アイン・ソフ・オウル 〜Riging sun curiosity〜 リメイク版

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1:キュリオス:2017/03/28(火) 17:45

Episode 1

人は誰でも幸せになりたがっている。
人が幸せになりたい思うのはごく自然なこと、幸せは人それぞれ違うものだが自分の人生をより良くしたいと言う点は共通するだろう。
そして俺は特にその思いが強いと自覚している。俺だけは幸せに生きて幸せに死んでやる。
人生は一度だけ、二度目はない。だからハッピーエンドで終わりたい、後悔とかしたくない、バッドエンドは見たくない。
最後の瞬間に『ああ、よかったな』と、そう思える終わりかた、それが俺の考える最高の人生ってヤツ。
俺がそう思うようになったのは俺の親族や近所の人に幸せなヤツがいないから、例を挙げると過労死、自己破産、離婚、詐欺、それに一家心中ととにかく幸せなヤツがいない。かくいう俺も2週間前に自宅が全焼してるし、今だって変な奴に襲われそうだし。

「やっぱ呪われてるんだな」
 自嘲気味に呟き、俺は顎髭を生やした20代ぐらいの男へと視線を向ける。異形、それが真っ先に浮かんだ男の第一印象、この男の右腕は怪物のそれだ。夜の暗闇の中、街灯の光に照らされているせいか余計に怪物じみて見える。
彼の異様に大きな右腕は赤熱し湯気を立ち上らせている、その姿はまさしく茹で上がったシオマネキだ。
「……こいつに話が通じるとは思えないな」
 こいつが何なのか俺にはさっぱり分からない、ただ一つはっきりしている事はこいつが人を殺したと言うこと、男の足元に転がる死体を見やり思案する、さてどうしたものか。


 逃げる? 戦う? 助けを呼ぶ?


 逃げる、自身の生存だけを考えるなら最良の選択。だが俺がここで逃げたら他の誰かが犠牲になる、もしそんなことがあれば俺は一生罪悪感に苛まれる、そんなのは嫌だ。
 戦うと言う選択は愚の骨頂だろう、成人男性と喧嘩して勝てる保証はどこにもない、その相手が怪物の腕を持っているならなおさらに。
助けを呼ぶ、悪くないが一般市民にどうにか出来る相手なのか?
警察ならなんとか出来るかも知れないが警察に怪物が暴れていると通報してもまず信じてもらえない、信じてもらえたとしても到着するまでに殺られる可能性だってある。
それよりも今は相手を観察すべきだ、彼を知り己を知れば百戦殆うからずと言う言葉もあるくらいだ。相手をよく見ろ、そして見つけ出せこの状況を打開する策を。


 見たところ怪物化しているのは右腕だけ、その右腕は筋肉が発達し左腕三本分の太さがある、色は見る者に熔岩を連想させるような赤。
 口からは何か呻き声のようなものを漏らしているがこの距離では聞き取れない。
一歩、二歩、三歩怪物はゆっくりと俺の方へ歩みよる、数歩下がろうとしたその時だった。
「——っ!、——ガハッ」
 奴の赤熱した拳が目の前にあったかと思えば凄い速さで遠ざかる、それとほぼ同時胸と背中に強い衝撃が走る。
 吹き飛ばされ背後のブロック塀に叩き付けられたのだと理解するには数瞬の時間を要した。

2:キュリオス:2017/03/28(火) 17:46

「くそったれ」
一撃は強烈だった、痛みが爆発により生じた爆風の如く全身に広がる、さすがに無傷とはいかないが骨は折れてない内臓も破裂していない、そう判断し俺はブロック塀にもたれかかりながら立ち上がる。
「やってくれたな、シオマネキ野郎、大人が学生殴ってんじゃねぇ!」
俺は最大限の怒りを込めて吼えた、自分自身を奮い立たせるように『100%勝てない喧嘩はこの世に無いんだ、どんなに不利な状況でも勝つ方法は必ずある』友人の言葉が脳裏をよぎる。
そうだ、勝つ方法はある。
「殺されて堪るか、俺にはやりたい事がまだ山ほどあるんだよぉぉ!」

咆吼と同時、男は地面を蹴って疾走した。生身の人間のスピードを超越した速度で男の剛拳が飛んでくる、速い。
「だが、躱せない速さじゃない——っ」
言葉通りそれを身を屈め相手の足元を転がるようにして躱す。
「アツイアツイタスケテ、ヴワァァァァァッ」
「熱い、だと?」
よく見れば男の表情は苦しみもがいているような……
つまり……力が暴走している? だとしたら元に戻す方法もあるのか?
「熱い、だったら冷やせば……」
思考を巡らす、この辺りに水道は……公園、ダメだ遠すぎる、…………くそ、全く思い浮かばん、こうなったら一か八か逃げながら水道を探すしか。
いや、まてよ、あるじゃないか水道なんか比べ物にならないほどの水量、川が————正確には用水路と言うべきか、まあとにかく大量の水はある。


「ついて来やがれシオマネキ野郎」
言って俺は人気の無い裏道の方へ駆け出した。人通りの少ない道を通った方が安全と判断したからだ、それにこの裏道を抜ければ目の前は用水路だ。

——疾走、俺は今、路地裏を自身の限界に近い速度で走っている。
それなのに男の足音はどんどん近付いてくる、俺の足が遅い訳では断じてない、俺だって学年トップ5に入る程度には速いんだ。
前方に白いガードレールが見えた、もう少しで裏道を抜ける、あれを飛び越えれば用水路だ、距離にして10mと言ったところか。
逃げ切れたと確信したその時、肩に熱を感じた。
「——っ」
そのまま押し倒される、この瞬間、俺の逃走劇は幕を閉じた。
「アツイ……タスケテ」
「そんなに熱いなら川に飛び込みやがれ——ッ、グアアアアアアアア!!!」
右腕を男の灼腕に掴まれ凄い力で締め上げられる、まるで車に轢かれてるみたいな激痛と焼けた石を押し当てられているような熱さに顔を歪める。次の瞬間自分の右腕がへし折れる音を聞いた、少し遅れて先程とは比べ物にならない痛みが身体を蹂躙する。
「————!!!!」
叫び声を妨害するかのように腹に拳が打ち込まれた、さらに一発、さらにもう一発。
「ククハハハハハハハハハハ」
哄笑と共に男の乱撃が身体をめちゃめちゃに破壊していく、怪物の膂力から放たれる拳は一撃がとてつもなく重く鋭い。身体が爆散したと錯覚するほどの衝撃を伴い、それを都合30発ほど叩き込まれてなお生きているのは奇跡と言って良いだろう。
しかし身体に限界は確実に近付いていた、意識が遠退く。そのまま俺は意識を失っていた、それは数分か数時間か、あるいは数日か。

3:キュリオス:2017/04/02(日) 05:51

「起きなさい少年」
脳内を直接揺さぶられるような一声が意識を身体に引き戻す。
痛みを堪え瞼を開けると一人の少女が俺の顔を覗き込んでいた。
黒髪を夜色の絵の具で塗った長髪に燃えるような紅眼の少女、小柄と言って良い体格、歳は自分と変わらないだろう。だと言うのにこの存在感はなんだ?
まるで古代の巨大な石像を前にしたかのようなこの感覚さっきの怪物にも似ているがそれとは比べ物にならない、桁違いだ。
「——誰だ?」
「私はあなたの命の恩人になるかも知れない人よ」
「そうか、じゃあ救急車を呼んでくれ」
「それは無理ね、私携帯持ってないから、それに呼んだところであなたは助からない」
少女は淡々と抑揚のない声で告げた、助からないだと? 訝かしる俺をよそに少女は淡々と続ける。
「あなたの生命エネルギーは危険なレベルにまで低下しているの、人ならざる者に襲われた事が原因で。
そして今のあなたが選べる選択肢は二つ、人として死ぬか怪物として生き長らえるか、あなたはどっちを選ぶ?」
「どういう……意味だ?」
「言葉通りの意味よ、人のままここで死ぬか怪物となって生きるか」
「ならば愚問だ、俺は……生きたい」
生きて帰らなければならないんだ、俺の帰りを待ってる奴がいるから、自分の人生をハッピーエンドで終わらせたいから、こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ。
「……そう、あなたは人間ではなくなる、それでも良いの?」
「構わない」
少女は憐れむような目付きで俺を見つめる、生きたいと思って何が悪い。
「それじゃあ契約を始めましょうか」
少女はナイフで手のひらを切りつけた、ナイフは手のひらの太い血管を断ち切ったのだろう、血液が勢い良く流れ出た。
「はい、あーん」
「…………(いや、あーんって、この子血を飲ませようとしているのか!?)」
「ほら、あーん、口開けなさいよ、無理矢理こじ開けるわよ」
そう言い少女は目の前でナイフをちらつかせる。
俺は渋々口を開けた、抵抗しようにも激痛で身体を動かすことが出来ない、血は少女の手のひらから指を伝い口へと流れ込んでいく、鉄の味が口内に広がる。
まさか女の子の血を飲まされる事があるとは、人生何があるか分からない。


「あと数十分もすれば……あなたは人ならざる者になる。そうなれば痛みも和らぐし傷の治りだって早くなる、だからもう少しの辛抱よ」


人ならざる者、その言葉を反芻し思案に耽る。
あまりにも荒唐無稽な話だ、だが俺は実際に人ならざる者に襲われた、この少女の言うことが全て嘘だとは思えない。
もし少女の言葉が100%真実だとして、俺もいつかはあのシオマネキ野郎みたいに……人を、殺してしまうのか。

「あなたはもう私達とは無関係ではないのだから、私達の目的とかあの怪物ことを話話さないといけないのだけどこんな場所でするような話じゃないし、一度に話したらきっとあなたは混乱する。
その傷も2、3日すれば完全に治るはずだからそれまではお家で安静にしてなさい、そして傷が治ったら龍宮グランドホテルに来て、そこで全てを話すわ」
「……わかった」
俺がそう言うなり少女は立ち上がり、もうお前に話すことはないといった目付きで俺を一瞥し黒髪を夜風に靡かせて住宅街に消えていった。

4:キュリオス:2017/04/06(木) 16:25

謎めいた少女が立ち去ってから30分以上——正確な時間は分からないが多分そのくらい——が過ぎた、痛みはまだあるが立ち上がれるようにはなった。
負傷した足を引きずりながら帰路につく、途中ごみ捨て場にあったビニール傘を杖代わりに出来たおかげでかなり楽に家の前まで来れた、それでも普段の倍以上の時間を掛けたのだが。
問題はこれからだ、この状況を七海にどう説明すればいい? 怪物に襲われたと、ありのままを語っても信じてはくれないだろうし、七海に嘘をついても一瞬で見破られる、あぁ結局ありのままを語ることなるのか。
面倒な事に七海の部屋の明かりはまだ点いている、心配してくれるのは有難いが、正直寝ていて欲しい。
まだ俺自身、自分の身に何が起きたかよく分かっていないから上手く説明出来る自信がない、あの少女は人ならざる者になったとか言っていたけど実感はない、角でも生えれば信じてくれるのに……。
そんなことを考えつつドアノブに手をかけてドアを開けた。
「……ただいま」
「——颯(はやて)!?」
ダダダダっとすごいスピードで階段を駈け降りてきた幼馴染みは顔に驚愕の色を浮かばせて目を白黒させている、きっと文句か何かを言おうとしていたのだろうが俺の姿を見て、そんな思いは頭からきれいさっぱり消え去ったようだ
無理もない家族や親しい友人が傷だらけで帰って来れば誰だってそういう反応をするだろう。パニックにならないだけマシか。
数秒の沈黙の後、七海が口を開いた。
「ちょっとあんた、ボロボロじゃない……血出てるし、大丈夫?」
「大丈夫と言えば嘘になっ——」
七海の声を聞き全身から力が抜けた、俺は頽れる身体を制御出来ずその場に倒れ込む。
七海は突然の事に言葉を失っているようだ。
「すまない七海肩貸してくれ」
「え、あ、うん、わかった」


そうして俺は七海の肩を借りてどうにか使わせてもらっている部屋に辿り着いた、部屋に入るなり有無を言わさずベッドに寝かされ毛布を掛けられる。
七海はと言うとベッドの端に腰を降ろしじろじろと物珍しそうに俺の方を見ている。そして状況が理解できたのか小さく頷いて口を開いた。
「さ、本題に入ろうかな、颯君。一体何をしたら、そんな怪我になるのかな」
「シオマネキみたいに右腕がでっかい怪人と喧嘩したらこうなるよ」
「……颯、それマジで言ってるの?」
まぁ、普通そうなるわな、でもこれは実際に起こった事だから、誰にも信じてもらえなくても俺は真実を話そう、七海の前で嘘はつけないし。
「あぁ、マジだよ、信じなくても良いけど事実だ」
「ちょっと信じられないかな、でもあんたの言うことだから全部嘘って訳じゃないんでしょ。」
半信半疑か、でも半分だけでも信じてくれたなら俺は満足だ。
「あ〜それからわたしに心配かけた罰、怪我治ったら買い物とか付き合ってもらうんだから、あとパフェおごって、でっかいやつ」
「それ、デートのお誘いってことでオッケー?」
「なっ、何言ってんの、そ、そんなデートとかじゃあ」
「違うのか」
「ちっ、違っ……違っ、違わない……」
顔をトマトみたいに真っ赤にして七海は小声でぶつぶつ呟いている。たかがデートぐらいで真っ赤になる辺り七海はまだまだお子ちゃまだな。

episode1 end

5:キュリオス hoge:2017/04/07(金) 15:10

episode2

凛然とした夜風が寒月の光に照らされたブロンドの短髪を揺らす。
ブロンドの髪の少女————ローラ・ルミエールは眼下の街明かりを眺めていた。
龍宮市で一番高い建物、龍宮グランドホテルの屋上にあるヘリポートから見る夜景は、あぁ確かに美しい。一万ドルの夜景と言ったところか、夜景というものは電球の数とかそんなものに関係なく美しいのではないかと思えてくる。
しばらく夜景を堪能していたが、ここにきた目的を思いだしローラの方に向き直るとゆっくり歩み寄る、ローラは私に気付き、震えた声で呟く。
「カミラ……来ちゃったね、ノスフェラトゥもこの街に……」
こちらを振り向いた少女の顔は青ざめていた、ローラは考えていることが顔に出るタイプの人間だ、それが寒さではなく恐怖によるものであるとすぐに分かった。
無理もない、この街明かりの何処かに自分達を殺そうとする怪物が潜んでいるのだ、怖くて当然だろう。


「ええ、これで私を入れて5人」
すでに奴等の半数はこの街にいる、予想ではクリスマス前にまでに九頭龍の全ての頭が揃うだろう、そうなれば私達二人に勝ち目はない、即ち死ぬ、残酷だがそれは不変の事実。
私達に残された時間は多く見積もってあと10日、故に一刻も早く龍の頭を潰さなければならない、そして真っ先に倒す相手はノスフェラトゥと決めていた。
ノスフェラトゥ、戦いをこよなく愛する戦闘狂にして私達の宿敵、何度も剣を交えた戦い馴れた相手、だがそれはノスフェラトゥも同じ。


私は傍らの少女に問い掛けた。
「ねぇローラ、戦うのは怖い?」
「………」
ローラは無言のまま首を縦に振る、その姿にいつもの明るさはない、だから私はローラの恐怖に震える体を抱き締めた、優しく、優しく。
ローラそんな顔しないでよ、あなたは私にとっての太陽(ヒカリ)なんだから。


「——カミラ……」


「大丈夫、私がいるから、あなただけに辛い思いはさせない……」
耳許で囁く、するとローラも私を強く抱き締めた、ローラの温もりが伝わってくる。
何があってもこの少女を守り抜く、それが私にとっての贖罪であり使命。
明日から戦いはより激しさを増すだろう、戦って勝つために、ローラを守るために。


今、私達がやるべきことは——

6:キュリオス:2017/04/12(水) 17:09

 ——それはとても単純でとても難しい方法、それは共に戦う仲間を増やすこと、あの少年は我々の仲間になってくれるだろうか。
私は彼に仲間になって欲しいと思っている、それと同時にあの少年には我々と関わらずに今まで通りの日常を送って欲しいと願う自分がいる。
 怖いんだ、大切なモノを失うことが、私は弱いから、大勢を守り抜けるほど強くないから。今だってたった一人を守るので精一杯、自分の弱さに怒りすら覚える。
これから私達の戦いはより過酷なものになるというのに、こんな弱い自分で良いのか。
 その時、一つの小さな——だけど無視できない疑問が私の中に生じた。今私の腕に抱かれているこの少女は強がっている私のことをどう思っているのだろうと、どうしても聞いておきたかった。
 その時ローラが南の空を指差して「あ、ヘリコプター」と年相応にはしゃいだ声を上げる。
タイミングが良いのか悪いのか、それはやって来た、夜風を切り裂く回転翼、漆黒の機体、間違いないあれはクルースニクのものだ。
「予定時刻よりも早いようだけど」
「でも遅れて来るよりはましでしょ」
「それもそうね」
そんな会話をしている内にヘリコプターはみるみるホテルに近付いて、屋上ヘリポートの中央に描かれているHのど真ん中に着陸した。
「カミラ、ローラ!! 早く乗って!!」
そしてヘリコプターのドアが開くと同時、女の怒号が飛ぶ、少々面食らう私の横でローラは訳が分からないといった様子で呆然と立ち尽くしていた。
「——ナージャ、いったい何が!!」
「良いから早く!! 話は後で!!」
ナージャの言動・口調から寸刻を争う事態なのだと即座に理解し、ローラの手を引きヘリコプターに飛び乗った。

7:キュリオス:2017/04/20(木) 17:40

ヘリの座席に座りシートベルトを締めた私達にナージャは先程とは打って変って淡々とした口調で作戦の概要を告げる。
その様子を見て私は安心した、本来彼女は声を張り上げることなど滅多にないクールな性格の女性だ、と言っても私は彼女と長い付き合いというわけではないのだが。


「では今回の作戦についての説明を行います、我々クルースニクは能力者(ヴァンパイア)を廃工場に追い詰めましたが、ターゲットが第二段階 “ツヴァイト” に到達してしまったので貴女方に増援を要請した次第です」
ツヴァイト……ただの人間には荷が重すぎる相手、いくらクルースニクの強化兵士(ドーピングソルジャー)と言えど勝ち目は薄いだろう、だがついさっきツヴァイトに到達した素人能力者に敗れるほど私達は弱くない。
「廃工場内にはクルースニクの戦闘班が三名取り残されているので救出をお願いします。なお、ターゲットは出来る限り無傷のまま拘束してください」
なるべく無傷か、これはローラが適任だ。そして傍らの少女もその事をよく理解しているようだ。
「じゃ、あたしはターゲットの確保ね」


「私は戦闘班の救出に向かう。ナージャ、工場の見取り図なんかはある?」
「残念ながらありません、ですが三名は二階にいるようなので。ああ、もちろんターゲットも、ですが」


私達を乗せたヘリはしばらく飛行し、町外れ「では今回の作戦についての説明を行います、我々クルースニクは能力者(ヴァンパイア)を廃工場に追い詰めましたが、ターゲットが第二段階 “ツヴァイト” に到達してしまったので貴女方に増援を要請した次第です」
ツヴァイト……ただの人間には荷が重すぎる相手、いくらクルースニクの強化兵士(ドーピングソルジャー)と言えど勝ち目は薄いだろう、だがついさっきツヴァイトに到達した素人能力者に敗れるほど私達は弱くない。
「廃工場内にはクルースニクの戦闘班が三名取り残されているので救出をお願いします。なお、ターゲットは出来る限り無傷のまま拘束してください」
なるべく無傷か、これはローラが適任だ。そして傍らの少女もその事をよく理解しているようだ。
「じゃ、あたしはターゲットの確保ね」

「私は戦闘班の救出に向かう。ナージャ、工場の見取り図なんかはある?」
「残念ながらありません、ですが三名は二階にいるようなので。ああ、もちろんターゲットも、ですが」

私達を乗せたヘリコプターは街外れ——少なくとも私はそう感じた——を飛行していた、この辺りは街灯の明かりも少ない、夜になれば真っ暗だろう。
「目的地上空に到達、着陸します」
パイロットの一声で機内に緊張が走る、目的地上空と言っても廃工場の真上ではなく近くの空き地のようだ、周辺にはいくつかそれらしき建物がある。
「ではこれで本作戦についての説明を終わります、何か質問は」
「ありません」
「ないでーす」
ナージャが説明を終えるとヘリはゆっくりと降下していった。

8:キュリオス:2017/04/25(火) 17:44

「ターゲットが潜伏しているのは右から2番目の建物です」
 ヘリコプターから降り立った私達3人はナージャの指差す建物に向かい歩を進める、枯れ草だらけの空き地を抜けアスファルトがひび割れた道路を渡ると、目の前には今日の戦場。
 長年の間手入れをまったくされていない建物はあちこち錆び付いて人知れず朽ち果てようとしている、蔦が絡み付いた茶色く錆びた看板が10年以上この場所が本来の目的で使われたことがないと言う事実を物語っていた。こんな所に訪れるのは、暇をもて余した若者かその手のマニアくらいのものだろう。
 「こんなボロっちい建物さっさと壊しちゃえば良いのにさ、何でいつまでもほったらかしにしとくかなぁ」
 「大人の事情ってやつよ」
 ローラがそんな事を言いたくなる気持ちも分からなくはない。
 工場内に足を踏み入れるなり私は能力者(ヴァンパイア)特有の気配——肉体から溢れ出た超常のエネルギーと言うべきか——を感じた、それは微弱ではあるが辿ることは出来た。
 「……こっちね」
 2階への階段を探し出すのにそう時間は掛からなかった。階段を登り最上段に足を置いたその時、足首にチクリと痛みが走る、見るとそこには一匹の紅い蛇が噛み付いていた、それを回し蹴りで壁に叩き付ける、すると蛇は色水が入った水風船みたいに破裂した。ローラはすぐさまズボンのポケットからナックルダスター取り出して強く握り締め身構える。
 「————来るっ! ローラ!!」
 廊下の先から紅い川となって押し寄せる紅蛇の大群、しかしローラは不敵に笑って。
 「【行かないで影の英雄、愛しき人よ、貴女無しでは生きて行けない。】 【故に愛の鎖を持ちて光と影を繋ぎ留めよう、貴女と私は連理の枝。】
【——zweit】(ツヴァイト)
【陰陽双極、我ら蒼穹を舞う比翼たれ】(センター・オブ・ジ・アース)」

9:キュリオス:2017/05/06(土) 13:21

 数百の蛇からなる紅い川は————見えない手に塞き止められたかのように、分断され、弾き返された。中にはボールみたいに丸まったもの、天井や壁に貼り付いたものもあった。
「お見事、さすがはローラ」
 その技巧に思わず称賛の声が漏れた。
 ローラの繰り出した見えない手、彼女の能力——【陰陽双極、我ら蒼穹を舞う比翼たれ】(センター・オブ・ジ・アース)は磁界生成と磁力付加を可能とする磁力操作能力、蛇の一匹一匹が強力な磁石と化し、さらにローラの意思で目まぐるしく磁極が逆転、1キログラムにも満たないであろう蛇の重量ではいとも容易く弾き返されてしまう。
 それでもなお蛇達は突撃を、何度も何度も繰り返すが結果は変わらない。
 それが意味するものは——紅い蛇を操る能力者(ヴァンパイア)は私達に手も足も出せないと言う純然たる事実。
「もう諦めて私達に投降しなさい、悪いようにはしないから」
 私の呼び掛けに応じたのか廊下に敷かれた場違いなレッドカーペットは一瞬にして消え失せ、代わりに一糸纏わぬ赤髪の女性が現れた、女はよほど自分の身体に自信があるのか恥じる素振りを一切見せず、むしろもっと見ろと言わんばかりに豊満な胸を突き出している、その口許には邪悪な笑みを湛えて。
「くっははははははは、投降? する訳ないじゃない! やっと、やっと手に入れたたんだ、この力で私は!!! 邪魔者を一人残らずぶっ殺す、まずお前らからだぁぁぁぁ!!!
 ——zweit(ツヴァイト)
 【紅蛇毒咬】(クリムゾンバイト)」


 狂気と殺意に満ちた叫びが女を神話の怪物めいた異形の姿へと変貌させていく、女の繰り出す拳はすでに毒牙を備えた蛇の顎(アギト)だ、しかもさっきより確実に速い
「ほら、死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ」
「——っ、スピードもパワーも上がってるよ、このまま……じゃ……」
 ローラと言えどこの変幻自在な蛇の軌道を読むことは難しいのか、ローラと女を交互に見やる。ローラは先程から攻撃を弾き返してはいるが、顔に疲弊の色が見えてきた。生体と磁力は相性が良くないのだろう、腕を多頭蛇へと変化させた女の連撃にジリジリ押されているように思えた。
 一方女は攻撃の手を緩めない、鞭打ち刑に使われる九尾の猫鞭を思わせる蛇と化した両腕を激しく振り回す。
「蛇の怪物はね、英雄様に斃されるものよ、もっとも貴女がそれを望んでいると言うのなら」
「カミラ?」
「私が貴女を斃す! ローラは自分の身を守る事に専念して」
 長引けば私達が不利になる、そう確信したから、それに私達が負けたら取り残されたクルースニクの戦闘班はどうなる? ゆえに変えねばならない————強行突破、危険だが戦況を変え、なおかつ、全員生きて帰るにはこれしかない。
「——anfang(アンファング)」

10:キュリオス:2017/05/17(水) 18:16

 魔法の呪文を唱えると変化はすぐに起こった。体の奥深くから熱いものが沸き上がって血管を駆け抜けるこの感覚——これが、ただの人間が超人になる感覚。
 今までの私は偽者で、魔法の呪文を唱えることでようやく本当の自分自身に戻ったようなそんな気がしてくる。超常の力を使うことに何の違和感も感じないのだ。
 あぁ、痛みに顔を歪めもがき苦しんだあの頃が懐かしいな、今となってはこの痛みさえも心地いい。
「……」
 殺到する数十の蛇頭を一瞥し、さて私はどうするべきかと思案する。狭い廊下だ、躱せないのは明白——ならば。
「はぁぁぁっ!」
 拳をきつく握り締め、床を強く強く蹴って加速、即席の凶器を振り抜く、蛇頭はちぎれ飛び、床に落ちて霧散し消滅した。
 つぶし損ねた紅蛇に咬みつかれ毒牙が剥き出しの腕に食い込む、紅蛇の毒がどのような性質の毒かは分からないが、おそらく最初の一咬みで人間の致死量を遥かに超える毒が流し込まれたと考えて良いだろう。だが私にとってそれはプールにインクを一滴落とすのと変わらない。


 再び拳を握り締める、渾身の力を込めて放った一撃を、しかし女は紙一重で躱した、拳が空を切り拳圧が女の髪を揺らす。
「何故だ、何故倒れない!?」
 体勢を立て直しつつ女は驚愕の声を上げた、当然だ、私の能力位階はanfang(アンファング)——言い換えればレベル1、一方女の能力位階はレベル2に相当するzweit(ツヴァイト)、今の時点では女の方が格上なのだから。
「まさか、貴様……あの御方と同じ……」
「ええ、そうよ」
 何かに気付いたような口調で女は言った、私はそれを出来る限り冷ややかな声色で肯定する。
「……化物め」
「それは貴女も同じでしょう」
「くっ——」
 次第に女の顔が青ざめていき、唇はブルブルと小刻みに震え出した、すでに攻撃の手は止まり、辺りは静寂に包まれていた。
まともに戦って勝てる相手ではないと本能で理解したのだろう。女は糸の切れたマリオネットのように力なく膝を折った。
「あっれ〜、さっきまであんなに強気だったのに、投降なんてしないって言ってたのに、ねぇ〜」
「ローラちょっと黙ってて……貴女に聞いておかなければならないことが有るのだけれど“あの御方”って誰かしら?」
 私はその場に頽れた女の顔をのぞきこみ問いかける、あの御方と言うのは十中八九、真祖のことだ。禍器(オミナス)から供給される無尽蔵のエネルギー、それを使いこなす規格外の能力者(ヴァンパイア)。
「…………」
「教えてくれないの?」
「……トウカ、アカツキ・トウカ」
 観念したのか女は口を開いた、女の口から飛び出した名は
「日本人?」
 聞き覚えのない名だ、少なくとも私とローラはその名を知らない、アカツキ・トウカ——
「じゃあローラ、後はよろしくね」
「りょーかいー」
 まだ見ぬ敵の名を反芻し、後は全てローラに任せ、私は三名の救出に向かった。


——Episode【2】end

11:キュリオス:2017/06/02(金) 17:37

——Episode【3】



 人は一生の内に何度死にたいと思うのだろう、そして一生の内に何度心の底から生きたいと思うのだろう。


「——なんだこれは、何もない、何も——ない、父さん、母さん、……どこだ?」
 焦土、見渡す限りの焦土、家もビルも何もかも崩れ去り、至るところで火の手が上がる、しかしサイレンの音も人の声もしない、聞こえるのは遠くで炎の燃える音だけだ。
「エリナ? エリナ!」
 呼び掛けても返事は返ってこない、不気味なほどに静かだった。
 立っているのはオレ一人か、まったく、これじゃあオレがやったみたいじゃないか。……いや“オレがやった”のか、右手に感じる熱がそのことを何よりも雄弁に物語っていた。
 オレが全て壊した、全てを灰塵に帰した、一体どれだけの命が失われたのか、一体どれだけのエネルギーがあればこの光景を再現できるのか、実際に見たことはないが核兵器が爆発すればきっとこうなるのだろう。
 核兵器、か。まだそっちの方がましだ、自分がやったのではないのだから。
「これは……」
 視線を地面に落とす、パーカーが視界に入る、それは元の色もわからないほど煤けて汚れて破れていたが、オレはそれに見覚えがあった。
「——エリナ?」
 それは、エリナ、オレの妹が着ていたもの。——ようやく実感がわいた。そうだ、この状況下で生きているはずがない。エリナが死んだという現実が否応なしにつきつけられる。
「——エリナ、エリナァァァァッ!」


慟哭——オレは現実を受け入れることが出来なかった。持ち主を永遠に失ったパーカーを手に、哭き叫んだ。
 この罪、どう償えばいい? 誰か教えてくれ、オレはこれからどうやって生きていけばいい? オレはこの時、19年の人生で初めて、死にたい、この世界から消えてなくなりたいと思った。
 そして見上げた空は、いつもと変わらず青かった。


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