「おやすみなさい」
なんて言っても誰の言葉も返ってこないんだけど…。
わたし、紅城莉乃は家でひとり。
ママもパパもまだバリバリ仕事中。
ふたりとも医者で、当直や夜勤で帰ってこないことも少なくない。
あくびをしながらそんなことを考えながらベッドに腰かける。
もう寝ないと。
紅城医療総合病院を両親で営んでいるので、継ぐのはひとり娘のわたし。
今からでも医療の勉強をしてる。
寝る時間も細かく決められてるし。
ベッドに寝転び、目を閉じると今日はとてもよく眠れそうだ…。
「莉乃起きなさい。ビシッとして!今日から社長なんだから!」
え…?
びっくりしていると、なぜかあっという間に病院に着いている。
意味が分からない。
医療知識もままならないわたしが…なんで?
「あなたは外科医よ。手術もしなきゃならない」
ママがそう語りかける。
現役外科医でしょ!?
意味がまだ理解できないわたしに、看護士さんが声をかけてくる。
「搬送されてきた患者さんの手術、紅城先生お願いします」
「え、あの…」
「心タンポナーデです。しんのうせんし、お願いしますね」
心タンポナーデは勉強したことがあるからよく知っている。
心臓と、心臓を覆っている膜の間、心膜腔に心のう液が急に貯まってしまうもの。
そう状態では心臓が圧迫されてしまい、しっかりと血液が送り出せなくて死んでしまう。
そのため、心のう液をしんのうせんしという手術方法で取り除き、心臓が圧迫されているのを処置する必要がある。
「わたし、できませんよ…」
「この間やってらしたじゃないですか。…できないのであれば、他の先生にお願いします。では、紅城先生は大動脈損傷の患者さんお願いします」
「大動脈損傷…!何するんですか?」
「紅城先生大丈夫ですか?カンファレンスで言ってたじゃないですか。大動脈を遮断してチューブを繋いで、別のところも遮断して止血するって…」
どういうこと?
大動脈損傷とかもう治らないって!
しかも、血管二回も遮断するわけ!?
「そんなことしても意味ないですよ。大動脈損傷って…。死亡確認は…」
「紅城先生が言ったんですよ?…他の先生に大動脈損傷の方やってもらいますね。では…心破裂…」
「無理です!」
心破裂なんて無理に決まってる。
死亡確認すればいいのに…。
「では何ができるんですか?他に、胃ガンの患者さんの処置、ごえん処置、子供の開胸手術の中から選んでください!」
「何も…できません…」
「そうですか。もう紅城先生には用はありません。…失礼しました」