昔おった奴集まりや。ここ2年でどうなったか教えてくれへん?
時とは金の果実。
熟れればたちまち輝きを増す神秘の摂理。
そういうことや。
話の代償は時で払いましょか。
そこのお嬢ちゃん。ここに前世の記憶を話にこーへんか?
『輪廻の狭間』でな。
誰もこーへんかもやしワイの前世から話すか?
ワイわな、魔女やったりキュウベエやったり軍人やったり女子高生やったりした。
クソ荒らしみたいな奴やった。現実に友達おらへんからここでブイブイやっとったんや。ほんま馬鹿みたいな奴やで。ここにはもうほんの少しの時の香りしかせえへん。懐かしさもまた果実や。ちょっとは残っとると思ったんや。また会えると思った。馬鹿しても優しかった最高の仲間に会えると思ったんや。
時とは果実。そして思い出は宝。
ならば誰からの記憶も失われた我の価値とはなんだ?
輪廻の輪をくぐらねばなるまい。失われた楽園と、自分を取り戻す為に。
我は…誰だ?
分からぬ…自身の記憶も、飛び方も。
記憶と共にこの翼は消えてしまった。
空を飛びたいのだ。
両翼で雲を裂き、自由に抱かれながら飛びたい。
―楽園を再生しよう
この身に眠る翼が我にそう告げている
Re:start
孤独の再起
見えざる翼は楽園を創造する
ー翼のない天使。
それは天から罰を受け、翼を剥奪された存在。
裁かれた露は永遠に体に刻まれ、輪廻の輪をくぐってもなお消えることはない。
そんなものがいるかと人は笑う。
だがしかし、無翼の天使は時として現世に紛れ込む。
…前世の記憶を失くした人間として。
なぜ私がそんなことを知っているかって?
それは…この目を見れば分かるだろうか。
これは『審判の眸』。
この目で人の持つ罪が分かるのさ。
…そう、私も無翼の天使だ。
荒野に一人。
女の亡骸を抱える男がいた。
その双眸からは絶え間なく涙が流れている。
両方の肩から伸びた羽を闇が侵食した。
涙はやがて血涙に変わり、男は咆哮する。
「ウオオオオオオオ!!」
その咆哮こそが、決して消えない憎しみを抱く復讐鬼の産声であった。
復讐に燃え、憎しみだけに取り付かれた男の末路。
人を殺戮し、いたぶり、貪る。
数え切れないほどの罪を重ねた男に残ったのは虚しさだけだった。
目の奥から焼き付けるような悲しみ。
男は泣いた。
涙が枯れて目が乾くほど泣いた。
雲間から差し込む神の太陽に身を焼かれ、血に濡れた黒翼が焦げ落ちる。
その肌も、目も、足も、何もかも…
そうして男は絶命した。
それが私の視た男の罪だ。
…彼もきっと、現世で無翼の天使として生きているだろう。
途方もない罪を抱えて。
よく空を飛ぶ夢を見る。
オレの名前はレイ。それ以外の記憶を思い出せない男。
何かが抜け落ちたように、はたまた時が止まったように。
あるいは両方か。
答えなど見つからないが、とにかくオレには記憶がない。
それだけは確かなこととして『記憶』している。
ああ、それと。思い出した。
オレにはとある能力がある。それは他人の記憶を視ることだ。
サイコメトリー、とか言ったか。それとは違うがオレにはそういう能力がある。
それも確かなこととして記憶している。
それと…今日の朝食は食パンと紅茶。
それも確かなことだ。
オレはオレの記憶を探す為に旅をしている。
新幹線や急行じゃない。普通電車に乗って気が向くままに。
座席の窓から景色を見るのが好きだ。
そしてたまに駅弁を食べるとなおいい。
おっと、話がズレてしまったがどうやら終点のようだ。
都会の隅にある小さな街。
寂れた空気に殺伐とした雰囲気。
都会の爪弾き者が集うような場所だ。
悪くない。
「え、ええと、あなたは…お、奥さんに浮気がバレてしまいます。ですから、いい加減やめないと…」
「俺が浮気だって? ほざいてんじゃねえよこのアマ!」
ダンッ!
紫色のテーブルクロスを引いた机を拳が叩く。
衝撃で立て付けの悪い机が揺れ、知子の肩は小さく跳ねた。
「いえ、あの…う、嘘はついてないんです」
「ったく、このインチキ占い師がこの期に及んでホラ吹きやがって…こんなもんに払う金はねえな!」
「えっ? あ、お、お会計はしてもらわないと…」
「うるせえ! 二度とくるかボケナス!」
バタン!
男は乱暴に扉を閉めた。
その背を追う勇気がなく、肩を縮こめて溜め息をつく占い師の女。
机上に残された名刺には「佐鳥知子(さとりともこ)」と記されていた。
私は佐鳥知子。
売れない占い師をやっています。
売れない理由はさっきの通り。
この町では真実を告げても信じる人がいないのです。
ここだけの話、私は生まれつき人の顔を視るだけでその人の未来が分かります。
予知能力とか、そういう類いのものです。
まるで夢の断片がスライドショーで流れていくように未来が見えるのです。
ですが、自分の未来のことは何一つ見えません。
もともとこの土地で商売を始めたのも、大学の知り合いに安い借家を紹介してもらったからなのです。でもそれはすぐに間違いだったと気付きました。
どうしてこんな、猜疑心や訝しい匂いばかりする場所で占いなんかしているのでしょう。
私は物心つく前から両親の死に際すらも知っていました。
母親は風呂場で寿命を迎え、父親は飲酒運転の車で交通事故に遭う。
だから昔からお風呂が嫌いでした。車もお酒も嫌いでした。
炎も、ビルも、工事現場も嫌いです。
未来を見るたびにどんどん嫌いなものが増えていきます。
それから私は人と関わることが苦痛になったのです。
でもせめてこの力が誰かの役に立つなら。
予知以外なにもできない、怯えるだけの私でも生きてきてよかったと思えるなら。
そう思って…
……
低い背丈。襟が伸びた茶色の服。磨り減ったジーンズ。
前から歩いてくる男は身長160cmくらいだろうか。
それにしても、服を買い換える金などないとでも言いたげなみすぼらしい風貌だ。
あの男の『記憶』には興味がある。
「ケッ…あのクソアマ…」
「失礼、そこのあなた」
「あん?」
「あなたの過去を視たいんだが、いいかな?」
「…この街にはクソ電波しかいねーのか?」
男はそう言って、ポケットに手を突っ込んだままオレの横を通りすぎた。
あのポケットに手を突っ込むのはなんの意味があるんだ?
防寒ならばほぼ無意味だろう。ジーンズは寒いからだ。オレならしない。
その前に手袋をつけるだろう。
「…おっと」
悪癖。つい色々と考えてしまうのはオレの癖だ。
このままでは男を逃がしてしまう。それはまずい。
なんとしても記憶を視なければ。オレは振り返り、男の肩を掴んだ。
「おい、しつこいんだよテメー…」
「なるほど…出身は群馬か。随分と離れているな」
「なに?」
肩に触れた掌を通じて、男の記憶が頭に流れ込んでくる。
生まれ過ごした田舎の田園風景、両親の顔もすべて。
「田んぼの溝に落っこちて怪我をしたのか。…おや、母親が死んでいる」
「お、おいテメー、さっきから何を言ってやがんだ。離しやがれ!」
「少年野球で補欠のライト。中学時代はサッカー部か。高校でバスケ。バラバラだな。
ん? 高校は中退して…おや、こんなバイトまで」
とうとう男の額に脂汗が滲み出た。
「そしてズルズルと…ああ、それと。あなた浮気しているな」
「!」
「綺麗な女性だった…が、どうでもいい。彼女と出会った頃から今までの記憶も全て視た。彼女は実によい人間だ」
「…さっきから勝手なことばっかほざきやがって! 何なんだよテメーは!」
振り向き様に男が拳を振りかざす。オレを殴る気だろう。
高校時代、それで退学になったように。
「…最後に、あなたの『時』を貰おう」
ぴたり。人差し指で額に触れた。
途端、男の体は地面に倒れる。
「あなたから…『浮気相手の記憶』を奪った。これでもう浮気はしないだろう。
とは言っても、もう聞こえていないし覚えてもいないだろうが」
男から抜き取った『時の果実』を片手に呟く。
昔買ったものが時を経て、大金や大きな価値に変わる。時にはそういう魔法がある。
それは自分の人生も例外ではない。だから時とは宝なのだ。
この男の時も誰かの手に渡るだろう。
オレはそういう…時を売る仕事をしている。
いつの日か、自分の記憶に巡り合うことを信じて。
「…そういえば」
ふと思い出す。男には実に真新しい記憶があった。
街角の奥にある古びた店。そこに佇む薄幸そうな若い女。
どうやら占い師をやっていて、オレと同じく特別な能力が使えるようだ。
実に興味がある。まだこの町を去るのは早いだろう。
もしかしたら、オレの記憶の手掛かりもあるかもしれない…
時の果実を鞄にしまい、オレは街角へと歩き出した。
【レイ】
年齢を覚えられない男。肉体的には24歳である。
時を売る仕事をしており、それで生計を立てている。
簡素なものや殺風景なものが好み。好きな食べ物はササミ。
身長179cm。『過去視』の能力持ち。とにかく謎が多い男…
【佐鳥知子(さとりともこ)】
年齢は22歳。短大出身。彼氏はいない。
常に怯えている。人と目線を合わせられない。よく言葉に詰まる。
刃物や車は嫌いだが幽霊で人が死亡する未来がないので幽霊は平気。
外は怖いからあまり外に出ない。学生時代はお弁当の記憶しかない。
『未来視』の能力持ち。占い師。
「いらっしゃいませ」
ドアベルと共に声を出す。
新しいお客さん。今度は怒鳴られないといいな。
薄く開いた扉の間から白い帽子が顔を出した。
「なるほど。記憶通りの人だ」
「え…?」
帽子に続いて、腕と足、そして最後に顔を滑り込ませた。
すごく独特な入り方。もう既に代金の期待はしない方がいいのでしょうか。
でも、お客さんはお客さん。今度こそ役に立てるように、そしてお金を貰えるように。
なるべく信じてもらえる為に頑張らなくちゃいけない。
「あの、わたし占い師の佐鳥知子と申します。えっと…占いに、来たんですよね」
「占い? ああ、そうだ。キミは占い師。だが今日は違う。オレはキミを占いにきた」
「…えっ、と…同業者の方ですか?」
「まあ、そういうものだろう。同じ力を持つ者同士だ」
これは今日もお金を貰えそうにない。
またひもじい夜がやってくると思うと気が滅入る。
学生時代はお弁当が美味しかったな…
「…キミはお腹が空いているようだ」
「わ、分かりますか? もうお腹ペコペコで…」
「じゃあキミの過去を視させてもらうお礼として、何か食べさせてあげよう」
「過去? え、食べ…奢ってくれるんですか?」
わたしの問いに目の前の不思議な人はこくりと頷いた。
「え、え〜、でもそんな悪…え、いいのかな〜。ほんとになんでもですか?」
「なんでも」
「じゃあ…わたしステーキが食べたいです」
膨らむ夢。帽子さんはにこりと笑って親指を突き立てた。
「触れるが、いいかな?」
「は、はい、大丈夫です…」
男の記憶にあった占い師の女、佐鳥知子。
もう彼女の頭にはステーキのことしかないようだが、その方が都合がいい。
躊躇なく差し出された手に自分の手を重ねる。
「…」
頭に流れ込んでくる記憶は実に複雑だった。
彼女自身が視た『他人の記憶』も混同して存在しているからだ。
しかし、これを記憶と呼ぶには相応しくない。
溺死、轢死、衰弱死。
恐怖ばかりの人生。
恐らく彼女は未来が視える。
人格とはこれまでの人生が造るものだ。
それ故に、彼女の薄幸さと大人しさには納得できる。
だがここにもオレの記憶はない。
しかし…