世界が違うこと、気づいてた
呆れるほどハッピー野郎な私でも
_______気づいてた
目まぐるしく回る
暖かな世界の内に生きる私
『 正しい 』が絶対的に正しいことかなんて
自分の心にしかわかんないはずだから
そろりそろりと玄関の方に寄っていき、ちっちゃい穴から外を覗いてみた。
じーっと見て、まだ来ていないなと胸を撫で下ろす。
8月10日、夏休み真っ只中の今日。
親友と遊ぶ約束をしてたけど、見事に寝坊。10時約束なのに今がもう10時半。どうにもならなくて笑うしかない感じ。
準備が早いわけでもない私は、ご飯を適当に作ってもぐもぐする。
インターフォンが鳴った瞬間に走って開けて、土下座する!
そして親友さまを家へ招きいれる!
が、今のミッションのため、食べながら神経をピンポーンに集中させる。
中途半端に準備して外に待たせてる方が怒るもんね、絶対。
もぐもぐ
もぐもぐ
もぐもぐ
もぐ 『 ピンポーン 』
半端じゃない速さで走って、ドアの鍵をパパッと開けて玄関も開けて、
「ごめんなさいッ!!」
と、しっかり土下座した。
運動神経だけは何とか学年でも良い方で良かったーと、安心していても、
一向に、親友の…、世那(せな)の声が聞こえない。
「しーの、やっぱ起きてなかったね」
とかいう呆れた声色が響かない。
「……いや、なんか、…は?」
顔をあげると、
ニット帽、マスク、伊達眼鏡の、
夏に合わなすぎる不審者が、
こっちを見て絶句していた。
沈黙が走る…、なんて大人なことは私には出来ず、
「誰ですか!不審者ですか!」
と、しっかり聞いてしまった。
好奇心には、やっぱり負けてしまう。
土下座した状態の私と、そこから去ろうとした状態の彼。
彼はキョロキョロと回りを見渡してから、靴をコツコツ響かせながら私に近づいてきた。
「…ピンポンダッシュしてみた悪趣味な男です。
これ、誰にも言っちゃだめですよ。」
しゃがんで私に目線を合わせた不審者さん。ふわっと良い香りがした。
「秘密、ね。ここに僕がいたのも、ここで話したことも内容も。」
そう言って、何事も無かったように立ち、一瞬私を見つめたあと、廊下を歩いて行ってしまった。
冷たいオーラなのに、話口調が暖かいから、
少し変な感じがした。
それと同時に押し寄せた違和感。
どっかで見たことある感じするし、どっかで聞いた声だし、どっかで……
それでも、あの不審者の格好は見かけたことなんて無い。
「…なんだろなぁ」
少しひっかかるけれど、とりあえずは準備が先。
着替えをさっさと済ませちゃおうと大急ぎで部屋へと戻り、いつもの涼しい格好に着替える。
今日はせなも寝坊だか何かしちゃったんだと思い
「イケメン大魔王せな」を待つことにした。
性別上しっかり女子だけど、アシメ前髪のショートカット(アシメとかいう言葉は友達に教わった)で顔立ちも綺麗だから、イケメンにしか見えない謎の現象。
それに加えて、私意外には冷たい対応をとるから大魔王。
今年で4年目の付き合いになる私達だから、あまり人に気を許さない世那も、唯一私と…あともう1人にだけ心を開いてるかな。
朝再放送されてるバラエティを見ながら、せなを待ち続けること10分。
もう11時になっていた。
ピンポーン、ピンポンピンポン
ガチャ
「しーの、ごめんー。」
毎度のこと、チャイムを連打するせなが謝りながら家に入ってきた。
謝るせなはわりと新鮮。
普段のラフな私服のせな、今日もイケメン。…って、そんなことはどうでもよくて。
「私も寝坊しちゃったし大丈夫だけど、何かあった?」
リビングのソファに座りながら、ボーッとバラエティを見ながら話しかけた。
「やっぱり分かるかー。
なんかさ、駅辺りでテレビの撮影?があって、邪魔で来れなかった。」
まじイライラしたわー、と言いながら、私の作ったチャーハンを食べてるせな。
「あーそうだったんだ!有名人、いた?」
女子高校生たるもの、ミーハーでなければ!と勝手に思っている私。
私は興味津々に聞きながら、頭の片隅にいるのはあの不審者さん。
どうしても、この話に繋がりそうに思える。マンガの読みすぎかもしれないけどね。
「あ、そーそー。クレイ来てたって言いたかったの忘れてたわー。」
「…え?」
自分で訪ねたけど、ここまで揃いすぎたらおかしいと思っちゃうよね?
だから、聞き間違いな気はしないけど、つい聞き返してしまった。
「んー、だからクレイが来てたの。しかも3人揃ってたー。」
チャーハンをかきこんで、ごくりと全て食べ終えてから再度話してくれた世那。
少しドヤ顔気味に言ってみせた世那に、
「それじゃあ…霧谷(きりや)って人も?」
不審者さんを見たときに感じたんだ。
この人、どっかで見た。
この人、テレビに出てた。
この人…、
「しっかり変装してたけど、ファンが騒いでたから霧谷でしょー」
クレイのセンター、霧谷凛(きりや りん)じゃ、ないかなって。
…まさか、まさかまさか。
この辺りで、クレイが撮影してて。
そして、たった少し前に現れたピンポン不審者は、どこかクレイの霧谷くんに似てて。
「…いや、さすがに…、たまたまだよね…」
ぶつぶつ呟く私を横目に、世那はあっけらかんとして言い放った。
「あー。そうそう。ファンの人達が、『凛ちゃんがあのマンションから出てきたのよー』って、
ここ指差してた。」
と、この部屋の床を、ひらひらーと指差してみせた。
「えっ」
…えっ、じゃあ、霧谷くんってもしかして…、
「あれって、霧谷くんかな…」
ぼーっとした、変に夢見心地な気分で言うと、
「霧谷だろうな。
近くだし、行ってみるー?」
なぜか霧谷くんだと分かっていたらしい世那。
いや、わかってた理由がわからないけどね…。
本当に彼だったのか確かめるべく、
世那の適当な提案にのった私は、蒸し暑い外の世界へと出ていった。
No,1
私の見た人が霧谷くんという断言。どうして世那はそこまでわかったんだろうなぁ…。
「こっち向いて!」
「凛ちゃーん!」
「ゆっきー、可愛い!」
「奏(かなと)様ぁー!」
わいわいがやがや。
その言葉が正に似合う場所。
「どこにいるのかな!」
「わかんない!こっちかも!」
周りの声に圧倒されないように、大声で話す私達。
世那の指指す方向、つまり人だかりがあるところまで進む。
沢山の人の間を通りぬけながら。
「すみません…すみません…」
通る度にファンの人に睨まれるけど、気にしてちゃ1mmも進めない…。
ファンの人達みんな、クレイを見つけるためにいるんだもんなぁ…。
私も、頑張って探さないとね。
わちゃわちゃ動くこと7,8分くらい。
明らかにオーラが違う3人組を見つけた。
後ろ姿ではあるけど。
「…あの人たちだね、オーラがすごいなぁ」
「うん、どーする、話しかける?」
そう言われて、いやいや、と否定した。
「あの人たちは仕事で来てる。私とかが好奇心で話したら…」
刹那、
3人組の真ん中が、不意にふりかえる。
スローモーションのような、
一瞬のような。
朝見たばかりの、
美しい漆黒の瞳が全てを魅了していく。
スタッフらしき人に声をかけられ、
彼は前を向き直した。
さっきまで、話したらダメだと思っていたのに。
声が聞きたくて、瞳を見たくて。
もう後ろ姿しか見えない彼。
「…霧谷凛くん…。」
私が、新村詩乃(にいむら しの)だと知って、そして、
目を合わせてほしい。
さっき会ったとき話したのは、誰だったとしても同じ対応だったはず。
私じゃなくても、例えば世那でも、おじさんでも、綺麗なお姉さんでも。
だから、だからこそ、
私だと知った上で、話してほしい。
馬鹿であほな私だから、そう思ってしまう。
隣にいる世那に言ったって笑われるようなこと、思ってる。
彼の後ろ姿を、意味も無く眺める私。
それが、意味のあることだとしたら。
それが、私の運命を揺さぶっていたのなら。
君が、私の存在に気づいていたのなら。
「…凛、あの子気にしてる。」
「何気なくむこう向いてるもんなぁ」
「あれ、あの子の隣、もしかして……」
どこからを運命というのでしょうか。
No,2 始まりは誰かが作り出してる。終わりへの始まりは、私にしか生み出せない。
「…ってことがね!あったの!」
某人気ファーストフード店にて、涼みながら話している相手の顔面レベルは異常なくらい高い。
「うんうん、分かる。俺の顔は見飽きたってことか。」
そんなことないよな、と言わんばかりのキメ顔をしながら私の方を見てくる
木口 京(きぐち きょう)は、学年・学校を挙げてのイケメン、らしい。
「そんなこと言ってないからー、クレイが来てたよって話であって、京ちゃんの顔面の話じゃない!」
冷めて美味しさを見失いかけたポテトを2つつまんで口の中にひょいっと入れる。
うん、美味しさの迷走コース。
クレイ、そして霧谷凛に会ってから1週間くらいが経った。
勿論、これまで何も起こってない。
運命だと思った私は、どうやら間違いだった…と、蓋を何重にも重ねて無かったことにしてる私。
「で、
きゃー霧谷きゅんかっこいいー好きー
になったの?」
果てしなく興味ないです、というようにバニラシェイクをちゅーっと飲みながら棒読み&声裏返りで私の真似をした京ちゃん。
「…そんなのじゃないけど。なんか、良いな、とは思った。持ってる空気みたいなのが、綺麗だった。」
途切れ途切れに話す私を見て、
眉を潜めた京ちゃん。
「気持ち悪いって言いたいのは分かるけどね、「それ、気の迷いってやつ」
私の声を遮って、割って入った京ちゃんは、あり得ないというように切り捨てた。
「きっとオーラだよ、オーラ。
芸能人サマしか持ってないオーラを見て麻痺したの、それだけ。」
京ちゃんの声は、いつもより低くて。
なんか、見たことない京ちゃんだと思った。
「うん、分かってるって!
あー、世那いつ来るかな…?」
私の知らない京ちゃんを見るのは、何だか好きじゃない。
この空気を遮らないと、と無理に明るい声を出して、世那を待ちわびた。
「ごめんー、遅れたー」
「花園って本当に極端。来るときは秒まで時間ピッタリだけど、遅れるときは2時間は遅れる。」
「あ、確かに!京ちゃんそこまで見てるんだ。」
遅れた、と謝る気持ちは全くないクールな表情でやって来た世那。
意外や意外、実は世那のフルネームは
花園世那(はなぞの せな)と可愛らしい名前。
「はいそこ、花園って呼ばないー」
そして、花園って呼ばれるのを嫌ってる。
だから京ちゃんは意地悪で呼ぶんだよね。どこの小学4年生男子だよってね!
__________、
「あ、3時だ。ってことは…、もう5時間は話してるんじゃん!」
私の言葉で時間の経過に気づいた2人。
3人で集まるときは、何時間も一緒にいることが多い。
「うそー、そんな経ってたんだ、気づかないわー」
アシメの前髪を揺らしながら驚いた世那と、腕時計で時間をチェックする京ちゃん。
5時間経っても2人はイケメン平常運転中。(1人は女子)
話す内容なんて薄っぺらいのに、どうして一緒にいるんだろう。
居心地が良いのかもしれないなぁ。
京ちゃんがサッカー部だから休みが無いことばっかけど、今日はたまたま休みだったらしいし。
「何でこの3人で一緒にいるんだろうね?」
よく考えれば異色トリオだよ?
顔だけ学校の王子様な京ちゃんと、
カッコいい女子世那と、
フツーの私だよ。
「…しーのだけ、浮いてるねー。」
「やめて世那、わかってるよ!」
それでもまぁ、楽しいし良いや。
「あー、そろそろ見たいテレビあったわー、帰っていーい?」
ラフ過ぎる世那に合わせるのが私達。
「帰るか。」
「はーい、お開きお開き。」
ゴミを軽くまとめて、近くにあったゴミ箱まで持っていった。
よし、しっかり分別できた。
「…………?へーぇ。」
「………っさい。……」
「……私は…………ね。」
帰ってくると、2人はモゴモゴ何か話していた。
「何話してるの?あ、私の悪口か!きゃ、怖い怖い!」
わざとらしく大きな声で言うと、2人は何事も無かったように目を細めて笑ってくれる。
…大好きだなぁって、思う。
「じゃーねー。京。」
「京ちゃんばいばい!」
「またな。」
手をふらふらーっと振りながら去るのが京ちゃんらしい。
「で、世那は私の家でテレビを見る、と?」
「そーいうことー」
うん、こっちも世那らしい。
人の都合は考えない世那様ね。
…親友だから許すけどね。
No,3
「あーやって自然に気ぃつかえるのも好き?へーぇ。」
「……うるっさい。黙れ。」
「……私は、しーのを幸せに出来る人に味方するけどね」
歯車って、動き出した瞬間は気づけないものだね。
月日が経つのはあっという間というか、夏休み限定というか。
いつの間にかもう明日が始業式。
「時間が経つのは早いなぁ。」
……本当に、早い。時間って。
宿題は、何かよく分かんないままパパッと終わらせた。
することと言えば何もないわけだし、時間をもて余してることはもて余してるんだけどね。
誰もいない部屋に1人は、少し寂しい。
私の家柄は色々複雑。
現に、高層ビルの最上階に住んでるけど、この部屋に住むのは私1人。
お母さんもお父さんも、いない。
「生きてるだけ、幸せなのかもね。」
海外で仕事をしてる2人とは、滅多に会うことなんてない。
お金は自由に使っていいと言われているけど、欲しいものなんてないからなぁ。
ピンポーン
「あ、…世那?」
一瞬世那かと思ったけれど、
普通に鳴らすような人じゃない、世那は。
連打するからね、うるさいくらい。
「はーい、」
宅急便かな、何だろう。
「…久しぶり。」
……え、
「え、え?」
完璧に変装してる、彼がいた。
それでも、若干のオーラは隠しきれてない。例えば、メガネごしに見える漆黒の瞳だとか。
「ごめん、入れて、家に。」
「…あ、はい。」
_______状況が掴めないまま彼を家に招き入れることになってしまった。
________、
「…あの、霧谷さん。どうして来たんですか?」
黒い上着を脱ぎ、帽子、マスク、メガネも外してしっかり『霧谷凛』になった彼の目を見ながら聞いた。
「…本当にごめん。邪魔、なのは知ってる。」
自分を責めるような声色に、私は首を横に2回振った。
「大丈夫ですよ。ただ、接点が見当たらないから、不思議で。」
本当に、そう。
彼はアイドルで、私はフツーの女子。
「…接点、ね。」
噛み締めるように言った彼は、
何か思いついたように再び口を開いた。
「作っても良いかな、接点。」
形の良い綺麗な唇から発せられた言葉には、疑問しか生じない、というか。
「えっと、どういうことですか?」
ここに来た理由も聞けていないままだってことに、気づいてはいなかったけど。
「…俺ね、前にここ住んでたの。」
私の部屋の床を指差しながら懐かしむように呟いた彼。
うそ、元々この人が住んでた所に住んでるんだ。
「ここ落ち着くし、居心地良いの。
これから、来ても良い?」
何を、言ってるのかな。
あなたはアイドル。
わたしは一般人。
「正直、やめた方が良いと思います。
雑誌に撮られたらどうするんですか。
違うって言っても、聞いてくれる人はいない世界なんですよ、霧谷さんは」
線引き、しないと。
ここに霧谷くんがいる時点で、夢のような話。
…しかも、少し気になってる人だよ?
京ちゃんには、その思いは違うと言い切られたけど。
私が京ちゃんみたいに、スパッと言い切ったのに、彼は何も思っていないような表情で、
「嫌だ?新村さんは。」
「…え、」
どうして、私の名前知ってるの。
半ばストーカーだよ、とあり得ないことを考えながら、
「…嫌、というか、ファンの人が悲しみます。こんなよく分かんない一般人の所に、自分の好きな人が行ったりしてたら。」
だって、そうだよ。
裏切られる気持ちって、味わいたくない。絶対…。
私がそう言うと、何故か彼が安心したように笑って、
「うん、そうだね。俺も、ファンを悲しませたくない。
でも、新村さんには、会いたい。」
そうやって、微笑むから。
彼をこうして独占出来る時間が、
本当はダメなはずなのに、大切に思えた。
「…なんで、私の名前知ってるんですか。」
「何でかすぐに気づくだろうから、言わない。
でも、俺にとっては大切な名前。
新村詩乃って。」
どうしてか、分かんないけど。
彼の笑顔は、綺麗だった。
彼の口から発せられる私の名前は、初めて特別に綺麗に聞こえた。
「…霧谷さん、「凛でいい「霧谷さ「凛って言って。」
遮られて遮って。
ジーッと見られて、
どうやら私が折れるしかないらしい。
「…凛。」
「なに?」
…なに?って、わざとらしい。
でも、安心できる。
「…何で、ここに来たの?」
「何でだろうね。」
…雑だなぁ。
「あ、コンサートのリハの時間近づいてる。じゃ、帰るね。」
急いで変装を元に戻した彼。
少し、名残惜しいのは気づかないフリ、しないと。
「リハーサル、頑張って。」
「うん、頑張ってくる。またね」
さようなら、じゃない、またね。
やっぱり嬉しいなぁ。
「…またね。」
最後に、眼鏡のレンズ越しに微笑みを残して、去っていってしまった。
静かになった玄関の、ドアの鍵を閉めた。この瞬間はいつも寂しい。
もう、誰も来ないよって、言われてるみたいで。
「…明日の準備しよ。」
次はいつ来るんだろ、……凛。
No,4
根は全然変わってないんだ。やけに真面目だったりするところ。……安心した。
これから私の家に来ちゃダメって言ったのに言いくるめられたなぁ…、もしかして、
私がこう言うってわかってた、とか?
…ないよね、ないない。
時間潰し、暇潰しに付き合うだけ、だから。
「…好きにならないように、しないと。」
私はただの一般人。
彼は人気のアイドル。
何故だか、
来ていいと無言の許可してしまった私の心に残ったのは、
彼にいる数多いファンの人たちへの罪悪感と、
彼に会えるという、期待。
「…おやすみなさい。」
脳裏に、瞼に浮かべた両親の顔は、
あんまり思い出せなくて。
モヤモヤとした何かに包まれている感じが、切なかった。
世那に、会いたい。
京ちゃんに、会いたい。
友達みんなに、会いたい。
凛に、会いたい。
どうか、1人にしないでほしい。
新しい出来事が起きた日は、
どうしようもなく孤独を感じてしまう体質らしい私。
…もう、寝ないとね。
枕元でパステルピンクの時計の針がカチカチ動いている。
_______、
「本校、敬ヶ丘(けいがおか)の生徒は勉学に勤しみ、豊かな心を持って…」
「……なんでこんな長いのー」
男女それぞれの出席番号順に並ぶ始業式だから、横には世那。
花園と新村っていう名字で良かったって1学期のとき話してたのを覚えてる。
どこの学校でも同じなんだろうけど、校長先生の話は気合いが入ってて長い。
それにたいしてイライラしてる様子の世那。うん、気持ちはわかる。
気がつけばもう9月。
あんなに楽しみにしてた夏休みは、あっという間だったなぁ。
「…生徒の皆さん、気を引き締めて頑張っていきましょう!」
あ、校長先生の話が終わった。
慌てて礼を合わせて、顔をあげるとやっぱり皆脱力してるみたい。
_________、
「明日はテストだからな、今日も勉強しておくように。」
先生の言葉が終わったのを合図に、学級委員の「起立」が響く。
「礼」
タイミング良く、今日の授業終了を知らせるチャイムが鳴った。
部活がある人は、そのまま部活へ。
私と世那は帰宅部なので、真っ直ぐ家に帰るけどね。
「しの、ばいばーい!」
「しのちゃんまた明日ー」
「うん、ばいばい!」
友達と挨拶を交わしてから、鞄を持って世那の元へ駆け寄る。
「世那!帰ろ!」
そう言うと、世那も「帰るかー」と伸びをして席を立った。
教室を出ると、やっぱり生徒たちの声で廊下はにぎやかだった。
隣のクラスから、
「京くんサッカー頑張ってー!」
という語尾にハート満載の声に送られながら出てくる木口京、なんていう人がいた。(イケメンって大変だなぁって、笑うしかないよね)
私と世那に気づいた京ちゃんは、苦笑いを浮かべながら、
「め・ん・ど・く・さ・い」
と口パクで伝えながら歩いてきた。
「ドンマイ京ー。敬ヶ丘は京あっての敬ヶ丘ー」
と何ともいえない世那の励ましに、
「知るかよ」
と冷たく返す京ちゃん。
その手には手紙は2通ほど握られていた。
「京ちゃん、今日もなの?」
と、それを指差しながら聞くと、すぐに手紙のことだと気づいたらしく、
「なんか、さっき1年が来て渡された。」
と、また困って笑っていた。
モテる京ちゃんは、気づいたらラブレターを貰ってるレベル。
何か次元が違いすぎるね…。
「私も前にラブレターもらったなー、
女子からー。」
世那のけろっとした衝撃発言。
まぁ、世那を知らずに見たら、中性的なイケメンだから仕方ないのかもしれないけど…。
京ちゃんは、近くの教室の時計を見てそろそろ時間が迫っていると気づいたのか、
「じゃ、サッカー行ってくる。
…あ、今度の土曜試合あるけど、暇なら来たら?」
と早口で言い残して、重そうな荷物を軽々背負いながら走っていった。
「京にしても部活あるやつは大変だなー。テスト明日だってのにー。」
「確かにね」と世那に共感しながら、再び歩き始めた私達。
明日のテストはこれまでの範囲内から出題されるから、部活は休みにならない。
本当に、大変だよね。
「テストかぁ…。」
私のぼんやりとした一言で、察したらしい世那は、私の頭を2回ポンポンと軽く叩いてから、
「…しーのは良いんだよ、気抜いてテスト受ければ。」
と、言ってくれた。
その優しい言葉に、心が温まるのを感じた。
…、もう、頑張らなくて、良いんだよね。
「そうだ、さっき京ちゃんが言ってた試合!一緒に行こ!」
「仕方なく行ってやるかー」
何てことない話をしながら、昇降口まで降りると、
「花園先輩と新村先輩だ…」
「かっこいい、かわいい…」
1年生たちのよく分からないざわめきに包まれる。
同学年の人にもたまに同じ扱いをされるけど、1年生が入ってきてからはより意識されるようになった。
「なんだろうね、イケメンとフツーが歩くとこうなるもの?」
「んー、どうだろ、しーのも可愛い部類なのかー?」
「真面目に違うと思うけどね。」
ざわめきって言ったら、確かクレイとか、凛とか…。
「…なに、ボーっとしてんのー?靴はいて帰るぞー」
靴を持ったまま立った状態だった私は、我にかえって慌てて靴をはいた。
「ごめんごめん、帰ろ!」
No,5 普段の何気ないことで思いだしてる、凛のこと。
とある1年生side
花園先輩と新村先輩を囲むようにしている1年生の一番端にいる私は、特に目立つことのない1年です。
敬ヶ丘に入学して気づいたのは、2年生の木口先輩、花園先輩、新村先輩の3人は人気があるということ。
木口先輩は誰もが知るイケメン。
圧倒的美形で、サッカー部のエースだって聞いたことがある。
花園先輩は女子なのにイケメン度合いがおかしい。
気を許した人以外に冷たいらしく、校内でまともに話せるのは新村先輩と木口先輩、数人の女子程度らしい。
そして、新村先輩。
新村先輩も顔は整っているけれど、圧倒的美人かといえばそうでもない…、
あ、私ごときがそんなこといってごめんなさい。
それでも、纏うオーラが独特で綺麗。
噂によると、新村先輩に告白しようとする人は、花園先輩&木口先輩フィルターによって告白できないらしい。
要は、2人の王子様に守られるお姫様みたいな…?
とにかく、この高校で知らない人なんて多分いないはず。
本当に凄い人達ですよね…。
とある1年生side 終
「世那ばいばーい、また明日!」
「また明日ー」
世那の間延びした声が響いた。
最寄りの駅を挟んだこっち側のマンションは私、
向こう側のマンションには世那が住んでる。
普通に来たら10分か15分くらいかかる距離だから、絶妙に微妙な距離感。
それでも帰る方向は同じだから、世那と一緒に帰って、途中で私のマンションがあるから、そこで別れる。
この辺りでも綺麗なマンションなんだと思う、私の住む所は。
お金はあるから、最上階にもなっちゃうし。
っていっても、13階だけどね。
マンションの最上階だとか、
美味しいものを食べるとか、
そんなものじゃなくて良いから、
お母さんとお父さんの顔をハッキリ思い出したい。
まるで、繋がりがないみたいで嫌。
独りみたいで、嫌。
エレベーターに乗り込んで、すぐに13階に着いた。
さすが、文明の力だね、エレベーターが壊れたら階段だよ?本当に助かってるなぁ。
と、誰かと共有するわけでもない独り言は脳内で消え去った。
13階の突き当たりの部屋が、私の家。
……待って、部屋の前に誰かいる。
嘘でしょ、空き巣?ストーカー?
でも待って、世那とか京ちゃんじゃないんだし、ましてやアイドルでもない私にストーカーなんてあり得ないよね…。
……アイドル?
あれ、アイドルの知り合いがいたような。しかも、また来るって言ってた人が…。
________、
「………ごめん、あんな不審に見えるとは思ってなかった。」
やっぱり、いたのは凛だった。
どうやら私の元へ来たはいいけど私は帰ってきてなくて、
それで待っていたらしい。
「びっくりしたよ、本当に、怖かったぁ…」
わざとらしくそう言いながら、
冷たいお茶をグラスに注いで「どうぞ」と手渡した。
「ありがとう」と言って、ごくごく飲み始めた凛の様子から、
結構待ってたんだな、と悟った。
…喉仏が動くのが見えて、何だか恥ずかしくなったけど。
「…でも、何で?ここにずっといられる訳じゃないでしょ、テレビに出る人なんだから。
どうして、ここに来るの?」
核心に迫ったのかもしれない。
でも、疑問は払拭させてほしい。
「ん?あぁ、こっちでずっと撮影してるの、映画。
前にロケしてたのは、クレイの単独番組で、映画ロケ地を観光してた。」
…そうだったんだ。
確かに、最近よく撮影をする機材を運んでる人とかトラックをよく見かけるし、有名な俳優さんが来てるっていう話も聞いたような…。
「…ごめんね、そういうの疎くて。」
「大丈夫、こっちが部屋にお邪魔してる身だから。」
よくよく考えれば、確かにそうだった。ここが落ち着くから来るって、休憩スペースなのかって話だけどね。
「不思議だな、芸能人が私の部屋にいるって。何で、凛なら良いかなって思ったんだろうね。」
勉強道具をリビングの机の上に出しながら、軽く笑ってそう話した。
「…うん、ありがとう」
突如、お礼を言われて戸惑ったけれど、部屋に入れてくれてありがとう、って意味なんだと察して、小さく頷いておいた。
「制服着替えてくるから、テレビとか見てていいよ。」
自分の部屋に行って、さすがにパジャマは着れないから、ラフな私服に着替えた。
全身鏡を見て、自分自身に問いかける。
「…どうしてだろう」
昨日の今日で、凛が部屋にいる。
普通に、おかしな話だよね。
「…え、くつろいで良いのに!」
部屋から戻ると、凛はソファに良い姿勢で座ってるだけ。
「…いや、何もしなくても、落ち着くから」
「そうなんだ、…あ、そういえば、凛って何歳?」
そう聞きながら、勉強を始めようと、凛の座るソファの向かいにあるガラステーブルの近くで座った。
視線を斜め後ろにいる凛に向けていると、
「17。高校に行ってたら高2。」
「うそ、歳上じゃないんだ!」
1つか2つ歳上くらいだと思っていたら、まさかの同い年。
「ここに住んでたから、普通だったらこの辺りの高校に行ってたはず」
そう言って、どこか寂しげな表情をするから、
「地元が近いなら、私達会ってたかもしれないね、凛がまだ一般の人だったときとか!」
ただの冗談で言っただけだった。
笑って、「そうかもね」って言ってもらう予定だった冗談。
だけど、
彼は寂しそうな顔を、無理矢理笑顔にするだけだった。
「…会ってるかも、しれないよ?」
心臓が、どきりと音をたてた。
彼の言い方は、彼の表情はまるで、
「気づいていないの」と、静かに私を責めるみたいな。
それでいて、儚い尊さを含んでいた。
思わず、シャーペンを握ろうとした手に、力が入らなくなってしまった。
不思議な時間が流れる、たった一瞬のこと。
「…会ったこと、あるの?」
たとえば、たとえば。
彼がこの部屋に住んでいた間だとしたら、
彼は、過去の私を知っていることになる。
返事がない彼を見て、もう一度聞いた。
「…私のことも、知ってる?」
若干の震えを帯びた声で話してしまったから、彼の瞳に力が入ったのがわかる。
気づいた、気づいてしまった。
知ってるんだ、私のこと。
それは、あの意味を指す。
「…神童。小学校から中2まで、ずっと県内で1番の成績。
全国でも、トップに入ったことのある…。」
彼の言葉に、
手どころか、全身の力も抜けていった。
「……だめだよね、だって、プレッシャーに弱くて、中2の最後で成績が落ちぶれて……、親にも見放された」
とらなくてはならない1番の称号を、とれない自分になってしまった。
そうなったら、もう、終わり。
「知ってる人、いないと思ってた。
だってここ、2つ隣の市だよ。」
ここは、元々いた場所からは離れている場所。受験こそできるものの、あの中学校から入る人は毎年少ない。
数少ない受験者の中に、
私と、世那と、京ちゃんは含まれてる。
「その中学に、知り合いいたから。
1回だけ会ったことあるよ、俺と新村さん。」
思いだそうとしても思い出せない。
「覚えてないよ、新村さんは。
でも、あの頃に出会ってなかったら、俺は新村さんを覚えてない。」
「…ごめんね、凛。もう昔のことは少ししか覚えてなくて。…記憶がね、
「言わなくていいよ、分かってる。」
分かってるから、とポーカーフェイスを崩して、下唇を噛んだ凛。
過去のことを思い出すのは、
現在(いま)の私を受け入れること。
そして、未来の私にとっての試練。
今は、そんなことできない。
そんな強いこと、できない。
肩が小刻みに震え出すのを感じた。
ずっと、ずっと、無かったことにしてた。
プレッシャーに押し潰されて、
昨日まで解けていた問題すら、解けない。
だんだん字すら読めなくなる。
ゲシュタルト崩壊ってやつかな、
もう頭がパニックで。
帰ってきて、それを伝えたら、
頬を思いっきり叩かれた。
『1番にもなれないあなたはいらない存在なのよ』
私の存在価値は、1番を取ることでしかない。
その1番を失ったら…、?
成績トップで、その地区では神童って言われてた私には、
その答えは簡単に分かった。
もう、存在価値は無いってこと。
私の存在する理由は、ない。
…過去に囚われて、またあの日のようにパニックを起こしかけたとき、
ふわっと香る、爽やかな香水の匂いと共に、
温かさに、包まれた。
抱き締められてる。
それはすぐに理解してしまうもので。
彼の腕が、控えめに私の背中に回っている。
私がここにいるのを確かめるみたいに、優しく抱き締めてる。
「…昔のこと思い出させて、ごめん。
俺が、ここに来た理由
新村さんが辛いとき、そばにいたいと思ったからだよ。」
あやすように、
私の背中を、優しくトントン叩いてくれる。
彼の左肩に顔を埋めて、
人が側にいることを、しっかり感じた。
「新村さん、ずっとひとりだった。
誰か支えてあげれば良いのにって思ってたけど、誰も側にいなかった。
だったら、俺が側にいる。
アイドル、一般人、そんなのどうだっていい。
アイドルを辞めろって言われるなら辞めたっていい。
大切な友達に気を使って本音を言えないなら、
大切じゃない俺に全部話せばいい。」
だから、だから、と
必死に私を支えようとする彼が、
温かくて、仕方がない。
抱き締めるのをやめて、
私の肩を持って、ぐいっと自分の前に私の場所はここだ、というように固定した彼。
どうしたんだろう、と思った矢先、
「新村さんの側にいさせてほしい。」
と、私の目を見ながら、どこかの声優さんかと耳を疑うような綺麗な声で言った。
こんなに嬉しいお願い、
今までの人生で聞いたことがない。
「…飽きたらやめてくれて良いからね。」
たった一言、呟いただけなのに、
目をぎゅーっと細めて、唇をきゅっとあげて、綺麗に綺麗に微笑むから、
この人、好きだと思った。
もちろんlikeではあるけど、それでも好きなのには違いない。
No,6
俺のことすぐ思い出してくれるって自惚れてた。
記憶が飛ぶくらいのストレスを中2で味わうって、どれほど辛いんだろう。
それからは、3日に1度くらいのゆるゆるなペースで凛が会いにきた。
映画の撮影、しかも主演を務めあげながら、
ここから4駅ほど離れた場所にある大きな会場で今度コンサートがあることを知った。
そのコンサートはツアーで、
世間一般が夏休みに入る1週間前にスタートして、11月中盤まで色んな都市の会場を回るってことも、教えてくれた。
……安らげる瞬間があることも、教えてくれた。
今日かな、今日かな、と待っているときにチャイムが鳴り響くことだったり、
ドアを開けた瞬間に見える、
「ただいま」っていう、甘い、淡い微笑みだったり。
凄く疲れてるはずなのに、
たくさん、お話してくれるところだったり。
『忙しいよね、ありがと、でも帰ってもいいよ!』
と、本当は帰ってほしくなかったけど、重荷にはなりたくないから無理矢理笑って告げても、
『俺の我が儘に付き合ってくれてるのは新村さんだよ。
新村さんが嫌なら…、帰るけど。』
と、全てを見透かしたように、返されるから、
中学生の頃は、得意だったはずの
<我慢>という名の嘘のつき方が思い出せなくなる。
_______、凛と会うようになって、3週間が過ぎた。
凛の2回目の訪問の次の日にあったテストでは、思いの外緊張が無くて、
ずっと順位は中の下をキープしていた私だけど、まさかの一桁になった。
中学生の頃は1位しか取れない環境だったから落ちるまでは1位だったけど、高校ではそんな順位は一切取ったことがなくて。
職員室中騒ぎになってしまい、
授業態度諸々からカンニングは疑われなくてホッとしたけど、
「新村、お前やれば出来るんだな!」
という先生たちの視線は今も浴びてる。
良い先生に恵まれたせいかな。
中学生の頃みたいな妙な圧は感じないし、凄く自分的に楽。
「頭良いんなら早くそう言ってよー、宿題の答え写したのにー」
「はい、だめ!宿題だからってカンニングは許しません!ぼっしゅー!」
私のノートをわざとらしくコソコソ持っていこうとする友達と冗談を言い合えるくらい、ラフに生活できてる。
普通の幸せの心地良さに浸っていた日の帰り道、
_____驚くべき事実を目の当たりにして、呆然としてしまった。
(さっきのレスの
『帰り道』は間違いで、『放課後』が正しいです)
「おー、霧谷じゃんー、ここのストーカーしてるのー?」
「………は?待って、何で来てんの、ここ新村さんの家だよな…?」
「当たり前じゃんー、正真正銘、
私、花園世那の親友、しーのの部屋ー
るーるる、るるる、るーるるっ」
待って待って、私普段ツッコミじゃないけど、ツッコミ所満載すぎてどうするべきか分かんないよ!?
_________遡ること30秒ちょい前
私の家にチャイムが鳴って、
わー、凛が来た、とバタバタ玄関から出たところ
そこにいたのは見慣れたイケメン2人(内1人女子)。
共通点が見当たらない、
強いていうなら外見が麗しいことくらいしか…!(言い方がおかしいのは置いといてね)
そして、今から玄関前で爆弾発言が繰り返されます。
「てか久しぶりー、あ、夏休みのとき会ったか、この辺でロケしてたやつー」
「…幼馴染みに会うとは、さすがに思ってなかったけど。」
「しけた顔してるー、この家教えたのも私なのにー、
『あのときの新村詩乃が別人になってるから会いにいけばー?』ってねー」
な・ん・で・す・と……?
世那と凛は幼馴染み。
で、この家に私が住んでることを凛に教えたのは世那。
頭が混乱してわかんないことになってる。
とりあえず今理解したのは、2人とも顔面麗しいってことかな…(頭の中軽いパニック)
「と、とりあえず部屋入ってください…。」
2人を招き入れながらも、
頭の中をぐるぐるするはてなマーク。
うーん、この展開は予想してなかったなぁ…。
No,7
驚いたけど、逆に考えれば大好きな人達と1度に話せるんだよね?
この上ない幸せだ。京ちゃんも呼びたい…。
< 人物紹介 >
新村詩乃 Sino-nimura
高2女子。
小中は『神童』と呼ばれるほどの天才で、成績は常に1番。
お金持ちの家庭に生まれ、兄弟はおらず、一心に降りかかるプレッシャーに耐えきれず順位が落ちこぼれたことから、親に見放された。
現在は凛のおかげで、少しずつトラウマと向き合っている。
親は仕事のために海外に住んでいるので、1人暮らしをしている。
・運動神経はわりと良い方
・独特の雰囲気
・過去と今とで性格が真逆のため、若干二重人格
・鈍感ではなく鋭いと自身では思っているけど、恋に関してはどあほ。
・何か出来なかったとき、心の中で自分を正当化しようとする癖がある。
・昔の反動から、口調をわざと馬鹿っぽくしたりする。
花園世那 Sena-hanazono
高2女子。
には見えないほどのイケメン。凛とは生まれた頃からの幼馴染み。
小学生の頃は可愛らしかったが、凛に負けたくない、と中1からイケメンにイメチェン。
運動神経は女子の中で1番良いが、テストの成績は最低ライン。
中2の最後で詩乃が落ちぶれたとき、
『この人も人間だったんだー』と親近感がわいて話しかけた。
・間延びした口調が特徴的。
・本音を出さないタイプだが、基本的に人には冷たい。
・実は負けず嫌い。
木口京 Kyo-kiguchi
高2男子。
学年・学校の王子様。
スポーツは余裕、勉強も余裕。人をイラつかせるような良い才能ばかり持っている。
クールぶってるけど実はそんなわけでもない。サッカー部に入ったのも『モテるかな』という軽い気持ちで入ったら、それどころじゃないくらいモテた。
中学生のときは、詩乃を
『頭良くて怖い人』と思っていたので、高校に入って明るめのテンションで話しかけられたときは少しびっくりした。
・顔面レベルがやたら高い。
・軽くやってるつもりのサッカーで、エースになった時は申し訳なくて眠れなくなった。
・素は軽く天然。
霧谷凛 Rin-kiriya
17歳。
男性アイドルグループ『クレイ』のセンター。
高校には行っていないが、クレイ専属の家庭教師に勉強を教えてもらっている。
ミステリアスだが、近寄りやすい雰囲気を纏っている。
今以前のある時に詩乃と出会っている。
・黒髪と漆黒の瞳が麗しい。
(詩乃によると)
・ピアノが弾ける。
・外見に反して、細かいことは気にしない、という大雑把な性格。
________、
「じゃあさ、じゃあさ、私と凛が出会ったのは世那が仕組んだからなの?」
出会う、なんて言い方は変に恥ずかしいけど、実際そういうわけだもんね。
慣れたようにソファの真ん中でダラダラくつろぐ世那と、
地べたで小さく座る凛。
……、おかしいな、あの人アイドルだよね。
普通に座っても良いよ視線ビームを送ると、ハッと気づいたように、
少しだけリラックスした状態に座り直した。……うん、世那にはある意味足下及ばないけどね。
「そういうことだわー。中学のあのとき霧谷がさぁ、しーののこと気になっ「花園って、2言余計に加えないと話せないの?」
うーん、遮り案件は最近多発してるような…、デジャヴ。
世那が微妙に笑ってるので、そんなに楽しい話でもないと予想。
第一、凛があんなに冷たく言葉を遮るなんて、まだまだ世の中知らないことばっかだなぁ。
「…まぁいいや。2人が幼馴染みってことには驚いたけど仲良い人たちが知り合いなのはなんか嬉しいからね!」
うん、この嬉しさ分かってくれる人いるじゃないかな。
ニッコニコしながら(私笑うの下手だと思うけど)そう言うと、
世那は「おうー」と軽く言いながら、退屈したのかテレビのリモコンを手に取っていた。
凛は…、というと、
固まっていた。
「…え?なに、地べたアレルギーだった?」
我ながらナイス馬鹿ボケが出来たんじゃないかな、と心の中で自画自賛していると、
「俺と新村さんって…仲良い人?」
え…、そこ?
と、こっちも固まるような場所に疑問を抱いていたらしい彼。
なるほど、さっき言った言葉か。
って、あれ、もしかして…、
「…私と凛、仲良くないのか……。」
てっきり、仲良いとばかり思ってた。
楽しく話せるし、一緒にいる空間は居心地が良いし。
そう思ってたのは私だけ?
うそ、相当な自惚れじゃん、勘違いじゃん、恥ずかしいやつだよ!
「違う!そうじゃないよ、そうじゃなくて、仲良い人にしてもらえて嬉しいだけだから…。」
本当に?というように視線を向けると、微笑みながら頷いて、その動きのまま下を向いた。
黒くて、サラサラの綺麗な髪が目にかかりながらも、うつむいている凛。
ポーカーフェイスの凛が、声を大きめに出して否定してくれるのが嬉しかった。
私だけの、勘違いじゃないのが嬉しかった。
心なしか頬が薄く赤くなっているように見えて、よくわかんないけどきっと
これが愛しいって感情なんだと、理解できた。
「私たち、仲良いね?」
「うん、仲良い。」
ちっちゃい子がする、友達の確認みたいな、ちっちゃなこと。
それでも、心が大きく大きくふわふわするような気持ちになれた。
「おーい、霧谷ー、しーのは私のだから取るのは無しねー?」
と、いつの間にか冷蔵庫へ行っておやつのプリンを取ってきたらしい世那が、ふらふらーっと戻ってきた。
「はい、しーの。あげるー。
………この家にあったやつだけど。」
「それじゃ持ってきただけじゃん。
うん、プリンは嬉しいから良いけどね、ありがと!」
そう言ってから、ぺりぺりっと蓋を剥がしてプリンを一口食べる。
「…今日もプリンはおいしい。」
一言呟くだけで、世那と凛が笑ってくれる。
すごい、あたたかい。
「世那世那!今度は京ちゃんも連れてこよう!」
私が2口目を口に放り込んだ後に、そんなことを言うと、
世那は何やら凛の方向を向いて、一瞬笑ったあと、
「いいね、京も連れてこよー。」
とだけ言って、テレビ番組に集中し直していた。
「…京って誰?」
少しだけ眉をひきつらせながら、怪訝な顔で私に問いかけてきた凛。
いまだに床、といってもマットは敷いているけど、そこに座りながら上目使いになるような視線を向けてくる。
…女装したら1位確定だ。
「京ちゃんはね、親友。サッカーやってるから暇なとき少ないんだよね。」
「…そうなんだ。」
会話終了。何だろう、こういうとき話す内容思いつかないからコミュ力無いんだよね…。
伊達に中2まで友達いなかったわけじゃないし。(言いつつ悲しい)
「…あ、凛!京ちゃんね、サッカー部のエースで試合中何回もシュート決めるんだよ。
クレイのエースとサッカー部のエース、話合うと思う!」
それに、何てたって2人とも人の目をひく美形。苦労、苦悩、わかりあえるんじゃないかな。
…と、いう、京ちゃんを使っての強引な会話。
「…そっか。話せる機会があったら話したい。聞きたいこともできたし。」
…うん、そっか。美形にしかわかんない話だろうから聞かないでおこう。
「…それで、さ。明後日暇?」
唐突にふられた話に一瞬首をかしげてから、近くにあったカレンダーを見ると、それは今週の土曜日らしい。
「うん。暇すぎる日だよ。どうかしたの?」
「…暇つぶしに、コンサート、とか来る?ここの会場の、ファイナルだから。」
おずおずとガラステーブルに出されたコンサートチケット2枚。
…え、嘘でしょ!?
前にニュースでやってたよ、
『クレイのコンサートチケットの倍率が高すぎて、ファンクラブに入っててもなかなか取れない』って!
「いや、いやいや!ファンの人でも取れるか取れないかのチケットを、こんな形でもらうのは気が引ける!」
私が必死に遠慮しても、凛はけろっとした様子で、
「メンバーも友達とか家族にはあげてるよ。俺、友達そんなにいないから。」
なんて言って「ぼっちだよ、ぼっち」と、悪戯っ子のように舌を出して笑っているのを見て、
ただ純粋に、この人のアイドル姿を見たいな、って思った。
「私、だめだなぁ。罪悪感はあるのに、結局凛の言うことに従っちゃう。」
そういって、チケットを2枚受け取って、テレビに熱中している世那に1枚渡しておいた。
私の言葉と行動が嬉しかったのか、
凛は私を見て、微笑んでいた。
「だめじゃないよ、俺が良いっていってんだから。
俺の言う通りにしてたらいい。」
凛は、新手の俺様かな。
ふわふわしててつかみどころのないミステリアスなのに、
結局従ってしまう。
「うん、ありがとう。」
「…どういたしまして。じゃあ俺、帰る。」
そう言うと、
スタスタと玄関まで歩いていった。
そのあとを着いていって、
「いってらっしゃーい」と、冗談めかしく言ってみる。
「行ってきます。」
凛は、そう小さく呟いたあと、
私の前髪をサラサラ、と撫でた。
そして、
「明後日、待ってる」
とだけ言って、微笑みを残したまま出ていった。
No,8
京ってやつと一緒に来るとかはやめろよ、花園にチケット渡してたから大丈夫だろうけど…。
「…えぇぇぇぇッ、世那ダメなの!?嘘でしょ、アイドルのコンサートに、ましてや初めてなのに1人!?」
はい、みなさんこんにちは。
明日楽しみだね、と何気なく世那に言ったところ「あー、明日用事あったからいけねーんだわー、ごめんなー?」とサラッと言われて叫んでいます、新村詩乃、お昼の時間ですが、メロンパンが喉を通りません。
「しの、アイドルのコンサート行くの?」
「えー、どのグループ?」
と、話しかけてくれたのは瑠璃ちゃんと、あきなちゃん。
派手目なグループの人だけど、話しやすくてリーダーシップもあるから本当に羨ましい…。
「なんかね、クレイ」
「……うっそぉーー!?まじでっ?超良いじゃん、やったね!」
「クレイのコンサート行けるとかパリピやんね、感想聞かせるの決定な?」
瑠璃ちゃん、あきなちゃんの順番に喋って、「楽しんできてねー」と嵐のように去っていった。
世那はそんな2人は苦手なタイプらしいので、1人でお弁当を黙々と食べてたけどね。
「うん、楽しんでくるー!
……で、どうしよう、1人は流石に無理だよ。んー、あ、京ちゃんとか?」
ひらめいたよ、ひらめいちゃったよ。
「それなら、メロンパンさっさと食べて、京に頼みにいってきなー?」
と、口いっぱいに食べ物を頬張りながら、顎でくいっと私の手に握られているメロンパンを指した。
残り半分メロンパン。
「これ食べて京ちゃんに頼む!
よし、世那チケットスタンバイ!」
「はいー」
と、片手でファイルをガサガサしながら出して、机に昨日渡したチケットを置いていた。
「ありがと世那!」
とメロンパンを超高速で飲み込み、
しゅたっと隣のクラスまで走っていった。
ちなみに足はわりと速いほうです、今年も体育大会のリレー選抜メンバーに選ばれそうですね(自慢)
帰りはさっさとサッカーに行っちゃうからな、京ちゃん。今の内に言っとかないと。
「…京ちゃん!」
隣のクラスの後ろのドアから顔を覗いて、男子たちと面白そうに話しながらお弁当を食べてる京ちゃんを呼んだ。
「新村ちゃんじゃん、いいなー、彼女いいなー。」
「違うって、うるせぇな。」
私を見るなり、冷やかされながらもこっちへ来てくれた京ちゃん。
何だかんだいって、優しいよなぁ。
「京ちゃん、明日もサッカーある?」
「サッカーなら普通にあるけど。」
不思議そうな顔をしながら、ドアの所に寄りかかってる京ちゃん。
「…そういえばサッカーって忙しいんだった。やっぱ何でもない!」
と言って帰ろうとするのを、
「いや、よく分かんねぇから何のために来たかだけ言って」
と、手首を掴まれて止められた。
この事で京ちゃんのクラスからはざわめきが起き出す始末。何か目立たせてしまったことへの罪悪感…。
「世那とね、アイドルのコンサート行きたかったんだけど、用事があるらしくて。それで京ちゃん誘えないかなって思ったんだけど、流石にね!」
よく考えれば、男性アイドルのコンサートに男子って、ちょっと躊躇う部分あるよね。
京ちゃんの方を見ると、
うーん、と悩んでいた。
「それって、男のアイドルだよな」
「うん、クレイってグループ。」
そう言うと、京ちゃんはどうやら驚いたみたいで、
「詩乃って、そういうアイドルとか好きだった?」
と、不思議そうに聞かれてしまった。
そりゃそうだよね。
神童だとか言われてる時の私を知ってる人からしたら、変な感じだよね。
京ちゃんに小さくこっちこっち、と耳を貸すように頼んで少しかかんでもらって、
「…あのね、クレイのメンバーの1人と友達なの、それで来てって言われたから。」
と、京ちゃんの耳元で小さく伝えた。
私が京ちゃんの様子をうかがうように見ると、案の定固まっていた。
「…まじ?」
「まじです。」
心底驚いた様子の京ちゃんは、少し考えたあと、
「明日、行く。サッカーは1回くらい休んで俺の大切さを知ってもらう良い機会にする。」
と、面白そうに笑っていた。
こういう言葉にも京ちゃんの優しさが出てる。
休むのはお前のせいじゃなくて、俺がそうしたかったからだ、って言ってくれるみたいな。
「ありがとう、京ちゃん。これチケット。明日9時に駅で待ち合わせね!」
ばいばーい、と手を振って教室に戻ろうとすると、
小さく右手をあげて、これまた小さく笑っていた。
『私の思い』 世那side
チケットを手に持って、隣のクラスに走っていくしーのを見て、考えた。
私が何でしーのの側にいるかって言ったら、しーのが幸せになってほしいから。
中学生のころ、
神童、神童って周りから言われて、凄い凄いと遠巻きに言われていたしーのを見て、いつも
『私の嫌いなタイプだ』と思っていた。
私みたいに人に冷たく当たりもしない、まるで人に関心がないんですよ、っていうような目が凄いうざかった。
だけど中2のある日、
しーのの人生において最悪の出来事が起きた。
県内や全国でも通用するくらいの成績のしーのが、学校のテストで下から数えられるほどの順位を取った。
これには皆驚きで、
ずっと凄い凄い言っていた周りの人間も『調子にのっていたから』だと悪口を言い、
教師全員の期待の新村詩乃が落ちこぼれたことで、教師にも『ちゃんと勉強はしたのか』と注意され、
これは後で本人に聞いた話だけど、
ついには、家族にも見放されたらしい。
何で、何で1度のことでって思うけど、それくらい新村詩乃って人間は凄かったんだ。
それからは前みたいな、しゃんとした態度ではなく、生きてるか分からないように生きていた。
1週間くらい、しーのの様子をうかがっていた私。
確か、あれは金曜日だった。
宿題のプリントを教室に忘れてて、帰り道で気づいて学校に引き返してきたとき。
その年の担任は宿題に煩い先生だったから、めんどくさいなと思いながら靴下のまま教室へ行った。
そうしたら、
あの新村詩乃が、泣いているところを見てしまった。
いつも、真っ直ぐの姿勢で黒板を見据えていたのに、気力がないみたいに肘を机について、顔を隠すように泣いていた。
どうしていいか、わからなかった。
大丈夫?どうしたのって声をかけるようなタイプじゃないし、
無視していくのも、流石にそこまでの冷たさは持ち合わせてないし。
このとき、何であんなことしたかはよく覚えてないけど、
しーのの近くまでいって、
顔を隠すようにしていた手にハンカチを握らせた。
当然驚いて固まっていたから、
『新村も人間だったんだー、親近感わいたわー』
と、軽く喋りかけた。
話すときの語尾を伸ばす口調は私が人への距離があるという、線引きの印。
でも、真面目なときには似合わないから、
『泣いたら?
あんたも人間なんだよ。勉強するだけの、ロボットじゃないんだから。』
たった、その言葉だけなのに、
酷く嬉しかったらしいしーのは、
『…ありがとうございます。花園さん。』
と、慣れていない、ぎこちない笑顔のまま泣いていた。
そのとき思った。
周りの人間も、私も勘違いしてたんだ。
この人は、友達を知らない環境で生きてきたから、あんな態度だったんだ。
勉強、勉強と言われ続ける世界って、どんなにキツいんだろう。
努力に努力を積み重ねてきたのに、
一瞬で崩れるのって、
どれだけ精神に響くんだろう。
『友達になろう、新村さん。』
気づいたらそんなこと言ってて、
気づいたらしーのは頷いてた。
このときに、強く思った。
私が、新村さんの友達として、彼女が幸せになれるようにしてあげないとって。
思えば、
このときからしーのに軽い依存をしてるんだと思う。
依存でも、何でもいい。
私にとっても、親友っていえるような存在が出来たのは、初めてだった。
だから、しーのに好意を持って寄ってくる男子は私が遠ざけた。
しーのには、釣り合わないと思うから。
高校に入ってからしーのに寄ってきたのは、美形だった。
しかも話しやすいし、優しい感じだし、しーのも楽しそうだった。
こいつだなって思った。
しーのを幸せにできるのは、こいつしかいないなって思った。
そいつが、木口京。
だけど最近、
私の幼馴染みの霧谷もしーのを気に入ってるらしくて。
霧谷も案外良いやつだから、どうしようもなくなってた。
きっと、コンサートの話を聞いたら、京は行くと言うって確信がある。
そうしたら明日、きっと何かが変わるんじゃないかって思う。
んー?明日用事があるって言ったのは、嘘じゃないかってー?
…さぁー、どうだろうねー?
世那side 終
クレイの団扇を持った、カラフルな服を着た可愛い女の人たちで賑わう駅。
会場じゃないのにこの賑わいようは何なんだろう、
クレイってそんな凄いのか…。
ただいまの時刻は8:55。
9時に待ち合わせをしている京ちゃん、確かにあの柱のところでかっこよく立って待ってます。
…ただ、
ファンの方々の大群が、京ちゃんに話しかけたり、連絡先交換を迫ったりしております。
「お兄サン、かっこいーね?」
「連絡先教えて?」
それはもう、思いっきり聞かれてる。
どうしよう、今私が出ていったら確実に京ちゃん恥かくよね。
『え…、このお兄サン、こんなのと一緒にいるの?』
『マジ幻滅…』
あぁあ、ダメだよね…、
明らかに困っている様子の京ちゃんを、ひっそりともう一方の柱に隠れて見ていると、
京ちゃんがキョロキョロ何かを探し始めた。
…キョロキョロ、キョロキョロ、
ジーッ、
「…詩乃さぁ、こっち来いよ。」
と、確実に飽きれ顔で私を見ながら手招きしてる。
私が自意識過剰じゃなければ、周りの女の人はこっち見てる…。
とりあえず、どうにでもなれ、と京ちゃんの元へ駆け寄っていった。
すぐさま、彼に私の肩をぎゅっと抱かれた。彼女にするみたいなやつだ、こんなのされる日があったとは、
「おねーさん、ごめんね?俺の彼女、ここにいるから。
俺の連絡先知ってる女は、こいつだけでいーの。」
嘘臭い爽やかな笑顔を浮かべて、
女の人たちを撃退した京ちゃん。
ここまでの嘘なら清々しいね。
「流石だね!京ちゃん、ラスボス倒せるなんてスライム京ちゃんにしてはなかなかの、
「あ?スライム?なに、詩乃がいつまでたっても来ねぇなって待ってたらヤバいのに絡まれた可哀想な俺がスライム?」
…あ、はい、
確実に怒ってますね、うん。
いつもなら笑ってくれる冗談で笑ってくれない!それくらいのことしたんだろうなって思うから、こういうときは素直に
「ごめんなさい。」
と、謝った方が良い。
「京ちゃん、凄い話しかけられてたから、私が行ったら『コイツなんかといるの?』ってなるでしょ、だから行けなくて。」
若干早口で話したところ、京ちゃんに盛大にため息をつかれた。
「俺、あんな人たちにどう思われても何でもいい。
だからそうやって言い訳すんなよ、あの人たちが怖かった?」
私を慰めるみたいに優しく聞いてくるから、あぁ見抜かれてるなって思った。
私の悪い癖、それらしい言い訳を考えて自分を正当化してしまうところ。
本当にダメだなって思うけど、
昔からの癖だから…、あ、また言い訳してる。
「詩乃の短所くらい、別に分かってる。言い訳も全部見抜いてるし。」
嘘つくなよ、
と微笑まれると、何にもいえなくなる。
……どうしてだろう。
凛といるときは、嘘なんてつかなかったし、本当の私でいれた。
京ちゃんの前だと、どうしてこうも嘘をついてしまうんだろう。
何が、
相手を大切に思っている証拠かわからなくなる。
「……ありがとう、」
「じゃあ電車乗るか、もう切符買っといたから、はい。」
と、要領の良い彼は切符をもう買ってくれていたようで。
手渡されてみると、お金を払っていないことに気がついた。
「あ!ごめん、お金払う!何円だった?」
「何、何か言った?ごめん、俺お金の話はよく聞こえないー」
人混みの中、手首をぎゅっと掴まれて早歩きで進む私。
わざとらしく「聞こえないー」と言ってふざけて笑う京ちゃん。
彼は、こんな些細なことも優しい。
お金は払わせないってどんなかっこいい人だよ、って不意に思う。
「…京ちゃん!ありがとう!」
人混みのうるささの中で懸命に伝えるよう叫んだ。
人を避けながら歩くのは大変だけど、
「…どういたしまして。」
小さく呟いたはずの彼の言葉が、耳に届いてしまうのは何でだろう。
___________、
会場に着いて、とりあえず私達の溢した言葉は、
「「…人多ッ」」
多いってわかってたよ、超人気グループのコンサートなんだからファンは多いって分かってたけど、
「進むの大変だなぁ」
と、言わずにはいられない。
楽しみだから頑張るけどね…。
京ちゃんの持つ地図と、京ちゃんに頼りながら進み出したその時、
…ピンポンパンポン
「迷子かなぁ」
「なんだろうね」
突如鳴り始めた放送の始まりの合図への若干のざわめき。
『…新村詩乃さま、新村詩乃さま。お伝えしたいことがございます。
お連れ様と共に、2階事務室へお越しください。
もう一度繰り返します。…新村…』
驚きの放送に、思わず顔を見合わせた私達。
私に伝えることって、何…?
もしかして、
凛なのかな。
私に心当たりがあることを気づいたらしい京ちゃんは、
2階の事務室に向けてエレベーターの方向へ進みだした。
…私がはぐれないよう、さりげなく手を握って。
___________、
コンコン、
「すみません、新村ですけれど…」
その声で、バンッと開いたドア。
目の前に現れたのは、
キラキラの黒い衣装に身を包んで、いつもの漆黒の瞳には青掛かったカラコンを入れている、
正真正銘、どの角度から見ても王子様な、
「…凛。」
凛が、そこにいた。
私を見つめたかと思えば、
私の後ろにいる京ちゃんの存在に気づいた凛。
それでも、凛は京ちゃんへは見向きもせず、
「新村さん、来てくれてありがとう」
と、王子様のように、美しい微笑みをみせた。
「…うん。ねぇ凛、この人が京ちゃん。」
私が京ちゃんの腕をぎゅっと引いて、凛に言うと、
「よろしく」
と、何とも無愛想な挨拶をした。
「うん、よろしく」
京ちゃんはとりあえず訳がわからないまま、
笑顔で挨拶をした。
「…詩乃、本当に芸能人と知り合いなのか」
「うん、最近仲良くなったの」
まるで田舎の人が都会に出てきて、ちょっとした有名人を見つけて興奮してるみたいな、
そんな京ちゃんについつい笑顔が溢れた。
学校だったら自分が有名人なのに、と可笑しく思えてしまう。
その間、
何も話さないでジッとたっている凛の威圧感が恐ろしく思えて、
「凛?何でここに呼んだの?」
と、目を合わせづらいので、近くにある時計を見ながら聞いた。
コンサートが始まるまで、あと40分くらいあるなぁ。
「そう、2人とも着いてきて。」
…良かった、いつも通りの凛の雰囲気に戻った。
映画に主演として出るくらいだから、演技なのかもわからないけどね。
そして、凛は私達を2つほど隣の部屋へと誘った。
__________、
< クレイ様 楽屋 >
「…ごめんね、楽屋の場所は分からないだろうから、放送では事務室に呼んでおいた。
本当に連れてきたかったのは、ここ」
そういって連れてこられたのは、紛れもなくクレイの楽屋。
「おぉぉぉ!流石にテンションあがるね!」
「俺クレイの楽屋にいるのか…」
2人揃って一般人丸出しの反応を示すと、凛の後ろから「ははっ」と爽やかな笑い声が聞こえた。
どうやらその声の主は、
ソファに座っていた、クレイのリーダーだったようで。
「はじめまして、クレイのリーダー、鈴城 奏(すずき かなと)です。」
と、スタイリッシュにソファから下りてわざわざ挨拶をしてくれた。
色素の薄い髪に、モデル並みのスタイル。…おとぎ話の王子様かな?
といっても、クレイのリーダーはもちろん知ってる。幼い頃からのアイドル界のエリートで、モデルや俳優とか、マルチな才能を持ってるらしい。
「はじめまして、新村詩乃です。
凛とは友達で…、あ、この人は木口京です!」
「おまけみたいに言うなよ。」
私の自己紹介に付け加えた形なった京とのやり取りが面白かったのか、
「ははっ、2人とも面白いね、なぁ、凛?」
さわやかーに笑って、凛に話をふった。
「…うん、面白い。」
凛は、静かに口角をあげて微笑んだだけだった。
「…あのばか帰ってきてないんだ、ま、いいや。
あ、そうだった、2人を呼んだのは……、
はい、これ。」
最初にぼそぼそっと何か呟いたあとに、私達に渡したのは、
「…団扇と、ペンライト?」
ファン必須アイテム、団扇&ペンライト。
「本当は昨日販売があったんだけど、来れなかったと思って、
まず、新村さんは、俺の団扇とペンライト。」
はい、と当たり前のように差し出される、凛の団扇とペンライト。
「あ、ありがと!」
ぎゅっと2つとも握りしめると、
満足そうに「ん」と頷きながら笑った。
後ろで、ソファに座りながら雑誌を読んでいた鈴城さんが、
「………どくせんよく…」
何を言っているかわからない声で呟いて、面白そうに笑っていた。
…よくわかんないけど、楽しいなら良いんじゃないかな(適当)
「あと、木口さんはどうする、団扇、持たない?」
「大丈夫です、あくまで詩乃の付き添いなんで。」
と、ペンライトだけ貰っていた。
「うん、コンサートはそれでいい。今回俺が誘ったのは2人だけだから、特別に用意しておいた。
…ばか、そろそろ帰ってくるかな」
さっきから気になっていた『 ばか 』
の存在。
というか、凛が案外毒舌だったのにはびっくりするけどね。
…ドドド、
楽屋前の廊下を走る音が聞こえてきた。凛と鈴城さんは、「…あぁ」と声を落としている。
バンッ
「ただいまぁー!凛っ奏っ、何かね〜っ、
ん?何かかわいい子とかっこいー人いるんじゃん、え、どしたの?」
ふわっふわの茶髪に、くりくりとした瞳、幼い印象を持たせる可愛らしい顔つきの彼は、
「あ〜っ、凛の彼女かぁ!あ、でも横に男子…、修羅場ってやつかな!
えっとね、
僕は末雪 友哉(まつゆき ともや)だよ、何か知らないけどよろしく〜」
ニコニコとしながら手を差し出してくる末雪さんに、「新村詩乃です」と言いながら握手をした。
「よろしくね詩乃ちゃん。横の男の子くんもよろしくね!」
「木口京です」
と、京ちゃんにも向けて握手していた。
「じゃあごめんね、凛が団扇とか渡したかっただけだから、会場に行ってていいよ。
今日は楽しんでいってね。」
と、鈴城さんが、衣装らしい手袋をはめながら私達に言った。
凛と末雪さんも、それを見て
「そろそろか」と声をもらしていた。
「はい、すみません、わざわざ。
今日は楽しんでいきます、では。」
そう言って、京ちゃんと出ようとすると、凛に腕を引かれた。
「…待って」
ぐいっと引かれて、彼に軽く飛び込む形になる。
形の良い唇が動いて、
彼しか見えない世界に変わった。
「俺しか見ちゃだめだよ、ゆきも奏も見ちゃだめ。…、木口さんも。
2時間は、俺だけしか見えなくなってよ。」
暗示にかけられるように、
洗脳されるように。
ファンの内の1人の私なのに、
どうしてそんなこというのかな。
「…そうだね」
今は、凛の甘い言葉に酔いしれてていいのかな。
現実から目を背けて、
彼しか見えなくなって。
それで、いいのかな。
彼の香りがふわっと巻き上がる。
コンサートだからか、いつもの香りじゃない。
キツめの香水の香り。
嫌いなはずの香水も、
凛から感じる香りだから、好きに思えた。
「…じゃあ、行きますね。
京ちゃん、行こっか!」
少し、不安げに揺れる京ちゃんの瞳を見て、何かが変わった音がした。
凛からそっと離れて、
小さく、微笑んだ私。
何かの変化。
私は、それすら気づきたくなくて、
何もなかったみたいに、
彼らの楽屋を出た。
No,9
変化に気づきたくない。友達の関係を壊したくない。
我が儘なんてこと、気づいてるよ。
鈴城side
2人が会場へと向かって、
静まる楽屋。
話し始めたのは、
紛れもなく、俺。
「新村さんを巻き込むな。
自分の気持ちだけで動けない、それが俺らの世界。
良いことじゃないって気づいてるなら、今すぐやめろ。」
賢い凛なら、気づいてる。
新村さんへ抱いてる気持ちが、アイドルとして、ファンを裏切ることになるって。
ここに連れてきたのも、
俺らに示すためだった。
『この人が大切』だってこと。
黙り続ける凛を見て、
本気なんだと、改めて気づく。
新村さんのためには、
全てを失っても良い、って。
でも、揺れてるんだ。
新村さんが、自分を選ばなかったら。
全てを失ってでも、新村さんを追い続けていたら。
凛に残るのは、
絶望しかない。
「僕たちは、夢をプレゼントしてるから。皆に恋をあげてるから、
本気の恋は、だめなんだよ」
言い聞かせるみたいな、雪の口調に、凛が辛そうに顔を歪ませた。
「…わかってんだよ、知ってんだよ。どうしたら良いかな、俺」
どうしたら良いか、
なんて分かりきってるのに。
「関係を絶ち切れ。
マイナスにしかならないよ、クレイにとっても、凛にとっても。」
俺の言葉に、顔を歪ませる凛は、
顔が整いすぎているせいか、怖さが滲み出ていた。
「…新村さんのためにアイドルやってきたんだから、ここで俺がやめたって、」
「ふざけるな。この世界に入る動機が何であったとしても、ここまで来たなら続けるのが当たり前だ。」
普段は、
他のグループより仲が良いって言われてるクレイだけど、
今回はそれが裏目に出て、言い方がキツくなってくる。
3人ともわかってる。
クレイにとって何が良いかを考えた上だってこと。
そして、凛にとっても何が良いのか。
「今日はさ〜!コンサートなんだしさ、楽しもうね!
ねぇ、奏っ、凛っ!」
静まりかえる楽屋に明るさを灯す役割は、毎回雪。
「…うん、ごめん、奏、雪も。
クレイのことも考えなきゃいけないって、わかってる。」
「俺も、キツく言い過ぎたかな。
今日は、楽しもう。」
3人で、楽屋を出た。
今回は、
ステージの下から俺らが飛び出すっていう、そんな仕掛けをもったコンサートになってる。
ステージ下で、手を合わせた。
「頑張ろう」
鈴城side 終
『 I love you…。
クレイに会いにきてくれてありがとう。愛しい君たち、今日は幸せな時間を過ごそうね。 』
鈴城さんの声の、キザな台詞が会場内に響きわたる。
それを聞いただけでつんざくような歓声が巻き起こる。
私と京ちゃんは結構良い席だったらしくて、ステージに凄く近い前の方。
私は右手にペンライト、左手に団扇を持ってる状態。
コンサートなんて初めて来るから、2人してワクワクしちゃってる。
…私、さっきの出来事を無意識の内にかき消そうとしてる。
凛の気持ちが、見え隠れして
私の気持ちも、見え隠れしているのが、怖くなったから。
それでも、今は中途半端でも楽しみたい。
団扇を持つ手に力がこもっているのには、気づかないフリをした。
『~~~♪』
会場内に、化粧品のCMで聞いたことのある曲のイントロが流れだした。
裏で歌いながら、出てくるのかな?
サビ前に差し掛かったとき、
『…会いたい』
鈴城さんの呟くような声と共に、バンッと下から鈴城さんが飛び出してきた。
出た途端にウィンクしてるところを見ると、絶対的なアイドルにしか見えない。
周りの歓声も、凄いことになってきてる。
『…会いたいよ』
末雪さんの可愛らしい風貌と裏腹な、透き通っていながらもかっこいい声で呟いて、またバンっと飛び出してきた。
…最後は、凛。
『…会いたかった。』
切ないように、苦しいように、
それでいて美しく呟いた凛もまた、下から飛び出してくる。
溢れんばかりの歓声に包まれる彼らは、絶対的なアイドル。
「……遠い、なぁ。」
気づきたくなかった。
気づかないといけなかった。
たとえ、凛に近い席だったとしても。
もっというなら、凛の真横にいても。
きっと、この距離は埋められない。
彼はアイドル。
私は一般人。
この会場にいる全てのファンの人達は、それを理解して、ファンになってる。
一生、その人の特別になれないことを知っていながら、愛してる。
私は、ズルい。
もしかしたら手が届くかも、なんて距離でファンになってる。
2曲目の明るい曲に変わって、周りはもう手拍子に包まれているのに、
私は少しも笑えなかった。
たとえば、
休日に遊ぶような友達じゃなくて、恋人でもなくて、
完璧なファンでもなくて。
中途半端すぎるこの関係に、
名前なんてつけられない。
だけど。
たった数回しか会ってないといわれれば、それまでだけど。
確実に、凛への思いに名前はつけられる。
『キミが好きなんだ だから』
目の前でキラキラして歌ってる、アイドルの凛だって好きだけど。
『どんなキミも 愛してる』
照れるとうつ向いたり、
なんだかんだ人を自分に従わせたり、
ポーカーフェイスが時おり崩れるときだったり、
全部全部、好きだなって思う。
『恋なのか 愛なのか
そんなの気にせず ただ側にいたいだけ 』
私の心にマッチしてくる曲の歌詞に、
仕向けられてるような気しかしなくて。でもきっと、そんなことないんだろうけど。
視界がぼやけてきて、
瞳に涙が溜まってるのがわかる。
横にいる京ちゃんは、一瞬こっちを向いて「えっ」という表情をした。
当たり前だよね、泣くところじゃないし。
次の曲が流れだして、
凛のソロパートも始まった。
凛は、どうしてあんなに綺麗なんだろう。綺麗に微笑むし、綺麗に歌う。
京ちゃんは、ペンライトを持っていない方の手でハンカチを出して、私の団扇とペンライトを取って、空いた手にそのハンカチを握らせてくれた。
いつかの世那とリンクして、
余計に泣けてきてしまう。