わたしは … 誰 ?
目覚めたら 、この場所にいた 。
此処が何処かはわからない 。 けれど 、なんだか懐かしい感じがする 。
ふと 、自分の右側へ視線を移してみる 。
そこにいたのは 、目をぱちぱちと瞬かせ 、困ったように此方を見つめる女の顔だった 。
その女があまりにも怯えて此方を見るものだから 、少しだけ哀れに思えて 、「 大丈夫? 」と声をかけてみる 。
すると 、驚いたことに向に居る女も 、「 大丈夫? 」と口を動かす 。
そこで私の頭に声が響いた ー 。
「 この女は貴方なのよ ー ? 」
それは 、綺麗で透き通っていて 、そして懐かしい声だった 。
暫しぽかんと口を開けて黙り混むも、はっと我に還れば、声に驚いて キョロキョロと辺りを見回す 。
すると 、丁度自分の真後ろに 、綺麗な白い髪の女性が居ることに気がついた 。
女性は笑う 。不敵で何処かに真っ黒い何かを感じる優しい顔でこちらを見つめる 。
女性の笑顔に圧されて身体を後ろに軽く引くと 、女性がふと口を開いた 。
「 ー お前 、自分が誰か覚えていないのか ー ? 」
「 自分が誰か 」、その一言は、思考停止していた私の脳内に冷たい風を送り込んだ 。
私は誰だ ー 。名前も今まで何をしていたのかも思い出せない 。
わかっているのは 、自分が向かいの壁に写った女であることだけ 。
嗚呼 、駄目だ思い出せない 。きっと 、名前も記憶も何処かへ置いてきてしまったのだろう 。
自分が誰かすらわからない漠然とした恐怖に震え 、口をぱくつかせていると 、白い髪の女性が口を開いた 。
「 まあ 、覚えていないならそれでも構わないよ 。お前にとって「 名前 」は 、所詮忘れてしまう程度のものだったんだろう 」
にやりと笑う彼女の顔が怖かった 。
でも ー 、確かにそうなのかもしれない 。
過去の自分がどんな奴だったかはわからないけど 、過去の自分にとって名前も記憶も忘れたいもののひとつだったのかもしれない 。
私はどうしていいかわからず 、白い髪の女性を見ては 、あははと苦笑した 。
女性は苦笑した私をみて 、腕を組んで鼻を鳴らしてから 、再びゆっくりと口を開いた 。
「 しかしそうだな … 、名前が無いとこれから色々と面倒だな … 。… お前 、自分の名前を考えろ 」
「 え… 」
私はぽかんと口を開いて白髪の女性を見つめる 。
「 自分の名前を決めろ 」なんて言われても困る 。どうしたものか 。
「 ええと…その、 」
私が暫したじろいでいると 、それを見かねたように失笑した白髪の女性がくるりと踵を返した 。
「 まあ 、ゆっくり考えればいいさ 。
そんなことより私はお前を案内しなければならないからな…ついてこい 」
なにをすればいいのか 、自分は何故此処にいるのか 。
なにもわからない私は彼女の言うままに床に着いた足を動かした 。
彼女は私が目覚めた部屋を出て行く 。
私もその背中を追いかけて後に続く 。
すると 、そこには黒と赤の壁紙が張られた 、暗くて落ち着いた雰囲気の廊下がひろがっていた 。
「 あの…此処って一体… 」
私は白髪の女性に小さな声で尋ねた 。
女性は首だけ此方に向け、言葉を紡ぎはじめる 。
「 …、後々説明を入れるつもりだったが…、まあいいだろう 。
此処はね、「 あの世 」に行く途中に存在する宿なんだよ ― 」
は? 、と喉まで出かけた言葉をなんとか飲み込む 。
この人は一体何を言っているのだろうか 。
仮にこれが私の夢ならば 、私は知らぬ間に相当な中二病になっていたようだ 。実に痛々しい 。
まあ 、名前も忘れて記憶も無いのだから 、この際中二病でも何でもいいのだが 。
私は苦笑混じりの「 え? 」という言葉と共に首をかしげてみる 。
すると白髪の女性は 、首を左右に振ってため息を吐く 。
「 悪いが 、さきの説明を理解できない奴にわからせるように説明をするスキルは持ち合わせていなくてね 。
とりあえず 、いいから黙ってついて来なさい 」
少々上から目線な気がしてむすりとするも 、「 はーい 」と小さな返事をして彼女についていく 。
きっと 、私がこの状況を理解するためにすべきことは彼女についていくことなのだろう 。
歩き乍に自分の頬をちぎってみる 。
ちぎった頬は痛かった 。
ちぎれば当然痛いのだが 、この状況で痛みを感じた私は不思議な感情に包まれた 。
すると 、白髪の女性がぴたりと足を止めた 。
私もそれに合わせて足を止める 。
目の前には 、鉄の取っ手がついた大きなトビラ 。
彼女はゆっくりとそのトビラを押した 。
トビラの先には広い部屋があった 。
真ん中には猫足のガラステーブルが1つと 、黒くふわふわとしたソファーが2つ 。
白髪の女性は足を進め 、ソファーの前に立った 。
「 まあ座りたまえ。君にもわかるようにこの状況の説明をしてやろう 」
白髪の女性は、もう一つのソファーを指さす。
私は言われたようにそのソファーの前に立った。
白髪の女性が座るのをじっと待つ。この状況下において相手の方が目上であることは確かなので、自分から座るなんてできない。
―― 待つこと数秒、女性が座った。 それに続いて私も座る。
座ってから続いた暫しの沈黙。 その沈黙を破ったのは白髪の女性だった。
白髪の女性は脚をを組んでソファーに座っていた。
改めてこうしてみると、背が高くてスタイルも良く、とても綺麗な人だ。
顔は人形の様に整っていて、肌は陶器の様になめらか。黒く長い髪は光を反射しキラキラと輝いている。
彼女の唇が動く。
「 自己紹介、まだだったな。
私の名はシャオ。此処の従業員の一人でね 」
シャオと名乗った白髪の女性は、不適に笑った。
お話自体は続きだけど書き方というかスタイルというかなんか雰囲気はかわるかも
「 シャオさん…ですか。その…よろしくです 」
ぎこちなく挨拶をする。行き場に困る私の視線は宙を左右に泳いでいた。
そんな私の様子を見てか、シャオさんがあははと笑い出す。
「 面白いなお前は、気に入ったよ 」
そんなことを言いながらシャオさんは何処からともなくパイプを取り出しそれを口に咥える。
部屋に漂う煙草の香りが私の心を満たす。どことなく落ち着くのは、何故だろう。
パイプをくわえて煙草を吸いながらにシャオさんはこの場所についての説明をしてくれた。
どうやらここは、死人の魂が滞在する宿らしい。
現世と冥土の駐留地点のような、そんなかんじ。
にわかに信じがたい話ではあるが、記憶が全くない私にはそれ以外に信じる情報がない。
もしや私は死人なのか?死人としてこの宿に来たのではないか?と思いシャオさんに尋ねるも、彼女は「 それは違う 」とだけ言って他には何も言ってくれなかった。
私という存在がいよいよ謎になってくる。私とは一体なんなのだ。
自分という存在について考えては頭の中をかき乱して混乱状態に陥った私にシャオさんが声をかけた。
「 そうだ…、お前自分の名前は思いついたか?
何度も言うが名前がないとこれから不便なんだ。考えつかないなら私が考えてやってもいいが…
どうする? 」
シャオさんの声はとても透き通った声で、混乱して熱くなった私の頭を一気に冷やした。
私はうーんと唸って自分の名前を考えてみる。
ちふみ…いろは…ゆき…あんず…。
不思議と名前はぽんぽんと思い浮かぶのだが、その名前を新たな自分の名前として使う気にはなれなかった。
別にこれといった理由がある訳ではない。ただ、私の心がその名前を使う事を止めている気がするのだ。
他人の物を勝手に盗ることを良心が止めるような、そんなかんじだ。
「 その様子じゃ思い付きそうにないな。仕方ない…私が考えてやろう 」
唸ったきり黙り込んだ私を見かねてかシャオさんはそう言った。
まともに言葉が理解できるような歳になってから新たに名前を貰うなんてなんだか変な感じがする。
でもどこか嬉しいような気もする。
にやにやと口元を緩ませていると、シャオさんが私の新たな名前を提案した。
「 そうだな…。マリステラ、とかはどうだ? 」