『桜の樹の下で』
遠い異国の地から来たこの桜は、元は一つの木であったらしい。一年前、君が初めての逢瀬で教えてくれた話だ。
風の揺らめきと共に匂い立つ桜の下、柔らかな芝生を踏み、君は桜を見上げている。茶色の瞳に桜色を宿して、ただ静かにそこに屹立している。
「やあ、今日も来たんだねえ」
声をかけると君の顔色は驚嘆に支配され、両の頬は桜色を帯びた。余りにも分かりやすいので面白い。瞳を逸らす君に薄い笑みが零れてしまう。
「こ、こんにちわ」
「ふふん、まだ緊張しているんだね」
硬い声音と共に低頭する君の頬は、一層紅潮している。ムクムクと湧く羞恥心を隠すようにして、私は君の頭を気の向くままに撫で回してみた。
___ソメイヨシノ、人間なんぞに支配された軟弱な木。
明治初期に人の手で造られたというこの花は、鮮やかに芽吹いて春の訪れを告げ、刹那、散ってゆく。
君はどうせ私とこの桜が似ているとでも考えているのであろう。微量の恐怖を孕んだ君の横顔は、鮮やかに色めいている。
「君、私が怖いと思ってるだろ?」
「そ....そんなことないですって」
君の心の内も、それに応えられうる私の気持ちも、私としては既知の事実である。だが、君はいづれこの地から桜の如く儚く消えるのもまた事実。
私は桜色のこれを、憂愁の念と共に隠すのだ。
君とこの桜はよく似ている。