「ロングヘアと反抗期」
反抗期、それは誰にでもあること。
でも、私にはそれすらも許されなかった。
「ヤバイ、また怒られる……」
「えー?何、92点で怒られるの?」
私の言葉に、自分のテスト用紙をひらひらさせながら笑いかけてくるマーヤ。
私はそれを横目でちらりと見ながら、さらに顔を曇らせた。
「うん……、マーヤはどうなの?怒られたりしないの?」
「んー……、そんな怒られないかなぁ。前8点だったけど全然怒られなかったし」
ちなみに今回は25点らしい。
笑顔のマーヤをうらやましく思いながら、私はトボトボと家に帰った。
「千秋、どうして百点が取れないの?ちゃんと勉強しなさいっていつも言ってるでしょう?」
「ごめんなさい……」
思った通り、テストの点数で説教をくらってしまった私は小さく謝った。
そんな私を見て、お母さんはため息をつく。
「はぁ……、まぁ、いいわ。あんたは千里の妹だし、できて当たり前なのよ。早く間違えたところを勉強しなさい」
「うん……」
テスト用紙を持って2階に上がった私は、机の前に座って勉強を始めた。
黙々と宿題を進めていると、明るい声が聞こえてくる。
「ただいまぁ!」
お姉ちゃんだ。
私よりも4つ上の姉、北川千里は誰から見ても優等生だ。
偏差値70以上ないと合格は絶対不可能な超進学校S高に合格確実だといわれているし、生徒会長も務めている。
小学5年生の私は図書委員の委員長を務めているけれど、姉にはまだまだ及ばない。
―コンコン。
ドアがノックされ、私は
「どうぞ」
と返事をした。
ドアの方を見ると、お姉ちゃんはひょっこりと顔をのぞかせて私と目が合うとにっこりと笑った。
かわいい笑顔……。
「アキちゃん、今いい?」
「うん……」
お姉ちゃんは私の部屋に入ると、ジャーン!と白いものを広げた。
それは、白いワンピースだった。
シンプルなつくりだが、控えめに白のレースが施されていて女の子らしい。
「これ……」
「うん。これね、アキちゃんに絶対似合うと思って。お姉ちゃんのおさがりだけどいい?」
黙ってワンピースの裾をつかむ私に、お姉ちゃんは顔を覗き込んでくる。
「あ、気に入らなかった?」
「そ、そんなことないよ!ありがとう、お姉ちゃん」
私が笑顔で服を受け取ると、姉は部屋を出て行った。
「……」
お姉ちゃんは結構流行に敏感でおしゃれだ。
それで、着れなくなった綺麗な服をいつも私にくれる。
でも、お姉ちゃんには悪いけど私は貰った服をほとんど着たことがない。
何せ、母親がああだし、私もおしゃれとかには全然興味がないから。
夕食の時間になり、私は母と姉と食事をとっていた。
お父さんは、仕事が忙しいらしく、なかなか家に帰ってこない。
母と姉は仲が良く、私はその中に入ることも許されなかった。
「千秋」
珍しく母が私に話しかけてくる。
「何……?」
「あんた、髪の毛切りなさいよ」
母は人差し指と中指をチョキチョキさせて髪を切る動作をした。
「せっかく伸ばしたんだもん……、切りたくない」
「髪の毛伸ばしたって邪魔になるだけでしょ?」
髪型位、自分で決めさせてよ……。
黙って味噌汁をすする私を見て、お姉ちゃんは髪を撫でてくれる。
「えー?もったいないよ、お母さん。アキちゃんこんなに髪綺麗なのにさ」
お姉ちゃんが助け舟を出してくれた。
「うーん……、千里がそういうなら、仕方ないわね……」
母は、めっぽう姉に弱い。
でも、私にとってはそれがとてもありがたいのだ。
お母さんは長い髪が嫌いだ。
昔、お母さんに嫌がらせをしてきた女子がロングヘアだったらしい。
しかも私と同じストレート……。
お姉ちゃんもロングヘアだが、少しクセっ毛で、軽くウェーブしている。
だからお姉ちゃんにはあたらずに、私だけに厳しいのだ。
でも私は、それからずっと肩下セミロングのストレートのままでいる。
小5の私にできる、ささやかな抵抗だった。