季節は移り変わっている
気持は移り変わっている
儚い瞬間の中で少しずつ
新しい感情が創られている
___たくさんのおはなしの中へどうぞ
🥂
>>2
▼ 色々短編書いていきます
▼ 感想、アドバイス等はご自由にどうぞ
▼ 荒らし、なりすまし他はご遠慮ください
▼ 書き溜めているものなのでジャンル偏り気味です
▼ 基本登場人物の紹介は作中では書きません
よろしくお願いします、
>>2
文章おかしいところあったので訂正……
▼ 色々短編書いていきます
▼ 感想、アドバイス等はご自由にどうぞ
▼ 荒らし、なりすまし他はご遠慮ください
▼ 書き溜めているものなのでジャンル偏り気味です
▼ 基本登場人物の紹介は作中で書きます
【 泡の弾ける音 】
「 ねぇねぇ環葵……、これどうやって解くの……? 」
「 えぇ?またわかんないの?全くもう……。 」
全開になった窓から、風が吹き込んでくる。
がらんとした教室に、あたしと一人の男子が向かい合って座っている。
からっぽになった机と椅子が、あたしたちを冷たく見ているような気がする。
あたしの目の前で“わからない”だの“こんなの解けるわけない”だの喚いているのは、まぁ世間でいう腐れ縁と
いう関係にある、相庭春という奴だ。
名前からすると完璧に女子だが、男子だ。
とってもまったり、マイペースすぎる男子だ。
もちろん勉強はダメダメである。あたしがいなかったら多分、テストや模試は最悪の点数だったと思う。
だってあたしが教えてもあの点数なんだから………。
「 これはね、さっき教えたやつを使うの。こうやって……。 」
「 あぁ、なるほどなるほど……!そういうことか! 」
「 ………ほんとにわかってんの?一応受験生なんだからね?真面目に勉強しないと……。 」
あたしがびしっと言うと、春はたちまち小さくなる。
「 環葵、怖い……よ?僕だって自分が頭悪いことくらいわかってるんだから……。 」
あたしは小さくなった春を慰める。もちろん勉強させるためだ。
「 はいはい。今日もあと3ページ頑張ったらご褒美だから、ね?」
あたしが『ご褒美』という言葉を発すると、春の顔がきらきらし始める。
「 ほんと⁉あと3ページで!ありがとう! 」
あたしのいう『ご褒美』の正体。
それは、炭酸だ。
春は炭酸が大好きだ。炭酸水から味付きの炭酸まで、ありとあらゆる炭酸が大好きなのだ。
春は思えないようなスピードで3ページを終わらせた。
まぁあたしにすれば遅い方だが、春にすれば速すぎる方。
教室を出て昇降口まで歩く。
「 今日は何の炭酸にするの? 」
あたしが春に訊くと、春の目が輝いた。
「 うーん………。どうしよっかなぁ。暑いからレモンソーダも良いし、あ、炭酸水も美味しいよね! 」
なんで同意を求めるのだろう。
炭酸水なんて殆ど無味無臭。しゅわしゅわするだけではないか。
「 あぁ……うん、そうだね……。まぁあたしは炭酸水あんまり好きじゃないけど……。」
仕方ないので正直に答える。春は、そっかぁ、と伸びをしながら呟いた。
外は熱気でいっぱいだった。もう9月の終わりだというのに、暑くて仕方ない。
あたしたちは自転車に跨り、漕ぎ出す。暑いけれど、風は気持ち良かった。
「 ねぇ春、今日は海に行かない?天気も良いし。 」
あたしは、すぐ隣で自転車を漕いでいる春に問いかける。
あたしたちの通っている燕山( つばめやま )中学校は、海に近い。
もっとも、あたしたちの住んでいる町が海辺の町なのだ。
だから、学校から坂を下れば海に出る。
「 うん、良いよ。 」
春が同意する。
海辺にはコンビニがある。だからそこで『ご褒美』の炭酸を買うのだ。
自転車を漕ぐこと数分。海に付いた。
海には漣が打ち付けている。見るだけで涼しくなってくる。
コンビニに自転車を止め、店内に入る。思った通り冷房が効いていて、ものすごく涼しい。
店内の飲料売り場に行き、春が決めるのを待つ。
あたしもたまには飲もうかな、と気まぐれに呟いてみた。
春はすぐに反応する。
「 飲みなよ!美味しいよ、炭酸。 」
無邪気な顔であたしに笑いかける春は、どう見ても中学3年生とは思えない。
「 で、どうするの、今日は。あたしはぶどうにするけど。 」
そう言いながらあたしはぶどうソーダの入ったペットボトルを取り出す。
「 え、もう決めたの?んーと………じゃあ今日はレモンソーダにしよっと。 」
台詞からすると完全に女子だな、春は。あたしよりも女子っぽいのかもしれない。
あたしは会計に向かい、春は先に外へ出た。
お釣りと炭酸の入った袋を貰って、あたしは外に出る。
むわっとした熱気が身体にまとわりつく。
「 ありがとう、環葵! 」
あたしが春にペッドボトルを差し出すと、春は飛び上がった。
あたしと春は海まで降りた。気持ち良い海風にあたりながら、波消しブロックの残骸に腰掛ける。
波消しブロックは無数あり、どれも砕け散った破片が近くに散らばっていた。
ぱしゅっと炭酸の入ったペットボトルを開ける。
一口飲むと、たちまち炭酸のしゅわしゅわした泡が口に広がった。
「 ……ぷふぁ!あぁ〜、やっぱ炭酸さいっこー! 」
春が口元を拭いながら嬉しそうに声をあげた。
やめてよ、そのおっさんがビール飲んだあとみたいな感想。
言おうと思ったけど、春の嬉しそうな横顔を見ていると、なんだか悪い気がしてしまって、声が出なかった。
春は、炭酸が本当に好きなんだ。ビールが本当に好きなうちのお父さんと一緒で。
だからそういう風には言っちゃいけない。
春は大好きなんだ。そんな炭酸と春の気持ちを、あたしが抑えちゃダメだ。
「 久しぶりにあたしも飲んだけど、頭の中の嫌なこと全部飛んで行っちゃいそう。 」
あたしも声を上げる。炭酸のしゅわっとした爽快な味で、嫌なことは何処かへ行ってしまいそう。
「 でしょ!だから言ったんだよ。美味しいからって。 」
春はそう言いながらも炭酸を口に含む。これは意外と、あたしも炭酸に病みつきになりそう。
春とは家が隣同士だ。そのため昔から一緒に過ごしてきた。
幼稚園も小学校も一緒だった。小学校ではいつもあたしが勉強を教えていた。
中学校もそうだ。
でも高校生になると、どうなるかわからない。
勉強は教えられるけれど、あたしと春が同じ学校に行けるとは思わない。
春がすごく頑張って勉強すればそれも一理あるかもしれない。
でも………。
春がそれをするとは思えなかった。
あたしはずっと前から高校を決めていた。
私立蒼葉学園だ。お父さん一家は代々通っている名門校。
それなりに偏差値は高いし、ハイレベルな学校だ。
春がもしあたしと同じ学校に行きたいと言っても、はっきり言って無理なのだ。
何もかも適当にやってきた春は、受かるとは思わない。勉強すると思わない。
だから春と過ごすのは今年が最後だ。それもあと、5ヶ月。
春にはちゃんとした高校に行って欲しい。だからあたしが勉強をしっかり教えないといけないのだ。
あたしはそんな思いを巡らせながら、参考書の山を見つめた。
好きです…‼
>>7 (ゆら*´・ω・)つさん
ありがとうございます‼
これからも見てやってください(*´ ꒳ `*)
「 環葵〜、ご飯だってさ。 」
あたしが春と海に行って帰って来てから、勉強に浸って1時間半。
階下から上がってくる足音が聞こえると思ったら、ガチャっとドアが開いて、お兄ちゃんが入って来た。
「 にしてもすごい参考書の量だよなぁ。俺だってここまではなかったぞ。 」
2つ歳上のお兄ちゃんは、もちろん私立蒼葉学園だ。
部活もバスケをやっていて、ものすごい長身。
「 だって受けるからにはしっかり勉強して受けたいじゃん……。お兄ちゃんだってそれなりにやってた
でしょ。 」
あたしが顔を上げてそう言うと、お兄ちゃんはちょっと笑った。
「 はいはい。早く行かないとご飯冷めるよ。あ、わかんないとこあったら言ってね。 」
お兄ちゃんはそう言って出て行った。中3女子の部屋にノコノコ入って来て勉強教えてあげるよと言うのは、
俗に言うシスコンというやつなのだろうか………。
まぁそんなことは良いんだ。それより春だ。あいつ、どこ受けるんだろう……。
そう思いながら階段を降りる。美味しそうなごま油の匂いが漂ってきた。
ご飯を食べ終わり、あたしはまた部屋に閉じこもって勉強をした。
参考書の山から一冊取っては戻す、一冊取っては戻すという繰り返し。
ふと気になってカーテンを開けてみた。正面には春の勉強部屋があるはずだ。
暗くなっていると思ったら、カーテンから光が漏れている。
もしかして春、勉強しているのだろうか。
嘘だ、そんなの………。でも………。
春が勉強している。自分から。
こんなの初めてのことだ。あいつも成長したんだなぁ。
昔は勉強なんて大っ嫌いで、スマホばっか弄ってたのに。
ということは、高校も決まってるんだ。
明日聞いてみよう。どこを受けるのか。
次の日、放課後また春に勉強を教える。
その時、昨日のことを聞いてみた。
「 ねぇ春、昨日の夜勉強してたでしょ。っていうことは、志望校決めたの?決めたなら早く言ってよね、
あたしもそこにあった勉強教えてあげるから。 」
あたしが言うと、春が唖然とした顔になった。
「 え……確かに勉強してたけど……でも……。 」
なにか口をもごもごさせながら言っている。どうしたのだろうか。
あたしの言ったことがまずかったのかな。そんなことはないはずだけど……。
「 どうしたの、春? 」
下を向く春に声をかける。
「 志望校はまだ決めてないんだ。ただ、模試のために勉強してただけだよ。 」
春はそう言ってにこりと笑った。
けれど、いつもの笑い方じゃなかった。炭酸を飲んで嬉しそうにしている春ではない。
なにか隠してる。絶対。
だけどそれは聞いて良いことじゃないんだ。春にとって都合の良くないことだから。
私は春の機嫌を直そうと、
「 そっか。じゃあ模試頑張ろ! 」
と思いっきり笑った。
春もつられて笑顔になる。
「 うん! 」
その日も1時間ほど勉強してあたしたちは帰った。
『ご褒美』は週に一回だ。そうしないと春の歯に細菌がつきまくる。あたしのお小遣いが底をつく。
あたしは昨日と同じように、ご飯の前と後に勉強をした。
参考書の山から参考書を引っ張り出すには毎回雪崩が起こる。
「 ふぁぁ……。 」
あくびをしながら伸びをする。
それにしても春はどうして、志望校のことを隠そうとしたのだろうか。
春の志望校を知らないまま季節は過ぎ去り、今はもう12月だ。
街ではマフラーを巻いたり手袋をしたりする人が増え、街全体がクリスマスカラーに染まっている。
今年のクリスマスは楽しんでいる場合じゃない。
なんたって、2月が高校受験なのだ。気を抜いたら落ちる。
2個上のお兄ちゃんだって、2年前のクリスマスは切羽詰まった顔をしていた。
いつものお兄ちゃんは、クリスマスになると浮いている。
でも受験のときはそういうことはなかった。あと2ヶ月。
「 あ、おはよ〜、環葵。今日も寒いね……自転車通学なんていいことないよ……。 」
外に出ると、裏から春の声がした。相変わらずの、無邪気な顔。
「 あぁ、おはよう。自転車通学のいいところっていうのは、寝坊しても間に合うってところだよ。 」
冗談めかしてあたしは言った。春は、あぁ〜と頷いている。
いつからかこいつと通学するのが当たり前になっていた。
まぁ、家が近いから当たり前のことかもしれないけど。
あたしたちの住んでいる地区は人数が少ない。だから自然とそうなっていた。
「 にしてもほんと寒いね、今日。マフラーしてくれば良かった……。 」
あたしがそう呟くと、春は隣で得意そうな顔をした。
「 おばあちゃんに言われたんだ、今日寒くなるからマフラーしてきなって。いいでしょ! 」
そういえば今日、春はマフラーをしている。暖かそうな手編みのマフラーだ。
春のおばあちゃんは縫い物が得意で、春はおばあちゃんの作ったマフラーや手袋をしている。
学校に着いて教室に入ると、男子生徒から声をかけられた。
「 おまえら、ほんと仲良いな。付き合ってんの? 」
…………は?
「 何言ってんの和田くん!そんなわけないでしょ、僕たちただの友達だよ!? 」
春が明らかに動揺した声をあげる。
声をかけたやつは野球部で学校一モテると言われている和田慎だ。
頭にきた。あたしはそんな暇人じゃない。
「 あのさ、この時期忙しいのにそんなのに時間費やすわけないでしょ?あたしそんな馬鹿じゃないから。 」
あたしは吐き捨てるように言った。和田慎はそそくさと自分の席に戻っていった。
「 ちょ、ちょっと環葵……あんなこと言ったらあとですごいことになるんだよ!!
だって和田くんってお、女の子に人気でしょ?環葵責められて大変になるよ! 」
春があたふたしながら訊いてくる。
「 わかってるって、それくらい。だって頭にきたんだから。春、ああいうのに言われっぱなしに
されてる方があとは壮絶なんだから。言いたいことははっきり言わなきゃ。 」
そう言いながらはぁ、と息をつく。朝から疲れた。もうあんなやつとは関わりたくない。
いや、前から関わってなんていなかったけれど。
「 だけど……もしあとでそんなことになったら、全部僕のせいでしょ?そんなのかわいそうだよ、
環葵はなにも悪くないのに…………。 」
「 だけど、だけどって言ってる場合じゃないでしょ。春は気にしなくていいから。 」
あたしも自分の席についた。春が後ろででも…でも…と言っている。
なんで和田慎はそんなことを言ったのだろうか。どういう意味で?関心でもあったのだろうか。
……こんなことを考えるのはもうやめよう。もう終わりだ。
放課後いつも通り春に勉強させようとしていると、教室のドアがガラッと開いた。
誰だろう。みんなもう帰ったはずなのに。部活も終わっている。
「 勉強中悪いけど、環葵に話したいことあるから借りてくね。 」
和田慎だった。春は呆然としている。
ていうか、なんで名前呼びなんだ。馴れ馴れしい。
「 ちょっと待ってよ、いきなり来たと思えばなんな…… 」
あたしが言い終わらないうちに、和田慎は教室からあたしを引っ張り出して、音楽室に連れて行った。
「 話ってなんなの?あたし忙しいんだけど。 」
ツンとして言うと、和田慎はちょっと赤くなった。なにやってんだろう、こいつ。
「 えっとさ、急で悪いんだけど、俺と付き合ってくれないかな? 」
は?
「 いやさぁ、実は前から気になってたんだよね。勉強もできるし、正義感強いし。でもさ、あいつ。
相庭春が邪魔だったんだよな。でも朝聞いたらあれでしょ、付き合ってないんでしょ?だったら俺と
付き合っちゃえばいいじゃん。 」
和田慎はばばばばっと喋った。時々赤くなりながら。1人で心酔してる。
「 いや、悪いけど断る。だってあたしそんな暇じゃないし。受験もうすぐなんだから、そんな
くだらないことをしてる暇なんてないから。じゃ。 」
あたしはきっぱり断って、教室に戻った。なんなんだ、もう。
どうにかできないのだろうか。きっと、これからも言い寄って来るだろう。
なんで、なんでこんな時期に?春もあたしも、受験間近なのに………。
「 ごめん、春。勉強続けよう。 」
あたしは教室に入るやいなやそう言った。
真冬なのに、走ってきたせいか身体が暑い。汗がほとばしる。
「 あ、うん。あ、のさ……どうしたの、環葵?まさか、なんか言われたとかじゃないよね? 」
春の目が心配していることを表していた。
大丈夫なの?春の目がそう言っている。
あたしは春と自分自身を落ち着かせるために口を開いた。
「 ううん、大丈夫だよ。そんなことなかったし、くだらないことだから。 」
そう言いながら微笑むと、春は安心したようにほっと息をついた。
「 なんだぁ、よかった。 」
春が落ち着くのを見て、あたしはちょっとからかう。
「 じゃ、早く勉強続けるよ!模試も浮かんなそうだもん、今のままだと。 」
「 ちょっ、ひどいよ環葵!僕だって勉強頑張ってるんだからね! 」
「 はいはい……。 」
家に帰ってから、真っ先に机に突っ伏した。
今日は勉強する気になんてなれない。和田慎のせいだ、全部。
あいつの変な言動のせいで、よくわからなくなっている。
あたしはおかしくなっている。真偽が見出せない。勉強もできそうにない。
どうすればいいんだろう。思いっきり、誰かに吐き出したい。
ふと気になってカーテンを開けてみた。春はあの時からずっと、勉強している。
あたしも頑張らなきゃ。いつしか、春のおかげであたしは生きられるようになっていた。
大げさかもしれないけれど。
今日は土曜日だ。せっかくだから本屋さんで参考書を買ってきた。
苦手気味な物理ばかり打ち込んでいて、得意な古文が怪しくなってきているからだ。
古文や国語の参考書を買ってくると、参考書の山はますます大きくなった。
参考書は一冊が分厚いから、2、3冊増えただけでもだいぶ大きくなる。
ふと、ぽけっとで携帯の着信音が鳴った。これは……LINE?
春からだった。『 今から図書館に行って勉強教えてくれないかな?? 』となっている。
あたしは適当に打ち返すと、勉強道具をバックに詰め込んで外に出た。
庭を突っ切って道路に出ると、春のおばあちゃんにばったり会った。
「 あら、環葵ちゃん、久しぶりねぇ。どうしたの? 」
「 あ、実は春から勉強教えて欲しいって連絡きたんで今から行こうと思って……。 」
おばあちゃんはにっこり笑った。あたしのおばあちゃんはここから遠い県に住んでいるから、春のおばあちゃん
がもう一人のおばあちゃんのようにして幼少時代を過ごしてきた。
「 いつもありがとうね。春、なんか最近いきなりやる気が出てきたみたいでねぇ。環葵ちゃんが蒼葉学園に
行くって聞いたら僕もそこに行くんだ!って張り切っちゃって。ほんとに受かるのかしらねぇ……。 」
え?
待って、僕もそこに行く、ってことは春、蒼葉学園に行くってこと!?
「 わからないところがあると智弘、あ、智弘っていうのは春のお父さんね。智弘に教えてもらったりとか
してるのよ。びっくりだわ。 」
春が志望校を隠したがったのは、あたしが止めるかもしれないから?
あたしは絶対、そのことを聞いたら止めてたと思う。きっとそうだ。
春はそれを恐れたのかな……。だったらあたし、教えてる意味なんてなかったじゃん。
「 あ、引き止めちゃってごめんなさいね。家は空いてて春しかいないから勝手に入ってっていいわよ。
じゃ、よろしくね。 」
「 はい。 」
あたしは春の家に行くと、そっと玄関ドアを開けた。
家の中はしんとしていて、確かに春しかいなそうだ。
そっと二階まで上がり、春の部屋の前に立った。
「 春っ!!! 」
勉強机に向かっている春の肩を叩くと、春はびくっと身体を震わせた。
「 わっ!?って環葵??な、なんで環葵がここにいるの? 」
なんでって、誘ったのは春の方でしょ……。びっくりしすぎておかしくなったのかな。
「 なんでって、勉強教えに来たんだよ?春が言ったでしょ。 」
あたしが言うと、春はやっと我に返ったみたいだった。
「 あ、そっか、そうだったっけ……。じゃあ僕準備するからちょっと待ってて! 」
春はそう言ってバックに勉強道具を詰め込み始めた。
本当に蒼葉に行きたいんだなぁ、春。あたし以上に頑張ってる気がする。
あたしと春は自転車に乗って駅前の図書館に向かった。
あたしは図書館に行く途中で、思わず春に言った。
「 本当に、蒼葉行きたいんだね、春。あたしも頑張んないとね、春に負けちゃいそう。 」
あはは、と笑いながら春の方を向くと、春は哀しそうに笑った。
「 そんなことないよ。僕が環葵と同じ蒼葉学園に行きたいと思ったのはね、ひとりになるのが怖かった
からだよ。ひとりで勉強できないと思うし、環葵がいないとなんにもできなさそうだったから、今回も着いて
いっただけだしね。だから今日もこうやって勉強教えてもらってるし。 」
“ひとりになるのが怖かった”
そっか、そういえばあたしもそうだったなぁ。
あたしだってひとりは怖かったのかもしれない。春が蒼葉を受けるって知って、なんとなく安心してる
気がする。
「 そっか。じゃあ頑張ろうよ。あたしも春と一緒に高校生活送ってみたいしね。 」
あたしがそう言うと、春は安心したように頷いた。
それから2ヶ月。いよいよ明後日は試験日だ。
あたしも春も精一杯勉強してきたつもりだ。大丈夫、きっと。
「 もうすぐだから、気分転換に海行こうよ。あれも買ってあげるから! 」
久しぶりにあたしは春を海に誘った。それと一緒に、炭酸も買おうと思う。
「 いいよ!久しぶりだよね、海行くの。あと炭酸も! 」
春はにっこり笑った。あたしたちは自転車を漕いで海へ向かう。
海はすっかり冬景色となっていた。最後に来たのが9月だから、5ヶ月は来ていない。
もちろん海はいくらでも見れるけど、近くに行ってみるとまた別の何かを感じられる。
あの日と同じようにコンビニで炭酸を買うことにした。あたしもまた、飲んでみることにした。
春はラムネ、あたしはオレンジのソーダにした。
「 はぁ!やっぱり美味しいよ、炭酸は。最高!!! 」
春が隣で叫ぶように言った。変わんないな、春は。
「 そういえば僕、環葵に言いたいことあったんだっけ。 」
「 え? 」
思わず言葉が飛び出た。言いたいことってなんだろう。春は滅多にそんなことをしない。
「 僕ね、いつも環葵に助けられてばっかりだけど、一回だけ僕が頑張ったときがあったんだよ。 」
そんなことあったけ?あたしはぼんやりしながら海を眺めた。
春は続けた。
「 環葵はもう覚えてないかなぁ。あのね、小学校一年生くらいのときに僕と環葵で海に行って泳いだんだ。
そのとき環葵が溺れてもがいてるときに僕が助けたときがあったんだよ?自慢じゃないけど、そのときだけ
僕は環葵のために頑張ったんだ。 」
溺れ、た?
そういえば遠い記憶に、水の中に飲み込まれて行くような感覚があったような気がする。
どんどん下がっていくような、波が押し寄せてくるような。
「 それで? 」
春は海を眺めたままつぶやくようにぽつりと言った。
「 それ以来、僕は環葵に頼ってばっかりだった。だけど今は 」
「 今は? 」
春は目を瞑った。そして深呼吸をして、あたしの方を向いて言った。
「 そのときより頑張ってるんだ。だって僕、この先ひとりで勉強できない気がするから。環葵がいないと
やってけないような気がする。だから僕、頑張って蒼葉学園目指して勉強してる。絶対受かってみせるよ! 」
春の目は、いつになく活気に溢れていた。
あたしは微笑むと、そっと目を落とした。
「 ……がんばれ。 」
ひとくちラムネを口に含ませると、春はもう一度海を眺めた。
「 僕が、もしも蒼葉学園に環葵と一緒に受かったなら、僕のお願いを聞いてほしいんだけど、いいかな? 」
唐突な言葉に、あたしはオレンジのソーダを吹き出しそうになる。
「 もう、改まって言うからなにかと思った……。 」
春はそんなあたしを見てちょっと笑う。
「 ごめん。でも、本当に聞いてほしいことだから。 」
「 …コンビニの炭酸全種類買え? 」
おそるおそる言う。だって春の本当に聞いてほしいことなんて、それくらいしか思い浮かばない。
「 違うよ、もっと真面目な話。でも受かったらだから、気にしなくていいよ。 」
もっと真面目な話って言われても、春がそんな話をするようには思えない。
思いつかない。想像できない。わからない。わかったら面白くないけど…。
「 そっか。でもね、あたし、最近の春を見てると思う。きっと春なら受かるよ、大丈夫。 」
「 うん。 」
一通り励ますと、あたしと春の間に沈黙流れた。
冬ということもあって、静かだ。漣も、あまり音を立てない。
「 環葵、和田くんに告白されたんだね。 」
沈黙のあと、春がいきなりつぶやいた。
「 …なんで知ってんの?ていうかそんなことどうでもいいんだけど…。 」
もうちょっとで忘れそうだったのに……。変なとこで思い出させるんだから。
「 実はね、気になって覗いてたんだ…、ごめんね。それで僕、びっくりしちゃっただけ。なんでもないよ。
ただ、思い出して。 」
覗いてた、そっか。気になるよね、そりゃあ。
春だってそういうことがあるんだ。あたし、なんか大事なことを忘れていた気がする。
「 いいよ、もう終わったことだし、和田なんとかっていうやつは振ったから。 」
春が引き気味に笑う。あのときの環葵、怖かったよ、という震え声が横で聞こえた。
「 さ、明後日は試験だし、もうそろそろ帰って勉強しないとね! 」
あたしは立ち上がって言った。春も頷く。
「 ねぇ、やっぱり心配だから、最後の勉強教えてよ。僕、ひとりじゃ無理な気がする…。 」
春が心配そうにあたしを見上げた。その様子はさも子犬のようだ。
しょうがなく笑う。
「 わかったよ、じゃあ図書館行こ?それで春が自信つくならいいもんね! 」
「 うん、ありがとう! 」
その日は結局、図書館で2時間あまり勉強して、あたしと春は別れた。
明日はそれぞれ勉強して、明後日、試験会場まで一緒にいくつもりだ。
あたしも春も精一杯勉強した。過去問もたくさん解いた。
苦手なところは特に打ち込んで勉強した。きっとあたしも春も受かる。大丈夫。
いよいよ試験当日。春と電車に乗って蒼葉学園まで向かった。
春は四六時中、そわそわしている。
「 もう、怯えすぎでしょ。模試と同じように、焦らずに解けば大丈夫だって! 」
あたしは見る目がなくなって励ます。春はだけど…をさっきから繰り返している。
「 ほら、もう見えてきたよ?ここからはあたしたち、ライバルなんだからね!お互いも精一杯がんばろ?
絶対大丈夫だから、ね? 」
試験会場では春と席が離れた。前の方に、必死で解く姿が見える。
大丈夫、大丈夫と自分自身にも言い聞かせるように唱えていた。
「 終わったぁぁぁ〜!! 」
春の声とともにあたしたちは伸びをした。
やっと試験が終わった。あとは面接だけだ。
「 自信、ある? 」
あたしが春に訊くと、ちょっと笑った。
「 まぁまぁ、かな。でも自信持って答え書けたから、悔いはないよ! 」
「 そっか。なんか元気だね、春。 」
あたしは太陽に照らされてにこにこ笑う春を見上げた。
血色がすごくいい。よほどすっきりしたんだろうなぁ。
「 環葵だって、自信あるでしょ?だって環葵だもん、絶対受かるよね。 」
「 そんなことないよ …。あたしだって解けない問題はいくらでもあるんだし。 」
春は、そっかぁと息をついたあと、こう言った。
「 で、自信はあるの?ないの? 」
「 あるっちゃあるけど、受からない気もする …。 」
曖昧な言葉を並べる。はっきり言うと、自信はなかった。
わからない問題はなかったけど、春のように元気にはなれない。
終わったぁ!って、元気に叫べない。なんでかはわからないけれど。
「 でも僕、絶対環葵と一緒にここに通いたいし、絶対通えると思うな。 」
春があたしの心を見透かしたように微笑んだ。なんか、大人びたな、春。
「 うん。もう、結果を待つしかないよね。 」
一週間後、結果が発表された。
春もあたしも普通に受かっていた。驚いたし、喜んだ。
春が、こんなに頑張って勉強したなんて初めてのことだ。あたしと同じ学校に通えるなんてびっくりだった。
「 ほんと、勉強頑張ってたもんね。あたしたち、かれこれ20年は一緒にいそうだよ …。 」
あたしが春に言うと、春は少し笑った。
「 そうだね。それでなんだけどね、 」
「 お願いのこと? 」
「 うん。 」
春は素直に頷いた。あたしはお願いが気になって仕方なかった。
炭酸以外でそんなにむきになるほどのお願いなんて、春にあるんだろうか。
考え込んでいるあたしと裏腹に、春が話し始めた。
「 僕 …ね、環葵のこと、ずっと好きだったんだ。 」
「 えぇ!? 」
いきなり …なんなの?どうなってるの?
「 あっ、ごめん!でも、ちょっと最後まで聞いてほしい …。 」
「 わ、わかった …。 」
春は深呼吸した。あたしの胸は高鳴っている。
「 それでね、僕、環葵にこの気持ち、聞いて欲しかったんだ。付き合うとか、そういうお願いじゃなくて。
僕が、環葵のこと好きなんだっていうこと …。僕、環葵のそばで勉強できることだけで充分だから。 」
春はあたしの目を見据えて言った。どうしよう、なにも頭が回らない。
お願いっていうのは、気持ちを聞いて欲しいっていうことだったって。
春が、あたしを好き?どうなってるの?
「 あ、ご、ごめんね。すごい混乱させちゃって …。 」
遠くで春がつぶやいたのが聞こえた。