い話して。どっか行こっか、りんねちゃんが準備出来るまで待ってるよ」
「いえ、今日は妹も学校行ってて居ないしうちで話しましょ。あんまり外出る気になれませんし。それに……」
誰の目も気にしないで喋れる場所の方が何かと都合良さそうだし。
「……そうだね、そうしよっか」
ゆずはさんもそんな私の思惑を察したのか、素直にそう言ってくれた。

75:ちゅ:2021/02/12(金) 17:51


「そう言えばりんねちゃんにも妹さん居たんだね。」
玄関で靴を脱ぎ、それを揃えながらゆずはさんがそう言った。
「やっぱりりんねちゃんしっかりしてるし、お姉さんなんだなぁ」
「全然ですよ。寧ろ妹の方がしっかりしてるくらいですし」
階段を上りながらちらりと妹の部屋の方を見る。
「そう言えば、最近あんまり会ってないなぁ」
私が爆発事故が起きてからずっと部屋に閉じ篭ってるせいだと思うけど。
そう言えばお母さんとも全然顔合わせてないや。毎日帰ってきてはいるみたいだけど。
今私のクラスでこんなことが起きてるなんて、二人はなんにも知らないんだろうな。私が死んだらどう思うんだろう。弓槻や弓槻のお婆ちゃんみたいに悲しんでくれるのかな。それとも私が居なくなったところで二人の生活は何も変わらないんだろうか。
「……やっぱやだな」
もういっそのこと早く殺してくれ。と思うこともあったけど、やっぱり死ぬのが怖かった。自分が死んだ後の世界で、自分を取り巻く環境や周りの人達がどうなるのか、どう思うのかを知れないのは怖い。
「……」
ちらりと私のあとを着いてくるゆずはさんを見る。
ゆずはさんはいいな。自分が死んだ時の周りの反応を知ることが出来たんだから。

「お邪魔します」
私の部屋に入る時、ゆずはさんは律儀にそう言いながら足を踏み入れた。
「散らかっててすみません」
床に鞄や数日前に脱ぎ散らかした制服が落ちたままだった。恥ずかしいな、せめて畳んでおけばよかった。
「いいのいいの、それどころじゃなかったでしょ。」
ゆずはさんは気にしてないみたいだったけど、私は制服を簡単に畳んで隅の方に寄せておいた。
「お茶持ってきますね。」
私はゆずはさんをオフィスチェアに座らせ、階段を降りてリビングへ向かった。
お湯を沸かしながら、髪に軽くアイロンを通して、二重を作ってカラコンを仕込んでおいた。
「すみません、紅茶で良かったですか?」
足で半開きのドアを開けると、ゆずはさんは「ありがとう」と言ってお盆を持ってくれた。

部屋の真ん中に卓袱台を広げて、私達は向かい合うように座った。卓袱台の真ん中に弓槻のお婆ちゃんから貰ったノートを置く。
ゆずはさんはそのノートを見た途端、目をうるうるさせて泣きそうな顔になった。
「懐かしいなぁ……」
か細い声でそう呟いて、よく手入れのされた綺麗な指先でノートを手に取る。
そして慣れた手つきでノートを開く。でもすぐにその表情は固まってしまった。
「……え、何これ」
ゆずはさんは夢中でページを捲る。
「これ、私が思ってたノートと違うんだけど……?」
「え……?」
私達の間に沈黙が訪れる。
「これ、ゆずかの数学のノートじゃない。何でお婆ちゃんはこれをりんねちゃんに渡したの?」
「え、ゆずはさんが思ってたノートって何なんですか?」
私が尋ねると、ゆずはさんは言いにくそうに口をもごもごさせる。
「……私が魔女に魂を売る前に毎日のことを記録してたノート」
「え、じゃあ……」
「考えられるのは、ゆずかが間違えたのか、お婆ちゃんが間違えたのか……。」
ゆずはさんは顎に手を添えてそう呟く。二人共死んでしまった今、どっちなのか確認する方法もない。
「同じ会社の同じ色だからきっとお婆ちゃんが間違えたんだと思う。……じゃあ、本物のノートは」
私とゆずはさんは顔を見合わせる。
「うち、行こっか……」
ゆずはさんの言葉に、私は小さく頷いた。

76:ちゅ:2021/02/14(日) 00:29


ジャージから普段着に着替えていると、ゆずはさんは鞄から鍵を取り出し、それを卓袱台の上に載せて睨めっこし出した。
「はぁ。ついにあの家に帰るのかぁ……」
そう言いながら胸を抑えて、少し苦しそうに笑う。
「でも、帰ってももうあそこには誰も居ないんだよね。」
そう言いながら両手で真っ赤になった鼻を包み込む。
「はー。やっぱ怖いな」
「……やっぱり、行くのやめますか?」
少し意地悪く訊いてみる。そんな私を驚いた表情で見上げて、ゆずはさんは悔しそうに笑った。
「……行くよ。」
私達は頷き合って、部屋を出た。

ドアから顔だけ出して空を見上げる。真っ青な空に綿菓子みたいな白い雲がぽっかりと浮かび上がっている。一歩外に出ると、数日ぶりの直射日光に頭がクラクラしてくる。

駅前で捕まえたタクシーに乗り込み、弓槻の家の住所を運転手に伝える。車体が動き出すと、私達は何となく黙り込んだ。ゆずはさんはたまに運転手に道を指示してるけど、私は一言も言葉を発さなかった。
さっきから気になって仕方なかった。本当に弓槻のお婆ちゃんがゆずはさんのノートと弓槻の数学のノートを渡し間違えただけなんだろうか。お婆ちゃん、ボケてるって訳でもなかったと思うんだけどな。でも弓槻が伝え間違えるなんてことはもっと有り得ないと思うし。何となく渡された数学のノートが全くの無関係だとも思えなかった。妙な空白のあるあのページも気になるし……。
モヤモヤしていると、ふと思い出したようにゆずはさんが呟いた。
「……ゆずかは、何で私のノートのことを知ってたんだろう。自分が死んだ時りんねちゃんに託そうとしたってことは、あのノートが魔女に繋がる手掛かりだって気付いてたってことだよね」
「……確かに。弓槻はどこまで気付いてたんだろう」
「ゆずか、もしかしたら私が生きてるってことに気付いてたんじゃないかな。」
じっと助手席に取り付けられた液晶画面を見詰めながら、私は小さく頷いた。
弓槻は何を考えてたんだろう。頭の中に居る弓槻は冷たい目でじっと私を見上げてくるけど、何も言ってくれない。
ねえ、教えてよ。弓槻は何を知ってたの?

「あ、この辺で大丈夫です。」
ゆずはさんがそう言うと、タクシーはゆっくりと道の端に停まった。
ゆずはさんが運転手にお金を払い、私達はタクシーを降りた。
目の前にそびえ立つ、弓槻の家。前に来たのはいつだったっけ。あの時はまだアリスさんやゆずはさんと出会う前で、むすびも生きてたんだっけ。
「……」
心臓がぎゅっと痛くなった。
「はぁ。いつぶりだろ、うちに帰るの」
そんな私の横で、ゆずはさんは大きく深呼吸してそう言った。澄んだ瞳で一軒家を見上げる。
「ただいま」
ガチャリ。
ゆずはさんは、ゆっくりと鍵穴に鍵を差し込んだ。情けない音を立てながら、ドアがゆっくりと開いた。

77:ちゅ:2021/02/14(日) 14:47


玄関の前で、ゆずはさんは何度も何度も深呼吸していた。時折胸に手を当てて、「よし。」「行くぞ」などと呟いている。が、一向に家の中に足を踏み入れようとしない。
怖いんだろうな。一年以上放ったらかしにしていた家に帰ってきたんだから。
じっとそんなゆずはさんを見詰めていると、ふと目が合った。するとゆずはさんは申し訳なさそうに苦笑いして、無言で両手を合わせてきた。
そんなゆずはさんを見て、居てもたってもいられなくなった。私は一歩足を踏み出す。
「りんねちゃん?」
私は驚いた表情で私を見るゆずはさんの横を通り過ぎて、玄関に足を踏み入れた。
「お邪魔します。」
そう言って靴を脱いで、きちんと端の方に揃えておいた。
薄暗い玄関の中で、明るい屋外に佇んでいるゆずはさんの方を見る。
「大丈夫です。弓槻もお婆ちゃんも怒ってないと思いますよ。」
そう言うと、ゆずはさんは顔をぐしゃりとしながら笑って、大きく頷いた。
そして家の中に駆け込んでしゃがみ込んでしまった。
「……ただいま、お婆ちゃん、ゆずか……」
弱々しい声でそう呟いて、膝に顔を埋めた。
「おかえり」
小さな声でそう呟いてみた。言ってすぐ何か気持ち悪いな、と思って取り消したくなったけど、幸いゆずはさんには聞こえてなかったみたいだった。
「じゃ、行こっか。」
私達は、弓槻の部屋に向かって階段を昇った。

弓槻の部屋は、相変わらずベッドと机しかない地味な部屋だった。あれから何も変わっていなくて、何故か安心してしまう。
「ゆずかの部屋だ……」
ゆずはさんはそう言いながら私に続いて部屋に入ってくる。体を三百六十度回転させて、部屋全体を満遍なく見渡す。
「なんにも、変わってないんだなぁ」
目に薄らと涙を浮かべて、震える声でそう呟いた。と思ったら、ゆずはさんは部屋から出ていってしまう。
「他の部屋も見たいんだけどいいかな」
ゆずはさんはそう言って、向かい側の部屋のドアノブに手を掛ける。
「……はい」
私はそう言って、弓槻の部屋を後にした。

「ここが私の部屋だった場所なんだ。どうなってるのかな、物置にされたりしてるのかな」
ゆずはさんは少し寂しそうに笑いながら、ゆっくりとドアを開ける。カビ臭い空気が私の鼻を掠めた。
「……わ」
電気を付けると、ゆずはさんの後ろ姿が小刻みに震え出した。ちらりと顔を覗き込むと、ぽろぽろと涙を零していた。
「なんにも変わってない、私の部屋だ……」
そう言いながら、部屋の真ん中まで歩いていく。
弓槻の部屋とは打って変わって、ゆずはさんの部屋はぬいぐるみや写真で溢れ返っていた。
棚には参考書や辞書が並んでいて、ベッドにはたくさんのぬいぐるみが鎮座している。壁に掛けてあるコルクボードには、たくさんの友達と写った笑顔のゆずはさんが貼り付けられていた。
「もしかして、お婆ちゃんとゆずかが掃除してくれてたのかな」
ゆずはさんは机の上を指でなぞってそう呟いた。
「電気だって、私が居なくなる前とは種類が変わってる。切れたらちゃんと取り替えてくれてたんだ……」
しゃがみ込んで声を漏らして泣くゆずはさんを見て、思わず私ももらい泣きしそうになった。二人はゆずはさんが帰ってくるのをずっと待ってたんだ。ゆずはさんが生きてるってことに気付いてなかったとしても。
部屋の中を歩き回ってみると、本棚にも埃は溜まっていなかったし、ベッドのシーツも綺麗だった。お婆ちゃんは、死ぬ直前までゆずはさんの部屋を大切にしてたんだな。
一頻り泣いた後、ゆずはさんは立ち上がり、
「先に私のノートを探そう。」
そう言い、私達は頷き合った。

78:ちゅ:2021/02/17(水) 18:13


ゆずはさんが机の引き出しを調べている中、私は壁のコルクボードをじっと見詰めていた。
「……そう言えば、ゆずはさんは何でクラスメイトを魔女に売ったんですか?」
何となく尋ねてみる。コルクボードに貼り付けてある写真を見ていたら、どうしても納得出来なかった。あんなに楽しそうに笑ってるのに、どうしてそんなことしたんだろう。
すると、ゆずはさんは恥ずかしそうにはにかんで、
「あの写真、高二の時のなんだよね。高二までは割と上手くいってたんだけど、三年になってクラス替えした途端悲惨でさぁ……」
そう言いながら、コルクボードの前に立って、懐かしそうな顔をしてそれを眺める。
「あんまり詳しいことは話したくないんだけどね。まぁ、ノートが見付かったら結局知られちゃうことになるけど。
バカみたいだよね、いつまでも楽しかった頃の思い出飾って、辛いことがあったら毎日眺めてたなんて」
笑顔の写真の中の自分を少し憎たらしそうに睨むゆずはさん。
「ごめんね、早く探すね。ゆずかったらどこにやったのよ〜」
そう呟きながら引き出しの中を漁るゆずはさん。その後棚やベッドの下の引き出しを見ても、ゆずはさんのノートは見付からなかった。
「となると、やっぱりゆずかが部屋に持ってってたのかな」
私達は弓槻の部屋へ戻ってくる。
「確か弓槻のお婆ちゃんは、この引き出しからノートを出てた気がします」
私がそう言うと、ゆずはさんが引き出しを開けてみる。でもそこにはもう何も入っていなかった。
「……ないね。ってことは、お婆ちゃんが間違えたわけじゃないってこと?」
「弓槻が何か意図があって数学のノートを私に渡したってことになるんですかね」
謎が深まるばかりだ。何も分からないじゃん。弓槻は一体何を私に伝えたかったんだろう。
「あれ、これなんだろう」
ゆずはさんが引き出しの奥に手を入れた。引っ張り出したのは、ファンシーな水色のペンのような物だった。何だかどこかで見たことがある形をしていた。記憶を辿っていくと、小学生の頃に行き着く。
「あ。それ、昔流行ったシークレットペンじゃないですか?」
「何それ?」
「ほら、普通に書いても無色透明だけど、そのキャップについてるライトで照らすと文字が浮かび上がってくるってペンですよ。懐かしいなぁ、昔秘密の手紙とか言ってよく交換してたなぁ」
思い出に浸っていると、ゆずはさんはペンの蓋を開けて手の甲に線を引いた。
それにライトを当てると、薄らと線が浮かび上がってきた。
「ああ。これ、多分私がゆずかにあげたやつだ。こんなの取ってあったんだ」
「意外ですね、弓槻がそんなの今でも大切に持ってるなんて」
「ね。インクももうほぼ残ってないみたいだし、結構使ってくれてたのかな」
「弓槻って意外と乙女ですね、秘密の手紙とかやってたのかな……」
あれ。
もしかして、あの数学のノートの空白って……!
「ちょっと、それ貸してくれませんか!?」
「え、いいけど、どうしたの?」
私は半ばひったくるようにゆずはさんからシークレットペンを奪い取る。
そして手に持っていた弓槻の数学のノートを開く。
空白のある部分にライトを照らす。弱々しい青紫の光が、ぼんやりと何かを映し出した。私達はそれを目を凝らして読み進める。

『お姉ちゃんが生きてるかもしれない

その手掛かりになるノートが出てきた

お姉ちゃんの部屋の洋服タンスの三段目の左奥に隠してある

あのノートに私が知ってることを全て書き込んでおいた

お姉ちゃんがクラスを売った犯人なの?

真実を突き止めたい

私に何かあったら、あなたに託します』

79:ちゅ:2021/02/17(水) 18:13


書道の先生みたいな綺麗な文字でそう記してあった。
私は黙ってライトを消した。文字は一瞬で見えなくなってしまった。
弓槻はもしかしたら気付いていたのかもしれない。ゆずはさんがクラスを魔女に売った犯人だってことも、ゆずはさんがどこかで生きているってことも。
いつから気付いてたんだろう。私にゆずはさんの話をしてくれた時にはもう気付いてたんだろうか。それとも死ぬ直前に知ったんだろうか。
どっちにしろ弓槻は一人で全てを抱えてたんだ。もっとちゃんと協力してれば良かった。弓槻は一人で解決しようとしてたけど、もっと無理矢理にでも話を聞いてれば良かった。
「ゆずか……」
隣でぽつりとゆずはさんが呟く。
「……とりあえず、ゆずはさんの部屋に戻りましょ。」
私がそう言うと、ゆずはさんは力なく頷いた。私達はまた弓槻の部屋を出て、ゆずはさんの部屋に入る。
洋服タンスの三段目を開ける。少し前に流行ったような形や色の服が綺麗に畳んで仕舞ってある。
左の奥の方に手を突っ込んでみると、確かにその感触があった。
それを引っ張り出してみると、ボロボロのノートが顔を出した。
「これだ」
ゆずはさんに渡して中身を確認してもらうと、どうやら今度はちゃんと本物のようだった。
「これだよ。はぁ……」
大切そうにそのノートを抱き締めるゆずはさん。
「お婆ちゃんに中身を確認されないようにわざわざここに隠しておいてくれたのかな。」
そう呟くゆずはさんに無言で頷く。
「お婆ちゃんが、ゆずかに『りんねちゃんにあのノートを渡すように』って言われたから渡したって言ってたの。ゆずかがそこまでして私の敵を討とうとしてくれてたんだって気付いてから、本当に本当に後悔した。だからゆずかがどこまで知ってたんだろうって気になってね。」
ゆずはさんの目付きが変わる。
「……もしゆずかが知り過ぎたせいで意図的に殺されたんだとしたら、黙ってられないからね」
ドキリ、と心臓が大きく脈打った。
今の私は、どう考えても生前の弓槻よりたくさん知ってしまっているから。
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、ゆずはさんは慌てた様子で話題を変える。
「……ごめん、このノートはやっぱりりんねちゃんには見せられない。ゆずかが書き足したところだけ後で送るんじゃだめかな。」
「偽装したりしませんよね?」
一応疑っておく。ゆずはさんは目を真ん丸にして、複雑そうな顔で微笑んだ。
「私のことは信じてよ。私は魔女だけど、りんねちゃんのクラスとは全くの無関係だから。それに……」
ぼそり、と小さな声で呟く。
「それに私は、りんねちゃんには生きててほしいし」
そして、今度は満面の笑みで私の肩を叩いた。
「だぁいじょうぶだよ!りんねちゃんは良い子なんだから!」
ポンポンと何度も私の肩を優しく叩く。そんなゆずはさんをじっと見る。どうして今そんなことを言われたのかをよく理解出来なかったからだ。
「ね。だから……」
大きく息を吸って、ゆずはさんは窓の方を見た。
「どうか、ゆずかの分まで真実を知ってね」
午後二時の真っ青な日光が、薄桃色のカーテンから透けて見えた。

80:ちゅ:2021/02/19(金) 17:25


私はゆずはさんが手配してくれたタクシーに乗り込み、スマホの画面を見た。早速ゆずはさんから画像が送られていた。
拡大して、そこに映された文字を読み取る。

『このノートを見る限り、お姉ちゃんは三年生になってからクラスでいじめに遭っていたらしい

調べてみれば、魔女に魂を売った人達は、みんなクラス内で嫌な思いをしていたという共通点があるらしい

『魔法の力』が報酬だと思っていたけど、本当は『三十人分の魂を売る』の方かもしれない?

三十人は大体一クラス分の人数。これは』

今まで見てきた弓槻の文字とまるで別人みたいな乱雑な文字。筆記体のように書き殴られているから、弓槻がどれだけ感情的になってこれを書いていたのかが分かる。
そしてふと違和感を覚えた。キリの悪いところで文が終わっているのだ。『これは』の後には何か文が続くと思うんだけど、画像はそこで見切れていた。
「……」
ノートの罫線の数を見る限り、まだ下に続いてるはずだ。
もしかして、ゆずはさんはわざとここまでしか映さなかった?
「……」
不信感が募っていく。信じてほしいって言ったのはゆずはさんの方なのに!
まだ続きありますよね?ちゃんと全部撮してください!
イライラしながらダダダと乱暴に返信の文字を打つ。
「この辺でいいですかね?」
運転手にそう訊かれて我に返った私は、慌ててスマホを閉じる。
「あ、はい、ありがとうございました」
私はそう言ってポケットから財布を取り出した。
「お金はさっきのお姉さんに貰ったから大丈夫だよ。」
「あ、はい……」
私はそのままタクシーを降りた。
それとこれとは別。ちゃんとノート全体を映している写真を送り直してもらうからな。

「いつまで待たせんだよ」
家に帰ってきて、もう数時間が経とうとしていた。外はすっかり暗くなり、妹もさっき帰ってきたって言うのにまだ返信は来ない。それどころか既読すら付かないのだ。
「何してんだよ、このまましらばっくれるつもりかよ」
イライラする。もうゆずはさんのことなんて信じてやんない。
「あー、クソ」
私はスマホを投げ出して枕に顔を埋めた。
そのまま、いつの間にか眠ってしまった。

翌朝、目が酷く痛んで飛び起きた。
「うわ、カラコン入れたまま寝てた……」
最悪だ。目がシパシパする。私は寝転んだまま両目をかっぴらいて両手でカラコンを外した。
「もういいや……」
まだ一ヶ月も使ってないけど、洗うのが面倒だったからそのままゴミ箱に放り込んだ。
昨日の出来事を思い出して、憂鬱な気持ちになった。
少しは信じてたのにな。酷いよ。
「……あれ」
スマホで時刻を確認しようと画面を見ると、同時に通知が来た。アリスさんからだった。
何だろうと思って通知を開こうとしたけど、アリスさんともギスギスしていたことに気付いて憂鬱な気持ちになった。まぁ開くんだけど。
「……え?」
私はトーク画面を見て、思わず目を見開いた。

81:ちゅ:2021/02/19(金) 17:25


『ゆずはちゃん知らないかな。

昨日の夜から連絡つかなくて困ってるんだ。

何か連絡なかったかな。』

そう書かれていた。
え、え、え?頭の中がパニックになった。
昨日の夜って、私と会った後だよね?
アリスさんに昨日の出来事を事細かに説明した。するとすかさずアリスさんから着信が入る。
「もしもし」
『りんねちゃん、ゆずはちゃんに会ってたんだね。』
「はい……」
『でも良かった、少なくとも昨日のお昼までは無事だったんだから。何か変わったことは言ってなかったかな、どこに行くとか、これから誰かに会うとか。』
「言ってなかったと思います……」
アリスさんは『そっか。』と小さな声で呟き、ふうっと大きく息を吐く。
『りんねちゃん、落ち着いて聞いてね。ゆずはちゃんがね、昨日の夕方、こんなLINEを送ってきたの』
それと同時にアリスさんから写真が送られてきた。どうやらゆずはさんとのトーク画面みたいだ。

『私は今から違反行為をします。もし明日の朝までにあなたにLINEしなかったら、私はもう居なくなったってことだと思ってください。
短い間だったけどありがとう。そしてどうかりんねちゃんだけは助けてあげてください。』

「……」
言葉を失った。
『きっと、ゆずはちゃんはりんねちゃんを助ける為に違反行為を行ったんだと思う。だからきっと、もうゆずはちゃんは……。』
「違反行為、って何だよ」
自分でもびっくりするくらい声が震えていた。
『……魔女に売られたりんねちゃんを助けようとするのは、重大な違反行為だからね。“向こう”も厳重な処罰を科すると思うよ。』
「それ、独り言ですか?」
『……そうだね。聞かなかったことにして。』
スマホを右手から左手に持ち替える。
「それで、アリスさんはそれでも私を殺/すんですよね」
どきどきと鼓動が早くなる。自分で訊いといて、やっぱり訊かない方が良かったかも、と後悔した。
『……私はりんねちゃんを殺せない。これはゆずはちゃんが友達だから、とかじゃないよ。この間までは殺/す決まりだったけど、そうもいかなくなったから。』
「何それ」
『でももう一人の魔女は分からない。教室で爆発事故起こすくらいだし、一人も助けない予定だったんじゃないかな。』
「は、まだ犯人がもう一人居ると思ってるんですか?」
『だってそうとしか考えられない。それに爆発事故で処理しようとする魔女に心当たりがあるの。実際、りんねちゃんのクラスで起きた爆発事故は、“私がやったことにはなってなかった”。』
「え……」
カタカタとスマホを持つ手が震え出す。
『……佐藤聖羅(さとうせいら)。
私と、ゆずはちゃんの魔女だった人。』
その名前を口にしたアリスさんの声も、微かに震えていた。

82:ちゅ:2021/02/19(金) 23:11


確かに、弓槻はゆずはさんのクラスでは爆発事故が起きて、そのせいで犯人以外のクラスメイトが全員死んだんだって言ってたっけ。
「でも共通点はそれだけでしょ?爆発でクラスごと消し飛ばすなんて誰でも思い付くじゃん……」
『爆弾を作れる魔女なんてそうそう居ない。私が知る限り、それを出来るのは佐藤聖羅だけ。』
「でも、」
『そもそもただの一般人が爆弾なんて作れるわけないでしょ。あの爆発事故には、魔女が関わってたとしか思えないよ。
私も奈那ちゃんも知らなかったんだから、少なくとももう一人魔女が関わってるのは事実だと思う。』
「テロとか、そういう可能性はないんですか?」
自分でも何て非現実的なことを言ってるんだろうと思った。でもそうでもしないと、アリスさんの「うちのクラスを売った犯人がもう一人存在する」を認めることになってしまう。アリスさんは「もしかしたらしみずが犯人かもしれない」って言ってたんだ。それも認めてしまうみたいで嫌だった。そんなの絶対認めたくない。
『テロならとっくに大ニュースになってると思うよ。テレビは見てた?どこも報道してなかったでしょ。』
「……」
私は何も言えずに黙り込んでしまった。
『……今から、佐藤聖羅に会うの。』
「え!?」
いきなり飛び出してきた言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
『急だけど、さっき会って話をしないかってLINEしてみたら、今から会おうって言われて。』
どきどきとどんどん鼓動が早く強くなっていく。
『運が良ければもう一人の犯人が分かるかもしれないね。』
「ま、待って」
思わず私は声を上げた。
「私も、私も一緒に行っていいですか」
掠れた震えた声で尋ねた。冷や汗が額を、首を、背中を伝って落ちていく。
『……それは出来ないな。ごめんね。』
アリスさんはそう言って、短い深呼吸をした。
『もし本当にりんねちゃんのクラスに佐藤聖羅が関わってたとして、もう一人の犯人が分かって、それがしみずちゃんじゃなかったら、それだけは教えるよ。約束する。』
「……分かりました」
私がそう言うと、アリスさんはふふっと笑って、『良かった。』と呟いた。
『そろそろ家出るから切るね。……あれ、何だろう、これ。』
がさがさと何かを漁る音が聞こえてくる。
『ポストに何か入ってた。あれ、これって。』
「どうかしたんですか?」
『うん。これ、もしかしてさっきりんねちゃんが言ってたゆずはちゃんのノートじゃないかな。』
「え!?」
思わず手からスマホが滑り落ちそうになった。どうしてアリスさんの家のポストにゆずはさんのノートが入ってるの?
『うん。間違いない。もしかしてゆずはちゃんが昨日入れたのかな。』
「あの、中身の写真送ってくれませんか!?」
『ごめん、もう行かなきゃ。帰って来たら確認する。』
「ちゃんと見せてくださいね?」
私がそう言うと同時に、通話は終了してしまった。
ちゃんと聞こえてたんだろうか。それともまたゆずはさんみたいにはぐらかされるんだろうか。

83:ちゅ:2021/02/19(金) 23:11


……ゆずはさんは、本当に居なくなっちゃったの?それも私を助けるために?
だからあんな意味深な言動をしてたの?
「どうか、ゆずかの分まで真実を知ってね」か。今思い返せば、確かに別れの言葉とも取れる。
「何でだよ。勝手なことすんじゃねぇよ」
ぼそりと呟いて壁を殴った。もう一度殴る。指の第二関節が真っ赤になって痛みが走った。
「はぁ……」
天井を仰いでベッドに寝そべる。
今頃、弓槻はゆずはさんに会えてるのかな。
「……アホらし。アリスさんはゆずはさんが“死んだ”とは一言も言ってなかったじゃん」
そうだよ、まだ生きてるかもしれないし。
でも、もうゆずはさんに会うことは二度と出来ないと言うのは何となく察しがついた。

そう言えば、何でアリスさんは「私を殺せない」って言ったんだろう。この間までは殺/す決まりだったけど、今はそうじゃなくなったってどういうことなんだろう。魔女に売られた三十人は一人残さず死ぬって決まりなんでしょ?
「よく分かんないなぁ、もう」
はぁ、と短い溜め息が出る。
……佐藤聖羅って、どんな人なんだろう。所々声は震えてたし、深呼吸なんかしてたし、彼女を語るアリスさんは、どこか怯えているように見えた。
もし佐藤聖羅が爆弾を作ったとして、もう一人の犯人――クラスの誰かがそれを教室に仕掛けたってこと?今まで不審死してきたクラスメイトも、彼女が殺してきたんだろうか。
「……誰なんだろう」
心のどこかでは、もうもう一人犯人がいることを認めてしまっていた。
もうクラスメイトを疑うのは嫌なのに。私はベッドから這い降りて、Bluetoothスピーカーを取り出し、好きなバンドの曲を大音量で流した。

84:ちゅ:2021/02/21(日) 13:30


ドラムやギターの音に交じって、微かに物音が聞こえてきた。私は音楽を止め、大きな欠伸をする。
あ。そう言えば、起きてから何も食べてなかったっけ。
「……あれ、帰ってたんだ」
リビングに降りていくと、食卓の前に妹が座っていた。制服を着たまま、じっと空を見詰めている。おかしいな、この時間に家に居るなんて。まだ一時過ぎだし、学校が終わるには早過ぎない?
と思ってたら、妹は首だけ動かして私を見ていた。
「……あんた、学校行かなくていいの?」
虚ろな目でじろりと私を見る妹。
「あー。今休校中なんだよね。学校で事故があってさ。てかあんたも早退してきたの?」
「ふぅん。いいよね、そっちは楽そうで」
私の質問には答えずに、妹は吐き捨てるようにそう言った。そしてゆっくりと立ち上がって階段を降りていってしまった。
「……何アイツ」
何急に嫌味ったらしいこと言ってんだよ。私何か気に障るようなことしたっけ?今までの自分の言動を思い返してみたけど、思い当たる節はなかった。
私から見たらあんたの方が楽そうで羨ましいんだけど。いいよなぁ、地元の中学だから毎朝満員電車に乗ることもないし、中学生は勉強も楽で。
……それに、妹のクラスは魔女に売られたりしてないじゃん。それだけで充分楽だっつの。
「はぁ……」
別に、ほんとは喧嘩したいわけじゃないんだけどな。同じ家の中に住んでるんだから、もっと一緒に過ごす時間が多くてもいいんじゃないのかなって思ってる。まぁ、ご飯を食べる時以外は部屋に籠りっきりだし、妹はそう思ってないみたいだけどさ。
「はぁー」
大きく息を吸って、それを吐き切るまで溜め息を吐いた。
うちの家族はバラバラだ。弓槻家を見ててよく分かった。
きっと私が死んだとしても、お母さんや妹は何とも思わないんだろうな。
とぼとぼと階段を上る。何か食べようと思ってたけど、その気力もなくなってしまった。

家に居ると息が詰まりそうだ。早く学校始まんないかなぁ。……始まったとしても、もう元の学校生活には戻れないんだけど。
一年B組は、もう四人しか残ってないのか。私と、しみずと、真中ちゃんと、橘さん。四人じゃクラスにならないよね。それぞれ他のクラスに配分されるんだろうか。
本当に、もう四人以外のクラスメイトはもう居ないんだ。まだ信じられなかった。毎日一日の半分近くの時間を共に過ごしてきたクラスメイトの大半が死んでしまったなんて。
あれからクラスのグルラは動いていない。もし他に誰かが生きてたとしても、スマホを見られるような状態じゃないんだろうな。
「酷いよ、ほんと……」
自分達が撒いた種かもしれないけど、何もここまですることないじゃん。今更橘さんを責めるようなことはしないけど、もう一人の犯人が分かったら、責め立ててしまうかもしれない。
「犯人、もう死んでたらいいな」
自分の口から飛び出してきた言葉なのに、自分でも驚いてしまった。誰かに聞かれたわけでもないのに、思わず「違う違う違う」と訂正してしまった。
でもそれは紛れもなく私の本心だった。生き残った橘さん以外の二人は、とても犯人だと思えないんだもん。不慮の事故で爆発に巻き込まれていてほしいと願ってしまう。
「遅いな」
まだアリスさんと電話してから三十分くらいしか経っていないのに、何度もスマホの画面をチェックしてしまう。
きっと今頃、佐藤聖羅からもう一人の犯人を明かされてるんだろうな。
「……はぁ」
部屋に入り、いつものようにベッドに身を投げた。

85:ちゅ:2021/02/23(火) 18:34


その日の夜、アリスさんから電話が掛かってきた。
『もしもし、りんねちゃん。』
一日中待っていた着信に、私はすぐにスマホに飛び付いた。
「アリスさん!どうでしたか?」
私が尋ねると、アリスさんは小さな声でまるで溜め息を吐くように笑った。
『ごめんね、遅くなって。ほんとは二時間くらい前に帰ってきてたんだけど、何か疲れちゃって掛ける気になれなかった。』
そう言うその声にも疲労が滲み出ていた。会うだけでも相当気力を使うんだろうな、と思った。やっぱり気になるな、佐藤聖羅ってどんな人なんだろう。
「それで、どうでしたか?もう一人の犯人、分かりましたか?」
『それがね。佐藤聖羅が、りんねちゃんに直接会って話したいって言ってるんだよね。全然無理して会おうとしなくていいからね。断ることも出来るし、ほんとに無理しないで。』
「会います!会って直接話したいです!」
私はすぐそれに噛み付いた。それは、クラスメイトを教室ごと吹き飛ばしたことへの怒りではなかった。「佐藤聖羅がどんな人なのか」ただそれが気になるだけの好奇心だった。後から後悔することも知らず、私はベッドに座りながら身を乗り出して目を輝かせた。
『後から会わなきゃ良かったって、私に八つ当たりしないって約束出来るかな。』
少し元気のない声でそう言うアリスさん。
「何言ってるんですか?私が会いたいって言ってるんだからそんなことしませんよ。それでいつにしますか?」
『……ほんとに、りんねちゃんはそれでいいのかな。』
「さっきからどうしたんですか?佐藤聖羅も私に会いたくて私も佐藤聖羅と話したいんだからウィンウィンじゃないですか?」
『りんねちゃん。』
低い声で急に名前を呼ばれて、私は思わずびくりと体を硬直させた。
『感覚、麻痺しちゃってるのかな。』
アリスさんは、低い静かな声でそう言う。
『そうだよね。殺されるのに怯えて生きて、目の前で友達が死んだり、周りの友達もどんどん居なくなったりしてるんだもんね。そりゃ自分で感情抑えてないとやってけないよね。』
「は、さっきから何言ってるんですか。そんなこと……」
ない、とは言い切れなかった。確かにそうだ、私の感覚は、クラスメイトが一人減るたびに、とうに麻痺しちゃってるのかもしれない。アリスさんの言う通りだ、自分で悲しみや怒りの感情を抑えないと、もっとしんどいに決まってるじゃん。
「元はと言えば私が悪いんじゃないですか。私が橘さんへの嫌がらせに気付かないフリしてなければこうならなかったんでしょ。全部自業自得なんですよ」
だからこの悲しみや怒りを橘さんやアリスさんにぶつけられないじゃん。自分の中に溜め込んどかないと、八つ当たりすることになる。
『……りんねちゃんは、やっぱり優しいんだね。でもりんねちゃんのせいじゃないよ。奈那ちゃんはりんねちゃんのことは許してくれてたし。悪いのは他のクラスメイトでしょ。』
「見て見ぬふりしてた私も、橘さんにとっては噂流してたみんなと同類だったと思いますよ。……そう言えば」
橘さんが人の彼氏取った、とか援交してる、とかデマを一番最初に流したのは誰なんだろう。知り合ってすぐそんな噂を流すってことはないだろうから、入学する前から知り合ってた子なんだろうか。そしてそれは、きっとクラスメイトの誰かだ。……橘さんは、あの噂の発端が誰なのかを知ってるんだろうか。
『そうだね。でも今は奈那ちゃんはりんねちゃんを許してる。それが全てだよ。……それで話は戻るけど、りんねちゃんは佐藤聖羅に会いたい、ってことでいいんだね。』
「何かあんなこと言われた後だと素直にはいなんて言えませんね」
はははと笑いながら私はそう言った。
『ふふ。そうだよね。』
アリスさんも笑った。
「でも会います。私に直接会いたいって言ってくれてるなら私も会いたいですし」
『大丈夫なのかな。相手も魔女なんだよ。それに私やゆずはちゃんと違って、りんねちゃんに殺意があるかもしれない。』
「……私はもう一人の犯人が誰なのか分からないまま死ぬのが一番怖いです。結局殺されるなら、全部知ってから死にたい」
『……分かった。佐藤聖羅にそう伝えとく。』
アリスさんはやっぱり私が佐藤聖羅に会うことに賛成し切れないみたいだった。それが見て取れたけど、私はわざと気付かないフリをした。

86:ちゅ:2021/02/23(火) 18:37


アリスさんが佐藤聖羅にLINEを送って返信を待ってる間、私はアリスさんに橘さんのLINEを教えてもらった。

『急にごめん、あの時交換しそびれてたからアリスさんに教えてもらった』

そう送ると、すぐに既読が付いて数秒で返信が来た。

『あー!嬉しい!ずっと話したかった!

ほら、私クラスLINEも入れてもらえてなかったからさww』

クラスLINEは入学式の日にはもう出来ていた。やっぱり、入学前から浮いてたんだ。
私はアリスさんが見てるテレビ番組の笑い声をBGMにしながら返信の文字を打つ。すると、私が打ち終わる前に次の返信が送られてきた。

『そう言えば、真中になんか言った?』

「え?」
頭の中が一瞬フリーズした。私は返信しようと思っていた文を消しながら頭の上にはてなマークを浮かべた。
真中ちゃんに何か言ったかって、どうしてそんなことを聞くんだろう。

『何で?』

『いや、真中から首藤さんに何話したの?ってLINE来たからさ』

「何それ……」
私は思わず小さな声で呟いた。スマホはそんな小さな音でさえ拾ってくれるから、アリスさんに聞こえてしまったみたいだ。
『どうかしたのかな。』
「あ、いえ……」
私は真中ちゃんとのトーク画面を開き、遡った。

『橘さんって奈那のことだよね?』

『うん』

『え、あの日奈那学校来てたの?』

『来てたよ、授業には出てなかったっぽいけど』

『何でりんねちゃんが知ってるの?もしかして事故があった時一緒に居たの?』

『え、うん』

『奈那、何か話してた?』

『別に何も話してないよ?』

『誰かに何かされた、みたいこと言ってなかった?』

『え、別になかったけど』

『橘さんと何かあったの?』

『いや、変な噂とか聞いたことあったから気になっただけ。

ごめん、変なこと聞いて』

真中ちゃんは何でこんなに橘さんと私のやり取りを詳しく聞き出そうとしてきたんだろう。それにどうして橘さんに私に何話したのか、なんて訊いたんだろう。
真中ちゃんとのトーク画面を閉じ、橘さんとのトーク画面に戻ってくる。ドキドキと高鳴る心臓に合わせて頻りに深呼吸する。文字を打つ指先とスマホを持つ手が震えた。

『ねぇ、橘さんと真中ちゃんって友達なの?』

すぐに既読が付いた。『既読』の文字が画面に現れた途端、心臓の音は更に大きく早くなる。まるで私の胸を切り刻むかのような強さで。

『友達って言うか、中学から一緒だっただけだよ』

心臓が凍り付いた。

87:サンシャイン様:2021/02/24(水) 10:09

サンシャイン様のょぅそぉもりこみなさぃ

88:匿名:2021/02/24(水) 11:55

>>87
おめー神小説まで駄文で荒らしてんじゃねーヨ!

89:ちゅ:2021/02/24(水) 16:46


え。え。え。
喉の奥から心臓がせり上がってきてしまいそうな感覚だった。指先からサーッと血の気が引いていき、全身が冷たくなる。スマホの画面を捉えた視界がぼんやりと霞んでくる。私は自分の息遣いが荒くなるのを感じた。
『りんねちゃん。』
スピーカーから流れるアリスさんの声ではっと我に返った。そして意味もなくきょろきょろと部屋を見渡す。
『何かあったのかな。』
「あ……」
私はその一文字しか声に出すことが出来なかった。まだ心臓がバクバクしている。
早く返信しなくちゃ、と思ったけど、上手くフリック出来なくて滅茶苦茶な文になってしまう。
どうか私の考え過ぎであってほしい。そうだ、他にも同じ中学だったクラスメイトが居るかもしれないじゃん。それに入学前からSNSで知り合ってたクラスメイトとかも居るかもしれないし!

『首藤さんと真中って仲良いの?』

深呼吸して無茶苦茶な文字列を消して文字を打ち直そうとすると、パッと画面にその文章が現れた。私は思わず口元にジャージの袖を当てて黙り込んだ。この質問の意図が全く分からなかったのだ。

『まぁ、クラスメイトの中では仲良かった方だと思うよ。真中ちゃん優しいし』

最後の一文は無駄だったかもしれない、と思って取り消そうとしたけど、一瞬で既読が付いてしまったので手遅れだった。
そしてまたすぐに返信が来る。

『真中優しいもんね!

高校入ってから一気に垢抜けたし、中学の頃は仲良かったのに差出来ちゃって悲しかったわー』
そんな文と一緒に、ファンシーなキャラクターが悔しそうに涙を流しているスタンプが送られてきた。

あれ。別に二人の間に何かあったわけじゃなさそうだな。やっぱり私の思い違い?それとも橘さんが気付いてないだけ?
「……何考えてんだよ」
「犯人じゃないかもしれない子を疑うくらいなら何も知らないまま死んだ方がマシ」、そう言ったのは私じゃん。
『りんねちゃん、ほんとに大丈夫なのかな。』
アリスさんが心配そうな声でそう言った。
「すみません、大丈夫です」
私はそう言って、橘さんに『そっか!だよね!』と返信した。

『あ。返信来た』
アリスさんがぽつりとそう呟いた。私はすぐに飛び付く。
「どうなりましたか?」
『うん。明後日の夕方なら都合いいって。場所は池袋のカラオケで大丈夫かな。それと一応私も同伴しようと思ってるんだけどいいかな。』
「はい、大丈夫です!」
『じゃあ送っとくね。』
「あの、アリスさん、ゆずはさんのノートの中身って確認してくれましたか?」
忘れられてたら困ると思って尋ねてみると、アリスさんは急に気だるそうな声になる。
『ああ、ごめん。今日は見る気になれなかったからまだ見てないんだ。今度見たら送るよ。』
「明日送ってもらえませんかね、それか明後日直接見せてもらうのでもいいんですけど……!」
『ごめん、中身によってはやっぱりりんねちゃんには見せられない可能性もあるから。だから必ず見せるっていう約束は出来ないな。』
「すぐ切られたから聞こえてなかったかもしれないけど、ちゃんと見せてくださいって言いましたよ、私。何でゆずはさんもアリスさんも私には見せてくれないんですか?元々弓槻があのノートを託したのは私なのに……!」
悔しくて涙が出てきた。私は弓槻が私に残したメッセージすら知れないの?後から出てきたゆずはさんに取られて、元々は弓槻や私を殺そうとしてたアリスさんにも横取りされて。そんなの酷くない?

90:ちゅ:2021/02/24(水) 16:47


『でも、知らなくていいことまで知っちゃったら、りんねちゃんが危ないんだよ。弓槻ゆずかがどこまで知っていたかに寄って、彼女がほんとうに偶然死んでしまっただけじゃない可能性も出てくるから。』
「え、弓槻が故意的に殺されたかもしれないって言いたいんですか?」
頭の中がフリーズした。小さな小さな震える声で、頭の中に浮かんできた文字を機械的に読み上げる。
『かもしれない、ってだけだよ。』
「でも弓槻のはニュースになってたし……!」
そうだよ。他の死んだみんなは誰もニュースにならなかったじゃん。あんなにTwitterで拡散されてた戸川さんのクラスメイトの自殺の映像だって消去されたんだし。みんなと同じように魔女に殺されたって言うなら、弓槻だけニュースになるなんておかしいじゃん。
『それ、本当なのかな。私は弓槻ゆずかの事故のニュースなんて聞いたことも見たこともないよ。』
「は?私はちゃんと見ましたよ、テレビで女子高生が轢かれたってニュースで、確かに弓槻の名前が……」
『りんねちゃんの見間違えなんじゃないかな。そのニュースなら私も見たけど、名前は公表されてなかったはずだよ。』
「え……?」
確かにあのテレビ画面を見たのは一瞬だった。でもその前にクラスグルでみんなが弓槻のニュースを見たって言ってたじゃん!
私はクラスグルを開いて必死にスクロールした。あの日のトークに辿り着いて、私は全身を硬直させた。

『ねえ!昨日クラスの子が自殺したらしい!

多分ずっと学校来てなかった子だよ。

え、出席番号最初の子?

パトカー止まってたよね?やっぱ

やばくない?』

弓槻のニュースの話なんてどこにも書いてなかった。代わりに、「綾瀬さんの自殺」についての話題で溢れ返っていた。
「え、何、これ。綾瀬さん自殺してたの?」
小さな声で呟く。
『……綾瀬まどかは、友達が死んだショックで自殺したって聞いてた。りんねちゃん、今頃知ったのかな。』
「は、何……」
全然知らなかったし、そんな話聞いたこともなかった。弓槻が死んだ次の日、クラスのみんなは「またうちのクラス?」って言ってたっけ。てっきりあれは弓槻のことだと思ってたけど、みんなが言ってたのは綾瀬さんのことだったんだ。
じゃあ、私が見たテレビの映像やクラスグルのトークは、全部私の勘違いで幻覚だったんだ……。
「そんな」
私は膝を抱えて腕に顔を埋めた。やっぱり弓槻は魔女に殺されてたんだ!それもアリスさんじゃない、もう一人の魔女に。……佐藤聖羅に?
「ふざけんなよ、お前が死/ねばよかったのに……」
『りんねちゃん。』
「念のため聞いておきますけど、ほんとにアリスさんが殺したんじゃないですよね?」
私は怒りと涙で震える声を喉の奥から絞り出した。
『うん。それは絶対私じゃないって言い切れるよ。』
「……分かりました、信じます」
はー、と大きな溜め息を吐く。

『……りんねちゃん。やっぱり明後日はやめよう。りんねちゃんは少し休んだ方がいいと思う。』
アリスさんのその言葉を理解するのに少し時間がかかった。そしてその間に、アリスさんは佐藤聖羅に明後日の予定はキャンセルしてほしいと送ってしまったらしい。気付いたら、『明後日はなしになったから、休んでね。』というLINEと共に、通話は終了していた。
這うようにフローリングの床を移動して、ベッドへ乗り込む。私はそのままふかふかの布団に身を沈めた。

91:ちゅ:2021/02/25(木) 17:21



私、ずっと自分が見えてる世界を自分の都合のいいように解釈してたのかもしれない。弓槻が誰かに意図的に殺されたとしたら、って考えたら耐えられなかった。そこにむすびが「不慮の事故だったのかもしれない」って言ってきたから、そうであってほしくて思い込んでたんだ。
あー、懐かしいな。魔女に売られた魂は神様みたいな人に抜き取られるとか本気で思ってた時があったっけ。魔女に三十人分の魂を売れば、その人は魔法の力を手に入れられるだとか。随分ファンタジーな都市伝説だな、と思ってたけど、実際はそんなんじゃなかった。魂を売った人は魔女になって、また誰かが売った魂を殺していく。ただの負の連鎖だ。

Twitterを開いて、いつだったか検索したあのワードを入力する。
『三十人 魂 魔法の力』。
懐かしいな。あの頃はほんとに何も知らなかった。弓槻に任せてればどうにかなるって本気で思ってた。それくらい弓槻は魔女について必死だったし、執念があったから。
でもそのせいで弓槻は殺されたんだ。
出てきたツイートを読み進めていると、戸川さんのツイートが表示された。

『私のことをいじめてるクラスのやつらの魂を売ったら魔法の力が手に入るかな。三十人どころじゃない、私なら百人は差し出せる』

ツイートもブログも全部そのまま残っていた。飛び込み自殺の動画は削除されたけど、“あくまで都市伝説の話”程度の記事やツイートは消されないみたいだ。
自傷行為の写真やスタンプやモザイクで加工しまくった自撮りを流し見する。戸川さんの悲惨な毎日の記録を見ていたら、やっぱり魔女に売られた子達は自業自得なんじゃないかって思ってしまう。
でも、いじめっ子達が全員死んでも、結果的に戸川さんは救われなかった。結局本人も死んじゃったし、大量の人が死んだのには何の意味もなかった。
クラスメイトが死んだら、橘さんは救われるんだろうか。死んでしまったかもしれないもう一人の犯人は、これで良かったんだろうか。
魔女にクラスメイトを売った子達が、後悔したりすることだけは絶対にあってほしくない。せめて救われてほしい。じゃないと死んでいったクラスメイト達が死んだ意味がなくなる。みんなの命が無駄になることは絶対に耐えられない。
「……」
私は背筋がぞぞぞと冷たくなるのを感じた。今こうしているうちに、生き残っているクラスメイトが危険に晒されていたらどうしよう、とふと思った。爆発に巻き込まれる予定だったのに死にそびれたんだから、魔女はきっとまた殺しにくるはずだ。
「しみず、真中ちゃん……」
私は寝転んだまま枕元に転がっていたスマホに手を伸ばした。

92:ちゅ:2021/02/25(木) 17:22


久しぶりに開いた、しみずとのトーク画面。真中ちゃんは病院に居るからまだ安全だと思い、私は先にしみずに電話を掛けた。
「……」
呼出音が数回繰り返され、ブツリという音がする。
『もしもし、りんね?』
数日ぶりに聞いたしみずの声に、私は目の奥がじーんと熱くなるのを感じた。
「しみず……」
あ、やば、泣きそう。てか泣いてる。
『久しぶりだね、りんね』
「うん……」
ずびずびと鼻を鳴らしながら、私は情けない声でそう言った。
『りんね泣いてる?どうかしたの?』
「しみずが何かされたりしてないか心配になってさ。ほら、また危険な目に遭うかもしれないから」
『私なら大丈夫だよぅ。りんねも無事そうで良かったし、真中ちゃんとか華乃(はなの)ちゃんも軽い怪我で済んで良かったよね!』
「うんうん、って……。え、華乃ちゃんも無事だったの?」
知らなかった、真中ちゃんの他にも生きてた子が居たなんて。
『あ、うん、この前LINEでそう言われたから』
しみずはそう言ったけど、華乃ちゃんとしみずってそんなに仲良かったっけ。確かに華乃ちゃんは大人しめの子だったから、ふわふわしてるしみずとは気が合うかもしれないけど、確か個人個人でのLINE交換はしない主義だって言ってなかったっけ。私は入学当初、丁寧にそう説明されて断られたなぁ。もしかして私と交換したくなくてわざわざそんな嘘吐いたりしたのかな。うわ、傷付くなぁ。
『それで用事は終わり?切ってもいい?』
「え?あ、うん」
『分かった、またね』
ブツッ。私の返事も聞かずに、しみずは電話を切ってしまった。

あれ。何かしみず、イラついてる?
普段のしみずなら、私が切ろうとしてもぐずるくらい長電大好きだったのに。むしろいつも私が困るくらいだった。なのにこんなにすぐ切りたがるなんて、しみずらしくない。
色々あって疲れてたのかな。そうだよね、自分が教室を離れてる間に爆発が起きてクラスメイトが大勢亡くなった、なんてトラウマになっても仕方ないしね。しみずはホラー映画で泣くくらいだし、性格も優しいし、きっと物凄いストレスになってるはずだ。
「だからこそ、一緒に話したりまたゲームしたりしたかったのになぁー……」
口を尖らせてスマホをいじくる。
よし、次は真中ちゃんに掛けよう。

93:ちゅ:2021/02/27(土) 15:50


『りんねちゃーん!』
真中ちゃんに電話を掛けると、ハイテンションの爆音ボイスが鼓膜を直撃した。私は反射的にスマホを耳から離した。
「ちょ、真中ちゃんテンション高ww」
『ちょうど暇してたから良かったー!話したかったよぉー!!』
病院ってこんなに大声で喋ってもいいものなのか?しかも時間は夜の八時半を回っている。
『個室っていいよね〜、いくら騒いでも誰にも迷惑掛かんないし♪』
真中ちゃんは心底嬉しそうだった。でもふと引っかかることがある。
「個室って、そんなに具合悪いの?」
私が幼稚園児の時ジャングルジムから落ちて骨折した時は、大部屋に入ってたんだけどな。それより酷いってことだよね?そう言えば手術もしたって言ってたっけ……。
『あー、うん、ね。足がちょっとないって言うか』
グギャ、っと胸の骨がバキバキに砕け割れてしまったかのように痛んだ。
スマホの向こう側に居る真中ちゃんの姿を想像したら、声が出なくなってしまった。
『何か壊死?しちゃってたらしくて、仕方なく切断ですよ!厚底もう履けないとか死ぬくない?りんねちゃんなら分かるよね〜』
「そ、なん、だ」
やっとの思いでその四文字を絞り出した。まだ胸がバキバキに砕けている。
『あ、やだなぁ、可哀想とか思わないでよ?生きてるだけ有難いもん、私はそれだけで充分幸せだよ?』
真中ちゃんはおちゃらけてそう言う。
『……あれ、もしかしてドン引きの方?足ないとかきしょって感じ?』
「違うよ!それは違う」
私は慌てて否定した。
「ただ、怪我がそんなに酷かったんだってびっくりしただけ……」
私がそう言うと、真中ちゃんは申し訳なさそうに謝ってきた。
『えー、そんな気使わないでほしいんだけど!まじで!』
「いや、そりゃ使うっしょ……」
真中ちゃんはいつも通りの明るさだけど、それに少し違和感を覚えた。明るいのは明るいんだけど、必要以上って言うか、どこかわざとらしい明るさだ。

『てか病室暇だから遊びに来てくれない??下半身布団とかで隠してればそんな酷い見た目じゃないし!』
「あ」
『……もちりんねちゃんが嫌じゃなければ、だけどね?』
真中ちゃんはそう付け足して、少し自虐的に笑った。
心がぎゅっと痛くなる。きっと私なんかが想像も出来ないくらい辛いだろうのに。生まれた時から今までちゃんと在った自分の体の一部がなくなってしまったなんて、私だったら絶対受け入れられない。そうなるくらいなら死んでた方がマシだった、とさえ思ってしまうと思う。いや、もしかしたら真中ちゃんも心の中ではそう思ってるのかもしれない……。
「行くよ。学校始まるまで毎日行く。学校がもし始まっても、終わったらすぐ行くから。」
『え、りんねちゃん部活あるでしょ?そっち優先しなよ〜……』
「どうせ最近は幽霊部員だったし。真中ちゃんの方が大事だから」
『りんねちゃん……』
魔女にクラスを売られたのを知ってから、そればっかりで部活に顔を出す余裕もなかった。一週間無断欠席した辺りから、廊下で顧問や同じ部活の先輩とすれ違ってもシカトされるようになってた。だからもう、きっと私は退部してることにされてると思う。
私は陸上部だった。足のなくなった真中ちゃんに、部活行くから行けない!なんて言えないじゃん。

94:ちゅ:2021/02/27(土) 15:52


「さっそくだけど明日行ってもいい?何時から病院開いてる?」
『あ、面会できるの二時からって決まってるんだよね。で終わりが五時だからその間ならいつでも!』
「じゃあそのくらいに行くね」
『あ!りんねちゃん、あのさ〜』
真中ちゃんから画像が送られてきた。
『この限定フルーツ牛乳、買ってきてくれない?』
「あはは。相変わらず牛乳好きだね」
『ねーお願い!これどーしても飲みたいの!!後でちゃんとお金返すから!』
「分かった分かった、毎日買って行くよ」
『やった!やっぱりんねちゃんしか勝たんわー!』
私達は一頻り笑った後、真中ちゃんが消灯時間になったので電話を切った。
ベッドに大の字になって寝転ぶ。急に空虚感が襲ってきて、一筋の涙が静かにこめかみを伝っていく。
「はぁ……」
私だって死ぬかもしれないのに、私を心配してくれる人は誰も居ないんだな、って思ったら悲しくなってきた。橘さんはもう一人の魔女のことを知らないし、しみずは魔女や都市伝説についてあんまり詳しくないし、真中ちゃんはそもそも何も知らないし。
橘さんは私を許してくれて、アリスさんは「私を殺さない」って言ってたけど、もう一人の犯人はきっとそうじゃない。だから多分、結局私も死ぬ。もう一人の魔女に殺されて。

……佐藤聖羅か。アリスさんは私に休んだ方がいいって言ってたけど、そんなに私と佐藤聖羅を会わせたくないのかな。それに何か理由があるんだろうか。まぁ、ほんとに私に休んでほしかっただけかもしれないけど。
「私のストレスの原因には少しはアリスさんもなってるんだからな」
そうボヤきながら、私は何となくスマホの液晶画面を見る。Googleで「佐藤聖羅」と検索する。
「お」
芸能人や名前診断の記事に混じって、インスタのアカウントが出てきた。
同姓同名の他人かもしれないけど、私はすぐにそれを開いた。
投稿数1045、フォロー247、フォロワー2.4万人……。めちゃくちゃすごい人じゃん!
佐藤聖羅はいわゆる“自撮り界隈”のインスタグラマーみたいだ。いくらスクロールしても、投稿は全てピンの自撮りで埋め尽くされていた。
赤みのある明るめな茶髪のボブで、フチありのカラコンがよく映えるまん丸の大きな目。すっきりした二重幅と幅狭めの涙袋に、ずっと通った高い鼻。尖り気味の犬歯が見える笑顔はすごく可愛い。
「えぇ、めっちゃ可愛いじゃん……」
この人がほんとに佐藤聖羅本人だと限らないけど、私は思わず魅入ってしまった。
こんな可愛い人がたくさんの人を殺/すために爆弾を作ってる姿なんて想像出来なかった。
「……あれ」
ふと、一枚だけピンの自撮りじゃない投稿が出てきた。
「え」
佐藤聖羅の横で不器用なピースを掲げているのは、真っ白なボブの見覚えのある顔だった。
「アリスさんだ……」
今より随分幼い顔付きのアリスさんが映っていた。日付けは二年前だった。

95:ちゅ:2021/02/28(日) 18:53


笑顔の佐藤聖羅と、ぎこちなく口元を歪ませているアリスさん。アリスさんのその表情は、初めて会った時の、目元だけ笑っているあの笑顔に似ていた。アリスさんは白いシャツグレーのニットに赤いリボンと、制服らしき服装をしている。
これ、アリスさんが高校生の時の写真?アリスさんは最近大学を中退したって言ってたし、二年前ってことはその可能性もあるってことだよね。二人はこんな前から知り合いだったの?……もしかして、アリスさんが佐藤聖羅に売った時?
投稿の下に添えられたハッシュタグには、『#仲良しな後輩 #可愛い後輩 #大好きな後輩』なんて書いてある。二人は仲が悪いわけじゃなさそうだし、むしろ仲がいいように見えるんだけど。でも佐藤聖羅の話をするアリスさんは、どこか怯えてるように見えたし……。
「……何なんだよ、もしかしてこの二人はグルだったりすんじゃねーの」
有り得なくはないと思う。だって元々アリスさんは私の“敵”だったし。いつからか私に色々頼ったり喋ったりするようになったけど。
「……」
何か気分悪いな。アリスさんのことを信用するのはやめた方が良かったりして。
私はこっそりアリスさんとのツーショットの投稿をスクショした。


翌日、私は真中ちゃんが入院してる総合病院へ向かった。受け付けを済ませ、看護師に案内されて真中ちゃんの病室へ向かう。
エレベーターを降り、真っ白な廊下をしばらく歩く。看護師ががらがらと白いドアを開けると、左奥にベッドがあり、そこに真中ちゃんが座っていた。
私の姿を見た途端、真中ちゃんは目を潤ませて口を抑えた。そんな真中ちゃんを見て、私も泣きそうになってしまった。
「りんねちゃん……!」
看護師がドアを閉めて病室から出ていくと、私は真中ちゃんに駆け寄った。
「会いたかった〜!」
私達は抱き合った。

「てか何気りんねちゃんにすっぴん見られるの初めてじゃない?カラコンだけでもしとけば良かったー」
真中ちゃんはそう言いながら恥ずかしげに両手で顔を覆った。私のメイク後より遥かに整ってる顔でそう言われてもな。まぁ、確かに普段のガッツリメイクと高発色なカラコンに慣れてるから、裸眼は見慣れなくてちょっとびっくりしたかも。
「黒染めしといてよかった!これで派手髪だったら顔負けてたよね〜」
「あは、確かに」
私がそう言って笑うと、真中ちゃんは私の手に握られているビニール袋を目敏く見付ける。
「りんねちゃん、それはまさか……!」
漆黒の目をキラキラと輝かせる真中ちゃん。
「買ってきたよ、限定のやつ。」
「はー!神!これで今日は生きれるわー」
私がビニール袋を差し出すと、真中ちゃんはそう言って両手を拝み始めた。
「え!三本も!しかもグミもあるじゃん!」
中身を見て更に目をキラキラさせる。
「私がグミ好きなの覚えててくれたんだ〜」
「そりゃ、ね。真中ちゃんいっつもグミ食べてたし」
「だよねー!あ、お金払うね。レシート見して〜」
真中ちゃんはそう言って、ベッドの脇の机に置いてあったハイブランドの財布を手に取る。それを見て、私は慌てて制止する。
「お金はいいよ。」
「え?それは悪いよ〜」
「いや、前送ってもらったこともあったし。その時のお礼も兼ねてだから」
「あー!そんなこともあったね!りんねちゃん水被り事件ww」
「名前付けんなよww」
私達は広い病室に声が響き渡るくらい笑った。

96:ちゅ:2021/02/28(日) 18:54


「こんなに笑ったの久しぶりだなぁ。看護師さんとか先生と喋ってもあんまり楽しくなかったんだよね。みんな変に私に気使うからさぁ。それに毎晩夢に出てくるんだよね、あの日の光景が」
真中ちゃんは短い睫毛を伏せて、外が見えないように目隠ししてある窓を眺める。
「黒板をノートに写してたら、いきなりすごい音がして、床に倒れ込んだら、足が熱くなって。煙が目に沁みたから一瞬だったんだけど、目の前でみんなの体が宙に舞ったんだぁ」
虚ろな目で何も見えない窓を捉えて離さない真中ちゃん。だらしなく開いた口から、だらだらとそんな言葉を垂れ流す。
そんな真中ちゃんをじっと見詰めていると、それに気付いた真中ちゃんははっとして慌てて両手を振った。
「ごめんね!?」
苦笑いしながら両手を合わせる真中ちゃん。
「ごめん、ほんとに。せっかく来てくれたのに暗い話したくないよね。ごめん、初めて誰かがお見舞い来てくれたから聞いてほしくなっちゃった」
その申し訳なさそうな笑顔を見ると、胸がぎゅっと痛くなった。
「彼氏も事故ったって言った途端既読無視するようになってさ。多分ブロられたし、親も忙しいからって全然来てくれないし……。だからりんねちゃんが来てくれるって言ってくれて嬉しかったよ」
真中ちゃんは寂しそうに笑った。私は冷たくなった両手を、体の後ろでぎゅっと握り締めた。
「真中ちゃん。もし嫌じゃなかったら、事故が起きた時のこと、もっと詳しく聞かせてくれない?」
「……え?」
真中ちゃんはびっくりした顔で私を見た。まさかこんなことを訊かれるなんて思ってなかったんだろう。目を真ん丸にして私を見詰める。
「何で?そんなこと聞いても楽しくないでしょ?……まさか誰かが爆弾を仕掛けたと思ってるの?」
真中ちゃんは眉の間に皺を刻んで更に目を見開く。
「もう聞いたと思うけど、あれはただの事故だったんだよ?事件性なかったって学校の関係者から連絡があったって主治医も言ってたし……。」

97:ちゅ:2021/02/28(日) 18:54


真中ちゃんは本気でそれを信じてるんだろうか。何の事件性もなくて、誰も悪くなくて、ただ何かの拍子に何かが爆発しちゃっただけなんだ、って。
「ただの事故だったとしても、真中ちゃんが思い出して辛くならないなら話してほしい。あの時誰がどんな行動を取ってたとか、誰の近くで爆発が起きたか、とか」
「そんなのりんねちゃんが辛くなるだけじゃない?だったら私は嫌だよ」
「私が頼んでるんだよ。それとも真中ちゃんが辛いの?もしそうならもうお願いしないけど」
「そりゃ誰かに話を聞いてほしいって思ってたけど、友達に友達が死んだ時の状況詳しく話すなんて無理なんですけど……。」
口元を引き攣らせる真中ちゃん。
「てか何でそんなこと知りたがるの?まさかクラスの誰かが爆弾を仕掛けたとでも思ってるの?」
「……」
それには私は何も答えられなかった。正直に今クラスの裏側で何が起こってるのかを話すべきかどうか分からなかった。もし真中ちゃんがそれを知ったらどう思うか、どんな行動を取るのか、全く予想出来なかったからだ。真中ちゃんに限ってそんなことはないだろうけど、犯人を探して復讐する、なんてことが起きたら大問題だ。中学生の頃から知り合ってる橘さんも犯人の一人だって知ったら、本当に真中ちゃんは壊れてしまうかもしれない。目の前でベッドに座っている真中ちゃんは、きっともう既に壊れ掛けてしまってるのに。
「りんねちゃん……」
だめだ、これ以上追求したら怪しまれる。逆に問い詰められるかもしれない。
「ごめん、何でもない!私は事件性はなかったって聞いてなかったから疑っちゃってただけ!」
私が笑ってそう言うと、真中ちゃんも少しずつ笑顔になり、
「事故の状況詳しく知りたいなんて言うから、りんねちゃんサイコパスなのかと思ったー!」
「…………。」
私の笑顔は消え去った。

それから私達は、一時間くらいゲームをしたりYouTubeやティックトックを見たりして他愛もない話をした。真中ちゃんの体調を気遣った看護師が病室に入ってきたので、私は帰ることにした。
「また暇な時来てねー!」
真中ちゃんはそう言って手を振ってくれた。私は無言で頷いて、看護師にお辞儀をして病室を後にした。

次の日も、その次の日も、私は病院の近くのコンビニで限定のフルーツ牛乳とグミを買って真中ちゃんに会いに行った。相変わらずゲームをしたりYouTubeを見たり、通販サイトでカラコンやコスメを見たり、学校が再開した時のために勉強したり。
今日も病院に行こうと思って電車に乗り、病院の最寄り駅の改札を出ると、階段の前に誰かが立っていた。
「須藤さん」
その人は私を見た途端こちらへ駆け寄ってきた。そして目を細めて苦笑いする。
「橘さん……」
私達は大きな柱の前で立ち止まった。

98:ちゅ:2021/03/02(火) 14:49


「へぇ。真中ってまだそれ好きなんだ」
コンビニでグミを手に取っていると、隣で見ていた橘さんがそう言ってきた。
「中学の頃もいつもそれ食べてて先生に怒られてたよ」
懐かしそうな顔で微笑む橘さん。そんな横顔をちらりと横目で見る。
「じゃレジ行って来るね」
私はそう言ってレジへ向かおうとした。
「待って」
橘さんが私の服を引っ張った。
「これも買って!」
いつの間にか大量のお菓子を抱え込んでいた橘さんが、それを私に押し付けてきた。

自動ドアを通り抜けながら私は静かに泣いた。財布の中から千円札が二枚ほど消え去った。しかも自分のために買ったお菓子は一つもない。
「お菓子くらい自分で買えよ……」
私の横を二つのビニール袋を持って笑顔で歩いている橘さんを思いっ切り睨み付けた。
「だって私お金持ってないし〜」
「は?じゃあ買うなよ」
「だって首藤さんお金持ってそうなんだもん。」
「は、どの辺が?」
「髪も綺麗に染めてるし、服もオシャレじゃん。お金掛かってそ〜」
「まあね?やっぱ好きな髪色にして好きな服着た方が楽しいし。この長さと色キープするためにも毎月美容院行ってるし。」
綺麗なグレーを保つためにも毎日シルバーシャンプーを使っているし。二週間に一回は自分でカラートリートメントで色を入れてる。
「てか別にだからってお金持ってないし!オシャレにお金回すために色々やり繰りしてるんだっつーの」
髪や服装を褒めてくれたのは素直に嬉しいけど。私だってこの見た目を維持するために色々我慢してるんだし。
「私は我慢しても出来ないんだよね」
ぼそりと橘さんが呟く。
「いくら我慢しても、私が自由に使えるお金は出てこないんだよね」
そう言って俯く寂しそうな横顔をチラ見する。
「言われてみれば、学校じゃないのに制服だよね。」
「私服買うお金ないんだよね。親は制服があればいいでしょって言うから。バイト代も全部親に取られるし、自分で買う余裕もないんだよね〜」
「……ふぅん」
こういう時、どういう反応をすればいいんだろう。変に同情するのも良くない気がするし、かと言って茶化していい話題でもないような気がする。私だって家族のことを知られて「可哀想」みたいに言われたら嫌だしなぁ。
「だから援交してるって噂が流れた時もみんなすぐに信じちゃったんだろうなぁ!あっははは」
青い空を仰いで高らかに笑う橘さん。口の端が微妙に震えている。

99:ちゅ:2021/03/02(火) 14:50


「で、真中が入院してる病院ってここ?」
橘さんは目の前まで来ていた総合病院を指差しながらそう訊いてきた。
「え、もしかして着いてくんの?」
「え?うん」
私と橘さんは数秒間見詰め合った。
「私も真中に会いたいし。」
「え、じゃあ一応言っといた方が良くない?」
そう言いながらスマホを取り出すと、橘さんは慌ててそれを阻止してきた。
「あー!待って!サプライズしたいから何も言わなくていいよ!」
「でも急に来られても迷惑じゃない?」
「真中と私の仲だもん!平気だって!」
「まーそっか。真中ちゃんも退屈そうにしてるし来られて迷惑なんてことはないか」
「そうそう!」
橘さんは何度も頷いてきた。
「じゃあいっか」
私達は病院の建物の中へ入っていった。

病室のドアを開けて中に入ると、真中ちゃんは嬉しそうに手を振ってくれた。何故か橘さんはドアの影に隠れて出てこない。
「四連勤お疲れ様!」
「何それ、バイト代出るんかww」
「時給0.1円な!」
そう言って笑う真中ちゃん。私はチラチラと何度かドアの方を見る。真中ちゃんからは死角になっていて見えていないみたいだけど、私にはこそこそ隠れている橘さんがしっかりと見えていた。ふと目が合うと、橘さんは唇に人差し指を添えて必死に「シー!」と歯を食いしばっている。
「りんねちゃん?」
頻りにドアを振り返っている私を不審に思ったのか、真中ちゃんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んできた。
「あ、うん、なんでもないよ?」
一応橘さんが居ることは秘密にしといた方がいいっぽいし、私は知らないフリをしておいた。

にしても橘さんは一体何がしたいんだろう。着いてきたくせに真中ちゃんに会わないの?
「え、もしかして誰か居るの?」
ギクゥ、っと効果音が聞こえてきそうなほど橘さんが飛び跳ねたので、思わず私は吹き出しそうになった。それを見て真中ちゃんは確信したらしく、にやにやしながら、
「え〜、誰だろ?しみずちゃんとか?」
「あー、いや……」
私は橘さんに「もうバレてるから出てきな」と目配せした。橘さんは立ち上がって、ゆっくりとドアの影から姿を現した。
「え……」
真中ちゃんの表情が一瞬で引き攣り、そのまま固まってしまった。
「何で?」
その表情のまま、ゆっくりと首だけ動かして私を見る。私は目を逸らしたまま片方の口角を釣り上げ歪に震わせる。
「何であんたが……」
橘さんは私の横まで歩いてくると、ベッドに座る真中ちゃんを見下ろした。
「ざまぁみろ、バチが当たったんだよ」
橘さんがそう吐き捨てると、真中ちゃんは目を見開いて橘さんを睨み上げた。
「え」
私はそんな二人を見て愕然とした。
二人は友達なんじゃなかったの?
「これでもう大好きなエンコーも出来ないね。お疲れ」
橘さんは愉快そうに微笑みながらそう言う。
「どういうこと……?」
私は立ち尽くしたまま動けなくなった。


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