ペタ……ペタ……
白い服を着た、裸足の少女が歩いている。
真っ暗な闇の中を、どこまでも……
永遠に。
ピッピッピー……
ピンク色の携帯から、電子音のような音が聞こえ、やがて聞こえなくなった。
「……く……雫!」
突然名前を呼ばれて、私は振り返った。
「紗那!」
私は自分を見つめている友人の名前を口に出す。
「もー……またこんなところに……何かあったらどーすんの?」
「平気だよ。紗那。もう、小学生じゃないんだから」
私が迷惑そうな表情をしていたのか、紗那は慌てて言った。
「あ……迷惑だった?ごめんね」
「んーん。そんなことないよ。ありがとう、紗那」
私がそうい言うと、紗那はようやくほっとした表情になった。
「じゃあ、早くいこっ!皆待ってるよ!」
「あ。ううん。悪いけど、紗那。私はもうちょっとしてから行くよ」
「そう?早く来てね」
「うん」
私は紗那に手を振って、再び携帯電話を開いた。
私、木下 雫は高校1年生になりました。
でも、私は入学式には出ない。
私は―あの日、妹と交わした約束を守り続けているから。
―キーンコーンカーンコーン……
その時、不意にチャイムが鳴った。
私が後ろを振り返ってみると、そこに、小さな女の子が1人で立っている。
赤い服に、赤い靴。
あれは……―美紀?
私がそう思うまでもなく、その、私の妹らしき少女は、こちらに向かってゆっくりと歩き始めたのだ。
そして、近づくに連れて思い出してきた。
美紀は……死んだ。
そうだよ。
何でこんなことすぐに思い出せなかったの……
美紀は、もう10年も前に死んだじゃん!
青い顔をして、後ずさりする私を、美紀の大きな目が見詰めている。
「み、美紀……」
「お姉ちゃん……助けてほしいの……」
美紀は、制服のスカートを、小さな手でぎゅっとつかみながら言った。
「な、何よ……」
「お姉ちゃん……ごめんね。一回死んでね?」
美紀は、私のスカートから手を放し、その、小さくて白い手を、私の首めがけて伸ばしてきたのだ。
「やっ、やめ……」
死人を前にして、私が抵抗できるはずもなく……
首から、ボキッという、骨が砕ける音が響いて……
痛みも何も感じずに、私は死んだ。
「お姉ちゃん、起きて……」
私の体を、誰かが揺さぶっている。
目を開けると、美紀が私を懸命に起こしていた。
「あ……美紀……」
私が重い体を起こすと、突然冷たい風が吹き付けているのを感じた。
きょろきょろと辺りを見回すと、ここは私の学校の玄関だった。
でも、何かおかしい。
何がおかしいのかというと、美紀と私以外人がいないのもそうだけど。
なにより、空気がとても冷たくて、少しでも動けば、体が裂けてしまいそう。
これはどういう事なのか、私は美紀に聞いた。
「美紀、ここはどこ?私の学校じゃないよね?」
そう聞くと、美紀は素直に答えてくれた。
「うん。ここはね、美紀ちゃんが作り出した世界。お姉ちゃんが居た世界とはちょっと違うよ」
「え?じゃあ、どうして人がいないの?」
「お姉ちゃんは、パラレルワールドって知ってる?」
「う、うん。知ってるよ」
私は、自慢じゃないけど、その手の話には結構詳しい方だと思う。
「うん。ここはね、パラレルワールドなの。詳しく言うとね、お姉ちゃんがいた世界は、美子ちゃんが作り出した世界で、こっちの世界は、美紀ちゃんが作り出した世界なの」
私は頭がだんだん混乱してきた。
美子って誰?
そもそも、私は殺されたんじゃないの!?
そんな私の気持ちを察してか、美紀は親切に教えてくれた。
「んっとね……まず、お姉ちゃんは美紀ちゃんが殺したのね。でも、お姉ちゃんは生きてる。これはなぜか。
それはね、パラレルワールドは、無限にあるから。お姉ちゃんがパラレルワールドに美紀ちゃんと一緒に来ることで、元々この世界の住人だったお姉ちゃんの魂が入れ替わったのね。
意味、分かる?」
えっと、つまり、パラレルワールドが無限にある分、私の分身みたいなものもたくさんあって、この世界に住んでいた私が、あっちの世界の私と魂が入れ替わっているから、私は生きている。
なるほど……
自分でも驚くくらいの理解力に、私は自分に感心してしまった。
でも、私が不可解なことが一つだけある。
魂が入れ替わったのなら、あっちの世界の私はもう死んでいるはずだから。
魂が入れ替わった瞬間に、こっちの世界の私は死んじゃったんじゃないの?
私はそれを美紀に言うと、美紀は、関係ないという風に言い切ったのだ。
「そうだよ。でも、死んじゃったのは肉体だけだから。入れ替わったら元に戻るよ。両方ね」
「よかった……」
「で、美子ちゃんはね、私の双子の妹なの。赤い服が欲しいって泣いちゃうから、お母さんが困ってたんだよ。
でも、この服は美紀ちゃんのだし、ダメだよ」
自分の言いたいことを言うのは、やっぱり見た目通りの子供だ。
「でも、美紀はお姉ちゃんでしょ?」
「お姉ちゃんもお姉ちゃんでしょ?それに、美紀ちゃんと血が繋がっているわけでもないのに」
「え?何言ってるの?美紀と美子は私の妹でしょ?」
そう私が言うと、美紀は小さな顔をゆがませたのだ。
「やっぱり……」
「何が?」
私が訪ねると、美紀は悲しそうな表情に変わり、
「美子ちゃんは美紀ちゃんが嫌いなんだ。だから、お姉ちゃんの記憶に逃げたんだよ」
と、わけのわからないことを言い出す始末。
「えっと……どういうこと?」
「つまりね、美子ちゃんは美紀ちゃんが嫌いなの。だから、お姉ちゃんの記憶に美紀ちゃんを押し込んで逃げたの。
美紀ちゃんをおいてね」
「えっと……つまり、美紀が私の妹だと思い込ませることで、私が美紀との約束を守り続けているってこと?」
「その通り!さすがお姉ちゃん。だから、お姉ちゃんは美紀ちゃんと美子ちゃんのお姉ちゃんじゃないんだよ?」
「うん。分かってる」
「よかった。分かってもらえて。でね、美紀ちゃんがお姉ちゃんをここに連れてきた理由なんだけどね」
「うん。何?」
「美子ちゃんをね、捕まえてほしいの」
突然そんなことを言うものだから、私は訳が分からなくなってしまった。
「えっと……どうやって?」
「それはね、ここは美紀ちゃんの世界だから、美紀ちゃんが有利になるの。
でも、お姉ちゃんが居た世界は、美子ちゃんが作り出した世界だから……
あっちで美子ちゃんを追いかけても、絶対に美子ちゃんは捕まらないの」
そこまで聞いて、私はなんだと思った。
「そんなの、簡単じゃない。美子をこっちの世界に連れてきたらあっという間に捕まるんじゃ……」
私が言い終わる前に、美紀は言った。
「それがね、ダメなの。できないの」
「え?どうして?」
「美子ちゃんのね、霊力が美紀ちゃんよりも強いの。
それに、美子ちゃんを連れて来れば、あっちの世界の法則が崩れて、美子ちゃんの世界が崩れてしまうの」
「そんなに難しいなら、無理に捕まえなくてもいいんじゃないの?」
それは、私の本音だった。
そんなにリスクがあるなら、無理にやらなくてもいいのに。
「それもダメ。美子ちゃんを捕まえないと、いつか、美子ちゃんが本当に逃げちゃうよ」
「もう、逃げてるじゃん」
私がそういうと、美紀はサラサラの黒髪ショートヘアを揺らしながら首を振った。
「違うの。今は美紀ちゃんが美子ちゃんを何とか制御できてるけど、いつか、美子ちゃんは美紀ちゃんを消滅させて逃げる。
そうすれば、この世界全てが美子ちゃんのものになってしまう。
お姉ちゃんも、そんな世界はいやでしょ?」
「うん……」
「そうならないように、協力して」
説得力のある美紀の発言に、私は、ただ首を縦に振るしかなかった。
「分かったよ」
「よし!じゃあ、美紀ちゃんは美子ちゃんを探してくるから。
お姉ちゃんはこっちの世界で美子ちゃんを探して。
あ、でも、美子ちゃんを見つけても絶対に手を出さないで。
じゃないと、本当にお姉ちゃん、殺されるからね」
「もし、見つけた時はどうすればいいの?」
「美紀ちゃんを小さな声で呼んで。そうすれば、3秒できてあげる」
「分かった。ありがとう」
「んーん。こちらこそ。じゃあ、お姉ちゃんも頑張ってね」
「うん。じゃあね」
私は美紀に手を振って、美紀の後姿を眺めていた。
美紀は、赤いワンピースに赤い靴だから、美子は、白いワンピースに白い靴かな?
そんなことを思いながら、私は学校を出て、美子を探しに向かった。
―5時間後
隣町まで行ってみたけど、美子らしき姿はどこにもなかった。
さすがにあきらめかけたとき―
「お姉ちゃん……」
小さな鈴を転がしたような、そんな可愛らしい声が聞こえてきた。
ん?と、後ろを振り返った時、私は目を疑った。
何時間も探し続けた人物が、今、目の前にいるのだから。
白い服に、サラサラの黒髪ショート小さくて細い手足。
それが美子だとは、すぐに分かった。
でも、私が予想してたのとは少し違う感じがした。
美紀は靴を履いていたけれど、美子は裸足だし。
それに何より、美紀よりも細かった。
「み、美紀……」
私は美紀に言われた通り、そう呼んだ。
その直後、1秒にも満たないだろうという速さで、美紀が飛んできた。
「お姉ちゃああああん!」
3秒って言ったのに……
なんて、そんなことを思っている場合じゃない。
早いに越したことはないのだから。
「みっ美紀!」
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「う、うん……」
美紀の凄い剣幕に、私はたじたじだ。
「美子ちゃん、捕まえたよ!」
しかし、美子は何も反応しない。
大きな瞳で、じっと美紀を見つめているだけ。
「美子ちゃん、迷惑かけちゃ、ダメなんだよ!」
そこまで言っても無反応。
しびれを切らした美紀が、美子の細くて白い腕を引っ張った。
「美子ちゃん、美紀ちゃんが一緒に遊んであげる。
だから、一緒にいようよ……」
そこまで言うと、美子はようやく言葉を発した。
「美紀ちゃん……」
美子は美紀の腕を振りほどいて、にやりと笑った。
「美紀ちゃん、遊んでくれるの?」
「もちろん!」
「じゃあ、鬼ごっこ!」
「え?」
私が、それじゃあ見つけた意味がないと言おうとしたとき……
「お姉ちゃんはもういらない」
突然美子が私に向かって手を伸ばし始めたのだ。
それは、あの日美紀が私にしたことと同じ……
私、騙されてた?
美紀が私を騙したの?
そこまで考えたとき、私の思考は停止した。
心臓に冷たい感触が走ったと思ったら、じわりと熱くなってきた。
そしてそのまま私は倒れた。
私が死ぬ直前に見たものは……
大声で笑いながら、私を見下ろす美子と、それを止める美紀の姿だった。
その時―
ドンッという音が聞こえて、美紀が私の隣に倒れてきた。
可愛らしい顔は、恐怖で歪んでいる。
「あははっ!お姉ちゃん、美紀ちゃんに協力なんてするからこんな目に合うんだよ。
真実を知らなければよかったのに。
ま、美子ちゃんが美紀ちゃんを騙した買いがあったよ。
こんなに簡単に引っかかってくれるんだからさ」
え?何を言ってるの?
美紀が私を騙したんじゃなくて、美子が美紀を騙してた?
そんなことを知っても、もう遅い。
「美紀ちゃんの力を奪い取って美子ちゃんは強くなった。
まぁ、元々美子ちゃんの方が強かったんだけどね。
ふふっ……じゃあ、美紀ちゃんとお姉ちゃん、仲よく二人で遊んでなよ。
じゃあね!」
無邪気に笑いながら去ってしまう美子と、動けない私達……
「う……あぁぁ……み、美紀ちゃんの世界が……壊れる……」
隣で美紀が呻いている。
「み、美紀……」
「大丈夫、お姉ちゃん……美紀ちゃんに任せて……
美紀ちゃんが何とかする……」
そう、美紀が言ったころにはもう、私は生きてなかった。
裸足の足音が聞こえたら、皆さん気を付けてください。
もしかしたら、それは美子かもしれません……
END
私は、ずっと歌わずに耐えてきた。
本当は、歌が大好きだったのに……
9のやつ、違います。
11:花:2015/02/13(金) 18:47 「ん?あ……」
美子は、自分の服が赤くなっていることに気付いて、走り続ける足を止めた。
「美子ちゃんの服が……赤くなった……」
普通は、自分の服が汚れたらたら悲しむだろう。
しかし、美子は服を指でつまんで、にやりと笑ったのだ。
「やった!……でも、これじゃあ、美紀ちゃんみたいな赤い服にはならないよね」
確かに、美子の服はところどころ赤くはなっているけれど、まだ、完全に赤くなったというわけではない。
「血を……たくさん塗れば、赤くなるのかな?」
美子は、自分に問いかけながら、ゆっくりと振り返った。
そして……。
「キャハハハハハハハ!」
いきなり、耳の鼓膜が破れるんじゃないかというほどの声で、イカれた笑い声を出したのだ。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「アハハハハッ!あったぁ!!」
美子は、猛ダッシュをしたかと思うと、お目当てのものを見つけて大喜びをした。
「美子ちゃんの……赤い服……」
美子の目線の先には、雫の亡骸と、そこから流れる、真っ赤な血液だけ。
「あ、そっか。美紀ちゃんは、もう死んでるんだもんね。じゃあ、どこに行ったんだろう?」
美子は、きょろきょろと、辺りを見回したが誰もいなかった。
「まぁ、いっか。それにしても、ちょっともったいないなぁ……よくできた世界なのに、人がいないなんてさ」
そう言うと、美子は血だまりの中を歩いて、雫の血を浴び始めたのだ。
「美子ちゃんも、赤い服が欲しかったのに……美紀ちゃんが赤い服をとるから……」
そう、母親は美子に赤い服を渡したのに、美紀がその服を奪い取って、美子に白い服を投げつけるから今の美子になってしまった。
と、その時―
「み、美子……ちゃん……」
聞きなれた声に、ん?と振り返ると、そこには美紀が立っていた。
「美子ちゃ……美紀ちゃんと一緒にいこ……お姉ちゃんが……ずっと一緒にいてあげる」
美紀は、腹部から血をどくどくと流し続け、それでも塀にもたれながら、美子に語りかけている。
「美紀ちゃん!なぁに?今更謝りに来たの?」
「ちが……美紀ちゃんは悪いことなんてしてない……」
その言葉に美子は眉間にしわを寄せているが、穏やかな口調で言った。
「そっか。美紀ちゃんの世界が壊れていないという事は、まだ美紀ちゃんはこの世界にいるっとぃう事なんだもんね?」
「うん……」
「でも、残念。心臓をつぶしたつもりだったけど、少しずれちゃったみたいだね……」
言い終わると、美子は美紀に歩み寄り、右手を振り上げた。
ぱんっという乾いた音が辺りに響いて……美紀はそのまま倒れた。
「み、美子ちゃん……」
それは、瀕死の傷を負っている美紀にとっては重い一撃だった。
「ずっと、美子を馬鹿にしてきたくせに……!勝手なこと言わないでよ!!」
美子は、今までたまっていた怒りを一気に爆発させた。
「美子ちゃん……それは違うよ……」
「何が違うっていうの!?これでも死なないならもう一回死ね!!」
そう言うと、美子は美紀を思いっきり蹴りつけて、怒鳴りつけて……。
とにかく今までずっとたまっていた美紀への恨みを擦り付けていた。
「死ね!!死ね!!あたしが殺してやる!!」
「げほっ……美子ちゃん……やめて……」
もう、美紀は息も絶え絶え。
美子の赤く染まった足が、美紀の首を何度か踏みつけた時にバキッという音が聞こえて……。
そして、美紀は動かなくなった。
「じゃあね。美紀ちゃん……」
「キャハハ!」
美子は踵を返すと、反対方向に走り去ってしまった。
「美子ちゃん、を……捕まえなきゃ……」
死んだかと思われた美紀が、横になったまま、あざだらけの青白い腕を、美子の方に伸ばして。
弱々しい力でくいっと手招きをした。
すると、美子が美紀の前に現れて、じっと美紀を見下ろした。
美子の白い、華奢な腕が美紀と同じように、たぐり寄せるようにして―
美紀は、生き返るようにして元気になっていった。
私の視界に、小さく、白いものが映る。
何だろうと、顔を上げてみる間もなくそれはふっと消えてしまった。
私は立ち上がって辺りを見回してみるが、それらしいものはない。
何気なく振り返って見ると―
それはいた。
その白いものは、ワンピースだったのだ。
そしてその服を着ているのは……小さな女の子。
名前は知らないが、その白い子が私をじっと見つめている。
寒気を感じるほど、静かで、冷たい。大きな、大きな瞳が―
「どうしたの?」
私が聞くと、女の子は小さな唇を開いた。
「お姉ちゃん、助けてほしいの」
小さな声が、かすかにだけれど、私の耳に届く。
「お姉ちゃんには、美子ちゃんが見えてるでしょ……?」
どうやら、この少女は美子というらしい。
「うん」
「よかった。なら、美紀ちゃんも……見えるよね?」
もしかしてカラダ探し読んだ?美子と美紀が出てくるから……。カラダ探し好きです😆
21:うさ子:2015/07/22(水) 18:24 読みました。
私、結構前から気づいたんだけど、二次創作に立てればよかったなって(泣)